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こころ-夢の河辺で-

2016-05-27

チーコと私の病床日誌(57) 10:37

5月20日(金)とうとうやってしまった。かねがねS病院の院長の人を馬鹿にしたような物言いに我慢していたが、今日は、3週間ぶりに行ったところ、血圧の薬が足りているか、皮肉たっぷりに訊くので、腹が立った。こっちは、咳で苦しんだあげく、やっと出かけられる体になったばかりだというのに、人をからかうような言い方にむかついて、言わずとも良いことを言ってしまった。もう来なくとも良いと言う。それはいいが、妻の見舞いと薬代診療費の支払いには行かねばならない。大体ここはリハビリ主体の病院で、多数の入院患者がいるが、特養の妻のリハビリは形ばかりで、終わってしまった。院長は医者である前に事業主であろうとするのだろう。

5月23日(月)終日のうがいと睡眠のおかげで、微熱はあるが、今日は、体調が回復へと向かっているように思える。

5月24日(火)晴後曇、夜は雨、午前中、車でM病院に行き、診察、レントゲン採血後、風邪薬を色々貰う。これで治ればいいが。あと、食欲はないが、ジョイフルで軽い食事

5月25日(水)雨、汗をかいた下着類が溜まっていたのを洗濯して室内で干す。朝食は冷蔵庫の中の残り物で済ます。風邪がなかなか治らない。チーコも、私が見舞いに来るのを待っているだろう。この前行ったのが4月末だから、1ヶ月近く行ってない。連絡はしてもらったが、可哀想でならない。

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2016-05-19

チーコと私の病床日誌(56) 11:11

5月16日(月)雨、煙草を1日1本にして3日目。体調にあまり変化はない。熱はあまりないが、咳は相変わらず、出ると止まらない。病院の診察を受け、妻の見舞いにも行かなければと思うが、天気になってからとも思う。薬局でトローチを買う。

5月17日(火)晴、昨夜テレビで嚥下障害の仕組みを聞いた。妻はなんでも,急き込んで食べるので、息継ぎする時、気管のほうに食べ物が入ってしまうのだろう。気を付けなければ。野菜がないので、庭の芹を摘んで茹で、昼食時の添え物にする。咳は多少収まったようだ。茨城の地震で、次男に見舞いの電話。その後、ホームに電話して、風邪でしばらく見舞いに行けない旨の伝言を依頼する。3日ぶりに入浴。

5月18日(水)なかなか、咳が止まらないので、昼食時、以前医者からもらった風邪薬、抗菌薬「セブソン」を飲み、終日、塩湯でうがいをする。どうやら隣のマンションでも同じような咳が流行っているようだ。

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2016-05-13

チーコと私の病床日誌(55) 11:11

5月9日、雨、昨夜は、咳きが出るので、風邪薬を飲んで早めに寝たが、この時期には珍しく、夜中じゅう激しい雨音が続いていた。幸い、堀の水は、管理者が前もって抜いていたようで、溢水にはならなかったが、水が必要な田植えの時期、やがて来る梅雨が心配だ。マンションとの境の水路は、この2〜3年浚ってない。まあ大勢には影響ないだろうが、草ぐらいは取っておかねば。

5月12日(木)もう治る頃だと思うが、なかなか風邪が治らない。こんどのはのど風邪で、布団の中に入ると咳きがこみ上げてくる。熱はたいして無いので、洗濯ぐらいは出来るが、うつしたら困るので、ホームへは行けない。今年も固定資産税の通知書が送ってきた。去年より3割方上がっているが、法務局の測量で実測面積が増えたことと、ここら辺の土地評価も少しは上がったのだろう。

5月13日(金)朝、ごみ出ししたあと、草ぼうぼうの庭を回る、昔の標石の傍に3寸あやめが1輪咲いている。

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2016-05-07

チーコと私の病床日誌(54) 21:35

5月6日(金)雨、こっちに関係のないチラシが送って来る。こんな場合無視するか、破り捨てるかが普通だろう。しかし、度重なると次第に腹が立ってくる。湖乃華。未だ若い女性の名宛ての振袖の宣伝メールだ。何度か郵便配達員にも言ったが、埒が明かないので、本局まで持っていって、送り返したが、それでも、まだ送って来る。送付元は福岡、佐賀の複数の着物店で、どうも、名簿業者から買った名簿を元に送っているようだ。私の家の住所は郵便受けに書いてある。隣のマンションに住んでいた者が住所が分からず、私の住所をそのまま書類に書いたのか、それとも、名簿業者が調べもせず勝手に流用したのか。この前ナンバーズを受け取りに行ったついでに、住民登録を調べてもらったが、私の住所にそんな名の人間は居ないとのことだった。どっちにしても迷惑千万な話だ。今日も一件着物屋に電話して取り消してもらった。

5月7日(土)晴、昨日洗っておいた洗濯物を干してから、北側の盛り上がった山茶花の剪定をする。昨夜少し咳が出たので、煙草をやめ、飴玉を舐めなめする。多少風があり、そう暑くはない。車横の枝垂れ桜も不要な枝を切り、すっきりなった。最後に蕗を取って皮を剥いて灰汁を取り、いりこと砂糖、醤油で味付けする。弁当ばかり食べていると、こういう田舎のおかずが欲しくなる。

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2016-05-06

チーコと私の病床日誌(53) 09:53

5月1日(日)午前中、クローバーの草むしりと、(以前、スズメバチが巣作りをしたことがあったので)北境の椿の枝透かしを行う。そのため、全く見えなかった下のマンションの様子が少し分かるようになった。

5月3日(火)雨、見た夢のせいか、久しぶりに安定した気分。こんな気持が続いてくれたら有難い。7時半燃えるごみ出し。血圧126。

5月4日(水)晴、洗濯物干し。アメリカ大統領選では、共和党のトランプ氏が優勢のようだ。もし、民主党を抑えて大統領になったら、今の世界はどう変わるか分からない。不安の種だ。

5月5日(木)晴、朝10時から裏の栗の枝を全部切る。新芽を掻き取れば枯れる筈だ。この栗は生らない割りに、葉が茂って他の植物の成長を妨げる、ついでに、混んだ松の枝の剪定をして3時に終わる。

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2016-04-29

チーコと私の病床日誌(52) 10:41

4月25日、曇、シーツとタオルケットを干し、11時昼食をたべてから、気に懸かっていた、生垣下の草取りから始め、後、マンションとの境に伸びた枝を剪定。その後、2時ごろから、庭中のヒマラヤスギに、梯子、脚立を掛けて、不要の枝を鋸で切り、形を整える。上のほうまでは出来なかったが、混んだ枝が無くなり、すっきりとなった。これは次男の誕生木ー樹齢48歳になる。

4月27日、雨。遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん。遊ぶ子供の声聞けば‥‥平安末期の今様歌謡である。人は何のために生まれてきたのか。人生の終わりを迎え、これまでの自分の生きようを思い返す。誰しも、目的を持って生まれてくるわけではないのだが、これまでは、何がしかの目標があって生きてきた。今は、そんな自分を見てくれる者が居ないのが淋しい。

4月28日(木)1時にホームへ。入り口で蕗の煮付けと玉屋のゼリーを介護の人に渡し(部屋では食べさせないでと言われている)、部屋に入る。部屋では、車椅子のバンドを解いて、立たせようと抱きかかえるが、立てない。あまり話題がないので、写真帳を見る。3時からの推進委員会は3時半に終わり、病院のほうへ行く。妻が家に帰っていいかどうかを院長に訊きたいというのは保留にする。妻は自分の状態(立って歩けないこと)をはっきりと認識しておらず、その時々の気持ちだけで、自分の考えを表現しているのだ。私は妻の言うことをまともに聞き過ぎて、そのために悩んでいる。妻の言うことならと思うこの悪循環が私を苦しめる。

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2016-04-24

チーコと私の病床日誌(51) 13:36

4月21日(木)今日は1日雨風が強い。堀の水も満タンになった。地震に見舞われた熊本では、雨の中、屋外でテント生活をしている人たちもいる。遠く地中海では、また、多数の難民を乗せた船が転覆したという。小さな子供たちも居たろうに‥‥。人の辛さは、その身になってみないと分からない。

4月23日(土)次男が午後3時半レンタカーで帰宅。母の見舞いに行って、5時半ごろ戻り、母の様子を話す。自分の頭を撫でてくれたそうだ。夕食には久しぶりに蕗の煮物。次男と二人で、濃い話のひとときを過ごす。

4月24日(日)曇、次男は昼前から、茨城で育てるつもりで、庭の植物を収集する。1時半、次男、母のところに寄ってから帰る。

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2016-04-20

チーコと私の病床日誌(50) 13:09

4月17日(日)午後から、長男とチーコの見舞いに行き、その後、ジョイフルで昼食。3時15分頃、妹宅を訪れる。怖かった地震の話をはじめ、互いの子供たち,孫の話、思い出話などで賑あう。帰りに炊き込みご飯など土産に貰う。妻については、第三者の目で見ることも必要という妹の言葉が心に残る。

4月18日〔月)午後12時半、県庁駐車場に車を止め、長男と最上階のレストランで食事。その後、2時からの企画委員会に出席。3時半終了後、玉屋で晩のおかずを買い、本屋にいる長男を車に乗せて帰る。

4月19日(火)朝、燃えるごみ出し。9時45分、長男を駅まで送り、帰宅後、貝塚イブキの剪定をする。

4月20日〔水)晴。もう使わない羽毛ふとんを干し、カバーとタオルケットを洗う。ナンジャモンジャの樹に白く繊細な小花が咲いていた。

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2016-04-17

チーコと私の病床日誌(49) 11:49

4月13日(水)朝、班長が連絡で来て、春の川掃除に出ますか、と聞くので、老人は出ないほうが良い。怪我でもしたらかえって迷惑だからと、当日徴収する町費1万2千円のみを渡す。パンで朝食後、コーヒーと一緒に煙草を呑んでいたらひどくむせる。用心用心。

4月14日(木)9時半PLガスの点検。昼食後、外に布団を干し、松に梯子を掛けて、新芽を摘み、後、庭のカラスの豌豆を取るが、夏のような日差しに疲れ、2時に辞める。夜、9時26分震度4の地震。その後、40分ほどで同じ位の余震があり、その後も午前1時まで、強く弱く何度も揺れた。いずれも、熊本を震源とする地震だが、佐賀でこんなに揺れるのは珍しい。茨城、広島、高木瀬から心配する電話があったが、明治30年建築の建物はまだまだ現役だ。

4月15日〔金)東京の長男が夜11時帰宅。午前1時25分、震度5強の地震で起こされる。同44分再び強い揺れで、花瓶などを台所の流し場に置く。朝7時ごろ携帯に次男から電話。10時半〜12時。長男が自転車でホームへ行く。ホームからは、おはぎや餅を妻に食べさせるのを止めて欲しいとのこと。

4月16日〔土〕長男は午後から外出。私は、鬱蒼となった庭の貝塚イブキの枝葉を剪定する。これは長男が生まれた時に植えたもので、幹は一抱えもある。脚立に乗って鋸で不要な枝を切り、垂直に伸びた葉を、剪定ばさみで切っていく。4時前、小雨が降り出したので、辞めて風呂に入る。帰宅した長男は、茶の間の食器棚が地震で倒れないよう金具で固定していた。

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2016-04-12

チーコと私の病床日誌(48) 22:54

4月9日〔土)アイリスの花を独りで見るのは勿体ないし、蕗も食べごろだし、近所のSさんに取りに来てもらう。午後からは、アイリスを、知り合いの喫茶店に持って行く。コーヒーの味は、家のより薄かったが、人間嫌いの人の話を面白く聞いた。

4月10日〔日)裏の竹林の中の楠は、中ほどから、次男がチェーンソーで切って呉れたが、その幹から何本も伸びた新梢が気になっていたが、午後から、その太い枝を切り落とす作業をした。梯子を掛け、のこぎりで20本も切ったろうか。竹にひっかった枝を引き下ろすのにも手間取ったが、終わって、風呂上りに、スーパーで買っておいた秋刀魚を肴に飲むビールの味は格別だった。

4月12日(火)午前中にS病院の診察を受けてから、午後、花とおはぎ、お菓子を持って、ホームへ。妻は至って元気。先週見舞いに行かなかったことは、覚えていないよう。膝を揉みながら、(早く歩けるようになったらな)と言うと、(ホームの手摺りに掴まって歩く練習をしているよ)と、どこからそんな空想が出てくるのか。いつもの事ながら、今の自分の状況が判っていないのだろうか、と悲しく思う。f:id:kuromura:20160412225742j:image:w360

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