『SS』 コンカツ!

「ふむ…………」
 などと呟く涼宮ハルヒがいるのは文芸部室であり、時間は当然放課後である。この出席率の良さだけは他のどの部活にも負ける気がしない、それにも関わらず学校から認められる気配すらない非公認団体SOS団は本日も無意味に無駄な活動を繰り返しているのであって、その中心であるところの団長閣下がパソコンを前に何かを思案しているという事は、即ち俺たちにとっての厄介事の種が芽生える瞬間である。
 そして種が芽吹き、花咲く前に手早く摘み取らねば世界がどうにかなってしまうというのが団長以外の団員の共通認識であって、その芽を刈り取る為の口火を切るのは何故か俺の役割なのである。ちなみに俺以外のメンバーは、超能力者であったり宇宙人だったり未来人なのであるのだが一般人を犠牲にする事に対しての罪悪感というものはないのだろうか? いや、麗しのメイド服の未来人さんの済まなそうな顔を見てしまえば行かなければ男では無いとは思うが。
 ということで、
「どうしたハルヒ? 何か変なものでも見つかったのか?」
 実際に見つかればとんでもない事になってしまうのだが訊く側としてはそうとしかい言いようが無い。しかし団長の関心はどうやら別方面に向いていたようだ、パソコンの画面を睨んだまま、
「そういや今日はいい夫婦の日なんだって」
 とまあ、本当にどうでもいい事を言い出した。そうなのか? とカレンダーを思い出してみれば確かに語呂合わせとしては理解は出来る。そういえばテレビなどで芸能人が表彰されてたりしたのを思い出した時、
「よし、あたし達もコンカツってのをやってみましょう!」
 などといきなり理解不能な事を言い出すのもまたSOS団団長閣下なのであった。というか、どうやらPCの向こう側の話題はそれらしい。だが、
「あの〜、コンカツって何なんですかぁ〜?」
 朝比奈さんの疑問も分かる。俺も急に言われてもさっぱり分からん、ネットで見るくらいだから多分俺たちも知っているはずの言葉だとは思うのだが。と、こういう時には頼りになるのがSOS団の誇る万能選手であることの窓際で読書を続けるショートカットの宇宙人である。
「コンカツとは結婚活動の略称。より望ましい結婚相手を見つける、もしくは過疎化していて結婚相手が不在の場合に結婚相手を捜索する作業全般を指す」
 なるほど、最近はテレビや雑誌でもよく見かける気がするな。流石は長門だと感心しつつも今度はこっちが気になってくる、その疑問を素直に訊いてみた。
「おい、コンカツってのは分かったがどうする気だ? まさか本気で結婚相手を探すって訳にはいくまいし、何より俺達はまだ未成年だぞ」
「馬鹿ねえ、本気な訳ないじゃない! 単にイベントとして楽しめないか考えてみただけよ、大体恋愛が精神病なんだから結婚なんてその症状が悪化した最たるものじゃない」
 確かにハルヒの理屈だとそうなるな。結婚とは墓場に片足を突っ込むものだとは男がよく言う台詞だが、案外ハルヒもそう思っているのかもしれない。
「……………第一、相手に困ってる訳でもないし」
 何か呟いているが恐らくコンカツというものをどう曲解するか思案中なのだろう。とばっちりがこちらに来ない事を心から願うのだが、そうは問屋がなんとやらなのだろうな。
「それで涼宮さん、我々はどうすればよろしいのでしょうか?」
 と訊くのは偉大なるSOS団イエスマンである副団長兼超能力者である。いらん事を言うなと言いたいのだが、言わせないと話も進まない所がどうにもならないものなのか。どうやったって火にガソリンをぶちまける行為でしかないのだが、それで燃え上がってしまうのが着火点の低い団長さまである。
「あ、今日は古泉くんとキョンは何もしなくていいわ。まだ二人とも結婚出来る年齢じゃないし」
 まあ確かにそうなのだが何故にそこだけ正論を吐くのだろうか。どこかアンバランスな常識感を持つハルヒの言葉に、フォローを入れるはずだった古泉が一瞬呆れたように口を開けてしまったのだが、そこは伊達にハルヒイエスマンを自認している訳じゃない、
「そうですか、では我々はどのような結果になるか静観させていただきます。どうかご健闘を」
 微妙におかしな言い回しなのだがハルヒは気付いていないようだ。ついでに後は頼んだ、といった視線を俺に飛ばしてきやがったので、ありがたく無視しておいた。
 要するに俺達男性陣は今回は出番なしという事になっているようだ。逆にブレーキ役として期待出来るのは長門一人という事であり、それは多少以上に不安にならざるを得ない。決して長門を信用してないんじゃないぞ? だが基本的には長門ハルヒを止める立場じゃないってだけだ。
 はてさて、どうなる事やら分からないが少なくとも俺には何も出来ないのだから今回は見ておくことにしよう。大体コンカツなどと言っても本当に結婚する話には…………………万が一ハルヒが望めばそうなってしまう可能性は無いとも言えないが、流石にそれは誰かが止めるだろう。俺? そうだな、その時は潔くこんなくだらない活動を辞めて普通の学生生活に戻らせていただくさ。世界は多分丸く収まっているだろうから俺が何か言う必要もないだろうしな。
 釈然としない気持ちがどこかにありながらも、ハルヒは勝手に盛り上がっている。
「まずはお見合いとかするのかしら? それならチラシでも作れば………」
 断固として却下だ、朝比奈さんに長門、それにハルヒも黙っていれば美少女なのだ。そんな事をすれば学校中どころか校外まで行列が満ち溢れ、俺達は仲良く学校から追い出されるだろう。復帰はない、間違いなく停学じゃなく退学だからな。
「むう、それじゃどうするのよ?」
 だから高校生が結婚の為の活動をするというのが間違ってるのだ。いくら流行っていても、それはいい加減結婚というものを真剣に考えなくてはいけない年齢だったりするからであって、決して遊びでやるもんじゃない。
 一般論かもしれんが、そういうのは切羽詰ってからやるもんじゃないかと思う。それまでは好きになれる相手をまず探せばいいんじゃないだろうか、結婚よりも先に恋愛をする方が本当だと思うぞ? 俺は少なくとも恋愛というものをまずはしてみたいもんだ。
 そう言うと何故かハルヒは顔を赤くして、
「そ、そんなのアレよ! 精神病なんだからかかっちゃったらダメじゃない! だからコンカツも遊びなんだし、それに相手はあんたがその、いたらいいような、そんなワケないような、でもあんたしかいないし…………」
 後半は口の中で呟いていたので聞こえなかったが、どうも俺も本気で語りすぎたようだ。大人気なかったと反省もしながら、この話にまったく乗って来ない他の団員はというと、
「何やってんだ、長門?」
 いつもの窓際の席にいる無口な元文芸部員は定番の読書ではなくハードカバーを机代わりに何やら書き物をしていたのである。珍しいというよりも不可解だ、こいつは何を書いているんだ?
「………これを」
 どうやら俺に渡すために書いていたようなのだが、これは何だ?
「履歴書」
 はあ? よく見れば確かに履歴書である。ご丁寧に写真まで貼っているがいつの間に用意していたのだろうか? そして内容といえば、いきなり学歴が高校在学の一行だけというあっさりしたものであるが、当然と言えば当然だ。ただしハルヒに見られたらどうなる事か分からないという点では爆弾に近い破壊力があるシロモノである。そんなもんを俺に渡してどうしようというのだ?
「コンカツとはまず自分の紹介をすることから始まる。履歴書は自己紹介の為に用意した。わたしの事をよく知ってもらうためには必要な処置」
 まあ所謂結婚相談所といわれるところでも登録は必要らしいからな、それならば履歴書が必要なのだと言われれば理解は出来る。だが、
「何でそれを俺に?」
 俺は相談所でもなければ、これを見たところで紹介出来る人間も知らない。何より一行しかない履歴書など誰にも見せる事も出来ないだろ、これを見て分かるのはハルヒ以外のSOS団メンバーと喜緑さんくらいなものだ。
 しかしこの普段無口な宇宙人は雄弁に語ると常に俺達の度肝を抜いてくれるのである。
「わたしの事をよく知ってもらいたいのはあなた。わたしのコンカツとはこれ」
 えーと、それは俺相手にコンカツというものをしているということか? ミリ単位で頷いた長門に俺が何と答えればいいのか悩んでいると、
「ちょっと有希?! あんたコンカツの意味分かってるの? キョンはまだ結婚出来る年齢じゃないし、何よりこんな馬鹿はやめなさいっ!!」
 まあ当たり前のように怒鳴り散らすのは当然のようにハルヒである。しかしそこまで言わなくてもいいだろう、長門だって冗談でやってるだけなんだし。
「将来の事を考えれば先物買いも考慮すべき。あなたが高校を卒業すれば婚姻出来る年齢となる、それまでは婚約という形で交際は可能。わたしは提示された範囲内において最適なコンカツを実行中」
 おお、本当によくしゃべるな長門。だけどそれはまずいと思うぞ、目の前の団長閣下のご機嫌が見る間に悪くなっていってるのが気付かないお前じゃないだろ? だからそんなに挑発的なセリフはもう止めておけ、って、
「コンカツとは将来を共に過ごすために必要な行為。長らく共に歩む為にはお互いをより良く知る事も必要不可欠」
 待て! 何故立ち上がる? そして俺に近づいてきて、膝の上に座ったーっ?! 
「な、長門…………さん? あなたは一体何をしたいんですか…………」
 いやもう飛び掛ってこないのが奇跡である。それほどまでに血走った目をしたハルヒを前にしても長門は表情を変える事もなく、
「わたしはコンカツの一環としてあなたに提案がある」
「何だ? 何でもいいから早くどいてくれ、このままじゃ世界的な何かが終わるかもしれないって、何でこんな事で終わっちゃうんだよ世界っ!!」
 最早大混乱である、こんな事を口にして万が一ハルヒが気付いたらそれこそ世界がどうなるか分かったもんじゃないのだが、そんな心配は杞憂に終わる。何故ならば頭に血が上ったハルヒに俺の言葉など届くはずがないのだから。つまりは命が危険なのであって誰か助けて!!
 しかし頼みの綱であるはずの超能力者は青ざめた顔をして携帯とにらめっこの真っ最中だし、未来人は既に意識は遥か彼方へと飛んでいらっしゃる。そして最後の砦は絶賛世界を崩壊させるべく俺の膝の上なのであった。いや、どうなってんの、これ?! 何で長門が俺の膝の上に乗っているのかも未だに理解不明なんですけど!
 恐怖と混乱の中、長門が口を開く。開かせるんじゃなかった。
「婚姻生活を過ごす中において肉体的接触、即ち性交渉は不可欠。よってコンカツにおいて肉体的相性を確かめるべき」
 ……………え?
「ゆ、有希っ?! あんた何言ってんのか分かってんの!!」
 そりゃハルヒも驚くだろ! もちろん俺だってそうだ、一見素晴らしい提案なようでこんな悪魔の誘惑は無い。しかもこの小悪魔は既に俺の膝の上であり、おまけに俺の首に手を回そうとしているのだ。いや、これは本当に長門なのだろうか、と現実を疑いたくなるほどに積極的な長門がここにいる。コンカツってこんなもんなのか? と言っても答えは返ってこない。
「わたしは何度でも試してもいい。これはコンカツ、あなたとの結婚活動」
 そういう問題じゃねえ! どうしたんだ長門、一体お前に何があったっていうんだよ?! 
「有希ーっ!!」
 ハルヒがついに爆発しそうになったその瞬間だった。救いの主は扉を開いて颯爽と光臨なさったのである。
「おーい、ハルにゃーん!! みくるはもう帰れそうかーいっ?!」
 この部屋に入る人物で団長と並ぶドアを破壊する可能性の高い勢いのその方は、天真爛漫を額に入れて飾るべく笑顔を輝かせて入室なされたのであった。た、助かった…………さしもの長門も動きを止めている、だがこの体勢のままってのは勘弁してほしい。
 そして部室に入るなり周囲をキョロキョロと見渡した朝比奈さんの親友である上級生さんは、
「おんやあ〜? 何やらまた面白い事になってるねえ」
 豪快かつ無責任に高らかと笑ったのであった。しかしこの人の笑顔は全てを和ませるという無敵の特殊能力がある。いつの間にか長門も俺の膝の上から降り、ハルヒの目も白い部分が戻っていた。やれやれ、これで安泰といったところか。俺もようやく深呼吸して新鮮な空気を吸ったのであった。





「ふむふむ、コンカツねえ……………それはちょっとハルにゃんや長門っちにはまだ早いんじゃないかなあ?」
 これまでのいきさつを腹を抱えて笑いながら聞いていた鶴屋さんだったが、ひととおりハルヒの説明を受けてからこう言ったのであった。ああ、なんという常識的意見だ。俺はこういうのを望んでいたんだよ、どうにか意識を取り戻した朝比奈さんと、携帯を握り締めたまま窓から飛び出しかねなかった古泉が力なく椅子にもたれていることを除けば、概ね落ち着いたといえるだろう。
 俺が言っても馬耳東風な二人でも、この先輩の言う事には何故か素直に従うとみえ、先程までの勢いはどこへやら大人しく上級生のお説教を聞いている。
 これで少しはマシになるだろう、というかいい加減帰らないか? 俺がそう言おうとした時だった。よりにもよってハルヒはまたも話を蒸し返したのである。つまり鶴屋さんに向かって、
「それなら鶴屋さんが考えるコンカツって何なのか教えてよ、年上なんだからもっと建設的な意見が聞けると思うの!」
 などと言い出してしまったのだ。おいおい、年上って言っても鶴屋さんもまだ未成年だし意見なんかが大して変わる訳がないだろ。ところがこれに長門までが追従するような顔をして鶴屋さんを見つめているのだから始末が悪い。
「いいんですよ鶴屋さん、こいつらネットに踊らされてるだけなんですから」
 俺としてはそうとしか言い様が無い。実際きっかけはハルヒがネットで変な記事を見たからだ、それに長門が乗ってしまった理由は分からないが。
 しかし流石は鶴屋さんである、冷静沈着にハルヒ長門を見渡すと、
「ゴメンね、うっとこはコンカツとか関係ないんだよっ! 親が決めちゃったらそれに従わなきゃならないかんね」
「うっ……………」
 しまった、ハルヒだけでなく長門や俺だって済まないという顔になる。そうだった、名家の出身である鶴屋さんは俺達とは違い恋愛さえも自由だとは限らなかったのであった。
「ご、ごめんなさい鶴屋さん……………」
 ハルヒだって謝らざるを得ないだろう、長門も俯いてしまったし。だが鶴屋さんはどこまでも大人物であったのだ、落ち込む二人を豪快に笑い飛ばし、
「なーに、いいって事だよっ! それに親が決めた人でも良かったりする事はあるってもんだしね」
 おお、鶴屋さんはまるで悟りを開いた大僧正のごとく温かな微笑みを浮かべてござる。それを見るハルヒ長門鶴屋さんの神々しさに頭が下がる思いであろうよ。などと尊敬すべき先輩のお姿を伏し拝みつつあった俺達なのだったのだが、
「という訳でよろしく頼んだよ、ダーリンッ!!」
 と肩を叩かれて我に返るのである。誰の肩が叩かれたって? それが何故か俺なんだよ! 何だダーリンって?!
「いやー、うっとこのおやっさんキョンくんの写真を見て一目で気に入っちゃってさー。そんでもってあたしの婿にどうだい? って話になっちゃってんのさっ!」
 いや、なっちゃってんのさっ! じゃなくて!!
「聞いてませんよ、そんな事っ!?」
「だって言ってなかったもん」
 なんでそんな俺の将来がいきなり決定しちゃうような事を黙ってるんですか?! 見ろ、ハルヒの開いた口が塞がってないし長門が目を丸くするなんてもう二度と見れないぞ?! それにも関わらず爆弾を落とした当の本人は、
「てな感じであたしのコンカツなんてあってないようなもんなんだよ、参考にならなくて悪いねえ」
 と実にあっけらかんと笑っておられるのであった。もう参考どころの騒ぎではないのだが、このお方には関係は無いらしい。
「そんじゃ終わったら呼んでおくれよっ、みくると一緒に帰りたいからさっ!」
 まったねー! と明るく元気に帰った鶴屋さんだったのだが、どうしてくれるんだこの空気!! もうダメだ、古泉は今まさに飛び降り自殺寸前だし、朝比奈さんの口から魂のようなものがはみ出している。そして俺は数千倍にも重力が増したかのような空間で両膝に手を突いて嵐が去るのを待つしかなくなっていたのであった。
 だがこの襲い掛かるプレッシャーが無くなる可能性は限りなく低い。灼熱のマグマの中で絶対零度の氷の矢に射抜かれる気分というのはこういうものなのだなあ、二度と味わいたくはない。いや、今だって味わいたくないんだけど!!
 大体こいつらが勝手にコンカツだの何だので騒いでただけなのに、俺がここまで酷い目に遭う理由が分からん。俺以外にも古泉も朝比奈さんも既に死に体なんだぞ?! その加害者その一のマグマ女がゆっくりと炎を吐き出した。
「ねえ………キョーン……?」
「な、なんだ?」
 怖い、はっきり言って怖すぎる!! しかも何故かいい笑顔なんだよ、森さんとは違った意味で人を殺しそうな笑顔だ! というか実行犯?!
「ちょおっとだけ聞きたいことがあるんだけどー、いいのかしらー?」
 聞かなかったら死ぬんだろうなあ、いや、聞いても死ぬかもしれん。というか何しても死にそうな予感しかしねえ!!
「…………わたしも…………質問がある………」
 うわ、加害者その二の絶対零度な少女が本当の無表情で迫ってくる! これも何か殺しそうだ、主に俺を殺しそうなんだって!!
 何故だ、何がどうすればこうなるんだ? どうしてこの二人に俺は迫られ、そして命の危険を感じねばならないんだー!!
「いやあねえ、何もあるわけないじゃない?」
「そう、これは普通の質問」
 そうか、これが噂に聞くヤンなんとかか。というかヤンの後半はこいつらにはないだろ?! 何故かと言えば瞳にハイライトがないからです! よし、これは死ぬ、間違いなく死んじゃう!
「ダイジョウブ、ダイジョウブダカラネ、キョン………」
「ソウ、シンパイシナイデ、ワタシヲシンジテ…………」
 助けて! もう泣くぞ、俺!! じわじわと迫りくるこの恐怖、誰か代わってくれ!! いや本当に助けてくださーい!!
「ネエ、キョン………?」
「は、はい! なんでしょうか!?」
「ワタシトカノジョノドチラガイイノ………?」
 ええと、これはアレですか? どちらかを選べというやつですか?
「ウウン、ダッテアタシノキョンダモノ……」
「ワタシノアナタ、アナタハワタシノモノ……」
 あれえ? お二人とも譲る気ゼロなんですね? というか喜んでいいんだよな、喜んじゃえるのかなああああああああ?! 絶対嬉しくない、だって背中から汗が噴き出してるから!
 顔面が蒼白になっているのはもう自覚はしてるんだ、後は俺の意識が自動的に無くなるか他力で失わされるかの違いだけだろう。頼むから意識が取り戻せる事を祈る。
 もはや世界が、それ以前に俺の命が風前の灯なんですけれど、模範解答があるなら今すぐに提示してくれ! 多分どんな答えも死亡確定だろうから結構適当でいい気がしてきた。
「アタシヨネ?」
「………ワタシ」
 あーもう! こうなったら自棄だっ!! 俺は追い詰められた窮鼠のごとく立ち上がった。
「分かった! 俺の答えはこれだっ!」
 そして…………… 


















「好きだ阪中! 俺と結婚してくれ!!」
 ブチィッ!! という音が聞こえ、俺は意識を失った。















 次に俺が目覚めた時、怒りに満ちた古泉と喜緑さんの顔がそこにあった。なんでも俺の意識が河の畔で死んだばあちゃんの誘いを断わり続けていた間、古泉は機関総動員で神人と戦い、喜緑さんは長門の世界改変を必死に阻止していたらしい。
 どうやら黄泉還りに成功できたのはこいつらの活躍によるものが大きかった事はよく分かった。大いに感謝しながら俺は大目玉を喰らったのであった。






 そして世界は変わらない朝を迎え、俺は無事に登校した。ああ、平和な日々よ永遠なれ。
「相変わらず間抜け面ねえ」
 ほっとけ。どうやら記憶そのものを消去したハルヒと普通の挨拶を交わす。本当にあれは夢だったんじゃないだろうか。
 すると意外な人物がやってきた。
「どうしたの有希、もうすぐ授業が始まるわよ?」
 一瞬冷や汗が流れる。しかし長門は数ミリ首をかしげ、
「………挨拶にきただけ」
 と言ったので、どうやらこいつも記憶はないらしい。よかった、世界の平和は守られたのだ。俺はホッと胸を撫で下ろす。と、
「ねえキョンくん」
 何だ? この時間に俺に挨拶なんて…………………今度こそ俺の背筋に悪寒が走った。
「な、なんだ阪中…………?」
 頬を赤く染めて、少しだけ身体をくねらせながら俺の前に立つクラスメイトは照れくさそうに俺に向かってこう言ったのだった。
「あ、あのね? 昨日のお返事なんだけど……………ふつつかものですけどよろしくお願いしますのね」
 可愛く机に三つ指をついて阪中が頭を下げた時、
「フーン…………」
「…………ソウ」
 さようなら、世界。俺の意識はここでブラックアウトしていったのだった…………



 なあ、俺は何にも悪くなかったよなーっ?!