憲法改正選挙

 日本では、議論はあれども憲法改正国民投票など行われたためしがない。その意味ではベネズエラのほうが民主的なのだろうか、と疑念をもってしまう。だが議題は大統領の再選を無制限に許すかどうかに集約されるのだから、民主的というのは、はなはな疑問だ。


 イエスかノーか。そんな国民投票の現場に居合わせたのは、初めてではない。最初は1988年のチリだ。ピノチェットの独裁を今後も許すか、民主化するかの選択だった。
 首都サンチャゴは騒然としていた。僕も真夜中によく自動小銃を持ったカラビネーロに囲まれたものだ。

 彼らは無粋なことにナイトクラブやディスコに押し入り、フィエスタを終わりにさせるのである。客、ホステス? に詰問し、身分証明書を照会していた。そんな夜は、Por no (ノーに投票を)というクンビアを密かに歌い、踊ったものである。

 その間の事情は一部、「世界野獣食い紀行」に詳しい。

 さて、ベネズエラはかつてのチリほど切迫しているわけではない。信任投票ではないのだ。
 それでも国営企業は2週間前から仕事は麻痺。みな選挙運動に動員されている。つまり国営化とは仕事と票のトレードオフのことである。

 国営企業などまともな仕事はできないのだから、チャベスはさまざまなインフラ系企業を国営化していったが、それは社会主義だからではなく選挙主義なのである。

 チャベスが負ければ、すぐに仕事を失うのだから、好き嫌いを抜きにして必死にならざるを得ない。

チャベスとはいっしょに時々食事したよ。最初の選挙からいっしょだった。あれこれ選挙運動をしたけどね。ポスターはりやら、人集めやら」
 そういうのは、ぼくの運転手である。以前の運転手はいつのまにか首になってしまい、いまは寡黙なベネズエラ人が運転手になっている。

「今はもうチャベスはいいよ。やつは狂っている。2040年もやるって、90歳だよ。長くやるのは決してよくない。チャベスはいいプロジェクトを持っているんだけどね」
 5年間チャビスタとして彼は活動したのだという。

 彼は経済的に恵まれない家庭の出である。

「15歳で子供ができたからね。離婚したけど、子供は二人で上は20歳だよ。今の妻にはまだ子供はないんだ。小学校の先生だよ」

 多くの人間がチャビスタから去ったのである。けれども、反対派は反対派としか呼ばれない。名前がない。チャベスがいるからこそ存在している。魅力的な政治家がいない弱みがある。 

 もう一人、かつては企業の総務部長で、今は仕事がなくタクシーの運転手をしている友人はこういう。
 
「腐敗をなくす、貧富の差を解消する、安全な社会を作る、どれもこれも達成できなかったよ。選挙を何回かやっただけさ。言葉だけだよ。たとえば、ヤンキーが攻めてくる、ヤンキーには石油を売らない、すべて嘘さ。でもベネズエラ人の多くは知識がない、無関心、どうでもいい、そんな態度なのさ」

「やつがやったのは憎しみをうえつけただけだよ。社会をいっそう二分してね。反対派はすべて敵、憎しみの対象として、あおるわけだから」

「農地改革? だめだよ。農地をやっても、農民はそれを売ってすぐに都市に出るだけだよ(これは事実 風樹)。農業をやるよりもそっちのほうがずっといいのさ。まあ早くやつには退散してもらいたいよ」
 

 私の周りに、チャビスタはほとんどいない。アメリカに対してアジェンデ時代の恨みを持つチリ人と19歳、20歳の思想教育を受けてきた世代ぐらいだ。
 それでも、改憲反対派と賛成派は拮抗しているようだ。

 ではチャビスタとは誰なのか?

・中核をなすのは、チャベスに魔法をかけられた人、チャベス教の信者、とりわけ他の時代を知らない、思想教育を受けてきた若い世代
・周辺にいて漁夫の利を得る、あるいは彼を利用しようとする政治屋
・家他をもらえるのではないかという幻想を持つ貧者
国営企業の従業員
・これから農地をもらえるかもしれない農民
・そのほか
    
 どっちが勝つのかぼくには分からない。周辺の意見だけを聞いていると、チャベスの大敗となりそうだが、そうはならないだろう。先の運転手はこうはき捨てる。

チャベスは金を持っているから。石油の金は彼の金だから、大量の資金を使えるんだよ。これからの一週間で巻き返しにでるさ」
チャベスは昨年あげた膨大な石油による収入を懐に持っているのである。

 このまま、大統領に居られ続ければ、思想教育を受け、洗脳された若者の時代がくる。目指すのは北朝鮮旧ソ連の世界なのである。
 民主的に選ばれたからこそファシズムが可能なのである。

 明日は投票日だ。