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北京・胡同逍遥

2015-03-04

柴静さんの「穹頂之下」についてこっそり思うこと

すでに中国では大きな話題になっていて、日本でもわりと知られるようになった、元CCTVの人気アナウンサー柴静の「穹頂之下」。私も発表されて間もなく見て、その巧みなプレゼンテーションに感心した。

http://v.youku.com/v_show/id_XOTAxMzQ1NzY0.html

↑その後、この映像は削除されてしまったけれど、こちら↓では今も見られる。

https://www.youtube.com/watch?v=T6X2uwlQGQM&t=882

実は私自身も、数年前に山西省河北省での旅行で、柴さんと同じように、石炭の粉まみれになる体験をした。

さらに偶然なのは、はからずも去年、柴静さんと一カ月違いで唐山にも行っていることだ。市内のあちこちを歩きまわる取材だったので、唐山の空気の悪さも体験として知っている。今しみじみと後悔しているのは、取材のテーマが違ったこともあり、現地の人にあの時、「空気はいつもこうなのか?」と問わなかったことだ。

北京の空気は悪い悪い、と言われるけれど、実際にはいい日もある。

だから、いくら鉄鋼産業が集中する工業都市とはいえ、これはあんまりだ。ちょうど自分たちが行った日が特別悪かったのだろう、と思いこんだのだった。

印象的だったのは、その日公表されていた唐山の大気汚染指数は、北京よりずっと低かったこと。だが、列車で北京に戻ると、北京の方がずっと空気がいいと感じた。

そして、当然のことながら、公表されている数字は当てにならない、としみじみ思った。

そんな体験があったから、統計の公開こそが大事、と主張し、悪い数値の統計をバシバシと忌憚なく並べていた柴静さんの番組は、私にはかなり痛快だった。

実は私も恥ずかしながら、コミュニティ誌の編集をしていた10年以上前、果敢にも「大気汚染特集」を自ら企画して手掛けたことがある。だから、この分野の取材で、正確な情報を得るのがいかに大変かは、身にしみてよく知っている。図書館などで統計年表をめくっても、必要な数字はほとんど見つからない。推移グラフも、悪い傾向を示すものなら、自分で数字を拾って作るしかない。

当時、環境保護関係の公的機関は、軒並み取材を拒否した。

環境保護局の人に電話口で、「なんであなたの取材に応じなければならないのか、分からない」と冷たく言われたのを、今でもよく覚えている。もちろん、所属していた媒体の影響力が限られていたのも理由だっただろうが、そもそも彼らには、「美しくお膳立てされた」場合を除いては、メディアに情報を公開すべきだ、という意識がほとんどないようだった。

やっと取材に応じてくれた奇特な専門家の人たちも、対応はいかにも慎重で、「そもそも研究の基礎となる正確なデータを得られる人がごく限られているのだ」とぼやいていた。

かりに何らかのデータが得られても、発表できるかどうかは一種の「賭け」だった。

当時は環境関係のサロンにもよく顔を出したが、さまざまな環境問題を皆で議論した後、メディア関係者が一緒に考え込むのは、「何をどこまで発表できるか」だった。

特に外国人のハードルはきつく、「今回は外国人は参加できません」と言われたこともある。

だから私は、今回の「穹頂之下」に一部の上層部のバックアップがあることは、まったく疑わない。石炭産業関係者へのインタビューへの回答に、まるで冗談のような、あられもないほどぶざまな答えが目立つのも、ちょっぴり怪しいと思っている。

けれど、かといって、柴静さんが単なる傀儡だとも、思わなかった。

大気がきれいにならないのは、制度上、構造上の問題が大きい」、「汚染行為の摘発が徹底しておらず、摘発されてもどこも責任をとらない」、「汚染された空気には金の匂いがする」、「正確なデータの公表こそが大事」などといった主張はどれも、「その通り!」と膝を打ちたくなるものばかりだったし、どう考えても、まともなメディア関係者なら、チャンスさえ与えられれば、声を大にして言いたいことのはずだ。

一番いいと思ったのは、柴静さんが、「きれいな空気を得るために、私たち一人一人ができること」を強調していたことだった。そこには、自家用車に乗る回数を減らしましょう、などといった、車メーカーの広告が多いCCTVではちょっと言いづらそうなことも含まれていた。

ただ、個人個人の意識の改革が大切だ、という番組の流れで行けば、民間の環境保護団体は重要なポイントになったはずだった。だが、残念ながらその方面への言及はほとんどなかった。協力は絶対に得ているはずなのに。

NYタイムズの最近の記事でも紹介されていた通り、今の中国では民間NGOへの締め付けが確かに厳しい。だから、やはり「何らかの理由」で回避せざるを得なかったのだろう、と私は勝手に推測した。

もっとも嬉しかったのは、民間環境保護組織のさきがけである「自然の友」の名が、極めて早口だが、資料の提供者の名として言及されたことだ(ちなみに、この組織の設立者は、私が以前訳した『北京再造』に登場した梁思成と林徽因の息子、梁従誡)。私はそこに、関係者の意地を感じた。やっぱり限界に挑んでいるのだ、と。

グループを組織して動かれては困るけど、個人での監視は歓迎、ということなのだろう。番組では、大気を汚染する行為を目撃した場合は、当局にどんどんと電話で通報するよう、呼び掛けていた。

実は、これについては思い当たるところがある。我が家の近くで最近、環境の監督を職務とするらしき、やや正体不明のオフィスが、2つもできたからだ。番組と行政側が連動していることの証拠ともいえるが、それは同時に、番組の内容がチェックを受けた証拠でもあるだろう。

そこで、私はつい番組中に挟まれた、「この一年、とても不愉快だった」という柴静さんのコメントを深読みしてしまった。バックアップは得ていても、やはり言えなかったことはあるのではないか、と。

しかし、結果としては、黒幕の上層部はしたたかだなあ、と思う。民間の一個人が何か社会的なメッセージを発し、それが全国に広まることは、当局がそもそも一番恐れていることのはずだ。それを逆利用し、ある程度今後の改革に有利な言論を、本当はそうではないのに100%「民間からの発信」のふりをして広め、莫大な宣伝効果を得る。何だか「ネットの影響力」を量る実験をしているかのようだ。あくまで感覚的なものだが、ここ2、3日は、街でマスクをしている人が若干増えたように感じる。つまり、マスクの数を数えれば、番組の影響力がある程度は分かる。

だが、実験がここまで成功したことは、関係者にとっては、ちょっと怖いことでもあるのではないだろうか。自分がコントロールできている今の間はいいが、もし制御できなくなったら?と。

中国では「穹頂之下」の挙げているデータの不完全さや誇張を問題視する人が続出していて、ひいては「女性ならではの扇情性がある」などといった差別的コメントまで出ているようだ。

でもそう叩く彼らは、メディア専門家ではない。人間の思いやドラマを盛り込まねば、データの数字に観衆の関心をひきつけるのは難しいこと、そもそも、中国メディア関係者が環境問題関連の正確なデータを得ること自体が、いかに難しいかを知らない。

柴静さんが議論を呼ぶ「叩き台」を作ったことはやはりかけがえのないことだ。その後で、データを完全なものへとバージョンアップするのは、専門家がやればいい。ぜひぜひ今後はメディア関係者に積極的に協力し、他人を叩くだけでなく自ら、正確な情報の発信と普及に励んで欲しい。

ただ唯一心配なのは、石炭原料への過度の依存を叩いた今回の番組が、火力から原子力へのエネルギーシフトのための潤滑油となってしまうことだ。

今回、柴さんの口からは、最近、大規模な建設が再開した原子力発電所や、現実とは著しく反して「クリーンなエネルギー」が売りのはずの原子力エネルギーの話はまったく出てこなかった。

反対に、本当に比較的クリーンであるはずの自然エネルギーも。

石炭を叩けば事足れり」だからとはいえ、その沈黙は、ちょっと不気味だった。

もちろん、今回の文章全体についてと同じく、「考えすぎ」なのかもしれないけれど。

xingzixingzi 2015/03/05 13:01 中国って、環境分野だけでなく経済分野においても、統計の数値が全くあてにならないとかなり昔に新聞で読んだことがあります。他の国は結果の数値をだしてくるけど、中国だけは目標値(笑)。でも、柴静さんのような影響力がある人が、環境問題にかかわってくれるのは、あり難いですよね。最近、中国人留学生と中国の環境問題についてしゃべっていて、嫌になったことがあり、普通の中国人って、いったいどこまで環境問題を本気で考えているのか、疑問なんですが。

lecoklecok 2015/03/05 13:55 xingziさん 環境に関しては、さすがに「目標値」だけではありませんが、一般の人が得られる統計年表の数値は、確かにかなり不完全だと思いました。あと、いろんな問題に言えることですが、一般の人の「あきらめムード」が強すぎますね。今回、柴静さんが言っていたことで、もう一つ共感したのは、弱者が一番の被害者になっている、という点です。車に乗っている人>電動バイク>自転車>(電動でない)三輪リヤカー>徒歩(特に道端の清掃のおばさん)の順に悪い空気を吸わなくてはならないのは、少し住めばすぐわかることです。でも、それを以前、環境問題に関心のある友達に言ったら、「そうかあ、そうだねえ」と今気付いたみたいな反応で、ちょっと拍子抜けでした。もちろん、毎日そんなことを考えて腹ばかり立てていたら、それだけで寿命が縮まりそうなので、ある程度の鈍感力は必要なのでしょうけれど…。

さじゅんさじゅん 2015/03/06 00:22 全く同感です。彼女も風上に立たされるのを覚悟だったと思うし、その点はすごく勇気があるとおもいました。が、今回のバッシングは私の予想以上でした。多田さんが言うように、不完全ならみんなでそれを改善していけばいい。彼女の指摘は実に正しいのだし。最後の部分の原発への心配は私も感じました。これは困る。柴さんは今どんな気持ちでいるのでしょうか、応援しています!

lecoklecok 2015/03/06 13:02 さじゅんさん コメント、ありがとうございます。今後、柴静さんはおそらく今後も長い間、いろんな監視の下に置かれるでしょう。それを覚悟で番組を作ったのだろう、と思うと、胸がしめつけられます。中国のメディア関係者は当たり前のことを言うのにも、時に大きな犠牲を払わなくてはならないので、たいへんですよね。それでも、機を逃さず発表できた分、柴静さんは幸運だったのかもしれません。

mushoumushou 2015/03/09 14:09 環境保全のための民間団体を政府が認めるべきです。大気汚染は個人の努力でどうなるものではない。全て政府の責任です。その点を強調できないのは、政府勢力の後ろ盾があるから。取材は大変でも後ろ盾があれば容易です。

lecoklecok 2015/03/09 14:39 mushouさん 民間団体の意義は、柴さん自身も認め、その活躍を願っているのではないでしょうか。だからこそ、彼女なりに『自然の友』等と協力し、集団訴訟の映像なども流したのではないか、と私は(憶測ですが)思いました。 後ろ盾があるというのは、おっしゃる通りで、その点はブログにも書いているつもりなのですが、分かりにくかったかもしれません。ただ、私自身は、政府勢力は一つではないと思っていますし、個人の努力で変わる部分もあると思っています。

mushoumushou 2015/03/09 14:47 社会のためによいことをする人を逮捕する。それが集金兵のやり方です。民間団体を認めない限り中国には将来はありません。柴静さんの番組はその議論に結びつかない限りあまり意味を持たず、ただの政府のアリバイ工作になってしまいます。だからこの番組の良し悪しではなく、これをきっかけに公民の間に議論が深まることこそが大切なのです。

mushoumushou 2015/03/09 14:52 だから多田さんが読みこんだ通り「民間団体の意義は、柴さん自身も認め、その活躍を願っているのではないでしょうか。だからこそ、彼女なりに『自然の友』等と協力し、集団訴訟の映像なども流したのではないか」という指摘が将来を開くはずです。

lecoklecok 2015/03/09 15:00 mushouさん 民間の環境保護団体は、まったくないわけではなく、活動が制約を受けているようです。私も柴さんの番組が「叩き台」になったことは大きいと思います。でも、中国の国営メディア関係者の間では今、柴静の番組をめぐるコメントはタブーなのだそうです。中国では映像自体、削除されてしまったようで、やはり残念です。

yuri201107yuri201107 2015/03/10 16:17 穹頂之下

yuri201107yuri201107 2015/03/10 16:26 「穹頂之下」、衝撃的でした。でも、わたしの中国語能力では中国語字幕を読み終えないうちに次に移り、半分くらいしか理解できていないと思います。そこでお願いがあります。日本語字幕を入れてYouTubeにアップロードしていただけないでしょうか?大変な作業だとは思いますが。なにしろ1時間40分の大作ですから。

lecoklecok 2015/03/10 21:49 yuri201107さん 実は、私の錯覚でなければ、数日前、こちらに日本語字幕付きがアップされていました。
https://www.youtube.com/watch?v=T6X2uwlQGQM&feature=youtu.be
でも、なぜか今は英語やスペイン語などの字幕しか表示できません。
いずれにせよ、日本語の字幕は必要ですね。申し訳ないことに、いろいろな理由で、ちょっと今の私にはできそうもありませんが……。

yuri201107yuri201107 2015/03/11 07:29 そうなのです。冒頭の10分簡ぐらいの日本語字幕が付いていました。でも、昨日から見られなくなっています。突如、見られなくなったのも不思議ですが。
lecokさんがご無理なら、どなたかが日本語字幕を付けてくださるのを待つよりないようですね。

yuri201107yuri201107 2015/03/11 07:31 間が簡になっています。
投稿前に読み直さないといけませんね。(-_-;)

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