くるるの数学ノート このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-02-20

[] 学会オーケストラはぜんぜん違うと思うのだけれども

そんなら、客でいたまえよ。――あるいは「学界とオーケストラ」――: 朴斎雑志

ルールに則っていても競争をしている学会と、競争はなく協力をしているオーケストラはあまりにも違うと思うのですけれども。それとも競争がまったくない学会というのも存在しているんでしょうか?それに、団員かどうかははっきりしているオーケストラと違って、ルールに従う意思と実力さえあれば特許庁の職員だろうが正当な教育を受けていないインド人だろうが敷居は高くとも認められるのが学会というものでしょう。

……というか、学会というくくり自体がよくわかっていないかもしれません。私にとっては、たとえば「集合論を研究している人たちのコミュニティ」は確実にありますが、その内外はあまりはっきりしていませんし。

まあ、他の記事には賛同するところでありますし、ちょっと書きすぎただけかと思いますが。

nucnuc 2009/02/20 04:05 これはどっちがとんでもなのかが容易にわかる数学の世界だからいえることなのではないでしょうか。
物理学会もどちらかといえば数学よりなので訳の分からない学会員がたくさんいます。
それに中国古典文学のほうが業界のサイズが小さいように思えます。

MarriageTheoremMarriageTheorem 2009/02/20 20:22 私も学会をオーケストラに喩えるのはよい喩えのように思えません。といっても私自身はオーケストラの世界に明るいわけではありませんので、実際にそちらの世界におられる方のご意見を伺ってみたいところですが。

気になる点を一つだけ挙げるならば、オーケストラには「指揮者」という総責任者がいて、他の団員も演奏に関する意見を出すことはあっても、最終的には指揮者の判断で演奏の方向性を決めるわけですよね。(間違っていたらすみません。)
一方、くるるさんや私の棲んでいる数学の世界では、根本的にはみんな他人の指図なんて聞きゃしない(笑)わけで、「数学」という共通のフォーマットに則ってはいるものの、研究の方向性は究極的には個々の研究者が自身の判断と責任において決定しているわけです(よね)。

もっとも、nucさんのご指摘にある点も含めて、上記は数学という分野の特殊性に強く依存した話なのかもしれませんが。
件の記事の主はいわゆる文系の分野におられる模様ですが、聞くところによると文系の分野では、数学の人間が想像する以上に「権威ある先生」のご意見が重たいものであるらしいので、そういう分野の方からするとまた違った見解になるのかもしれませんね。

kururu_goedelkururu_goedel 2009/02/21 06:41 id:nucさん、コメントありがとうございます。確かに数学はトンデモのよりわけが楽ですし、エントリにあるようなことがやりやすいと思います。ただ、ある説の正しさは究極的には説そのもので判断されるのであって属人的に判断されるのではない、ということは明確にしておくべきじゃないかと思います。団員と客という区分けは不適切だろうと。もっとも、このブログ主も他のエントリではそういう方向なのですが。

kururu_goedelkururu_goedel 2009/02/21 06:48 id:MarriageTheoremさん、コメントありがとうございます。そこも重要なポイントかと。基本的に、オーケストラは最終的に合奏された音楽で評価されるのに対して、数学者の評価は個々人のものですから。数学ではそれがはっきりしやすいとは思うのですが、もし団員か客かの違いのみによってその人の言っていることが判断されるなら、それはすでに学問ではないのではないかと。もちろん、彼もそんなことを言うつもりではないのでしょうけれども、このエントリを読むとそう解釈して「だから学者の閉鎖的な社会は…」とか言う人が出てきそうで……。
もっとも、私は中国古典文学の世界なんてまるっきり知らないわけで、とてつもなく的外れなことをいっている可能性もあるわけなのですが。

SupremeFSupremeF 2009/02/21 14:58 こう書くと両方から非難されそうな気もしますが,土木建築の「何々組」というのが,オーケストラに喩えられるべき対象ではないでしょうか。両方ともつぶしのきく産業につらなっているところが数学との大きな違いでしょう

kururu_goedelkururu_goedel 2009/02/24 13:52 SupremeFさん、コメントをありがとうございます。えーと、土木建築の人たちのことはまるで知らないのでそちらの方はなんとも…。

通りすがり通りすがり 2009/03/01 02:35 >論文を送りつけてくる自称「研究家」
>学界への怨み言をたらたら吐き続ける自称「研究家」

こういう連中はただの素人ではない。
素人は自分の知らないことに口を出すほど暇じゃない。

通りすがり通りすがり 2009/03/01 02:58 >ルールに従う意思と実力さえあれば特許庁の職員だろうが正当な教育を受けていないインド人だろうが敷居は高くとも認められるのが学会というもの

とある国では、モグリで大学の講義を聴いてた奴が博士号をとって有名な数学者になったという話もある。

kururu_goedelkururu_goedel 2009/03/01 22:22 通りすがりさん、コメントをありがとうございます。どういう意味で「ただの素人ではない」と仰っているのかわかりませんが、まあ興味は普通の素人よりもはるかにあるのだろうと思います。それに、先行研究をきちんと理解することなしに否定するのは、確かにただの素人ではなく、それよりもはるかに困ったものだろうと思います。

私も個人的にいくつかスタンダードでない道のりできちんとした学者になった例を知っています。もっとも、それはトンデモの人たちとは何から何まで最初から違いますが。

SupremeFSupremeF 2009/03/10 12:02 言いたかった論点がうまく伝わらなかったようなので,ちょっと前の発言に補足させてください.
オーケストラと,建築業での何とか組の類似点について言いたかったのは,両方とも擬似軍隊組織であることと,与えられた設計図(スコア)がある,ということです.研究に関しても,例えば実験物理やバイオ関係の研究の多くの場合など,実験分野では,その遂行に擬似軍隊組織が不可欠になることが多く,その点に関してはこれらの研究はオーケストラと似ていると言えるかもしれませんが,もし研究計画とスコアを対応させるとして,実験研究で,研究計画がスコアのようなもとととられてしまうと,そのような研究はデータ捏造に終ってしまう可能性が大なのではないでしょうか? つまり研究計画のようなものがまず先にあったとしても,これは研究の進展によってはいつでも変更ないし破棄されうるべきものではなくてはいけないでしょう.これは科学者にとってはあたりまえのことなのだけれど,科研費などのプロポーザルを書いているときに,研究費を出す側の人がこのことを本当に判っているのか,という疑問が頭をよぎる瞬間が少なくないので,念のために言っておきたいのです.
もっとも『朴斎雑志: そんなら、客でいたまえよ。――あるいは「学界とオーケストラ」――』の指摘は,舞台の上と下の対比をプロの研究者とアマチュア科学者の対比と比較したみたいなので,ここで書いたことは,それとはちょっとかみあわない発言になってしまっていますが.
ちなみに,オーケストラでの舞台の上と下というようなことで言うと,たとえばクセナキスの,オーケストラが観客の中に分散して演奏するような指定のある曲とか,ホセ・マセダや,柴田南雄の,観客が演奏に参加するような指定のある作品など,舞台の上と下の区別を破壊する試みにより親近感を覚えます.

kururu_goedelkururu_goedel 2009/03/12 22:08 SupremeFさん、コメントをありがとうございます。研究の結果が必ずしも計画したものとは一致しない、というのは思ったより理解されていないかもしれませんね。特に私たちの場合、計画したような結果が得られないことが証明できることがあるわけで。
最初から、お金が絡んだ事業計画みたいなもの(公的援助も含む)と研究というのは相容れない面があるので、そこをどうすり合わせるかというところで、どう転んでもプロポーザルというのは難しいし面倒くさいなぁと。

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