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2018-05-08

思い起こす

私の原点は2011年だったと思う。

3.11の年

というか、3.11の前後。


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先月はなぜだか色々と苦しくて

自分の存在価値

自分の生きる目的のようなモノ

再確認するような

作業とか考察

ばかりしていた気がする。



何日も

グルグルぐるぐる

していた割に

答えは案外簡単で

「私は私のままでいい」という

ただそれだけのことだった。



母親はこうあるべき

とか

主婦はこれするべし

とか

妻として云々

とか

そういう虚像?が邪魔をする。


なんだそれ、その「像」は

一体だれが作った?



・・・私だ。



私が膨らましたんだ。

一度、そういう奴ら、忘れよう。

何者にもなろうとしなくていい




私は金谷絵梨として生まれた

今は結婚してもう一つの名を持つけれど

目的は変わらない



原点は

あの日のあの言葉


私は私を生きる


まずは

好きなものに触れよう


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息子もそろそろ2歳

わかってくれるはず

2018-02-12

隣の芝生

子育てしていると

目移りしたり、揺らいだり、

漠然と不安になる事がある。


だけど、最近

『隣の芝生が青く見えるということは、

隣から見るとうちの芝生も青くみえる、かも』

と思った。


人が何言ったとか、

誰が何してるとか、

テレビがこんな事流してたとか、

他のウチがどう暮らしてるとか、

比較すると

自分の価値観が浮き彫りになって面白いけど

比較しても

何も生まれない。


色んな考えがあっていいよねと思っておけば

それで済む。


いいないいなぁと羨んで見ても手は届かないし

多分手が届いたらまた違う何かを探すだろうし

かと言って

他の価値観を否定するのはエネルギーの無駄だし

否定すればするほど可能性を封印することになる


それも一理あるよねと、

色んな考えを認めてそれらと共存する事ができれば

振り回されるような無駄なこともしなくていいし

思いがけない出会いがあったり

気づかなかった魅力が見えたり

心地よい雰囲気の中で日々を過ごせるに違いない。

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先週、息子とインフルにかかって

もう飽きるほど寝っ転がっていたら

暇で暇で、体は辛いんだけど暇すぎて

普段なら考えないような事もいろいろ

頭の中に浮かんでは消えていった。

ふと隣の芝生の事も考えていたら

あ、隣んちから見てみようってなって…

隣から見たらうちの芝生も悪くなかった。


視点を変えるだけで、

景色って本当、ガラリと変わる。

昔々、学生の時に京都へ旅して見た

枯山水庭園をふと思い出した。

角度によって全く表情が変わった。

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多分これからは

あーなんか芝生、青いな。

という思いが出てきたら

「ま。うちも青いんだけど」

と受け流せると思う。


節分にすごいデトックスしたな…私。



そんな感じで

遅ればせながら2018スタートしてます。

2017-09-29 気が付けば このエントリーを含むブックマーク

前回の記事から半年、季節は秋。


歩くようになった息子を追いかけまわす毎日。

目まぐるしく、体も頭も動かし続け、自分の時間を持てるのは夜。

息子が寝たあとの、深夜の数時間。


あぁ、

「時」というものは、なんて貴重なのだろう。



いまだに授乳があるので、11時半ごろに寝て5時半に起きる睡眠で、その間多い日には3回くらい起こされるけれど、身体は慣れたらしい。

小さいころ具合が悪いと、深夜でも必ず母親は私の咳に気づいて、枕元にきて色々対処してくれたりしたのだけれど、そのたびに、母は眠りが浅いのかなぁなんてボンヤリ考えた。もしかしたら身体がそういう風に変化するのかもしれない。


新卒採用入社した最初の会社が大外れで心身が壊れた時は、不眠だとか自律神経失調症だとか過呼吸とか、経験した。心療内科の医者が、三食美味しくいただいてよく動きよく寝るのが心にも体にも一番の栄養だからと、とりあえず寝なさいというので、規則正しくをモットーに眠りも大事にしてきたけど、産後はなんだかそれも崩れた感じ。多少眠くても身体が元気ならそれでよし。


たまに雑誌で、質の良い睡眠とは・みたいな特集を組んでいるのを見かけるけれど、どーでもいい。5時間以上寝た記憶ここ数か月ないし。

息子の寝かしつけをしてるとアチラから「おいでおいで」されるけれど、やりたいことが沢山あるので、寝落ちしないように耐えてる。

色んな意味で、時間が大事。



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祖母の畑の風景。原点だなぁ。

ここにはとても穏やかな時間が流れている。



時間といえば最近、自分のモノを、減らしている。

思い出の品だとか、当時高かった品だとか、色の褪せた品だとか、

そういうモノを、手放している。

今の私にとって、何の役にも立たない。



主役はもはや、息子である。

日々成長するにあたり、息子のモノは、どんどん増える。

一方で飽和状態の私のモノ、肥やしにしかならぬようなモノ、肥えるだけ肥えて、体積ばかりの、ただの荷物だ。

あったら使うかも?なモノとか、もしかしたら便利かも?なモノとか、そんなモノ、管理している時間などない。



今ほしいのは、時間。

時間を作るために、モノを減らしている。

モノは、また必要になったら買えばいい。

だけど時間はいくらお金を積んでも戻らない。


時間短縮をしたいということではない。

レンチンのご飯を子供に食べさせて「自分の時間」を作る人もいると思うけれど、そういうことじゃない。


だしを取った後の昆布で佃煮をこしらえて、温かいご飯に包んで食べさせてあげる、そういう時間がほしい。

だから自分の荷物を減らすんだ。



色々なことを思い出しながら切り崩している。

モノを減らすと、身の回りが本当に必要なものにだけ絞られていく。自分の輪郭がはっきりとしてきて、気持ちがいい。原点に戻ろうとしているような感覚。




でも、まーだまだ。

まだまだシンプルになれるはず。



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先日描かせて頂いた一枚。

おかげさまで、産後もポツポツ細々、お仕事頂いています。

ひとつ終わったと思ったらまた一つと、不思議と途切れなく続いてます。

コツコツやってます。ありがとうございます。

2017-04-24 新緑の季節 このエントリーを含むブックマーク

去年の今頃。

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(photograph by Eiki Morisaki)


歩いてました。

息子をお腹に抱えて。



最近、また歩いてます。

ベビーカーを押しながら。


花が咲いて新しい緑が出てきて、

陽射しも風も心地いいです。



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昨日は主人と息子と3人、代々木公園まで出かけて、アースデイ東京をゆるゆる堪能しました。家族でこういうフェス来て食べたり遊んだりするの、小さな夢だったな〜。

私は別に徹底したナチュラリストとかではないけれど、やっぱり物事はシンプルで自然に近いほうが良いよね、という考えの人間なので、(まだ0歳の息子がどう思ってるかはともかく…)、“家族”単位で来れるって、嬉しい。

同じようなものを見て「良いよね〜」と言って共感してくれる人が隣にいないと、楽しめない場だと思うから。



季節もよくなってきたことだし

色々出かけたい。


自然の中にいると、色々考えてることがちっぽけに思える。

部屋の中で息子と二人きりだと、自分の思考の中だけで糸が絡んで同じところを行ったり来たりするだけで、どんどん垢のようなものが膨らむだけで息苦しい。視野が狭くなるばかり。

気づくと解決策も思い浮かばないくらいいっぱいいっぱいになってて、いつもと同じパターンで爆発してしまう。私ってなんて進歩しない人間なのだろうと、毎回思う。


育児は息子と向き合っているようでいて、実は自分と向き合っている。息がつまるのは当たり前だ。

自分が変わろうとしなければ、いつも同じところで泣くことになる。




本を読んで視野を広げ

外へ出て深呼吸して歩こう。



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息子の記念樹、紫陽花

ベランダでも育てやすいとあったので選びました。

今年、早速咲いてくれるかなぁ?

2017-04-05

この世の終わり

違うんです。


私自身の思考のことではなくて、息子のことです。

外に出ると「大人しい」と言われることの多い息子ですが、最近、後追いと母好きと抱っこ要求が激化していて、トイレに姿を消しただけでこの世の終わりかって泣き方されるんで参ってます。機嫌の良くないときは、2メートル離れるだけで泣きます。否、抱っこやめようとするだけでも泣きます。主人が代わりに抱っこしてくれようとしますが、父さんでは駄目な時もあります。「母さーん!!」みたいな感じで主人の腕の中でギャン泣き。これを“この世の終わり泣き”と言ってます。




大きな声が出るようになったなぁ。

今朝は上の歯が生えてきてたなぁ。

ハイハイはスピードアップしてるし、つかまり立ちも慣れたもんだねぇ。




ただ後追いと抱っこ、ちょーっと困るんですよねぇ。。。

最低限の家事くらいしないとだし用事済ませたいし台所にも立ちたい、仕方ないのでオンブしたりスリング抱っこしたり、わたし一体、1日何時間息子と密着してるんでしょう。8キロ超えてきた彼を1日何時間も抱えて過ごすのは中々疲れます。

万歩計のように、抱っこしてた時間を自動記録してくれるアプリがあったら絶対使います。自分の頑張りを可視化して、今日もよく抱っこしたなぁ〜、って思えたらいいのに。



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今日も勉強熱心ですね。

(部屋グチャグチャですねwww)



日々成長してるのを見ていると飽きません。ただ育児って終わりも答えも見つからないから、時にネガティヴになります。



私の場合、ここ1ヶ月くらい、夜間授乳が頻回なのと夜泣きがあり、一晩で五回くらい起こされてるかな〜、三時間以上連続して寝られたのいつだったか覚えてないくらいなので、キーッてなりやすくなってるのもありますが…

仕事みたいに、ここまで片付ければ終わり、という線引きは無いし、成績良かったからボーナス、みたいな報酬無いし、ただただ障害物満載の曲がりくねった道が、先の見えないほど遠くまで続いてる感覚に陥る時があります。



何言ってんだ、子供の笑顔こそが報酬だろう、なんて声も聞こえそうですが、それも事実だとは思いますが、そういう事じゃなくてですね。

(じゃあ取引先の美女に笑顔が報酬ねって言われてそれだけで仕事続けられますか。)



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毎日毎日の生活を繰り返しながら、私は何ができているのだろうか?と、なんとも言えぬ虚無感に悩まされる時があるんです。

部屋は片付けても片付けても散らかるし、ご飯は作っても作っても無くなるし…、そりゃそうだって感じですが、この毎日で、自分は成長できてるのかな?息子には何か与えられているのかな?と、見えないところでの葛藤みたいなのがあって…。



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でも、先々、ずーっと歳を取っても、子は子のままで、自分が50になっても60になっても、私の育児あれで良かったのかしらね〜と、思い返し続けるんだろうなと想像すると、果てのない旅の途中、それも本当にまだ最初の峠越えしてるだけなんですよね。

それ考えると、今は、もう本当に“今”しかないから、楽しみたいと思っているんですよ、心底ね。




“この世の終わり泣き”もきっと今だけだよねぇ。




でもね〜楽しむにも心の余裕が必要なんですよ〜


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春眠暁を覚え…ないくらい寝たい

2017-03-29

自分の感覚で生きるということ

最近、「ときをためる暮らし」という本を読みました。言葉の一つ一つに宿る、考え方とか、感覚に引きこまれて、一気に夢中になりました。

と言っても津端さんというご夫妻が普段どんな考えでどうやって暮らしているか、お二人の日々がひたすら綴られているだけなので…人によっては退屈な内容なのかも知れないのですが、わたしは好き。

良いなと思ったのは、自分に備わった感覚で物事を判断するという姿勢と、自分たちの暮らしはなんでも自分達でやろうと決めているところ。

同感する部分が沢山ありました。



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(あ、先日はよもぎ摘んで、草餅作りました。今年のはイマイチ上手にできませんでしたが…)




津端さんの暮らしは、飾り気のないものなのだけど、豊かで心地良さそうです。人に与えられた暮らしではなくて、自分たちで選んで作り上げている感じがとてもいい。



今って、自分のことでさえも自分で決められない、流されやすい人たちが多いような気がしてます。



テレビや新聞やネットで、あれが健康にいいと言われればあっちへ走り、これが効くとなればこっちへ走り、情報と追いかけっこしている人は珍しくないです…。

私はそういうの、“滑稽だなぁ”と眺めてます。

興味があればほとぼりが冷めた頃、そういえば話題だったアレって本当のところどうなんだろ?って、ノソノソ見に行ってみたりして。




流れに乗るのって、疲れます。

次々とすぐに切り替わっちゃうし。

用意されたマニュアルに従うとか、その辺に転がってる情報を鵜呑みすれば、なにも考えなくて済むから楽かも知れないけれど、それで良いのかな?って思います。

誰かの考えに従って歩を進めていると、自分の意思とは関係なく右へ左への混乱を起こして、振り回されかねないですから…。


私は自分が納得したものに囲まれて暮らしたいので、津端さんの凜とした考え方に憧れます。

人に勧められたものがあっても、自分で良いと思っていないと、結局は生活に馴染まないです。というか、暮らしてるうちに淘汰されます。



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妊娠時もそうだったけれど、育児をしていると、とにかく情報って溢れまくっていて、お母さんならこれすべきだとか、離乳食はこうあるべきとか、シツケはキョーイクはタベモノはアソビはと、本当うるさいほどに、あちこち所狭しと色んな事が書いてあります。

でも、「絶対」だと言い切れることって、世の中そんなに多くないと思います。

昔は常識とされていたことでも、ある時「間違っていたから」と禁止になることだってあり得るんです。何もかもを100%信じてしまうのって、危険じゃないのかな。


私は、いろんな考え方に触れたとき、参考にはしますが、全肯定はしないようにしてます。どこかに少しだけ疑いの目を残しておきます。

その代わり、全否定もしません。

いずれにしても、思考って何かに偏れば、全体を見失ってしまうと思うので、気をつけてます。



たとえば選択した意見が少数派でも、自分の感覚で決めた答えに納得していて満たされていれば、周りがどうであれ、それで良いじゃないって思います。

自分で決めるってそういうことだなと。


大事なのは、自分がどうしたいかってこと。




それで、とりあえず

私はいつか、

キッチンガーデンのある家に住みたいです。

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私の周りには柔軟な考えを持ったサバサバ系ママ友さん達が多くて、みんな「ウチはウチ」という感じでしっかり自分の感覚を持っているので、いろんな考えに触れられて心地よく、面白いです。

(そもそも人付き合い下手な私に“ママ友”ができたのは、人に恵まれたからでしょうね)

(妊娠する前は勝手に、ママ友の付合いってもっとネチネチしてるんかと思ってました)




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最近少しずつ、たま〜に、絵も描いてます。

2017-02-04

一人の時間

息子を主人に預けて、美術館へ行ってきました。

授乳をしてから、次の授乳までのタイムリミット四〜五時間。

都内まで、片道大体一時間。

途中で地震でもあって私が帰れなくなったりしたら息子にはお粥あげてくださいと言い残し、小走りで駅へ。


あー、

なんて身が軽いんだろう。

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その数日前に、いっぱいいっぱいになる出来事があって、「一人になりたい」と主人に泣きついて、今日を育児お休みの日にしてもらったのでした。


やりたいと思ったことを、やりたいタイミングで最後の仕上げまで出来る、って当たり前のことが、息子と二人きりの生活の中ではかなり困難。

ミシンに向かったり、台所に立ったり、お出かけして、気分転換を図ってみても、その間ずっと24時間営業で息子の子守は続いているわけで、やっぱり限界があって、

息子の笑顔を見ながら「仕方ないなー」なんて思っていても、段々と降り積もった何かが私の呼吸を荒くし、心から余裕を奪っているのが分かりました。



私のグダグタっぷりを見て主人が、“一人で”出かけてきていいよ、と言ってくれたので、一時間圏内の美術館を検索。

マリメッコ展いいなーと開催前からずっと気になっていたのだけど、いざとなると静謐な日本画が見たくて、山種美術館へ。


心が洗われるって表現が、ぴったりでした。

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今のように核家族が普通になる前の時代には、身近に親族がいて、子が泣けば複数の大人が「どうしたの?」と顔を見にくるとか、疲れたら預けられるような環境があったのかもしれません。

典型的な核家族の我が家、基本的に昼間は息子対、私一人。

もー無理。って途方に暮れる度に、自分の親はどんな思いで育ててくれたんだろうと、思いを馳せてます。



「一人になりたい」って思ってしまう私はダメな親だろうか、とも思ったのだけど、むしろ気分の切り替えができず、晴れないモヤモヤを息子や主人にぶつけてしまうくらいなら、家庭環境のためにも私が心を浄化したほうが良かろうと考え直して、家をあとにしました。



好きな服着て、アクセサリーつけてオシャレして、電車乗って、美術館行って、散歩して、ランチして、


なんて素晴らしい日。

独立記念日


家で主人と息子が待っていてくれるからこそ楽しめる、“一人の”時間でした。




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(電車止まっちゃったりしたらどうしよう?とか、ドキドキしましたけどね)


子育て、親育ち。

身近な人の理解と協力が不可欠です。