メルボルンでこつこつとやる

2006-03-10 オーストラリアでの心理学学部教育

[]オーストラリアでの心理学学部教育 06:12

私が今いる大学心理学科では非常に幅広く心理学を学べます。授業を担当している教員だけで50人以上いますし,授業を手伝っている院生もあわせると100人以上が教育に関わっているでしょう。そういう意味では教員の層が非常に厚いです。

学部生の授業としては,まず,基礎系,臨床・応用系,それぞれの入門コースを通年で受講します。どちらも週に3回の講義で回数から考えると多いです(ただし講義時間は1回1時間)。日本ですと,ひとりの講師が基礎臨床すべてをひっくるめた入門の授業を担当することも多いです(わたしもやりました)。こちらでは基礎系,臨床・応用系と分かれているだけでなく,その中でさらに何人かの講師がそれぞれ専門分野を担当します。たとえば,臨床・応用系入門コースでも,臨床心理学と産業心理学は違う人が担当します。もちろんどちらもその分野の専門家です。これは一人でやる日本システムより,教える側,教わる側どちらにとってもよいシステムです。教える方は労力を省けますし,教わる側は専門家から適切な情報を受け取ることができます。実際,基礎系しかない大学院を終了した人間がやる臨床の講義なんつーのは,教える側も教わる側もやっぱりきついんですよ(経験者談)。

その後は,必修科目として研究法,発達,社会・人格,神経科学,認知,臨床神経心理を学びます。どれも半期科目ですが,すべて週2回の講義と,週1回の実験あるいは実習のクラスがあります。1科目について半期中に,講義外での学習を含め120時間の学習をすることが想定されています。こう書いてあるとキツそうですが,傍目には日本大学理系くらいかなという感じです。

で,さらに必修科目の発展系としての選択科目があるという感じになります。これも必修科目と同じ程度の学習量が要求されます。

実際のところ必修科目を全部とると,必要最低単位の大半を満たしてしまう感じになります。

とまあこんな感じを,大学1−3年でやることになります。1年生では500人くらいの学生が専攻の変更や退学などで毎年50人くらいずつ減り,3年までおわって卒業できるのは350人くらいのようです。

さらに3年を終えた学生で優秀な60名ほどがhonours studentとして4年目を送り,honours thesis,日本でいうところの卒論を書くことになります。honours studentにならなければ,大学院に進むことも,今後,心理学キャリアを積むこともかなり難しくなります。honours studentになれるかは,それまでの3年間の成績で決まりますので,学生さんはかなり一生懸命勉強します。

かなり厳しい選抜を受けているためもあり,honours studentは皆さんそろってとても優秀です。オーストラリアの場合,日本同様入試の段階でかなりの選抜がなされます。それをさらに3年間びっちりしごいて成績で再びふるいにかけるわけですから,優秀な学生のなかのさらに優秀な人だけが残ることになるのです。

そういう学生さんのhonours thesis,いわゆる卒論のレベルは非常に高いです。ほとんどのものが中堅どころの国際的な論文誌に掲載されるほどに仕上がります。実際,1/3くらいは投稿され,掲載されます。長さはともかく,内容としては同じ学科の博論よりいいものがあったりします。最初みたときはびっくりしました。

ただ,これには少し裏があります。honours thesisは基本的にすべて指導教員が計画し,器具やら何やらを基本的にはすべて用意して,学生さんにデータをとらせて分析をさせます。データの解釈からなにからすべて細かく指導します。ですから,実質的には指導教員の研究なわけですね。それなら,このレベルの高さも頷けます。ただし,一流の研究者の要望にきちんと応えて研究を実施し論文を書くのは,かなり大変な作業であることはいうまでもありません。また,研究におけるという作業を学ぶにはもっともよい方法であると思います。

とまあこんな感じで学部が終了して行きます。

まとめとしてオーストラリアのほうがいいなと思うところを書いておくと,

  1. 入門を専門家が分担して担当するところ
  2. 基本的にすべての授業が講義実験あるいは実習から成り立っていること
  3. 卒論は選択制でしかも成績優秀者しか履修できないこと

てなかんじです。

オーストラリアと比べると日本卒論が重視されるところが特徴ですかね。日本卒論重視は,講義の内容が薄っぺらなので,卒論でもやらせないと学習機会が得られないことから来ているとわたしは思っています。本来的には講義を充実させるべきじゃね?ってのが私の意見です。日本大学講義レベルは多国間で単位認定をするときに問題が生ずるくらい低いのが現実です。卒論重視よりも講義の改善の方が,大学教育という観点からは重要でしょう。 

carparkeecarparkee 2006/03/14 08:44 学生時代、心理学はとても苦手だったのですが、非常に興味深く読みました。DiplomaやDegreeといった学位の呼称が多くあり、オーストラリアの大学制度は複雑に見えます。BachelorとHonoursの違いが理解できました。

lateral55lateral55 2006/03/14 22:00 Diplomaってのは日本にないので少しわかりにくいですが,だいたい1年くらいでとれる補助的な学士号という位置づけでよいと思います。職階をあげたり,資格を得たり,大学院に進んだりするとき,オーストラリアでは特定の分野における学歴が求められるので,diplomaなんかで補うようになっているのだと思います。

shurishuri 2006/05/24 11:38 はじめまして。

オーストラリアでの心理学を学ぼうと思い始め情報収集をし始め、このブログにたどり着きました。
このHonors studentという制度(?)は、オーストラリア全大学に当てはまる事なのですか? また全学生が対象なのですか?(留学生もこの倍率を勝ち取らなければ4年次に卒論が書けないという意味です)
また、このHonors student になれなかった学生は、3年次終了の時点で大学生活が終わってしまうのですか?
また、オーストラリアの心理学の水準は、北米と比べてどうなのですか?
いきなりの質問で恐縮ですが、ぜひご回答をお願いします。

lateral55lateral55 2006/05/24 12:07 >留学生もこの倍率を勝ち取らなければ4年次に卒論が書けないという意味です

そのとおりです.あと心理学の場合,留学生でHonoursをとれる人はあんまりいません.まあ,心理を最後まで専攻する留学生ってのが相対的に少ないんですが.

>オーストラリアの心理学の水準は、北米と比べてどうなのですか?

大学によるので北米とオーストラリアという比較はちょっと難しいですね.北米でもダメなところも良いところもあるし,オーストラリアも同様です.

shurishuri 2006/05/28 22:40 lateral55様
コメントへのアドバイスありがとうございます。
追加でもう何点か、教えてください。

・Honours を取れる学生の数(全体数に対する比率)は、大学によって違うのですか?
・Honours を取れなかった学生は、4年次は何をしているのですか?(3年で大学生活終了ですか?)
・ここでHonours を取れなかった学生に、他国で大学院に挑戦するという選択肢はあるのでしょうか?
・>>「honours studentにならなければ,大学院に進むことも,今後,心理学のキャリアを積むこともかなり難しくなります。」 とありますが、何らかの方法でキャリアや院進学への道は残されていると言うことですか? それともほぼゼロですか?
・また、大学の移動(編入)という制度は、オーストラリアではポピュラーなのでしょうか?

質問だらけで申し訳ありません。。。
アドバイスよろしくお願いいたします。

lateral55lateral55 2006/05/29 19:07 >Honours を取れる学生の数(全体数に対する比率)は、大学によって違うのですか?

大学によって違いますが,成績優秀者のみというのはどこでも変わらないと思います.ちなみにこれはアメリカでもそうですね.

>Honours を取れなかった学生は、4年次は何をしているのですか?(3年で大学生活終了ですか?)

オーストラリアでは大学は基本的に3年で終了です.ただし,大学予備課程みたいのが,大学の前にあるんで単純に3年と言えるかは微妙.

>ここでHonours を取れなかった学生に、他国で大学院に挑戦するという選択肢はあるのでしょうか?

Honoursを取っていないと,取得単位数が足りないため他国の大学院に進めないことがあります.アメリカのきちんとした大学の大学院には基本的には進学できないと思います.

>何らかの方法でキャリアや院進学への道は残されていると言うことですか? それともほぼゼロですか?

んー,留学生の場合は学費を払ってしまえば大丈夫かもしれません.諸外国だと専門職養成ではない大学院はふつーお金を払っていくところではないので,「難しくなる」という表現を使いました.

>大学の移動(編入)という制度は、オーストラリアではポピュラーなのでしょうか?

良くあります.ただ,留学生はビザの問題があるので慎重になる必要があります.

2005-12-09 オーストラリアに臨床心理士として移住する

[]オーストラリア臨床心理士として移住する 14:32

オーストラリアは基本的に移民の国です.いまでもたくさんの移民を受け入れています.ただし,最近は誰でも彼でも受け入れているわけではなくて,職業的な技術や専門性を持っている人を選んで受け入れるようになっています.

政府は,受入可能な専門職のリストを公開し,専門職の種類によって点数化しています.点が高いほど移民申請が成功する可能性が高くなります(*1).ちなみに臨床心理士はこのリストに含まれていて,職業としては最高得点が与えられています.ですから,オーストラリア移民がしやすい職業となります.

参照:Skilled Occupation List http://www.immi.gov.au/allforms/pdf/1121i.pdf

実際,わたしも何人か日本教育を受け,しばらく実践をしたのちこちらへ渡って臨床心理士として働いている方を存じ上げています.なかには週3日の出勤でプール付きの家に住んでるかたもいらっしゃいます.プチ上流階級ってかんじですね.まあ,パートナーも稼いではいるんですが.

上に例として出した方のように,大学心理学大学院で臨床心理学トレーニングを受け,ある程度の実践経験があるなら,オーストラリアで登録された心理士として活動するために,少なくとも申請することが出来ます.

大まかな登録の申請方法は,

Australian Psychological Society, Assessing Psychology Qualifications http://www.psychology.org.au/join/assess_psych_qual/default.asp

をご覧ください.基本的なプロセスとしては卒業証明書と免許証や登録証,そして審査料を送るだけのようです.まあ,おそらくあとで追加書類の提出を求められるとは思いますが,それでもそれほど複雑ではないでしょう.

海外での慣れない生活により,精神が不安定になり,心理的なサポートが必要な人は大勢います.多くの場合,その人たちには第2言語ではなく,母国語でのサポートがより有効であると考えます.そういう意味で臨床心理士が活躍する場はあると思います.

メルボルンにも,日本語でのカウンセリングと称し,おばちゃんやおねえさんが世間話に応じてくれるところはあります.ただこれらは心理的な相談と言うよりは,もっと実際的な問題を処理することを目的としています.日本語で専門的な心理的援助が受けられる場はほとんどありません.

こっちではなかなかお金も良い職業ですし,日本を離れてゆったり暮らしたいなあという臨床心理士の方は,是非,移民申請をお考えになってみてはいかがでしょうか?

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(*1)移民の可否は職業だけでなく,職歴,英語力,年齢など総合的な状況によって決定されます.臨床心理士なら,直ちに移民可能というわけではありません.

takashitakashi 2005/12/10 17:46 移住しようかなあ----(安直w)。英語できないし無理! ところで、サッカーワールドカップの予選リーグ組み合わせが決まりましたね。オーストラリアのメディアでは、「厳しい」という報道をしていると日本のニュースで紹介されてましたよ。

lateral55lateral55 2005/12/10 21:21 Takashiさんなんかわりとすぐ馴染めそうですけどねえ.仕事以外にも楽しみを持とうという人にはいいところですよ.労働時間短いですし.

サッカーはブラジルとクロアチアと当たったことにショックを受けています(日本はとりあえずどうでもいいみたい,ちとくやしい).わたし個人としては日本と同組だと生中継で見られそうなところがうれしいです.アテネ五輪の日本選手の活躍とか全然見られませんでしたから.

takashitakashi 2005/12/11 17:45 オーストラリアは、ナラティヴ・セラピーだとかサインズ・オブ・セーフティ・アプローチ(ブリーフセラピーの理論・考えを援用した児童虐待のケースワークの方法論)など、魅力的なアプローチの発祥地なので----一度は行ってみたいです。ところで、トヨタカップはそっちでも見れますか?

lateral55lateral55 2005/12/13 04:35 トヨタカップ,見られないですねー.こっちはサッカー人気ないもんですから.

2005-11-22 山盛りのpsychologist

[]山盛りのpsychologist 19:16

メルボルンで車を流しているとわりと頻繁に「Psychologist」の看板を見かけます.普通の家やビルの一室で開業している人が多いんですね.

電話帳で「Psychologist」の欄を見ると7ページにわたって6ポイントくらいの小さな活字で,びっしり開業している機関や個人の電話番号と住所が並んでいます.PsychotherapistやPsychiatristは電話帳の中の別の項目としてありますので,純粋に日本で言うところの臨床心理士でそのくらいたくさんの人が電話帳に登録しているわけです.

ビクトリア州のpsychologist 登録担当機関であるPsychologists Registration Board of Victoria(http://www.psychreg.vic.gov.au/)で,開業機関を検索してみると7000件近くが引っかかってきます.ビクトリア州の人口は500万人弱で横浜市と同じくらいです.そこに検索に引っかかるだけで7000もの個人なり機関があって,たぶん何とか商売をしています.開業している人ばかりではないでしょうから,心理の専門家の数は人口比で考えるとものすごいものがあります. 

わたしが「心理学科につとめているよ」とうっかり言ってしまうと

「よいPsychologistを探しているんだけど知らないか?」

とよく聞かれます.まあ,わたしは知らないと答えるわけですが,それくらいメルボルンの人にはPsychologistのところに行くことが普通のことなのだと思います.

日本がこうなる日は来るのでしょうか?

2005-11-21 オーストラリアにおける心理学の資格

[]オーストラリアにおける心理学の資格 12:44

日本では,ネット上で見る限り,臨床心理士や医療心理師に関する資格問題がこの間までだいぶ盛り上がっていました.先月あたりは臨床心理士の資格試験に関してもいろいろあったようです.

そういうのを脇目に見ながら,オーストラリアではどうなっているのかなあと漠然と考えていました.で,今日,患者さんを対象とした研究について,昼飯を食いながら打ち合わせがありました.そこに何人か,病院で臨床にかかわっている心理の人がいたんですね.そこで,これ幸いとばかりに,オーストラリアでの資格問題について聞いてみました.

オーストラリアでpsychologistの資格とかどうなってんの?日本だと試験を受けるんだけど,試験とかあんの?」

neuropsychologist のCが答えます.

「試験は受けなくて良いけど,登録(registration)をしないといけないの.必要な書類や証明書を州の登録担当機関(registration board)に送る必要があるわ.登録が認められるためには,指定の機関で,3+1年(*1)を学部で,そのあと2年以上を大学院心理学を学ぶ必要がある.psychologistにはいくつか種類があるけど基本的には全部同じだと思う.」

「よーするに,大学大学院に行けばいいのね.試験とかはないのね」

Cが答えます.

「試験はない.でも,大学院のあと何年かスーパービジョンを受けないと登録に申請できないはず.」

「”はず”ってなに?」

C曰く,

「法律がしょっちゅう変わるから良く覚えていないの.基本的には大学院まで終わって,何年か見習いをすればそれで登録されて仕事ができるわよ.」

「ふーん.見習いを終わればどんな心理職にでもなれるの?」

Cはまだまじめに答えてくれます.

大学院のコースによって登録できる職種は決まるから,他の職種には登録できない.例えば,わたしはneuropsychだし,そのコースしか取ってないからchild psychologistとしては登録できないのよ.」

はー,なるほどねー.てな感じで,もっと聞こうかと思ったのですが,話題がバケーションを何をするかに変わってしまったのでここで終わりになりました.

で,わたしなりにも調べてみたのですが,やはり,基本的には大学院まで終わって,何年か見習いをすればOK,試験はなしのようです.もちろん,どの大学研究機関でも良いというわけではなく,指定の機関のみです.コースは脇で見ている限り,ほどほどに大変そうですね.まあ,死ぬほどって訳でもないですが.

日本だと指定大学院を修了してればいいよとは行かない気がします.つーか,実際,試験ありますしね.大学専門職養成機関としてきちんと役割を果たしているからこその制度だなと思いました.

オーストラリアにおける心理職の資格についてさらに詳しく知りたい方は

  • The Australian Psychological Society "Working as a Psychologist"

http://www.psychology.org.au/study/working/default.asp

および参考として,メルボルンのあるビクトリア州の

  • 心理士登録法(Psychologist Registration Act 2000)

http://dms003.dpc.vic.gov.au/sb/2000_Act/A00723.html

が参考になると思います.


(*1)オーストラリアでは通常の学部は3年でおしまい.優秀な学生だけがhonours student として,4年目を過ごします.honours student になるとhonours thesis,日本で言うところの卒論を書くことが出来ます.日本卒論は必修からはずせばいいのにと思います.

takashitakashi 2005/11/21 13:06 日本より、あらゆる面でましですね。特に、登録制というのがすばらしいです。

lateral55lateral55 2005/11/21 16:38 少なくともきちんと法律があることは,やはりかなりの違いだと思います.制度としてはわりとシンプルなので日本でもこうすればいいのにとも思いますが,日本だと指定大学院と登録担当機関を機能させるまでがなかな大変だと思います.