どうしてAmazonは赤字でもKindle本を売るのか

Kindle本の種類は思ったより多くない

私はAmazon社の電子ブックリーダ,Kindle(Kindle)の日本発売を待ち続け,日本で入手可能になるや否や,すぐに予約を入れて購入したユーザである.実際に使ってみると,思いの外,Kindleで提供されている本の種類は少ないことを残念に思っていた.例えば,ダン・ブラウンの人気本,オバマ大統領の本(朗読CDがグラミー賞受賞)はKindle版を入手できるが,ビル・クリントンヒラリー・クリントンのベストセラー書は入手できない.最近発売された,リンカーンの最新伝記A. Linkolnも入手できない.歯痒い思いである.米国ではエドワード・ケネディ上院議員回顧録サラ・ペイリンアラスカ州知事の本が話題を呼んでいるそうだが,Kindle版は提供されていない.

私は当初は,米国のみ入手可能で,他国(少なくとも日本)では購入できない設定になっているのだろうと思っていた.現在は米国Amazonのシステムが修整され,米国では入手できるが,日本では入手できないKindle本を日本で区別することはできないが,当初は,購入しようとしたときに,あなたの国には売ることができない旨のメッセージが出て,それがわかった.このような制限がかかっている理由は,出版社と,各国の書店や輸入代理店との間の契約の関係ではないかと思っていた.

米国でも売れ筋のKindle版が入手できない

ニューズウィーク日本版11/18号は「本と雑誌と新聞の未来」特集である(下記).表紙はAmazonKindle.ネットおよびKindle等の電子端末が,出版業界に与える影響を論じている.この中に,ダニエル・グロス氏による「話題作が読めないKindleのジレンマ」という記事が掲載されている.

Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2009年 11/18号 [雑誌]

Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2009年 11/18号 [雑誌]

本記事を読むと,米国内においても,Kindle版が提供されていない話題作は多いようである.グロス氏によれば,同氏の知る限り,Amazonが出版社に払う本の仕入れ価格はKindle版であっても,旧来型の本であっても同じで,本の定価の50%.例えばハードカバーの定価が26ドルの本の場合,Amazonは13ドルで仕入れているそうである.Amazonが定価通り26ドルで売れば,50%の13ドルが利益となる.

Kindle本は出血ビジネスモデル

Amazonは,米国内では,一般書のKindle版の多くを9.99ドルで売っている.つまり,先の例では,1冊あたり約3ドルの赤字となるのだ.これはかなり異常なビジネスだ.売れば売るほど,赤字が溜まっていく.

これはちょうど,インクジェットプリンターのように,プリンタを安く売り,インクで設けるビジネスモデルと反対だ.Amazonは,Kindle本が売れるほど損をしていくのだ.いわば「出血型」ビジネスモデル.

Amazonはどうしてこのような戦略をとるのだろう? 

Kindleのハードを売って儲けて,売り逃げするため?…ではなかろう.そんなことをしたら,電子本業界の主導権は取れないし,消費者の反発を買う.

赤字でもKindle本を売る理由

私が考える理由は,次の二点.

第一の理由は,これまで普及に成功しなかった電子本を成功させるため.Amazonは出血しながら,電子本を普及させているのだ.一般消費者に対して,一種のドネーション(donation,寄付),あるいは,先行投資をしながら,電子本の普及を促している.

第二の理由は,間接的な結果かもしれないが,実質的な参入障壁の構築のため.Amazonは出血しながら電子本を売り,相当の成功を収めている.後からこの分野に参入しようとする会社は少なくともAmazonと同程度の出血,もしくは,それ以上の出血に耐えながら,No. 1のAmazonと戦わねばならない.その戦いを会社の出資者が良しとしてくれるか?その敷居は高いと言わざるを得ないだろう.

Amazonはこのような戦略を開業以来,度々やってきた.Amazonは一般消費者向けの,インターネットを使った通信販売の先駆け的存在である.そのような販売が一般的ではなかった頃から,商品の送料を比較的低額に抑えてきた.最近では日本国内で,すべての本,CD,DVD,TVゲーム,PCソフトについて全品,配送料を無料とする大胆なキャンペーンをやっている.期間限定であったが,期間を延期し,現在も実施中だ.これも驚くべき出血サービスである.

Amazonは,電子書店から出発し,今日では扱う書品は多岐に渡っているが,最近は,コンピュータシステム分野にも進出し,コンピュータ設備をインターネット越しに,使用量分だけ課金するという,クラウドコンピューティング基盤提供サービスを始めた.驚くべき安価な価格設定で.おそらく,利潤は非常に薄いか,場合によっては赤字気味かもしれない.

つまりAmazonは,新たな市場を切り開き,切り開いた市場でNo. 1になる.その過程で,できるだけ他社による追随をできるだけしにくくする戦略をとる.これはAmazonに限らず,米国の勝ち組と言われるIT企業がやってきた戦術だ.

で,どうしてKindle本の種類が意外と少ないのか

Kindle本の種類が意外と少ない理由は,Amazon側と出版社側の双方の戦略が組み合わさっているのではないかと思われる.Amazon側の理由は,出血の制御のためである.Kindle本を売れば売るほど出血はするが,売らないとKindleは売れないし,電子本文化を普及できない.そこでバランスを取って,ほどほどに出血し,ほどほどに評判を落とさないようにKindle版の販売を制御している.もしかしたら,工学的な最適化問題として解くようなアプローチを導入しているかもしれない.

出版社側の戦略は,一般の書店の保護のためである.Kindle本と通常本の卸値が同じであるならば,出版社はどちらの形態でも,手にする利益は同じである.しかし,Kindle本を始めとする電子本は,出版社と,Amazonのような,一部の電子本プラットフォームをもつ会社にしか売れない.販売部数の少ない,ロングテールのテールの部分のような本はむしろ好ましいであろうが,ある程度まとまった部数が出ることが予想される本は,多くの書店で販売させ,書店網の持続に役立てたい.書店数が減ることは,販売チャネルが減ることであり,出版社にとっても望ましいことではないからだ.できるだけ多くの消費者の目に触れさせ,また,販売店の努力により売ってもらう.それが出版社側の利益となる.

Kindleを巡って何が起きているかを考えることは,インターネット上でいかにしてビジネスを成立させるか,多いに参考になると思うのだ.