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はてこはだいたい家にいる

2010-04-24

「人の心を傷つけてはいけない」という間違った考え

「人の心を傷つけてはいけない」という考え方があります。

不用意に人にショックを与える言動を慎み、人の心を思いやるのはどう考えても感じの良いことです。ですから「人の心を傷つけてはいけないと」と常に考えていると、慎重で思いやり深く行動出来そうな気がするかもしれません。

ところがこれはとても間違った考え方なので、これをまともに信じている人は暴君になったりうつ状態に陥ったりすることがあります。

今日はこの考え方がいかに間違っているかについてお話したいと思います。

 

あなたが誰かとごく気楽に、好意をもって話をしたとします。ところが思いがけず話し相手はショックを受けて泣き出しました。こういうとき「自分は人の心を傷つけた」と感じるかもしれません。

また、あなたが心にあふれる悪感情に動かされ、思考力をフル回転させ、卑劣の限りを尽くして誰かに罵詈雑言を浴びせたとします。それなのに先方はまるで天気の話でも聞いているかのように平然としているではありませんか。ちっ。あなたはこの鈍感なヤツの「心を傷つけることが出来なかった」と考えるかもしれません。

 

もしも「人の心を傷つけてはいけない」とあなたが考えているならば、あなたは前のケースでは罪悪感を覚え、後のケースでは忌々しさしか感じないかもしれません。これは正しいと思いますか?

 

もしもこれを正しいと考え、人にも自分にも公平でありたいと考えるなら、あなたは自分の気分を害する人すべてを断罪しなければなりません。たとえどんなに思いやり深く善良な動機でなされた行為であったとしてもです。

たまたま体調が悪かったり、機嫌が悪かったり、あなたが何かを誤解していたのだとしても、あなたがその人との関わりで少しでも心が「さくっ」「カチン」「グサッ」と感じたら、その人は悪いと考えなければなりません。

たとえば自分の幼いころを思い出して、小さなあなたに古臭い民芸品を携えて会いにきたおじいちゃんは悪い、PSPが欲しいと言ったのに、おもちゃ屋を6件廻ってDSを買ってきた話の分からない親御さんも悪いというわけです。

 

また、あなたの心が誰かの悪意に深く傷つけられたとしても、あなたのショックが相手に伝わっていなければ相手が反省しないのは当然と考えなければなりません。何しろ心は見えないのです。あなたが人の心が見えないように、相手もあなたの心は見えません。先方はあなたの態度から推測するしかないのです。

「そんな風には見えなかったよ」と半笑いで返されたとき、相手が何をしたかよりも、当人の心が傷ついたかどうかを重視するなら「傷ついていた」「そうは見えなかった」と水掛け論をすることになります。

 

こんな風に考えているとどうなるか。

 

まず、人は自分は悪いことをしたとは考えたくない傾向があるので、自らの悪意で誰かが傷ついても、その人が傷ついている徴候を無視するようになります。「このくらいは大丈夫」と自分を欺くことはけして難しくありません。2歳児にだってそのくらいは出来ます。

 

また自分の気分を害した人すべてを断罪する人は、やがて自分の周りは悪人ばかりだと気づくでしょう。

そんな不愉快な生活は心身を害しますから、結果的にあなたの沸点は低くなりがちです。あなたは息をするごとに傷つき、どこへ行っても悪意ある悪人と、無神経な馬鹿ばかりという恐ろしい世界が待っています。あなたは人でなしに囲まれて生きていくことになります。

 

ところで人は悪人だと思われるのを好みませんから、そのような人の周りにはより付きません。悪人どもは謝罪しにやってくるどころか、あなたを遠巻きにして楽しく暮らすでしょう。

 

こんな生活は真っ平ですし、人は愛する人を極力断罪したくはないものです。でも人の心を傷つけてはいけないという考えを固守するならば、「悪気がなかった」で大目に見るわけには行きません。

残された道はただ一つ。あなたは傷ついていないということにすることです。情状酌量は出来ないから違反をもみ消す、ということですね。

 

こうしてあなたはあなたの愛する人があなたを深く傷つけたとき、その人を断罪しなくて済むように、無意識に傷ついていないふりをするかもしれません。それどころかあなたを愛する人が誰かを傷つけたとき「その人は傷ついてはいない」と言い張るかもしれません。やがてあなたは人にも自分に対しても鈍感になり、自分を守ることも、人の心を洞察することも難しくなります。

 

それだけではありません。人はふつう悪人になりたいと思わないものです。

それで相手が破壊的な行為、明らかに邪悪な行為に携わっていても「相手の心を傷つけないために」それを是認しなければならないと感じるかもしれません。相手の心を傷つけるような悪人にならないことを第一に考えるなら、それで相手がどうなろうと知ったことではありません。

正常な判断力のない人、未熟で社会経験のない人にも「自分がいちばんいいと思ったことをしなよ」以外のことを言うのは恐ろしく感じるかもしれませんし、正しいと確信して言った言葉であっても、相手が逆上したというだけで無条件にそれを後悔するかもしれません。あなたは言い方やタイミング、自分の話の妥当性について検討することを放棄してしまいます。

 

人の心を傷つけたくない。

あなたの周りにいる人が心身ともに健康で、どんなときも物事を正しく判断する頭脳と、強力な自制心を持っており、あなたに対してあふれる愛情を絶やさないのであれば、この計画は上手く行く可能性があります。

しかし心身を病んでおり、風が吹けば桶屋が儲かると本気で信じがちで、短気で自己愛ばかり強い気分屋が身近にいるなら、あなたが善人でいるのはどう考えても大仕事です。あなたは絶えず自分を断罪せざるを得ません。

 

人の反応で自分の行動の正邪を判断するのをやめなさい。あなたはあなたの行動と良心に責任を持たなければなりません。

良心とは「物事の善悪を区別し、悪を避け、善をなそうとする心」です。あなたが大人になりたいのなら、不完全な親の話を不完全に理解した幼いころのままの良心でいてはいけません。それを精査し、把握し、更新していく必要があります。

 

相手が受け入れてくれたから大丈夫、怒ったからダメと判断し、人に依存し続けている限り、あなたの自己評価は不安定です。

人の心を思いやるのは大切な事です。しかしあなたは相手がどう反応したかではなく、自分の思考力を働かせ、自らの良心に基づいて、自分を裁かなければなりません。

それを怖がらない勇気を持ちなさい。裁判所を出てくる人は毎回刑務所に直行するわけではなく、裏口から逃げずとも無罪を勝ち取ることがあることを考えなさい。

あなたのワンダーランドに不公平で愚かな裁判官を据えておく必要はありません。

 

正しいことをしていれば人の心は傷つけないと思っているとしたら、それは大きな間違いです。

悪人はみな水戸黄門の登場にたいそうショックを受けているではありませんか。

 

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yukee-aneyukee-ane 2010/04/24 14:56 私宛の日記かと思うくらい考えさせられます。

Paris713Paris713 2010/04/24 16:02 非常に興味深く読ませていただきました。
私は「傷つく」という事がほとんどない人間なのですが、もしかりたら「無意識」のうちに傷ついてないふりをしていたのかもしれまませんね。「無意識」なので確認出来なくて残念ですけど。

>正しいことをしていれば人の心は傷つけないと思っているとしたら、それは大きな間違いです。
全くもって同意です。
というか、私は「それが正しい事であるが故に人を傷つける」事があると思っています。

>人の反応で自分の行動の正邪を判断するのをやめなさい。
これも最もだと思います。
多くの人に知ってもらいたい良い言葉ですね。そうしたら人々の反応に怯えて自分の世界を狭くしてしまっている人々も救われるのに、と思います。
私は自己評価は完全に自分自身で決めてしまう困った人なので、少しはそういう人々を見習う事も必要かな?と思う事もあるくらいですが。

>不完全な親の話を不完全に理解した幼いころのままの良心でいてはいけません。それを精査し、把握し、更新していく必要があります。
私もそうしようと思います。
私自身の「良心」を。
ただ、いまのところ「私自身の良心」は、私が他者を傷つける存在である事に自覚的であれ、と言っています。
まだまだ成長していないようですね。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/24 16:08 >yukee-aneさん
念頭に置いている人の中にyukee-aneさんもいましたよ!
 
>Paris713さん
お伝えしたかったことは書いたので、メールはしないことにしますね。

yukee-aneyukee-ane 2010/04/24 16:50 ありがとうございます。
何度も読み返しています。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/24 18:10 >yukee-aneさん
はてこも読み返してる! 目をお大事に。

壱念壱念 2010/04/25 05:20 「人の心を傷つけてはいけない」という考えは
間違っていないと思いますよ。
 ただそれに固執しすぎるとよろしくないだけで。
 はてこさんが言っていることは
「何が何でも人の心を傷つけてはいけない」ということ
ですよね。それならたしかに間違いです。
でもそれはすべてのことに言えることですよね。
「過ぎたるは及ばざるが如し」ですか。

 はてこさんは誠実で真面目だから、こうと心に決めたことは
自分にも相手にも適用してるのかもしれませんが、そこは
二重基準(ダブルスタンダード?)を持っても大丈夫だと
思いますよ。
 自分の行動で意図せず相手を傷つけた→ごめんなさい。
 自分の行動で意図せず相手を傷つけているかもしれない
  →考慮できる範囲で慎重に行動する。
   それで駄目だったらごめんなさい。
 相手の行動で自分が傷ついた→相手が好意を持ってやって
くれたなら、それは許しましょう。無理に断罪しなくてもいい。

masa193masa193 2010/04/25 08:01 書いてあることは、立派だと思います。
でも、話しがよくわかりませんでした。

zehahazehaha 2010/04/25 09:49 >Paris713さん
ただ、いまのところ「私自身の良心」は、私が他者を傷つける存在である事に自覚的であれ、と言っています。
それは、ひつようだと思います。
そのうえで、どう考えて生きていくかということなのでしょうね。

aa 2010/04/25 11:20 >「人の心を傷つけてはいけない」という間違った考え
まさか、はてこさんからこういう言葉が出てくるとは、なんとも妙な気分です。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/25 11:23 >壱念さん
傷つくかどうかは究極的には人にコントロールできません。
でも「人を思いやる」という一つの基準には誠実に取り組むことができます。これはなかなかやりがいがあり、独創性を発揮できる興味深い分野でもあります。
自分は孫を十分思いやったと思えば「コレジャナイロボ」を買ってきたおじいちゃんも、自分を攻めずに済みます。
 
ところで、春ですよ。パドリング行ってますか。
色々聞いてみたいんだけど、海のこと。
 
>masa193さん
話ってなんだろ? とはてこも思いました。
 
>zehahaさん
私もそう思います。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/25 11:30 >aさん 妙な気分が深まるとどうなるか考えてみてね。

livedoorTOPから来ましたlivedoorTOPから来ました 2010/04/25 11:44 おっしゃりたいことは解りますが、『「人の心を傷つけてはいけない」という間違った考え』というタイトルでありながら、実際書かれている内容が『他者の表面的な反応を鵜呑みにすべきではない』という主張になっています。
例えば『「人の心を傷つけてはいけない」という考えに潜む罠』といったようなタイトルならばわかりますが、このタイトルには同意しかねます。

macomaco 2010/04/25 11:49 生きているとどうしても人の心を傷つけなければならない場面は沢山あります。その多くは正しい行動で間違っていないです。
ただ、その時に相手にちゃんと納得して貰おうという配慮と努力、もしくはアフターフォローをきちんとやらないと、単なる独善的な人になってしまいますよ。
単に相手を傷つけない人というのは毒にも薬にもなりませんが、相手を傷つけてもきちんとフォローができる人が、本当に人の心を掴めるのだと思います。

takahashitakahashi 2010/04/25 13:09 わー、自分のことを分析されているみたいです。
20年前に知りたかった・・・。(今でも遅くなければいいのだけれど)

USHI58USHI58 2010/04/25 15:21 極端すぎる。

tukine0tukine0 2010/04/25 15:41 うわ〜今の自分宛に天使が送ってくれたのかと思うような内容でした。ものすごく救われました。ありがとうございました。

kikukenkikuken 2010/04/25 17:11 はじめましてです。

これまで、はてこさんの日記、
共感したり反発したりしながら興味深く読ませてもらってました。

そして今日、これを読んで。
はてこさんの述べてらっしゃるいろんなことが
一本でつながった!気がします。
うれしい。

僕は常々、
人を怒らせないこと=人を喜ばせること
ではない!!
と思ってるんですが、
そういうことですよね?
違うかもズレてるかも、ですが。

近頃は、「いいお天気でよかったですね」と
大声で言っちゃいけない。
って考えがあるらしいですよね。
たとえば、日照り続きて困ってる農家の人が
それを聞いたら傷つくでしょ?ってことらしい。
まあ・・それは、ある場面においてはそうなんでしょうけど
誰も傷つかないけど喜びもしない
なんてつまらない。

だから僕は、
梅雨の晴れ間に結婚式を挙げた2人には
「おめでとう!晴れてよかったね!!」と
大きな声で言いたいです。

norionorio 2010/04/25 19:10 相手が傷つこうとそれは私が水戸黄門で相手が悪の化身だからだといいたいんでしょ

mao_mk68mao_mk68 2010/04/25 20:06 アリストテレスのニコマコス倫理学という本のことを倫理学概論で聞いた時に、あなたがここで書いている事とほぼ同じ事を思ったものです。
哲学や宗教というものを本気で考えて実践している人々は大抵この問題を一度は考えているものです。
若干あなたの立ち位置は宗教家に近いですが。

なまえ?なまえ? 2010/04/25 20:54 ん?
タイトル「人の心を傷つけてはいけない」

くくり:正しいことをしていれば人の心は傷つけないと思っているとしたら、それは大きな間違いです。

タイトルは全体的に否定しているけども、くくりは限定的に否定してるよね???どういうこと?タイトルまちがってない???釣り的誇張???

dumyheaddumyhead 2010/04/25 21:18 とてもおもしろい考えだと思いました。もう少し抜けがいいと、もっとよく響くのにという風穴を空けてほしいかんじというか。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/25 22:27 >livedoorTOPから来ましたさん
えー、そんなところから! はるばるありがとうございました。
 
>macoさん
そうですね。そのためには相手の反応によらず、自分の思考力を働かせ、内省することがたいせつだと思います。
相手が目の前にいてもいなくても、事後にも、事前にも。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/25 22:31 >takahashiさん
きっと、明日もまだ生きてる!
 
>USHI58さん
結論が出てよかったね。
 
>kikukenさん
どっかでお茶飲みながら話がしたいね!
はてこそう思うよ!

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/25 22:37 >mao_mk68さん
すみません、コメント欄ないのでここに書きます。
リンク先を見て感激。誰だか分からないまま、丸岡いずみさんの画像をイメトレ用にデスクトップ保存していたんですよ!!!
ありがとう! これから全力で画像検索する!
 
>なまえ?
?が消えるまで物事を考えるのは根気のいるたいへんな仕事ですね。
  
>dumyhead さん
ぜひ、挑戦してみてください。

ss 2010/04/25 22:53 極論すぎると感じました。
言っていることはわかります。
自分の良心に従ってしたことなのに相手を傷つけてしまった時、悩まなくていいようにと言ってらっしゃるんですよね?
ただ私は、意図せずに相手を傷つけてしまったら、本当に正しい行為だったか少し考えてみる必要があると思いますよ。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/25 23:35 >sさん
自分を吟味するとはいつでも自分を大目に見るということだと思いますか。

yokoyoko 2010/04/26 00:13 私ははてなの住民ではありませんが、ときどき読ませていただいています。今回は無言で通り過ぎることができなかったので、一言だけ。

人を傷つけることと良心の問題のつながりがよくわかりませんが、とりあえず、人を傷つけることを恐れずに自分の善と信じることを成せという主張と受け取りました。宗教ですね(違ったらすみません)。

「良心」「善悪」とは大変曖昧で、人や社会との接触の経験や知識、状況によって変化していくものですし、自分の生きている環境や文化から完全に自由ではありえない以上、周囲や社会の価値判断の影響を多大に受けています。もちろん私は自分の価値基準(善悪というよりは、なにが自分にとって許せることで、なにが許せないことなのか、ということですが)を持っていますが、自分の下す善悪の判断が絶対的なものとは思ってはいませんし、だからこそ、いつもそれを問い直すことが必要と考えるのです。相手には相手の価値判断の基準があるわけで、それは自分と同じではありません。私はそれを自分のものとして受け入れることはできないけれど、相手のものとしての存在を認めます。その上でその溝を埋めるために議論するなり、違いを認めただけで通り過ぎたりするのです。
それに、自分の良心に沿っていれば何でも言っていいというわけではないでしょう。言っていいことか悪いことかを判断するのは、経験に培われた判断とその場の状況と思います。はてこさんが好意的にとらえていらっしゃったコメント欄の方のあげた例を(おもしろかったので)引用させていただくと、いい天気でうれしいと自分が思ったとしても、日照り続きで難儀している相手に、そうと知りつつ、「いい天気ですね!」とは私には言えません。言える人がいるとしたらびっくりです。

読んでいただけるといいのですが、長くなったので心配です。

simplemindsimplemind 2010/04/26 00:30 >壱念さん
はじめまして。私はあなたと意見が似ています。
でもそういう考え方って時々疲れませんか?私は時々疲れます。
時には相手に「お前が間違ってる」と言うことも必要ですね。

……何となく鏡に向かって喋ってるみたいで変な感じですけど。

>kutabirehatekoさん
こんにちは。私も近くの海で時々サーフィンをします。
サーフボードの上に寝そべって、パドル(櫂)の代わりに腕で水をかいて移動することを「パドリング」って言います。
だから「パドリングに行く」とは普通言いません。ピアノの練習に行くのを「楽譜を読みに行く」って言うようなものです(笑)

とは言え、サーフィンってほとんどがパドリングと波待ちで、実際に波に乗る時間はとても短いので、その意味では「パドリングに行く」というのもあながち間違いではありません(笑)

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/26 07:02 >yokoさん
「日照り続きで難儀している人がいる“かもしれない”から、いい天気ですねと言ってはいけない」に対して「梅雨の晴れ間に結婚式を挙げた人に」「晴れてよかったね!」と言いたい、ですね。
私たち夫婦には子どもがいませんが、妊娠や出産の知らせはうれしく思います。しかし「あそこは子どもがいないから言わない方がいい」と隠し通そうとする親戚もいて、こういうのって難しいとですね。
 
私が恐れないで、と書いたのは自分の下した判断や自分の考えを見つめ、自らを裁くことです。ある人達にとって内省するのはとても恐ろしいことです。
それに対してみんなやってるからあのくらいはいい、とかあの人がそれでいいって言ったとか、人に依存して考えることをやめるのは易しい。
 
>良心とは「物事の善悪を区別し、悪を避け、善をなそうとする心」です。
人は「言っていいことか悪いことかを判断する」「経験に培われた判断とその場の状況」を顧みて、良心は物事を判断します。
たとえば、もらい過ぎたお釣りに気付き、返した方がいいと良心に基づいて判断したあと、気付かれないから返さなくていいと着服する、これが自分を欺くということです。
「そのくらいいんじゃない? あの店儲かってるから」
と人に言われて、あーじゃーいーか。というのは人に依存しているということです。
 
yokoさんはきっとご自分で判断される方だと思います。
たとえ周囲の人が大勢で話してるとしても、その話題が自分にとって不謹慎だと感じれば、場の雰囲気には配慮しつつ、その話には乗らない方なのではないかなと思いました。ノリの悪いヤツだと思われても。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/26 07:06 >simplemindさん
江ノ島に行くとパドリングしてる人が大勢います。
立つのはほんの一瞬だけど、あの瞬間ってすごく楽しいんだろうな、と思います。冬場裸足で浜辺を歩くなんてよっぽどだ。
さいきん凧に掴まって湘南辺りを飛んでる人もいるね。
飛んでっちゃったりするから、おおおおおおお!大丈夫か!ってハラハラする。あれも楽しそう。

8bit8bit 2010/04/26 10:00 自分自身を客観的に認め,他人の行動に左右され過ぎない方が良いという考えには賛同できます。

でも、「人の心を傷つけてはいけない」という考え自体に間違った点は無く、単に行き過ぎはよくないということだと思います。

はてこさんの文を読むと、自分が納得できるなら何をしても構わないんだと勘違いする人も出てくる気がします。
読む人が「人のためにならない思いやりは間違っている」という捉え方ができればいいのですが題のニュアンスから「人の心を傷つけることは悪い事ではない」と単純に受け取る人も出てくるかも(極論ですが・・・)
インパクトを狙うだけの配慮の足りない題名はあまり好きではないですね。

個人的には、人の気持を感じ取らないのはダメ、人の気持に自分の行動を縛られすぎるのもダメ、何事も偏りすぎるのは良くない事だと思います。

simplemindsimplemind 2010/04/26 10:26 >kutabirehatekoさん
すごく楽しいですが、とても怖いです。
後ろから走って来る巨大なトラックに自分も全力で走ってスピードを合わせて屋根に飛び乗ってスケボーで前のガラスを滑り降りて後ろから押されて一緒に進むのと多分似てます。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/26 10:39 >tukine0さん
コメントありがとうございました。うっかりお返事を書きそびれてしまいました。ごめんね!

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/26 10:43 >8bitさん
思いやりを持ち、自分の中に公平で賢い裁判官を据えようと思う人はどう行動するでしょうね。
人を気遣うことはよいこと、配慮するのも良いことです。
ダメなことよりよいことを考えた方が創造性は向上します。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/26 10:45 >simplemindさん
うーわー…。ご経験がおありなのでしょうか。そうですか。
あのままどんどん沖に飛んでいってる人は、楽しんでいるのか、恐ろしい事態に巻き込まれているのか、浜辺から判断するにはどうしたらいいんだろうと思いました。

ryo618ryo618 2010/04/26 15:06 素晴らしい文章です!もう少し自分の中で消化してから引用記事を書きたいと思います。

nuttakunnuttakun 2010/04/26 17:57 文章が長く、あまり意味がわかりませんでした。
簡潔にはできませんか? 多分、最後の文章の、

「正しいことをしていれば人の心は傷つけないと思ってるとしたら、
 それは大きな間違いです」
と言いたいのでしょうが、はっきり言ってそれこそ大きな間違いです。

書いた通りに書きますが、
”相手が受け入れてくれたから大丈夫、怒ったからダメと判断”
をダメと書かれていますが、それも間違っています。

それを突っ切って「怖がらずにやりなさい」と言うのであれば、
それこそ、単に子供なだけで、実行する人は、周りが勝手に離れていきます。

あなたは人付き合いが苦手なタイプなんでしょうか?
あの人も私に合わないからダメ、この人もダメ、
まるでハサミのように切り捨てていませんか?

「顔色をうかがうのはダメ」だと言いたいのでしょうが、
「顔色をうかがいながら、自分の言いたいことを伝える」のが正しいです。
ちゃんと受け入れて、自分の中で反芻して、傷つけないように伝える。
相手にも「自分の意見も受け入れてくれた。 だったら相手の反論も聴こう」と
聞く耳を持たせる事が必要です。

自分の言うことと違うからとハサミで動物を切り刻んだ後に、
ご飯をあげても、恐怖にかられて聞く耳を持ちません。
水戸黄門のようにショックを受けさせるとかの比喩時点で、そのタイプな気がしてなりません。

mudearumudearu 2010/04/26 21:18 周りには、物事をはっきり正直に言うというひとばかり。
私が、傷ついたりしても、正しい事を言ってあげたという感覚なのでしょうか。傷つかなければいいのですが、私は、正直な言動ができなくなってしまいました。周りのせいにしてるようですが、自分ではどこまでが許容範囲なのか、毒づきあう関係がいいのか、わかりません。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/26 21:27 >ryo618さん うわあ! 今夜はうきうきして寝ます。
 
>nuttakunさん コメントは簡潔に。次の記事も参考にね。
 
>mudearuさん
率直と無神経は違いますよね。ブラック・ジャックと闇雲にメスを振り回す医者くらい違いますね。
 
これは私の人生Tipsなのですが、口に出さなくていいので、そして顔にも出さなくていいので
「この話はいや。自分はこの話がいや」
とこころの中で言ってみてください。自分にも周囲にも、ちょっと驚くような効果があります。

とりとり 2010/04/26 21:37 はじめまして。興味深く拝見させていただきました。

他の方も仰っていますが、タイトルの『「人の心を傷つけてはいけない」という間違った考え』は少々断定的すぎるのではないか、と感じました。

人は他者と接する際、時に厳しく接する必要があり、その判断は自らの良識や常識、はたまた好き嫌いによって決めるべきです。
が、そこにはあくまで「傷つけてはいけない」という良識的、常識的な前提があるべきでは?
仮に私のワンダーランドから裁判官が居なくなったとしたら、それこそ好き放題わがまま放題の「暴君」になってしまうと自負しております。

が、全文読み終えた時点で、
「おそらくそんな事は承知の上で、趣旨を強くダイレクトに伝えるためにこういった形にしたのだろう。」
という風に受け取りました。

自分の判断基準、自分の中の「正義」を確信して行動できる人間は強く魅力的であることが多い、と私は思います。
ですが、その正義と正義が個人レベルでぶつかれば仲違いの切っ掛けになり、グローバルなレベルでぶつかれば戦争が起こる。
どちらも正しい事を言っている、行っているのに・・・結果、惨事を引き起こすこともありえると思うのです。

「人の心を傷つけてはいけない」もしくは「人を傷つけてはいけない」は、そのような結果を回避するための最低限の良識、常識であると考えます。
ですので、それを真っ向から否定したタイトルに違和感を持ち、しかしそれ故に興味を持って本文を拝見させていただきました。

もしかしたら、黄門様に勧善懲悪されたやられ役にも、やむにやまれぬ事情があったかも知れませんね。

駄文を長々と失礼致しました。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/26 21:46 >とりさん
少々お高い本なので、図書館にあるといいのですが「嫌な気分よ、さようなら」という認知療法の本に、この種の無害そうに見える定義がびっくりするほど人を縛る例が色々出ています。
お話をうかがって、関心をもたれるのではないかと思いました。
「竹やぶと赤の女王」に補足を書いたので、よかったらご覧になってください。
 
>やむにやまれぬ事情
 
あるでしょうね、きっと。そこにドラマがあると私も思います。

yamagashiyamagashi 2010/04/27 01:13 その行為によって人が傷つくことと、その行為が正しいか間違っているかは別問題であると思います。
貴方の意見ですと、「正しいことであれば相手が傷つこうが自殺しようが何言ってもかまわない」ということになってしまうと思います。そう誤解される方もいるでしょう。私も、多分誤解しています。
相手は傷ついているわけですから、それは詫びましょう。その上で自分の意図を説明するべきだと私は思っています。
そして、次からはそういう刺々しい言葉をなるべく使わないように心掛けるべきかなーと思います。人間関係を円滑にするためにも。

逆に、自分が不用意な一言で傷ついた時は、相手の意図を探りましょう。
で、その意図を汲み取った上で嫌なものは嫌だとはっきり言いましょう。
PSPが欲しかったのにおじさんがDSを買ってきたのだとしたら、それはおじさんがPSPとDSを知らなかった(混同した?)だけですから許しましょう。でも、それはPSPじゃなくてDSで、自分はPSPが欲しかったんだとはっきり言ってしまってもいいでしょう。
ですが、気持ちを汲み取って何も言わずに受け取り、次の誕生日にPSPとは何かをしっかり説明した上でPSPをプレゼントに頼んでもいいかもしれません。
間違っても、おじさんをフランスパンで殴ってはいけません。PSPと間違えてゲームギアを買ってきた場合には別ですがw

不用意に人を傷つけることは事故です。次に気を付ければいいだけですから、そこまで気にすることじゃないと思います。

この文章で貴方が傷ついたのなら謝ります。それは申し訳ない。
ですが、言いたいことがあったので言いました。それだけです。
謝って済むレベルじゃないかもしれないですけど・・・ね。

あと、刺々しい言葉をなるべく使わないように心掛けるべきかなーと思いますって書きましたが、私それが出来てますかね?
それに関してはやっぱり他人の目がないと気付かないところもあるので。

takanotakano 2010/04/27 01:47 まさに思い浮かべた本(嫌な気分よ〜)が紹介されていて驚きました。この本は私の信頼する精神科医もオススメの本で、健康な精神状態の人にもお役立ちの本ですが、コメントを見ていると勘違いされやすいのかな。お返事や追記で書かれる事を最初から説明(舞台設定の説明のように)されたら、幾分かの誤解や炎上は避けられるかとおせっかいですがそう思います。はてこさんがあえて曖昧さを狙っている(ドアをノックするために?)としても、消耗を避けるのも一案かと。

wagtailwagtail 2010/04/27 11:26 ペーペーの精神科医をしています。
大変興味深く読ませていただきました。
思い返してみると、「自分が人からどう思われるか」を、自分の価値判断に置いている自分に気づきます。
そうではなく、自分が、自分の良心に反しない行動を取れているなら、その結果他人の気分を害したとしても、自己評価を低くする必要はないのですね。
その人が気分を害したのは、その人にしかわからぬ理屈があったのかもしれないのですから。
よく考えたら、認知療法の基本ですよね。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/27 11:57 >yamagashiさん
あなたの立派なところは、次の記事まで目を通しているところです。
いまのところそれをしたのはあなただけです。
あなたはきっと、ずっと昔に傷つけて、そのとき気付かなかった人の痛みに思いを馳せることもできるでしょう。
たとえその人が胸の痛みをおくびにも出さなくても。それが内省するということですね。
 
>takanoさん
このブログはtophatenaによると30名弱の読者がおり、Googleの報告によるとよく来る方は100人くらいのようです。
その中には部屋の片付けが出来ないと家族の心象を害してしまったとお悩みの方、自分の過去を知った身近な方が心象を害してしまったとお悩みの方、親から自立しようとすると親の心象を害するとお悩みの方、自分の趣味が周囲の心象を害しているらしいとお悩みの方、性暴力加害者を拒絶したいが傷つけるのではとお悩みの方、強姦装飾ポルノは大勢の人に受け入れられているから問題ないと主張される方、強姦児童虐待殺人妄想ポルノの存在はセカンドレイプに当たると気づいて誰かにどうしたらいいか教えて欲しいとおろおろする方などがいらっしゃいます。
そんなどこかでひっそり見ていてくださる方々に宛てて、精一杯書きました。これは難産でした。ですから人様に取って出来の良い子かどうかわかりませんが、私にとっては大事なエントリーです。
本のこと。アメリカ人らしいユーモアを混じえた興味深い本です。いつかまたエントリーで紹介するかもしれません。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/27 12:07 >wagtailさん
うわあ、たいへんなお仕事ですね! きっと患者さんの評価で一喜一憂してはいられないでしょう。
手放しで褒めてくれる人は理由もなく怒り出すことがある、というようなことを村上春樹が“ハイホー”に書いていた気がします。正確には何だったかな?
「患者さんたちは、軸を他人から自分に移して、よくなっていくのよね」
と、知り合いの精神科の先生も仰っていました。ダイヤリー、読ませていただきますね。

eraganeragan 2010/04/27 23:24 周りに合わせて物事の正邪を決めていても安定せず
自分の良心を強く持つことが大切ということでしょうかね
「小さなあなたに古臭い民芸品を携えて会いにきたおじいちゃんは悪い」は素晴らしい例えだと思います
相手に悪意は無いのに、自分の思い込みで悪意を作り出してるわけですからね

yokoyoko 2010/04/28 06:24 お返事ありがとうございました。
日照りのたとえの件、本当にそうですね。誰かに配慮すれば別の誰かを傷つけるというのはよくあることです。先の私のコメントにはその視点は抜けていました。

このエントリは、自分で判断が下せない、もしくは自分の言動に自信のもてない悩める人にあてたメッセージなんですね、そういう趣旨ならば納得です。
私には、はてこさんがなんとなく「(皆が共有すべき)絶対的な価値判断」というものを想定している感じがしたのです。そこに違和感を覚えました。次のエントリでも、その違和感はまだ残っていますが、詳しく書こうとすると長くなりそうですので、ここまでにします。(いろいろ考えた末にこれ以上は書かないと結論するまでにも大変な時間を要しました。ちょろっとコメントするだけでもこれですから、ブログ書いてらっしゃる方は大変ですね。)

蛇足ながら、ピアノ楽しんでくださいね。私はバイエル6年かかりました。今は何も弾けません。悲しいです。

sakanasakana 2010/04/28 08:10 難しかった
どうすればいいんでしょうか。
文章が長くて難しくて、理解できない私はいけないこ。
と、傷ついた責任を取ってもらえるとかもらえないとか?

hitonigirihitonigiri 2010/04/28 11:50 「正しいことと間違っていること」と「良いことと悪いこと」は、常にリンクしないと思っています。

着地点が成長の為の悩みだと正しいことを伝え、行き詰った時の
悩みだと良いことを伝えてきました。

最近は正しいことが全てでそれは良いことだと簡単にラインを
ひいてしまう人達が多いとも感じています。

スノーボールスノーボール 2010/04/28 14:09 くたびれはてこさま
お初にコメント申し上げます。
いつも興味深く、かつ喜ばしく拝見しています。というと
いかにも定型的な社交辞令ですが、本当なので信じて下さいw

「子供たちは無垢であるから正義を好む。ひきかえ我々は
堕落し、邪悪であるから当然慈悲の方を好む」という
チェスタートン?の言葉を思い出しました。

私個人は人を傷つけたくないと考えていますが、それはもしかして
自分が傷つけられたくないという自己愛の反映にすぎないのかも、
とも感じています。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/28 16:35 >eraganさん
こんにちは。「自分が傷ついたことが相手に非があった証拠」という考え方って問題がありますよね。
 
>yokoさん
赤バイエル、黄色バイエル懐かしい。
はてなハイクに関係のあることを書きました。よかったら。
http://h.hatena.ne.jp/kutabirehateko/9234077155877233123
 
>sakanaさん
取るわけないでしょ! しっかりしなさい。人に責任を取ってもらえるのはその人に監督してもらっているときだけよ。
はてこに人生を監督してもらいたいの? はてこは時間をかけたいときはプリントアウトして読むわ。
 
>hitonigiriさん
わたしは人生経験がそんなにないので最近のことしかわかりませんが、子どもも大人も一生懸命自分でラインを引くしかないよな、と思います。
問題のないラインを引くのは究極的に不可能ですものね。
 
>スノーボールさん
喜んで信じさせていただきます。光栄です。
傷つけたくない、傷つきたくない、それは自然でたいせつな感情ですよね。もちろん自己愛もたいせつです。
 
「すべき思考って、知ってる?」
http://d.hatena.ne.jp/kutabirehateko/20100428/should_statements
も、よかったら読んでみてください。

mao_mk68mao_mk68 2010/05/03 10:04 >kutabirehatekoさん
いやーどうも。丸岡いずみさんのyoutubeスライドショーがお役に立ったようで。恐縮です。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/05/06 12:41 >mao_mk68さん
はい、これからも心して拝見させていただきます。

yukiyuki 2010/08/21 22:55 拝見させてもらいました

私が興味深く感じたのはコメントを書かれている人とのやり取りです。
・あなたは自分の「自分の中に公平で賢い裁判官を据えようと思う人」にしたがってコメントに対して返信している
・コメントされる方(の多く)は「あなたを傷つけないよう」に、かつ自分の意見をあなたに伝えようとしている

私はあなたの流儀「公平で賢い裁判官」にしたがって以下を書きます。
・あなたはコメントに対してまともに返信をしていませんよね?もっとはっきり言えば露骨に話題(論点)を変えています。(コメントを書いている人の真意を汲んでいないと思いませんか?)
・次の記事を読まないといけないのであれば、はじめにそう書くべきです。

それがあなたの「公平で賢い裁判官」なのですか?

人には思い込みや間違いをなくすことは出来ません。
裁判官もそれからは外れません。だから裁判は最大3回も行うことが出来るのです。

もう少し柔軟になったほうが良いのかもしれません。

私も心を病んだことはありますが、そのときは視野が狭く、自己の思い込みに固執しがちになっていたと記憶しています。
この文章を読んで、あなたが不快になると考えた上で書かせていただきました。今後のご健勝をお祈りしています。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/08/30 20:40 >yukiさん
最近ここをあまり見ていなかったので今日コメントに気付いたわ。
あなたは相手が不快になるとしてもアドバイスをしたいというその熱意を、自分自身に向けるといいと思うわ。
でも、それってとても難しい事よね。