くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「セル」「愚行録」

kurawan2017-02-22

「セル」(トッド・ウィリアムズ監督作品)」
なんとも退屈な映画だった。スティーブン・キング原作もさすがに色あせてきましたね。出だしからだらだらと何を目指すわけもない展開にただため息ばかりだった。監督はトッド・ウィリアムズです。

主人公クレイが空港から、1年間別居中の妻に電話をかけている。電源が切れて不通になった途端、それまで携帯電話で話していた人々が突然狂ったように人を襲い始める。どうやら、携帯電話から流れてきた何かが人間を変えたらしいと気づいたクレイは、とにかくその場を脱出、無事だった人物と逃避行へと出る。

あとはひたすら逃避行を続け、心配な妻の元へ急ぐという話だが、ただそれだけで、途中のエピソードになんの工夫もないので、しんどいばかり。結局たどり着いたが妻も変わってしまっている。アジトらしい鉄塔に向かって一人向かったクレイだが、そこで円を描いている集団の中に息子を見つけたが彼も変わっていて、とシュールなラストでエンディング。なんなんだ、この適当さは。そんな一本だった。


「愚行録」
これはすごい。感性で押し切ってくる映像詩の傑作、見入ってしまいました。オープニングからラストまで全く演出がぶれない迫力、演じた妻夫木聡満島ひかりの存在感のすごさに言葉が出ませんでした。監督は石川慶。

バスの中を縫うようにゆっくりとカメラがおって行く。やがて妻夫木聡演じる田中がフレームイン。一人の中年の男が田中に執拗に老人に席を譲れというので、渋々立ち上がる田中。そしてびっこを引いてその場に倒れる。バスを降りた田中に気まずそうな視線を送る中年男。しかし田中は普通に歩き始める。こうして映画が幕を開ける。

この後も、この徹底した舐めるようなカメラワークが繰り返され、登場人物の描写もこのリズムを崩さずに淡々と進む。

田中は小さな雑誌の記者で、ちょうど一年前に起こった田向一家惨殺事件をもう一度洗い直したいという。一方田中には光子という妹がいて、彼女はどうやら刑務所に入っているようである。罪状は幼児虐待なのかと思わせる導入部から物語が進んで行く。

田中はかつての事件の家をおとづれ、そこから様々な関係者と面談を繰り返して行く。エリートサラリーマン一家の夫の学生時代の恋人、そしてその恋人の周りの女たち、家柄や見栄、上下関係がすべてのような名門大学の姿を通じて描かれる、決して表立っては言わないものの、誰もが認識する階級社会の実態がどんどんスクリーンから滲み出てくる。

見ている私たちは、実は惨殺事件の犯人は光子なのだろうと見えてくるのですが、それはこの作品の目指すものではない。あくまで、誰もがわかっていながら繰り返している野心への羨望、金銭欲、上昇志向にあくせくしている馬鹿馬鹿しい人間の性を描いているのである。

下手をすると、妹の光子が大学で適当に利用されたことに兄の田中が復讐する話に落ち着きそうなのに、あくまで人間の愚行に向けられ、テーマからぶれないのが見事なのである。

しかも、とどめは、父親に襲われて子供を身ごもったという展開の光子の悲劇が実は兄田中との関係だったというラストも、なんとなく想像はつくのだが、映画のテーマは決して崩れないのである。

ラスト、全てを告白する光子の姿、赤ちゃんが死んでしまったことを聞いて笑ってしまう満島ひかりの演技の素晴らしさ、思わず取材相手の女を殴り殺してしまう田中、光子の相手が兄だったと知らされる弁護士、何もかもが馬鹿馬鹿しい人間の愚行の上に世界が存在していることを一気に浴びせかけてくる。

エピローグ、バスに乗っている田中の横に妊婦が立っていて、席を譲るが、今度は素直に譲って立つ田中の場面でエンディング。圧倒である。見事なので一本でした。