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こころ-夢の河辺で-

2016-09-19

チーコと私の病床日誌(71) 10:33

9月13日(火)冷たい水で沁みる、夜寝床の中で痛むので、歯医者に行って、看てもらったが、原因が判らず、歯の掃除をしただけで、返された(11時)。茨城の次男の嫁から葡萄が送ってきた。

9月14日(水)フィリピンの米国離れが加速している。中国の力による海の支配は現実のものになるのか?協調の精神=国際法に拠らない野蛮な力が支配する時代が再びやってくるのだろうか。夕方5時から、ポスト周辺の地面に広がった蔦を手で剥ぎ取る。

9月15日(木)午後3時頃から、庭の手入れ。少しは人が住んでいる庭らしくなってきた。

9月17日(土)午前中、班長のSさんが、10月10日の敬老会のことで来宅。ご主人が物忘れする認知症とのこと。もう75過ぎか。

9月19日(月)雨、台風はこっちには来ない様子。雨戸を立てなくてもよさそうだ。妻もホームで安らかな気持でいるだろう。



チーコに


昔のように

自分の足で立ってごらん

足指に力をこめて

どっこいしょ

ぼくが支えてるからね


思い出してごらん

この足で歩いて

あちこち行ったじゃないか

一緒に山にも登ったじゃないか


立てない筈はない

歩けない筈がない

まだ筋肉があるんだから

自分の足で立って歩いて

また行こうね

思い出の天山

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いせはなび

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2016-09-10

チーコと私の病床日誌(70) 10:51

9月6日(火)朝方の夢で、公園に咲いている大きな桜の花(ばんだの桜)を見る。起きて少しふらつくので、血圧を測ると、118と低い。さらに1時間ほど後には156とこんどは高い。外で、ちょとした作業をして計ると、145になったが、頭がぼーっとした感じは抜けない。部屋で、冷房を入れて、じっとしている。カルピスウォーターを飲んで、2時間ほど眠ったら落ち着いた。食欲があまりないので、車で鰻を食べに行く。窓の下の苔を見ながら、鰻丼を食う。天然の鰻ではないので、柔らかいが、久しぶりに美味い昼食だった。

9月7日(水)今日は曇だが、蒸し暑く,蚊が多い。庭仕事をしようと思っていたが、昼からホームへ。机の前に座っている妻は、私と判ると、にっこり。そのまま部屋へ。今日は、機嫌が良いようだ。退屈じゃない?と訊いても、退屈じゃないと言う。写真帳を開いて見せると、今日は自分のほうからいろいろ話す。と言っても、名前とか、何をしているかの程度だがー。3時のお茶の前に、広間に連れていくと、隣の老女から「しあわせー」と言う声、私もチーコから生きる力を貰ってる。

9月9日(金)晴、朝8時から11時半まで庭仕事。小木を剪定し巻きついた蔦かずらを取り、表の笹の竹の子を切る。少し庭が明るくなった。

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かんな

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2016-08-30

チーコと私の病床日誌(69) 19:59

8月25日、晴、午後3時半から、表の笹の裏側を剪定する。もう大部分日陰になっているが、まだ暑い。片付けるのを半分残して6時に上がる。シャワーを浴び、パソコンの前に座っていると、次男から見舞いの電話がかかってきた。台風の被害はなさそうだ。

8月27日(土)明日から雨とのことで、朝、シーツとケットを洗濯して干す。その後、午後2時から5時まで、笹の剪定と後片付けをする。

8月28日(日)朝から久しぶりに雨。気温も27度に下がって、庭の植物も生き返り、人間も一息つく。

8月29日(月)朝の血圧121。近頃高かったのが改善した。チーコとの別居生活で、楽しいことはまるでないが、兎に角も健康で、まわりに迷惑をかけることなく、生きていることに感謝する。

8月30日(火)午後3時からホームへ。今日は何か用事だった?といつもは手をにぎりしめて離さない妻が言う。部屋では、何か持ってきた?といつもの一言。この前言われていた、(コンビニで買ってきたが)お握りを喉に詰まらせないよう食べさせる。ここでは、退屈じゃないね。と聞いても、退屈じゃないと言う。元気そうだが、表情があまりない。どうもいつもと違う。今、何を食べたか、思い出せないのに、もうないね。としっこく言うので、駐車場に連れ出したが、風が強いからとすぐに戻る。部屋で、写真帳をめくる。さすがに、お茶や食改善、声のテープなどの写真には、人の名前はあまり思いだせないものの、記憶が鮮明になるようだ。チーコは文字などははっきり認識できるが、ここに入る前のK病院の記憶がなく、母がまだ生きていて、熊の川の家がまだ在ると思ったり、比較的古い記憶も無い。チーコの頭の中はどうなっているのだろうか、と思いながら。5時の食事前に別れる。

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さるすべり

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2016-08-23

チーコと私の病床日誌(68) 20:28

8月19日(金)晴と曇、12時半ホームへ。花を活けた後、食べ物を催促するのは相変わらずだが、部屋で最近のブログ読み聞かせる。その後、立つ練習をした後、大部屋のテレビの前に座らせ、隣の仲間のおばあさんと話をしていたら、介護婦が、チーコに「あーら,妬いてる」と笑いながら言う。この次はお握りを作って来てねと言うチーコ。ああ、どうしようか。

8月20日(土)今朝は5時半から、表の竹垣の剪定作業。土曜なので、車もあまり来ない。上に、ひょいひょい伸びた新竹も切り終えて、午前8時に終了してシャワーを浴び、洗濯した作業着を表に干す。

8月21日(日)午前、パソコンーユウチューブでシューベルトのアベマリア(マリア、カラス)を聞く。気持が穏やかになる。このところ、食事量は少ないが、毎日コーヒーは飲んでいる。健康にもよいようだ。

8月23日(火)朝7時ごみ出し。9時15分ごみ集積場の掃除当番。今日も暑くなりそうだ。クーラーをつけて家のなかの整理をする。また、午後5時から庭作業と水撒きをする。

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さるすべり

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2016-08-18

チーコと私の病床日誌(67) 11:50

8月11日(木)猛暑、朝6時半、空き缶,びんと一緒に不用の本を出す。今後、努めて家中の本の整理をしていく積もり。

8月15日(月)今日は大東亜戦争終結の日。私は、中学1年で勤労動員された北山で、終戦を迎え、いり豆で腹を壊していたため、トラックに乗れず、2、3日後、一人なんとか歩いて、市内の家まで帰ってきた。チーコは、小学校6年で、政情不安な朝鮮から、船で下関に引き上げてきた。当時、ともに戦争に負けたことに、悔しいという意識もなく、貯金通帳も価値が無くなり、日本中が食うや食わずの食料難、衣類を売っての生活難の中で、両親が必死に支える日々の暮らしの知恵で生き延びて来た。当時、生徒だった私には、大部分が墨で消された教科書の記憶が残っている。

8月17日(水)晴、朝夢で、チーコが、玄関から「ただいまー」と帰って来た。エプロンをして台所に立って居るチーコの手をとって「どうして?」と懸命に訊く。ホームから電話がかかって来るが、わけの分からないことばかり言う。でも、チーコの元気な姿を見て、久しぶりに楽しい気分。

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天山

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2016-08-10

チーコと私の病床日誌(66) 10:38

8月1日(月)晴。今朝は5時半から、北表の竹生垣の剪定をする。ここは、水路を隔ててマンションの出入り口になっているが、前のブロック塀が張り出ている曲がり角なので見通しが利かない危険箇所。道にはみ出た部分だけを切り揃えて、7時前に終わる。蝉時雨が始まる。今日も暑くなりそうだ。

8月4日(木)午前中、府中と茨城に中元(川副の海苔)。あと、もりながで弁当を買い、車のガソリンを入れて帰る。

8月7日(日)連日の猛暑。午前12時前I君から電話。彼も奥さんを自宅で看ている。トイレは自分で行くが、あとは寝たきりらしい。

8月8日(月)朝10時前、長男から安否確認の電話。皆元気で、次女は、町区の林間学校。長女は塾で、こんど都立中学(中高一貫教育校)を受験するとのこと。

8月9日(火)かんかん照りの毎日。クーラーを入れてテレビを観る。オリンピックの体操で日本が優勝。3時半からホームへ。しばらくは、私の手を握り締めてはなさない妻だが、相変わらず元気。肥えてもいないし、やせてもいない。しばらく、こちらの近況を話す。廊下の手摺りに掴まらせて、立たせようとするが、腰を浮かせるところまでいくが、それ以上にはいかない。また来るから、熱中症にならないよう気をつけるからねと言って、5時前に別れ、グッデイで如露と竹ほうきを買って帰る。

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2016-07-31

チーコと私の病床日誌(65) 10:29

7月28日(木)晴、1時半、S病院でチーコの医療費を支払い。その後、ホームへ。一緒に写真帳を見ながら、よくあちこち行ったねなどと、色々昔の話をする。自分や私、子供の写真などにははっきり反応して、黒い髪の私を子供と間違えたり、自分の今の髪を気にしたり‥‥。お茶や声のテープ、食改善など、思い出しはするが、友達の名前などは、すぐに浮かんで来ないよう。まだ、自分の父親、母親などは生きているように思っているらしく、もう亡くなって20年以上になるよ、と言っても、はっきりと納得できていない。子供にかえったような気持なのだろうか。もう僕らも80過ぎたよと言うと、まだ、私元気でしょ、うん、時には足も動かしてね、と応え、3時のお茶の時間前に帰る。

7月29日(金)晴、午前11時、妹が来る。父母の仏壇にお参りにくるのだが、その際、色々、自分で作った漬物、混ぜご飯、おはぎ等も持ってきてくれるので有難い。地元の新聞に出した寄稿(6月28日)の切り抜きも持ってきてくれた。暑いときにご苦労さん。

7月30日(土)晴、午後6時から、車置き場の草刈で汗だくになり、テレビで、シャワーばかりは良くないと聞き、風呂に浸かる。

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いせはなび

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2016-07-27

チーコと私の病床日誌(64) 20:10

7月21日(木)晴れているが、午後3時半から庭仕事。体が慣れたのか、この前のようにきつくない。5時過ぎに上がって、シャワーにかかり、冷たいメロンを食べる。

7月22日(金)朝10時頃から、小惑星いとかわに写ったはやぶさの影や、月から見た地球の出の動画、その後、太古、南極と分かれたという、タスマニアの原生林の踏破紀行を見て、心が洗われる。

7月23日(土)ポケモンが日本でも出没するようになった。歩きスマホに用心、用心。10時半作業着の洗濯。今日も暑い。熱中症に用心、用心。アメリカのトランプ大統領候補は、偉大なアメリカを取り戻すと言う。中国の習主席は、かっての偉大な中国を実現するために、南シナ海に管轄権があると主張し、偉大なロシアを標榜するロシアのプーチン大統領も、オリンピックドーピング容認した。民の愛国心を煽る言葉には用心したほうが良い。

7月25日(月)9時前、南班の民生委員さんに電話。昨日12時前の見舞い訪問(玄関のベルが鳴ったのに、勧誘かと思い、出なかった)へのお礼を伝える。午後4時から5時半まで、蚊取り線香を点けて草取り。多少、左膝裏にこわばりを感じるが、たいした事はなさそうだ。

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神野公園前まんえい堂

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2016-07-20

チーコと私の病床日誌(63) 09:13

7月13日(水)午後3時ごろから、モーツアルトの伝記映画「アマデュウス」を観る。以前観たものだが、やはり面白かった。嫉妬しながらも、その才能に惹かれていく作曲家サリエリ。放埓な夫を支える妻のコンスタンチーノの健気さ。「フィガロの結婚」など、オペラ音楽も楽しめる良質な映画だ。

7月18日(月)午後1時、ホームへ。この前持っていった笹は、片付けられていたが、自立歩行と書いてあったとチーコが言う。覚えていたんだ。別居生活3年。家から持っていった指輪を薬指に嵌めようとしたが、骨が大きくなっているのか、嵌らない。髪は散髪して、顔色も風呂に入ったばかりでつやつやしている。いつもの問いかけ、何か持ってきた?に、ポケットに忍ばせてきた紅葉饅頭をちぎってあげる。肺炎になりかけてから、部屋でのお菓子は禁止されているが、何も持って行かなかった時の淋しい顔に耐えられない。しばらく話をして、2時半に別れる。

7月19日(火)午後4時頃から庭仕事。正面玄関前から脇玄関までの草刈をして(これが大変だった)、その後、4回目の樹の芽むしりをする。終わったのは6時半、夕方の日差しが弱い時間と考えていだが、やはり汗びしょりになった。でも、仕事終わりに使うシャワーはなんとも爽快。

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2016-07-07

チーコと私の病床日誌(62) 18:43

7月3日(日)朝10時、紅葉饅頭届く。昼食後、気温は高いが、曇り空なのを幸いに、庭のあちこちに生えたアメリカ背高泡立ち草を引き抜いていく。表の竹生垣は伸びたところを鋏で切り取る。4時半入浴。7時ごろ広島の姉から電話があり、それぞれ双方の暮らし方の話を20分ほどする。88なのに、まだまだ元気な様子だ。

7月4日(月)バングラディシュのテロは、ISと関係のない裕福な家庭の若者たちの犯行だとか。善意の日本人が7人も殺された。この頃は、罪もない人が理由もなく殺される。ISの宣伝から作られた風潮が動機だとしても、その国のために働いて殺された人たちは浮かばれまい。

7月7日(木)気温はこのところ34度だが、今日は曇りなので、昼から、大きくなり過ぎた樹を枯らすための芽摘み(これで3回目)と、表の笹切りなどをする。3時半から、今日は七夕なので、「願自立歩行」とつけた小笹を持ってホームへ。妻の元気な顔に安心するが、色々と昔の話をするうち、熊の川の「お母さんはどうしてる?」と訊く。まだ、生きているように思っているのか。92歳で、20年前に諫早で亡くなったよ。姉さんも弟ももういないよ。それに、もう僕らも82と83だよ、と言うと、もうそんなに!と感心したように言う。時間の感覚が薄れているのだろう。でも、チーコと色々話していると、温かく優しい気持が戻ってくる。5時になったので、森林公園で煙草を吸って帰る。

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