[文化]「漢字なんてやめてしまえ」とは暴言か?

 朝日新聞夕刊12月7日の「こんな文字まっぴらや」は驚きだ.かつてのベストセラー「知的生産の技術」の著者,梅棹忠夫(うめさおただお)氏(89歳)の話なのだが,同氏は「漢字なんてやめてしまえ」なのだそうだ.

 同氏曰く,

漢字から脱却しなければ,日本の未来は危うい.漢字のしがらみが文明の進歩を邪魔しています.

 記事によると,

 煩雑な漢字の体系が文化や教育の発展,情報の伝達を妨げている.そう考えた梅棹は,戦後,ローマ字運動に取り組む.

 漢字をやめて,仮名文字だけしようと思いきや,ローマ字で行こう,という発想はかなりぶっ飛んでいる.

 dou mitemo kanji yori, ro-ma-ji no houga yomi nikui desyou. (どうみてもかんじのほうがよみにくいです)

 同氏は現在,日本ローマ字会の会長をしているそうだ.*1 *2

 文化としての漢字は好きだ.優美で奥深い文字だと思う.だから和服にたとえる.「結婚式は和服でいい.でも科学技術やビジネスの分野ではローマ字という世界服でなければ.和服で車の運転はできません.

 梅棹の意見をサポートする論文があるという.文章心理学者の安本美典(75歳)が1963年に発表した「漢字の将来」.小説100編で漢字の割合を調べて,20世紀初めの作品から半ばへ(泉鏡花の「高野聖」から三島由紀夫の「潮騒」まで),39%から27%と直線的に減っているそうだ.そのまま続くとすると,22世紀末に漢字が消滅する.

 大方の人は,「漢字なんてやめてしまえ」というような意見には賛同できないであろう.しかし,そんな意見,無視と切り捨てるのは早計かもしれない.

 漢字は,手書きでも,コンピュータ入力でも,時間がかかる.私は最近,日本語入力が,英語入力に比べて,脳に負担を掛けているのではないかと疑い始めている.これは私の個人的仮説に過ぎないが,漢字は表意文字であるため,表音文字より,直感的に読みやすい.このため,読むときの脳の負担が低いかもしれない.

 また,Twitterでは,一つのつぶやきが140字に制限されているが,アルファベット文字(半角文字)も,かな漢字(全角文字)も1字と数えてくれて,日本人にとってはラッキーだww.

 しかし,上記の私の仮説は間違っている可能性がある.その一つの証左は,日本語の本よりも欧米の本のほうが分量が多く,厚いように見受けられること.特に米国では,ベストセラー書ほど厚い.ビル・クリントンのMy LIfeは本文部が6.2cmもある.約1000ページだ.理工系の専門書においても,欧米の本は厚い.本屋の本棚で目立たせるためではないかと思うほどだ.

 かな漢字変換がないため,アルファベット言語の方が高速にコンピュータ入力できるのは間違いないであろう*3.アルファベット言語圏では,「変換」キー打鍵は必要なく,文字はキーボードからダイレクトに入力できる.

 梅棹氏の主張を取り入れる本筋的アプローチは,科学技術やビジネスでは「ローマ字を使うべし」ではなく,「英語を使うべし」ではないかと思う.もしそれを実行したら,日本人の英語力は大いに向上し,日本のグローバリゼーションに貢献するであろう.

 ただしグローバリゼーションは諸刃の刃だ.分野によっては危機にさらされるかもしれない.その一つが,IT産業界だ.日本人の多くが,英語を自在に使いこなせるようになったら,米国製のソフトウェアやネットワークサービスが,日本語化のフェーズ,すなわち,ローカリゼーションを必要とせず,ダイレクトに入ってくる.つまり,その分の食い扶持がなくなってしまうのだ.

 日本は,四方を囲む海と,日本語によって守られているよい国なのである.台風,地震があり,かな漢字変換を必要とするが.

*1:日本ローマ字会は明治18年創設の由緒ある会.Web上の文書は,期待に反して,ローマ字では書かれていない.

*2:日本ローマ字会とは独立のようだが,日本のローマ字社という財団法人があり,こちらのWebページは全文がローマ字のようだ.Twitter@kuzan氏に教えて頂いた.

*3:ただし,日本語も高速入力する手法はいくつも考えられている.しかし,日本国民全体で見たときに,多くの人が使用しているのはローマ字入力かな漢字変換であろう