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著作権七十年反対 私はEDGE

2018-05-27

一高から出た「牛耳る」

「牛耳を執る」を略して(あるいは「牛耳」を動詞化して)、「ぎゅうじる」というラ行五段活用動詞にすることは一高に始まる、とよく言われる。

米川明彦氏が『新語流行語』などであげる辰野隆書斎漫筆』pp.93-94、

 ルナアルの小説『ねなしかづら《エコルニフルウル》』は。精神的やどり木である文學青年を描いたものである。但、Ecornifleur といふ字は、古い言葉で、あまり一般には使用されぬらしく、普通の佛蘭西人は。その意味を知ってはゐない。字引を引いて見て初めて、『なるほど、さういふ意味なのか』と驚く。現に『ねなしかづら』が出版された當時、知名の記者オオレリヤン・ショオルがルナアルに『君は一つの言葉を新しくしたわけだ。今に方々で使はれるやうになるだらう。實を云ふと、僕も字引を引いてみたくらゐなのだ』と云ってゐる。元は一高から出た牛耳る漁夫るなどといふ言葉運命をも、僕は一寸考へて見た。


また、小谷野敦久米正雄伝』p.56の、

午後は一高会で、知った顔と「牛耳る」「音痴(馬鹿異名)」などの「テクニカルターム」で話し合ったという

は、大正元年夏に『萬朝報』に載せられた、一高生・久米正雄による盛岡から東京への徒歩旅行記に基づくようだ。


和辻哲郎自叙伝の試み』の「一高生活の思い出」(中公文庫p.537)にみえる、

一年前のことなどはけろりと忘れてしまって、頻りに先輩風を吹かし、新入生を「牛耳る」ことになる。

という、鉤括弧で括った「牛耳る」も、一高らしい言い方であると見なしてのものであろう。


画像は『魚住折蘆書簡集』、明治40年8月小山鞆繪宛の書簡で、ここに、

f:id:kuzan:20180504012204p:image:right

歸つて後マザーに牛耳られはせなかつたか。

とある。私の知る、最も古い用例だ。折蘆は明治36年に一高に入学京北中学で同期だった藤村操よりは一年遅れている)。この手紙の頃は東大在学中だ。小山とは、一高からの同級。



なお、一高に始まると言っても、その淵源が、一高の英語教師であった夏目金之助である、という話もある。

http://d.hatena.ne.jp/kuzan/20101121/1290315839

http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20061109/p1

金田一春彦氏のあげる田辺尚雄『明治音楽物語』の一高時代の思い出話、

なお夏目先生言葉を詰めて言う趣味(?)があった。例えば学校の向いの『梅月』という菓子屋へ甘いものを食いに行くことを「バイゲル」というたぐいである。多分野次馬を飛ぽすことを「ヤジル」と言ったり、仕事リードすること(中国の語で「牛耳を取る」という)を「牛耳る」などいう語も夏目先生新造語だと聞いている。

ただ、この証言、田辺尚雄のものしか知らない。金田一京助証言もあるかのように書いてあるものもあるが未見。



若原三雄「牛耳る」『新聞研究』89・昭33.12

というのがあるそうだが、未見である。

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