Hatena::ブログ(Diary)

こころ-夢の河辺で-

2018-01-09

チーコと私の病床日誌(109) 11:20

2018年1月1日、晴、10時、年賀状14,5枚程度届く。午後から、旧年中に出していなかった賀状を書く。5時過ぎ、次男と嫁から電話。向こうの状況が色々判って楽しい。

1月2日、晴、午前中年賀状を出す。

1月3日、晴、昼前、年賀出す。

1月5日、小雨、午前中、洗濯物をエアコンで乾かす。

1月6日(土)晴、午前中、シーツと懸け布を洗濯して干す。

1月7日(日)3時半から水仙と御菓子を持ってホームへ。チーコは急に年を取ったように、口をぱくぱく開け閉めしている。友人から来た年賀状を読むが、さほど関心もなく、お菓子を催促する。まだ、風邪が治っていないようで、美味しいというほかは、発音がよく判らない。御菓子が無くなると、写真帳を見るが、間もなく大部屋の方へ行くと言うので、連れて行き、別れる。

1月8日(祝)今日は成人の日。午後、テレビで「戦場にかける橋」を観る。なかなか面白いが、ネットで調べて、史実と異なることを知る。橋は、日本陸軍鉄道部隊がつくったこと。そして、実際の爆破は、空爆だったこと等々。

1月9日(火)9時過ぎ、孫の貯金に郵便局へ。帰宅後、朝飯を用意してなかったので、コンビニで買った野菜に餅を入れて炊いて食う。忘れていたが、今日は、俺の生まれた日だった(笑)。

f:id:kuromura:20180109112012j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180109

2018-01-01

チーコと私の病床日誌(108) 09:45

12月11日、曇、朝、洗濯物をエアコンで乾す。

12月14日、晴、朝、洗濯物を干す。

12月15日、晴、午前中,S眼科で診療。後、S病院でチーコの診療費を納入。郵便局労金で通帳記入。コープで買い物。いったん、家に帰ってから、広縁から布団を取り込み、再び、車。丸ボールの店で、4家にお歳暮を贈り、文具店で年賀状印刷のインクを買う。午後4時、市内の妹が暮のお参り。色々、食糧を持って来てくれた。混ぜ御飯や、里芋の煮物など、久しぶりに、スーパーの物とは違う、昔風味の、美味しい料理を味わった。

12月19日、昼、次男から電話。夜8時折り返し電話する。

12月21日、晴、洗濯物を干すが、乾かないので、エアコンで乾かす。

12月25日、曇、エアコンで洗濯物を乾かす。

12月27日、寒いが晴、午後4時からホームへ。いつもの、御菓子の催促が、今日はない。チーコは多少風邪気味で、それでも、紅葉饅頭や、ショートケーキ、など美味しいと言って食べる。一緒に写真帳を見て、5時になったので、食堂に連れて行き、食事させようとするが、介護婦に任せるように、とのことで、そのまま別れる。

12月28日、朝、水は出るが、温水器が凍っている。10時から、消費者センターに電話。NTTファイナンスの請求の中の、ナイスBBの請求金額が変わっていないことで、問い合わせをしてもらう。担当がオプションの金額をはずすのを失念していたらしい。該当の分を書留で返すそうだ(笑)。

12月29日、曇、洗濯物をエアコンで乾かす。

f:id:kuromura:20180101094428j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20180101

2017-12-06

チーコと私の病床日誌(107) 11:30

12月1日〔金)厳寒。昼2時から、M病院へ。胸レントゲン心電図インフルエンザ予防接種を済ませて、薬を貰い、その後、森林公園を散歩して、ホームの妻を見舞う。相変わらず、食欲は旺盛。写真帳を一緒に見て、散髪代を介護婦に託して帰る。夜テレビで、映画「美女と野獣」を観る。

チーコの症状

写真集を見ながら、チーコが、(またどこか行きたいねえ)と言う。(歩けるようになったらいいが)と言うと、(私、歩いてるよ)と事も無げに言う。ではと、ベットの手摺りに掴まらせて、立たせようとするが、立てない。もう筋肉が細くなって自分を支えることも出来ないのだろう。以前は、廊下の手摺りに掴まって、どうにか歩いていたが、そのうち、きついとか痛いと言うようになったので、リハビリをやめてしまった。

今は、トイレに行く時は、介護婦同伴。常時おしめをしている。トイレ位、自分で行きたいと思わないのだろうか。と思うのは、こっちの考えだけなのか。チーコには、チーコなりの気持があるのだろうか。思えば、脳梗塞で倒れ、左半身不随で入院した病院でのリハビリにも熱心ではなかった。あれからもう5年になる。

12月3日〔日)晴、17度。昼から、庭のジャスミンを剪定。その後、南京はぜと銀杏の伸びた頂枝を切り、畑の萱を刈り、除草剤をかけて4時に終える。

12月4日(月)朝7時半、長男の嫁から電話。9時過ぎ、長男に電話。

12月6日(水)昼11時長男に電話。

f:id:kuromura:20171206112939j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20171206

2017-11-28

チーコと私の病床日誌(106) 09:02

11月14日(火)曇後晴、8時半出発、9時半に富士自動車学校着。10時から認知症試験。結果82点。まず良し。帰りに大和町の道の駅で牡丹餅を食う。

11月16日(木)晴、昼前から、作業着に着替えて、枯れ草取り、裏の萱草刈、槙の木の剪定。後、萱草に除草剤をかけて終わる。

11月18日(土)今日は県文学賞表彰式はやめて、3時から、ブラッサンスの詩誌(滾滾)の合評会に出た。主席者は、小松,田口、貝原、小松、中溝など。5時半からの懇親会は色々な話題も出て、楽しかった。戻りは、田口さんの車で送ってもらい、7時半家に着いた。

11月22日(水)雨、下着、シャツを洗濯して、エアコンで乾かす。

11月23日(祝)午前中、佐大北の積文館に行き、詩集「寓話」を預かってもらう。ここは、喫茶店も在るし、良さそうだ。 来年1月末にまた行く約束をする。

11月24日、昼前、県文学賞の座談会の件で唐津のSさんに電話。〔葉書を見て)

11月25日、昼過ぎから、多布施川河畔公園を散歩。5時からバスで、JINに行き、久しぶりに談笑して、酒2合を飲む。客は私独り。みんな歳。

11月27日、晴、今日は気温が高く、寒くないので、昼から庭仕事。裏の竹林で、蔓が巻きついた北隅の部分を切り、薔薇の根周りを掘って、肥料を入れて、5時前に終わる。

f:id:kuromura:20171128090041j:image

多布施川公園

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20171128

2017-11-12

チーコと私の病床日誌(105) 12:47

11月6日、晴、午前中、シーツと懸け布、バスタオル等を洗って干す。

11月7日、曇、午前中、家西側の枯れ草を取る。

11月9日、晴、朝、下着を洗濯して干し、ゴミ(雑誌と空き缶)を出す。昼からは、孫の貯金。その後、ホームへ行き、インフルエンザ予防接種を申し込み、部屋で、チーコに御菓子をあげる。2度、淋しくないねと訊いても、淋しくないと言うからそうなのだろう。また、一緒に山に登りたい。写真帳を見て別れる。

11月10日、晴、10時から、台所の生ゴミを埋め、その後、隣との境に広がった若竹を剪定。イチョウの下枝も切る。

11月12日

希望

 年を取ると、食欲も無くなるのだろうか。若い頃のように、腹が減ったという感覚が無い。食べ物を思い浮かべて、生唾を飲み込むというような事が無い。家で飯を炊いても、お椀一杯も食べないし、スーパーの弁当を買ってきても、半分残しという事もある。鏡を見て、痩せている感じはないので、安心だが‥。それより心配なのは、何かをしたいと思う気持が湧いて来ないこと。朝起きて、仏様の水を変え、パソコンの前に座ってニュースを見た後は、フリーセルのゲームぐらいしか思いつかない。

 山に登りたい。あちこち旅行に行きたい。と思ったのは、チーコが一緒に居たころの話だ。今は、どうしてもしなければいけない仕事だけはするが、それ以上のこととなると、まるで意欲が出ない。何かしたいことはないのかと考えるが、何も思いつかない。独身の頃を振り返って、文学とか、絵画、魚釣りのことも考えてみるが、やろうという気になれない。未来に希望がないためだろうか。

 葛飾北斎は80歳で、まだ、猫一匹うまく描けないと言ったそうだ。絵への、それほどの情熱を持ち続けた人のことが、今の私には、想像出来ない。

f:id:kuromura:20171112125457j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20171112

2017-11-03

チーコと私の病床日誌(104) 08:12

日誌(104)

10月25日、晴、2時過ぎから、S眼科に行く。視力検査(1・2、0・8)の後、瞳孔を開く麻酔をかけられ、医師からは、飛蚊症はそのうち治るとのことで、白内障予防の点眼薬を処方された。帰りは、しばらく、車の運転は無理とのことで、車の騒音の中、眩しく、ふらつきながら、歩いて森林公園へ向かう。公園では、しばらく散歩して、こんどは、裏の方から戻り、5時半、車を運転して家に帰る。

10月26日、晴、今日は、昼から、ブラッサンスコーヒーを飲み、その後、アバンセ消費者センターに行き、パソコン 〜プロバイダ契約の件で、職員のBさんに色々手間を懸けた。ナイスBBに電話してもらい、オプション(追加)を外して貰い、解約金なしの解約に応じてもらう約束も貰った。これで、当分は安心できる。途中で、長男からの電話に出てもらい、長男の意向にも沿うことが出来た。それにしても、6月2日、遠隔操作で、ナイスBBのネットをダウンロードしたのは誰なのか。まあ、後は、現在のプロバイダをヤフーに変えるだけだ。スーパーで、きのこ御飯の弁当を買って帰る。

10月31日、晴、昼から、表の竹生垣の剪定。今日は、風も無く、車もあまり通らなかったので、5時前に終わる。

11月1日、午後2時、S眼科に行く。次回は1ヵ月後。

11月3日、

{妻の肌}


薔薇の花が散った

落ちた花びらを手に取ると

妻の肌を思い出した

 妻は脳梗塞で半身不随

 特別養護ホームにいる

妻に逢いたい

けれども

逢えばまた悲しくなる

どうしようもない

この迷い

 馬鹿野郎

 つまらん

 俺はいつも家で

 独り言

家の中をぐるぐる回って

何もする気になれない

思い出ばかり

f:id:kuromura:20171105095205j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20171103

2017-10-25

チーコと私の病床日誌(103) 09:13

10月18日 曇後雨。今、欠けているもの。柔らかく、白いもの、繊細なもの、すぐに喜んだり、悲しんだり、怒ったり、感情豊かな、優しい声と、緩やかな仕草。

10月19日。曇、午前中、郵便局から佐銀へ移し変えて、労金へ行き、スーパーで弁当を買う。午後からは、北竹生垣の剪定をするつもりだったが、風があるので、やめて草取りをする。その後、再度、貯金通帳を調べる。電話料金が、どうしてもおかしい。以前の料金よりかなり高い。フレッツ光の終了とかで、NTTから送ってきた機器を、自分で設置したが、動かないので、電話したら、受託会社フィールドテクノ職員がやってきて、直してくれたのはいいが、なぜ、高くなったのか。よく考えてみて、当時、ナイスBBー取次店(株)リンクというプロバイダーから、電話があったことを思い出した。ここは、電話料金を安くするというので、書類を送ってもらったが、その時すでにこっちが承知したことになったのだろうか。この件について、パソコンに詳しい長男に電話して、調べてくれるよう依頼する。

10月20日、晴、朝10時部屋着を洗濯して干す。昼から、車にポリタンク2個を積み、三瀬トンネルで水を汲み、帰り、「ロッジやまびこ」で定食「山女飯」の昼食を摂る。

10月22日、雨、午前中、衆議院議員の投票に昭栄中に行く。

10月24日、晴、午後から、マンションとの境の溝の泥を上げる。午後4時から、ホームへ。、チーコは、巻き寿司と餡餅を美味しい美味しいと言って食べ、その後、大広間で、晩御飯を私の匙で食べる。食べるのに貪欲、性急なのは、引揚げる船の中で、「お握り一つ」の記憶が、潜在意識の中に残っているためなのだろうか。

f:id:kuromura:20171025091311j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20171025

2017-10-16

チーコと私の病床日誌(102) 07:46

9月30日(土)今日は「詩人祭」だが、どうも行く気になれないので、昼から作業着を着て、玄関付近の竹生垣の剪定をする。夕方、スーパーで飲料(コーラ、葡萄水、ウーロン茶)と弁当など買う。9時からは、テレビで、(体の各部分が、血液を介して、メッセージを交換することで、全体の均衡を保っているという)シリーズ「人体」を見る。

10月2日(月)朝から夕方までずっと雨、昼から車で出かけ、昔、チーコと行ったあちこちの公園を眺めながら、携帯の写真の整理をして、夕方スーパーでおかずを買って帰る。

10月7日(土)このところ、右目の中に斑点がある。若い頃にも罹ったが、直るのに1年半ほどかかった記憶がある。庭の薔薇、秋明菊の花と芙蓉を取って活ける。花活けは、チーコの朝の日課だった。昼から、森永スーパーで買い物をして、近くの妹の所に寄り、しばらく歓談して帰る。夕、眩「北斎の娘」をテレビで観る。

10月8日(体育の日)晴、11時集合、神野町の「櫓庵治」で地区の敬老会。75歳からの老人約40人が参加、歓談。帰りのバスで幼友達の懐かしい話も出来た。

10月15日(日)雨、朝、夢を見た。人事異動で、行った先に冷たくあしらわれ、お茶も入れてくれない。元の職場に戻ると、仕事が沢山溜まっていて、アルバイトが手伝ってくれる。

f:id:kuromura:20171016074758j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20171016

2017-09-28

チーコと私の病床日誌(101) 20:48

9月14日(木)曇、朝8時半にM病院へ。身体測定、採血、採尿等。10時、次男から葡萄が届く。午後3時から、ホームへ。相変わらず食べることに一生懸命だが、元気なので嬉しい。帰り際、居間では、女性職員の話で賑やかに盛り上がっている。森林公園で、次男にメールを送り、スーパーで弁当を買って帰る。

9月18日(祝)晴、午前中、駅の積文館に行き、追加の7冊を置く。

9月22日〔金)郵便局へ孫の貯金。

9月23日(土)曇、昼から庭仕事。生垣の竹、庭の草木、隣に靡いた竹や、紫陽花を剪定する。

9月26日(火)晴、昼1時、暑いので、アイスクリームを買って、ホームに行くと、チーコが、今日は何か用事?、と聞く。3時から「運営推進会議」だが、早めに行って、2時間ほど、昔のテープを聞いたり、新しい写真帳を見たりして過ごす。会議は、民生委員や広域センターの職員などが、ホームと意見交換する会で、私は家族代表として参加。ケースワーカーのMさんは、こんどは、新しい女性職員に代わっていたが、会議は和やかに終わった。入所者は皆で机を囲んで風船の打ち合いをしている。帰り際、チーコも手を振ってくれた。


庭の石を持ち上げた

とたん

蟻の軍隊に襲われた

叩いても

払っても

つぎつぎ湧きあがる

黒いまだらの

縞模様

みるみる私は

凶悪な巨人になった


古戦場

野菊の花が

風に揺れている

一人の若い武者が

ここで

自刃したという

同じ場所で

傘寿の私が

秋の風に

吹かれている


こおろぎが鳴いている

月はおぼろ

隣りの屋根が

障子に濃い影を落としている

今は誰も居ない

隣りの家

f:id:kuromura:20170929090059j:image:medium

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20170928

2017-09-14

チーコと私の病床日誌(100) 09:27

8月30日〔水)晴、気温33度。今日も暑い。

9月3日、近頃は、大抵夜8時に寝るが、今朝はまた役所の夢を見た。課長になったが、席を部下に譲り、廊下に出る。挨拶。昔の同僚の名が思い出せない。県の美術館のような建物。自分が帰る部屋が分からず、ぐるぐる探して歩く。8時半〜9時、NHKの日本百名山「利尻山」を見る。山に行きたいが、一人で、淋しいだろうな。

9月7日(木)昼から、テレビで、中国=殷と周の甲骨文字に記された、当時の歴史を見る。太公望ってほんとに居たんだな。

9月12日(火)詩誌「扉」の詩は、全般、中身が薄い印象。前はもっと言葉の一つ一つが生きていたような気がする。Mさんの満州からの引揚げ記録「お父さん、ありがとう」は怖くて重い。人間は、大宇宙を小さくした小宇宙だから、雑念を払って素直な気持ちになることで、大宇宙の根源に触れることができる。詩を創るということは宇宙のリズムと同化すること。宇宙の隠れた意志を言葉で表現することではなかろうか。

 

宇宙の思念

宇宙はすべての原因だ。物を生成、崩壊しながら、自己増殖する生命も育てる。生命は進化して、知性を持つ人間が、宇宙の仕組みに知的好奇心抱くようになる。宇宙の思念の中に、この知性が想定されていたのだろうか。

この世界に、初めに存在したものが物質ならば、その物質を何が生んだのだろう。

物質というものは形の存在で、生まれては壊れる有限のものだ。まだ形にならないものこそがこの世界の本質で、この宇宙は無限の世界だ。宇宙は可能性を秘めた存在で、常にある形を生成する。私たちは、形ある有限の世界に生きているので、形ある物しか認識できないし、宇宙の永遠の時間を想像することもできない。

宇宙を創ったものは何か。そもそも何も無いところに何かを創ることなど出来ろものなのか。私たちは変化し、進化する世界に生きているので、そのきっかけとなるものを想像してしまうのだが、この宇宙は、有為転変を繰り返す存在として、始めから在るものと思うしかないのではなかろうか。

この宇宙に果てがあると思うのは、物質の世界の常識に囚われた考え方と言える。宇宙の果てを考えれば、きりがないので、この宇宙には果てはないと思うほかはない、としたら、ここは、物質が支配する世界ではないということになる。

在ると言えばあり、無いと言えば在る。この宇宙は「在る」「無い」とか言う概念そのものを超えた存在なのだろう。

f:id:kuromura:20170914093147j:image:medium

伊勢花火

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20170914