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弁護士中山知行:神奈川県横浜市泉区在住 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-07-25 7月25日から7月30日まで米国出張です。 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

7月25日から7月30日まで米国出張です。

弁護士中山知行

nakayamatomoyuki@gmail.com

2016-07-21 上告(受理)理由,経験則違反,釈明義務違反,審理不尽等 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

上告理由書

民事訴訟法上,上告理由を記載した書面。上告人が上告状に上告理由を記載しないときは,上告提起通知書の送達を受けた日から50日以内に上告理由書を提出しなければならない〔民訴315<1>,民訴規194〕。この期間内に提出しないか,又は所定の方式で記載されていないときは,原裁判所は決定で上告を却下する〔民訴316<1>〔2〕〕。

刑事訴訟法上は,上告趣意書という。

[株式会社有斐閣 法律学小辞典第4版補訂版]


上告理由

民事訴訟法 

1 意義 上告が認められるための不服の理由。上告審法律審であることから,憲法違反重要手続違反を内容とする絶対的上告理由,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反に限られる〔民訴312〕。ただし,法令違反は最高裁判所に対する上告理由にならず,法令解釈に関する重要な事項を含む場合に限って,上告受理申立て事由になる〔民訴318<1>〕。

2 法令違反の範囲 法令とは,裁判所が遵守適用すべきすべての法規を指す。経験(法)則は法令ではないが,その適用が著しく不当である場合には違法事実認定として上告理由になる。法令違反には,法令の効力・内容を誤解する場合(法令解釈の誤り)のほか,具体的な事実が法規の構成要件に該当するか否かの評価を誤る場合(法令適用の誤り)がある。

刑事訴訟法 

1 上告申立理由 権利としての上告申立てが認められるのは,原判決に, イ 憲法違反若しくは憲法解釈の誤り又は, ロ 最高裁判所,大審院若しくは高等裁判所判例への違反,がある場合に限られる〔刑訴405〕。これらの上告理由は,憲法問題についての終審裁判所としての最高裁判所の役割と法令解釈の統一性とを考慮して定められている。ただし,法定の上告理由が存在しても,それが判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合,又は判例を変更すべき場合には,破棄の理由にならない〔刑訴410〕。

2 職権破棄理由 刑事訴訟法405条の上告理由がない場合でも,最高裁判所は,法令の解釈に関する重要な事項を含む事件を上告審として受理することができる〔刑訴406〕。また,上告事件について法定の上告理由がない場合でも,原判決に法令違反,重大な事実誤認,甚だしい量刑不当などがあって,そのまま維持することが著しく正義に反するときは,職権で原判決を破棄することができる〔刑訴411〕。

[株式会社有斐閣 法律学小辞典第4版補訂版]



上告受理申立て

民事訴訟法上,最高裁判所が,当事者の申立てにより,原判決に最高裁判所の判例等と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる事件について,決定で上告審として事件を受理することができるとする制度〔民訴318,民訴規199〜201〕。旧民事訴訟法の下で,最高裁判所において上告事件数の増加による負担過重の状況が存在し,加えて上告理由としての法令違反が実質的には原審の事実認定に対する不服を内容とする形で用いられていたという認識を背景として,現行民事訴訟法は,最高裁判所への上告理由を,憲法違反と絶対的上告理由に限定し〔民訴312〕,かつ,法令違反については,上告受理申立ての制度を新設した。

刑事訴訟では,法定の上告理由がない場合に,法令の解釈に関する重要な事項について最高裁判所が上告審として事件を受理して審判するように求める申立て〔刑訴406〕。アメリカのサーシオレーライ(certiorari)(裁量による上訴)の制度に倣い,重要な法律解釈問題についての判例形成意味のある制度と考えられた。しかし,実際には刑事訴訟法411条による職権破棄を期待する上告が多く行われるようになったため,あまり用いられていない。

[株式会社有斐閣 法律学小辞典第4版補訂版]


上告の制限

最高裁判所は,法令審査権を有する終審裁判所〔憲81〕として,法令の解釈適用を統一する機能果たしている。この機能を十分に果たさせるためには,多数の事件によって最高裁判所に過重な負担がかかることのないよう,上告の対象となる事件を重要なものに限定することが望ましい。民事訴訟法においては,最高裁判所への上告理由を憲法違反〔民訴312<1>〕及び重大な手続違反(絶対的上告理由)〔民訴312<2>〕に限定し,原判決に影響を及ぼすことが明白な法令違反は,それが法令の解釈に関する重要な事項を含む場合に限り,上告受理申立て〔民訴318<1>〕の理由とすることによって,上告を制限している。

[株式会社有斐閣 法律学小辞典第4版補訂版]


判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反

例えば

最高裁判所第二小法廷判決平成26年2月14日

第一事件につき第一審の訴訟手続には違法があるとし、また、第二事件につき本案の審理をせず第一事件と整合的・統一的に解決すべきであるとして、第一審判決を取り消した原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして、本件については、本案の審理をさせるため、原審に差し戻すのが相当である。

最高裁判所第二小法廷決定平成24年2月29日

原審は,本件株式移転により企業価値が増加することを前提としながら,以上と異なり,本件株式移転比率は企業価値の増加を適切に反映したものではなく,公正なものではないとして,本件株式移転の内容が公表された平成20年11月18日より前の1か月間の市場株価終値を参照して「公正な価格」を算定した点において,その判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。各抗告人の論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

以上によれば,原決定は破棄を免れない。そこで,以上の見地に立って,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

最高裁判所第一小法廷判決平成28年4月21日

しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

未決勾留は,刑訴法規定に基づき,逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として,被疑者又は被告人の居住を刑事施設内に限定するものであって,このような未決勾留による拘禁関係は,勾留の裁判に基づき被勾留者の意思にかかわらず形成され,法令等の規定に従って規律されるものである。そうすると,未決勾留による拘禁関係は,当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上の安全配慮義務を負うべき特別社会的接触の関係とはいえない。したがって,国は,拘置所に収容された被勾留者に対して,その不履行が損害賠償責任を生じさせることとなる信義則上の安全配慮義務を負わないというべきである(なお,事実関係次第では,国が当該被勾留者に対して国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う場合があり得ることは別論である。)。

これと異なる原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。

最高裁判所第一小法廷判決平成28年3月31日

これを本件についてみるに,前記事実関係等によれば,上告人につき宅建業の免許有効期間が満了し本件保証金の取戻事由が発生したのは平成10年4月1日であるところ,その後上告人は取戻公告をしていないため,本件取戻請求権消滅時効は同日から10年を経過した時から進行し,本件保証金の取戻請求がされたのはその約5年6か月後である同25年9月20日であるから,本件取戻請求権の消滅時効が完成していないことは明らかである。

以上と異なる見解の下に,本件却下決定の取消請求を棄却すべきものとし,本件保証金の払渡認可決定の義務付けの訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は以上と同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,本件却下決定は取り消されるべきものであり,上記義務付けの訴えは適法であって,東京法務局供託官が本件保証金の払渡認可決定をすべきであることも明らかであり,上告人の請求はいずれも理由があるから,上記取消請求を棄却し上記義務付けの訴えを却下した第1審判決を取り消した上,その請求をいずれも認容することとする。




以下,審理不尽・釈明義務違反・経験則違反・原判決を破棄しなければ著しく正義に反する場合等について,判例をあげますが,これらは,ダブって指摘されることが多く,必ずしも,きちんとした定義があるかどうか疑問ですし,あったとしてもその定義通り使用されているとは言えません。


審理不尽

例えば

最高裁判所第三小法廷判決平成28年3月18日

自動車運転過失致死の公訴事実について防犯カメラ映像と整合しない走行態様を前提に被告人を有罪とした原判決に,審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあるとされた事例

最高裁判所第三小法廷判決平成22年4月27日

殺人,現住建造物放火の公訴事実について間接事実を総合して被告人を有罪とした第1審判決及びその事実認定を是認した原判決に,審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあるとされた事例

殺人,現住建造物等放火の公訴事実について,間接事実を総合して被告人が犯人であるとした第1審判決及びその事実認定を是認した原判決は,認定された間接事実中に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているとは認められないなど,間接事実に関する審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあり,刑訴法411条1号,3号により破棄を免れない。

審理不尽

民事訴訟法上,上告理由の1つとして大審院時代から常用されてきた用語。裁判所が十分に証拠調べを行わず又は釈明権の行使が十分でないなど,事実認定の手続を十分に尽くさない違法。理由不備・理由の食違い,法令の解釈適用の誤り,釈明義務違反と選択的又は重畳的に用いられることが多い。内容があいまいで明文の規定もないことから,多くの学説独立の上告理由とすることに消極的だが,破棄事由として肯定する有力説もある。

刑事訴訟法上も,裁判所が訴因変更を促すべき場合にしなかったとき〔刑訴312<2>〕,職権証拠調べを行うべき場合にしなかったとき〔刑訴298<2>〕,釈明義務を行使すべき場合にしなかったとき〔刑訴規208〕などに,審理不尽が認められる。厳密にいえば,審理不尽は独立の控訴理由ではなく,訴訟手続の法令違反あるいは事実誤認の1つの場合である。

[株式会社有斐閣 法律学小辞典第4版補訂版]

参考文献 https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/1821/1/A03890546-00-039020069.pdf


釈明義務違反

例えば,

最高裁判所大法廷判決平成22年1月20日

市が連合町内会に対し市有地無償神社施設の敷地としての利用に供している行為が憲法の定める政教分離原則に違反し,市長において同施設の撤去及び土地明渡しを請求しないことが違法に財産管理を怠るものであるとして,市の住民が怠る事実の違法確認を求めている住民訴訟において,上記行為が違憲と判断される場合に,その違憲性を解消するための他の合理的で現実的な手段が存在するか否かについて審理判断せず,当事者に対し釈明権を行使しないまま,上記怠る事実を違法とした原審の判断に違法があるとされた事例

最高裁判所第一小法廷判決平成17年7月14日

債権差押えに基づき第三債務者として弁済した旨の抗弁に係る主張の補正及び立証について釈明権の行使を怠った違法があるとされた事例

元本債権及びこれに対する遅延損害金債権の支払請求に対する抗弁として,被告が,いずれの債権についても同時に原告に対する滞納処分としての差押えがされその全額を支払ったと主張する一方,遅延損害金債権のみが差押債権として記載された債権差押通知書並びに差押債権受入金として上記各債権の全額を領収した旨の記載がある領収証書を書証として提出していることから,同通知書につき上記各債権が同時に差し押さえられた旨の記載があるものと誤解していたことが明らかであるという事情の下においては,裁判所が,被告は上記差押えに基づき各債権の全額を支払ったと認定しながら,元本債権に対する差押えについての主張の補正及び立証をするかどうかについて釈明権を行使することなく,同差押えの事実を認めることができないとし,元本債権に対する弁済の主張を排斥したことには,釈明権の行使を怠った違法がある。

最高裁判所第一小法廷判決平成22年12月16日

本件訴訟における被上告人X1の主張立証にかんがみると,被上告人X1の反訴請求は,これを合理的に解釈すれば,その反訴請求の趣旨の記載にかかわらず,予備的に,本件土地について本件贈与を原因とする上告人からAに対する上告人持分全部移転登記手続を求める趣旨を含むものであると理解する余地があり,そのような趣旨の請求であれば,前記事実関係等の下では,特段の事情のない限り,これを認容すべきものである。そうであれば,被上告人X1の反訴請求については,事実審において,適切に釈明権を行使するなどして,これが上記の趣旨の請求を含むものであるのか否かにつき明らかにした上,これが上記の趣旨の請求を含むものであるときは,その当否について審理判断すべきものと解される。したがって,上記の観点から,反訴請求につき,更に審理を尽くさせるため,原判決中,反訴請求に関する部分を原審に差し戻すこととする。


釈明権

民事訴訟法上,当事者の訴訟行為の趣旨・内容を明確にするため,事実上及び法律上の事項に関し,当事者の陳述の不明確又は不完全な点を指摘して,訂正・補充の機会を与え,また証明の不十分な点を指摘してさらなる立証を促す裁判所の権能。民事訴訟では弁論主義が妥当し,証拠資料・訴訟資料の提出は当事者の責任に任されるが,当事者間には事実上訴訟追行能力に較差のあること及び裁判所の法的見解や心証の程度に応じて必要な主張・立証が異なってくることにかんがみ,裁判所による較差是正情報供与の措置として釈明権が認められる。したがって,釈明権の行使は同時に裁判官の職責でもあり,釈明義務といわれる。釈明権は裁判長が裁判所を代表して行使するが〔民訴149<1>〕,陪席裁判官も裁判長に告げて行使できるし〔民訴149<2>〕,当事者も裁判長に発問を求めることが許される(求問権)〔民訴149<3>〕。口頭弁論 期日外の釈明も可能であるが,この場合はその内容を相手方に通知する必要のある場合がある〔民訴149<4>〕。また,本人出頭命令や準当事者の陳述,検証・鑑定命令などの釈明処分〔民訴151〕も認められている。

刑事訴訟においても,裁判長又は陪席裁判官は当事者に釈明を求め,又は立証を促すことができ,当事者は裁判長に発問を求めることができる〔刑訴規208〕。しかし,現行刑事訴訟法は当事者主義を基本とするので,釈明権の行使は必ずしも裁判所の義務ではない。他方で,民事訴訟におけるような弁論主義が支配せず,職権証拠調べ〔刑訴298<2>〕や訴因変更の命令〔刑訴312<2>〕が認められているので,一般的な釈明権の重要性はその分だけ低い。

行政事件訴訟の裁判官は,取消訴訟等において,職権により,一定の釈明処分をすることができる〔行訴23の2・38<3>・41<1>・45<4>・43<1><3>〕。平成16年行政事件訴訟法改正(法84)が,訴訟審理の充実・促進を目的として制度化した。審査請求等の不服申立てがされていない場合に処分の違法性等が争われた場合,裁判官は,処分の内容・根拠条文・原因事実その他当該処分の理由を明らかにする資料につき,イそれらの提出を処分庁に求めること〔行訴23の2<1>〔1〕〕,及び,それら資料を処分庁以外の行政庁が保有している場合に,当該行政庁にそれらの送付を嘱託すること〔行訴23の2<1>〔2〕〕ができる。審査請求等の不服申立てに対する裁決を経た後に原処分の違法等が争われた場合は,さらに,ロ当該審査請求に係る事件記録の提出を原処分庁に求めること〔行訴23の2<2>〔1〕〕,原処分庁以外の行政庁がそれら事件記録を保有している場合,当該行政庁にそれらの送付を嘱託すること〔行訴23の2<2>〔2〕〕ができる。イの釈明は,訴訟関係を明瞭にするために必要があると認めるときに限られるが,ロにはそのような限定がない。裁決の違法等が争われた場合,当該審査請求の事件記録はロの,それ以外の資料はイの手続による。

[株式会社有斐閣 法律学小辞典第4版補訂版]



経験則違反

例えば

最高裁判所第三小法廷判決平成19年4月3日

精神科病院入院中の患者が消化管出血による吐血嘔吐の際に吐物を誤嚥して窒息死した場合において,当該患者が,上記吐血,嘔吐の約1時間20分前の時点で,発熱,脈微弱,酸素飽和度の低下,唇色不良といった呼吸不全の症状を呈していたとしても,(1)上記の時点で,当該患者に頻脈及び急激な血圧低下は見られず,酸素吸入等が行われた後は当該患者に口唇及び爪のチアノーゼや四肢冷感はなく,体動も見られたこと,(2)上記の時点で,当該患者に循環血液量減少性ショックの原因になるような多量の消化管出血を疑わせる症状があったとはうかがわれないこと,(3)病理解剖の結果に照らせば当該患者が感染性ショックに陥っていたとも考え難いことなど判示の事実関係の下では,当該患者の意識レベルを含む全身状態等について確定することなく,上記の時点で当該患者がショックに陥り自ら気道を確保することができない状態にあったとして,このことを前提に,担当医に転送義務又は気道確保義務に違反した過失があるとした原審の判断には,経験則に反する違法がある。

最高裁判所第一小法廷判決平成24年2月13日

刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。したがって,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。

以上に説示したとおり,原判決は,間接事実が被告人の違法薬物の認識を推認するに足りず,被告人の弁解が排斥できないとして被告人を無罪とした第1審判決について,論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。そうすると,第1審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

最高裁判所第一小法廷判決平成26年1月16日

以上説示したところによれば,A巡査の本件発砲の状況に関する供述は,これに整合する客観的な証拠により裏付けられている一方で,その内容はおおむね一貫しており相応の合理性を有する上,記録上これに反する証拠はない。それにもかかわらず,証拠上認め難い事実を前提に,推測を交えてA巡査の供述を排斥し,本件発砲の直前,Bが宝珠を右手に持ち替え,1mもない至近距離まで一気に間合いを詰めてA巡査の頭を目掛けて宝珠を振り下ろそうとしたとは認められないとしてA巡査の行為を違法であるとした原審の認定判断には,経験則ないし採証法則に反する違法があるといわざるを得ない。

以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところに従い,更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

経験則

経験から帰納された事物に関する知識や法則。実験則ともいう。我々は,四季の推移について,自動車の運転について,物価の高低について,人間の老化について,その他百般の事象について大量の経験的知識をもっており,これをよりどころにして物事を判断している。この経験的知識から個人差を除去して一般化したものが経験則である。訴訟手続における事実(の)認定は,証拠により〔刑訴317〕,証拠の評価は裁判官の自由な判断に任されるのである〔刑訴318,民訴247〕が,「自由」といってもそれは経験則に従ったものでなければならず,経験則に違反した判断は,上訴審で破棄理由となる。また,経験則の認定や適用の誤りは,上告理由となることがある。経験則には,日常生活常識的思惟法則から科学上の極めて専門的な知識・法則に至るまでのものがあるが,専門的な経験則のときは鑑定でそれを確かめる必要がある。また,経験則は事実ではないから,自白の対象にならない。

[株式会社有斐閣 法律学小辞典第4版補訂版]


原判決を破棄しなければ著しく正義に反する場合(刑事

例えば

最高裁判所第三小法廷判決平成28年3月18日

以上のとおり,原判決には,前記の争点を判断する前提となる被告人車の走行態様に関し,本件防犯カメラの映像内容及び相反する2つの証言の存在を踏まえた審理を十分に尽くさなかった結果,事実を誤認した疑いがある。以上に指摘した点からすると,所論が本件防犯カメラの映像上認められるとするA車の右側を追い越した乗用車が,被告人車である可能性があることも念頭に置いて本件防犯カメラの映像を精査し,被告人車の走行態様を明らかにした上で,その走行態様を前提として,被告人の過失の有無等につき当事者双方の主張立証を尽くさせる必要があるというべきであるが,現状ではこれらの審理が尽くされているとは認められない。これらが被告人の有罪無罪の判断に直結し,原判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって,刑訴法411条1号,3号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,被告人車の走行態様及びこれを前提とした過失の有無等に関し,更に必要な審理を尽くさせるため,本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

最高裁判所第二小法廷判決平成24年4月2日

以上によれば,被告人保管書類の中の重要な経理関係書類の原本性を否定し,これらの書類をBらが廃棄して隠滅したと認定した原判決は,判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認をした疑いが顕著であり,これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。なお,本件証拠隠滅教唆の罪は,詐欺補助金適正化法違反の各罪と刑法45条前段の併合罪の関係にあるとして有罪の判断がされ,判決がされたものであるから,上記違法は,原判決の全部に影響を及ぼすものである。

結論

よって,刑訴法411条3号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,本件を大阪高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


破棄判決

刑事訴訟法 

1 意義 控訴審又は上告審が,上訴申立てに理由があると認めて原判決を破棄する判決。

2 種類  イ 破棄自判:破棄してさらに自ら事件について結論を出す判決をする場合をいう。改めて下級審での審判をやり直す必要がないほどに,上訴裁判所の判断が熟している場合に行われる〔刑訴400・413〕。 ロ 破棄差戻し:破棄して,さらに審判させるため原裁判所へ差し戻すことをいう。破棄自判ができるほど,原審の審理が十分ではない場合〔刑訴400・413〕とか,控訴審では第一審が不法に管轄を認めなかったときなどに行われる〔刑訴398〕。 ハ 破棄移送:破棄して,事件を原裁判所以外の裁判所へ直接移送することをいう。破棄差戻しに代えて移送する場合〔刑訴400・413〕のほか,控訴審では第一審が不法に管轄を認めたときに行われる〔刑訴399。なお,刑訴412〕。破棄差戻し又は移送を受けた下級審の裁判所は,破棄判決の判断に拘束される〔裁4〕。

民事訴訟では,上告審が上告を理由があると認めて原判決を破棄する判決。刑事訴訟と同じく,破棄差戻し〔民訴325〕・破棄移送〔民訴325〕・破棄自判〔民訴326〕の3種がある。

[株式会社有斐閣 法律学小辞典第4版補訂版]

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弁護士中山知行 

2016-07-19 ハワイでの夫婦の joint account 預金 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

ハワイの joint account は, joint tenancy だから,配偶者が死亡したら,自動的に他の配偶者に帰属し,遺産からはずれます。カリフォルニア州の Community Property も同様です。

Aは,平成20年に公正証書遺言により不動産を妻Yに相続させるほか,預金及び金融資産遺言執行者Yが換価・換金の上,AとAの先妻の間の子Xに10分の6,Yに10分の4を相続させる旨遺言した。相続税の申告後,財産目録に計上されていなかったバンク・オブ・ハワイにおけるA・Y名義の本件預金3895万円余などを遺産に追加する旨の相続税の修正申告がされた。本件預金は,ハワイ州法となっている統一遺産管理法典(Uniform Probate Code)上のジョイントアカウント(joint account)であり,共同名義人の死亡により残額は当然に生存名義人に移転し,遺産管理の対象とならない財産(nonprobate asset)とされている。

XはYに対し,上記遺言に基づき,本件預金の10分の6である約2337万円の支払を求めて提訴した。Xは,主位的に本件預金の相続上の扱いについては日本法適用され,ジョイント・アカウントは預金の死因贈与に当たると解されるが,後からの遺言により先にされた死因贈与が撤回されたと主張し,予備的にウィスコンシン州判例を参照すれば,Yは遺言執行者として遺産の一部を配分することにより本件預金を遺産管理手続外で受領する権利放棄したことになると主張した。これに対しYは,ハワイ州法によれば,ジョイント・アカウントによる預金債権は,名義人が死亡すると当然に生存名義人に帰属して相続財産構成せず,遺言で変更することができないとされているから,本件預金は相続の対象財産でないと反論した。判例タイムズ1415号283頁


東京地方裁判所判決平成26年7月8日

夫婦がハワイ州で開設したジョイント・アカウント預金は夫の死亡による相続財産に該当しないとされた事例

事案の概要

被相続人が金融資産等について子である原告に10分の6,妻である被告に10分の4を相続させる旨の遺言をしていたところ,バンク・オブ・ハワイの預金が相続財産であり,遺言で定めた金融資産等に当たるとして,原告が,被告に対し,その10分の6の支払を求めたのに対し,被告が,上記預金はジョイント・アカウント(共同名義口座)であり,相続財産を構成しないと主張して争った事案であり,上記預金が相続財産を構成する財産にあたるか否かが主たる争点である。

裁判所判断

 1 本件預金が,亡A及び被告がバンク・オブ・ハワイとの本件預金契約により開設したジョイント・アカウントであることは前提となる事実記載のとおりであるところ,まず,本件預金が亡Aの相続財産となるかについて検討する。

  (1) 亡Aの相続については,通則法36条により亡Aの本国法である日本法が準拠法となるから,どのような財産が亡Aの相続財産となるかについては相続準拠法である日本法によって定められる。他方,ある財産ないし権利が相続財産となるためには,相続の客体性,被相続性を有することが必要であるところ,相続の客体となり得るか否かは当該財産ないし権利の属性問題であって,当該財産ないし権利に内在するものというべきであるから,法律行為の成立及び効力の問題として,通則法7条及び8条が定める準拠法によって判断されることになる。

    そして,バンク・オブ・ハワイとの本件預金契約では,預金口座は,預金口座が所在する地の法律により規律されるとの定めがあるから,本件預金に適用される個別準拠法はハワイ州法である。

    以上のとおり,本件預金が相続の客体となり得るか否かは,ハワイ州法によって判断すべきであり,相続の客体となり得ない場合には,本件預金が亡Aの相続財産を構成することはないものというべきである。

  (2) 本件預金はジョイント・アカウントとして,亡A及び被告が合有により所有していたものであり,日本法には同様の預金契約ないし共同名義人が合有により所有する預金債権はそもそも法制度として存在していないことから,本件預金が相続の客体となり得るか否かを判断するについては,ハワイ州法において,ジョイント・アカウントをどのような制度としてハワイ州法の法秩序全体が構成されているかに配慮しつつ検討すべきである。

   ア そこで,バンク・オブ・ハワイとの本件預金契約では,預金口座が二人以上の名前によって保有されている場合は,預金口座は,ジョイント・テナント(合有所有者)としての名義人に帰属しており,所有者のいずれかが死亡した場合には,死亡した所有者の持分は自動的に生存所有者に移転するとされ,預金口座が所在する地の法律により規律されると定められている。

     また,ハワイ州が採用している統一遺産管理法典によると,統一遺産管理法典第560の6−103節では,ジョイント・アカウントは,全ての口座名義人が生存している間,それとは異なった意思であったことの明確で説得的な証拠がない限り,預金の合計額に対し,各々の総拠出額の割合に応じ,口座名義人に帰属するとされ,同104節では,名義人死亡時におけるジョイント・アカウントの預金残高合計は,当該口座が設定された当時,それとは異なった意思であったことの明確で説得的な証拠がない限り,故人の遺産ではなく,その生存名義人に帰属し,本項の定めによって生じる生存者権は,遺言によっても変更することはできないとされている。

   イ ハワイ州における相続手続は,統一遺産管理法典の定めによるものであり,死亡者の遺産は遺産財団(estate)となり,遺言執行者や遺産管理人によって管理され,債権を回収し,債務を弁済して,残余があれば相続人ないし受遺者に交付される。

     他方,統一遺産管理法典には,死亡を原因とする財産移転の制度として,ジョイント・テナンシー(合有)と呼ばれる形態で財産が保有されている場合の財産移転が定められており,不動産や有価証券,預金口座について,共同名義人の一人が死亡した場合には,死亡名義人が有していた財産の全てを生存名義人が絶対的,自動的に所有することになるのであり,その財産移転は相続ではなく,生存名義人が取得する権利(生存者権)は遺言によって変更することはできず,相続の対象ともならないから,上記の相続手続において管理承継されることはないとされている。

   ウ 上記のとおり,ハワイ州法は,相続手続のほかに,死亡を原因とする財産移転の制度としてジョイント・テナンシー(合有)の概念を持っているのであり,ジョイント・アカウントを含め,ジョイント・テナンシーにより財産を保有する場合に,単に二人以上の名前で保有することで足り,共同名義人の資格親族関係等の要件を必要としていないこと,共同名義人の一人の死亡により,生存名義人が自動的に死亡名義人の財産を所有するとされ,死亡名義人の遺産を構成しないことが明示されている上,遺言によって生存者権を変更することができないとされていることからは,ジョイント・アカウントの死亡名義人の財産は,少なくとも死亡時においては,制度として定められた生存名義人が所有するという以外の財産の移転を予定していないものといえるのであり,他への一般的な移転可能性はないものと解されるから,ジョイント・アカウントは,共同名義人の死亡時においては,相続により移転することができず,他への一般的な移転可能性もない財産としてハワイ州法が定めているものと認めるのが相当である。

     したがって,ジョイント・アカウントは,個別準拠法上,相続の客体とならないものとして,法秩序に組み込まれた制度であるというべきであり,本件預金は相続の客体とはなり得ないから,亡Aの相続財産を構成しないものと解される。

   エ なお,被告が,本件預金を取得したことについて,相続税の修正申告をしていることは前提となる事実に記載のとおりである。

     ハワイ州法において,相続のほかに,ジョイント・テナンシー(合有)で保有されていた死亡名義人の財産を生存名義人が取得する制度が,死亡を原因とする財産移転の制度の一つとして定められているのであり,死亡を原因とする財産移転であるという性質をとらえて,日本において,課税上,死因贈与(遺贈)による取得であると評価する(乙7,23)ことはあり得るとしても,そのことと,ジョイント・アカウントの死亡者の財産が相続の対象となるか否かとは別個の問題であって,被告が修正申告したこと,あるいは,課税上,死因贈与(遺贈)による取得であると評価されることは上記認定を左右するものではない。

     また,日本法において,相続人固有の財産とされ,相続の対象ではないとされている生命保険金や死亡退職金等について,特別受益性の判断や遺留分算定の基礎への算入の可否については,相続人固有の財産であるということとは別に検討されており,相続及び遺言については,通則法36条及び37条で被相続人及び遺言者の本国法が準拠法とされていることから,ジョイント・アカウントについても,遺産分割や遺留分算定の場面においては,生命保険金等と同様考慮されることがあり得るが,そのことから,ジョイント・アカウントが被相続人の遺産となるものでないことは,日本法における生命保険金等と同様であって,上記認定を左右するものではない。

  (3) 上記のとおり,ハワイ州法において,本件預金は相続の客体性を有しないから,亡Aの相続財産を構成せず,したがって,本件遺言の「その他の金融機関の預貯金債権」には含まれていないものというべきである。

 2 原告は,本件預金が相続財産を構成しないにもかかわらず,亡Aが本件遺言において,本件預金を除外しないまま「その他の金融機関の預貯金債権」の10分の6を原告に,10分の4を被告に相続させるとしたから,このような場合,ハワイ州法においては,ウィスコンシン州のシェック遺言事件の判決が参照され,被告が本件遺言による財産の取得か,プロベート外の財産取得かを選択すべきことになり,被告は既に本件遺言による財産の取得を選択していると主張する。

  (1) アメリカ合衆国においては,他の州の判決は法的拘束力を持たず,説得的権威を持つにすぎない上,ハワイ州は統一遺産管理法典を採用しているが,ウィスコンシン州は採用していないというのであり,原告が指摘するシェック遺言事件判決がハワイ州においても参照されるべき裁判例であるか否かは明らかではない。

    また,ウィスコンシン州最高裁判決(ジョン・アールリレー事件)は,選択すべきである場合には,遺言又は遺言補足書において表明することが要求されているとし,シェック遺言事件の判決は制定法により覆されたと判示していることから,原告が指摘するシェック遺言事件の判決は,ウィスコンシン州においても既に先例としての価値を失っている可能性が高い。

  (2) さらに,本件遺言においては,本件預金を明示してこれを相続させると遺言しているのでないことは前提となる事実に記載のとおりであるものの,亡Aがどのような預貯金債権を念頭において「その他の金融機関の預貯金債権」と記載したのかは,本件遺言の記載上明らかではない。

    しかし,亡Aが被告と共に,バンク・オブ・ハワイと本件預金契約を締結してジョイント・アカウントを開設したことからすれば,自己の死亡により本件預金の全額が被告の所有となることを認識していたものといえる。そして,それにもかかわらず,亡Aが本件預金を「その他の金融機関の預貯金債権」として原告と被告にそれぞれ所定の割合で相続させたいのであれば,遺言をしただけではハワイ州法にも本件預金契約にも抵触して実現することが不可能であったのに対し,これを実現するためには,本件預金の亡Aの拠出額に応じた割合で預金を引き出し,別途単独名義の預金口座を開設して入金するなどの措置を採った上で遺言をすればよかったのであり,このような措置を採ることは容易であって,特段の障害があったことは窺われない。

    したがって,亡Aが,このような措置を採らず,本件預金をそのまま残した上,本件遺言において「その他の金融機関の預貯金債権」を原告と被告にそれぞれ所定の割合で相続させるとしたのは,亡Aの相続財産を構成する預貯金債権について指定したものと解するのが合理的であり,あえてハワイ州法に抵触する内容の遺言をしたものと解するのは,遺言者の合理的意思に反するものというべきである。

  (3) 以上のとおり,本件遺言の「その他の金融機関の預貯金債権」には,本件預金は含まれていないものと解するのが相当であるから,ハワイ州法に抵触することを前提とする原告の主張は採用できない。

 3 本件預金は,亡Aの相続財産を構成するものではないから,原告の本訴請求理由がない。

  (1) なお,原告は,相続回復請求権及び遺言執行者の善管注意義務違反による損害賠償請求権により,被告に対し,本件預金の10分の6に相当する額の支払を求めているところ,本件預金に対する原告の相続権侵害として原告が本件訴訟において主張する被告の行為は,被告が本件預金を全部取得したとして行った相続税の修正申告のみである。そして,本件合意書により,相続税の申告はそれぞれ行うこととされていることから,原告も,本件預金を被告が全部取得したことを内容とする相続税の修正申告を行っているから,被告が上記内容の修正申告をすることについては了解していたものというべきであり,他に具体的な相続権の侵害行為がされたことの主張はされていない。

  (2) また,遺言執行者の善管注意義務違反として,原告は,本件財産目録に本件預金の記載がないことを主張するところ,仮に,本件預金が亡Aの相続財産を構成するのであれば,その記載をしなかったことは遺言執行者としての善管注意義務に反する可能性はあるものの,本件財産目録に記載しないことから直ちに本件預金の10分の6相当額の損害が原告に生じるものでないことは明らかである。

    そして,亡Aの相続について,通則法36条により日本法が相続準拠法になるから,遺言執行者の権限及び義務についても日本法により判断すべきところ,本件預金が亡Aの相続財産であるとすれば,原告は,本件遺言によりその10分の6を取得しており,遺言執行の余地はなく,遺言執行者は,金融機関に対して払戻を求める権限を有しておらず,その義務もない。本件遺言も,遺言執行者において必要に応じて換価換金することを記載しているのみであるから,被告は遺言執行者として,原告に対し,その10分の6を交付する義務を負っていないというべきである。

    仮に,本件預金について被告が遺言執行者として払戻請求すべきであると解するとしても,ハワイ州法上,遺産管理手続(プロベート)は予定されておらず,被告が本件遺言の遺言執行者として,バンク・オブ・ハワイに対して,払戻請求する手続は存在していないから,これを行わなかったとしても遺言執行者としての善管注意義務に反するとはいえない。これについて,原告は,被告が本件預金の共有名義人であり,共有名義人としての払戻請求をすることができることをもって,遺言執行者としての善管注意義務違反を主張するが,遺言執行者の善管注意義務の内容が,遺言執行者が預金の共有名義人である場合とそうでない場合とで異なると解すべき合理的な理由は見当たらず,遺言執行者の権限行使としての払戻請求ができない以上,共有名義人として預金の払戻ができるからといって,遺言執行者としての注意義務違反にあたるということはできない。

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弁護士中山知行 

2016-07-18 離婚の財産分与と住宅ローンのある不動産 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

離婚の際の財産分与で,住宅ローンの残がある場合,これをどうするか,特に決まった方法はありません。住宅ローンが夫婦連帯保証連帯債務になっている場合もありますし,オーバーローン状態の場合も多いと思われます。離婚しても,連帯債務・連帯保証は,はずれない場合が多いと思います。オーバーローン状態の不動産は財産分与の対象にならないとする場合が多いと思いますが,共有関係のまま,離婚するという解決方法もあります。


東京地方裁判所判決平成18年12月13日

原告が,夫である被告に対し,夫婦の居住するマンションの被告持分の住宅ローン繰上返済用資金等を貸し付けたとして,その返済を求めた事案について,原告と被告との間に,原告主張の金銭消費貸借契約が,成立したことを認めることはできないとして,請求棄却した事例



東京高等裁判所判決平成10年2月26日

離婚訴訟に伴う財産分与請求について、妻の不動産の共有持分権を夫に分与するとともに、不動産の取得に対する当事者双方の寄与割合、残債務の状況、夫が夫婦の連帯債務である購入資金を支払う旨(履行引受)の意思を明らかにしていることその他諸般の事情考慮して双方の負担割合を定めた上、妻から夫への不動産の共有持分権の全部移転登記手続と、夫が妻に対して負担する金員の支払とを同時履行にすべきものとした事例

財産分与の方法

本件不動産には現在控訴人が居住しており,被控訴人は同所には居住していないこと,その他控訴人は本件不動産に継続して居住するためその所有権単独で取得することを強く希望し,被控訴人はその所有権にはこだわらずむしろその代償として金銭の給付を求めている等の当事者双方の意見等を総合して考えると,本件不動産については,その被控訴人の持分を控訴人に分与して,これを全部控訴人に取得させることとし,これに対して控訴人から被控訴人に一定額の金銭を支払うべきものとする等して双方の利害を調整するのが一応相当であると考えられるところ,前記のとおりの本件不動産の取得に対する当事者双方の寄与の割合,残債務の状況,本件不動産の時価は前記のとおり3500万円程度と認められるが,本件不動産取得のために控訴人及び被控訴人が借り入れた前記認定の債務の残元金の合計額1030万7802円を控除した金額は2469万2198円であり,その6割である1481万5318円(1円未満切捨て。)に,被控訴人名義で○○組合から借り受けた債務の残元金84万5178円を加算した金額は1566万0496円となること,なお,前記○○公庫から借り受けた債務は控訴人と被控訴人の連帯債務となっているが,その残債務については,控訴人は財産分与の結果本件不動産を全部取得することが認められたときは,全部自己の負担において支払う意思を明らかにしていること,その他諸般の事情を考慮すると,控訴人が被控訴人に対し支払うべき額は1600万円とするのが相当である。そこで,本件財産分与の方法としては,被控訴人は控訴人に対し,本件不動産についての被控訴人の持分全部を分与してその移転登記手続をすべきものとし,控訴人は被控訴人に対し,1600万円を支払うべきものとし,右不動産の持分の移転登記手続と右1600万円の支払とは同時に履行すべきものとするのが相当である。


東京地方裁判所判決平成24年12月27日

夫婦の一方が婚姻中に支出して不動産を取得したところ、財産分与を含む離婚判決が確定した後、当該不動産が共有関係にあるとされた事例

夫婦間の財産分与は、夫婦共同生活中の共通財産の清算であり、財産分与の対象とされた財産を金銭的に評価し、そこから負債を控除し、なお積極財産が残る場合に、特段の事情がない限り、その二分の一に相当する額を相互に分与しあうことで、夫婦間の実質的公平を図る制度である。

ところが、住宅ローン残高が不動産価値を上回るいわゆるオーバーローンの不動産や、不動産の価値と住宅ローン残高がほぼ同程度であるとして残余価値がないと評価された不動産は、積極財産として金銭評価されることがないため、夫婦間の離婚訴訟の財産分与の手続においては、清算の対象とはならない。その結果、夫婦共有財産と判断された不動産について清算が未了のままとなる事態が生じ得るが、この場合、不動産の購入にあたって自己の特有財産から出捐をした当事者は、かかる出捐をした金員につき、離婚訴訟においては、その清算につき判断がなされないまま財産分与額を定められてしまい、他方で、たまたま当該不動産の登記名義を有していた相手方当事者は、出捐者の損失のもとで不動産の財産的価値のすべてを保有し続けることができるという極めて不公平な事態を招来することになる。

そこで、夫婦の一方がその特有財産から不動産売買代金を支出したような場合には、当該不動産が財産分与の計算においてオーバーローン又は残余価値なしと評価され、財産分与の対象財産から外されたとしても、離婚訴訟を担当した裁判所が特有財産から支出された金員につき何ら審理判断をしていない以上、離婚の際の財産分与とは別に、当該不動産の共有関係について審理判断がされるべきである。

これを本件についてみるに、本件控訴審判決を担当した東京高等裁判所は、本件不動産に関して残余価値は〇円と評価するのが相当である旨判断し、財産分与額の計算に際し、本件不動産をその対象から外し、原告名義の預金のみを財産分与の対象としており、そのため、本件不動産については、原告被告間の離婚訴訟における財産分与の規律において処理がされていないことが認められるから、離婚訴訟の財産分与とは別個に権利関係を確定し、その清算に関する処理がされるべきである。


名古屋高等裁判所決定平成18年5月31日

扶養的財産分与として使用貸借権を設定した事例

妻から離婚した元夫に対して清算的財産分与,慰謝料的財産分与及び共有名義の不動産について使用借権の設定を求めた事案の即時抗告審において,離婚に伴う慰謝料請求を基礎付けるに足りる事実は認められないが,妻が経済力の豊かな夫から突然申し出られた離婚を短期間で受け入れた背景には,妻が離婚を受諾しやすい経済的条件の提示があったからであると推認されること,妻の婚姻費用として提供した1000万円近い持参金が夫婦共有財産として残存していないこと,妻が子らと居住する建物に関する費用を夫が負担することを前提に子らの養育費が算定されていることなどの諸事情を考慮すると,離婚後の扶養的財産分与として,妻及び子らが居住する建物について,期間を離婚から第3子が小学校卒業するまでの間とする使用貸借契約を設定することが相当であるとした事例

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弁護士中山知行 

2016-07-17 遺骨の所有権と引渡請求 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

遺骨の取り合いって結構あるのです。死んでからも,愛されている(いた)証拠ですね。

最高裁判所第三小法廷判決平成元年7月18日

遺骨の所有権は、慣習に従って祭祀主宰すべき者に帰属したとして、祭祀を主宰すべき者への遺骨の引渡しを命じた原審の結論を維持した事例


東京地方裁判所判決平成25年9月13日

亡Aの姉で,法定相続人でもある原告は,亡Aが生前,原告を祭祀主宰者として指定し,又は,慣習により原告が祭祀主宰者となるべきであると主張し,Aの遺骨や墓の権利関係書類等を所持している被告及び選定者に対し,その引渡しを求めた事案。裁判所は,亡Aは婚姻歴及び子や特別縁故者もなく,本件墓地の一部を区分して原告夫婦のための墓所としたことなどに照らすと,祖先の祭祀者を原告に指定したと認められる。被告は,内縁の妻である選定者が祭祀主宰者となるべき旨の主張をするが,選定者は亡Aと生活を共にしていたわけでなく,亡Aに対し,生活上の援助や入院介護に係わることもなく,内縁関係にあったと認めることはできず,慣習によっても原告が祭祀主宰者となるべきであるとし,原告の請求を認容した事例


東京地方裁判所判決平成24年3月14日

原告(亡妻の夫)が,被告ら(原告と亡妻間の子及び子の夫)に対し,寄託していた亡妻の遺骨の返還を求めた事案で,本件遺骨は所有権の対象であり,原告が遺骨の所有権者であるが,現時点で,本件遺骨の返還を求めることは,権利濫用に当たり許されないとされた事例



東京地方裁判所判決平成16年11月1日

遺骨の所有権及び留置権が争われた事案につき、所有権を認め、事務管理に基づく費用償還請求権はすでに消滅しており、これを被担債権とする留置権の主張は認められないとして、遺骨引渡請求を認めた事例


東京家庭裁判所審判平成21年3月30日

被相続人の遺骨について民法897条2項の準用により取得者を指定することの可否(積極)

遺骨についての権利は,通常の所有権とは異なり埋葬や供養のために支配管理する権利しか行使できない特殊なものであること,既に埋葬された祖先の遺骨は祭祀財産として扱われること,関係者意識としては,被相続人の遺骨についても祭祀の対象として扱っていることにかんがみると,被相続人の遺骨については,祭祀財産に準じて扱うのが相当であり,被相続人の指定又は慣習がない場合には,民法897条2項を準用して,遺骨の取得者を指定することができる。



福岡高等裁判所決定平成19年2月5日

死亡した被相続人の祭祀承継者について、実母が排斥され、長男が指定された事例

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弁護士中山知行 

2016-07-16 公正証書遺言無効確認訴訟の訴状の一例 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

           訴状

住所

原告 ○○○○

(送達場所

〒245−0014

神奈川県横浜市泉区中田南4−3−20−3F

TEL045−479−5267

FAX045−330−6595

原告訴訟代理弁護士 中山知行

住所

被告 ●●●●


             公正証書遺言無効確認請求訴訟事件

                  訴訟物の価格160万円

                 貼用印紙額1万3000円

請求の趣旨

1 原告と被告との間において,平成24年12月26日付熊本地方法務局所属公証人▲▲▲▲作成の同年第○○○号遺言公正証書は無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

請求の原因

第1 公正証書遺言の存在と内容等

 1.平成24年12月26日付熊本地方法務局所属公証人▲▲▲▲作成の同年第○○○号遺言公正証書(以下「本件遺言」または「本件遺言書」という)が存在する(甲1)。

遺言者は○○○○(大正○年○月○日生まれ)(原告と被告の実母)である。

同人本籍 熊本県熊本市以下省略

同人の最後の住所 熊本県熊本市以下省略

同人は,平成25年10月31日に熊本県熊本市中央区にて死亡した。

同人の夫である○○○は既に死亡しており,○○○○の相続人は,長男・●●●●,二男・○○○○,三男・,四男・の4名である。

 2.本件遺言書(甲1)は,平成24年12月26日の作成であるが,その前年である平成23年4月1日付熊本地方法務局所属公証人▲▲▲▲作成の同年第101号遺言公正証書(以下「第1遺言」という)が存在している(甲2)。

なお,第1遺言(甲2)は完全に有効であり,本訴訟において無効確認を求めない

第2 本件遺言の無効

本件遺言は,平成24年12月26日に作成されているが,この時点では遺言者には意思能力が欠如しており遺言能力がなかったもので,本件遺言は無効である。

その理由は以下の通りである。

 1.平成24年2月25日と平成24年7月12日に改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS−R)がそれぞれ実施されているが,前者(甲3)では30点満点中の18点であったものが,後者(甲4)では7点となっている。

改訂長谷川式簡易知能評価スケールでは20点以下のとき認知症可能性が高いと判断され,認知症の重症度別の平均点では,次の通りとなっている。

非認知症:24.3点/軽度認知症:19.1点/ 中等度認知症:15.4点/ やや高度認知症:10.7点/ 高度認知症: 4.0点

よって,7点というのは,かなりの高度認知症である。

 2.平成24年7月12日に実施されたミニメンタルステート試験Mini-Mental State Examination (MMSE))では30点満点中9点しかとれていない(甲5)。

MMSEでは11の質問からなり、見当識記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などを調べる。判断基準は30点満点で,27〜30点:正常値、22〜26点:軽度認知障害の疑い、21点以下:認知症の疑いとなっているので,9点はかなりの高度認知症といえる。

 3.要介護認定審査資料主治医意見書神経内科の○○医師作成)(平成24年7月21日付)(甲6−2)によると,平成23年12月頃からアルツハイマー型老人性痴呆発症により記憶力の低下が発症し,平成24年7月21日の時点では,認知症高齢者日常生活自立度は2b,短期記憶に問題があり,日常意思決定を行うための認知能力は見守りが必要であり,自分意思の伝達能力は具体的要求に限られる,とある

 平成24年7月5日の時点では,精神・行動障害に関連する項目についての特記事項(甲6−6)として,「今言った事,聞いた事もすぐ忘れるため何回も同じ事を聞いてくる」,「息子がお金を渡したにもかかわらず「持っていない」「お金はもたん」と言う(ほぼ毎日)」,「以前はお金を息子,嫁が盗ったと言っていた・・・」等,既に金銭管理能力が無くなっている旨の事実記載がある。

 本件遺言書(甲1)作成は,平成24年12月26日であるからさらにこの介護認定審査の5か月後であり,遺言者の意思能力は完全に失われていたと言わざるを得ない。

 4.第1遺言(甲2)と本件遺言(甲1)の比較からしても,本件遺言の内容が明らかにおかしいことがわかる。本件遺言の内容は,被告によって強く誘導されている。

意思能力のない者に遺言書を書かせるということは,遺言書の偽造と同視でき,「相続欠格事由」でもある。

 

第3 よって,原告は被告との間において,請求の趣旨記載の確認判決を求めるものである。

平成○年○月○日

               原告訴訟代理人弁護士 中山知行

熊本地方裁判所民事部御中

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弁護士中山知行 

2016-07-15 更新料と消費者契約法10条 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

最高裁判所第二小法廷判決平成23年7月15日

更新料が賃料の2か月分,更新期間2年間とする居住建物賃貸借契約の更新料条項,及びその後,更新料の額を賃料の1か月分に減額する合意が,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者利益一方的に害するもの」に当たらないし,公序良俗に反するものとはいえないとした事例

消費者契約法

(消費者の利益を一方的に害する条項の無効

第十条  民法 、商法明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

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 1 本件は,居住用建物を被上告人から賃借した上告人が,更新料の支払を約する条項(以下,単に「更新料条項」という。)は消費者契約法10条または民法90条により無効であると主張して,被上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき支払済みの更新料26万円の返還を求める事案である。

 2 原審の適法に確定した事実関係概要等は,次のとおりである。

 (1) 上告人は,平成12年11月26日,被上告人との間で,滋賀県内の共同住宅の一室につき,期間を同年12月1日から平成14年11月30日まで,賃料を月額5万2000円,共益費を月額2000円とする賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し,その引渡しを受けた。本件契約は,消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。

 (2) 本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,本件契約の更新につき,「契約更新に際して,旧賃料の2.00ヵ月分を,乙は甲に支払う」,「契約期間満了の1ヵ月前までに,甲,乙のいずれからも書面による異議申出のない場合は更に2年間更新されるものとし,以後も同様とする。その場合,乙は甲に対して契約更新料として表記の通り支払うとともに,更新に必要書類を甲に提出するものとする。」と定める条項がある(甲は被上告人を,乙は上告人を指す。以下,この更新料の支払を約する条項を「本件条項」という。)。

 (3) 上告人は,被上告人との間で,平成14年11月ころ,期間を同年12月1日から平成16年11月30日までとし,また,同月ころ,期間を同年12月1日から平成18年11月30日までとして,2回にわたり本件契約を更新する旨の合意をし,平成14年11月23日及び平成16年11月27日,被上告人に対し,更新料として各10万4000円を支払った。

 また,上告人は,平成18年11月ころ,被上告人との間で,期間を同年12月1日から平成20年11月30日まで,賃料を月額5万円,更新料を従前の賃料の1か月分として,本件契約を更新する旨の合意をし,上告人は,平成18年10月21日,被上告人に対し,更新料として5万2000円を支払った。

 3 論旨は,本件条項は,民法の任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の権利を制限し,またはその義務を加重するもので,かつ,信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであり,消費者契約法10条または民法90条により無効であるというものである。

 4(1) 更新料は,期間が満了し,賃貸借契約を更新する際に,賃借人と賃貸人との間で授受される金員である。これがいかなる性質を有するかは,賃貸借契約成立前後当事者双方の事情,更新料条項が成立するに至った経緯その他諸般の事情総合考量し,具体的事実関係に即して判断されるべきであるが(最高裁昭和58年(オ)第1289号同59年4月20日第二小法廷判決・民集38巻6号610頁参照),更新料は,賃料と共に賃貸人の事業収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満物件使用継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。

  (2) そこで,更新料条項が,消費者契約法10条により無効とされるか否かについて検討する。

 ア 消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,または消費者の義務を加重するものであることを定めるところ,ここにいう任意規定には,明文の規定のみならず,一般的な法理等も含まれると解するのが相当である。そして,賃貸借契約は,賃貸人が物件を賃借人に使用させることを約し,賃借人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって効力を生ずる(民法601条)のであるから,更新料条項は,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。

 イ また,消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ,当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。

 更新料条項についてみると,更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有することは,前記(1)に説示したとおりであり,更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また,一定地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契約書一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。

 そうすると,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。

 (3) これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件条項は本件契約書に一義的かつ明確に記載されているところ,その内容は,更新料の額を賃料の2か月分とし,本件契約が更新される期間を2年間とするものであり,また,平成18年11月ころの更新における合意の内容は,本件条項を前提としつつ,更新料の額を賃料の1か月分に減額するものであって,そのいずれについても,上記特段の事情が存するとはいえず,これらを消費者契約法10条により無効とすることはできない。したがって,また,これらが著しく合理性を欠くものとして公序良俗に反するものということもできない。

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弁護士中山知行 

2016-07-14 行政文書を行政機関が保有していないことの主張立証責任 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

最高裁判所第二小法廷判決平成26年7月14日

開示請求対象とされた行政文書行政機関保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては,その取消しを求める者が,当該不開示決定時に当該行政機関が当該行政文書を保有していたことについて主張立証責任を負う。

行政文書は,行政機関の職員により作成され,又は取得され,行政機関によって保有されているものであることからすると,その存否につき,請求者側に主張立証責任を負わせると困難な立証を強いることとなる場合が生ずると考えられますので,主張立証責任を類型的に転換することによるのではなく,対象文書性質や内容,作成又は取得の経緯,開示請求者の対象文書の特定の仕方等の諸般の事情に応じ,具体的な立証方法やその程度を工夫することによって解決するのが相当と思われます。

事案の概要

本件は,「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国アメリカ合衆国との間の協定」(昭和47年条約第2号)の締結に至るまでの日本政府米国政府との間の交渉において,日本米国に対して上記協定に規定された内容を超える財政負担等を国民に知らせないまま行う旨の合意(いわゆる「密約」)があったとしてされた同合意に関する行政文書の情報公開請求に係る事案であり,上告人Xらが,行政機関の保有する情報の公開に関する法律に基づき,外務大臣及び財務大臣に対し,本件各文書の開示を請求したところ,本件各文書につきいずれも保有していないとして不開示とする旨の各決定を受けたため,被上告人Y(国)を相手に,本件各決定の取消し,本件各文書の開示決定の義務付け及び国家賠償法1条1項に基づく損害賠償等の支払を求めるものである。

上記「密約」に関しては,平成7年頃に至って沖縄返還交渉に関連する多数の米国政府文書が公開され,本件各文書の一部が米国国立公文書館存在することが明らかにされたが,日本政府は,一貫して「密約」は存在しないとの立場を表明していた。また,本件各決定の後,外務省及び財務省においては,平成21年8月30日実施衆議院議員選挙による政権交代の結果生まれた民主党政権下で,その評価は分かれるものの大掛かりな調査が行われ,沖縄返還交渉に関与した者を含む関係者に対する聞き取り調査もなされたが,本件各文書を発見するには至らなかった。

文書の存否についての主張立証責任

情報公開請求に対する不開示決定の取消訴訟について,情報公開法には,各要件事実の主張立証責任の分担に関する明文規定が存しない。この点,不開示情報に該当することを理由とする不開示決定の取消訴訟における不開示情報該当性については,最三小判平6.2.8民集48巻2号255頁,判タ841号91頁を始めとして,行政機関側がその主張立証責任を負うとする判例法理確立しており,異論のないところと思われる。

一方,対象文書が不存在であることを理由とする不開示決定における対象文書の存在又は不存在については,その主張立証責任について述べた最高裁判例は存在しなかった。

情報公開法3条は,「何人も,この法律の定めるところにより,行政機関の長…に対し,当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる。」と規定しており,「当該行政機関が当該行政文書を保有していること」が開示請求権の発生要件として規定されていると解される。そして,同法2条2項柱書本文が「この法律において『行政文書』とは,行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,…であって,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして,当該行政機関が保有しているものをいう。」と規定していることからすると,開示請求権の発生要件としては,「対象文書が,当該行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書等であって,当該行政機関が,その職員が組織的に用いるものとして,対象文書を保有していること」と整理することができると考えられる。

ところで,対象文書の不存在については,「物理的不存在」と「解釈上の不存在」があるとされるが,物理的不存在の問題は,上記の要件のうち,職員が「作成」し,又は「取得」し,行政機関が「保有」しているものか否かの問題であり,また,解釈上の不存在の問題は,職員が「職務上」作成し,又は取得したものか否か,「当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして」当該行政機関が保有しているものか否かの問題であると整理することが可能である。

本件で問題となっているのは「物理的不存在」であり,この場合には,過去のある時点において,当該行政機関の職員が当該行政文書を作成し,又は取得し,当該行政機関がそれを保有するに至ったこと,上記の状態がその後も継続していることが主張立証の対象となろう。判例タイムズ1407号52頁

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1 本件は,上告人らが,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成21年法律第66号による改正のもの。以下「情報公開法」という。)に基づき,外務大臣に対し,琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(昭和47年条約第2号)の締結に至るまでの日本国政府とアメリカ合衆国政府との上記諸島返還に伴う財政負担等をめぐる交渉(以下「本件交渉」という。)の内容に関する文書である原判決別紙1行政文書目録記載の各文書の開示を,財務大臣に対し,同じく本件交渉の内容に関する文書である原判決別紙2行政文書目録2記載の各文書(以下,原判決別紙1行政文書目録1記載の各文書と併せて「本件各文書」という。)の開示を,それぞれ請求したところ,上記各文書につきいずれも保有していないとして不開示とする旨の各決定(以下「本件各決定」という。)を受けたため,被上告人を相手に,本件各決定の取消し等を求める事案である。

 2 情報公開法において,行政文書とは,行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画及び電磁的記録であって,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして,当該行政機関が保有しているものをいうところ(2条2項本文),行政文書の開示を請求する権利の内容は同法によって具体的に定められたものであり,行政機関の長に対する開示請求は当該行政機関が保有する行政文書をその対象とするものとされ(3条),当該行政機関が当該行政文書を保有していることがその開示請求権の成立要件とされていることからすれば,開示請求の対象とされた行政文書を行政機関が保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては,その取消しを求める者が,当該不開示決定時に当該行政機関が当該行政文書を保有していたことについて主張立証責任を負うものと解するのが相当である。

 そして,ある時点において当該行政機関の職員が当該行政文書を作成し,又は取得したことが立証された場合において,不開示決定時においても当該行政機関が当該行政文書を保有していたことを直接立証することができないときに,これを推認することができるか否かについては,当該行政文書の内容や性質,その作成又は取得の経緯や上記決定時までの期間,その保管の体制や状況等に応じて,その可否を個別具体的に検討すべきものであり,特に,他国との外交交渉の過程で作成される行政文書に関しては,公にすることにより他国との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国との交渉上不利益を被るおそれがあるもの(情報公開法5条3号参照)等につき,その保管の体制や状況等が通常と異なる場合も想定されることを踏まえて,その可否の検討をすべきものというべきである。

 3 これを本件についてみるに,前記1の開示請求において本件交渉の過程で作成されたとされる本件各文書に関しては,その開示請求の内容からうかがわれる本件各文書の内容や性質及びその作成の経緯や本件各決定時までに経過した年数に加え,外務省及び財務省(中央省庁改革前の大蔵省を含む。)におけるその保管の体制や状況等に関する調査の結果など,原審の適法に確定した諸事情の下においては,本件交渉の過程で上記各省の職員によって本件各文書が作成されたとしても,なお本件各決定時においても上記各省によって本件各文書が保有されていたことを推認するには足りないものといわざるを得ず,その他これを認めるに足りる事情もうかがわれない。

 4 以上によれば,本件各決定は適法であるとして,上告人らの請求のうち,本件各文書の開示決定をすべき旨を命ずることを求める請求に係る訴えを却下し,本件各決定の取消しを求める請求を含むその余の請求を棄却すべきものとした原審の判断は,是認することができる。

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弁護士中山知行 

2016-07-13 次世代知財システム検討委員会 報告書 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

平成28年4月 知的財産戦略本部 検証評価企画委員会 次世代知財システム検討委員会の次世代知財システム検討委員会 報告書につぎのような記述があり,世界日本も含む)の著作権制度もあと10年ももたないなという感想を持ちました。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2016/jisedai_tizai/hokokusho.pdf

(人々に感動を与える交響曲を一瞬で作曲し,レンブラント現実作品を超えるようなレンブラント風のオリジナル絵画を描き,星新一のSF小説より面白いSF小説を,人工知能が次から次へと無数に生み出す世界がすぐそこまで来ています。人工知能が無数に生み出す創作物に著作権を与えることなど現実に出来ません。)


以下引用

3.1 人工知能によって生み出される創作物と知財制度 .................. 21

(1)現状と課題 ........................................................... 21

(2)論点1:議論の前提とするAI創作物と現行制度の適用可能性 .............. 24

(3)論点2:AI創作物の知財制度上の取扱い ................................ 25

(4)論点3:AI創作物による知財制度への影響 .............................. 28

(5)方向性 ............................................................... 30


<知財制度上起こりうる課題>

人工知能による自律的創作(以下、「AI創作物」という)が現実のものとなっていくにつれて、「情報量の爆発的な増大」という形で、人間による創作活動を前提としている現在の知財制度や関連する事業活動に影響を及ぼしていくと考えられる。人工知能は,人間よりはるかに多くの情報を生成し続けることが可能と考えられるからである。

現在の知財制度上、人工知能が生成した生成物は、人工知能を人間が道具として利用して創作をしていると評価される場合には権利が発生しうる。他方で、人間の関与が創作的寄与と言えず、人工知能が自律的に生成したと評価される場合には、生成物がコンテンツであれ技術情報であれ、権利の対象にならないというのが一般的解釈である。従って、どれだけAI創作物が増えようとも、権利関係を気にすることなく自由流通利活用できるため、特段の問題は生じないように思える。

しかしながら、自然人による創作物と、AI創作物を、外見上見分けることは通常困難である。両者の違いは創作の過程に表れるものであり、創作物それ自体に創作過程での違いが表れるものではないからである。

このため、「AI創作物である」と明らかにされている場合を除き、自然人による創作物と同様に取り扱われ、その結果、一見して「知的財産権保護されている創作物」に見えるものが爆発的に増えるという事態になる可能性がある。

知的財産権で保護される情報には、一般的に、独占排他権が生じる。つまり当該情報について権利者以外は勝手に利用できないということになる。AI創作物が自然人の創作物と同様に取り扱われるとなると、それは即ち、人工知能を利用できる者(開発者、AI所有者等)による、膨大な情報や知識の独占、人間が思いつくような創作物はすでに人工知能によって創作されてしまっているという事態が生じることも懸念される。


7月12日のNHKのクローズアップ現代

ついに人工知能が芸術の世界にも進出巨匠・レンブラントの筆致を見事なまでに再現した肖像画わずか1秒で作られる交響曲。SFの名手・星新一から「らしさ」を学んだ小説は、文学賞の1次選考を通過した。しかし、人間の作品を真似た人工知能の芸術は『創造』と呼べるのか、疑問の声が上がる。一方、人間の『創造』も過去の作品のアレンジだ、という主張も。人工知能による芸術の最前線は、「創造とは何なのか」を問いかける。

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3837/index.html?1468299662

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弁護士中山知行 

2016-07-03 抵当権に基づく担保不動産収益執行と相殺 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

最高裁判所第二小法廷判決平成21年7月3日

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/773/037773_hanrei.pdf

1 担保不動産収益執行管理人は担保不動産の収益に係る給付を求める権利行使する権限を取得するにとどまり、同権利自体は、担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後に弁済期の到来するものであっても、所有者に帰属する。

2 抵当不動産賃借人は、担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても、抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができる。

本件は,建物に設定された抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定がされ,その管理人に選任されたXが,同建物の過半数の共有持分権者からその一部を賃料月額700万円で賃借しているYに対し,9か月分の賃料6300万円と遅延損害金の支払を求める事案である。Yは,開始決定に係る抵当権の設定登記前に取得した賃貸人に対する保証金返還残債権を自働債権とし,本訴請求に係る賃料債権を受働債権とする相殺(以下「本件相殺」という。)を主張しており,民事執行法上,管理人が担保不動産の管理収益権を有すると規定されていることとの関係上,(1)本件相殺が相殺の要件を充たすのか,(2)仮に相殺の要件を充たすとしても,本件相殺をもって管理人に対抗することができるのかが争点とされたものである。

担保不動産収益執行

不動産上の担保権に基づいて,不動産から生ずる収益(賃料など),を被担保債権の弁済にあてる手続〔民執180〔2〕〕。手続は,基本的には強制管理と同様であるが,手続の開始にあたり,債務名義を要せず,それに代わって担保権の存在を証する文書〔民執181<1>〔1〕〜〔4〕〕が要求されるなどの特徴がある。平成15年の民事執行法改正(法134)により新設された。[株式会社有斐閣 法律学辞典第4版補訂版]

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 1 本件は,建物についての担保不動産収益執行の開始決定に伴い管理人に選任された被上告人が,上記建物の一部を賃料月額700万円(ほかに消費税相当額35万円)で賃借している上告人に対し,平成18年7月分から平成19年3月分までの9か月分の賃料合計6300万円及び平成18年7月分の賃料700万円に対する遅延損害金の支払を求める事案である。上告人は,上記賃貸借に係る保証金返還債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張するなどして,被上告人の請求を争っている。

 2 原審の適法に確定した事実関係概要は,次のとおりである。

 (1) 第1審判決別紙物件目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)の過半数の共有持分を有するA株式会社(以下「A」という。)は,平成9年11月20日,上告人との間で,本件建物の1区画を次の約定で上告人に賃貸する契約を締結し,同区画を上告人に引き渡した。

 ア 期間  20年間

 イ 賃料  月額700万円(ほかに消費税相当額35万円)

       毎月末日までに翌月分を支払う。

 ウ 保証金 3億1500万円(以下「本件保証金」という。)

       賃貸開始日から10年が経過した後である11年目から10年間にわたり均等に分割して返還する。

 エ 敷金  1億3500万円

       上記区画の明渡し時に返還する。

 (2) Aは,上記契約の締結に際し,上告人から,本件保証金及び敷金として合計4億5000万円を受領した。

 (3) Aは,平成10年2月27日,本件建物の他の共有持分権者と共に,Bのために,本件建物につき,債務者をA,債権額を5億5000万円とする抵当権(以下「本件抵当権」という。)を設定し,その旨の登記をした。

 (4) Aは,平成11年6月22日,上告人との間で,Aが他の債権者から仮差押え仮処分強制執行競売又は滞納処分による差押えを受けたときは,本件保証金等の返還につき当然に期限の利益喪失する旨合意した。

 (5) Aは,平成18年2月14日,本件建物の同社持分につき甲府市から滞納処分による差押えを受けたことにより,本件保証金の返還につき期限の利益を喪失した。

 (6) 本件建物については,平成18年5月19日,本件抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定(以下「本件開始決定」という。)があり,被上告人がその管理人に選任され,同月23日,本件開始決定に基づく差押えの登記がされ,そのころ,上告人に対する本件開始決定の送達がされた。

 (7) 上告人は,平成18年7月から平成19年2月までの間,毎月末日までに,各翌月分である平成18年8月分から平成19年3月分までの8か月分の賃料の一部弁済として各367万5000円の合計2940万円(消費税相当額140万円を含む額)を被上告人に支払った(以下,これらの弁済を「本件弁済」と総称する。)。

 (8) 上告人は,Aに対し,平成18年7月5日,本件保証金返還残債権2億9295万円を自働債権とし,平成18年7月分の賃料債権735万円(消費税相当額35万円を含む額)を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をし,さらに,平成19年4月2日,本件保証金返還残債権2億8560万円を自働債権とし,平成18年8月分から平成19年3月分までの8か月分の賃料残債権各367万5000円の合計2940万円(消費税相当額140万円を含む額)を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした(以下,これらの相殺を「本件相殺」と総称し,その受働債権とされた賃料債権を「本件賃料債権」と総称する。)。

 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,平成18年7月分の賃料700万円(以下,いずれも消費税相当額を含まない額である。)及び平成18年8月分から平成19年3月分までの8か月分の賃料の本件弁済後の残額2800万円の合計3500万円並びに平成18年7月分の賃料700万円に対する遅延損害金の支払を求める限度で被上告人の請求を認容した。

 (1) 本件相殺の自働債権とされた本件保証金返還残債権はAに対するものであるのに対し,本件開始決定の効力が生じた後に発生した支分債権である本件賃料債権は,その管理収益権を有する管理人である被上告人に帰属するものであって,民法505条1項所定の相殺適状にあったとはいえないから,本件相殺は効力を生じない。

 (2) 仮にそうでないとしても,本件相殺の意思表示の相手方となるのは本件賃料債権について管理収益権を有する被上告人のみであり,管理収益権を有しないAに対する相殺の意思表示をもって民法506条1項所定の相手方に対する意思表示があったとはいえないから,本件相殺は効力を生じない。

 4 しかしながら,原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 担保不動産収益執行は,担保不動産から生ずる賃料等の収益を被担保債権の優先弁済に充てることを目的として設けられた不動産担保権の実行手続の一つであり,執行裁判所が,担保不動産収益執行の開始決定により担保不動産を差し押さえて所有者から管理収益権を奪い,これを執行裁判所の選任した管理人にゆだねることをその内容としている(民事執行法188条,93条1項,95条1項)。管理人が担保不動産の管理収益権を取得するため,担保不動産の収益に係る給付の目的物は,所有者ではなく管理人が受領権限を有することになり,本件のように担保不動産の所有者が賃貸借契約を締結していた場合は,賃借人は,所有者ではなく管理人に対して賃料を支払う義務を負うことになるが(同法188条,93条1項),このような規律がされたのは,担保不動産から生ずる収益を確実に被担保債権の優先弁済に充てるためであり,管理人に担保不動産の処分権限まで与えるものではない(同法188条,95条2項)。

 このような担保不動産収益執行の趣旨及び管理人の権限にかんがみると,管理人が取得するのは,賃料債権等の担保不動産の収益に係る給付を求める権利(以下「賃料債権等」という。)自体ではなく,その権利を行使する権限にとどまり,賃料債権等は,担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も,所有者に帰属しているものと解するのが相当であり,このことは,担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後に弁済期の到来する賃料債権等についても変わるところはない。

 そうすると,担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後も,担保不動産の所有者は賃料債権等を受働債権とする相殺の意思表示を受領する資格を失うものではないというべきであるから(最高裁昭和37年(オ)第743号同40年7月20日第三小法廷判決・裁判民事79号893頁参照),本件において,本件建物の共有持分権者であり賃貸人であるAは,本件開始決定の効力が生じた後も,本件賃料債権の債権者として本件相殺の意思表示を受領する資格を有していたというべきである。

 (2) そこで,次に,抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後において,担保不動産の賃借人が,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし,賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができるかという点について検討する。被担保債権について不履行があったときは抵当権の効力は担保不動産の収益に及ぶが,そのことは抵当権設定登記によって公示されていると解される。そうすると,賃借人が抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権については,賃料債権と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるから(最高裁平成11年(受)第1345号同13年3月13日第三小法廷判決・民集55巻2号363頁参照),担保不動産の賃借人は,抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし,賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができるというべきである。本件において,上告人は,Aに対する本件保証金返還債権を本件抵当権設定登記の前に取得したものであり,本件相殺の意思表示がされた時点で自働債権である上告人のAに対する本件保証金返還残債権と受働債権であるAの上告人に対する本件賃料債権は相殺適状にあったものであるから,上告人は本件相殺をもって管理人である被上告人に対抗することができるというべきである。

 (3) 以上によれば,被上告人の請求に係る平成18年7月分から平成19年3月分までの9か月分の賃料債権6300万円は,本件弁済によりその一部が消滅し,その残額3500万円は本件相殺により本件保証金返還残債権と対当額で消滅したことになる。

 5 以上と異なる原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,被上告人の請求を棄却した第1審判決は結論において正当であるから,上記部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。


担保不動産収益執行手続について

http://www.oike-law.gr.jp/wp-content/uploads/oike20-06.pdf

http://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/minzi_section21/syuuekisikkou/index.html

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弁護士中山知行

http://profile.hatena.ne.jp/kusunokilaw/