隣の芝が青いのは、遠目に見てるから。

goneis.jpgしごとをとりかえたおやじさん
ノルウェーの昔話
山越一夫 再話/山崎英介 画
福音館書店 1974

「誰に食わせてもらってると思ってるんだ」
信じがたいことに、巷にはこんな台詞を主婦である妻に向かって本気で言える夫というのが未だに生息しているらしい。とっくに絶滅したと思いきや案外と身近にいたりして、世間話の最中に小耳にはさもうものなら「どの口が言うか?!」とその面構えを拝みたくもなる。といってもさすがに大抵は自分の父親世代以上の男性だったりするので、怒りというより彼らの愛されない老後を思って同情すらおぼえるのだった。

私自身は妻や母親である以前に自分の快不快を優先してしまう性格なので、滅私奉公でちゃんと役割を果たしている世の専業主婦の皆さんに頭が上がらない。何しろ主婦の仕事は1.マネジメント兼現場職で待ったなし、2.正当な評価を得る機会に乏しい、3.キリがないという過酷さである。一言で家事と言ってもその範囲は果てしなく広く、とてもじゃないがシンプルタスクじゃ追いつかない。乳幼児の育児も含まれるとなると、時には部下(家電)と自分の頭・身体を駆使して3〜4つの作業を同時進行させるはめになったりするのだが、この複雑で手間のかかる仕事を完璧にやりこなすには、やはりそれなりの経験と熟練を要する。私なぞこの道6年になるがいまだにペーペーで、偉そうなことは何も言えない。
当然ながら他のあらゆる仕事と同様に、この仕事にもハッキリと向き不向きがあるのに、諸般の事情で向いていない主婦業を一手に引き受けざるを得なくなっている妻も多いはずだ。そんな妻に対して、夫達はちゃんと感謝しているだろうか? 外で働いて対価を得ることはその価値が誰の目にも分かりやすく、評価機会にも恵まれ自己肯定感や自信につながるわけだが、毎日やってもやっても「できて当たり前」の世界ではそれこそ自分で自分を褒めてやらなければやっていられない。また、対外的なストレスは少なくても、怠けようと思えばいくらでも怠けられるという意味では、フリーランス並みに自分との戦いの連続でもある。実際、怠けまくってクライアント(=夫・家族)に愛想を尽かされたら、失業だってあり得るのだ。他人に指図をするか、指示されたことをやっていればいい勤め人の仕事と違って、自分で考えて自らがどんどん動かなければ即座にツケが自分と家族に降りかかってくるシビアな稼業なのである。

さて、それでも主婦の仕事が楽だと思っている夫族に読ませたいのがこの絵本。
農夫の夫は野良仕事から帰ると仕事の疲れを妻に当たり散らすかのように文句たらたら。一日中家で過ごしていた妻は自分より楽をしているに違いないと思いこみ、「だったら仕事をとりかえてみようじゃないの」という妻の提案に諸手を挙げて賛成する。この辺りでもう主婦の皆さんはこの後の展開の想像がつくと思うが、ハッキリ言って、ざまあ見ろ!である。昔話らしく、驕れる者への容赦のない、それでいてユーモアあふれる思い知らせっぷりに爆笑させられ、溜飲が下がる。ただし、この絵本を見て日頃の鬱憤が晴れた、という人はかなり自分の置かれている環境にストレスを感じているはずなので要注意である。

ここで紹介している2冊はどちらもこの同じノルウェーの昔話をもとにした絵本で、しかも2冊とも福音館書店から発行されている。前者は74年に「こどものとも」224号として刊行され、後に「こどものとも年中向き」として再度出版されている。後者は世界傑作童話シリーズとして91年に発行されている。古今東西で普遍的と思われる夫婦の諍いを扱ったこの話は、子供だけに読ませるにはもったいないぐらい良くできた昔話なので、いわばコドモ用とオトナ用で別バージョンがあるのも頷ける。それをそれぞれにふさわしい執筆陣で世に出してくれた福音館書店はさすがだ。
ちなみに「しごとをとりかえたおやじさん」の方は現地語から和訳への直訳で、絵も文もたいへん分かりやすく子供でも話のおもしろさを理解できるシンプルな内容にまとめられている(→残念ながら廃刊。復刊リクエストはこちら)。一方「すんだことはすんだこと」の方も同じ話を扱っているのだが「100まんびきのねこ」で有名なワンダ・ガアグ氏が再話し絵をつけたもので、しかも佐々木マキ氏による翻訳という異色の一冊。この制作陣から予想できるとおり、絵本好きなオトナを満足させる読み応えのある内容となっているが、1冊目に馴染んでいた私にはむしろ話が冗長すぎて歯切れが悪いような気がしないでもない。


ところで我が家の場合、夫婦共働き時代に散々ケンカをして、今は割と平和に「得意な方が得意なことを受け持つ」という原則に落ち着いている。ちなみに、この絵本のように「文句があるなら自分でやってよ!」と私が家事をボイコットしたことは一度ならずあるが、「じゃあ俺の代わりに出社して会議でプレゼンして来て」と夫に言われたことは・・・一度も無い。(ま、夫の方が常に冷静なのは確かだ。)とにかく戦いの日々の甲斐あってお互い自分にはない相手の能力を尊重する気持ちと役割分担への納得感が生まれ、お互いの存在に素直に感謝しあえるようになった。と書くとまるで理想の夫婦のようだが、日々の小さな諍いは絶えず、その度に相手の弱点をスルドク突きあっている。よりよいパートナーシップに慢心は禁物なのだ。
 

【この絵本に関するお気に入りあれこれ】
・1day1book/林さかなさんの大らかな母&妻としての感想