早、イクトセ、最後の更新から、4年以上の月日が流れて、しまいました。

その間に、震災が起き、原発問題がア・ラ・ワ、になり、セカイの地図上ではLOVEの惨禍が広がって、いるようです。何人もの、後世に名を残すような人々は亡くなり、また、そうであるような人々が産声をアげ、奇妙なサイクルを繰り返しています。

僕が、何をしていたかといえば、特に何もしていませんでした。ロォティィィィンで始めたこのテクストサイトも9年目となりましたが、僕は、何故か、あの頃のままのような気がしております。相変わらず、馬鹿なことをしたり、辿り着きもしないものを追いかけたり、思えば、そう、精神の成長はしていないように感じられております。ハイスクゥルでの生活を終え、大学へと進学し、南アフリカヨハネスブルグ、タウンシップのあばらヤで半年ほど生活し、ガザではスパイ容疑で逮捕され二週間以上拘束され、しかしながら、それでもなんとか命からがら日本へと帰り、幾人かの恋人と付き合い、愛を語り、夢を紡ぎ、そして道をタガえ、現在は、仕事をしておりますが、バルザックの『谷間の百合』を初めて読んだ時の感動を、そのままに、文字を売る仕事に就いてしまいました。バックグラウンドに変化はありましたが、こゝろ、は相も変わらず、あの頃のまま。そんな、ものなの、です。

皆様は、お変わりでしょう、か。

10年前の気持ちで、今、を、生きているでしょう、か。

なんとなく、ですけれども、僕は、変わらずに、生きていきたいです。




また、少し、物語のセカイを、ここで、始めたいと思います。

ヴェニスの音楽隊

東京の空が灰色で不透明な印象を与えるのに対して、カリフォルニアの空は少しばかり青すぎた。


金もなくて何の才能もないがカリフォルニアに来ればなんとかなるだろう、って思ってちょいとばかり友人たちから永遠の借金をして高飛びしたはいいが、半年を過ぎた今現在、職無し宿無し文無し、ときた。おいおい、それはないでしょ、ってな感じで憤ってみるもそこは夜のヴェニスビーチ、いかつい黒人やらわけわかんねぇとっちゃん坊ややらハシッシッで底の抜けたコーカソイドが徘徊する小汚いスラム、潮風にまみれて、ボロ切れまとって、助けて(HELP ME!)って書かれたボード傍らにフォーファイブフリーウェイの出口で施しを受ける毎日、いい加減潮だけじゃなくガスにまでもまみれちまう。


つーことで、俺たちは楽器屋を襲撃することになった。


襲撃1


俺たちは、魚顔の癖に猫を自称するファッキンニガーミスターキャットに誘われてハリウッドもほど近いサンセットブルーバード沿いにある小さなワールドオブミュージックというチャチなチャイナが経営する楽器屋を襲うことにした。キャットによると防犯設備が殆どないらしく狙い目とのこと、頭が悪いくせに薀蓄を語る男のことだ、信用性は低いが、別段やることも金もない俺にはナッシングトゥルーズなわけで、やらない理由もなかった。


まず俺たちはそこら辺に落ちていたポルシェのカイエンの中のコーカソイドを襲い乗り込んだ。久しぶりに(むしろ人生初?)乗る高級車のブルジョアジ漂うクセぇニオイが俺たちを苛立たせたが、チューンはラプソディのホーリィサンダーフォース。たまにはやるじゃねぇかコーカソイド、とゲラゲラ笑い、フォーファイブフリーウェイのど真ん中でコーカソイドを車から突き落とした。


後ろで幾台かのオンボロ車が事故るような音が響き渡ってきたが、既にガンジャで決めてる俺たちには拍手喝采の音、エレキギターの音に合わせて踊り狂い、ちょうどバックシートに積んであったバナナを食い散らし、横を走るキャディラックに皮を投げつけた。何やら文句を言うニガーのキメぇババァが可愛らしく見えて、思わず発情したので俺はパンツを脱いで重力に逆らい続ける怒張した一物を見せびらかしてやった。


ほどなくワールドオブミュージックに到着。ハリウッド郊外に位置する小さな、本当に小さな楽器屋だった。看板には擦れた文字で【WORLD OF MUSIC】と描かれていた。俺にはここに金があるとは思えなかったが、それをキャットに話すと、俺の言うことに間違いはないぜブラ、と気の違った言葉をブツブツと繰り返していた。


「YO、覚悟は決めたか、それともションベン垂れるか」「ションベンなんていつでも垂れてるだろ」「ジャップは黙ってな」「貴様が黙れよニガー、どちらにせよここからだぜ」「あぁ、俺たちのライフはここからだ」「始めるぜ、マグナムを出しな」「もう出してる」「ゲラゲラ、そのマグナムじゃねぇし」


俺はゆっくりとバッグからマグナム44とコルトパイソンを取り出した。ニガーどもも合わせておのおののガンを構える。ミスターキャットを押しのけ、俺が先頭で店の前まで出て行った。


「行くぜ?」


ニガーどもの頷きを確認し、俺は力強く、ドアを蹴り飛ばした。


そこから襲撃が始まった。


■■■


静かな波の音だけが響く、それがヴェニスビーチだ。


楽器屋を襲ったメンツであるマグロとヒラメを足して三で割ってその後ミンチしたような顔の【ミスターキャット】、ヒョロ長いくせに頭だけデカい【ペニスマン】、豚みたいなケツがいつも邪魔で正直ショットガンをぶち込みたくなる【ケイジェイ】、それからファッキンジャップ【俺】が一同に介して会議を開き始めた。年長であるミスターキャットがまず口を開く。


「YO、今日は集まってもらったのは分配のためだ」


「HEY、襲撃品のかミスターキャット


「そうだ、襲撃品のだ」


「だが、そいつらは売れんのかい」


「正直金の分配はいいんだが、インストゥルメンツは売れもしないし証拠にもなるしで使えねぇ、お前らが好きなの持ってけ、って話だ。丁度ここには四つの楽器がある、キーボードにギターに、ベースにドラムだ。YO、誰だドラムなんて一番デカくて金になりそうにないもん持ってきたのは」ケイジェイが恥ずかしそうに手をあげた。「それならこの豚野郎にはドラムをプレゼントだ、ファック!ペダルに足の小指をぶつけたじゃねぇかっ!」


「じゃぁ俺はギターを貰うぜ」


「焦るんじゃねぇぜファッキンジャップ」

   shut a fuck up !
「そこの小汚ねぇ口を閉じなニガー!今日は俺のバースディだぜ」


「オケェィメン、それはギフトとして譲ってやるよ」


「感謝するぜ」


「だがなジャップ、貴様は先月もバースディだったようだが」

 fuck u !
「気にするな」


それから俺たちはバンドを組むことにした、ってわけだ。


HEY貴様ら、貴様らは黒人たちが揃いも揃って【YO、YO、俺はLA生まれHIPHOP育ち、悪そうな奴は大体友達!】なんて吐きながらターンテーブル回してスマッシュパンプキンズのトゥデイに下らないラップなんか乗せてると思っているようだがそんなそこら辺に生えてるマリファナくらい間違いも間違い、むしろサンタモニカを優雅に歩くコーカソイドこそが【音楽=HIPHOP】とでも考えているらしく、どこもかしこもワックMC、クセぇラップが充満している。だがそんなのは俺らヴェニスには関係ぇねぇ、どこまでもカブいている俺らにはハードロック、否、メタルしかねぇ!


とりあえず俺はギターに触ってみた。


グレッチのテネシーローズ。ベンジーあたりが喜んで飛びつきそうなモデルだ。これも茶番か、マーシャルのアンプに繋ぐ。ストレイキャッツでも弾いてやろうか、と俺は思ったが、グレッチを手にすると、指が勝手に動き出した。


俺の指は滑らかにコードを奏で、インプロヴィゼーションを創り出す、俺はギターをやっていたことを今更思い出す、そこら辺にビッチが垂れたビチグソで埋め尽くされた肥溜めみたいな環境の中で俺はトニーマカパインに憧れてギターを始めた、トニーはいつも俺に向かって言っていた、「JUST DO IT, DO IT, DO IT, DO IT !!」って。俺はそれを頭に焼き付けながらひたすらギターに指を滑らせた。皮が弾け、血が吹き零れるまで、いくらでも俺はギターに触り続けた。


「YO、ファッキンナイスジャップ」


ジーザスクライスト」


「アンビリーバヴォ」


周りにいた奴らが騒ぎ出す。


俺は構わずグレッチに指を這わせる。


やがてケイジェイが砂浜にセッティングされたドラムセットに腰をかけた。スティックをゆっくりと頭の上まで上げ、スネアに振り下ろす。軽快なリズムの内からツーバスのずっしりと響く低音がヴェニスを支配する。


ジャップ如きに遅れを取ってたまるかとばかりにペニスマンもベースに手を出す。まだおぼつかない手つきながら、必死に重低音を紡ぎだす。「やれやれ、このナイスガイどもめ」と呆れ顔のミスターキャットもキーボードの白と黒が流れる鍵盤を叩き出した。その指の動きは、なんとなく往年の渋谷毅を思わせた。


それから一時間ほど、ちょうどヴェニスの水平線に陽が沈むころまでだ、俺たちはなりふり構わず演奏をし続けた。とても聴けたものじゃなかったかもしれない。だが、俺たちは、少なくとも、一体化し、一つのハーモニを作り出していた。


いつの間にか、周りには人だかりが出来ていた。主に俺たちホームレス仲間だが、中にはヴェニスビーチにサーフィンを楽しみに来たビッチや、観光客なども混ざっていた。俺たちが演奏を終え、汗を拭っていると、自然に拍手が漏れてきた。


「お前らは、SOクールだぜ!」


「こんなファッキンな演奏は聴いたことがねぇ!」


ヴェニスからついに音楽隊が現れた!」


口々に賛辞の言葉が俺たちを襲った。


拍手の渦に俺たちは巻き込まれていった。


褒められたこともなく、ただ流れていくこのエヴリディライフを罵倒と暴力だけで凌ぎを削ってきた俺たちには新鮮な感覚だった。YO、考えてもみてくれよ、生まれたときからだぜ貴様、てめぇは望まれた餓鬼じゃぁないんだぜファッキンジャップ、ってな按配で俺の行く末さよならだけが人生だなんて言われて、殴られぇ、詰られぇ、ウマク立ち回ったり更なる暴力でケリをつけたりの俺がだ、こうやって賛辞の言葉を送られるなんてよ、信じられるか?拍手を送られるなんてさ、素直に信じられるか?


生きていれば、いいことが、あるって思った、そんな瞬間だったぜ。


おそらく、そう言っても過言はない、そんな瞬間だったんだぜ。


とにもかくにも、俺たちは、ビールを飲みながら、笑いあっていたんだ。こんな瞬間が永遠には続かない、って判っていながらも、夜が更けるまで、ずっと笑いあって、make it count、って口々に叫んでは、踊ったり、唄ったり、していたんだ。夜が更けるまで、ずっとだ。


「しかし、この白と黒は、ある意味、アメリカ社会だな」


誰もいなくなった、ヴェニスの夜午前0時、興奮から冷め薪を囲んでいた俺たちに向かって、何とはなしにミスターキャットは呟いた。奴の視線の先にはキーボードが置いてあった。鍵盤が織り成すモノクローム。ニガーどもは何故か俺を見た。白と黒のどちらにも属さない、俺を見た。俺は首を振り、それを合図に、俺たちは、ねぐらへと帰っていった。


俺はトーキョーでは糞な奴だった。


親父は寝たきり、お袋は何をトチ狂ったのか俺が六歳の時に自殺、じぃちゃんばぁちゃんは那須高原りんどう湖牧場で毎日牛相手に隠居。糞っ垂れた生活が身に染みた俺は中学を出ると、あぅあぅと何事かを呻いている親父を置いて家を出た。


それからは更なる地獄みたいなもんだ。


浅草で家賃三万のマンションというかアパートというかむしろ実際はただの長屋なんだけど、キャバレで下らないボーイのバイトをしながら、暇があればその長屋で日がな一日友人から貰ったファミリィコンピュータでテトリスマリオ3ドクターマリオ、この三つを三時間に一度ずつのサイクルで回していくだけなのであって、垢溜まるわ、ゴミ溜まるわ、家賃溜まるわ、栄養失調からか脂肪と筋肉だけがそぎ落ちていく毎日、そのリズム。それでも年月は簡単に過ぎていく。


おいおい俺そろそろ死ぬんじゃね、って本気で焦りだしたのがそれから三年経った今年の二月、やっとのことで東京の空気が俺には合わないってことに気付いた。そして、借金を重ねてLAへと旅立ったのだ。


バンドを組んでからこの方、俺たちは毎日練習に明けてくれていた。


たかがビーチでのバンド練習のいったい何に惹かれるのかは判らないが、ホームレスがビーチで必死にメタルを演奏しているのが面白いらしく、俺たちが夕方くらいに練習に繰り出すと、いつも人だかりが出来ていた。雑誌のライタだとか、正直ワケワカメな連中まで俺たちをちやほやし出し、もしかしたら調子に乗っていたかもしれない。


たまたまその日は平日昼間ということも手伝って殆ど見物客はいなかった。ギャラリがいないとモチベーションも上がらないぜブラァ、ってことで、練習を早めに切り上げ、俺がギターを弾き終わって涼んでいると、煙草をふかしたアジア女が俺を見ていた。


「YO、煙草を一本くれよ」と俺が言った。


「最後の一本だけど」と女は日本語で答えた。


「なんだ日本人か」と俺は女から無理やり煙草を奪い取り、火を灯す。ギターを砂浜に投げ、女の横に腰を下ろす。パーラメントライト、下らないほど洒落たフィルタを軽く噛む。「日本人はこんなところにいないでサンタモニカの生温い潮風にでもあたってな。こっちはお前らの来るところじゃねぇよ」


「あんたも日本人のくせに」と女は膨れた。


「俺のバックグラウンドは確かに日本人だ、だが今の俺はファッキンアメリカンだよ、もうそれはそれはファッキンなほどにな」


「そうやってアメリカナイズされた気でいるの」


「まぁ、そうとも言う」俺はめいいっぱい紫煙を肺の中に溜め込み、それを女の顔に吹きかける、その濃くて白濁としたスモークを鼻からもろに吸い込んだ女がゲホゲホッと咳き込み、手で煙を払う。なにすんのよー、とヒステリックに叫ぶ。ゲラゲラと俺は笑った。


「あんたら中々いい演奏するね、って褒めようと思ったのに」しかめっ面の女が俺を睨みながら言った。


「判ってんじゃねぇか、俺には才能があるんだよ」


「才能はないよ」


「知ってるよ、そんなの」


女は黙った。俺は、これだから厭んなんだよジャップはよ、と呟いた。LAにはジャップが多すぎる、俺のようにこの青すぎるカリフォルニアの空に憧れてわんさかわんさかと何も持たねぇファッキン豚野郎どもが親の金にあかせてやたらとやれ留学だやれ英語だとちまちま理由をつけては不法滞在の如く何もせずに居着いている、そしてその殆どがドロップアウトして、ちゃちな英語だけを身につけて帰って行く、まるっきり役に立たねぇ豚は、結局豚にしかなれないのだ。それ以外はコーカソイドと結婚するビッチくらいがいいもので、言ってみれば殆どが俺の仲間のような奴で、だからこそ見ていると吐き気を催す。


「てめぇも同じか」


「なにが」


「俺とだよ」


「カインドオブシッ、ってこと」


「そう、糞ってこと」


「私は…」


沈黙が、まっさらなビーチを、暫く、支配した。


「あー、聞いた俺が馬鹿だったよジーザス、忘れてくれ」


「私は…!」


俺は立ち上がり、女を見下ろす。


「一つ言っておくよビッチ、貴様がよぉ、いったいぜんたいどれほど糞で、むしろ俺がどれほどの糞かもわかんねーってことだがよぉ、中途半端な腐った冒険はやめろよ、まるで宮崎ナニガシであるとか藤子ナニガシだとかが描くみたいによ。あいつらはよ、日常から非日常に移って壮大なアドヴェンチャってな具合に美しい友情と努力と勝利なんてどこぞの週刊少年うんたらのキャッチコピィみたいな世界観を俺らに押しつけてくるわけだが、俺たちの人生ってのは一度行ったら帰ってくることの出来ない底なし沼なんだよビッチ。判るか?」


「あー今日も昼まで寝ちゃった、なんかカリフォルニアまで来て楽しいこととかハラハラすることが毎日のように僕たち私たちに襲いかかってくる、って思ってたのになんか違うなぁ、イケメンなナイスコーカソイドとセックスしたーい、スイーツスイーツ、私のオマンコなめて大きなディックで奥まで突いてよ、あれ、気づいたらもう一年も経ってるじゃん、そろそろ帰ろーかな日本も恋しいし」


「って豚みたいな妄想はやめろ」


「穴は、塞げばいい。だが帰れると思うなよ、ビッチ」


「冒険はやり遂げる事は出来ない」


「セーブは出来るんだ、貴様の背景は遺せる」


「あとはもう、冒険の書が消えてしまいました」


「ってところまで待つしかない」


「てめぇは、もう帰れねーんだよ」


俺がそう捲し立てると、女は呆然とした顔で、いくつかのカップルが俺たちの横を通り過ぎる間、俺の目を見ていた。俺はまたいくつかの砂浜に落ちたポップコーンが蟻によって巣の中に運ばれて行く間、女の目を見ていた。


それからどれくらい経っただろう、女は立ち上がり、ビーチの砂にまみれた俺のギターを拾い上げ、俺に、はい、と渡した。俺はそれを受け取る。女は、がんばってね、と言って、南へと続くビーチを歩いて行った。そして数メートル進んだところで、振り返った。


「また、見にきていいかなぁ」


「また、な」


「うん、また」


「次に来る時は、ビザとI-20を持ってこい」


「なんでよ」


「破り捨ててやるよ」


なにそれ、と女は笑い、そして駆け足でまたビーチを駆け足で進んで行った。俺は、ギターをマーシャルのアンプに繋ぎ直し、一人で、また、練習を続けた。


「YO、ジャップ、そろそろ一曲セッションしてみねーか」


「ニガァ、これまでもセッションならやってきたじゃねーか」


「違うんだよジャップ、ほんとのセッションってのはこんなもんじゃねぇ、もっとなんつったらいいんだ…、そう、セックスだよ!サイコーにいいビッチとの捲る捲るセックスさ、ねっとりとした粘膜に生で突っ込みながら愛を奏でる、そして最後には勿論イカなきゃならない、俺たちは逝かなきゃならないんだ」


「てめぇが何言ってんのかわかんねーよ」


「いや必ず判る、必ずだ」


「ペニスもなんか言ってやれよ、この魚顔はセックスのことしか頭にねーんだよ」


「俺もその気持ちは、なんとなく判るぜ。俺たちがこの楽器を弾いている間ってのはセックスに近い、ただまだ俺たちは何かが足らないんだ、経験が少ないからな。だからイクことが出来ない」


「てめぇまで頭ん中お花畑になったか、童貞野郎が」


「ど、童貞は関係ないだろ!童貞も守れないで何を守るってんだ!」


俺は白けたツラで怒鳴るペニスマンを睨みながら、ギターを手にする。


「つまり、こういうことだろ」


テネシィローズに指を這わせる。


ぎぎぎぎiiuぃぃぃいぎいしじじsじいjぢじいじじじじいぎgじあsfじじじfじじえいaaaaaaagjihiikiisjsisjijijoopooooooguぐぎぃじぢぢぃぃぃxierigriririrrrrrrmmジギグリィィィィィィィィィィ


暫く俺の音色に耳を傾けていた三人、キャット、ペニスマン、ケイジェィが慌てて自らの楽器を手に取る。皆の用意が出来たところで俺は四分休符一つ、手を止める。そこでベース、ピアノ、ベースが一小節ごとに入ってくる。さっき迄分散していたアトモスフィアが、三小節目で一つになる、俺たちは、サラダボール、否、坩堝の中で強熱融解した。


溶け出して、いった。


いつの間にか、昇ったばかりの陽が、傾きかけていた。


何時間、既に、ギターを弾いているのだろう。真っ白なタンクトップが赤くなっているのに気付いて指を見ると、血が吹きこぼれていた。痛みすら感じない。いつまでも続けることが出来るような感覚。ひたすらに気持ちのよい瞬間が連続していた。


「てめぇら、射精はいつになったら出来んだ、このままだといつまでも快感が続くぜ?」


「黙ってろジャップ、てめぇはいつまでもマスでもかいてな」


「あ?ぶっ殺すぞ、俺も早く中にだしてーんだよ」


「集中しろ糞ども、周りを見てみろ」


いつの間にか、百人を超えるカボチャどもに俺たちは囲まれていた。色とりどりのビッチやガキやうんこどもが静かに俺たちの演奏を聴いていた。余りにも静かすぎて俺は、そいつらが居る事にも気付く事はなかった。真夏の甘い汗と湯気に覆われて、無心に音をかき鳴らし続ける。数百に及ぶ野郎どもは、俺たちが作り出す不協和音で踊り狂い、声にならな歓喜の雄叫びをあげ、何かを口走っている。ただ、弦に指を這わせ、スティックを振り回し、鍵盤に叩き付けているだけの俺たちが、豚どもと一体化していく。屑ども、ビッチやニガァやコーカソイドや、或いはあの糞ったれジャップどもとの一体化、それはあってはならないことではあったが、たまにはいいものだな、と思ってしまった。たまには、いいものだな、と。


一瞬全員の音が自然に止まった。


観客どもはメルティングポットからひとときの解放を得た。


キャットもペニスもケイジェイも、誰かが音を始めるのを待っていた。


俺は、無意識のうちに、Bmを、弾いた。


勿論、あの曲だ。


今の曲調からは、がらっと変わっちまうが、このカリフォルニアに来て、魅力に取り憑かれ、このラグジュアリな空間から抜け出せなくなって、1969年以来、スピリットを失った俺たちが弾くのはこの曲しかないだろう。何故か、メタルしかそれまで演奏をしていなかったメンバも瞬時に理解し、続きを奏でた。



You can check out any time you like,


But you can never leave!


俺は、カラヴァンクラインのボクサーパンツの中に、射精した。


俺は、ジャップビッチと埠頭に座り込んでいた。ビッチのでかいケツの横でフナムシが動き回っていたので俺は潰した。


「汚いなぁ」


「知ってるか、フナムシって、英語で埠頭のゴキブリ、って意味なんだぜ」


「知らないよ、そんなどうでもいいこと」


俺は黙った。


「ねぇ、これからあんたはどうするの」


「俺か、俺は、そうだなぁ、暫くこうやって毎日セックスするさ」


「楽器と」


「そう、楽器と」


「私とは」


「たまにはな」


「ビザ、持って来たんだけど」


「やめとけよ、お前には似合わねーよ、お前は、そうだな、ジブリ映画のが似合ってる。どうみてもラースフォンナニガシってがらじゃねーや。あいつの映画毎回死んでやんの、病気なんじゃねーか」


女が何も言わないので女を見やると女はあの時と同じように澄んだ瞳で俺を睨んでいた。俺は睨み返したが、この女にはそんなことは意味ねーな、って呆れて、目をそらした。


「なぁ海に向かってションベンしねぇか」


「ムリだよ、足にかかるよ」


「たまにはションベンだって足に掛かりてぇのさ」


俺はジッパを目一杯あげ、全ての事を終えた後のジュニアを取り出し、ションベンを海へと流した。コガネ色に輝く水滴が、きらびやかな海へと投げ出され、浄められてゆく。俺は、面白くて、膀胱の中が空になるまで、力を入れて、放流を続けていた。


いつしかヴェニスヴビーチの名物となった俺たちはマスコミに取材されるわテレビジョンに映し出されるわのてんやわんや。勝手にヴェニスの音楽隊なんて、もうブレーメンなんだか、シェイクスピアなんだか判らないような名前を付けられる始末、ヴェニス違いもいいとこだ。


なぁ、どう思うよ。


俺たちは、毎日毎日、延々と繰り返されるのこのエヴリディライフを満喫しているんだぜ、毎日快感の中で過ごし、射精し、その上多くの人間と「何か」を共有する。どうなんだよ、こんな日々が続くってのは有り得るのか?なぁ、たまにはさ、二人の素敵な美女、それも一人は王女様で一人は幼なじみで、結婚を迷ったり、「俺の結婚前夜!」ってな具合に一呼吸入れてみたり、休みってのが必要だったりするんじゃないのか。冒険ばっかりしてるってのは、あんのかねー、って思わねーか。


すると、現実は、冒険へと迫る。


連日の賑わいに俺たち満足、これはもしかしたらもしかするぞ、と思いながら、メジャーデビュー→グラミー賞コースかよゲラゲラ、って笑っているとLAPDと書かれた白と黒のコントラストの効いた車が大量にきやがったのであって、ビーチはパンダになった。


どうやらあっけなく襲撃事件は明るみに出たようで(それはそうだ、これだけあの染みっ垂れた楽器屋からパクった楽器で演奏してテレビジョンに出ていれば誰にでも犯人は判る)、全員御用。しかし日本人という理由で犯罪に加担していないのかと思われたらしく、俺はVISA無しによる強制送還だけの模様。


だがな、行って帰ってくる冒険談なんて意味ないだろ?


俺は何しに来た?逃避か?冒険か?はたまた単なる旅行か?ブタ小屋みたいな生活にうんざりして、やっと空気の合う場所見つけて、スラムでカッコつけて、最後には屑にまで成り下がって人を殺したぜ。


少年少女のためのくだらないアニメーションの中では、いつも主人公どもがどっかに行って帰ってくるというどうしようもない仕様の冒険譚が繰り返されて、いつまで経っても奴らは冒険してきた世界に対して「Not give a fuck for nothing !」的なスタンスを保ち続ける。


 Don’t fuck me, buster?
なめんのもいい加減にしろよ?

そんなことが許されるか?許されるのか?このリアリティ溢れる俺たちが生きていかなければならない世界でよぉ、許されるのかよ。確かに二時間しか存在出来ない亜空間なら話は別かもしれないぜ、分断された世界なんて糞みたいなもんだからな。だがな、俺たちは違う。実際に存在する、俺たちは違う。行ったらよぉ、戻ってきちゃぁいけないんだ。


世界は、消えたりしないんだからな。


YES、だから俺は戻らないぜ貴様ら。少なくとも、てめぇらの思い通りになんてならない。例え俺が消えてしまったとしても、俺という、イメージは残るんだからな。そうだろう、プラトン


「YO、てめぇらはどういった理由で俺をJapanに突っ込むんだ」


「HEY、口を慎めよジャップ、お前は不法入国だ、だから帰る、それだけだ」


「DAMN!ここはてめぇの土地か、YO、てめぇの土地なのかよ」


「ここはアメリカだぜジャップ、イエロが住む場所じゃぁない」


「黙ってろよファッキン豚野郎、俺が言いてぇのはな、ここは誰の土地なのか、ってことだぜ。てめぇらアメリカ人の土地か?それともネイティブアメリカンとかいう噂のインディアンの土地か?そういう話じゃぁねぇだろ?ここは誰の土地でもねぇ、奪ったもん勝ちだぜ、それは貴様らが証明してきたんだ、判るな」


警官が俺を黙って睨みつけている。


「で、俺はヴェニスをなんとか占拠したぜ、だから不法なんかじゃねぇってことだ。その後俺たちはまたお前らに侵略された、それだけだ。だからな、変に俺に同情するのはやめろ、ってことだ。お前らはネイティブなんたらに何をした?ミ・ナ・ゴ・ロ・シ、だろ?そんで、お前らが偉大なるブリテンから襲われた時どうした?帰ったか?メソメソ帰ったか?踏ん張ったんだろ?俺もそうだぜ、俺も踏ん張るぜ、生きて、島国の土は踏まない」


そして俺は、呆然とする警官の腰に掛かったコックを素早く奪い取る。


そして俺は不敵な笑いを浮かべ、その銃口をこめかみに向ける。


パンダ野郎は驚きの表情で俺を見ていた。


俺は、指を少し動かし、鉛弾を発射した。




バンッ!!!!




んで、俺の人生終結


だが俺は永遠に不滅。


俺の後ろにあるイメージは永遠に行き続けるのだ。


俺のイデアは、永遠に残った。


■■■


襲撃2


とりあえず俺はファッキンニガーから受け取ったコルトパイソンと、デニーロがタクシードライバで自分に向かって撃ち放ったマグナム44を、一発ずつ両手を挙げている糞ショップキーパーに向けてシュートした。



バンッ!!!!



マグナム44は机に置いてあったレジを破壊し、コルトパイソンの弾道は真っ直ぐに店主の足へと突き刺さり、弾けた。ギョエー、とファッキン店主はおよそ人間らしからぬ叫び声をあげた。


「てめぇ何勝手に撃ってやがるんだ!弾がもったいねぇだろ!」キャットが言った。


「だまってろよニガー、レジも開いて一石二鳥じゃねぇか」俺も答える。


糞ニガーは放っておいて、俺は店主の正面に立つ。

what's up, men?
「調子はどうだい?」

pretty bad!
「糞だよ」


俺はもう一発、もう片方の足にパイソンをみまう。


また似たような声を挙げて店主は涙を流したが、俺には全然痛そうに見えなかった。


確かに店主は痛そうな顔をしていたし、叫び声もあげて、実際に血まみれになっていた。しかしながら俺には全く痛そうに思えなかったのだ。まるで茶番だ、と思った。


「お前、本当は痛くないんだろう」


ジーザスクライスト」


「こんな時だけ神に祈るのはやめろよブラザー」


「オーマイゴッシュ、我を助けたまえ…」


「ジジィ、神はどこにいる」


「神は、いつも我々のすぐそばにいる」


俺はパイソンを一発天井に撃った。


ジーザス…、後ろのニガーどものあきれる声がした。


「ジジィ、俺は神を知らない、だがお前は神を崇めた、だがお前はこの状況だ」


ジジィは肩を抱きながら震えていた。歯がカタカタと鳴る音が響いた。


「ジジィ、もう一度訊くぜ」と俺は言った。


「神は、どこだ?」


俺は、ゆっくりと、マグナム44の銃口を向けた。


「判った!神なんていない!いるわけないんだ!」


ジジィは俺を見上げながら涙を流した。何故、何故私なんだ、と嗚咽を漏らし、壁に寄りかかったまま、握りこぶしで必死に床を叩いていた。こんなに神に尽くしてきたのに、何故私がこんな目に合わなければいけないんだ、と言った。


「ジジィ、お前、本当に痛いか」


「よく見てくれ…この足を…、痛くないわけないだろう、判ったらもう撃たないでくれ」


お願いだから、お願いだから、撃たないでくれぇ…。


ジジィは俺に懇願した。


神ではなく、俺に懇願した。


だから、俺は、このジジィにマグナム44の引き金を引いた。


「や、やめてくれ!なんでだ!俺が何をした!」


「何もしてない、だからさ」


たった一つの鉛球によって飛び散った頭ん中身が真っ白な壁にコントラストを作り上げていた。ミスターキャットが「ジーザスクライスト」と目を瞑り、十字を切った。


「YO、メン、こんな時だけ神に祈るのはやめろ、って言わなかったか」と俺は言った。


「神だとか、神じゃないだとか、俺が言いてぇのはそういうこっちゃねぇ、判るか。確かに俺は全く以ってアメリカナイズされた糞腑抜け野郎になっちまって毎日々々ファックファックと大地に脱糞しては強いものだけ勝つと信じてやがる、だがな、それでも俺のアイデンティティはジャップだぜニガー。ジャップさ、ニガー。環境が変わったところで俺の背景は何も変わらねぇ。俺たちは神を別にけなしたりしねぇ、だがな、決して敬ってもいねぇぜ。ただ、俺たちが神だった、ってだけだ。てめぇには判らないだろうがな、ニガー」


アッラーヤハウェイもブッダもアフラマズダも、それがどれだって俺には関係ねぇ、何にも関係ないのだよファッカー。ただ俺たち自身が神であっただけ、いつまで経っても自分たちがアメリカ人でないことにすら気付かないファッキンアメリカンにはどこまでも判らないだろうがな」


「YO、だが俺は結構好きだぜマザーファッカー。貴様らマザーファッカーどもが常にファックファック垂れ流しているにも関わらず人の死に触れた瞬間に身を翻して神にすがったりするところがな。小汚ぇアメリカ人にも慈悲の心はあるんだ、ってな。だがそいつは死んだよ、既に死んだよ、肉体は完全に終わった豚野郎さ。もしかしたらてめぇらの言う魂の21gも砕け散ったかもしれない。だがな、一つ言えることはあるぜ」


「あいつの背景は、残った」


それから俺たちは糞っ垂れたヴェニスブルーバードを一直線に飛ばし、帰路に着いた。札束とハイネケンを片手に、100マイルでヴェニスブルバードをぶっ飛ばした。キャットは、いつかビッグになる、と叫んでいた。マイルスデイビスや、バスキアみたいに、何をするのかは決まっていないがビッグになってやる、と叫んでいた。ペニスマンは、ファックファックファーックビーッチ、と叫んでいた。ビッチ100人とファックしてやるぜっ今なら出来るぜっ、と叫んでいた。ケイジェイは、俺は幸せだ今が最高の幸せだ、と叫んでいた。こんな恵まれた仲間と腐った豚どもをぶっ殺して金にも困らないで、これ以上の幸せなんてない、と叫んでいた。


俺は、一人、煙草をふかしていた。


皆が、奇妙なテンションで異常な事態をやり過ごし、これからの幸せを噛みしめようと必死だった。緩やかなカーブを、ハイスピードで曲がるように、アクセルを限界まで踏み込み、西の空に浮かぶ夕陽に向かってダイブしていた。向日葵みたいに、ただ、本能に従って、太陽に伸びていった。


ただ、それだけ。

あー、毎日このたいして暑くもないけど、なんか涼しいってわけでもないし、どうしようもねーなマジで、ってな一日を過ごしていると私などはすぐベッドに入ってしまいます。そうそう「モテキ」って漫画をさっきまで読んでたんですけど、あと十年待てません、今年中にはなんとかしてください神様。都市伝説で終わったら私はあなたを一生ゆるしませんよ、はい。あ、お久しぶりです。

タマネギ・ソテ・ランデブ


世界はタマネギで出来ている、って誰かが言ってた。


誰だったか、と思い出そうとする。


例えば【黄河下流が干上がっている理由】について考えたりする。


黄河中流では野菜栽培が盛んに行われており、それは主に日本などへの輸出用なのであって、その野菜の主成分は黄河をたゆたう母なる恵み、つまりは黄河の水は中国本土に還元されず日本へと輸出されてしまうのだ、野菜に混じって。だから干上がる。


例えば正岡子規は酷くユーモラスだ。


【子規】なる名前をつける際も、【子規】=【ホトトギス】から取っており、それは、自らを、千回鳴いて血を吐いて死ぬと言われているホトトギスに喩えたのである。彼は、結核だ。


私が住んでいる上野には西郷さんもたたずむ有名な公園があって、そこには小さいながら威厳を放つ野球場がある。名前を【正岡子規球場】という。


なぜ正岡子規が野球場に名前を冠しているのかというと、それは彼が野球の殿堂入りを果たしているからであって、なぜあの結核に長年苦しんだほど病弱な正岡子規が野球の殿堂入りを果たしているのかというと、彼が【野球】という言葉を邦訳したからである。


子規の本名は、【のぼる】だ。


野・ボール。


例えば先日のことなのであるが、毎日スロットを打ちに行っていた男が借金で首が回らなくなり、私のところに金の無心を頼みに来た。私なぞ男に比べたら確かにプラス領域にいるのかもしれないのだが、しかしながらお金がないのは同じである。日々バイト暮らし、人生の価値も見出すこと出来ない私には男にお金を貸す余裕などないのである。


男は私が、無理だよ、と言ってもなんとか自らの苦難の状況を諭そうと焦るばかりで、つまり簡単に言えば必死であった。しかし私だって言ってみれば必死なのである。だから説明した。いかに私が惨めであり、一本のパンを盗んだがために19年間もの牢獄生活を強いられたジャン・ヴァルジャンなど私に比べればいかに幸福であったか、何せ私は罪を犯していない、それなのにここを見てくれたまえ!まるで牢獄だ!主の肉の筈である机上の小麦粉の塊は、今となってはアオカビの巣窟、主の血の筈であるビンの中身は酢酸のごとき匂いをこの部屋一面に撒き散らしている。


すると男は【けりをつける】と言って、我が家の台所からセラミック包丁を持っていった。


私はその時のことを思いだす。


去り際に、男はピースサインを私に送った。


ロンドンでは、ピースサインホモセクシャルのアピールだ。


「私はホモセクシュアルです」とウィンクする男は何故か輝いていた。


そこで考える、男は【けりをつける】と言った。


いったい【けりをつける】の【けり】ってなんなのだろう。


古代、貴族たちが愛した和歌たちの中では、助動詞【けり】で終わるものが多かったという。そのためいつの間にか【けり】という言葉が【終末】を意味するようになったのである。


男は、【けり】をつけたのだろうか。



■ ■ ■


ところで、もう七年ほど前のことなのだが私はなんというかウエノの映画館に立ち寄ってしまい、リヴァイヴァル映画オールナイト上映【気狂いピエロ】を観ていた。ウエノも変わった。昔は風俗とキャバクラとピンク映画館しかないような寂れた街だった。日夜、汗臭い男と、これまた化粧臭いが、自らの一物を映画館の片隅で擦り合っている、そんな街だ。今となっては豪勢なビルが立ち並んでいる、ちょっとしたオシャレ空間だ。


ちょうどフェルディナンがマリアンヌと情事を始めようとするところで、私の興奮は頂点に達しており、私の股間ニュートンが生み出した力学の法則に逆らっていた。隣には、ポップコーンを頬張る女がいた。名前を、アンナ=カリーナ、としておこう。


アンナは私のジーンズのふくらみをジッと見ていた。


素敵ね、と一言呟いた。


それから私たちは鶯谷まで歩き、焼肉を頬張り、ホテルへ向かった。


部屋に入るなりアンナは私のYKKと刻まれたジッパを引き摺り下ろし、真っ黒な闇を取り出し飲み込んでいった。あまりの唐突さと興奮から、私は思わず白濁を吐き出しそうになってしまった。


私は自らの沽券に関わる由々しき事態である、と思い、素早くアンファンテリブルをアンナの腰にあてがった。アンナのヴァギナからはほとばしる熱いエキスが垂れていた。そのまま腰を前に進めると、ゆっくりと、私は入っていくことが出来た。


これが私の童貞喪失だった。


そして、なぜか、そのまま、萎えてしまった。


「メルティングポットだよ」と私は言った。


「君の中は凄く暖かくて、私と君は、中で溶け合っていったんだ、でも、あまりに強熱融解してしまったために私は固体を保持することが出来なかった、というわけなんだ。だから、なんら君のせいじゃないし、もちろん私のせいでもないんだ」


浅い睡眠と、深い夢の間を彷徨っていると、ちょうどアンナがトイレから出てくるところで目が覚めた。アンナは水パイプにサルビアをスプーン三杯分セットし、呼吸を整え、肺の中の空気を一気に吐き出し、そして火を灯しながらゆっくりと吸い込んでいた。


サルビアが、ぱちぱち、と微かにはぜる音が部屋の中でこだました。


すると、今まで映っていたテレビが突然サンドストームに変わり、キィーンという高い音が暗闇を支配しだした。アンナの方を見ると、アンナはすでに床に倒れていた。


超音波というものがある。普通は人間には聴こえないのだけれども、超音波がもし聴こえるとしたら、こんな音なのだろうな、と思った。そう考えているうちに、また睡魔が私を襲った。


清々しい空気が頬を横切り、降り注ぐ暁光がカーテン越しに私の目を突き刺してくるので、私は仕方なしにベッドから起き上がった。アンナはフロントからコーヒーを仕入れてきていたようで、紫煙を燻らせながら優雅にアームチェアディテクティブを気取っていた。


アンナは、ねぇ何かの絵を描いてよ、と億劫そうに言った。


私は、ちょうど近くにあったメモ帳に豚の絵を描いてみせた。


「素敵なウンチの絵ね」とアンナは言った。


「違うよ、豚だよ」と私は言った。


「似たようなものじゃない」とアンナはつまらなそうに俯いた。


「ウンチと豚はだいぶ違うんじゃないかな」私は少し考えて続けた。「だって、豚は生きているけど、ウンチは生きてすらいないよ」


「生きている、って何」


「それはなんだろう、動いている、ってことかな」


「だったらウンチだって生きているってことにならないかしら」


「ウンチは動かないよ、動くウンチなんて聞いたことがないよ」と私は返した。


「ウンチだって動くわよ、例えば…」アンナは少しだけ恥ずかしそうに、一つ空気を置いて「例えばあなたのお尻の穴から出るときとかね」と言った。


「君のお尻の穴からもね」と私も応えた。「でも、違うんだ、それは。例えば豚は生きているよ。豚は自分の力で動いているからね。でもウンチは私とか君とか、その辺の人たちが動かしているだけだもの、そうだろう、アンナ」


「私アンナじゃないわ」


「うん、そうかもしれないけど」


「それを言うなら豚だってそうよ、自分で動いているかなんて判らないじゃない、神様が動かしているかもしれないし。それはもちろん私たちにも言えることよ、自分の意思で動いてる、って第三者は誰も証明できないの、つまり、ウンチと同じなのよ」


「そうかな」


「そう、だから豚だって、ウンチだって同じよ」


いつか、私がとても好きになった女の子が手紙をくれたことがある。


【ワタシ、今日からウンチになるの。ウンチはコヤシになるのが夢なの。農家のヒトに肥料として使われたいの。決して流されたりはしないの、ちゃんと、次のバトンを渡すの】


そういえば、何百年も前、まだこの国がニホンという名前だった昔、オイルショックということが起きたらしい。石油がなくなることだ。焦った主婦のみなさまは、石油で出来ているトイレットペーパをスーパで買い漁り、学校や公衆トイレからもトイレットペーパが消えたようだ。


そんなとき、公園の壁には大きくこう描かれていた。


自らの手でウンを掴め


次の日、アンナは私の家の台所にいた。


トタントタンとまな板を叩く音に目が覚めると、アンナは私が大事にしていたセラミック包丁でタマネギを刻んでいるところだった。顔を覗き込むと、うっすらとした涙が滲んでいた。


「なんでタマネギを切ると涙が出るのかしら」とアンナは手を休めないで言った。


「それはタマネギにはアリルプロピオンが含まれているからだよ」と私は言った。「硫化アリルが揮発して私たちの目や、主に鼻を刺激するのさ」


「そうだったの」


そう言ってアンナは私の方へ振り返った。虹彩を放つ大きな瞳が私を捉えていた。真っ赤に熟れた頬からは大粒の涙がぶら下がっていた。アンナは、まだ、タマネギを、切り刻んでいた。


「てっきり、私、タマネギに同情しているのかと思ったわ」


最後にアンナは【チュッパチャプス】をくれた。


私が家から帰ってくると、【チュッパチャプス】が机の上に置いてあった。アンナは、その面影ごと部屋から消え去り、代わりに【チュッパチャプス】だけが空白を埋めていた。


脇には手紙が置いてあった。


チュッパチャプスのロゴはダリが描いたそうです】


よくよく思い出すと、アンナは、【茹でた隠元豆のある柔らかい構造】、にそっくりだった。特に目は、【アンダルシアの犬】の冒頭に突如出現するあの美しい眼球そのままだった。潤いのある、目だ。



■ ■ ■


現れたのは、男と、女と、タマネギだった。


タマネギは機関銃を持っていた。


「すまん」と男は言った。


「金を出せ」とタマネギは言った。


「話が判らないから説明してくれ」と私が言った。


「借金の返済が滞って脅されたんです」と女が言った。


【けり】をつけに行ったはずの男は、どうやら機関銃の前になすすべもなかったらしく、どうやら私のところを頼りに来たようだった。私はしかたなく、なけなしの給料袋をタマネギに渡した。全て合わせて十三万六千円だった。


タマネギはそれを受け取り、枚数を数えた。


「ふざけるのはよせよ、こいつはお前が全部借金を肩代わりする、って言ったんだぜ。どう見ても十三万六千円しかない、こいつの借金は五百万以上だ、計算が合わない」タマネギはドスの効いた声でそう言い、私を睨んだ。


「私は時給八百五十円です」私は泣きそうな声で言った。


「兄ちゃん、真面目に話しな、こいつが火を噴くぜ」タマネギはマシンガンを構えた。


「事実ですよ」


「いい加減にしろよ!兄ちゃん今何歳だ?時給八百五十円なわけねぇだろ!」


私は黙りこくってしまった。


私は二十七歳だ。しかし時給八百五十円は変わらないのだ。


「台所のパンを見てください」私は切実に語った。「アオカビが生えているでしょう。机の上のボジョレ・ヌーヴォは三年前のです。匂いを嗅げば判ります。この時期、コートは一着しかないし、パンツだって洗っていません。いったい、この部屋のどこにお金があるのです。時給八百五十円では暖房もつけられません」


私は自分で言って涙が出てきた。


「本当なのか」とタマネギも驚きを隠せず呟いた。


「兄ちゃん」とタマネギが私の肩に手を置いた。


そして、…悪かった、と一言だけ声を掛けてくれた。


次の瞬間には、うっ、という呻きとともに、タマネギは倒れていた。


男の手から離れたセラミック包丁が、タマネギに刺さっていた。


「ヤっちまった、ついにヤっちまった」と男は叫んだ。


「ヤるつもりじゃなかったんだ、ただこれだって護身用で」


「どうすればいいんだ、どうすればいいんだ」


男は一人でブツブツと呟きながら部屋の中をぐるぐると回っていた。女は玄関先で放心したまま、目には大粒の涙を抱えていた。男が畳を歩き回る振動で、涙が一雫、落ちた。


「そんなタマネギ野郎のために泣くな」と男が恫喝した。


女は酷く怯えていた。


しかしながら、男もそれは同じだった。


「判らないの、ワタシ、どうしたらいいか」と女は俯いた。


「俺だって判らないよ」と男も俯いた。


「きっと天罰ね、神様が怒ったんだわ」


「そんなことあるわけない、いったい俺たちが何をした」


「いろいろ、いろいろよ」


そう言って女は、現在までの贖罪を数え始めた。


あの子に優しくしてあげられなかった、お母さんに爪楊枝を投げた、大好きだったマイケルジャクソンを非難したりとか、あの内気な男の子の告白を真面目に聞いてあげなかった、燃えないゴミの日に燃えるゴミも出したわ。


いつの間にか男も泣いていた。


滝のように涙を流していた。


男と一度だけドライブに出かけたことがある。


白鳥停車場までの、短いドライブだ。


テールランプが続く渋滞の環状八号線を下っていると鈍色の雨が窓ガラスをノックした。進まない道のりにイラついた運転席の男が、紫煙を燻らせては湿った外の空気へ吐き出していった。それと同時に、くず鉄で拵えた芋虫の肺には透明な酸素が供給された。


一粒の雨が手の甲を濡らした。ふと横を見ると、ガラス越しに伝ういくつかの雨粒が、まるで河の支流が本流へと向かうように、やがて三つ、二つ、そして最後に一つになり、落ちてゆき、海になった。


私は言った。


「おかしいな、始めはいくつかあったんだけど、雨粒が一つになってしまった」


「なんでだろう、始めは確かにいくつかの雨粒があったんだ」


「でも、気付いたらただの水溜まりになっていたんだ」


「粒じゃない、ただの水溜まりになっていたんだ」


男は相変わらず紫煙を燻らせていた。やがて男は私を一瞥し、少しほんの少しの間ここで休んでいこう、と呟いた。車も、私たちも、ニュートラルになった。目の前に看板があった。【白鳥停車場】と書いてあった。


男は言った。


「線香花火ってあるだろ」


「いくつかの線香花火をくっつけて遊ぶだろ」


「本当は落っことしたくないのに、玉を大きくしたくてくっつけるだろ」


「結局さ、落ちちゃうんだ、落としたくないのに、一つになったら、落ちちゃうんだ」


私は男を見た。ジッと見た。


その時、私は、男の声はセロのように美しい声だ、と思った。とても美しい声だ、と思った。だからこそ、涙が出そうなった。モンタニヤーナのセロから響くエルガの協奏曲は、聴くもの全てを深い哀しみに包み込む。


私は、ただ、一つになりたかっただけなのだ。


たぶん、男も、そうだ。


でも、落っこちてしまうのだ。


みんな、どこかに。


それからすぐに他のタマネギがやって来た。


みな、機関銃を片手にたずさえやって来た。


女は「あっ」と叫んで藁人形みたいに破片が飛び散った。


男は「あっ」と叫んで身体中に穴を空けて地面に倒れた。


タマネギたちは、私を一瞥し、そして帰っていった。


「ねぇ、ワタシたち死ぬのかな」


「たぶん、ね」


「ワタシたち、許されるかな」


「きっと、ね」


「ワタシたち、一緒、だよね」


女の声は今にも張り裂けそうだった。


男は無言だった。


「一つになりたかっただけなのに」


いくつかの肉塊が散らばる部屋の中で、私はうずくまっていた。しばらくして、私はようやくのことで立ち上がり、深呼吸をした。そして、置き去りにされたタマネギのところまで歩き、身体に刺さったセラミックの包丁を抜いた。


その拍子に、涙が溢れ出てきた。


これも同情なのだろうか、とふと思った。


それから私はそのセラミック包丁を持って外へ出た。冬も深まる寒空には低い雲が広がっていた。誘導灯には、微かに羽虫がたかっていた。地平線の向こう側からは、暁光が覗き込んでいた。


そういえば、誰かが世界はタマネギで出来ている、って言ってた。


私は試しに大地にセラミック包丁を突き刺してみた。


それからのことはよく覚えていない。


たぶん、何かがあったし、何もなかった。



■ ■ ■


例えば【黄河下流が干上がっている理由】について考えたりする。


例えば【正岡子規】について考えたりする。


例えば【アンナ・カリーナ】についても考えたりする。



世界はタマネギで出来ている、って誰かが言ってた。


おそらく、私が、言った。

まふみん先生のテキスト(笑)が読めるのは谷間の百合だけっ!忙しかったり気力がなかったりと更新することが出来ないまふみさんに励ましのお便りをっ!


ということで、RNRCに寄稿した文章を載せてお茶を濁します。なんだかログが半年以上公開されていないので、大丈夫かなぁ、と。夏休みくらいはきっと病気になっているので更新できるはずです。夏とか、そういう季節ですし。

自殺日和の午後

ながらえば必ず憂きこと見えぬべき身の

亡くならんは何か惜しかるべき

源氏物語



僕が自殺したのは丁度お昼休みのことでした。



だいぶ前に見たニュース番組か何かで僕の住んでいる町で一番偉い人が「自殺をする人間は甘ったれている」と言っていて、三日前にニュースをまた見ていると、同じ人が「あの人は自殺することで責任を取った侍である」と声高々に叫んでいたので、僕は不思議に思ってお母さんに「自殺する人は甘ったれているの、それともお侍さんなの?」と訊くと殴られた。頭にコブが出来た。


まずどう考えても僕は甘ったれだと思う。


どうしてかというと、僕が宿題のわからないところをお父さんに訊きにいくと、お父さんは「甘ったれるな」と僕を叱る。だから僕は甘ったれだと思う。それにさっきの偉い人は「イジメられる奴はふぁいてぃんぐすぴりっとがない」と言っていて、意味はよくわからないけど多分甘ったれているということなので、イジメられている僕はやっぱり甘ったれているのだと思う。


これで僕がお侍さんであれば完璧なのだけど、授業で先生が教えてくれる歴史に出てくるお侍さんはとても強くて、とても僕にはお侍さんは務まらないと思った。でも、小さい頃からお母さんに「十一月生まれはお侍さんなのよ」と教えられてきたし、僕の苗字はムライなので、【さ】を付け加えればお侍さんになれるからもしかしたらお侍さんなのかもしれない。甘ったれたお侍さんというのも何だかくすぐったい感じだけど、たまにはそういうお侍さんも悪くない。


そういうわけで、僕は甘ったれたお侍さんらしいので、自殺することにしたのだ。



自殺するのに必要なものは何か、ということを考えてインターネットを見ていると、【完全自殺マニュアル】という本があったのでアマゾンドットコムでショッピングカートに入れて本が届くのを待つことにした。僕はアマゾンさんが凄く好きだ。十八歳未満は買えない、と書いてあっても【あなたは十八歳以上ですか?】という質問に対して、【はい】をクリックさえすれば買えるからだ。それに仕事が凄く速いのだ。僕が注文してから本は一日でやって来た。僕はわくわくしながら郵便配達の人にお金を渡した。リビングにいるとお父さんとお母さんがうるさいので、部屋に帰って本を読むことにした。


本によると、自殺というものは大変らしいことがわかった。


よくテレビでやっているホームに飛び降りたりするのはどうやら家族にも迷惑がかかるし、得策ではないそうだ。一番簡単に美しく自殺する方法は【リスロンS】を大量に飲むことである、と書いてあった。そのお薬は、日本でも昔から【カルモチン】という名前で売られていたようで、【ブロムワレリルニョウソ】という得体の知れない成分を含んでいて、国語の教科書に出てきた芥川龍之介さんや太宰治さんもその薬をたくさん飲んで自殺したそうだ。伝統のある自殺するためのお薬みたいだ。


ただ、よくよく調べていると、どうやらこの薬は既に製造中止になっているらしく、さらによくよく考えてみると、僕にはお薬屋さんでお薬をいっぱい買うお金もないし、もしあったとしても、僕みたいな子供にはお薬を売ってくれないんじゃないかな、と思った。だから僕は他の方法を探してみることにした。


次に美しいとされていたのは【首吊り】だった。


これなら僕にも出来ると思った。用意すべき道具もひも状のものならなんでもいいらしく、出来れば柔らかく首にぴったりとフィットするものが好ましいと書いてあるけど、電気コードなどが例にあげられているので、それなら僕の家にもたくさんある。一つくらい延長コードがなくなってもお母さんたちはきっと気づかないと思う。苦しみも少ないみたいで、痛いのが嫌いな僕にはすごくぴったりに感じられた。


ただし、発見が遅れると大変みたいだ。首がろくろ首みたいに伸びて、お目々が飛び出してしまうそうだ。あとトイレに行くのを忘れると、おしっこや、お尻の穴からウンチがたくさん出てきて、汚くなるとも書いてあった。それはやだ。うんちまみれで死んでたら、またイジメられてしまうからだ。だから、絶対トイレに行くのを忘れないこと。それに、出来る限り発見されやすいところで自殺することだ。学校が一番いいかな、と思った。


そして僕は、次の日、自殺することにしたのだ。



場所は体育倉庫がいい、と思った。


体育倉庫は、夕方のクラブ活動が始まるまで開けられることはめったにない。だから、お昼休みに自殺すれば誰にも邪魔されないと思ったのだ。


4時間目が終わったことを知らせるチャイムが鳴ると、僕はまずトイレに駆け込んだ。うんちとおしっこをするためだ。学校でうんちをすると、だいたいいつもからかわれたりするのだけど、背に腹は代えられない。うんちまみれで一生いじめられるよりはましだ。案の上、トイレで僕が力んでしばらくすると、声が聞こえた。


「おい、誰かがうんこしてるぞ」


「ほんとだ、うんこだうんこまんだ」


「のぞいてやろうぜ」


ガタガタ、という音がしたかと思うと、クラス委員のイノウエ君がトイレのドアをよじ登って上から見下ろしてきた。僕はとっさに身をかがめたけど、その時はすでに遅くて、僕の顔はばっちりとイノウエ君に見られていた。


「おい、ムライだぜ、うんこまんはムライだぜ」


「うわぁー、ムライきたねー、えんがちょえんがちょ」


「げらげらげら」


「げらげらげら」


僕は、うんちじゃなくてちょっとお腹が痛いだけだよ、と言ったけど、くせぇにおいがここまで漂ってくるムライのうーんこげらげら、と一蹴されてしまった。まだうんちは出ていなかったので、僕は余計に悔しくなって、少しだけ泣いてしまった。僕は耐えられなくなって、急いでパンツとズボンをはき、勢いよくトイレを飛び出した。後ろから、あいつ手も洗わないでどっか行ったよげらげら、という声が追いかけてきたけど、無視して体育倉庫まで走った。


体育倉庫には予想通り誰もいなかった。僕は涙を服の裾で拭いて、家から持ち出してきた電気コードを取り出した。まだうんちを出していないのが気がかりだったけど、もうここまで来たら実行するしかない。うんちまみれになって馬鹿にされるのは嫌だけど、またさっきみたいにからかわれるのも嫌だった。僕は嫌なことを先伸ばしにしてしまう駄目な癖があるのだ。その辺が甘ったれなんだろうけど、自殺する条件にはぴったりなので、僕はむしろ誇りに思った。


体育倉庫には授業で使う用具を置くための網棚があって、そこは電気コードをかけるためにあるかのようだった。僕は奥から脚立を持ってきて、コードを引っ掛け、そして丁度よい長さのところで結んだ。これなら脚立を倒せば上手い具合に首が吊れる、と思った。僕が自分の出来栄えにちょっとにやにやしていると、後ろでドアの開く音がして、慌てて振り返るとクラスではちょっと苦手なサチコちゃんが立っていた。


「何してるの」


「ううん、なんでもないよ」


「あー、またムライ君は体育倉庫なんて入っちゃいけないところに入って、イノウエ君に言っちゃお」


「サ、サチコちゃんだってはいってるじゃない」


「私はいいの、たまにここに休みに来てるだけだから」


「僕だってそうだよ」


「それは違うと思うわ、だってあなたみたいなイジメられっ子がこんなところに来る理由がないもの。それに私は何度もここに足を運んでるけど、あなたを見たことないし、それにそんな荷物を持って来るのだから、何かしら行動しようと思っているのでしょ」


「そ、それは…」


「早く言わないとイノウエ君に言いつけるわ」


「そ、それだけはやめてよ、お願いだから」


僕は動揺した。サチコちゃんはいつもは口数が少ないけど、なんとなく目が合ったりしただけで突然僕のスネを蹴るような女の子なのだ。僕が理由を言わないでいたらまた何をするかわからない。あの偉い弁慶さんだって泣いてしまうのだ。僕がまたスネを蹴られたら、自殺をする前に死んでしまうかもしれない。


それでも僕は、自殺することだけは言ってはいけない気がする、と思った。僕が見たインターネットの掲示板では、自殺は高尚なものである、と書かれていて、事前に自殺をほのめかすようなことを言わないのがすごくカッコイイことだと説明されていたし、僕も自殺するならひっそりと誰にも知られずにしたいからだ。たくさんの人に見られながら死ぬなんてなんだか情けないし、実際、昔飼っていた猫のクロスケも死ぬ時はどっかへ行ってしまったのだ。だから僕は嘘をつくことにした。


「うん、実はね、僕ここで、ちょっとエッチな本を見ようとしたの」


「エッチな本」


「そう、エッチな本」


「なるほどね、それなら納得ね」


サチコちゃんは何かを考えるような仕草をして跳び箱に頬杖をついた。僕は少しだけ安心した。これで納得してくれなければ、いつも隠し持っているエッチな本を見せなければならなかったはずだ。女の子にそういう本を見せるのはちょっと恥ずかしい気持ちになるのだ。


「なんて納得すると思ったのかしらこの愚鈍は」


「え」


僕の脳がサチコちゃんの言葉の意味に追いつく前に、サチコちゃんは僕の首に右手を押し付け壁に押し付けた。サチコちゃんの手は今にも折れそうなくらい華奢で僕は見とれてしまった。だけどそんな手に反してサチコちゃんの手はとても力強くて僕は苦しくなってうめき声を漏らしてしまった。


サッカーボールが床に転がった。


「エッチな本を見ようとか、そういうことも納得は出来なくはないけどあまりにも稚拙だわ、だってあなたにはエッチな本を見ようとする行為に対する付加価値としてあの今ぶら下がっている電気コードを説明は出来ないし、それにさっきトイレでイノウエ君にからまれてここに来る理由がないわ。あなたごときが私に嘘をつくなんて愚の骨頂としか言いようがないことね」


サチコちゃんはそう一気にまくしたてるとやっと僕を離してくれた。僕は咳が止まらなくていつまでも地面に手をついてげほげほとしていると、サチコちゃんはまたそれが気に食わなかったのか、僕のお尻を蹴り飛ばした。ひぃぃ、と思わず情けない声が漏れてしまった。


もしかしてあなた死ぬつもりだったんじゃないの、突然サチコちゃんが呟いた。


僕は、ぎょっ、とした。


「電気コードで首を吊る人が多い、って聞いたことがあるわ」とサチコちゃんは言った。「そこに首をかけて死ぬつもりだったのかしら、それなら合点がいくわ、だってあなたは苛められているし、あなたが死ぬ理由なんてそれで十分だものね」サチコちゃんはそう一人で納得してから、高らかに笑っていた。


「馬鹿なあなたは読んだことないかもしれないけど、源氏物語っていう昔の小説があって、そこにこんな言葉が出てくるの、【長く生きていればいやなことが見えてくるのに違いないのに、今死ぬことの何が惜しいことか】。源氏物語ではもっと高尚な意味合いで使われてるけど、私は今のあなたにぴったりだと思うな。だって、あなた、これから生きててもくだらない人生だよ、だったら今死んだほうがずっと楽でしょう、ね?だから、死ねばいいと思うわ」


サチコちゃんは笑っていた。笑い続けていた。あはははは、ってサチコちゃんはずっと、地面に転がっている僕を見下ろしながら、笑い続けていた。


僕は、頭にかぁっーと熱いものがこみ上げるのを感じた。


なんで、だ。


なんで、ぼくだけが、こんなに、ばかにされるんだ。


こんな、おんなのこにまで、ばかにされなゃいけないんだ。


気がつくと、僕は、床に落ちていた縄跳びで、サチコちゃんの、首を絞め上げていた。


「そう、それで、いいのよ」とサチコちゃんは苦しそうに呟いた。「あなたにはそれがお似合い、何も出来ない愚鈍が、力では劣る私を絞め上げて。絞め上げて。それで気が済むのよね、愚鈍は」


「違う、違うよ、僕はそんなんじゃ」僕は慌てて、力を抜く。


「いいえ、違わない。ほら、もっと力を入れて」


サチコちゃんの手が、僕の手に重なる。


「違う、違うんだ」


僕はいつの間にか泣いていた。


涙が、僕の頬を伝い、床にこぼれ落ちた。


その時、怒鳴り声が、扉の外から、聞こえた。


「おいっ!うんこまんムライ!何してんだ!開けろ!」


イノウエ君の声だ。


驚いた僕は、サチコちゃんの首を絞めていた縄跳びを離し、声がする方へ振り返った。そしてまたサチコちゃんを見ると、サチコちゃんはキレイな、本当に、キレイな笑顔を浮かべていた。僕は扉の方へ走った。


そして、僕は、あっ、と思った。


伸びたサチコちゃんの足が僕の足にかかり、僕は足を滑らせてしまったのだ。


後は、簡単だ。


僕が足を滑らせた拍子にドアノブに縄跳びが引っかかった。


勢いよく転んだ僕は、結ばれた縄跳びの隙間へと偶然潜り込んでいった。


すると、これがまた偶然僕の首を、ギュッ、と絞めた。


何かが折れるような音がして、首の肉に、縄が食いこんだ。


そこで、僕の意識は、途絶えてしまった。


そんなわけで僕は今、うんちとおしっこにまみれているわけなのだけれども、後からドアをこじ開けて入ってきたイノウエ君は、ドアノブにぶら下がった僕の死体を見てすごく慌てているし、サチコちゃんはうっとりとしているし、どうやらうんこまんとも呼ばれていないみたいなので、なんだか爽快な気分なのです。

最近トラックバックなるものがよく送られてくるので私は喜んでいたのですが、その元を辿ってみると全てが風俗関係のブログ様でいらっしゃいまして、これはもしかしたらぬか喜びなのだろうかとふと思ったりするのですが、きっと杞憂に違いない、と自分に暗示をかけつづける毎日です。