Hatena::ブログ(Diary)

leeswijzer: boeken annex van dagboek このページをアンテナに追加 RSSフィード


本サイトは〈dagboek〉から【本】の情報を抽出した備忘メモです.(三中信宏)

sinds 9 januari 2005

23-01-2006 『南方熊楠英文論考』書評

[]『南方熊楠英文論考[ネイチャー]誌篇

南方熊楠[飯倉照平(監修)|松居竜五・田村義也・中西須美(編訳)]

(2005年12月20日刊行,集英社,東京, 422 pp., 本体価格5,600円, ISBN:4087813320目次版元ページ

【書評(まとめて)】 ※Copyright 2006 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved


400ページを越える大著だ.マンドラゴラに食人に指紋に粘菌にフォークロア.“呪”のごとく投げつけられた紙つぶてに,博覧強記の「嵐」がごうごうと吹き荒れている.ああ,快感.それとともに,科学の世界でいまを時めくトップ・ジャーナル『ネイチャー』誌の前世の“かたち”が感じとれる.


南方熊楠が1893年に初めて『ネイチャー』誌に投稿した記事「東洋の星座」は,「星座名」に関する呼称の類似性がはたして民族間の類似性を示唆するかという匿名投稿への否定的コメントだった.カールレ・クローンらによる“民俗系統学”に先行する時期のやりとりであり,これはこれでおもしろいテーマだ.匿名質問者は星座の呼称体系の類似性は民族間の類縁関係を示唆する共有派生形質だろうと推測したのに対し,南方は東洋の星座観を概観することにより,星座の呼び方の類似性はホモプラジーであり,必ずしも民族間の類縁関係の近さの証しとはならないと反論している.


各章ごとに所収記事の大まかなテーマ別の括りがなされているが,そういうカテゴリーには必ずしもおさまらない,大量の英文を熊楠が残していたことを読者は知る.それらの記事は,ほんの数行のコメント投稿からやや長めの論考まで長短さまざまだが,『ネイチャー』誌の Correspondence 欄を使った投稿がかつてはこのような“自由度”をもっていたとは知らなかった.


ロンドン在住時代からはじまって日本に帰国した後も,熊楠は科学誌『ネイチャー』と民俗学誌『ノーツ・アンド・クエリーズ』に投稿し続けたわけだが,自由投稿欄というジャーナルの“ニッチ”がしだいに変容していく過程は関心を引く.とくに『ネイチャー』が科学啓蒙誌から専門科学誌への変容を遂げる時期がちょうど熊楠が活発に投稿していた19世紀末から20世紀はじめの時期に重なっていたらしく,「熊楠的」な記事(民俗学・科学・文献学の渾然一体)の投稿がしだいに『ネイチャー』誌から疎まれるようになり,1910年以降は編集部からリジェクトされることが多くなっていったらしい.このあたりの事情をたどるには,監修者・訳者によるていねいな解説がたいへん役に立つ.


20世紀はじめの『ネイチャー』誌の“変節”について,訳者のひとり田村義也は次のように記している:

一八九三年の「東洋の星座」以来,熊楠は,『ネイチャー』投稿者中でも「常連」といっていい頻度で執筆を続けてきた(一九〇〇年の帰国後と,一九〇六年前後の二度の中断はあったが).その間,イギリスの読者に対して,非西洋近代の学問を紹介することにより西洋近代科学を相対化するという熊楠の姿勢は,彼なりに一貫していたといってよい.しかし『ネイチャー』誌のほうは,その間に性格を変容させていったようである.それは,創刊者ロッキャーの,科学愛好家や一般読者を指向した誌面作りから,次第に自然科学の専門分野への傾斜を深め,職業研究者のための学術誌と純化していく過程といってよい.自然科学分野の論考各篇でも自在に発揮されている熊楠の領域横断的・好事家的性格が,『ネイチャー』誌との間でズレを生じさせていた可能性は高く,一九一三年の出来事は,そのことを彼に自覚させずにはおかなかったであろう.この後,一九一四年一月の「古代の開頭手術」を最後に,熊楠の英文論考発表の舞台は『ノーツ・アンド・クエリーズ』誌にしぼられていくことになる.(p. 352)

上の引用文での「一九一三年の出来事」とは,熊楠がこの年に『ネイチャー』誌に投稿したふたつの論考がいずれもリジェクトされたことを指している.それまでこういうことはなかっただけに,熊楠は相当ショックを受けたらしい.


本書を編んだ主たる目的として,「西洋科学と“知的対決”した熊楠」像をあぶり出そうという意図があることは明らかだ.しかし,本書に所収されている熊楠の記事を追っていくにつれ,むしろ彼が『ネイチャー』誌の“変容”から次第に取り残されていくようすが垣間見える.その“変容”の現場を我が身をもって体験したという点で,本書はとてもおもしろい知見を読者に提示している.ポジとしての「熊楠」ではなく,ネガとしての『ネイチャー』誌の変遷を読み取ることができるからだ.


本書のクロス装幀の造本はとても立派なのだが,全体的に訳文のフォントのサイズがやや大き過ぎる気がする.最近よく見かける中高年に配慮した“大活字本”みたいな.あまり安く売るつもりもともとなかったのかもしれないけど,組版と装幀を工夫すればもっと安価に仕上がったのではないか?


ついでに:『ネイチャー』誌はよく知っているからいいとして,南方熊楠が頻繁に投稿したもうひとつの主要なジャーナルである『ノーツ・アンド・クエリーズ』誌はオクスフォード大学から刊行されている雑誌で,1849年の創刊号以降のすべてのバックナンバーがオンライン検索できる.


三中信宏[2006年1月23日|2014年12月16日加筆修正]

Alex FetcherAlex Fetcher 2007/11/01 06:25 Great site!
494a6c6401f0ada9bb1923a516a88715

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証