Hatena::ブログ(Diary)

はてこはだいたい家にいる

2010-05-28

食卓の焚き火

「ね、座ってないで」

はてこは夕飯を作りながら、ソファーで一休みしているもちのすけに声をかけました。

「もうご飯できるからそこ片付けてほしいの」

もちおは疲れた」

「もー、ご飯出来てから休んで!」

もちのすけはゆらりと立ち上がり、テーブルを拭きながら「焚き火」の替え歌を歌い始めました。

 

もちおは もちおは 糞馬鹿だ…♪」

「そんなこと言ってないでしょ! あーもう、お魚焼きすぎちゃった」

 

もちおはお茶碗にご飯をよそりながら、再び「焚き火」のメロディーを口付さみました。

 

「焼きすぎ 焼きすぎお魚が …♪ もちおだ もちおだ もちおのせい…

 おーかしいな おかしいな もちおのせいかな どうかしらー…♪」

 

我が家では一事が万事この調子です。

2010-05-19

はてこは最近ハイクにいる

つつじちゃん13歳、twitterセクハラに遭うの巻きについて

性別年齢趣味をプロフィール欄に書いて、

不特定多数からセクハラされたのち粘着で叩かれる。

これを社会の当然、世の中そういうもんだと叩かれた方に言う人ってなんなの。

 

34歳 男性 釣り人ウェルカム! って書いてもそんな目に遭わないじゃん

十代の女の子が漫画やアニメが好きだったらおぞましい目にあって当然なの?

 

ITリテラシーが低くて教育が必要なのは叩いてる連中でしょ

2010-05-18 16:01:27

 

「中1女子 おたく歓迎」っていうプロフィールが不用心だっていうけど

それは中1女子でおたく趣味というのは存在自体がまずいってことじゃん。

 

プロフィール欄は主に彼女の同年齢の友だちを対象に書かれていて

先方は彼女のプロフィール欄を見てフォローするかどうか決めるんでしょ。

年齢も性別も趣味も書いてないプロフィール欄に意味があるの?

 

彼女のために、って彼女にリテラシーを説くのと同じ労力で

セクハラしてる側の一人一人にネチケットについて説けばいいじゃん

その方がずっと世のため人のためだよ。

 

中1女子には説教するけど暴走成人男性には近づかないというのは

すでに暴走してる成人男性は剣呑だけど

非力な側に説教するのはやりかえされる心配がないからなんじゃないの。

 

それって結局パワハラなんじゃないのかね。

2010-05-19 03:27:55

自称ν速民、Twitterで女子中学生にセクハラ発言しブロックされ、腹いせに罵倒して話題に

セクハラー改名するの巻き

 

車内マナーの悪い人に声を掛けること

むかし小田急線新百合ヶ丘新宿間で白人男性の隣に座った酔っぱらいが

「ガイジン! おいガイジン! 何やってるんだ、てめえ外国へ帰れ」

「おい、返事しろよガイジン! あ? なんだ、日本語で喋れよ。偉そうに!」

と延々絡んでいたことがあった。

 

十代のお嬢さんだった私は座席の前に立ってむかむかしながら見ていたんだけど、

「危ないからやめなよ、俺が言うから」

と、一緒にいた男性が言うので数駅黙って見ていた。周囲も嫌な顔をしながら黙っている。おっさんは絡み続け、私の隣にいる男性はいつまで経っても何も言わない。

とうとう成城学園のあたりで「いいや、言うね!」と思い、私は酔っ払いに

「おっさん、いい加減にしなよ」

と言った。

  

「あ?」

「いい加減にしろって言ってんだよ」

不穏な空気ただよう車内。私も怖くなかったわけじゃなく、ただ見るに見かねて言ったのだった。しーん。ゴトンゴトン ゴトンゴトン

 

酔っ払いはしばらく私を見ていたが、とつぜん

「あなたは立派な人です」

と言った。

「あなたは立派な人だ、樋口一葉のようだ。ねえ?」

掌返しになんか笑ってしまった。車内の空気もやわらいだ。正直ほっとした。

そのあと酔っ払いの隣に座っていた中年女性が、酔っ払いに世間話をふって機嫌を取り始めた。その後酔っ払いは新宿まで白人男性にはかまわなかった。

 

新宿駅について、改札に向かってどんどん歩いていたら、後ろからぽんと肩を叩かれ

「Thank you very much!」

と絡まれていた白人男性に言われた。とてもうれしかった。

2010-05-19 14:11:35 

自分がその場にいたらどうしたか

2010-05-12

恋愛風景

四次元を理解するにあたって、恋愛はとてもいい経験になる。

 

一次元は点、二次元は線、三次元で奥行きがあらわれ、私たちが生きる空間があらわれる。四次元は私たちが行き来できない世界で、そこには時間というもう一つの軸がある。ドラえもんのポケットの中のあの世界。

 

一次元、点の世界はあなたの駅。少し離れて私の駅。一次元は孤独な世界だ。二つの点を線でつなげる。あなたの駅と私の駅は線を通って行き来できるようになる。二次元は線を通してつながる世界。

でも恋をすると、路線とダイヤに縛られるのはごめんだと思う。それで、自転車を買う。バイクを買う。車を買う。あるいは歩くのをいとわなくなる。あらゆる方向からあらゆる手段で、あの人に会いに行きたい。

上からも下からも右からも左からもあの人に会いたい。エレベーターを、階段を、はしごを上り下りして、山を越え丘を越え、海を渡ってあの人に会いたい。

 

そして恋の終わりがやってくる。恋が終わる前に恋人の命が終わることもある。宇宙の始まりと終わりの限られた時間の中で、私たちの恋はみな終わる。それから四次元を理解する時がやってくる。

 

あの年の春に桜を見ていたあなたを見たくて、桜の木の下に座る。あなたはいない。同じ桜の木の、同じ川縁のベンチにあなたはいない。あなたの椅子の上にもあなたのコートの中にもあなたはいない。

この景色にはあなたが欠けている。

あなたはあの年の桜の下にいて、あの椅子の上、あのコートの中で背中を丸めて眉をしかめている。こことは違う時間の中にあなたがいる。私はそれを確かに知っている。そこに私もいたことがある。

 

そこまでずんずん歩いて行きたい。四次元の時間の軸を、点から点へ移動するように、手前から奥に向かうように、ずんずん歩いてずんずん歩いて、そしてたどりつけたらいいのに。私たちは時間軸を行き来するのに向かない体で生きている。

  

 −手紙には愛あふれたりその愛は その日その月その年の愛

 

と、俵万智は詠んだ。その日その月その年の愛は、小石のようにそこにある。東京ディズニーランドの"カリブの海賊"のボートが浮かぶ水の中の、ボルトで留められた金貨みたいに、流されず、動かない。どんな風にも飛ばされず、芽吹いて育つこともなく、その日その月その年の中に、確かな重さを持ってあの恋がある。

 

宇宙船の窓から遠ざかる星を望遠鏡で見るように、時を超えた手紙の中に、私たちはあの日の恋を見ることができる。小さく輝く星のような恋の光を、私たちは時の暗闇の中に見つける。白日の今と未来の光が弱まる黄昏の空に。夜明けの前に。

 

<追記>

聡明なみなさんは、はてこが零次元と一次元を混同していることにもうお気づきですね。

今日のところはそっとしておいてください。 

2010-05-10

母へ

子どもポケモンではありません。日頃モンスターボールに入れておいて、都合のいいときだけ活躍させるわけにはいかないのです。

 

あなたが買い物に行く足がほしいと思うとき、賃貸契約保証人欄に名前がほしいとき、年末年始を一人で過ごしたくないとき、電球を取り替えたいとき、上司の悪口を言いたいとき、携帯の取扱説明書を読むのが面倒なとき、キーボードの入力変換がとつぜんおかしくなったとき、子どもを呼ぶのは悪いことではありません。

しかしそれは子どもの側の親切であり、あなたの当然の権利ではないのです。大正生まれのあなたの母が、そのような便利な隣人を持つ当然の権利があると思い込んでいなかったことに、あなたは感謝するべきです。

 

人にはそれぞれ自分の人生があり、仕事や配偶者を自分で選ぶ権利があります。善かれ悪しかれあなたの子どもにもそのような基本的人権があります。

 

あなたの日々のささやかな驚きに耳を傾け、あなたの痛みと悲しみを癒し、あなたの悩みに寄り添い、あなたを笑わせ、あなたの敵に体を張るのはあなたの夫の役目でした。

あなたが頼るべき相手であった私の父が、あなたの夫としていささか未熟だったことは、私も実に残念です。

しかしあなたが彼の子どもにその代償を支払わせようとするのは、現実的に色々と無理があります。彼らはあまりお育ちがいいとは言い難いですからね。

 

また、妻に求めるべきものを娘に求める残酷な父親や、夫に求めるべきものを息子に求める愚かな母親のことを、あなたもよく知っていることでしょう。彼らは幼い子どもしか頼る者のない孤独で哀れな男女ではなく、抵抗する術を持たない子供の魂を搾取する身勝手な大人です。

娘を姉のように、たくましい息子のように、世辞に長けた親のように扱うのは、同じ種類の暴力であることに、あなたはそろそろ気づいていい歳だと私は思います。

 

娘婿を元夫と比較するのはおやめなさい。

彼はあなたの愛した人ではなく、娘はあなたではありません。娘が夫に大切にされているからといって機嫌を損ねるのは、たいへんみっともないことです。

あなたが育てるべき子はあなたがお腹を痛めて産んだ娘であって、娘がお腹を痛めて産んだ子ではありません。娘とその子どもが必要としているのはスポック博士の育児書を愛読する養母ではなく、成熟し、安定した人間関係を築くことのできる祖母なのです。 

あなたは赤いちゃんちゃんこと帽子を贈られておかしくない年です。いつまでもABBAビートルズカーペンターズにひたり、学生運動気分で体制に文句を言っているだけではいけません。

 

平均寿命から推測すると、あなたの前にはまだ人生に興味を持つ時間が二十年以上あります。

ひ弱な娘と違って、あなたはこれといった病気もなく、立派な仕事を持っています。足を引っ張る親もなく、貯金もあります。

 

あなたの元夫は失敗を繰り返しながら生涯の配偶者を得ました。悔いは残りますが、いくら待ってもその席はもう空かないことでしょう。

今やあなたの子どもたちが帰る家はあなたの家ではありません。あなたも自分の家庭を持っていい頃です。その家庭を楽しむ時間がまだ二十年以上あるのです。

 

あなたは右も左もわからない女の子が選ぶようなお尻の青い男ではなく、かつて結婚という一大事業に挑み、子どもを産み、育て、自ら妻の座を離れて自分の人生を模索した女性が選ぶにふさわしい男性を選ぶべきです。

たとえ彼の腰が曲がり、頭部には僅かな白髪しか残っておらず、二の腕とふくらはぎが鶏の喉のようにたるんでいたとしても、ひるむことはありません。あなたが人に幸福をもたらすものについて、四十年前よりずっと多くを学んできたとすればですが。

 

そのような男性のお眼鏡に叶うために、科学的に若返る必要などさらさらないことについては、彼も大いに請け合ってくれることでしょう。

 

幸運を祈ります。愛を込めて。

はてなハイカーのみなさん、プロポーズして!

ブログ書けるんなら作文書いてみたら? と思って公募ガイドという雑誌を買ってきました。よく見たら、小説エッセイ以外にも、日夜一発ギャグを切磋琢磨するはてなハイカーのみなさんが挑戦できそうな公募がたくさんあります。川柳なんていいんじゃないでしょうか。5・7・5で荒稼ぎしようじゃありませんか。

 

日本洋傘振興協議会 雨やどり川柳募集 賞品は洋傘 5/15締め切り

 

呼子萬坊 お父さん川柳コンテスト 大賞30万円 5/23必着

 

トリンプ「インナーウェアにまつわる川柳〜ブラ川柳〜」 3万円とトリンプ賞品 6/30必着

 

キッチン・バス工業会「台所・お風呂の川柳」 商品券10万円 8/15締め切り

 

ムネ製薬 あなたの ヂ・川柳 ウェスティンホテル淡路ペア宿泊券 8/31締め切り

 

ここまでリンクを貼って気づきましたが、webの方が便利で情報が多いじゃないですか。

web版は公募ガイドこちら公募ガイドは580円です。

 

2010恋人の聖地 全国プロポーズの言葉コンテストというのもありました。部門は二つで

 

1.これからプロポーズ部門

2.今だから伝えたいプロポーズ部門

 

となっており、相手は実在婚姻可限定とは書かれていませんから、みなさんふるって応募なさってみてはいかがでしょうか。この夏寧々さん、愛花、凛子に熱海で告げたいプロポーズの言葉でもいいと思いますよ。ただし応募点数は一人1点ですから、誰か一人に絞ってくださいね。

 

プロポーズ。はてこの結婚のいきさつは非常に殺伐としており、はてこにとっては辛く悲しい思い出です。

しかしありのままに話すとみなさん血相を変え、非難囂々という展開が待っているので内密にしておきたいと思います。

一般的にはどんなのがいいのかな。

 

「一緒にアルバムを作っていこう♪」

「キミは僕の手をはなすな。僕はキミの愛をはなさない。」

少子化対策にご協力をお願いします。私だって早く素敵なドレスを着たいの。もう一秒だって待っていられないわ。」

 

これが2007〜2009最優秀賞・優秀賞だそうです。審査員は石田純一桂由美ほか。

「こんなんでスターもらえると思ってるの?」

と思ったハイカーのあなた。さあさあ出番ですよ!

 

 

2010-05-07

おにいちゃん魂

LOの表紙見てたら、兄ではなく剣道の道場にいたおにいちゃんを思い出した。

彼は道場では最年長者で、中学一年生だった。坊主頭で目が細く、まぶたと唇が厚く、がっしりした体格で声は低かった。七歳のわたしにはずいぶん大きく見えたけれど、本当はどのくらい大きかったのかわからない。六年生が一目置かれる道場内で中学一年生はかなり大人だ。

 

わたしは家では長女で、弟妹の面倒を見るのは自分の役目だと思っていた。

五歳のときにはすでに年少組で泣いている弟のために先生にかけあう園児だったし、小学生になってからは妹の塾のいじめっこを〆に行ったりしていた。一方自分に売られた喧嘩は自分でやる。だってお姉ちゃんだから。

 

お姉ちゃんは二人乗りするときは前に乗る。重くても泣き言は言わない。お姉ちゃんは弟が怪我したら手当する。弟が暗い部屋へ行くのを怖がっていたら、先に行って明かりをつけてやる。寒がっていたら自分の服を脱いで着せる。妹が泣いていたら抱いたりおぶったりして慰めてやる。それがお姉ちゃんだ。

 

ある年の夏、道場で夏休みの合宿があった。

合宿先は山の中で、川沿いの合宿先で通し稽古をしたあと、巨大な鍋でカレーを作る。剣道を習っていたのは兄弟の中でわたしだけだったので、わたしは一人で合宿に参加した。女の子はわたしだけだった。料理は付き添いの主婦がやるのだけれど、わたしはあとをついてまわって「お米の水は手首のぐりぐりのところまで」と言われながら水加減をしたり、勇んでジャガイモを切ったりしながら夜を迎えた。

 

たらふくカレーを食べ、先生たちは酒を飲み、子どもたちは大騒ぎをする。宴もたけなわというときに先生の一人が「これから肝試しをやる」と宣言した。子どもたちの間にどよめきが走った。肝試しといっても酔っ払いの思いつきだからたいしたことはない。明かりのない川沿いにある墓碑に、酔っ払いが半紙をつり下げてきたから、それを取ってこいというものだった。

 

子どもたちは互いに目と目で牽制しつつも、出て行こうとはしなかった。山の中の夜は真っ暗だ。酔っ払いの方もふざけ半分だから強制はしない。別に一人じゃなくてもいいぞ。賞品? そうだな、一人で行ったら考えてもいい。どうした、なんだおまえら肝が細いな。がっはっは!

 

これは挑戦だ、とわたしは思った。ここで行かなかったら、負けだ。みんながどやどや移動しだしてからではだめだ。行くならいまだ。わたしは親指をぎゅっと握りしめて、そっと部屋を出た。

 

たいした距離ではなかった。建物群を通り過ぎてすぐに墓碑があった。酔っ払いはそんなに遠くまで仕込みに行かない。墓碑の横にそびえ立つ松に、こよりで半紙が結んであった。わたしは背伸びをして、枝の先でひらひらしている半紙をぴっと引っ張って取った。そして、走ると怖いので砂利を踏みしめて早足で戻った。わたしは一心不乱に「へいき、へいき」と唱えながら歩いて、明かりが見えるところまで来てやっと息をついた。

 

「とってきた!」と半紙を見せると宴会場は一瞬静かになった。わたしがいなくなったことにまだ誰も気づいていなかった。間もなく事態がわかると一同一斉に喋り出して、一気にうるさくなった。仕込んだ酔っ払いは驚いていた。わたしは得意になって賞品を催促し、酔っ払いは話をうやむやにして何もくれなかったけれど、そんなにがっかりしなかった。わたしは賭けに勝ったんだ。

 

えへん、と思って席に戻ると、六年生男子と中学一年生男子がやってきた。そのときの光栄な気持ちをどう表したらいいだろう。大人と一緒に稽古をする中学生男子と、日頃小学生組最年長者として、子どもっぽい話からは一歩引いているクールな六年生男子の二人から、墓碑まで一緒についてきてくれ、と頼まれるあの名誉を。

 

わたしたちはもう一度、暗闇の中をじゃりじゃり歩いて墓碑まで行った。今度は途中で酔っ払いの一人が奇声を発しながら飛び出してきたけれど、もう怖くなかった。墓碑は昼間見るのと同じただの石だった。二人はおっかなびっくり墓碑に触って、まだびくびくしながら元来た道を戻った。わたしはさも平気そうに微笑んで見せたけれど、作り笑いではなかった。誇りではちきれそうで、自然に笑みが浮かんできたからだ。部屋に入る寸前、中学生男子がしみじみ「おまえ、すごいな」と言った。わたしはあんまりうれしすぎて何も言えなかった。

 

この日から中学生男子といっしょに過ごすことが増えた。

中学生男子はもともとやさしい性格だったようだけれど、わたしにとって中学生男子はある意味で大人以上に大人っぽくて、先生以上に近寄りがたかった。だから中学生男子のまわりをちょろちょろしないようにしていた。男子一同はちびな女子を何かと一段下に置こうとしていたけれど、中学生男子にとってちいさな女の子はもはやライバルではなかった。彼はすでに強い大人の一人として、保護者目線でわたしを見ていた。

 

中学生男子は親に送ってもらわずに自転車で道場に来ていた。田んぼに囲まれた道場まで中学生男子はママチャリでやってくる。あるとき道場が始まる前に「自転車に乗せてほしい」と言ってみた。

「え、乗るの?」

「うん」

「あー・・・いいけど、乗れる?」

わたしはまだ自分でママチャリの荷台にのれないほど小さかった。彼は小さな女の子を乗せるようにわたしを荷台に乗せた。

中学生男子は行く当てもなく困惑気味だったけれど、ごく当然のようにわたしを楽しませることを考えていた。それでわたしを荷台にのせて、道場を中心に田んぼのあぜ道をぐるっとまわった。

 

わたしはお姉ちゃんなので、いつもはよくしゃべる。お姉ちゃんは自分の意見をはっきり具体的に話し、物事をリードしなければならない。責任は積極的に負う。問題が起これば解決するのは自分の役目だと思っている。でも、中学生男子といるときはすっかり黙っていて、ほとんど喋らなかった。

 

中学生男子はおにいちゃんだった。おにいちゃんの自転車の後ろにいてやることは、おにいちゃんにしっかりつかまっていることだけだ。

「あれ、なあに」

「ああ・・・あれはね」

おにいちゃんは少し困って言った。

「もっと大きくなったらわかるよ」

「ふうん」

遠くにお城のような建物が見えた。日頃とことんまで問題を追及するわたしは、それ以上何も聞かなかった。おにいちゃんが大きくなったらわかるというなら、大きくなったらわかるんだ。

田んぼ、遠くに見える道場、お城のような建物、ずっと向こうの山。ものすごく楽しかった。いま思えばわたしが自転車の後ろに乗って、安心していたのはあのときだけだ。

彼は翌年道場をやめた。もう名前も思い出せない。

 

おにいちゃんだと言うのは年齢の問題ではない。全国、全世界のおにいちゃんたちが、妹を大事にしてくれたらと思う。そうすれば妹たちはいつまでもずっと、おにいちゃんのことを大事に思い出す。いつまでもいつまでも。

2010-05-06

中身の話

血液をお湯で洗うとタンパク質が固まってシミになることを知っている人はいますか。

ほとんどの女性はこのことを知っています。毎月そのことを思い出す機会があります。

 

夫はわたしの月経に「お仕事お疲れさまです」的な敬意を抱いている。

わたしの体は子どもを産むような作りになっている。わたしは胃に悪いものを避け、心肺を労るように、子宮と卵巣が健やかにあるよう考えなければならない。子宮や卵巣も乳房もわたしの一部だからだ。そこに血を送って、代謝が正常に行われるように出来る限り気を配った方が、痛みの少ない人生を送れる。自分の指の形が好きでなくても、それで指を詰めたりすれば生活は不自由になる。たとえ望んでそうしたとしても。

自分の体の気に入ったところも気に入らないところも、メンテナンスをして、よくしておくに越したことはない。手持ちの臓器は使える間は大事にした方がいい。わたしは一生この体で生きていく。換えはない。

 

居ても立ってもいられない、脂汗の出るような腹痛、張った胸が痛むこと、下着や服が血で汚れないように気を使うこと、気を使っていることを悟られないようにすること、これらの不自由さを自分自身忘れること。そして血液を水で洗い流すこと。これら月経に関するあれこれに対して、夫は畏敬の念を抱いている。人知れず山の中で、自分には出来ない力仕事をしている肉体労働者に対するような敬意。お疲れさまです、お茶でもいかがですか、的な敬意。

 

きのうふと、「わたしは夫の射精に対して夫がわたしの月経に対して抱くような敬意を抱いているかしら?」と思った。

夫の体は子どもを作るような作りになっている。どんな不自由があるのかわたしはあまり知らない。あまり不自由がなさそうでいいなあと思っていた。苦労がないというだけで下に見ていたかもしれない。

 

射精は月経と比べて、生理的な話より、快感と結びつけられがちだからかもしれない。月経には快感はまったくない。でもすべての射精に意識的な快感が伴なうわけではない。トイレで息んで出てしまう射精夢精夢精は少し月経と似ていて、不便そうだ。

 

普通の射精について考える。充血して勃起しているときの射精精子が競争するときにチームを作ること。*1睾丸を冷やすために玉袋がだらんと伸びたり縮んだりすること。そんな風に精子を作って、いい状態に保って、未だ見ぬ卵子のある場所へ送り込もうとしている体のことを考える。毎日毎日何年間も、せっせっせっせと、心臓が休まず鼓動を続けるように、肺が呼吸を続けるように、精子を作り続ける精巣、茹だらないように抜け目なくぶらぶらしながら気を配る睾丸。蹴り上げられたら痛いのに、それでも外で無防備にラジエーター活動を続ける睾丸。天まで届けと全力で勃起する陰茎。男性の体もいじらしくて一生懸命だ。お仕事お疲れさまです。

 

EDの治療の場で、ちんちんの作りについて敬意と品位を込めて生理的な話を小一時間じっくりすると、それだけでふたたび勃起するようになることがあるそうだ。蔑まれていたちんこが自尊心を取り戻すのかもしれない。

性暴力の責任を無力なちんこに押し付ける人がいる。万引きの責任を手に押し付けるようなものだ。ちんこに出来ることは限られている。ちんこは司令塔じゃない。ちんこに対する理解が欠けていると言わざるを得ない。

 

わたしは自分の体の女性的な作りが大嫌いだったけれど、腎臓肝臓と同じくらい、子宮や卵巣について思いやってしかるべきだと思うようになった。臓器に罪はない。ホルモンに文句を言っても仕方がない。みんなわたしが寝ている間も、生きていくのに精一杯がんばっているんだ。

 

自分を認める。性器も臓器も認める。わたしたちは生身の体を持って生きている。その作りに敬意を抱いて悪いことはない。人を認めるのも同じことだと思う。

 

敬意をもって、大事に扱う。

 

ないがしろにされた後ならなおさら、相応しい敬意を持って大事に扱うに値する。

扱い方の分からない馬鹿者の真似をするなんてことは、百害あって一利なしだ。 

 

<追記>

蝉コロンさんとこにいくと、この種の畏怖の念が深まる。

一般的に想像される受精までの道のりは、精子たちが俺が一番乗りだーとばかりに卵子に向かって競争してるシーンですが、時には彼らも力を合わせることがあります。グループをつくると泳ぐスピード*1が速くなるのです。理屈は知りません。なんでだろ。集団をつくるマラソンランナーみたいなもんか。写真を見るとなんか頭をくっつけてます。

敵味方を見分ける精子(例えば緑色の髭が生えているとかで)

過熱する精子競争

 

*1:同じ遺伝特質を持つ精子同士でタッグを組んで、進路を妨害したり牽制したりしあいながら着床にこぎつけるらしい。同じものを食べてるのに、男性の体の中ではそんな知的な尻尾つきの遺伝子カプセルが日夜作られているなんて不思議だ。