12/02/10
■[哲学・思想][政治]うちゅうじんからのはっしん
今、ライブで視聴しています。
いや〜あ、面白かった。大野更紗さんの司会が良かったです。まさに「ふわふわ」したうちゅうじんたちの集いでした。仕切ってまとめなかったのが良かった。でも、大事な問題点が三々五々と浮上した。それでいいんだと思う。医療や介護についてのことにも現場の視点から言及され気づきがあった。
荒井裕樹(『障害と文学』『隔離の文学』著者)の「破片のきらめき」 って素敵な言葉だったなぁ。カリスマ橋下徹の 陰陽と真逆。
■[エッセイ]いい話/病院にて
病院の外来から帰りました。予約は午後2時だったのに、午前中に受付を通したので1時ごろ診断と注射をしてもらった。
最近、何故か他の科でも診断が予約した時間より早めに呼び出されることが多い。
終わって13階の展望レストランでランチ。
前の方は日にち薬しか処方がないので、せめて便秘気味の不快感を解消しようと後ろの方の薬を処方してもらいました。
マグラックス錠330mg。さっそく飲んだら軟便が出てちょっとスッキリしました。
駅前で「ビッグイシュー」の最新号を購入。販売員に「元気がなにより、これから病院だよ」と声かける。
表紙は「アヴリル・ラヴィーン」です。
病院の図書室でボランティアの元お嬢さんたちが作業していた。持っていた「ビッグイシュー」を差し出しながら「そうだ、こんどバックナンバーを持ってくるよ」、「善行をつまなくっちゃあ。」ってきつい一発!図書室の壁に毎月の寄贈者の名前が記名されているので、プレッシャーがかかるw。寄贈本のリストにあれやこれと考えるのです。まあ、善行を積んで免疫力アップ!
ネットで保坂和志の「考える練習」・「カネを中心にした発想」から抜け出す(上)がアップされていた。病院の待合室で読む。
だから、日本の年間の自殺者は3万人になっています、世間はこんなに大変な状況です、ということに対する僕の回答は、たとえば「カフカを読むことだ」っていうことになる。
成程、保坂さんらしい処方箋です。
12/02/09
■[メディア]MEMEさんのFM cocolo 765
毎日、本を読みながら「FM Cocolo」をもっぱら聴いています。
DJのMEMEさんはとてもいい声をしていて「ケア入院」でも良く聴いていました。
DJの声が音楽と溶けてとても心地良いのです。
彼女の時に発する警句、コメントも声高でもなくささやきの小声でもなく傾聴に価する。
クールな大人の女だなぁ。
ユーモアもあり頭の回転も速くいつの間にファンになりました。
ブログもあります。さっそく登録。
■[医療・介護]さらさらと白い滴り
朝一で久しぶりにおしっこが白かった。
赤い日常に慣れていたが、白無垢にお目にかかると思わず「おはよう!」と声かけたくなった。
でも、多分又、紅く血塗られるのだろうねぇ。
(尿道地下トンネル内で熱き戦いが繰り広がれているんだ。癌細胞はゾンビのようなものなので、殺しても殺しても現れる。)
明日はホルモン注射の外来。それまでに「白い滴り」が持てばいいのに(祈)。
昨日は雪がちらちらしましたねぇ。
気分がいいので洗濯をします。老母はデイサービスに出かけたが、男のスタッフにバレンタインチョコを持参。
俺は貰っていないのに、まあ、糖質カットなので貰っても食べられない。
風呂を沸かして入るとしようか。血尿の状態ではヤバくて落ち着いて入浴できない。
「白無垢」で気分よくお風呂に浸かります。
12/02/08
■[食べログ]ルクエでチン
ルクエスチームケースつき 毎日食べたい ルクエで基本のおかず スペシャルセット: レンジでチン!するだけ
- 作者: 小学館
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2011/10/28
- メディア: ムック
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最近、料理が面倒で「これはいいのではないか?」
と地元の本屋でルクエスチームケース付きのムック本を買ってさっそく料理しました。
料理と言ったってありあわせの野菜と肉などを詰めてレンジで蒸すわけで、簡単。
これから色々と実験しますよ。
但し、冷蔵庫にあった肉まんを通常はラップに包んで電子レンジで
一個あたり500wで30秒ほどでチンすれば出来上がりなのに、
そのままルクエでやってみたら大失敗、肉まんの水分が抜けて黒焦げになってしまった。
どうも無茶な理科実験はやめておこうw。
◆ルクエで糖質制限食にチャレンジしますか
■[エッセイ][政治]日にち薬/読書
ネットで保坂和志のエッセイ「遠い触覚 第十一回 二つの世界 前半」(「真夜中」 No.11 2010 Early Winter)を読む。
http://www.k-hosaka.com/nonbook/mayonaka11-1.html
書物の世界は果てがなく、それに関心を持っている人間は、死ぬ寸前まで関心が完了することがないということ。小島さんは実際には脳梗塞でブツ切りの形で活動が中断されることになったが、病気で明日死ぬと言われても本を読みつづけたに違いないということ。
僕も本を読み続けるしかない。読むことが「日にち薬」なんだろう。
◆僕の真夜中の読書
オルテガの『大衆の反逆』(桑名一博訳 白水社・1985年)を布団の中で読みつつ、これも交わらない「二つの世界」、「橋下徹の反逆」、じゃあないかと呟いていた。
大衆は欲望とそれを満たす手段を持っているのだから、今日、以前よりも多数の者が、より大規模に楽しんでいるいるからといって、それを嘆く者は誰もいないだろうと思う。だが困ったことに、少数者だけのものであった活動を引き受けるとした大衆の決定が、ただ享楽の面だけで行われたのではなく、また享楽面だけというのはもともと不可能なのだが、そうした傾向が時代の一般的な風潮になっていることである。そういうわけで、あとで考察することを先まわりして言えば、私は近年の政治的変革は、大衆による政治の支配以外のなにものでもないと信じている。かってのデモクラシーは、自由主義と法に対する情熱という効き目のある薬のお蔭でおだやかに生きつづけてきた。これらの原則を遵奉するに当たって、個人は自己のうちに厳格な規律を保持するように義務づけられていたのだ。少数者は自由主義の原則と法の規範の庇護のもとに活動し、生活を営むことができた。デモクラシーと法は合法的共存と同義語であった。ところが今日、われわれは超デモクラシーの勝利に際会しているが、そこでは大衆が法を無視して直接的に行動し、物質的な圧力によって自分たちの希望や好みを社会に強制しているのである。この新しい事態を、あたかも大衆が政治にあき、その仕事を専門家にまかせているかのように解釈するするのはまちがいである。事実はその反対である。政治を専門家にまかせていたのは以前のことであり、それは、自由主義デモクラシーのことである。当時の大衆は、政治家という少数者にはいろいろな欠点や欠陥があっても、こと政治問題に関しては、結局のところ彼らのほうが自分たちよりは少しばかり良くわかるのだと考えていた。しかし現在の大衆はその反対に、自分たちには喫茶店の話から得た結論を社会に強制し、それに法的な効力を与える権利があると思っている。私は、われわれの時代におけるほどの群衆が直接的に支配権をふるうようになった時代は、歴史上かってなかったのではないかと思う。それだからこそ、私は超デモクラシーについて語るのである。
同じことはその他の分野でも、とりわけ知的な分野において起きている。あるいは私のほうがまちがっているのかもしれないが、今日の著作家は長い間研究してきたテーマについて書こうとペンをとる際に、次のことを頭に置いておくべきである。つまり、そうした問題について一度も考えたことのない普通の読者がたとえ彼の著作を読むにしても、それは彼から何かを学ぼうとするために読むのではなく、その反対に、その読者が頭につめこんでいる凡俗な知識とくい違うことを見つけたら、著者を断罪しようとして読むのであると。もしも大衆を構成している個人個人が、自分には才能があるのだと信じているとしても、それは個人的な錯覚の一例にすぎず、社会的な秩序紊乱とはならないだろう。現代の特徴は、凡俗な人間が、自分が凡俗であるのを知りながら、敢然と凡俗であることの権利を主張し、それをあらゆる所で押し通そうとするところにある。北アメリカで言われているように、他人と違っているのは下品だという考え方だ。大衆はあらゆる非凡なもの、卓越したもの、個性的なもの、特別な才能を持ったもの、選ばれたものを巻きこんでいる。すべての人と同じでない者、すべての人と同じように考えない者は、締めだされる危険にさらされるのだ。だが、この「すべての人」が「すべての人」でないのは明らかである。以前は「すべての人」とは、大衆と大衆とは離れている特別な少数者からなる複合体であるのが普通であった。今日ではすべての人とは、ただ大衆だけを意味している。(p56~8)
僕は地元で「明るい選挙推進」(白ばら)員しているがこの動画は初めて視聴した。
この動画で投票率アップにつながるのかなぁ。萎えるなぁ…、陰画のない明るさ。
これもオルテガの言う「超デモクラシー」なのか。
何故、橋下徹は選挙に強いのか。
















