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くりこのフランスの目

2014-01-25

Le son du Paris.

パリの音


カフェの角で、

フランス詩人を思う。

言葉をひろうふり。

ショコラショーをほどよく混ぜて、

「おいしい」という。

言葉をみつけるふり。

このカフェもフランス語でできてる。

ここパリもこの言葉でできてる。

文化も、景色も、仕草までも、この言葉できている。

なんて綺麗な音でしょう。

2014-01-07

Dijon est chouette.

それから、ディジョンを歩きました。

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ずっとずっと行きたかった街で、

なにも知らなかったけれどフクロウがあちこちにいるフクロウの街だった。

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にぎやかな広場に美味しいモノが並んでいます。

マスタードだけでなく、カシスな街でもある。

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ディジョン美術館、ルード美術館、マニャン美術館、

考古学美術館、現代美術館、自然史博物館に行きました。


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そしてフィリップ・ル・ボンの塔の見学。

46mある塔は当時としては巨大な建築

ディジョンの街を一望できる唯一の塔です。


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この地方のには赤、黄、緑、黒に釉掛けされた瓦屋根があちこちに見える。

当時の貴族の富の象徴であるみたい。

また見つけた、この地の家の色。

2014-01-05

Le temps de Besançon.

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年末から年越しにかけて知らない街を歩いてきました。

始めに選んだのは、フランシュ・コンテ地方のブザンソン

1日しか滞在しなかったので、土地勘はあまりつきませんでしたが、

行くべきところには行けたでしょうか。

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まずは時の美術館。

「時間」というものについて、科学、哲学と様々な分野から見つめるというもの。

その多くはこの地に時計制作の学校がある事もあり、時計の歴史を見る事ができました。

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今まであまり知らなかったけれど、時計ってなんて美しいのだろうと思った。


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次に昔の城塞であるシタデル。

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今はその中に動物園、昆虫館、水族館、戦争資料館、地方の生活文化館、夜行性物間など多くが詰まっているのでした。

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最後に大聖堂時計台とも連動している歯車仕掛けの時計台を見学。

時計みたいなおじいさんが、流れるように説明してくれます。

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この時計には、日付・曜日はもちろん、各国の都市の時間、あとその時の太陽系の位置関係まで表します。

これらがすべて歯車で連動して動いているから驚きでした。


この地の郷土料理チーズフォンデュは逃したけれど、

クリスマスの残るこの街を、少し知る事ができました。

2014-01-04

BONNA ANNEE 2014!

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明けましておめでとうございます。

あっという間に年が明け、午年の2014年になりました。

年末からいろいろと旅をしてきました。

久しぶりの旅にも思え、少しずつ振り返ろうかと思います。



一人で旅をしている時間、それは自分のことばかりと向き合っている時間。

と思いがちですが、

またそれと向き合おうと考えると、

実に下らない事ばかり考えているようにも思えてきます。

まあ、つまりは私はひとりになると哲学を始めてしまうみたいです。



ただ、そろそろ本当にこれからについて具体的に考える時がやってきました。

これまで、好き放題してきて、いろいろな挑戦をしてきたのかもしれませんが、

同時にこの間に向き合わないものがあるようにも思えてきます。


最近、いろいろな人やいろいろな家族と出会う中で、

しあわせとはなんだろうかと思う事がお多くなりました。

しあわせは、いろいろな状況に、様々な形で存在しているように思います。

それにいかに気づく事ができるか、それもまた必要で重要なことなのではないかと。



ここまで、ぶっとばしてきて、ふとここが外国であると気づく瞬間があり、

そうした時に、私はここで何をしているのだろうと考えたりもしてしまう。

こう考えてしまう自体に、なにか次に進むべき時なのだろうかと思ったりもしてしまう。



今日、久しぶりに映画館で先月フランスでも公開になった邦画「そして父になる」を観た。

ハッピーエンドがそこにある訳ではないが、とてもいい映画だった。

そして、日本もいいなぁって思って、

家族や友人やそうした今まで日常に私のすぐ近くにあったものか恋しくなった。

いや、この半年ずっとそうだったのかもしれないけれど。

映画がフランス字幕の日本語だった事もあり、

終わってから帰り道のメトロが外国にいる事をいやに強調して、不思議に思えた。

これからどうしよっかなぁって。

でもだからって、手拍子みたいにすぐに何かを始められる訳はない。

不安になってたらいつまでも不安のままだったりして。

だから、何かのきっかけをつくる、次のためにたくさんのきっかけをつくる2014年にしたいなあなんて思う。


私は、日本にいる、どこか遠くにいる、友達のこと、家族のこと、

連絡をあまり頻繁に取らないところもあるけれど、

いろんな瞬間にそうしたみんながなにしてるだろうかって考えている。

みんな、元気でしょうか?

そろそろ日本も恋しい気がする。




みんな元気かなあ?

あまり頻繁にはあえていませんが、今年もどうかどうぞよろしくお願いします。

ちいさなしあわせをいいいっぱい。

2013-12-25

à Butte Montmartre.

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フランスのパリの家族のクリスマスを過ごした。

すべての出来事を少しずつ畳むような、ほどくような、そんな時間だった。

私は大いに支えられている、

すこしだけその恩返しができたのかもしれないと、

毎日の中にほんの少しだけ思えた。

ここではないどこかに浮遊しているような日々の中で、

まだうまく着地できない、

だからこそ、

時々空から蔓のようなものが降りてきて、

にっこりできたときそれをつかむのだ。

このノエルが次につながりますように、と思いながら。

テアトル広場から、Joyeux Noël.