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kururaのメモ帳

2012-05-06 NHKはどこへ行くんだろう

 5年ぶりくらいにNHKの朝のニュースを見たら、あまりにも内容が薄くてびっくりしました。「世界のニュースザッピング」とか「世界が注目ネット動画」とか「まちかど情報室」とか、出勤前にわざわざ見たい情報とは思えないのですが・・・

 伝えるべき情報はいくらでもあるだろうに、取材や制作の予算が足りないんですかね? それともターゲットを主婦や学生に移行したとか?

 ふだんテレビを見ないのでどうでもいいのですが、あまりに安直な構成だったので、チャンネルを間違えたかと思いました。

2012-05-05

本日の主張

 見切り品のトマトを買ったら「本日中にお召し上がりください」と書かれたシールが貼られていたましたが、いつ食べるかは私が決めるです。

2012-03-26

出版不況

 たまに大型書店に行くと、凝りに凝った装丁や帯やPOPの洪水で気持ちが悪くなってしまうことがあります。私はそれを本屋酔いと呼んでいます。整然と並べられているのに、目に飛び込んでくる情報量が多すぎて脳が拒否反応を起こしてしまうようです。

 出版不況と言われるようになって久しいですが、なんとか手にとってもらおうと知恵や工夫を集結させた表紙を眺めるたび、編集者や営業担当者の努力がしのばれて胸が痛くなります。本当に短期決戦を強いられているんだなあと思います。

 編集職の友人は、売り上げを伸ばすために次から次へ本を出さないとならないので、じっくり作っている余裕がない、と嘆いていました。

 むかし広告論の講義で聞いた「雑誌はゴミである」という言葉が最近になってよく思い出されます。いまは「出版物はあまねくゴミである」といってもいいのかもしれません。書店に並べられている本が5年後にどれほど残っているのか、その本を作った人々の労力に思いを馳せると悲しくなります。

2011-10-18

本日の主張

 公共の場でオルゴール風にアレンジした歌謡曲を延々と流すのは勘弁してほしいです。

2011-10-15

ソツない人々

 身近な人をカテゴライズして、心の中で肯定的/否定的な評価を下す人は少なくないと思います。ある基準で線引きをし、その人を「あっち側」か「こっち側」かに分類してしまうのは、同調できない自分への言い訳なのかもしれません。

 私のカテゴライズの基準は「ソツがない」かどうかです。ソツがない人と一緒にいると、無駄にプレッシャーを感じて疲れてしまうのです。

 なぜこんなことを書いているかというと、久しぶりにソツない人と知り合ったからです。

 ソツがない人は、言い換えればスマートな人です。やることなすこと的確で、所作は落ち着き払って隙がなく、着こなしや持ち物のセンスが良かったりします。教養があり、時間に正確で、突っ込みどころがありません。

 こういう人はいったいどうやってソツのなさを身に付けたのでしょう? 私には生まれながらに備わった素質としか思えないのです。難関大学出身でも大手企業の社長でもスマートでない人はたくさんいますし、兄弟だって片方は何でも無難にこなし、片方は世渡り下手という場合もあります。努力や知識や経験で補えるようなものではないような気がします。

 もちろん、ソツない人々がきちんと努力をしてきたことは分かるのですが、努力の仕方さえ無駄なく抜かりなくスマートであるように見えます。彼らは他人のミスにも寛容です。どうしてこんな簡単なことができないんだろう、と思っても、これっぽっちも態度に表したりしません。そして、腹を立ててもいい場面では逆ににこにこしたりして、懐の深さを見せつけたりします。同じ土俵に立ちたくないというわけです。

 私にとって、ソツがない人というのはなんだか得体が知れず、一緒にいても気を抜けない存在です。つまらないミスをしでかして、しょんぼりしたり言い訳している人の方が人間らしくて信用できるような気がするのです。

 考えてみれば、高校時代にもソツないクラスメイトがいました。飛び抜けて目立つ存在ではないけれど、成績上位でセンスが良くて大人びていました。私はその頃から、周りの人をソツがないかどうかで分類していたのでした。