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北京・胡同逍遥

2016-06-02

芝居がかった嘆きの真意

最近、我が家の周りは猫の王国だ。

どういうわけだか、猫たちが

わがもの顔にふるまっていて、

派手にドタバタと走り回るお陰で、屋根のひさしが壊れ、夜中でも目が覚めるほど。

どうも野良猫と、野放しの飼い猫の、両方が混じっているらしい。

そんな音や鳴き声を聞いていて、ふと思い出したことがある。

やはり胡同に住んでいた時、近所に面白い小学生がいた。

その子がある日、敷地中に響き渡るような大声で泣き出した。

「あーん、うずらが死んじゃった!」

どうも、ペットとして飼っていたうずらが死んでしまったらしい。

可哀そうだなあ、と思いつつ、ちょっとおろおろする。

すると、声は止むどころか、さらに大きくなり、

「うずらちゃん、あんたがいなかったら、私はどうしたらいいの!」

と繰り返し始めた。

これは、私の翻訳のせいばかりでもなく、実際に芝居がかった言い回しで、

普段子供が使うような言葉ではなく、

ドラマの中で最愛の家族や恋人なんかが死んだりした時ぐらいにしか、聞かない言い方だ。

私の知る限り、軒先で飼われているそのうずらは来てまだ1日、2日足らずだったので、

私の頭は「??」に。

確かに、ペットが死ぬのはつらい。

きょうだいがいなくて、一人で遊ぶ時も多いその子にとってはなおさらだろう。

でも、あのうずらはそこまで情が移るほど長く飼ったわけでもないし、そもそも、

その子の嘆き方はどうしても、テレビドラマを真似しているみたいに聞こえてならない。

私は同情しながらも、つい可笑しさがこみあげてしまい、必死で笑いをかみ殺した。

その後、その子の親の声がして、ぴたりと泣き声が止んだ。

だが、数時間後、また同じ声量で、泣き声が繰り返され、

また少しすると、ぴたりと止んだ。

その日の晩、その子の家の軒下を通った時、聞こえてきたのが、新しく来た子猫の鳴き声だった。

子供を慰めるためにしても、えらく素早い対応だな、と思ったとたん、

私ははっとした。

あの泣き声は、半分は本泣きにしても、もう半分は、

「ペットを飼わせてあげる」という数日前の親の約束を、

「履行済み」から、「未履行」にリセットさせるための、

「訴え」だったんじゃないだろうか。


誤解だったら許してね。

でもやっぱり、すごいよ、その交渉能力!

2016-05-09

無国籍な頭でっかちたち

原稿書きに追われる毎日なんだけれど、

煮詰まってきたので、

またちょっぴりキャラクターの世界に逃避。

牛街の友人にもらった、新疆産の列巴(ロシアパン)。

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自分で自分をおいしそうに食べている、

ほんとうにおいしいパン

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同じく細長系の春節の灯籠。西安の城壁の上にいたが、韓国風らしい。

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こちらは同前のマトリョーシカ風。

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こちらも西安にあった、韓国風らしき灯籠。

夜はこんな感じ。

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今度は北京に戻って、こちらは、宣武病院の新ビル。

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脳外科が目玉の病院なので、頭の形、なんだとか。

いたって分かりやすい、ビルヂング版実物看板。

こんなのを見ると、頭でっかちになったらどうしよう、なんて悩んではいられない。

がんばれ、頭でっかち!

2016-05-07 ハバロフスクの想い出 キャラクター編

今年もロシアに行こう思っていたのだが、

なかなかめどが立たないので、

去年出会った面々を思い出し、

再訪の希望を温める毎日。

以下はハバロフスクの遊園地の風景。

日常に溶け込んだ、さりげない非日常って感じがよかった。

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一人、生身の人間が混じっていますが、

こちらは私にはしっかり日常です。

2016-04-27 末世を描いたアニメ

昨日の朝日新聞夕刊に卜樺と呉俊勇のアニメ作品に関する拙文が掲載されました。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12329944.html

グレートな壁に囲まれてはいても、大事なのはコンテンツ。

コンピュータってやっぱり一つの宇宙ですね。

その表現ツールとしての可能性を大きく引きだしている彼らの作品を観ると、

腐っている暇などない、と励まされます。

2016-04-24 変わり果てても残るもの

昨日もまた、楽しい胡同会。

河合さん、松嶋さんの企画で、前門の東南の一帯を散策。

このエリアは、私にとっては古巣があり、その後も繰り返し訪れた、

本来、とても親しみ深い場所。

でも、再開発による変化がとんでもなく大きいので、今は複雑な気分になる場所でもある。

それで、最近は楽しむ場所というよりは、変化をチェックする場所に過ぎなくなっていた。

とはいえ、やっぱりじっくり巡ると、昔をほうふつとさせる痕跡もあり、それなりに楽しい。

ぶらぶら歩くだけで、印象に残る風景にいくつも出会えるというのも、さすがだ。

それだけ、暮らしている人々の、消そうとしても簡単には消しきれない活力が根付いているからだろう。

(以下に綴る印象は、あくまで私個人のもので、胡同会の見解とは関係ありません)

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極められたごちゃごちゃさ

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どこか前衛的なものを感じる穀物店跡

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なんかかわいいおうち

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椅子は不可欠という、重い意志

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仲良く日向ぼっこ

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フェイントっぽい門

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何かを拒んでいる門

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連絡先が携帯電話の胡同用消防車

とにかく、今暮らしている人たちが、無事に快適に暮らしていけることを祈るばかりです。