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2008-06-15 Party Hard / ANDREW.W.K

[]「ハルヒダンス」は何が評価されているのか?

※追記・再追記を書いています。

 本文部分は無理な内容が多く、これを取り下げたいと思います。コメント欄やブクマコメントでの批判の多くはその通りだと受け入れます。
 はてなスターを付けてくれた方や賛同的なコメントやブクマコメントを書いてくれた方には申し訳ありませんでした。

 珍しくアニメについて書きます(今こういう話題を書くとは本当に空気が読めませんね!)。“あの”「涼宮ハルヒの憂鬱」についてです。
 と言っても私はこの作品の本編を観てませんので、当然本編には全く触れません。

技術は技術でしかない

 この作品は一昨年くらいに流行っていましたね。あちこちのブログでもイヤというほどこれについてのエントリーを目にしました。
 で、それらではよくオープニングだったかエンディングだったかの映像が貼り付けられていました。「ハルヒダンス」とか呼ばれているアレです。その映像は非常に人気があるらしく、あちこちでネタにされ、しまいには人間がそれを真似て踊る映像が動画投稿サイトなどにアップされていたようです。
 私もその(元の)映像を観たことはあるのですが…正直観ていても違和感しか覚えず、なぜこれがそんなに評価されているのかわかりませんでした。

 いや、技術的にすごいのだろうということは素人の私でも想像できます。あれほどにウネウネと細かく動いているアニメは(特にTVアニメでは)観た記憶がありません。
 でも、技術は技術です。Tシャツプリントに例えると(なぜ)、インクの発色が良い、細かい柄がつぶれていない、圧膜のエッジがたっている、版ズレがない、などといったことと同じで、それ自体決して直接消費者から評価されるものではありません。
 ファッションにこだわる人が、「わー、これ切り替えをまたいでるのに柄がつぶれてない!」とか「インクジェットとシルクスクリーンをうまく組み合わせているなぁ」とか言ってくれることはありません。技術的に優れていてもダサいロゴやもっさいキャラクターがプリントされているだけでは見向きもされませんし、多少技術が雑でも全体的な柄が良ければ売れます。
 もちろん表現の幅を広げるために技術は必要ですが、まずは表現ありきで技術はそれを下支えするものでしかありません。

 話を元に戻すと、「ハルヒダンス」は確かに技術的にスゴいことをやっているのでしょうけど、しかしその技術でいったい何を表現しているかを考えるとあまりにもチグハグなことをやっているのではないかと感じるのです。

バランスの悪い“リアルさ”がもたらすもの

 いったい「ハルヒダンス」のどこに違和感を覚えたのか。それは“リアルすぎる”ことにです。
 恐らく実際にダンサーに踊らせそれを元にして制作されているのでしょうけど、それがあまりに人間の動きに近すぎて、デフォルメされたキャラクターデザインとの間にギャップが生まれてしまっています。

 手や足の動きに反動がある。頭の動きが体の傾きと連動している。そういった本来当然の動きが、人間本来の形とは違うキャラクターの体形あっていません。
 同じことはゲームの「アイドルマスター」にも感じます。このゲームの映像もよくアチコチで見かけますが、アニメチックなデフォルメされたキャラクターデザインとリアルな動きとがちぐはぐで、まるできぐるみを着て踊っているかのようです。

 アニメにしろゲームにしろ、“リアルさ”というものは全体的なバランスが大事だと思っています。
 ゲームにありがちですが、写真のようなリアルな映像でありながら、見えているところに行けないというゲーム的なお約束がギャップを生む。というより、リアルな映像から想像できる“できそうなこと”が実際にはできない時、逆に「リアルでない」と感じさせます。
 ある部分が突出して“リアル”であったとき、他の部分の“リアルさ”との差が単なる差にとどまらず、他の部分の“リアルさ”を押し下げているように錯覚してしまいます。

 今人気のある漫画「今日からヒットマン」は劇画タッチなので、これが「ハルヒダンス」のようなリアルな動きでアニメ化されればあまり違和感は覚えないでしょう。しかし「涼宮ハルヒの憂鬱」の登場人物は低めの等身、大きさや配置が実際と異なる目鼻、とあまり“リアル”ではありません。動きのリアルさとキャラクターデザインのリアルさの差が違和感となるのです。

 よーするに、デフォルメされたキャラクターにはデフォルメされた声と動きこそが必要だという当たり前のことなんですが。
 一般の役者がアニメの声を演じると違和感を覚えることが多いですよね?逆に本来なら不自然なアニメ声優による声の演技はしっくりきますよね?動きもそれと同じなはず。ディズニーアニメはよく動きますが、その動きはオーバーにデフォルメされています。

そこで何が表現されたのか

 他の多くのアニメ作品では、各部分の“リアルさ”のギャップを埋めることはおこなっているはずです。
 例えば「ゾイド」(アニメの正式なタイトルはなんでしたっけ)。この作品ではロボットが3DCGで描かれていますが、よくあるツルツルテカテカなCGっぽい質感ではなくセル画風の処理がなされており、これが普通のアニメの手法で描かれた部分とロボットの描かれた部分とのギャップを上手く埋めていました。
 また、「プリンセスチュチュ」はバレエをモチーフにした作品で、バレエの動きを要所要所に折り込み実際に踊りもよく踊らせていましたが、等身の低いキャラクターに合わせて決してバレエの動きをそのままトレースするのではなく、動きそのものをデフォルメして表現していました。
 しかし「ハルヒダンス」にはそれらの工夫が見られません。

 さらに言うと、「ハルヒダンス」で表現されたものに一体どれだけの価値があるのかが疑問です。
 私はダンスのことはよく知らないので“ダンスとしての出来”はわかりません。しかし、“登場人物の表現”としては問題を感じます。
 本編を観ていないので推測でしか書けませんが、ダンスを踊っているキャラクターにはそれぞれ強い個性があるのだと思います。しかし「ハルヒダンス」からはそれらの個性が伝わってきません。短髪の女性キャラクターはいかにもな“無表情キャラ”っぽいし長髪のは“天然”っぽいですが、ダンスの動きは他のキャラクターとほとんど同じです。
 上で挙げた「プリンセスチュチュ」は、ある者は優雅に、ある者はキビキビと、ある者は儚くある者は激しくある者はコミカルにと、登場人物ごとに踊りにも個性が表わされていました。そこでは“技術”はあくまで表現するべきものを表現するために使われています。

 「ハルヒダンス」が“スゴい技術”を使って何を表現しているのかと言えば、登場人物の個性を無視し技術ばかりを前面に押し出した企業のデモンストレーションでしかないのでは?それは展示会場で業者向けにおこなわれる分には十分でも、一般視聴者向けとしてはおかしいのでは?それを支持するアニメオタクはどうなの?と、そう感じずにはいられません。

アニメはどこへ行こうとしているのか(おおげさ)

 私は声優の名前とか全然知らないのですが、アニメオタクはどの声優がどの作品のどの登場人物を演じているかとかよく知っていますよね。それはアニメにおける声の演技を重要視しているからだと理解しているのですが、なぜ動きに対しては無頓着なのでしょう。

 「ハルヒ」が流行ったあと、今度は「らき☆すた」という作品が流行りましたね。これも私は本編を観ていませんが、やはりオープニングだかエンディングだかの映像をあちこちで目にし、「ハルヒダンス」と同じ違和感を覚えました。で、「なんかヤバくない?」と思ってしまうのです。これからアニメが“動きのリアル志向”で進んでしまうと、かつてのTVゲーム業界(2Dから3Dへと移行していったリアル一辺倒の辺り)と同じ愚をおかしてしまうのではなかと。
 いやまあ私はあまりアニメを観ないのでどうでもいいといえばどうでもいいんですけど(えー)。

 とりあえず、「ハルヒダンス」を絶賛するアニメオタクはぜひ「OVA魔女っ娘つくねちゃん」を観ましょう!あれこそは「ハルヒ」の対極にある一つの究極のアニメだと思いますマジで!!

 しかしここを読んでる人でアニメをよく見る人ってどれくらいいるんでしょうね?せっかく書いたのに誰にも読まれないような気がします!

追記

 予想以上に批判的なコメントやブクマコメントがついたので、いくつかに応えてみたいと思います。
 あと、釣りだ釣りだとうるさいので見出しも変えました(旧タイトル「涼宮ハルヒの憂鬱」を絶賛するアニメオタクはエセオタクだ!(見出しは演出です!!!)」)。流行に乗ってみたつもりだったのに(遅れてる)!

まず、id:KoshianXさんのコメント

アホか。本編見てなきゃ表現されたものが何かわかるわけないだろ。本編見終ったからこそあのダンスの意味がわかるんではないかね。

他にも「本編を観ずに…」といった種類のコメントが多く見られました(id:bunoumさん、id:te2uさん、id:isoさん、id:kyo_juさん)。これらは一見正論のようですが、実際にはとてもナンセンスなものです。

 まず、本編と「ハルヒダンス」の切り離しをおこなっているのは私ではありません。それは、動画投稿サイトに本編から「ハルヒダンス」のみを切り出してアップしたり、それをブログに貼り付けて紹介している“ハルヒファン”です。私はただ単に、本編から切り離されたそれらを動画投稿サイトやブログで偶然目にしただけです。それらがなければ、私は本編を観ないかぎり「ハルヒダンス」を観ることはなかったでしょう。つまり、彼らの「本編を観ているという前提を共有しない者」も訪れるそういった場所へのそういった行動によって単独で世に放たれたことで、事実上「ハルヒダンス」は本編から独立した単独の映像作品となってしまったわけです。
 これは製作者にとっては不本意なことでしょう。しかし、一つの作品について語る時、製作者の思惑を考慮する必要はないはず。「「ハルヒダンス」と本編を切り離すな」という文句は、私にではなくハルヒファンに向けてください。

 本編でとり上げたアニメの「ゾイド」、あれは元となったプラモデルとして展開していた「ゾイド」を知っているか否かで評価の仕方が変わってきます。かつてゾイダー(ゾイドオタクのこと)だった私は、あのアニメゾイドの流行・迷走・凋落・企画の終了・そして復活の狼煙としてのアニメ版「ゾイド」というように、ゾイドのたどった流れの一環として語ることができます。細かい部分でも、ある回で出てきた初期のマイナーなゾイドにどのような意味があるのか、そういった視点で観ることができます。これは単独のアニメとして「ゾイド」を観ていた人には不可能なことでしょう。
 では、プラモのゾイドを知らない人にはアニメ版「ゾイド」を語る資格はないのでしょうか。もちろんそんなことありません。アニメ版「ゾイド」にはプラモのゾイドの販促番組としての役割が確実にありましたが、そんなこととは関係なく単独のアニメとして評価されることを免れません。一つの作品に関する様々なことは、全てつながっていると同時に切り離すこともできるはずです。
 「ハルヒダンス」が事実上ハルヒファンによって単独の作品として仕立て上げられたのであれば、それもまた本編とは無関係な単独の作品として扱われて当然です。

 id:Amerikanさんのブクマコメントが気になりました。

KurokageさんはWiiハルヒのダンスゲームが出ることについてどう思いますか?

 id間違ってますよ!というのは置いておいて、そういえばそういう情報をゲーム雑誌で見た覚えがあります。その紹介サイトを見てみると、そのゲームはストーリーモードもあるようですが、基本はダンスに特化した内容のようです。これなど正にアニメ本編と「ハルヒダンス」の切り分けでしょう。もし何かの気まぐれで私がこのゲームをプレイしたら、当然アニメ本編のことは全く考慮に入れず、単独のゲームとして評価するでしょう。
 以上のことから、「本編を観ずに「ハルヒダンス」を語るな」というのは「原作小説を読まずにアニメ版を語るな」と同程度の暴言だと考えます。

 次にid:heartless00さんのブクマコメント。

三次から薄れつつあるリアルや日常を作品のなかで表現する試みだと思う。エヴァの時よりも日常の大切さを感じた。id:kurotokageは二次にも三次にもリアリティを求めない?ははは、下らない人生だな。←ココ演出


 えーと、私はリアリティを求めるのが悪いとか書いた覚えはありません。むしろ逆で、ある部分でのリアリティばかりを追求するのは全体のリアリティを損ねるのではないかという(それ自体あっているかどうかはともかく)疑問を書いたつもりです。
 もとより私は「オーガス02」とか「WXIII機動警察パトレイバー」のような日常を丹念に描いた作品が好きで、アニメで日常のリアリティを表現することの意義を理解しているつもりです。

 と誤解を解いた上で、では「ハルヒダンス」が“日常”を描いたものなのでしょうか?確かにこれは本編を見ていないとなんとも言えないかもしれません。本編を見ていれば、あれがあの登場人物達にとっての“日常”だと思える可能性があります。
 しかし、本文でも少し触れた「らき☆すた」はどうなのでしょう。私は「らき☆すた」は原作漫画を2巻まではアニメ化前に読んでいます。アニメは基本的に原作に準拠しているらしいので、登場人物はだいたいそのままなのでしょう。では「まったり萌え四コマ」の「らき☆すた」の登場人物達にとってあのダンスは“日常”なのでしょうか?運動神経があるというこなた以外の人物にあのダンスを当てはめて、それが“日常”だとはとても言えないと思います。

 コメント欄のid:y_arimさん。一番反応の欲しかった人に反応がもらえて嬉しいです。しかし、批判としては的を外していると感じます。
 とりあえず指摘された事実誤認(ダンサーを使ったと想像したことと色々な嗜好のあるアニメオタクを一緒くたに扱ったこと)についてはあやまります。すみません。

 「ハルヒダンス」においての人間的におかしな動きを細かく抜き出しての指摘はさすがだと感じますが、しかし約1分間ひたすら動き続けるそれに対し、それぞれ1秒にも満たないそれらを10とりあげても、全体の6分の1におかしな動きがあるとしか受け止めることができません。
 人物の個性についても、サビやラスト部分以外でも場所を入れ替える場面でそれぞれの人物に「役割を演じさせる」ことである程度個性を描いているとは思いますが、そういった一部一部においての描き方よりも全体を通してどう描かれているかが大事なのではと考えます(男性キャラクターは一方がジャケットと黒板の色が近くて動きが比較しづらかったです)。

 私が「リアルすぎる」と書いたのはいきすぎだったかともと思いますが、しかし、では有村さんはとりあげたそれらの部分をどう感じているのでしょうか?仮に「ハルヒダンスver2」が作られるとすれば(もしかすると「らき☆すた」のがその役割を果たしているのかもしれませんが)、ハルヒファンはそれらの点をどうすべきだと思うのでしょう?そのままで良いのか、他の部分に合わせて自然な動きに変えるのか、他をリアルでない動きに変えるのか。それによって「ハルヒダンス」を評価する人たちがあの映像をどう捉えているのかが理解できそうです。

 私が知りたいのはそこなんですよね。今回の内容は思いつきでいきなり書いたわけではなく、以前から書きたいと思っていのものですが、書こうと思った時から「ハルヒダンス」についてのハルヒファンの評価をいくらか見回っていました。
 そこでは皆「ハルヒダンス」を絶賛しているけど、一方で一体何を評価しているのか全く分からなかったのです。なので私は技術的な部分を評価しているのだろうとあたりをつけ今回の内容を書いたのですが、それに対する反論もいまいち要領を得ない。
 そこがわからなければ、どんな批判も単に揚げ足をとっているだけとしか感じません。

同じくコメント欄のdaaku_naitoさん。
 私は別に「ハルヒダンス」を批判したかったわけではなく(でも改めて読み返してみるとそうとしか読めませんね、すみません)、上でも書いたように一体何が評価されているのかが理解できず、それを知りたかったのです。批判の材料が無いというよりも、評価される材料が見当たらないというか。
 その材料は本編にこそあるというなら、それは私の見当違いだったということでしょう。私はてっきり、「ハルヒダンス」は本編から切り離されても評価され得るものであると思っていたのですが(大勢の人が集まって路上で踊るなんてのはそういうことがあってのものだと)、そうではなく「ハルヒダンス」は本編の単なるオマケでしかなく、本編を見ていなければ価値のないものだというのであれば。

 最後にid:CrowClawさんのブクマコメント

あれってオタクが真似して踊るためのダンスじゃなかったの?実際にやるならそれなりにリアル志向でないと困るじゃん。

 これはまったく想像しませんでした。確かにwebが普及しオタクどうしが繋がりやすい環境の今、そのような理由で映像が作られてもおかしくありません。今回の反応の中で一番腑に落ちました。

再追記

 どうも意地になっていたようです。とりあえず少し時間を置いて考えてみたところ、思い違いや認識不足が多く色々とまずい内容だったと判断し、本文部分を取り下げたいと思います。

 反応を下さった方の中で特に、丁寧な指摘をしてくれながらムチャな応答をしてしまった有村(id:y_arim)さんには本当に申し訳ありません。

 それとは別に、「本編を観ずに語るな」という批判には今も納得していませんので。

 と、書いているところにid:fuzzy2さんによる重要なブクマコメントが。

放送1話本編のキャラの動かなさ加減のフラストレーションの後で、気持ちよく動くダンスEDの爽快感がポイント。ダンスEDの表現手法を突っ込むのは野暮ってものではないかと。

 納得しました。確かにそういうことなら本編と切り離すことは無理だし、本編あっての魅力ということになるでしょう。fuzzy2さんに感謝します。

 しかしそうなると別の疑問が出てきます。fuzzy2さんのコメントを信用するなら、本編と「ハルヒダンス」は決して切り離してはならないものであり、本編を観ていない者が知っているべきではないものではありませんか。第1話の実質的なネタバレということでしょう?それがあちこちで注意書きもなく目にすることができてしまうということは、推理小説の犯人がブログに無造作に書かれているのとどう違うのでしょう?「観てから言え」とかのんきなことを言ってる場合ではないはず。
 あらかじめ「ハルヒダンス」を知っていることによって第1話から受けるはずの驚きが削がれるなら、それはアニメの「涼宮ハルヒの憂鬱」という作品の魅力がいくらかでも削がれることを意味するのではありませんか。それはハルヒファンにとって不本意なことであり、拡散を防ぐことはできなくても、それに対し批判的であるべきなんじゃないでしょうか?
 それともネタバレであっても多くの人の目に触れるべきものだと言うなら、やはりそれを単品の作品として観ることは何もおかしくはないはず。
 納得できたはずなのに納得できません。

※あまり関係ないことだったので削除します。グダグダですみません。

 それにしても今回はこたえました。批判的なコメントがどれだけついても気にならないというつもりだったし、以前炎上っぽくなった時は実際あまり気にならなかったですが、今回はなぜか強烈にきました。おかげで昨日はほとんど眠れませんでしたよ!寝不足と暑さのせいか昼飯を吐いてしまったし!!
 何がくやしいかと言えば、ブックマーカーの思惑どおりに心を乱されてしまったこと。ああ本当にくやしいですよ!

y_arimy_arim 2008/06/16 07:53 おれが読んだ。
あとで突っ込む。

y_arimy_arim 2008/06/16 08:41 いまDISる。
>恐らく実際にダンサーに踊らせそれを元にして制作されているのでしょうけど
まずこれが間違い。演出の山本寛がアニメーターの前で実際に踊って指導してはいるし、アニメーターもこういうものは実際自分で動いてみて描くが、ダンサーが駆り出されたという記録はない。ただし、山本氏個人はBerryz工房などアイドルのPVを参考にしている。

>それがあまりに人間の動きに近すぎて
むしろ遠い。動きのキレとタイミングを優先するあまり非人間的な動きになっているカットが複数見られる。
http://jp.youtube.com/watch?v=Z2HpAE-QcQA
例1:0:15〜0:16の長門・みくるの体の急激な戻し。
例2:0:22〜0:23のみくるの右腕は別セルで描かれており、下のセルに描かれた体とつながっていない(ただしこれは一般的なアニメ作画のテクニックであり、バカ正直に腕と体をつなげて描くのは無駄が多い)
例3:0:26の全員の腕回し。上体に力が入っていない。特に肩が動いていない。この腕もおそらく別セル。0:51のハルヒの肩周りの描写と比較すべし。
例4:0:55のターンの予備動作がターンに比べて少なすぎる。(ただし、一般的にアニメにおいては予備動作そのものが描けていないことが多い)
例5:最後のカットはさすがにどう贔屓目に見てもリアルなタイミングではない。実写のハルヒダンスにおいてここはどうしても再現できないという声は2年前から聞かれている。すなわち、リアリズムに基づいてはいないのである。
#リアルに感じられる要因は「動画枚数が多い」ことにある(さらに表情の変化を丁寧につけている)。京都アニメーション作品には顕著に見られる傾向である。
それによって滑らかな動きを実現することは、アニメ表現の内部で完結するアニメ的リアリズムには寄与するが、3次元の人物の動きの再現を追求する方向性には必ずしも一致しない。そういった、本来の意味の“動きのリアル志向”を批判したいのなら、kurotokageさんは『電脳コイル』を批判すべき(実際、それには一定の価値はあるはず)。

>「ハルヒダンス」からはそれらの個性が伝わってきません
サビの部分での5人の動きに個性が出ている。とくに両端の男性2人、右の古泉はノリノリで最も動きに幅があり、左のキョンはかなりやる気がない。最後のカットでも古泉は大きくジャンプしたのち膝をつくが、キョンはいい加減である。
というか3人娘にしか興味ないのかよ。

制作中のエピソード以外、kurotokageさんの重視したい「動き」に関しては、すべて本編を見ずにEDのハルヒダンスのみから判断できる。

>アニメオタクはどの声優がどの作品のどの登場人物を演じているかとかよく知っていますよね

それは声ヲタの話。声優にはまるで興味がないが「どのアニメーターがどの作品のどのカットを描いているかとかよく知っている」作画マニアはいる。10年前のぼくなどは典型的なそれだった。
ただし、声ヲタと呼べずとも声優ならいくらか知っているアニメオタクというのはかなりいて、これはアニメにおいてもっとも目立つスタッフが声優であることに由来している。映画やドラマにおいてまず役者名が前面に出ているのと同じ。

結論:
ハルヒもつくねちゃんも観ましょう。

HeavenDHeavenD 2008/06/16 09:16 ↑長々とツッコミ乙です。
ロクに調べもせずにデカい結論だすなってことですな。
いかに俺のようなゲーム・アニメが好きなヲタが
どんなふうに誤解されているかよくわかったぜ。

とおりすがりとおりすがり 2008/06/16 15:20 >私はこの作品の本編を観てませんので
すごいのは本編の方ですから。

trshugutrshugu 2008/06/16 15:39 これはいいエントリ。

aa 2008/06/16 15:51 ハルヒは本編がよかった。
ダンスがいいだけで人気が出るわけがない。

makaomakao 2008/06/16 17:57 力のあるアニメ会社しかああいったアニメを作ることはできませんから、
「で、「なんかヤバくない?」と思ってしまうのです。これからアニ…と同じ愚をおかしてしまうのではなかと。」の件は心配する必要ありませんよ。

daaku_naitodaaku_naito 2008/06/16 18:01 正直このエントリの意図がよく分からないなぁ。
批判の材料もろくにないし、的外れだっていわれる事は分かっていたと思うんだけど・・・。

aa 2008/06/16 22:15 だから、釣りエントリなんだってばよ。

kurotokagekurotokage 2008/06/16 22:51 有村さんとdaaku_naitoさんのコメントに対する返信を追記に書きました。

> HeavenDさん
私はアニメオタクではないけどゲームオタクで漫画オタクですよ!

>とおりすがりさん
私は本編を観ない理由の一つは「ハルヒダンス」を観たことにあります。

>trshuguさん
どうもです。

>aさん
「ハルヒ」自体の人気はそりゃ本編の良さにあったのだろうと思ってますよ。
私が聞きたいのはなぜ「ハルヒダンス」に人気があったのか、です。

>makaoさん
確かにそうなのかもしれませんね。ゲームでも一時期大作主義が流行りましたが、今はDSの流行で低予算・少人数の作品が主流になってきているようですし。

ryo__nryo__n 2008/06/16 23:12 アニメは詳しくはなく、ハルヒは見て、踊りも多少覚えた者です。
好きなアニメのキャラが、良い音楽に合わせて踊っていたら
その音楽に合わせ、自分も踊る(ネタ的な意味もあって)
って当然のように思いますけどね。
あとハルヒダンスは比較的、覚えやすく簡単なのも 受け入れられた
理由じゃないかと思います。
なので、エントリーで説明しているリアルさとかは、何も
気にはしなかったですね。

なまえなまえ 2008/06/16 23:42 うわぁ、もう恥ずかしすぎて何も言えない
本編を見てないのにここまで的外れなこと言うのは
もうね……

通り縋り通り縋り 2008/06/16 23:56 ただ踊っているだけですが、観ていてなんだか楽しい気分になりませんか?
技術的なことは分かりませんが、私はハルヒのOP/EDだけ抜き出して観ても、その、なんというかワクワクする期待感というものにひたることが出来ます。
そういう点で私は幸運だった訳ですが、私に関して言えば、製作者の方は絵を動かしてその結果ヒトを楽しませるという目的を充分に果たしたと思います。

今日まであのダンスにどのような観念的意義があるのかと考えた事はなかったのですが、もし問われたら「そのようなものはないと思う」と答えます。

nnnnnn 2008/06/17 02:32 多分、「あの絵であのダンス」に違和感を持つ人ってあまりいないんですよ。
だからもう認識の違いです。あなたは違和感を持った。それだけです。
理由を見つけようとしてもいいんですけど、
一般化できるかどうかは客観的に考えたほうがいいですね。

うんうん 2008/06/17 03:27 アニメ本編見ました。私自信それなりにオタクだと思いますが、その上で

>正直観ていても違和感しか覚えず、なぜこれがそんなに評価されているのかわかりませんでした。

これは至極ごもっともだと思います。ぶっちゃけ本編みたからといって騒ぐ様な物でも無いですね。普通アレに価値を見いだすのは難しいと思います。
まあ一種の『ジョジョ立ち』ですよ。kurotokageさんが感じた違和感はオタク達のビザール趣味みたいなものだと思えば良いと思います。

ビジュアル系バントとか音楽的にみたらどうでもいい様な物が多いじゃないですか。オタク達ってそういうビジュアル系に群がる女の子達をバカにしたりしますが、本質的にはハルヒダンスも同じですね。偶像立ててその真似ですから。
ある程度キャッチーであれば、ダンスの質はどうでも良いんだと思います。

epsomepsom 2008/06/17 03:46 はじめまして。

これはいいエントリですね。
本当に、アニメオタクはハルヒダンスの何を評価しているのでしょうね。

リアルさについては、制作現場の人達とアニメオタクの間で「リアルな描写こそが素晴らしい」と考える風潮が共有されてるってことがあるんじゃないでしょうかね。リアルであることは、確かに映画を構築していく上で必要な要素かもしれませんが、それ自体を目的化してはいけないと思うんですよ。

以前は、映像がリアルだといわれたのですが、最近だと動きが滑らかなことがリアルだと認識されるようになって来ました。動かないアニメは紙芝居だと過剰に揶揄されるようになったのもここ10年です。「ハルヒダンス」は殆どフルアニメーションで、64秒の尺(長さ)で1000枚の動画が使われてるらしいです。つまり、1秒間に約15.6コマで、通常のアニメは1秒間に8コマですから、普段の倍のクオリティで作られていることになります。

「“リアルさ”というものは全体的なバランスが大事」というのは正にその通りで、日本のリミテッド・アニメーションは、そのバランスの枠の中で発展してきたと言えましょう。

私が懸念しているのは、アニメの動きを、ハルヒダンスを基準に考えてしまう人が多く出てきてしまうこと。その上で、どんなに素晴らしい作品でも、動かないアニメがそのことによって取るに足らないものだと思われてしまうことです。現にその傾向は現れていて、『ef: a tales of memories』や『PERSONA―trinity soul―』は全く観られていません。

ある作家がこんなことを書いていました。「ファンが沢山いても、そのファンが本を読まない人ばかりだと困るよね」と。ブログ主さんが『ハルヒ』本編を未視聴だということが揶揄されていますが、ハルヒ・ダンスを評価していたり、ハルヒのコスプレをしていたりするハルヒ・ファンを自認している人のうち、どのくらいの人が本編を同じくらい観ているのか。私には疑問ですね。ハルヒ・ダンス自体、もう既に一人歩きしちゃってる。したがって、今、このような指摘(本編と切り離してハルヒ・ダンスを語ること)が行われるということは、妥当だといわなければなりません。

   2008/06/17 07:23 カンナギとかいうのも、踊らせてCD売るのだろうか?

あのダンス、プロモをサンプリングしたって聞いたことあるな

AmerikanAmerikan 2008/06/17 07:56 訂正しておきます・・・すいませんでした。

七誌七誌 2008/06/17 10:13 EDはあくまで本編のおまけなんで…。動画サイトに本編と切り離された形でEDがアップされてたとしても、それは製作者側の意図の範疇ではないですし。

で、EDにキャラの個性が表れているかどうかの判断をするには、肝心の本編を見ておらず、ダンス単体として見るとしても、ダンスには詳しくないから、
アニメーションの技術的なことに関しても、あまりお詳しくなさそうですが、だったら批判の材料はなんなのか?と素朴な疑問が出てくるんですが。

結論:「俺が気に入らない」で済む話かと。

defdef 2008/06/17 11:28
・ハルヒダンスは不自然だ。
・その原因は技術にまかせた「過剰なリアルさ」にあるので
・表現対象にあわせたデフォルメが必要だ


・ハルヒダンスは技術のために表現対象が置き去りにされているため
・「過剰なリアルさ」以上の評価を与え得ぬので
・ハルヒより魔女っ娘つくねちゃんを見るべきだ


こうですか><

いまさらですねいまさらですね 2008/06/17 12:40 ハルヒダンスのブレイクは今になって見返しても分かるわけがない。
まず「あの」京アニが作るハルヒってなんぞや?と見た人間が
朝比奈ミクルの冒険をいきなり見せつけられて「はぁ?なんじゃこりゃー」
となってたところに、最後の最後にEDで渾身のアニメーションを
(ご丁寧に特別クレジットの為通常の4分の1のミニサイズで)見せつけられた。
そして次の週には「でかいサイズで見せろ!」と思っていたファンを
見透かしていたように通常EDが流された。
おかげで初回で流れなかったOPは(映像的には相当これも力が入っていたのだが)
忘れ去られた形になってしまう。

エヴァをリアルタイムで見てなかった人間がエヴァの衝撃をわからないように、
ハルヒダンスEDだけ切り取ってみてもその衝撃は分からない。

sagesage 2008/06/17 12:53 「リアルさ」の定義が人それぞれなうえに、
目でみるリアルと、自然現象としてのリアルは違うことがこのエントリをややこしくしている。

HFHF 2008/06/17 13:41 マンガオタでゲーオタさんですか‥。

「究極超人あ〜る」を見て
 「ギャグの手法古いよ、何が面白いんだこれ」と言ったり
「バーチャファイター無印」や「鉄拳無印」をプレイして
 「なんだこのカクカクポリゴンは、つまんねぇ」とか
言っちゃうのでしょうか、あなたは。

他の方も仰っている通り、2006年の冬のあの時に、
「涼宮ハルヒの憂鬱」があった、という認識で
ハルヒダンスなり、本編を見ないと
面白さも、凄さも
何一つ理解できないでしょう。

kkkk 2008/06/17 14:22 なるほど。
一般人と価値観が放れたちゃうからおたくになっちゃうんだと思ってたけどkurotokageさんが理解できなかったものはエセおたくってことになるんだ。勉強になるな〜。

てつてつ 2008/06/17 15:19 ハルヒダンスってフィルムの24コマ作画でなくビデオの30フレームに合わせた作画からくる違和感じゃないの?
1秒24コマでの作画が今でも主流だけどデジタル化でカメラワークや背景の引きが1/30な動きだったりで違和感が生じます。
1/24で1コマ打より1/30で1コマ打のほうがより滑らかに動く。
日本のアニメーターってロトスコープとかやんなくてもリアルな動きアニメート出来るんだよね。

halhal 2008/06/17 16:03 漫画の裏表紙が話題になっているので見てみたら「何がいいのかわからん!デフォルメが俺好みじゃない!!」みたいなものですかねww
あまつさえ「それだけで話題にしてる奴らが悪い!!!」とかwww

sinsin 2008/06/17 17:20 このエントリが批判されている理由は
問題設定にあるように思えます。

例えば、kurotokageさんが言うようにエンディングを本編とは切り離して考察するなら、「技術ばかりを前面に押し出した企業のデモンストレーション」として評価されていると考えてもまったく問題がないのではないでしょうか。
むしろ、アニメのエンディングのみを切り離すという行為からも、(それだけではないにしても)技術の賞賛という側面があるように思えます。

対して、動画における表現などを考える場合、本編の内容を切り離して考察することはナンセンスです。
エンディングそれ自体は単体の作品として製作されたわけではないのですから。

例えば、あのダンスは「涼宮ハルヒという人間によって、他のメンバーが無理やりダンスをさせられている」といった、本編内容から考えた場合に妥当な仮説をもって観てみると、ダンスの没個性という側面が別の意味で笑いを誘う要因となるからです。

なので、このエンディングを本編から切り離された一つの作品として観た場合、切り離された意図は(もし、初見の人への紹介という意図があった場合)技術的な賞賛か、ギャップを面白がることであろうと思いますので、表現意図が理解できないと感じるのは、むしろ当たり前であって問題ではないでしょう。

にもかかわらず、本来ならできないはずの、このエンディング単品における表現に対する評価をできるとし、その上で表現意図がないという結論を導いていることが問題なのではないでしょうか

てつてつ 2008/06/17 17:49 ちょっと追加

ダンスとかライブシーンってアニメでやると大概ショボくなってた。
現在の目で見れば時代を感じるものの、『ハイスクール奇面組』のOP
「うしろ指さされ組」とか『ストップ!ひばりくん』のEDなど
TVアニメでも曲と動作のシンクロがいい感じの作品も無くはない。
ショボくなって当たり前のアニメのダンスがハルヒのEDでは違ってた。

ハルヒダンスが流行ってしまった理由って
1.一度見ただけでは理解出来ない複雑で高速な振り付け
2.キャッチーな曲
3.平野綾
4.京アニ
5.ネット環境
などがいい塩梅に作用した結果としか言い様がないんじゃなかろうか。
「もってけ!セーラーふく」は一度聴いただけでは理解出来ない難解で高速な歌だったな。

1秒30コマ作画といえばTwo-Mix の「WHITE REFLECTION」のプロモが
1/30作画のアニメだったので独特の動きのタイミングが楽しめます。

angmarangmar 2008/06/17 19:45 えーと、kurotokageさんは
 ・ハルヒダンスがリアリティのレベルにおいてズレていることの気持ち悪さに自覚的でない人が多い点が疑問
 ・ハルヒダンスの没個性性が単に技術のプロモーションに過ぎない点が不満
という二点を主張されていると考えれば良いでしょうか?

あともう一つ、kurotokageさんはハルヒのTV版EDを観たことがないのではないでしょうか?
一応書いておきますと、ハルヒのTV版EDは、全てダンスで構成されているわけではありません。
半分くらいのカットは、普通のアニメでよくある一枚絵のスクロールです。その合間合間に、あのフルアニメーションのダンスが挿入されるのですが、それも全身ショットではなく、半分くらいはバストショットです。
そして一枚絵では、Aメロ部でハルヒたちのドタバタで楽しい日常生活が描かれ、サビ以降「♪明日また会うとき〜」以降で生徒が皆下校し、閑散とした学校がノスタルジックに描かれ、最後にSOS団の翌日の予定が書かれた黒板が映って「お祭り騒ぎな日常は続く」ことが明示されます。つまり、キャラクターや背景世界を示すEDの役割はきっちり果たしているのです。
長回し部分で物語性のある映像を構成しつつ、瞬間的にフルアニメのダンスが挟み込まれる。このメリハリのある構成があってこそ、観ている方はダンス部分のハルヒたちにきゅんっとなるのだと思います。

そして重要なのは、フルダンスバージョンの映像というのはハルヒのDVD最終巻に収録されたものであり、ハルヒダンスがネットでブームになった初期の段階では上記のTV版EDの方が主に観られていたということです。

#実際最終巻の発売は放送終了の半年後ですし、それまでにハルヒダンスブームは概ね完成されていたと思います。
上でも引用コメントの一つとしてありますが、フルダンスバージョンの映像は、「真似して踊ってね」という制作者の明確な意図があって作られたものです。
確かにあの映像だけでは、メリハリには欠けますしTVのEDとしては逆にインパクトが弱くなってしまっていたかも知れません。
あくまでフルバージョンは、TV版EDを楽しんだという下地がある人の「振り付けを全部観たい」というニーズに応えたものという位置づけだと思います。

#てゆーか、あれはDVD特典なんですから、そもそも本編きっちり観た人が観る前提なんですよ。普通に違法アップされているせいで誰でも観られるようになってますけども!!

で、没個性性の面ですが、TVバージョンでは上でも書きましたようにバストショットが多用されていますので、有村氏ほどのレベルの人でなくとも表情などの演技から個性を読み取ることは可能です。ハルヒはいかにも強気で闊達そうですしみくるちゃんは人の良さそうな優しい笑顔、長門はノリノリで踊っていながら無表情、というように。

またフルアニメの違和感については、静止画長回しとの極端な対比という面白さも狙っていると思われます。


というわけで、本当は「フルアニメーション表現だけがアニメシーンで主流になってしまうのでは」という点に突っ込もうと思っていたのですがそれ以前に誰も「TV版はフルダンスじゃなかった」点を指摘していなかったので書いてしまいました。長文失礼。

HFHF 2008/06/17 20:12 >>それがあちこちで注意書きもなく目にすることができてしまうということは、
>>推理小説の犯人がブログに無造作に書かれているのとどう違うのでしょう?
それは、当記事の本文とは全然違う問題では‥

>>それに対し批判的であるべきなんじゃないでしょうか?
誰か肯定したでしょうか‥?
それに関して書きたいなら、別エントリーの記事ですべきでしょう。
今更語るほどのことでもないような気はしますが。


>>何がくやしいかと言えば、ブックマーカーの思惑どおりに心を乱されてしまったこと。
>>ああ本当にくやしいですよ!
見えない敵と戦うのに必死で、それどころじゃないかもしれませんけど。


とりあえず、どうあってもハルヒ(アニメ)本編を全部見た上でハルヒを批評するつもりはないようですね。
でしたら、「ハルヒがいまだに支持を受けていることが理解できない」というスタンスも変えるつもりも、変わる可能性もないのでしょう。

読み疲れた読み疲れた 2008/06/17 20:14 なるほどこれは釣りと言われても仕方が無い理屈ですねえ・・・みなさん理屈のための理屈ですか。ネタは何でもいいわけですね。

heartless00heartless00 2008/06/17 20:34 >kurotokageさん

反応遅れて申し訳ありません。

>「ある部分でのリアリティばかりを追求するのは全体のリアリティを損ねる」

ある部分、とはOPの事だと思いますが、涼宮ハルヒの湯鬱は本編においてもリアリティを追求していると思います。オタクが苦しみそうなリア充っぷりまでも描いています。

>「ハルヒダンス」が“日常”を描いたものなのでしょうか?

確かドラマCD「サウンドアランド」の終盤、ハルヒ達がハレハレダンスを踊る事を暗示しています。「みんなでダンス踊りましょうよ!」とかそんなで踊ったんでしょう。きっと。あのダンスもSOS部員達の日常そのものだと思います。

>しかし、本文でも少し触れた「らき☆すた」はどうなのでしょう。私は「らき☆すた」は原作漫画を2巻まではアニメ化前に読んでいます。アニメは基本的に原作に準拠しているらしいので、登場人物はだいたいそのままなのでしょう。では「まったり萌え四コマ」の「らき☆すた」の登場人物達にとってあのダンスは“日常”なのでしょうか?運動神経があるというこなた以外の人物にあのダンスを当てはめて、それが“日常”だとはとても言えないと思います。

まだアニメ見ていないと言う事なのでネタバレになってしまいますが・・。もってけ!ダンスも登場人物たちによる一つのイベントとしてアニメ作品内で描かれています。



・・とりあえずハルヒ・らき☆すた両方の本編見てください。

angmarangmar 2008/06/17 21:32 追記された部分について。
本編一話は別に映像的に動いてないわけじゃなくて、観ていてイライラする映像で(わざと)構成されているというだけです。
そこから、あのEDに突入することである種の爽快感があることは確か。
でもそのEDも、上に書いた通りメリハリあるカット割りでテンポよく見せているから引き立つのであって、仮にダンスバージョンが延々流されていたらやっぱりダレると思いますよ。

mementomemento 2008/06/17 22:02 >これは製作者にとっては不本意なことでしょう。しかし、一つの作品について語る時、製作者の思惑を考慮する必要はないはず。

うーん…こういうことをいう人はkurotokageさんだけではないんですが、すみません、僕にはこの主張はすごく不思議なものに感じられます。

仮に上記のkurotokageさんのエントリの、全体ではなく一部の内容、表現のみを切り取って僕が批判した場合…しかもそれがkurotokageさんから見て的外れな批判だった場合、kurotokageさんは、
「的外れだ!」
ないしは、
「ちゃんと全文読んで文意を読みとってくれ」
といいたくならないんでしょうか?
そういわれた場合にこちらから、
「読み手は書き手の思惑を考慮する必要はない」
と返されたら不本意ではありませんか?

まあ、あのED単体でなにか言及するのであれば、あくまで技術的な部分でのそれであるべきでないかなと思うんですが…。

.. 2008/06/17 22:06 >「ハルヒダンス」についてのハルヒファンの評価をいくらか見回っていました。
> そこでは皆「ハルヒダンス」を絶賛しているけど、一方で一体何を評価しているのか全く分からなかったのです。
そこって具体的にどこを読んだのですか?是非教えてください。
私はブログ主はよほど検索が下手であるか、「何を評価しているのか全く分からない」ほどに読解力が無いか、最初に「ハルヒダンスをdisる」って結論ありきだったので意識的or無意識的にそのような論をスルーしたかのいずれかであると考えています。

halhal 2008/06/17 22:28 思い違いや認識不足が多いような件について自分がその程度だという認識もできずに「キミらアニオタは声にはあれこれいうけど動きには無頓着だな」などと書ける無神経さと思い上がりが反発を買ったということがわかっていただければハルヒ本編なんか見なくてもいいと思います。
「評価できる材料が見当たらずそれが知りたかった」と言いながら本編を見ろと言われればナンセンスな批判だと返してみたり細かい部分について指摘されれば「全体」としてそれがどう描かれているのかが問題だと返しつつしかし本編とは切り離して評価するべきと言ってみたりなぜ切り離して考えなければならないのかと言えばミンナが切り離して動画サイトにアップしてるからそいつらのセイだと言い逃れたり切り離した部分で評価はあり得るとして技術はすごいと言いながら評価できる部分が見つからないと言ってみたりと支離滅裂なものいいから透けて見えるのはネタはなんでもいいので他人を貶め踏み付けにしたいという悪意そのものなんじゃないでしょうか?
現場のことなど何も知らず評価に必要な経験も知識もないのに的外れな高説を披露して「キミらわかっちゃいないなー」という態度をとる困った人はどこの職場にもいるものですがそれでもあなたの同僚には同情申し上げますとしか言いようがないですw

---------- 2008/06/17 22:47 ↑こういう粘着質な反応するから「これだからオタクは……」って言われると思うんだけども。

あとDVD特典を勝手にアップするのは普通におかしいこと。

kurotokagekurotokage 2008/06/17 22:58 >なまえさん
>nnnさん
>七誌さん
>defさん
>kkさん
>halさん
>読み疲れたさん
本文はとりさげました。批判はそのまま受け入れます。

>ryo__nさん
>通り縋りさん
いや、そういった理由で好きだというのはわかるんです。でも、今回の内容は元タイトルを見ての通り“アニメオタク”を自認する人達に向けたもので、そういった人達は、これは私の幻想かもしれませんが、それの何が評価すべきものなのかを理詰めで、それこそ感覚では理解できなくても無理矢理頭で理解させるような、そういったことを投げかけてくれると思っていたんです。

>うんさん
なるほど「ジョジョ立ち」ですか。ようするに“過剰”こそに意味があるということですね。

>epsomさん
本来アニメは人間の目の錯覚を利用して物が動いているように見せているものですから、少ない枚数で動きで表現できているならそれは何も問題ないはずなんですけどね。本文で「つくねちゃん」を挙げたのは、少ない動画枚数そのものをギャグとしていることも含めて意味のある作品だと考えたからです。
挙げられている作品は機会があれば見てみたいと思います(「PERSON」はゲーム版を全てプレイしているのですが、元を知っているとどうも手が出にくいんですよ)。

>Amerikanさん
いえいえ、別にたいしたことではないんで。

>sageさん
「リアル」という言葉をぞんざいに扱ってしまったと反省しています。

>てつさん
具体的な指摘ありがとうございます。ちょっと色々考えてみます。

>angmarさん
すみません、まったく知りませんでした。恥ずかしいかぎりです。OPかEDのノンクレジットバージョンだとばかり思っていました。
前提が変わるとまた色々と変わってくるのでまた考え直してみます。といってももう「ハルヒ」関連でエントリーを書くことはないと思いますが。

>HFさん
>それは、当記事の本文とは全然違う問題では‥
本文はとりさげました。
>誰か肯定したでしょうか‥?
それを知っているべきでない人間がそれを知っているのに、「観てから言え」で済ますのは全く問題意識がないと考えるべきでしょう。
>見えない敵と戦うのに必死で、それどころじゃないかもしれませんけど。
見えない敵って、ブックマーカーと書いてますよ。はてブでのネガティブタグやネガティブコメントがよく論争のタネになるのに、それらに相手の心を乱す要因がないと考えるのは無理があります。私自身もはてブでネガコメ書くのでそれが悪いとは思ってませんが。
>とりあえず、どうあってもハルヒ(アニメ)本編を全部見た上でハルヒを批評するつもりはないようですね。
そんなことは書いてませんが。むしろ、私が本編を観た時に「あーあーそういうことね」となってしまうのがくやしいくらいです。といっても今一本のアニメを観るだけの時間は作れませんが。

>heartless00さん
>ある部分、とはOPの事だと思いますが
いや、そういう意味ではなかったのですが、どうにも言葉では伝えづらいようなので置いといてください。すみません。
heartless00さんも本編を観なければわからないという考えなのですね。そこは理解しました。

>いまさらですねさん
前半部分はブクマコメでも同じような指摘がありかなり納得できました。しかし後半は納得できません。
「エヴァ」とその周辺について語るなら当時の熱気を知っていなければ不可能でしょう。「エヴァ」を巨大ロボットアニメの系列として語るなら「ガンダム」や「マジンガーZ」や「鉄人28号」について知っていなければならないでしょう。しかし「エヴァ」をそれらと切り離し一つのアニメ作品として語るのに、当時の熱気を知っている必要はありません。ゲーム「ドラゴンクエスト」を語るのに、発売日に長蛇の列ができ社会現象と言われた当時の熱気を知っている必要がありますか?まんが「ドラゴンクエストへの道」も読んでないとダメでしょうか?そんなわけありません。一本のゲームとしての「ドラクエ」を語るのに、その周辺について知っている必要はありません。
たまたま当時の熱気を知っていたかどうかが、一つの作品について語る上で必要な資格となるなんてことはありません。

>HFさん
私の文ってそんなにわかりづらいですかね?そんなことは全く書いてないのですが。
「VF」は特に「2」が、当時ゲームにおいてのリアリティを語るうえでよくゲームオタクにとりあげられていたと記憶しています。一作目から格段にCG技術が進歩し、本物の人間がそこにいるかのようなインパクトを受けました。しかし「頭から石床に落ちても平然としているキャラクター」「相手を空中に浮かして何度も攻撃を叩きこむコンボ」といった、それまでなら「ゲームだから」と受け入れられてきた不自然さが、見た目や動きがリアルになればなるほど無視できなくなってきた。格ゲーだけではなくRPGでも、本物らしい街並みが描けられるようになるほど「他人の家にあがりこんでタンスを探る主人公」が異様なものとしか見られなくなる。「VF1」はカクカクポリゴンだったからこそ、まだ不自然さ、というよりゲーム的お約束が受け入れられた。記号的だったものが記号的でなくなっていけば当然おこることです。
「特定のルールにしたがってその解法を求める」といったものがゲームの根本だとして、その根本が変化してくればゲームに求められるものも変わってくる。しかしその求められるものがときにゲームの根本と矛盾することもあり得ます。ハードの進化によって表現力が豊かになればゲームにもリアリティが求められるようになってくる。しかしそのリアリティがゲーム性とぶつかることもあります。ドリフトの動きをリアルに再現したレースゲームは必ずしもゲームとして正しいとは言えない。フライトシミュレーターは普通ゲームとは別物として語られます。またゲームはプレイヤーの入力にたいする画面上でのリアクションも重要な要素です。リアリティのバランスとはそういうことです。ゲームオタクの間ではそういったジレンマがよく話のタネになります。
この辺りはゲームオタクならある程度共通してもっている認識だったと思っていたのですけどね。
後半は上と同じです。

通りすがり通りすがり 2008/06/17 23:42 何故本編を見ようとしないのかが理解できない。
あのダンスもハルヒというキャラクターの性格がわかれば、何故ダンスになったのかって事も理解できるはず。
文化祭のエピソードでも、来年の文化祭ではSOS団でエントリーしようというお話も出てくる。
つまりあのEDは、ハルヒというキャラクターの提案によって、いつも振り回されてるSOS団の面々が、いつも通りにダンスをやらされてるという描写と取れる。
あと、細かい技術を賞賛したりするのがオタクという連中なので、そこに何の意味も無いという論証はそもそも破綻している。
視聴者の大半が、そういう技術にこだわるオタクという事を無視しちゃいかんと思う。

angmarangmar 2008/06/18 02:17 アニメ的リアリズムの部分やアニメーションの方向性としてのフルアニメの意味とか、発展しそうな話題はいくつかあったんですけどハルヒダンスに話題が集中してしまって少し残念。

TV版EDを一応置いておきます。
http://jp.youtube.com/watch?v=mpV1ANWiBKU&feature=related
これ単体だと構成的には普通のアニメのEDとあまり変わらないと思います。
ちなみに、涼宮ハルヒのテレビ放映開始は2006年4月。DVD最終巻の発売は2007年1月末なので、それまでの半年以上は、この映像だけが「ハルヒダンス」だったわけです。

rurururu 2008/06/18 03:59 他人とのコメントに横槍になってしまいますが、気になったもので。

いまさらですねさんとのやりとりで、kurotokageさんは
>「エヴァ」とその周辺について語るなら当時の熱気を知っていなければ不可能でしょう。「エヴァ」を巨大ロボットアニメの系列として語るなら「ガンダム」や「マジンガーZ」や「鉄人28号」について知っていなければならないでしょう。しかし「エヴァ」をそれらと切り離し一つのアニメ作品として語るのに、当時の熱気を知っている必要はありません。

知っている必要はないかもしれませんが、知っていて損をすることもまずないのでは?作品外との関係や背景を知り(「ハルヒダンス」については逆に作品内との関係ですね)、初めて見えてくる良さ、あるいは悪さというのは多々あると思います。
なのに、それでも「その作品単体のみ」で語る必要というのは、あるいはその周辺を知っている者から「いや、当時はまわりでこういう反応が〜」と教わった時に「周辺のことは関係ない」と頑なに拒絶する必要はあるのでしょうか。
まぁ個人の感想を述べているかぎりではまた別の話でしょうけど・・・

と、いうかそもそも、kurotokageさんが本文で語っている「ハルヒダンス(とその影響)」は、まさにkurotokageさんのいう「作品とその周辺について語」っていることになるのでは。
kurotokageさんは本文、追記、コメントすべてにおいて「それらと切り離し一つのアニメ作品として語」っては、つまり本編内容については一切言及していないかと思います。
「ハルヒダンス」はあくまでアニメ作品のED映像であって、その良し悪し、周囲への影響は単体で語られるべきものではないはずです。
「ファンが単体として動画サイトに上げているから」とおっしゃっていますが、そんな制作者にとってイレギュラーな視聴の仕方のみで作品を語っているのであれば、それこそ唾棄すべき行為ではないでしょうか。

torotoro 2008/06/18 05:40 個人の持つ情報や嗜好が前提となる「評価」の、何故何を求めても正しい答えは出てこないでしょう。

面白いと感じた人も、面白くないと感じた人も、感じた後に何故か? と物事を分析しますから。

物事の順序でいえば、理屈の後に評価なのでしょうが、人間は自分の持っているフィルターで感じ取った後に、理屈を言語化、出力するように出来ていますので、そこに何故かと問われても、評価する人の理屈と、評価しない人の理屈が延々と続くだけです。

極論、こんな事を書いている私も含め、真理は重要ではなく、自分の妥協点を探せるか、なのではないでしょうか。

他人の事情感情が絡む事柄において、理想の答えは出てこないので。

HFHF 2008/06/18 09:52 私も、他のコメント記入者様もブックマーカー様も、
誰もあなたに対して敵意を持っていないのに(少なくとも私自身は)
あなたは「思惑どおりに心を乱された」と言う、その考えを私は「見えない敵と戦っている」と揶揄しているのです。
そもそも本文がそのようなスタンスの上で書かれているので
それも仕方のないことなのかもしれませんが。

>>VF
図らずもリアリティの方に話が行きましたが、
あくまで「ゲームのリアリティ」の話で、これも本文とは少し離れてしまうので、置いておきましょうか。

私の出した例がおかしかったかもしれません。
要は「作品が発表された当時の時代背景や気運を知らずして、正しい評価はできない」ということです。
「評価をするな」ということではありませんよ。
但し、それが事前知識無き安易で浅い評価では、
ワタシのような小五月蠅いヤツに噛みつかれますよ、ということです。

>>今一本のアニメを観るだけの時間は作れませんが。
とりあえず、それは「作れない」のではなく「作りたくない」に違いない、と言っておきましょう。
もっと言うと、本当はあなたは
「何故支持されているかわからないハルヒを見る為の時間は作りたくない」のでしょうけど。

---------- 2008/06/18 10:21 >ワタシのような小五月蠅いヤツに噛みつかれますよ、ということです。

>本当はあなたは「何故支持されているかわからないハルヒを見る為の時間は作りたくない」のでしょうけど。

ブログ主に敵意は持ってはいないが、見えない敵とは戦っています、ということですね。分かります。


ところでHF氏は当初は「あの時期にハルヒダンスが流行ったという事実が重要」という時代性重視の認識だったけれども次には「本編を観ないと理解できない」スタンスに移項していますね。
個人的には、時代性はともかく本編を観ている観ていないは、ダンスPVの評価にはあんまり関係ないと思っているのだけれども。

rakurakurakuraku 2008/06/18 12:17 再追記を読んで違和感を覚えました。

>「本編を観ずに語るな」という批判には今も納得して
>いませんので。

まさかとは思うのですが、これはテクスト論的な考え方で
いってるんでしょうか。
今時、環境(インターテクスチュアリティでもエクリチュール
でもいいですけど)を無視して語れるとも思いませんから、
それはないかもしれませんが。

まあ、小説を一部だけ読んで、文体を語るようなものだと
思いますよ。
よくできた作品は、内容にあわせて表現を変えるものです。
わざと読み難く書いている部分を取り上げて、「読みにくいよ!」
と批判するようなものではないでしょうか?
あれは「ダンス」だから「滑らかな動き」で表現してるわけ
です。
止めるべきところでは止め、動かすべきところでは動かす。
不思議なことは何もないでしょう。

ただ、「ダンス」を「見せよう」という意識は、EDだけ
見ても読み取れると思います。
何故マスターショットがロングで五人並んだ構図なのかを
考えてみてください。
普通、アニメーションではこういう構図は避けます。
作画が大変ですから。
それをあえてやっているのだから、そこに意図があるわけです。
そういうところを読み取るのが批評なのではないでしょうか。
このエントリーは、アニメの作画技術のことを知らずに、
作画技術について語ってらっしゃるように見えるのですが。


他にも気になる点はあります。
「本編と切り離すことは無理」に納得された後、こう書かれて
いますね。

>「観てから言え」とかのんきなことを言ってる場合では
>ないはず」

それは、このエントリーとは関係ない話なのではないでしょう
か。
「切り離すな」ではなく「切り離したものだけ見て語るな」
といってるわけですから。
この違い、わかりますか?

切り離したのは、動画をUPした人。
切り離した物だけで語ったのは、kurotokageさんです。
「俺の目に入るところに置いたやつが悪い」というのは
いかにも暴論ではありませんか。

「ダガーナイフがあるから人を刺した、悪いのはダガーナイフ
を売っているヤツらだ。だからこの状況を何とかしろ!」
とおっしゃってるようにしか見えませんよ。

---------- 2008/06/18 13:03 >普通、アニメーションではこういう構図は避けます。
>作画が大変ですから。

作画が大変だから避けるのかなあ。
むしろ構図の平板さからくる映像の単調さを避けるためだと思うのだけど。
ハルヒダンスが固定カメラ、固定アングルにこだわってるのはまさにrakurakuさんの言うとおり「振り付けを見せる」ことがメインだからだと思う。
まあ、ハルヒが長門の肩を掴んで奥に走っていくカット、ああいう奥行きのある動きは確かに手間がかかると思うけど、それ以外はハルヒダンスの挙動って割と平面的だし。

といったような話をする上で本編を観る必要は全くないと思いますけどね。
ダガーナイフがどうこうの比喩は蛇足なんじゃない?

halhal 2008/06/18 20:34 >といったような話をする上で

だがそういった技術は技術でしかない。
問題はその技術で何を表現するかだ。
モーションはロトスコで(嘘)キャラデザにあわせる工夫もしてないしおまけにこのEDはキャラの表現が出来てない(本編は見ていないのであるべきそのキャラの表現の正解がなんであるのかはわからないしこれが正解してるかどうかもわからないけどとにかく出来てない)。
こんなものにどんな価値があるのか。

と本文は続いちゃうのですね…。

実際私も集めうるすべての情報を集めないものは語るなという考えは間違っている、という主張には同意できる部分もあります。
古参が「何も知らないくせに」と新参をいびりぬくのでSF文化は滅亡したなんて話もありますし実際素人のその場限りの素朴な感想(それが妥当なものになりうるかどうかはともかく)も許されないような文化なんて存続し得ないでしょう。
でもその割には(都合よくでっち上げた内容であれ)説得材料を用意し筋立ててそれを説明し「まったくこんなものを崇めてるなんて大衆とは愚昧なものだな」などとシメちゃう(他人に通用する妥当な結論には必要な材料とルールに沿った判断が要ると示す)あたりどうにも態度としては「本編を見ずに語るな」派と同じような傾向を感じてしまうのですがw

本文は撤回されてるので今更なんですが「本編を見ずに語るな」については納得していない、とのことなので。
ただこのエントリー、本文での誤りより追記での言い逃れ方の方が酷いと思うなぁ…。失言政治家がなんでああも往生際悪く言い訳してしまうのかきっと御本人も理解されたのではないかと思います。人間は弱いですよね…。

---------- 2008/06/18 20:50 >問題はその技術で何を表現するかだ。
>モーションはロトスコで(以下略)おまけにこのEDはキャラの表現が出来てない

これに対し、「キャラについては本編を観れば分かる」は回答の方向性として正しいのか?が私の疑問。
正直、ハルヒダンス単体の評価において「キャラ表現」は必要ないんじゃないですか?
三人の女の子(アニメキャラ)が楽しそうに踊っている、それ自体が観る人を惹きつけたんじゃないですか?
実際世の中には「ハルヒダンスは好きだけどハルヒってちゃんと観てないんだよねー」という人はごまんといるし。

そして三人の女の子が楽しそうに踊っている、こと自体の「どこがすごいのか分からない」というブログ主に対しては、「好きになれるかなれないかは感性の問題でしかない」と言うしかないと思うけれども。
元々の主張のエセオタクがどうたらこうたらについては、自分が好きなもの以外は認めないっていう、狭量なオタクにありがちなパターンでしかないし。

そもそも本編をしきりに薦める人は、「本編観た。面白かった。でもハルヒダンスの良さは分からない」って回答が返ってきたらどうするつもりなのだろう。
本編肯定派=(一個のアニメ表現としての)ハルヒダンス肯定派って必ずしも成り立つとは限らないと思うのだけど。

kurotokagekurotokage 2008/06/18 22:05 >-----さん
色々フォローありがとうございます。しかし今回自分のふがいなさを思い知らされて情けない思いです。

>angmarさん
>mementoさん
>.さん
>halさん
>通りすがり
>ruruさん
>toroさん
>rakurakuさん
>halさん
すみません、あらためて追記部分も含めて撤回します。再追記の一部も関係ないものとして線を引いて削除しました。少なくとも本編の一部と切り離せないものと認めた時点で一旦全部間違いと認めて撤回するべきでした。前提がおかしいまま続けても無理筋だと理解しました。

これまで批判されてもこたえなかったのは自分の意見に自信があったからで、今回批判がこたえたのはどこか自信がないまま書いてしまったからだろうと思います。タイトルを挑発的なものにしたのも強がりからだったのかもしれません。

今回のエントリのコメントに対する返信はこれで最後にします。

あ 2011/06/27 20:34 うっさいカス

りょうりょう 2013/01/10 09:31 このような古い記事にコメントが付けられるのか、付けても読んでもらえるのかどうかわかりませんが、二点。

一点目は、このように丁寧で的を射た分析に感心しました。二次元には二次元の「現実感」があるはずで、二次元に三次元の真似をさせようとすると、かえって「現実感」が下がる . . . マクロス・フロンティア関連で May'n さんのモーションキャプチャーでシェリルに振り付けをした場面がありましたが、あれもかなり違和感がありました。

他の分野でも似たような現象があります。オペラをそのまま映画化したものを観たら、しつこくて参った覚えがあります。あのしつこさはオペラという表現手法のなかで説得力を持つように出来ている。一見、映画の方が「現実的」に見えて、実は逆に説得力が落ちる。

もう一点は、僕は、このハルヒだんすの映像を「振り付け指導」「演技見本」として、実際に踊ってみて楽しんで下さい、という趣旨なんだと思いました。どなたか言っていらっしゃいましたが。人間が実際に踊るための振り付けですから、二次元キャラクターには違和感があるのは当然とも言えます。

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