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こころ-夢の河辺で-

2016-08-23

チーコと私の病床日誌(68) 20:28

8月19日(金)晴と曇、12時半ホームへ。花を活けた後、食べ物を催促するのは相変わらずだが、部屋で最近のブログ読み聞かせる。その後、立つ練習をした後、大部屋のテレビの前に座らせ、隣の仲間のおばあさんと話をしていたら、介護婦が、チーコに「あーら,妬いてる」と笑いながら言う。この次はお握りを作って来てねと言うチーコ。ああ、どうしようか。

8月20日(土)今朝は5時半から、表の竹垣の剪定作業。土曜なので、車もあまり来ない。上に、ひょいひょい伸びた新竹も切り終えて、午前8時に終了してシャワーを浴び、洗濯した作業着を表に干す。

8月21日(日)午前、パソコンーユウチューブでシューベルトのアベマリア(マリア、カラス)を聞く。気持が穏やかになる。このところ、食事量は少ないが、毎日コーヒーは飲んでいる。健康にもよいようだ。

8月23日(火)朝7時ごみ出し。9時15分ごみ集積場の掃除当番。今日も暑くなりそうだ。クーラーをつけて家のなかの整理をする。また、午後5時から庭作業と水撒きをする。

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さるすべり

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2016-08-18

チーコと私の病床日誌(67) 11:50

8月11日(木)猛暑、朝6時半、空き缶,びんと一緒に不用の本を出す。今後、努めて家中の本の整理をしていく積もり。

8月15日(月)今日は大東亜戦争終結の日。私は、中学1年で勤労動員された北山で、終戦を迎え、いり豆で腹を壊していたため、トラックに乗れず、2、3日後、一人なんとか歩いて、市内の家まで帰ってきた。チーコは、小学校6年で、政情不安な朝鮮から、船で下関に引き上げてきた。当時、ともに戦争に負けたことに、悔しいという意識もなく、貯金通帳も価値が無くなり、日本中が食うや食わずの食料難、衣類を売っての生活難の中で、両親が必死に支える日々の暮らしの知恵で生き延びて来た。当時、生徒だった私には、大部分が墨で消された教科書の記憶が残っている。

8月17日(水)晴、朝夢で、チーコが、玄関から「ただいまー」と帰って来た。エプロンをして台所に立って居るチーコの手をとって「どうして?」と懸命に訊く。ホームから電話がかかって来るが、わけの分からないことばかり言う。でも、チーコの元気な姿を見て、久しぶりに楽しい気分。

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天山

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2016-08-10

チーコと私の病床日誌(66) 10:38

8月1日(月)晴。今朝は5時半から、北表の竹生垣の剪定をする。ここは、水路を隔ててマンションの出入り口になっているが、前のブロック塀が張り出ている曲がり角なので見通しが利かない危険箇所。道にはみ出た部分だけを切り揃えて、7時前に終わる。蝉時雨が始まる。今日も暑くなりそうだ。

8月4日(木)午前中、府中と茨城に中元(川副の海苔)。あと、もりながで弁当を買い、車のガソリンを入れて帰る。

8月7日(日)連日の猛暑。午前12時前I君から電話。彼も奥さんを自宅で看ている。トイレは自分で行くが、あとは寝たきりらしい。

8月8日(月)朝10時前、長男から安否確認の電話。皆元気で、次女は、町区の林間学校。長女は塾で、こんど都立中学(中高一貫教育校)を受験するとのこと。

8月9日(火)かんかん照りの毎日。クーラーを入れてテレビを観る。オリンピックの体操で日本が優勝。3時半からホームへ。しばらくは、私の手を握り締めてはなさない妻だが、相変わらず元気。肥えてもいないし、やせてもいない。しばらく、こちらの近況を話す。廊下の手摺りに掴まらせて、立たせようとするが、腰を浮かせるところまでいくが、それ以上にはいかない。また来るから、熱中症にならないよう気をつけるからねと言って、5時前に別れ、グッデイで如露と竹ほうきを買って帰る。

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2016-07-31

チーコと私の病床日誌(65) 10:29

7月28日(木)晴、1時半、S病院でチーコの医療費を支払い。その後、ホームへ。一緒に写真帳を見ながら、よくあちこち行ったねなどと、色々昔の話をする。自分や私、子供の写真などにははっきり反応して、黒い髪の私を子供と間違えたり、自分の今の髪を気にしたり‥‥。お茶や声のテープ、食改善など、思い出しはするが、友達の名前などは、すぐに浮かんで来ないよう。まだ、自分の父親、母親などは生きているように思っているらしく、もう亡くなって20年以上になるよ、と言っても、はっきりと納得できていない。子供にかえったような気持なのだろうか。もう僕らも80過ぎたよと言うと、まだ、私元気でしょ、うん、時には足も動かしてね、と応え、3時のお茶の時間前に帰る。

7月29日(金)晴、午前11時、妹が来る。父母の仏壇にお参りにくるのだが、その際、色々、自分で作った漬物、混ぜご飯、おはぎ等も持ってきてくれるので有難い。地元の新聞に出した寄稿(6月28日)の切り抜きも持ってきてくれた。暑いときにご苦労さん。

7月30日(土)晴、午後6時から、車置き場の草刈で汗だくになり、テレビで、シャワーばかりは良くないと聞き、風呂に浸かる。

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いせはなび

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2016-07-27

チーコと私の病床日誌(64) 20:10

7月21日(木)晴れているが、午後3時半から庭仕事。体が慣れたのか、この前のようにきつくない。5時過ぎに上がって、シャワーにかかり、冷たいメロンを食べる。

7月22日(金)朝10時頃から、小惑星いとかわに写ったはやぶさの影や、月から見た地球の出の動画、その後、太古、南極と分かれたという、タスマニアの原生林の踏破紀行を見て、心が洗われる。

7月23日(土)ポケモンが日本でも出没するようになった。歩きスマホに用心、用心。10時半作業着の洗濯。今日も暑い。熱中症に用心、用心。アメリカのトランプ大統領候補は、偉大なアメリカを取り戻すと言う。中国の習主席は、かっての偉大な中国を実現するために、南シナ海に管轄権があると主張し、偉大なロシアを標榜するロシアのプーチン大統領も、オリンピックドーピング容認した。民の愛国心を煽る言葉には用心したほうが良い。

7月25日(月)9時前、南班の民生委員さんに電話。昨日12時前の見舞い訪問(玄関のベルが鳴ったのに、勧誘かと思い、出なかった)へのお礼を伝える。午後4時から5時半まで、蚊取り線香を点けて草取り。多少、左膝裏にこわばりを感じるが、たいした事はなさそうだ。

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神野公園前まんえい堂

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2016-07-20

チーコと私の病床日誌(63) 09:13

7月13日(水)午後3時ごろから、モーツアルトの伝記映画「アマデュウス」を観る。以前観たものだが、やはり面白かった。嫉妬しながらも、その才能に惹かれていく作曲家サリエリ。放埓な夫を支える妻のコンスタンチーノの健気さ。「フィガロの結婚」など、オペラ音楽も楽しめる良質な映画だ。

7月18日(月)午後1時、ホームへ。この前持っていった笹は、片付けられていたが、自立歩行と書いてあったとチーコが言う。覚えていたんだ。別居生活3年。家から持っていった指輪を薬指に嵌めようとしたが、骨が大きくなっているのか、嵌らない。髪は散髪して、顔色も風呂に入ったばかりでつやつやしている。いつもの問いかけ、何か持ってきた?に、ポケットに忍ばせてきた紅葉饅頭をちぎってあげる。肺炎になりかけてから、部屋でのお菓子は禁止されているが、何も持って行かなかった時の淋しい顔に耐えられない。しばらく話をして、2時半に別れる。

7月19日(火)午後4時頃から庭仕事。正面玄関前から脇玄関までの草刈をして(これが大変だった)、その後、4回目の樹の芽むしりをする。終わったのは6時半、夕方の日差しが弱い時間と考えていだが、やはり汗びしょりになった。でも、仕事終わりに使うシャワーはなんとも爽快。

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2016-07-07

チーコと私の病床日誌(62) 18:43

7月3日(日)朝10時、紅葉饅頭届く。昼食後、気温は高いが、曇り空なのを幸いに、庭のあちこちに生えたアメリカ背高泡立ち草を引き抜いていく。表の竹生垣は伸びたところを鋏で切り取る。4時半入浴。7時ごろ広島の姉から電話があり、それぞれ双方の暮らし方の話を20分ほどする。88なのに、まだまだ元気な様子だ。

7月4日(月)バングラディシュのテロは、ISと関係のない裕福な家庭の若者たちの犯行だとか。善意の日本人が7人も殺された。この頃は、罪もない人が理由もなく殺される。ISの宣伝から作られた風潮が動機だとしても、その国のために働いて殺された人たちは浮かばれまい。

7月7日(木)気温はこのところ34度だが、今日は曇りなので、昼から、大きくなり過ぎた樹を枯らすための芽摘み(これで3回目)と、表の笹切りなどをする。3時半から、今日は七夕なので、「願自立歩行」とつけた小笹を持ってホームへ。妻の元気な顔に安心するが、色々と昔の話をするうち、熊の川の「お母さんはどうしてる?」と訊く。まだ、生きているように思っているのか。92歳で、20年前に諫早で亡くなったよ。姉さんも弟ももういないよ。それに、もう僕らも82と83だよ、と言うと、もうそんなに!と感心したように言う。時間の感覚が薄れているのだろう。でも、チーコと色々話していると、温かく優しい気持が戻ってくる。5時になったので、森林公園で煙草を吸って帰る。

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2016-07-02

チーコと私の病床日誌(61) 10:47

6月26日(日)今日は久しぶりの晴ということで、シーツから掛け布まで洗濯したが、まだ雲が広がっている。10時半になって晴れたので、外の竿に干し、楠の芽掻きと、生垣の手入れを3時半まで行う。

6月27日(月)昨夜は8時から今朝7時まで、4度ばかりトイレに起きたが、良く寝た。今日は、曇っているが、昨日やり残した洗濯をする。

6月28日(火)午前9時半、M病院へ。肺の診察は異常なし。咳止めと前立腺の薬をもらう。

6月30日(木)朝食後、テレビで鍋島閑ソウ公の政治姿勢、その後、中国、陸羽の茶についての取材を見る。2時半ごろ、次男と携帯で話した後、スーパーで弁当などを買い、家にある花を持って、久しぶりに妻のところへ行く。妻も、大分来なかったねと喜んでくれた。熊の川で同級だった「西国ミサ子」さんはどうしているだろうか、と何度も訊くので、いつか車で行ってみようかと慰める。晴れていたので、駐車場で外の空気を吸い、夕食時間の5時前に別れた。

7月1日(金)朝、チーコの幼友達、西国ミサ子さんへ葉書を出す。

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2016-06-21

チーコと私の病床日誌(60) 11:19

6月13日(月)表の笹の伸びた所を鋏で切っていたら、近所のEさんが声をかけてきて、チーコの居る施設を訊くので教える。本とホタルブクロを上げる。

6月15日(水)梅雨の間の晴、体調もいいので朝から庭仕事。草取り、枯らす予定の樹の芽掻き、周辺に芽吹いた竹の伐採、倒れた物干しの支柱立てなど。昼食を挟んで、4時半まで、久しぶりの作業に大分疲れた。

6月17日(金)3時過ぎから、一昨日に続いて、樫の樹の芽掻き、隣家に伸びた笹の切り取りなどをして、入浴、晩飯後、8時から寝るが、なかなか眠れない。咳も出る。結局、風邪薬を飲んで、12時過ぎから眠る。

6月18日(土)今夜も7時半に床に就くが、眠れない。11時過ぎに起きて、ヘレンケラー「奇跡の人」の日本版を見る。眼も見えず口も利けない女の子を、周りで世話をする人びとの優しさ。最後に、子供が、物には皆名前があることを知る場面は圧巻。

6月21日(火)晴、昨夜はひどい降りだった。2度ばかり夜中に起きて、窓から堀の水位を透かし見たが、幸い水は落としてあり(樋門の管理組合がしている)、いつも畑まで来ていた水は見えない。20日、21日と続いた雨は止み、天井裏に引っ越してきていた鼬(?)の騒ぐ気配も今日はない。11時過ぎ、茨城の次男からのメロン2個を受け取る。

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2016-06-11

チーコと私の病床日誌(59) 11:07

6月5日(日)昨夜は、入浴後早く寝て、咳もなく熟睡し、風邪も治ったと思った今朝だったが、まだ咳が出る。熱もなく、血圧は119。何故だろう。その上ずっと食欲がないのは何故か。風邪を理由に、ひと月以上も妻の見舞いに行かず、当地は早くも梅雨に入ったという。

6月9日(木)朝10時半、佐賀新聞社生活文化部(M氏)に電話、11時頃、1階受付に原稿(以下)を届ける。  

[何をどう書くか]

 梅雨が終わると、そろそろ県文学賞応募の季節になる。今年も数多くの作品が集まって来ることだろう。去年は、一般部門で、小説26編、随筆39編、詩41編。ジュニア部門で、小説27編、随筆4編、詩67編。短歌俳句川柳までだと、一般487編。ジュニアで1455編にもなる。

 人は誰でも、日ごろ、自分が心の中で思っていることや考えていることを人に打ち明けたい、判ってもらいたいという気持があって、それが、書きたいという動機を支えている。文学賞に応募する人の動機は何だろう? 自分にその才能があるか試してみたい、出来れば上位に入賞したい、と思っていた人も、結果が思わしくなければ、それは、書いた材料か、述べる方法、あるいはその両方に問題があったのだと思うほかはない。ものを書くのは料理を作るのに似ている。

 3人の審査員は、一つ一つの作品を味わい、テーマ、文章、叙述の方法、構成などを総合的に判断し、議論、相談しあって、順位を決める。平凡なテーマでも、視点、書方によっては面白く読めるものもある。誰だって、普通に生きている以上、そう変わった体験をした人は居ない。時には、実際には無かったことも書く。作品を面白くする想像力=虚構も小説を書く人には必要だ。

 ジュニア部門では、登場人物やストーリーにテレビ漫画の影響が見られる。現実とかけ離れた空想世界もいいが、同時に地道にまわりを見詰める眼を養ってもらいたい。既成小説の呪縛から抜け出した新しい世界で、地の文と会話のつながりを整え、臨場感ある、みずみずしい作品を創って欲しい。(県文学賞企画委員ー著書に「獣の眼」「寓話」など。

6月10日(金)晴、10時半M病院で診察。漢方薬と食欲が出る薬を処方してもらう。ジョイフルで昼食後、家に帰り、昔の映画「ローマの休日」を観て、体調がよくなったので、3時半ごろホームへ行き、久しぶりに妻と会う。妻は大分来なかったね、と喜ぶ。私も嬉しい。晴れているので、車椅子を押して駐車場の東の堀の傍でしばらく談笑して帰る。

6月11日(土)多少雲があるが晴、しばらくしてなかった拭き掃除をする。体調は悪くない。

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やまゆり

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