Hatena::ブログ(Diary)

こころ-夢の河辺で-

2018-06-21

チーコと私の病床日誌(118) 11:10

6月9日(土)朝10時、郵便局で孫の貯金。

6月10日(日)曇り時に晴、気温が高いので、昼からシーツなど洗濯物干し。

6月12日(火)曇後晴、昼からズボン等洗濯物を干す。家の床下に妙な生き物がいて、時々出てきて石の上に糞をする。最初は毛が抜けた猫かと思ったが、そうではなさそうだ。思えば、春の初め頃、窓越しに変わった犬?を見たことがある。一体何を食べて生きているのか。別の部屋の窓から見たら、どうも、夏になって毛が抜けた狸のようだ。それも親子仲良く6匹!住みついている。狸は縁起がよいそうだ。良いほうに考えよう。

6月16日、晴、午後3時次男帰郷。4時からホームの母親の見舞いに行く。5時半、揃って嘉瀬街の揚子江で夕食。

6月17日、晴、8時前に起きたら、次男は、6時に起きて竹生垣の剪定をしていた。家で朝食後、色々、今後のことなど話をする。午後1時、次男出発。

6月19日(火)曇と小雨、11時45分からの、日新公民館での昼食会に参加。各地区から100人ほどの参加で、会場は騒然としていたが、地区の民生委員さんたちが運ぶハヤシライスなどの食事は、家庭料理風で美味しかった。津軽三味線を聞いた後、唱歌なども合唱。

6月21日、曇後晴、朝、外にシーツ等洗濯物を干す。

f:id:kuromura:20180621110918j:image:w360

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180621

2018-06-08

チーコと私の病床日誌(117) 16:56

5月16日(水)午前11時、中央郵便局で、固定資産税(12万3千5百円)を納付。

5月18日(金)朝、この前の清掃当番時、散らばっていた生ゴミも、一緒にゴミだしする。

5月22日(火)昼から3時まで、松の新芽摘み。あと、どくだみに除草剤をかける。

5月25日(金)午後5時から、市内jINで酒を2合飲む。

5月26日(土)午後3時から1時間、どくだみに除草剤を追加散布する。

5月29日(火)曇、朝、洗濯物をエアコンで乾かす。

6月1日(金)晴、30度、3時半から5時まで、庭に除草剤を撒く。

6月4日(月)晴、午後3時から、玄関横で蔓延った這い杉を剪定する。5時半入浴、夜8時、血圧116、体温37度。少し暑いが、具合は良い。

6月6日(水)曇、午後3時、洗濯して室内で乾す。

6月8日(金)朝9時半、花とメロンを持ってホームへ。提出書類に名前を書いて、部屋へ。花を活け、御菓子を食べさせ、顔と手を濡れタオルで拭く。写真帳にあまり興味が無さそうなので、チーコの自伝(聞き書き)を読んで聞かせる。1時間ほど居て、書類に車の中の印鑑を押し、病院で診療費を払って帰る。

f:id:kuromura:20180612180404j:image

あじさい

f:id:kuromura:20180612180518j:image:w640

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180608

2018-05-14

チーコと私の病床日誌(116) 10:09

5月2日、朝9時、4月の追悼会のお礼かれこれ、Aさんに電話。そのうちまた「コギトの会」をするとのこと。

5月4日、晴、午後2時から4時まで、庭の草取り。回覧板を持ってきた隣人に蕗を上げる。次男から電話。6月16日に帰宅するとのこと。

5月5日(土)、晴、洗濯物を外に干す。10時半、長男から電話。連休は忙しく、5月11日夜に帰るとのこと。

5月6日〔日)、曇、朝9時過ぎ、府中のОさんに電話する。子供のことでは、もう大きくなっているからと(中2、小4)、精神面での心配はしていないようで、それより当人の束縛を絶つ道を選んだことを、支持しているようだ。自由主義というか、情けない。

5月8日(火)曇、11時半、「扉」や「滾滾」に載せる池田君追悼文の件でKさんから電話。

5月11日、夜10時、長男帰宅。

5月12日、午後1時、長男とホームの妻を見舞う。午後2時、長男ともども市内の妹を訪問して、夫婦生活機微について、意見を聞く。

5月13日(日)午前10時、長男を車で、ホームまで。逢えば、また悲しくなるので、私は車の中に居たが、チーコは元気に話していたとのこと。嬉しい。その後、長男を駅まで送る。

f:id:kuromura:20160822164040j:image

山法師

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180514

2018-05-01

チーコと私の病床日誌(115) 08:18

4月22日、晴、3時から洗濯物干し。

4月23日(月曜)、曇、午前10時〜11時半、県庁で文学賞企画委員会。県文学賞に入賞するのは、相変わらず、「詩」が感じられない小説ばかり。池田君は何故私を「小説、随筆」部門の企画委員に推薦したのか?

4月25日、10時前、唐津のSさんに、「滾滾」の池田君追悼会の件で電話する。H君(彼は、Aさん主催の追悼会に呼ばれなかったことで怒っている)のことでも少し気が楽になった。

4月27日(金)、曇後晴、8時45分、M病院で、これまでの薬(血圧、精神安定、排尿)に加え、コレステロールの薬をもらう。3時から4時半まで、庭の草刈。民生委員Eさんが来たので、蕗とアイリスを上げる。

4月28日(土曜)、晴、午後3時から5時まで庭の草刈。

4月29日(日曜)、晴、午前中、隣の農家から米(5キロ)を買う。午後2時半から4時半まで庭の草取り。

4月30日、曇、2時半から蕗を取る。

f:id:kuromura:20180502101652j:image

ヒメジオン

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180501

2018-04-22

チーコと私の病床日誌(114) 09:09

3月30日、夜9時、Kさんから、同人誌に載せる池田君の追悼文のことで電話あり、昔の思い出話等、半時間ほど話を聞く。

3月31日、晴、洗濯物を外に干す。

4月2日、気温25度。3時〜5時半、マンションとの境の樫の樹の剪定。

4月4日、曇、1時半から3時半まで、マンションとの境の椿の樹の剪定。夕方雨。

4月5日、曇、午後6時から、エスプラッツ東の「のなかの」で、池田君をしのぶ会。7人主席。酒1合半、彩り多い料理、最後に鯛めし。和気藹々、みんなそれぞれの話が出来た。

4月6日、午前中、S眼科へ。

4月7日、10時半、長男に電話。連休に帰るとのこと。

4月10日、晴、23度。3時半から5時半まで、マンションとの境の樹の剪定。

4月13日、晴、11時、アイリスと石楠花を持ってホームに行き、以前から気になっていたチーコの上着を着替えさせる。(古い上着は家でゴミとして廃棄)。

4月18日、晴、午後3時〜5時、マンションとの境の樹木の剪定。

4月19日、晴、午後1時半から草取りと、畑のはまぼうの剪定。後、蕗を取って、筋

を取り、4時半に終わる。

4月20日、晴、朝から、洗濯物と羽毛布団干し。日中は29度。布団収納。

4月21日、晴、3時から5時まで、鍬で大きな草を取る。気温27度。

f:id:kuromura:20180422090759j:image

なんじゃもんじゃの木

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180422

2018-03-28

チーコと私の病床日誌(113) 17:33

3月8日、雨、洗濯物をエアコンで乾かす。

3月9日、小雨、孫の貯金、駅で佐賀新聞を買う。夜、妹に電話。

3月11日(日)、晴、気温17度。2時半から竹生垣と槙の樹の剪定。

3月15日(木)曇、午前8時半M病院へ。午後から、河川敷の菜の花を持って、ホームへ。しばらく、チーコと話をしておやつ。あと写真帳を見るが、発音が聞き取り難いものの、名前などもはっきり覚えている。淋しくはない?退屈じゃない?と訊くと、頭を振り、逆にこっちに「退屈じゃない?」と訊いてきたのには、びっくりもしたし、嬉しかった。壁の「差し入れは、ご遠慮ください」と、チーコの前歯が無いのが気になるが、1時間ほどで別れる。

3月18日(日)午前中、槙の樹の剪定。

3月19日(月)雨、朝9時にAさんに電話、4月になったら池田君をしのぶ会をしたいとのこと。

3月21日、エアコンで洗濯物を乾す。

3月23日、晴、昼から1時間半ほど、ヒイラギの剪定。

3月25日、晴、4時から1時間草取り。

3月28日、晴、朝9時前、Aさんからの電話依頼で、Tさんに電話。しのぶ会出席とのこと。昼から3時まで、竹生垣の剪定と堀の泥上げ。

f:id:kuromura:20180328173250j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180328

2018-03-04

チーコと私の病床日誌(112) 16:04

2月26日、晴、旧友の池田君に何度電話しても、繋がらないので、共通の友人のH君に電話して、夫人の入院先で調べて貰ったところ、1月22日に死亡していることが判った。献体しているということだが、詳細は未だ判らない。午前11時S眼科の診療。夜,H君から電話があり、池田君の介護先の上村病院の者が警察立会いの上で、部屋の鍵を開けたところ、遺体を発見したとのことだ。私が電話した旧年中は、スーパーには行っているとのことで、安心していたが、明けてからはどうだったのか。外に出られなかったのは何が原因なのか。何にしても、可哀想で悲しい。

2月27日、池田君の追悼文を佐賀新聞へ持参する。

f:id:kuromura:20180304160349j:image

池田賢士郎君を悼む

笑みを浮かべた片頬、相槌を打ちながら、人の話に耳を傾ける。喫茶「コギト」で、池田君は誰かれと無くよく人と話をしていた。話の相手は、公務員、会社員、学生など様々で、新聞記者にも知り合いが多かった。

彼は、高校の同級生で、私が大学に行っていた頃には、東京に居たが、私が帰郷すると、しばらくして、彼も佐賀に帰って来た。

当時、私は同人誌「城」に入っていて、主宰の田中さんたちが、図書館で始めた「近代文学研究会」にも参加していたが、彼が帰って来たのは、偶然にも、ちょうどその例会の日だった。

池田君は、研究会に参加したが、それに飽き足らず、「現代詩研究会」を創り、更に、会員50名を超えた「はんぎい」も創刊した。

だが、「はんぎい」6号に、掲載された彼の長編論文「反映的組織のなかで」は、九州の詩人たちの反感を呼び、「はんぎい」自身も崩壊してしまった。

同じ時代を生きた者として、詩人連絡協議会=「組織」に対する反抗と判るし、それを「なあなあ」で終わらせなかったのは彼の気質だったのだろう。

彼は、人の話はよく聞くし、誰でも、どんな話でも、打ち明けることができる優しい人間だった。佐賀は得がたい人を失った。

3月1日、風強し、ブラッサンスコーヒー

3月4日、夜、池田君と共通の友人だったKさんから電話。彼女が電話した1月中旬には、声も小さくかすれていたとのこと。半時間ほど話す。

f:id:kuromura:20180305092724j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180304

2018-02-20

チーコと私の病床日誌(111) 16:44

1月26日、午後4時半M病院へ。

1月27日、東与賀のジョイフルで昼食。

2月1日、曇、エアコンで洗濯物を乾かす。

2月2日、風邪。インフルエンザ予防接種はしたのに喉風邪。熱が38度超えている。居間の布団の中でじっとして居る。

2月4日、風邪以来、白かゆに梅の漬物がおいしい。

2月6日、夕方になり、やっと熱が引いたので、4時、久しぶりに風呂に入る。

2月7日、気温は冷たいが晴。午後4時半過ぎ、西の堀水面が北風に吹かれて、光の反射を撒き散らす。陽光は滲んで輝き、踊り、時に、水面に光る水鳥の群のよう。また、それらが幾つも重なる時には、満開の菊花のようで、眩ゆい。ぐんと光が広がる。踊る光。幸の光。

2月14日、気温12度。午後4時から、5時までホームへ。口を開け閉めするのが気になるが、来たのは喜んでくれる。久しぶりに写真帳を一緒に見て、楽しむ。まだ、頭ははっきりしているので嬉しい。病院の支払いを済まして帰る。その後、家で、昼にかけてきていた次男に電話。

2月15日、雨、午後3時、淀姫神社で妻の快癒祈願。(チーコ頑張れ)ジャスコで食品を買い、ガソリンを補給して帰る。

2月20日、晴、気温15度、昼から、チーコとよく行っていた公園を散歩。足が多少弱っている。

f:id:kuromura:20180220164225j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180220

2018-01-26

チーコと私の病床日誌(110) 12:32

1月10日、雨、午前中、洗濯物をエアコンで乾かす。弁当やパンばかりで味気なく、夕方から、スーパーで、野菜や肉団子,椎茸などを買い込み、鍋の支度をする。隣の農家から買った米を炊いて、久しぶりの手作り料理。美味かった。腹一杯食べて、落ち着いた普段が戻ってきた。

1月14日、曇、日中、洗濯物をエアコンで乾かす。

1月15日、夜、テレビで日本の童謡を聴く。このように荒れた時代には懐かしい。

1月16日、朝ゴミ出し。気温16度。午後3時半から、表の竹生垣の一部と、百日紅の剪定。

1月18日、朝曇、洗濯物をエアコンで乾かす。

1月20日、午後3時から、厚くなった生垣の竹をまばらに剪定して、透かしを入れ、5時半に終わる。少し寒かった。

1月23日、朝曇、洗濯物をエアコンで乾す。妻の病い

1月26日、妻の病い

 食欲が無い。何かをしたいという気持が出ない。いつからこんな状態になったのだろう。考えれば、妻が介護を受けるようになってからだ。脳梗塞で倒れた妻は、左半身不随。今は、特別養護のホームで車椅子生活をしている。軽度の認知症もあるので、見舞いに行っても、食べ物をねだるだけで、言葉がはっきりしない。呆けた顔を見ても悲しいばかりだ。

 私にとって、妻は生きがいだった。いろいろ文句も言われたが、妻の喜ぶ顔に何度も救われた。もう一度だけでもいい。自分の足で立ち上がってくれたら。ホームの手摺りに掴まらせて、リハビリをするが、きついと言ってすぐやめてしまう。

 もう、独り暮らしも5年になる。寒い外から、只今と家に帰っても、誰からも返事は返ってこない。誰も居ない家。家の南西に大きな渋柿の木がある。祖父が植えたもので、もう樹齢百年は越すだろう。幹の太さは二抱え。ぐねぐねと曲がりくねった大枝が垂れ下がっていて、何も無い曇天をかきむしっているように見える。

 夕方になって、日が射してきた。赤く染まった雲が、渦を巻くように散らばって何かを話しかけてくるようだ。 夕日の前方に門が見える。門の前で誰かが手招きしている。まぶしい光明に包まれて‥‥それは昔亡くなった母のように見える。 

 暗くなって、居間で独り、スーパーの弁当を食べる。味気なく悲しい。どこかで、犬が吠えている。遠く、電車の音が伝わってくる。

 母が生きていたら、「今のすべてを認め、受け入れなさい」と言うかもしれない。でも、今の状態を認め、そのまま受け入れることが、この私に出来るだろうか。私は、いつも、自分ではどうにもならないことを考えてひとりいらいらしている。

f:id:kuromura:20180126123156j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180126

2018-01-09

チーコと私の病床日誌(109) 11:20

2018年1月1日、晴、10時、年賀状14,5枚程度届く。午後から、旧年中に出していなかった賀状を書く。5時過ぎ、次男と嫁から電話。向こうの状況が色々判って楽しい。

1月2日、晴、午前中年賀状を出す。

1月3日、晴、昼前、年賀出す。

1月5日、小雨、午前中、洗濯物をエアコンで乾かす。

1月6日(土)晴、午前中、シーツと懸け布を洗濯して干す。

1月7日(日)3時半から水仙と御菓子を持ってホームへ。チーコは急に年を取ったように、口をぱくぱく開け閉めしている。友人から来た年賀状を読むが、さほど関心もなく、お菓子を催促する。まだ、風邪が治っていないようで、美味しいというほかは、発音がよく判らない。御菓子が無くなると、写真帳を見るが、間もなく大部屋の方へ行くと言うので、連れて行き、別れる。

1月8日(祝)今日は成人の日。午後、テレビで「戦場にかける橋」を観る。なかなか面白いが、ネットで調べて、史実と異なることを知る。橋は、日本陸軍鉄道部隊がつくったこと。そして、実際の爆破は、空爆だったこと等々。

1月9日(火)9時過ぎ、孫の貯金に郵便局へ。帰宅後、朝飯を用意してなかったので、コンビニで買った野菜に餅を入れて炊いて食う。忘れていたが、今日は、俺の生まれた日だった(笑)。

f:id:kuromura:20180109112012j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180109