栗カメの散歩漫歩 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-03-27 開花宣言とセーラー万年筆

 雨のち晴れる。最高気温12℃、最低気温8℃。

 気象台からの桜の開花宣言が出た。平年並みの開花という。まだつぼみのところが多い。

 片岡義男の『万年筆インク紙』を読む。戦後日本ボールペンボールポイント)の生産に最初に成功したのはセーラー万年筆だったそうだ。

 《一九五一年の夏から一九五三年の夏まで、僕は広島県呉市で過ごした。戦争中の東京への、アメリカ軍による激しい空爆からまず山口県岩国へ逃れ、戦後のごく軽度な転変として呉市にいたのだ。一九五一年のセーラー万年筆は、いまのJR呉線でいく天応(てんのう)という駅から遠くない場所の工場で、戦後復興をすでに始めたあとの、次の段階に達していた。》

 軍港からは離れていた天応工場被害が少なかった。

 《一九五一年の僕が住んでいた場所から天応まで、一時間もあればいけたはずだ。》

 セーラー万年筆天応工場

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万年筆インク紙

万年筆インク紙

2017-03-22 秋刀魚焼く死ぬのがこはい日なりけり

 20日が二十四節気のひとつ春分で、日が長くなった。

 ツバキタンポポの花が咲く季節になった。ぞろぞろと散歩する。

 「暖かや市電の影もさまたげず

 「日脚伸ぶ窓の眺めの藪の穂に

 「たんぽぽの花の低さよ蜂を呼び

 「渋谷賑ふ」の前書き。

 中村汀女俳句で、昭和二十六年(1951年)句集「都鳥」から引いた。


 小川軽舟の『俳句と暮らす』によると汀女は台所俳句の人として語られている。

 戦後社会俳句が勃興し、俳句社会問題を扱うべきだという気運が高まった。

 女性日常を詠う台所俳句は肩身が狭かったそうだ。

 しかし、男性のサラリーマンで台所俳句を作った草間時彦の句をめぐる話には共感した。

 以下の台所俳句を引いている。

 「オムレツが上手に焼けて落葉かな

 「老の春なにか食べたくうろうろす

 「秋刀魚焼く死ぬのがこはい日なりけり

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2017-03-19 アルフレッド・ヒチコックの映画「断崖」

映画「断崖」

 「アメリカ映画特集 ハリウッド黄金期を飾った映画たち」の一本で、アルフレッド・ヒチコック監督映画断崖』(1941年、アメリカ、100分、白黒、Blu-ray 日本語字幕)を映像文化ライブラリーで観る。

 出演は、ジョーン・フォンテインケーリー・グラント、ナイゲル・ブルースセドリック・ハードウィック。

 

 

 真面目な女性リナは列車でハンサムなジョニーと偶然知り合い、駆落ち同然に結婚する。しかし、仕事に就いたジョニー会社の金を使い込み、投資させた友人は不可解な死を遂げる。ジョニー疑惑の目を向けるリナは、夫に殺される妄想に取り憑かれていく・・・。ヒッチコックらしい映像的技巧が全編にわたって冴える。特集パンフレットより)

 原題はSuspicion。

 夫ジョニーの行動に不審を抱いた妻リナの疑惑と恐怖心を描く。

 断崖絶壁の上の道をフルスピードジョニーが妻のリナを車に乗せて走るシーンは落ちるのではないかとハラハラドキドキした。

 見る者にリナの抱く疑心を持たせるヒチコック監督演出術も感心した。ロマンティックなスリラー映画

 ジョーン・フォンテインケーリー・グラント美男美女ぶり、息の合った二人の演技も見どころだ。

 しかし、銀幕へは35ミリフィルムではなくて、Blu-ray上映でした。

 時代の流れというものでしょうかね。

2017-03-12 『俳句と暮らす』など読書中

 小川軽舟の『俳句と暮らす』など読書中。新書で読みやすい。

 中村汀女、中村草田男、草間時彦、川端茅舍(かわばたぼうしゃ)、藤田湘子(ふじたしょうし)について読む。すこぶる面白い。中公新書の新刊で12月25日発行。 

 

 あとがきに、

 《(前略)俳句はこの何でもない日常を詩にすることのできる文芸である。しかし、日常べったり両足を着けたままでは詩は生まれない。ちょっと爪先立ってみる。それだけで日常には新しい発見がある。その発見が詩になる。ちょっと爪先立ってみる――それが俳句なのだ。

 この本を読んで「俳句と暮らす」ことに魅力を感じ、自分でもそれを実践してみたいと思う人が一人でも二人でも出てきてくれればうれしいことである。》

俳句と暮らす (中公新書)

俳句と暮らす (中公新書)

2017-03-07 筒井康隆氏の書評、松浦寿輝『名誉と恍惚』

 新潮社PR誌「波」3月号の筒井康隆氏の書評を面白く読んだ。

 「懐かしい蠱惑(こわく)の長篇」と題した松浦寿輝名誉恍惚』をめぐる書評なのだが、筒井氏は連載中に毎月「新潮」が届くのを楽しみにしていたという。

 上海主人公が当時の日本新聞を読むシーンがあるのだが、その「引用」されている新聞記事広告がなんとも言えず歴史SF小説的な味わいがあります。

 筒井康隆氏もその箇所を強調して書いている。

 

 その箇所を一部引用

 

芹沢は突然、直属の石田課長から依願退職を求められてしまう。でなければ懲戒免職だという。機密保護違反その他が理由と聞かされた芹沢はさまざまに考えた末、嘉山少佐に利用されていたと知り、真相を求めて奔走するうち、思いがけぬ事件を起こしてしまい、ついに警察から追われる身となる。馮篤生(フォン・ドスァン)に匿って貰い、租界にいてはたちまち見つかるから浦東(プートン)のはずれの染色工場に行けと薦められ、ここから名を沈昊(スン・オー)と改めた芹沢の逃避と放浪が始まる。

 六人部屋で生活している時、五ヶ月前の日本語新聞を久しぶりに手にした芹沢は夢中になって読む。第二次世界大戦直前の、時にはそれは戦後の一時期にまで繋がる、つまりぼくが少年時代に見たり聞いたりした歌や映画流行語記事広告になっていて、なんとも懐かしさが募るのは小説のこうした部分である。淡谷のり子の「別れのブルース」、ディック・ミネの「人生並木路」、ディアナ・ダービンの「オーケストラ少女」、高勢實乗(みのる)の「あのねおっさん、わしゃかなわんよ」等、等、等。長谷川一夫の新作映画というのはまさにこの頃上海において撮影されていた筈の、李香蘭と共演した「支那の夜」のことではなかったろうか。  「波」7〜8ページ

 参照:http://www.shinchosha.co.jp/book/471703/#b_review

名誉と恍惚

名誉と恍惚