有朋堂文庫

高木市之助『国文学五十年』(岩波新書 1967.1.20)を久しぶりに開いてみると、昔読んだのとは違うところで、おやっと思わされるところがある。その一つが、有朋堂文庫に触れたくだり。

 当時(kuzan注、大正初年)の出版界にしても、ようやくこの頃になって国文学関係のものがいろいろ出版されるようになって来ました。その代表が例の有朋堂文庫ではなかったでしょうか。一体当時日本の古典文学を活字で読むには例の博文館の日本文学全書、同歌学全書、続歌学全書ぐらいしかなく、高等学校でも大学でも教科書としてはいつも誤植だらけのこの全書の御厄介になる外はなかったようです。(中略)そこへあの立派な内容見本を先立てて天金総クロースの有朋堂文庫がお目見えしたのですから、読書界がこぞって目を見張ったのは当り前でしょう。尤も私の大学院時代にはまだこの豪華版で「源氏」や近松を享楽する程度の生活には届かず、それにつりがねまんとに白線帽といった高校以来のやせがまんと大学院の学生は大学の図書で勉強するんだというアカデミックな自意識過剰も手伝って、この有朋堂の御恩に浴したのは正直にいって熊本の修養時代(kuzan注、五高在職五年間。校長は吉岡郷甫)以降のことですが、しかし、有朋堂文庫が出たことなどによって、一般の人たちに日本の古典文学を見直させたことはたしかでしょう。その点、戦後の岩波の古典文学大系や朝日の古典全書などと両方を経験して来た私などからすると、有朋堂の方がもっとヒットしたと言いたいくらいです。(p82-83)

私の感覚では、有朋堂文庫の校訂はきちんとしていない、という印象があったのですが、出た当時は、誤植が少ないものとして歓迎されたことが窺えます。

また、有朋堂文庫の校訂をたくさん手がけている塚本哲三は、受験国語の世界の人であると思っています。国語の受験参考書と思われる本を幾つも書いています。有朋堂文庫も、その流れで出したのかと思っておりました。

考えてみると、旺文社も受験産業から出た出版社ですが、旺文社文庫を出していましたし、小学館も学習雑誌が中心ですが、日本古典文学全集や日本国語大辞典を出してくれています。

受験を含めた教育と出版の関係、というのには大きすぎることですが、国語国文学と受験国語の関係を考える上で、有朋堂文庫は面白い存在であると思いました。

塚本哲三のことが載っている人名辞典は『民間学事典』ぐらいではないかと思いますが、ちょっと気になる存在です。

そういえば、先日のOMM古書市では、尚学堂の200円コーナーに、有朋堂文庫の漢文叢書が何冊か置いてありました。これはあまり目にしないような気がします。以前であれば、買っていたところでしょう。『江戸名所図絵』も揃いではありませんでしたが、何冊かありました。これも買いたいところでした。