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はてこはだいたい家にいる

2010-04-30

ゲリラ的人生

わたしが初めて精神科に行ったのは18歳になって6日目の秋の日だった。

16歳のときに入社したゲーム会社で家庭用ゲームのデザインの仕事をしていたのだけれど、少し前から企画を任されて、年上のプログラマーデザイナーたちに指示を出さなければならなくなった。これがすごく負担だった。

デザインだけをやっていたときは、仕事中上げなきゃいけないものを黙々と描いて、ダメ出しされたら描き直して、家に帰ったら仕事のことは考えなくてすんだ。でも、人を使うってたいへんだ。特に目上の男性に仕事を頼んだり教えたりするのは。

 

あるとき寝る前に玄関の鍵をかけ忘れたことに気がついた。

いつもは帰ったらすぐ鍵をかけるのだけれど、なぜかこの日はかけそびれてしまった。部屋は狭い。ワンルームから台所の向こうのドアを見るたび「あ、鍵」と思う。思いながら夜になってしまった。わたしは家具調コタツテーブルで絵を描きながら、時折ドアを見た。

 

鍵をかけなくちゃ。鍵をかけないと危ない。この間みたいに知らない人が入ってくるかもしれない。

いま絵を描いているから、鍵はかけられない。鍵をかけなくちゃ。絵を描き上げたら。

わたしは一晩中ドアを見ながら絵を描き続け、朝を迎えた。この日から、しなくてはと思うことが奇妙に出来なくなった。お皿とコップを片付けないと。家に帰らないと。会社に電話をかけないと。ご飯を食べないと。寝ないと。

  

困った。

わたしはどこで誰に相談すればいいのかわからず、電話帳で公営の電話相談を調べ、電話をかけてみた。

電話に出たのはPTAのおばさんと飲み屋のママさんを足して2で割ったような女性だった。

「あああ、そうお、あなたはそれがとっても辛いのねええええ!」

としきりに同情して相槌をうってくれる。どうやらその番号は基本的に話を聞いてうんうんと言ってもらうところのようだった。

「辛いと言うか、」

わたしは仕事に行けなくなったら生活が出来ないこと、具体的な問題解決の手段を緊急に切実に必要としていることを説明した。いつも泣き言と愚痴を聞かされているらしいPTAママの口調が、徐々に困惑気味になってきた。

「そうなると、お医者様にかかるしかないでしょうねえ」

「でもこの辺でどこにあるか、知らないんです」

「うーん、わたしも分からないわ。ああ、ここに電話してくる人が行ってる病院ならあるわ。いい先生だって言っていたけれど、わたしはその先生に会ったことないから」

わたしはその病院の名前を聞いて、電話で予約をした。

 

病院は小さな山の中にあり、大きな看板の下に「緊急入院・夜間受付」と書いてあった。私道を入っていくと窓枠に鉄格子が入った白い建物が木立の中にそびえ立っていた。辺りはしんとしている。

訪問者は病院の前の小屋のようなところで待たされ、受付が済むと院内の待合室に通され、そこで診察の順番を待つ。待合室の右手が診察室で、左手には病棟に通じる鍵のかかったドアがある。正面には一目で患者の作品と分かる、額に入った大きなはり絵が飾られていた。ドグラ・マグラを彷彿とさせる作風だった。

やだなやだなやだな。フロイトがどうこう男根が肛門がとかああいう解釈なのかな。やだなやだな。怖い。こわいこわい。出来ればユング方面だったらいいな。ああ、やだなやだなやだな。

 

あとで分かったのだけれど、その日はたまたま「老先生」と呼ばれる院長が診察する日で、この老先生は少し変わっていた。老先生はわたしの問題を一通りふんふんと聞いてから言った。

「それで、きみはどうしてそれが困るの?」

「しようと思うことができないと、一人で暮らせなくなるからです」

「あ、一人暮らしか。そうか」

「あと」

なんだか思いがけず喉が詰まった。

「なんだかずっと逃げてる気がして。親からも、学校からも、職場からも」

 

わたしは16歳と3週間で父親から逃げた。これはもう無理だと思うことがあって、ある週末に学校にボストンバッグを持って登校し、授業を終えてそのまま福岡から東京へ逃げた。まだ土曜日に授業があったころで、お昼の誰もいない教室にバッグを取りに戻ったら、クラスメイトの女の子たちが集めたカンパがバッグに入っていた。

 

子どもが親から逃げようと思うとき、行き場を見つけるのは難しい。かくまった側は親と対立することになるから、どんなによくしてくれていた大人も二の足を踏む。数年前に離婚という形で父から逃げて、一緒に住みたいと涙涙の手紙を送って来ていた母も、わたしの家出には反対だった。母には当時息子とあまり変わらない年の恋人がいた。いっぽう家には離婚の原因になった父の愛人がいた。

 

行き場がない。だけどここにはもういられない。わたしはマザー・テレサの本の奥付けに出ていた足立区マザー・テレサ修道院に電話をした。修道院には未婚の母になろうとしている女性や、虐待されている子供のためのシェルターがあった。電話に出たシスターに事情を話すと、シスターは二つ返事で「身一つで来て下さい」と言ってくださり、わたしは片道の切符と当座の衣類をまとめて土曜日を待った。金曜日、一応話しておいた方がいいかと思い、公衆電話から母に「行き場が決まったから」と話した。母は驚いたようで、それならうちに来なさいという話になった。残念ながら母との生活も長くはもたなかった。

 

とにかく、もう出て行けと言われない場所がほしいな、とわたしは思った。

夜、帰っていける場所。深夜から明るくなるまで外にいるのはほんとに怖い。

わたしは黙々と働いて、父にはぜったいに内緒にするという条件つきで17歳の夏に一人暮らしを始めた。母とは絶縁するような形になった。

こうして長い一人暮らしが始まった。

 

ふつう子どもは親から逃げない。大半の生徒は学校から逃げないし、社会人は職場から逃げない。みんな社会に順応している。わたしだけがこんなに早々と逃げ回っている。行くところもないのに。わたしの人生は十代で連戦連敗だと思った。老先生はわたしの話を聞くと少しぽかんとして、驚いたように「逃げて、いいんだよ!」と言った。

 

「勝てそうにないときは、逃げていい。それは負けじゃない」

日本軍はね、退却するのは恥だと思ってた。それで局所的な戦いで力を出し尽くして、勝った勝ったなんて喜んでた」

「ところがアメリカはどうだ、さっさと退却して作戦を練り直して、もっと効果的なところで打って出た」

「逃げていいんだよ。そして勝てそうなときに出ていくんだ」

「つまりゲリラね」

  

逃げていいんだ、つまりゲリラね、という言葉を今もよく思い出して、その意味を考える。

退却しながら弾を打ったりするのは弾のムダだ。背中を見せたら撃たれるなんて思い込むことはない。上手く逃げるんだ。

上手く逃げて、とにかく生き延びる。そして勝てそうなときに出て行く。人生は長い。

 

わたしは数ヶ月後に仕事をやめざるを得なくなり、病院に通う費用がなくなるまで、この病院に数回通った。二回目の診察のとき看護婦さんが「老先生がゆっくりお話したいとおっしゃっていますから、最後でいいですか?」と聞きにきた。その日から老先生とは院長室で話をするようになった。

雑談なのか診療なのかわからない話を色々した。カメラのレンズは何ミリが汎用性が高いと思うか。被写体深度についてどう思うか。写ルンですはなかなか使える。わたしは頭が混乱するときは卵白か生クリームを泡立てることにしています。ふんふん、それは興味深いね。

 

精神科医師薬学タイプ、脳医学タイプ、心理療法タイプの三つに分けられる、とある医師に聞いた。「もちろんどの医師も症状に対して総合的にアプローチはするけれど、出身によって問題の見方が少し違うんですよ」。

これは医師のタイプというより人間性の問題だと思うけれど、わたしが出会った先生方の中には、人生の困難を知っていて、医師というより人として患者に接する方が何人かいらっしゃった。そういう先生の言葉は玉子酒のレシピみたいに、調子の悪いときにけっこう効く。

 

逃げろ逃げろ、上手く逃げろ。捕まるな。上手く遠くまで逃げて、力をつけろ。人生は大勝負なんだから。

 

 

manysidedmanysided 2010/04/30 13:22 わたしと超にてる!!
以下略です。いつかメールで話すかもです。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/04/30 14:39 >manysidedさん
ほんとですか。戦ってますね。

CannabismCannabism 2010/05/01 10:21 いつまでも続く嵐もない、それに必ず朝はやって来る。嵐を避けて朝を待て。嵐の後の天気は特別清々しい。

q-gaidenq-gaiden 2010/05/01 22:01 はてこさんは本当に凄いな。生き様も凄いけど、その言葉の意味を納得できたのが凄い。

やっぱり怖いね。俺もここから早く逃げるべきだった。
本能に素直に従えないせいで、いつも余計な怪我をするのだ。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/05/01 23:21 >Cannabismさん
そうそう。長い冬が終わるまで持ちこたえるのが戦いなのよね。
長い冬を終わらせることじゃなくて。
 
>q-gaidenさん
試合中のボクサーだってバックはするものね!

へぼや萬年堂へぼや萬年堂 2010/05/13 03:46  あー、なんてグレイトな老先生だ。
 昔なら村のご隠居さんか坊さんやっているタイプかなあ。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/05/13 08:53 >へぼや萬年堂さん
最近のご隠居やお坊さんは出会いが少ないのかしらね。

negorinnegorin 2010/06/28 01:55  今、とても苦しかったので。過去の事実を受け入れて、それと向き合い、しかも闘わないといけないんだって思いこんでいたので読んで楽になりました。

kutabirehatekokutabirehateko 2010/06/28 07:11 >negorinさん
自分の過去も気持ちも、すべて思い通りに出来るというのは幻想なのよね。
髪の毛一本黒くも白くも出来ないとイエス・キリストも仰っているわ。
よい人生を。

trshugutrshugu 2010/08/31 17:54 やはり部分最適よりも全体最適ですな。