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日本外交の反省と転換 このページをアンテナに追加

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2014-10-01

炭素税やエネルギー税などの経済的手段

15:45 | 炭素税やエネルギー税などの経済的手段を含むブックマーク

西ドイツのある省庁を訪れて、環境担当の高官と話をしたときのことです。西ドイツは、地球温暖化の問題で、スウェーデンとならんで、もっとも熱心に大気安定化政策を進めていた国でした。一九九〇年一一月には、環境担当大臣が、二酸化炭素の排出量を、二〇〇五年までに二五%削減するという公式声明を出して、世界中から注目されました。また、地球温暖化に対して、炭素税やエネルギー税などの経済的手段をもって解決するために、EC諸国の間で、先導的な役割をはたしていました。しかし、一九九一年一〇月に、社会主義国だった東ドイツを統合してから、事情はまったく一変してしまったと、その高官はいうのです。

東ドイツの統合によって、西ドイツは大へんな経済的負担を背負うことになり、あらゆる種類の税を大幅に上げざるをえなくなり、環境政策に力を入れる余裕がなくなってしまったのです。そのとき、ドイツ政府の高官のいった言葉は衝撃的でした。自分たちは、四〇年間にわたる社会主義のもとで、東ドイツか、経済、社会、自然の面で大きく破壊されてきたことについては充分情報を得ていた。しかし、統合してはじめて、東ドイツで、人間の破壊が徹底しておこなわれていることを知った。自分には、かれらが同七ドイツ人だとは思えない。もし、西ドイツの人々が、このことを知っていたら、東ドイツの統合は決しておこらなかったであろうと。

じつは、ヨハネーパウロニ世はポーランドの方です。ローマ法王としてヴァチカンにこられるまで、ずっとポーランドにおられました。ポーランドが四〇年間にわたって、社会主義のもとで苦しんでいるときに、ずっとポーランドに留まっておられたわけです。マルクスレーニンの社会主義のもとでは、宗教の自由はありませんでした。宗教は阿片だとして、人々の心をたぶらかし、けがすものとされていました。ヨハネーパウロニ世は、「社会主義の弊害」はそれこそ身にしみて感じられていたにちがいありません。

しかし、ヨハネーパウロニ世は、ポーランドが、市場経済制度にあまりにもはやいペースで移ろうとしているのをみて、心を痛めておられたのです。ヨハネーパウロニ世からいただいたお手紙のなかにも、「イズーキャピタリズムーオールーライト?」(資本主義は信頼してもよいのだろうか)という印象的な言葉がありました。「資本主義の幻想」を人々があまりにももちすぎるのではないかと、ヨハネーパウロニ世は深く憂慮されていたのです。

一九九一年五月一五日、新しい「レールムーノヴァルム」が出されました。それは、「社会主義の弊害と資本主義の幻想」を主旋律として、公正で、社会正義にかなった世界を実現するために、私たちはいかに生きるべきかについて説かれたものです。「レールムーノヴァルム」が二十世紀への道を開いたと同じような意味で、新しい「レールムーノヴァルム」が二十一世紀への夢を与えるものになるのではないでしょうか。

2014-09-01

死後の尊厳

11:34 | 死後の尊厳を含むブックマーク

一方、日本人独特と思われるものとして、感情的に「体を傷つけられたくない」、「意義は認めるが、自分が提供するのは何となくいや」などの反対理由や、さらに「心身は不可分、来世のために五体を残したい」という人もあり、また「肉親が生前に献体を希望していても遺族として反対する」と答えた人が半数以上もいたということである。

ニューヨーク支社に派遣され、白人社会の中で生活しながら国際的に第一線で活躍している一流日本商社のエリート社員の献体に対する意識調査の結果がこのようである。封建的な因習にしばられ、家族制度が根強く残っている日本国内の各地方の方々に、献体の意義を正しく理解していただきヽすすんで献体をしていただくには、よほどの努力が必要であることを改めて痛感した。

「日本ではなぜ献体の希望者が少ないのか?そしてなぜ家族が献体に反対することが多いのであろうか?なぜ本人の意思(遺志)を尊重して献体を果してあげようとしないのであろうか?」この謎にぶつかり、暗中模索を続けた私は、これに対するいくつかの原因を考えるに到った。羞恥心と凱厭。自分自身あるいは身内の者が、死後多くの人々、たとえば見も知らぬ多数の医学生や研究者に裸体をさらけ出すことに対する恥ずかしさ、死後にまでメスを入れられることに対する憐欄、とくに「身内の者に死んだ後までそんな恥ずかしい思いや痛い思いをさサるなど、残酷でとてもかわいそう」という気持がふっ切れない。

ある種の権威主義的感覚。日本人の献体の精神に対する理解のなさから、「献体なんてそんな恥ずかしいことがさせられますか。家の恥ですよ」とか「社会的に地位も実力もある私がなんで死に恥をかかねばならないのか」という前項にあげた羞恥心とは異質の、個人のプライド(自尊心)、品位、面子にかかわる権威主義的感覚からくる複雑な感情であり、日本人独特の「恥を知れ」の「恥」の意識の反映のような感覚がある。

死後の尊厳。述べたことももちろん個人の死後の尊厳にかかわることではあるが、そのほかに、裸体をさらすだけでなくつぶさに調べられて他の人と較べられ、太っているのやせているの、と品評されるのではないかという猪疑心、さらに肉体は切り刻まれて自己のアイデンティティーが消滅してしまうという気持から、死後に自己の尊厳を傷つけられると恐れる気持。

2014-08-04

泥臭さに浸るな

09:45 | 泥臭さに浸るなを含むブックマーク

わたしが以前ともに仕事をしたことのある英国人のSEがそういう男だった。しゃれたブリティッシュースタイルのスーツに身を固めて、朝出勤してくると当日中に解決しなければならないバグ(コンピューターシステムの不具合のこと∵リストに目を通す。そして、コーヒーをすすりながら、端末の前に座ると調査を開始する。その集中力たるや、本当にすごい。数分の休憩もとらず、トイレにも立たず、昼食時まで端末のキーボードを猛スピードで叩きながら調査を続ける。人が声をかけてもほとんど聞こえていない。頭のなかでは、コンピュータのコードと数値が目まぐるしく展開されているのだろう。

昼食時も手を休めない。近くのカフェでサンドイッチを買ってくると、それをほおばりながら端末を叩く。まさに一分一秒もむだにしないのである。わたしが感心して見ていると彼は時計を見て帰り支度を始めた。ちょうど五時。終業時刻だ。だが、とうてい朝渡したバグーリストが定時までに片づくわけはないと思ったわたしは、彼にバグが片づくまでは帰れないと警告した。日本人の感覚では、すべての問題が片づくまではたとえ徹夜になっても作業を続けるのが常識だからだ。しかし彼は、首を横に振る。なんでもデートの時間らしい。わたしは、さすがにそれは無責任じゃないかと思って表情を険しくしたが、そんなわたしに彼は、朝渡したバグーリストを手渡し、「すべて片づいた」とひとこと言って、さっそうと帰っていった。

なんともクールな男である。まさしくプロフェッショナルだ。超人的な集中力、就業時間中は一分といえどもむだにしないプロ意識、定時までに目標をなんとしてでも達成する高度な技術力と強靭な精神力。「デートがあるから」という理由も、じつにしゃれていてよい。比して、多くのSEはどうだろうか。その日の仕事に明確な目標を置かず、時間を無駄遣いし、結果的に大量の残業に追い込まれ、そのくせたいした実績は残せない。SE諸君は、ぜひこのクールな英国人を見習ってほしいものである。

日本人と欧米人の職業に対するスタンスに大きな違いがあることは、いまさら言うまでもないだろう。極端に言うと日本人の職業における美徳は「時間」。欧米人の美徳は「効率」といえる。たとえば、仕事で同じ成果を上げるにしても、欧米ではできるだけ短時間で達成したほうがより評価される。しかし、日本では必ずしもそうでもない。自分のノルマを速く達成したからといって、他人よりも早く退社すると白い目で見られる。おなじみの横並び気質というやつである。

2014-07-15

ケアプランとケアマネジャー

10:44 | ケアプランとケアマネジャーを含むブックマーク

個々の要介護者にもっとも必要とされる介護は何か、痴呆性の問題も含め、もう一度深く検討する必要があります。厚生省では二〇〇〇年度中に高齢者の介護の実態に関する調査を実施しており、その結果を踏まえ具体的な改善方法を検討中です。公正、適切な認定基準になるよう、早期改定が望まれます。

また、認定から漏れた人たちへのサービスの問題があります。介護保険の対象にならなくても福祉サービスを必要としている人は存在します。たとえば元気な高齢者であってもデイサービスを利用して仲間と楽しく遊びたい、料理をつくるのが億劫なので配食サービスを頼みたい、などです。要介護に陥ることを防止する予防対策と合わせて、福祉を求める高齢者に応えていくことも必要です。本来は、介護保険を必要としない社会が望ましいのですから。

介護保険で要介護認定が行われると、要介護者にもっともふさわしいケアプランを作成することになります。ケアプランの作成を担当するのがケアマネジャー(介護支援専門)です。鳴り物入りで養成されたケアマネジャーも、複雑な支給限度額の管理に追われ、良質なケアサービスをいかに確保するかまでは手が回っていないといわれています。

ケアプラン作成の介護報酬単価も低く、人材確保にも支障が出ているようです。適切なケアプランが要介護者の介護内容を決定します。もちろん、まだ十分なサービスメニューも量もなく、ケアプランを作成しようにもサービスを選択できないという事情もあります。

介護保険の成否を左右するのは、ケアマネジヤーがどのような役割を果たせるかということです。要介護者や家族の相談にのり、適切なケアプランをつくるためには、豊富な知識に加えて実務経験が必要です。そのため、介護支援専門員の試験を受けるには、医療や保健、福祉などの一定の実務経験が受験資格となっています。

2014-07-01

指定金銭信託(単独運用)

10:41 | 指定金銭信託(単独運用)を含むブックマーク

指定金銭信託はおカネの運用について、たとえば貸し出しに回してくれとか有価証券の買い入れに充てるとか、また銀行へ預金ナるといったようにごくおおざっぱに指定するだけで、細かいことは信託会社に任せるものです。だから信託会社は大体任せられた範囲なら、A会社におカネを貸してもB会社の株を買ってもかまいません。もちろん、委託者は信託会社を信頼して財産の運用を任せるのですから、信託会社は貸出先や買い入れる株式、社債などについてどう運用したら一番有利かを考えて、運用するよう努めます。これには信託会社の永年の経験と知識が役に立ちます。指定金銭信託は金銭信託の大部分を占めています。

これはさらに信託されたおカネをそれだけ個別に運用するか、運用方法を同じくする他の信託されたおカネといっしよに運用するかによって、単独運用(指定単)と合同運用(指定合同)に分けられます。そこでまず信託の基本的な形である「指定単」から説明することにします。

これは委託者一人一人にっいて、受託から運用を個別に行うものですから、口座によって運用成果も必ずしも同一でない実績配当の原則がつらぬかれています。しかしその半面手数もかかるので、大口の投資家に適しており、戦前は保険会社などが利用していました。ただし戦後の資金不足期にはその自由な商品のゆえに一時非常に盛んになり、ピーク時の昭和二十六年頃は金銭信託の大半を占めたこともありました。その後経済の安定化に伴って乱用の批判もあり、受託の金額や期間また配当率を自粛することになり、高利回りのみを目的とする利用はほとんど見られなくなりました。

しかし契約の一つずっを個別に管理する指定単の仕組みは、年金信託など社会福祉関係商品にいかされていますし、金融自由化の進展や経済情勢の変化により、指定単にふさわしい新商品の開発も期待されるところです。