保坂和志講演会リクエスト案/

小説の自由
 保坂和志さんが掲示板[3156]で、雑誌新潮連載の『小説をめぐって』の第一期が6月末に『小説の自由』というタイトルで発売されるので、作家自身販促の関西行脚を行いたいとエントリーがありましたね。「西へ〜」は大歓迎です。具体的なことは保板を覗いて確認してもらい、ホームページの管理者・がぶんさんまでメールをすればいいみたい。
でも、この条件は保坂さんらしく気持ちのいいものですね。

期間・・・8月1日から9月28日まで
ギャラ・・ただでもいいけど、片道の新幹線代がでると嬉しい。もっと出たら、もっと嬉しいけど。でも、わたしも関西方面にはけっこう行っているので、気にしません。
それから・・中途半端なことしないで、きちんと人を集めてくれること。(といっても、50人以上ならOKです)
追記:サイン会に行きたいんじゃなくて、 「講座とか講演会の要請があったら、行きます」ということね。

 僕は保坂和志の講演会で具体的な案があるのです。だったら、保板に書けばいいのですが、新刊の販促とは多少ズレた案なのでこのブログに無責任に書いてしまいます。もし、若い人で、別に若くなくともいいですが、面白いテーマだと共鳴してくれて、保坂和志さんを講師として講演会の段取りが可能になればこんないいことはないと思います。
 ★働くということ、書くということ、「小説をめぐって」
 [1]保坂和志芥川賞受賞作品『この人の閾』の作中で≪働くことに思想はいらない。思想がなければ怠けられない≫(新潮文庫ー36頁ー)と書いているが、このフレーズはエッセイでもときたま書いている記憶があります。保坂さんの文脈と僕の文脈では違うかもしれませんが、僕自身、気に入ったフレーズとして使っています。「ああ、僕は怠けられない男だったなぁ、もっとも好きな仕事は単純作業でした。アタマが空っぽになってリズムにのって身体を動かす。額に汗をして拭う。思想の入り込む余地がない。」、保坂和志のフレーズとズレているかな、
 [2]大阪天満橋ジュンク堂書店の近くにある「エル大阪」二階に「jobcafe」という民間も介入して色々な団体が何とか若者(35歳)達に「働きたい」という気を起こさせ、“ニート”、“hikikomori”の問題の出口を求めてカジュアルな“ハローワーク”っていうか、オープンスペースで中々面白いスポットが立ち上がりました。原田達さんがゼミ生を連れて訪問記を書いています。ので、それを参照して下さい。先月でしたか、「jobcafe」主催で斎藤環香山リカ『ニート』の玄田有史を呼んで鼎談っていうか、トークイベントが大ホールで開催されたみたいですが、恐らく三者共通の認識に“自己探し”“自己実現”っていうか、毎度御馴染みの病の空洞に“働くことに”で問題解決するような、とても自意識過剰な労働意識に水をぶっかけて、そんな働くことは自己探しの問題ではなくて、“他者と関り合う”契機なんだと、そこのところを三人三様で語りたかったと思う。原田さんはレポートで“コミュニケーション力”の大切さを書いていますが、物凄くあたりまえのことです。
 [3]“書くこと”について保坂和志牽強付会すれば、「病んだ精神病的、犯罪者的な想像力でなく、まさしく文学とか芸術でしか現れてこない想像力」は作品を生み出す譲ることの出来ない拠所ですが、そのような文脈で≪働くことに思想はいらない。…≫と考えているのだろうか、働くことに「文学とか芸術でしか現れてこない想像力」と違う想像力が必要だとして、その想像力と思想とはどう違うのであろうか、

 何やらとりとめのないことを書いてしまいましたが、「働くということ」と「書くということ」について近代的自我に基づいた労働観、小説観を払拭する講座『小説をめぐって』を「jobcafe」と「ジュンク堂天満橋店」の共催で会場は「エル大阪」でやって欲しいなぁと、勝手な企画案をアップしました。ひょっとして、その周辺の関係の人が、オモロイと膝を打って実現へと手を打ってくださるのを期待しながら、こんなことを夢と目覚めの狭間で考えついたのです。