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くりこのフランスの目

2014-07-29

architecte du rêve

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気づいたら学校の制作も学校も終ってた。

ジュエリーの研修にサロンのアルバイト。


忙しい忙しさではなくて、定まっていない忙しさ。

気づけば、落ち着かないのは私が一番苦手な状況だからなのかもしれない。


不安が大きすぎて力がでないし、涙なんかも出ないのさ。

立ち止まる時間を設けなかった。


最近やっと生きるの下手かもしれないと気づいてきた。


かたつむり 吐息の穴の まるい空 

人生がかたつむりになっても、生きてけるかな。

2014-05-20

au bord de la fenêtre.


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ひたすらつくる日々の内側の止まらない気持ちの先端が、

窓の向こうの窓に、

わたしもまた小さな小さな動きに過ぎないと、

励ましと受け取るのか、不安と見るのかは、

小さな小さなワタシ次第。

やっぱり、まだもっと、空も飛べるはず

2014-05-11

Fête des mères.

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今日は母の日だった、事を今朝気がついた。

なんだか自分の事でいっぱいで気がつかなかったみたいだ。

良くない娘だな、来月の父の日に向けてもっと気をつけようと思う。

でもその頃はもっといっぱいだなあ。


卒業制作と、展覧会の準備と、ビザの手配と、仕事探しが同時にやってきて、

晴れた空が急に土砂降りの雨に変わる、そんな心模様です。

わたしの心の中みたいにここ最近は空もそんな空模様。

雨の後、線路の向こうの空を見てきた。

線路はありったけ人工的なのに見ていて落ち着くのはなぜだろう。

旅の向こうに通じるからだろうか。


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この難しい時期を簡単に乗り越えてしまったら、面白くないなって。

さまよう自分を面白くしないとなって。



お母さん、母の日だよ。ありがとう。

2014-05-08

ma vie, c'est moi qui suis dans moi.

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気がつけば一月から一度も書いておりませんでした。

そこでここに、ひそかに書き込んでみたいと思います。

あれから、なんにもしていなかった訳で決してはありません。

ジュエリーの学校での出来事ですが、

年明けから「フランス語を習得する」というテーマで3つのジュエリーをつくりました。

このセクションは、コンセプトについてたくさんの思いを、考えを巡らします。

自分の考えを明確にしておく、資料をつかまえにいくこと、

いままで気づけなかった作品作りにとってとても大切な部分を、叩き込まれます。

そして、3月からディプロム、卒業制作にむえて取り組んできた訳です。

コンセプトを構成するのにひと月ほど頭を抱え、たくさんの情報を見つけました。

そして、ようやくがむしゃらに制作する日々がやってきました。

毎日、毎日、四六時中手を動かして、時に狂いそうなぼど自分自身に吸い込まれてしまいそうで、

そうであればある程、最高に幸せな日々を過ごしています。

コンセプトも素材も、何もかも自由なのです。

6つのジュエリーを6月までに仕上げると言う以外、なにも縛りはありません。

こんなにねっとりとした幸せはありません。

そして、同時に、今にこれからがかかっています。

これからどうするのかという大きな大きな問題です。

誰しもが立ち向かう大きな問題です。

その大きなものに、遅いかもしれませんが私は今立っています。

学生という大きな自由の時間が終ろうとしているのです。

私は、えらく長い時間学生をしてきました。

その後半、とくにフランスに来てからは、

自分のことを考える時間が多くあったように思います。

ある時はひとりぼっちに思えたり、

ある時は助けてくれる人たちに気づいたり、

苦しかったり、やたら楽しかったり、

嬉しい事が続いたり、悲しい事が重なったり。

まだ終らない私の人生の、それでも確かにその一部であったり。

日本にいた時よりは社交性がついたでしょうか。

フランス語を話すのが好きと言う意味では、人と話すのが好きになったのかもしれません。

いままで知らなかったジュエリーの世界にも触れる機会をもらい、

わたしの見ている世界がほんの一部に過ぎない事、世界にはいろんな人が活躍していて、

私の知らない、国際的な有名人がたくさんいたり、

名前こそ知られてなくても、人から好かれている人がたくさんいる事も知ったような気がします。

そして、私はこれからなにをするのか、なにになりたいのかということを考える時間が、

本当に向き合う時がやってきました。

生きていくにあたり、食べるための資金が必要です。

これをどうして手に入れるのが、自分に最適かという事を考えます。

私はどこにいるべきか、何をするべきか。

わたしは物をつくる人でありたい。

そのためには、自分を信じていなければならないと。

言葉にすると恥ずかしい言葉になりそうですが、

突き詰めるとそんなところでしょう。

物をつくる人で生きたいです。

自分の感覚と目の前に出現していくものが、ふと綺麗に収まる感じ、

この静かな興奮にこれからも向き合いたいです。

この感覚を、嬉しくてもどんなに悲しい瞬間も、私は続ける事ができるのでしょうか。

国が変わっても、言葉が違っても、支えてくれて、声をかけてくれる人、助けてくれる人が、

何人もいてくれる事に、人も捨てたもんでないと思うのです。

いや、元々全くすてたりしてないのですが。

照れ隠しに、うれしいなぁってことです。

はじめは一人でやったきたフランスも今はひとりぼっちではなくなった。

これはわたしにとってとても大切なことです。

長々書きますが、私は元気で、悩みながら、でも楽しくやっています。

どうやったら作家で食べていけるのか模索中というところでしょうか。

みんな元気でしょうか、

みんなに会いたいし、話したいし、でもここにいたいし、私はまったく自分勝手です。

でもこれはこれで私の人生なわけで、わたしの内側にいられるのは私しかいません。

一歩一歩、ちょっとずつ、ちょっとずつ、ふたを開けて、

振り返る事ができたとき、あけてよかったふたをこれからもあけたい。

ちゃんと、自分に、生きたいです。

2014-01-25

Le son du Paris.

パリの音


カフェの角で、

フランス詩人を思う。

言葉をひろうふり。

ショコラショーをほどよく混ぜて、

「おいしい」という。

言葉をみつけるふり。

このカフェもフランス語でできてる。

ここパリもこの言葉でできてる。

文化も、景色も、仕草までも、この言葉できている。

なんて綺麗な音でしょう。