学位論文にある2つの基準 (その2):厳しい基準

11/2のエントリー学位論文にある2つの基準:ゆるい基準あるいは最低基準のつづきです.前回は学位論文としてのゆるい基準を書きました.今回は厳しい基準について,学位論文を仕上げた人に期待することという少し違った視点から書きます.ロテ職人さんのところの議論 (http://blog.rote.jp/2006/11/07-190000.php)触発された部分もあります.

卒論については何かを達成しやり遂げたという感覚を持ってほしい.どんな場合でもそれ以上のものを望む向上心みたいなものはあるでしょう.それでも,その時点での全力は出しきったという感覚がなににもまして重要であると思います.

修論,博論になると,卒論のように達成感だけを問題にするわけにはいきません.ある程度,研究者としてのレベルを問うことが必要になります.

修論を書いた人は,自分が用いた検討方法,自分のデータ,そしてその解釈について世界で最も詳しい人間になってほしい.修論に書かれたことについては誰にも負けないくらい詳しく理解しているべきです.その一点だけなら,世界中の誰とでも張り合えるくらいでなくてはなりません.

一方,博論を仕上げたなら,その研究領域の専門家として世界的に認知されることを期待されます.修論では自分のデータ,方法だけに特化した知識,技術が要求されたのに対し,それよりも幅広いものが求められます.実際,高いレベルの博士論文を仕上げた人なら,博士論文に関連したテーマについて国際的な雑誌から査読の依頼が来たり,共同研究の依頼や,研究上の質問などが世界中の専門家から来るようになるでしょう.そんなに高くなくてもある程度のものでもこのくらいのことは起こるかも知れません.

どうせ研究をなら,やっぱり誰もがやったことがないことをやりたい,誰も見たことがない世界を一番最初に見てみたいものです.心理学は,必要な研究設備,分野としての歴史,テーマとしてのフレキシビリティから考え,他の分野に比べ遙かに容易に世界の一線で活躍できる要素がそろっています.それなのに上を目指さないのはとてももったいない.

ですから,学位論文は資格取得や学位取得のためのハードルではなく,どうせやるなら世界の最先端の研究へつながるものであるべきだと思います.すくなくとも意識としては.

今日のお仕事

  • 注意動物実験,第1稿脱稿.ちょっと変な書き方をしたからだいぶ直さないといけないだろう.まあ,パイロットのレポートですから程々にしておこう.イントロにattention windowの話を加えて,モデルの部分を少し書き換える必要がある.明日やろう.
  • 論文指導.Susanちゃんの論文はなかなか良いテーマで良い結果なのだが,方法がイマイチ主観的なので低評価なんだろうなー.もっといい方法はないかと考えたがちっとも思い浮かばない,残念.
  • 来年度関連であちこちにメールを出す.