『SS』 春はあけぼの 後編 ※

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 ―――――全てが終った後は温もりに包まれながらもほんの少しの虚しさが残るのは男が性的な意味で吐き出すものであり、出した後には開放感と喪失感を覚えるものであるからかもしれない。それは初めてだからそう思うのか、何度繰り返しても同じように思うのかは今の俺には分からないし、それを経験として理解するにはまだ時間がかかるのだろう。
 それでも腕の中で眠る人への愛おしさが失われる訳でも、今が不幸だと思う訳でもない。ただ不思議な程に冷静になっている自分がいる、さっきまでの熱が冷めてしまえばこういうものなのかもしれない。それでも俺は、
鶴屋さん、俺は――――」
「ダメだよ」
 眠っているはずだった美しい先輩は目を閉じたまま俺の言葉を遮った。
「それ以上は言っちゃダメ。その先の台詞は聞きたくないんだ」
 俺の腕を枕にして、俺の胸に顔を埋めながら、俺の言葉を拒否するという矛盾。俺は何も言えずに彼女の次の言葉を待つしかなかった。
「あたしはみんなが大好きなんだ、でもキョンくんがそれを言ったら泣いちゃう娘がいるからね」
 その時俺の脳裏を掠めたのは誰の顔だったのか、俺も鶴屋さんもそれを口に出す事は無かったし今後もありえないだろう。ただ、それを言う鶴屋さんは…………
「あたしも聞いちゃったらダメになっちゃうと思う。絶対にキョンくんを独り占めしたくなるからね、どんな事をしてでも君を渡したりなんかはしないよ」
 それは何よりも強烈な告白だった。ここまでの美人がこれだけの告白を俺なんかにしてもいいのだろうか、裸で抱き合っている今になってでさえそう思う。
 それなのに、この誰よりも周囲の人たちを思いやるお人は、
「だからこれはあたしの我がままなんだ、キョンくんは何にも悪くないんだよ」
 目を閉じて淡々と自分に罪があると言ってしまう。その上で俺から離れる事はしないのに。
「夢みたいなものさ、春だからね。ちょっとだけ二人が夢を見たってだけなんだよ……」
 そう言って全てを誤魔化そうと、無かった事にしようとする。拒否しようと口を開きかけると鶴屋さんの唇で塞がれた。それは変わらず甘く感じたのに。
「ねっ? そういうことにしておいて。あたしからのお願い……」
 また俺の胸に抱かれながら聞けそうもない願いを口にする彼女の頬に濡れた感触さえ無ければ、俺は願いを断固として拒否していたに違いないのに。
「…………鶴屋さんは……………ずるいです……………」
 俺みたいな経験不足の男には言える言葉が無かった。もしかしたら男とはこういう時に言葉を失くしてしまう生き物なのかもしれない。ただ年上の彼女の言葉に、いや、その頬を伝ったものに逆らえなかっただけなのか。ただ溜息と共に俺は諦めるしかないのだった。
「うん、おねーさんはずるいのさっ。だから………」
 大好きだよ、そう言って微笑んだ鶴屋さんはとても綺麗で。ずるい年上の女を俺は黙って抱きしめるしかなかった…………










 朝、というには陽は高く昇ってしまっている時間になって、俺は鶴屋家を後にする。
 裸のまま抱き合って寝てしまった俺達は起きてからすぐにシャワーを浴びた。別々にではなく一緒にいたのは性的にというのではなく何となく離れがたかっただけの気がする。風呂場を出てから着替えた時に俺の服がきちんと洗濯されていたのも当然のように思えていた、鶴屋さんは寝巻きと違った着物に着替えていた。初めて着付けというものを見たが、慣れた動作から彼女が改めて清楚な日本美人だと知らされる。この人はやはり俺などには不釣合いな程に立派なお嬢様だった。
 お互いにあまり話す事もないまま、しかし慣れきった空気のままで朝食を二人で食べ、家へ帰るはずなのに出かけるような感覚で俺は離れから玄関へと歩いていった。その時鶴屋さんは俺の隣を歩いていたが、少しだけ違和感があったものの、いつもと変わらない足取りに見えた。もしかしたら隠そうとしていたのかもしれないが、痛みなどが響いていないようで安心する自分の単純さに苦笑する。
 玄関先で靴を履いた俺は鶴屋さんと向かい合った。
「それじゃ帰ります」
「うん、楽しかったよ! そんじゃまた学校でね!」
 明るく笑って手を振る上級生の美少女は本当に昨日の妖艶な女性と同一人物かと疑いたくなるほどの天真爛漫さだった。あの夜の痴態を思い返し、俺は本当に夢を見ていたのじゃないかと錯覚にすら陥る。
 だがあれは夢なんかじゃない、身体に残る感触がそう告げている。そして目の前にいる彼女も。きっとそうなのだろうと思いたい。
 そうだな、あれが夢なんだって言うのなら。
鶴屋さんっ!」
「な……んっ?!」
 俺は目の前の女性を抱きしめて口づけた。軽い挨拶ではない、何度も繰り返した激しいキス。強引に舌を差し入れて鶴屋さんの舌を絡めとる。
「んーっ! うむ………んっ…………」
 突き離せなくて僅かな抵抗さえ見せずに俺を抱きしめた彼女から力が抜けるまでキスをした。
「ふぅ…………」
 ようやく唇を離すと視点の合わなくなった鶴屋さんが俺に身体を預けてくる。俺はそれを支えるように抱きしめた。
「な、なん………で………こ………んな…………」
 整わない息を落ち着かせるように問いかける彼女に、俺はニヤリと笑った。
「夢なんでしょう? これは俺と鶴屋さんが見てる夢なんですから」
 せめてもの抵抗として、俺は言えなかった言葉の代わりに自分が悪党になることにした。分かってるさ、柄じゃないことは。それでも何かを残したかった、俺と彼女を繋ぐ何かを。
「そして夢は覚めてしまっても、また見てもいいんですよね?」
 髪をかき上げ、耳元で囁くと敏感に反応するくせに。耳たぶまで赤くした彼女は俺を見る事もなく、
キョンくんは…………ずるいや…………」
 小さくそう呟いた。そっと俺を抱きしめて。
「ええ、俺はずるいんです。だからもう一度、いや、何度でも夢を見るかもしれません」
 それは俺と鶴屋さんを繋ぐ禁じられた言葉。そう、これは夢なんだから。例え今抱きしめている温もりが本物だとしても、その彼女が小さく肩を震わせていたとしても。
 そして肩を震わせながら彼女は、
「…………あたしも………夢見ちゃうかもよ?」
 危険を承知で犯罪の片棒を担ごうとする。いや、これは夢なんだから。だから犯罪なんかじゃない、俺達は夢を見ようと言っているだけだ。
「いいんじゃないですか、夢は見てしまうものなんでしょう」
 たとえば覚えていないとしても夢は見ているものなのだという。それならばこれも覚めない夢と言えるんじゃないか?
「そうだね………夢は………見ちゃうんだ………」
 言いたい事はある。だが言う事は禁じられた。もしかしたらこの気持ちさえ信じてはいけない、鶴屋さん自身がそう思っているのかもしれない。俺ももしかしたら誤った勘違いをしているのかもしれないが。



 それでも二人は夢を見てしまったのだ。


 
 そして夢はあまりにも甘美であり、俺はそれに溺れた。鶴屋さんもそうであってもらいたい、そうであるはずだ。俺達はただ春の夜の夢を見た、そして再び同じ夢を。
「………………」
「………………」
 言えない言葉を胸に秘め、また新しい夢を見るために。






 俺達は別れるための口づけを交わした………………………ただ春の夜の夢にするために。


まあご覧のとおり肝心なとこをすっ飛ばしてます。実際書いてはいますけど、これやったら18禁確定なものですから。一応龍泉堂奇譚においてはそういうくくりはどうだろうかと思いまして。
一応対策としては1・完全18禁サイト(ブログ)を立ち上げて別館としておく。2・同人誌にしてみせる。のどちらか(もしくは両方)で考えています。
ただ、見たいのかどうかというのもありますけど(苦笑)
よかったら色々ご意見とかいただけると嬉しいです。それでは言い訳もこのへんで。
次はもうちょっと融通きくように頑張ります(笑)