俺のターン このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-04-15 金曜

愛の流刑地

[]散人先生PVを語る 00:00 散人先生、PVを語る - 俺のターン を含むブックマーク はてなブックマーク - 散人先生、PVを語る - 俺のターン

「PVというのは難しい問題だなと思う。と、ここで言葉につまる」(finalvent さん)

くさすわけでもなく批判でもないんだけど、あんま賛成できないな。

つまり意味がないのを承知しながら気になる数字であるということ。

これはわかるけど、

その「結果」とはなにか? はっきり具体的に示されない以上、やはり出てくる数字にまどわされる。

ここは自分とは違う。自分の渾身のお気に入りエントリ(「栗い巨塔」とか何の反応もなかったけどここ最近で一番心に残ってるかも)が1,2週間に一度書ければいいじゃんみたいな。

テレビと大きく違う点は、数字の差異がお金に結びつかないことだろう。

ノーコメンツ。

そもそもお金に結びつくだろうと信じてブログをやっているナイーブな人なんていないだろうから、

ノーコメンツ。

自分への評価の尺度としてPVをみているのだ。だからつい「受けそう」なタイトルで記事を書いたりなんかしてしまう。

ブログニュースな方はそれはあるかもしれないけど、タイトルなんていつも「あぁ失敗した」ばっか。

桁違いに訪問者が多いサイトもあるようなので、自信を失う。

気にしすぎですよ。

曰く:「スピーチはたった一人でも感動させることが出来れば、それで大成功なんだ」

しょせん、ブログも、同じことじゃないか。万人受けする必要性は、全くないのである。

ここまで同意。

お金儲けじゃないのだから。

ノーコメンツ。

finalventyも先生も、、、いや、目上の方なので控えめにしておこっと。

「ノーコメンツ」としたのは、いろんな方面への配慮。

nenokonenoko 2005/04/15 05:07 PVがあるところから、批判されたり、リンクされたりすることという点が、抜けている。それと、PVは結局、リンク数の数であって、お気に入りからの定期購読は一部であることかなぁ。そのリンクの重層性が、既存の新聞やテレビとはまったく異なっている。だから、視聴率や購読数とはまったく違う概念。きっと、栗くりのPVに対する感覚的本能的とらえ方のほうが、ただしいと思う。