Hatena::ブログ(Diary)

leeswijzer: boeken annex van dagboek このページをアンテナに追加 RSSフィード


本サイトは〈dagboek〉から【本】の情報を抽出した備忘メモです.(三中信宏)

sinds 9 januari 2005

18-05-2007 『Mapping Our Ancestors』書評

[]『Mapping Our Ancestors: Phylogenetic Approaches in Anthropology and Prehistory』(まとめて)

Carl P. Lipo, Michael J. O'Brien, Mark Collard, and Stephen J. Shennan (eds.)

(2005年12月刊行, Transaction Publishers, New Brunswick, ISBN:0202307506 [hbk] / ISBN:0202307514 [pbk])


【書評】

※Copyright 2007 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

系統学的アプローチによる進化考古学と歴史言語学の研究最前線

1. 一般的な歴史研究における系統学的方法の導入

本論文集は,系統学に基づく考古学・先史学・言語学をめぐって2003年に開催されたシンポジウムの論文集だ.2001年に開催された別のシンポジウムをふまえて2005年前半に出た論文集:Ruth Mace, Clare J. Holden, and Stephen Shennan (eds.) 『The Evolution of Cultural Diversity: A Phylogenetic Approach』(2005年,UCL Press,London)と目指すところが同じで,考古学ならびに先史学における「系統推定」の理論と応用について論じている.

もちろん,これらの考古学畑の論集が,生物系統学における系統推定法の進展に根ざしていることは明らかだが,Mace et al. の論文集が,どちらかと言えば,系統推定の応用に関わる事例研究が主であったのに対し,Lipo et al. の論文集は文化系統推定のより理念的な諸問題に焦点を当てているようだ.だから,最節約法や最尤法あるいはベイズ法などが系統学的考古学の分析ツールとしてどのように使えるのかについては Mace et al. 本を見た方が参考になるだろう.

いずれの論文集も編者の一人に〈CEACB〉こと AHRC Center for the Evolutionary Analysis of Cultural Behaviour を率いる Stephen Shennan が含まれている.進化考古学の研究拠点からのアウトプットとみなせるだろう.

2. 各章の内容について

冒頭の Niles Eldredge 「Foreword」は,分岐学(cladistics)が生物のみならず言語や写本の系統推定の方法論として注目されるようになった歴史的経緯を振り返り,cultural phylogeny を復元する上での方法論的な問題点のいくつかを指摘する.彼は,生物系統樹の場合は形質の変換系列として共有派生形質の相同性が仮定できることが多いが,文化系統樹の場合はそうはいかないケースが少なくないだろうという.文化系統では表現型として“似ていない”ホモプラジーが多いという例の一つとして,彼自身が調べた楽器トランペットとコルネットの“進化”に言及し,管の長さを変えて音高を調節するヴァルヴの“系統発生”を考察している.ヴァルヴの機構がピストンであるかそれともロータリーであるかは,表形的には似ていないがホモプラジーだと彼は結論している.こういう話題はとてもおもしろい.

 2-1. Part 1〈Introduction〉

Chapter1:Carl P. Lipo, Michael J. O'Brien, Mark Collard, and Stephen J. Shennan「Cultural phylogenies and explanation: Why historical methods matter」では,文化進化論における文化系統の位置付け説明され,文化系統樹の推定方法に関する総説が与えられている.このテーマについては,すでに教科書: Michael J. O'Brien and R. Lee Lyman『Cladistics and Archaeology』(2003年,The University of Utah Press,Salt Lake City)があるので,詳しくはこれを参照した方がよいだろう.

 2-2. Part 2〈Fundamentals and Methods〉

このセクションでは,文化系統学をめぐる方法論的問題が取り上げられる.Chapter 2:Richard Pockington「What is a culturally transmitted unit, and how we find one?」 は,文化進化における単位(unit)の問題を論じる.著者の言う〈文化的伝達単位(CTU= Culturally Trandmitted Unit)〉が定義され,それを決定する具体的な手順についての解説がなされる.ミームが文化単位の極小であるとするなら,著者の言う CTU は極大単位として定義されるそうだ.“ミーム”という言葉は一般に浸透しているが,学問的にはすでに破綻している.したがって,著者は文化進化の単位としての CTU をミームと呼ぶことには抵抗する.むしろ,文化進化や文化系統を解明するのに有効な「適切な大きさ」をもつ単位をきちんと設定できる[操作的な]手順が必要であると考えている.その理由は,単位を小さく取りすぎると「変異」が少なすぎて淘汰のターゲットになりえないのと,低次の系譜が共生的に形成する高次単位を見逃す危険性が高まるからだと言う.文化進化において以前から重大視されてきた多元発生(polygenesis)の問題を解決するためにも CTU の適切な設定が求められている.

CTU が満たすべき条件は「統一性(integrity)」と「階層性(hierarchy)」である.それぞれの条件が満たされているかどうかを経験的にテストする手法として,「Cultural-Unit Transmission Integrity Assay」(pp. 25-27)と「Hierarchical Cluster Structure Assessment」(pp. 27-29)という手法が提唱されている.前者の integrity test では,サブ単位×形質マトリックスの「Q-mode 解析」によって(「R-mode」ではなく),形質変換の整合性(concordance)を形質間の類似度行列に関する Mantel 検定でテストする.このテストを通過して整合性が立証されたサブ単位どうしは integrity があるものとみなし,統合してひとつの単位を形成することができる.後者の hierarchy test は,同じサブ単位×形質マトリックスの「R-mode 解析」をクラスター分析を用いて行ない,デンドログラム上の「類似度指数」によって切断されるクラスター構造の大域的様相を,クラスター径(r)×クラスター数(c)の導関数(dc/dr)のグラフから判定するというめんどうな方法を提唱している.しかし,こんなことをするくらいなら,生物系統学のネットワーク解析で用いられている「treeness test」(あるいはデータ行列そのものについての無作為化検定)をした方が簡単ではないだろうか.

Chapter 3:Jennifer W. Moylan, Corine M. Graham, Monique Borgerhoff Mulder, Charles L. Nunn, and N. Thomas Hakansson「Cultural traits and linguistic trees: Phylogenetic signal in East Africa」は,歴史言語学における.言語系統樹にもとづく系統学的比較法を東アフリカの人類学データに適用する.序論では,文化的特性が系統学的に解析できるかどうか,そして方法論上の難点はどこにあるのかを論じる.単なる“pattern matching”から“model testing”に脱皮するために,統計学的なツールと系統学的な比較法を併用すべきだという.中心的な問題は,cultural core tradition の系譜を探るための cultural traits をどのようにして検出すればいいのかという点だ.著者らは言語学的データを用いて言語系統樹を構築し,それに基づいてアフリカ部族の文化進化を論じようとする.系統学的シグナルをもつ形質を事前に知ることはほとんど困難だが,言語学的データがその「シグナル」をもっていると仮定している.

文化的グループは文化的形質を包む“スキン”であるという喩えが見える(p. 37).遺伝子系譜学でいう species-tree / gene-tree のアナロジーだと思われる.文化進化モデルとしての「demic expansion」,「cultural diffusion」,そして「independent innovation」は,tangled-tree 理論では,それぞれ「cospeciation」,「lateral transfer」,そして「homoplasy」に相当する概念だろう.

アフリカのバンツー地方の民族学データのもつ系統学的情報(言語学的シグナル)を統計学的にテストする方法とその適用についての論議はたいへん役に立つ.バンツー語圏の部族に関する言語系統樹を既知として,民族学的データ(cultural traits)のそれぞれがどの程度の系統学的シグナルを有しているかを,「runs test」と「steps test」を用いて検定する.前者の「runs test」は,与えられた言語系統樹にしたがってソートされた OTU(部族)の文化形質状態の列を反復して無作為化し,操作前後のちがいを検定統計量としてその帰無分布を構築する.一方,後者の「steps test」では,同様の無作為化された形質状態列を与えられた言語系統樹の上で最節約復元し,形質状態変化のステップ数をカウントする.このステップ数を検定統計量として帰無分布をつくり,検定するという方法だ.

著者らはこのふたつのテストを用いて,バンツー部族の文化形質の系統学的シグナルを解析した結果,1) 家族構成に関わる形質は低シグナル;2) 政治や儀式に関する形質は高シグナル;3) 日々の暮らしに関する形質もまた高シグナル,などという結論を得た.文化形質のもつ系統学的情報をどのように「解釈」するかは簡単ではないが,本論文は民族誌データと言語系統樹から文化形質の系統学的背景をテストする簡便な方法を提案し適用したという意義がある.

Chapter 4:Mark Collard, Stephen Shennan, and Jamshid J. Tehrani「Branching versus blending in macroscale cultural evolution: A comparative study」は,文化進化研究における「分岐(branching)」かそれとも「混合(blending)」かという長年にわたる論争をとりあげる.分岐的プロセスを重視する論者は「tree model」を,一方で混合的プロセスを強調する陣営は「network model」を用いて,データを解析しようとする.著者らは,生物学と考古学の実際のデータを比較することにより,現実の知見がツリーとネットワークのいずれによって説明できるのかという問いに取り組んでいる.

生物データは〈TreeBASE〉からダウンロードしたものを,考古データは著者ら自身によって集められたものを用いている.それぞれのデータから PAUP* による最節約系統樹を計算し,データセットの保持指数(RI: retention index)を計算する.この RI を検定統計量として,生物データと考古データの間で RI に有意な差異があるかどうかを Wilcoxon rank-sum test で検定したところ,帰無仮説「差はない」は棄却できなかった.したがって,文化進化プロセスは生物進化プロセスとはちがって,分岐によってはうまく説明できないという混合派の主張は支持されない.さらに,個別のケーススタディーを系統樹に基づく種間比較の観点からもう一度やり直してみると,ファクターとしての分岐と混合の寄与はケース・バイ・ケースで異なっていると著者は指摘する.

データセットの間での差異を検定するという方針は,これまでもよく使われてきた.たとえば,ホモプラジーの程度に関する「形態 vs. 分子」とか「形態 vs. 行動」という比較研究が1990年代になされたが,この章での研究方針もそれに準じている.

Chapter 5:R. Lee Lyman and Michael J. O'Brien「Seriation and cladistics: The difference between anagenetic and cladogenetic evolution」は文化系統樹に関する総説だ.イントロ部分は,著者らによる教科書『Cladistics and Archaeology』の要約だ.続いて,“文化”をユニットとしてのどのように定義するかという問題が最初に論議される.認知カテゴリーとしての“文化”とか“人種”はもともと定義できないが,実用上は役に立つ.“文化”は“種(species)”と同列のカテゴリーである.それらは必ずしも明快に定義できるわけではないが,だからといって文化史や系統史を論じることが不可能であるという理由にはならない.

次に,「seriation」の話題が取り上げられる.19世紀の A. H. Pitt Rivers や W. M. F. Petrie のような文化系統学の先駆者たちの研究に言及しつつ,遺物の系統の推定方法としての「seriation」−「phyletic seriation」,「frequency seriation」,そして「occurrence seriation」−が説明されている.実例としては,Bashford Dean の未発表の文化系統樹が挙げられている.鉄兜の系統樹だけはニューヨークのメトロポリタン美術館の Bulletin に発表されているが(1915年),それ以外の「剣」の系統樹数葉はすべて未公表だという.たいへんわくわくする実例だ.

Chapter 6:Carl P. Lipo「The resolution of cultural phylogenies using graphs」は,考古遺物の類縁関係の推定方法のひとつであるネットワークを用いた系統解析法を適用する.考古学的な変遷を示す「時空チャート(time-space charts)」の構築方法をどのように定量的に改良するかに問題意識を向ける.系列化(seriation)あるいは分岐学の方法論が最近適用されはじめているが,問題点がいくつか残っている.とくに,OTUが必ずしも「同時代的」ではないとき(考古学や古生物学ではよくある状況だ),分岐学的方法だと“branching”を過大推定する危険性があると著者は指摘する.この問題は「系統ネットワーク」を用いることによって緩和されるだろうと主張する.

系統ネットワークの理論について.最節約的ネットワークをどのように構築するかをざっとみる.枝ごとに一つずつ形質置換が生じている場合は単線的系統が得られる.しかし,複数の形質が同時に起これば系統の分岐が生じるし,ホモプラジーが発生するとループが出現する.こういう原理的な話はもっともなのだが,要は目の前のデータからどのようにしてネットワークを構築するか,そしてそれを考古学の遺物の系譜推定に利用するかだ.

最節約ネットワークを考古学のデータに適用する.多次元形質空間でのハミング距離(=マンハッタン距離)を計算し,ソフトウェア〈NetDraw〉 を使って描画したと書かれている.OTU間のハミング距離を計算しただけでは,最適ネットワークは求まらないはずなので,グラフ最適化は別のプログラムを用いているのだろう.

Chapter 7:Robert C. Dunnell「Measuring relatedness」は短い章なのだが,現代考古学史を知っていないと読めないかもしれない.考古学における「類似性」の考察.考古学的分類はある[明示化されない]類似度を前提にして実践されてきた.しかし,その類似度がどのような原因によって生じているのかについては学派と論者によってちがいがあった.文化史(「歴史」重視)考古学とプロセス考古学(「機能」重視)での対立は有名だ.しかし,プロセス考古学はしょせん文化史考古学が提唱してきた分類体系にただ乗りしたに過ぎない.

考古学における数量表形学の普及は,類似度を測定する一つの可能性を示したが,相同であるかどうかの検討を怠った点で致命的な間違いを犯した.分岐学の考古学への応用も最近ではなされていて,類似性は系統関係の反映であるという主張が再び日の目を見ている.しかし,形質変換系列の方向性を決定することが分岐学の前提であるかぎり,系統と類似との論理循環の残滓はいまだ払拭しきれていないのではないかと著者は問いかける.短編エッセイのような短さで,内容把握が難しい.要するに,typological な“style”に依拠して年代記をつくってもしかたがない,文化的淘汰の対象である functional traits に基づく文化系統の推定がこれからは必要であるという主張なのだろう.

 2-3. Part 3〈Biology〉

Chapter 8:Gordon F. M. Rakita「Phylogenetic techniques and methodological lessons from bioarchaeology」は,考古学の研究史を振り返り,考古学が自然人類学との共同路線を取らなくなったことの弊害を論ずる.連続形質に関する形態測定学的な分析が一つの問題,離散形質に関する仮説のテスト可能性がもう一つの問題だ.アメリカ考古学が人種差別主義(racism)と糾弾されないためにどのような努力をしてきたかについても言及されている.要するに,クラスター分析の「距離」が考古学的にどのような意味をもっているのか,あるいはもたそうとしてきたのか,についての論議.“racism”の糾弾をうまくかわしつつ,なお“biodistance”研究がどのように進められてきたのかを通観する.20世紀初頭は craniometry のもとに,人骨のタイプ分けがさかんに研究された.この「タイプ」とは,必ずしも本質主義的でもなければ人種差別主義的でもなく,当事者はあくまでも人骨の variation を念頭に置いていたと著者は指摘する.しかし,variation そのものを研究の主眼に置かなかった点で限界があった.1950年代以降は数量表形学の流行に乗ることもあったが,全体としては低迷期を迎え,1990年代以降はついに絶えてしまったという.

Chapter 9:John V. Dudgeon「Phylogeography of archaeological populations: A case study from Rapa Nui (Easter Island)」は,分子系統地理学の手法を考古学にも適用しようとする論考.考古学的に推定された年代に対応する demographic な動態を phylogeography の方法によって推定しようという方針のようだ.イースター島の過去に関するさまざまなデータ(民族誌・生物学・考古学)をふまえて,その人口動態とその歴史を,集団遺伝学とコアレッセント理論の両方から分析する.著者は,分子系統に基づくコアレッセント理論だけでは解決できない問題があって,それに対しては従来的な集団遺伝学によるアプローチが今でもなお有効だろうと結論する.この島のたどってきた歴史の詳細は,ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊:滅亡と存続の命運を分けるもの』(上・下,2005年12月28日刊行,草思社)の第2章「イースターに黄昏が訪れるとき」を読んだ方がきっとわかりやすいだろうと思う.

 2-4. Part 4〈Culture〉

Chapter 10:Peter Jordan and Thomas Mace「Tracking culture-historical lineages: Can "descent with modification" be linked to "association by descent"?」は,文化系統が分岐的かそれとも網状的かはさらなるデータの蓄積がないと結論できないという.本章では,それに関わるもうひとつの問題として,「まとまりのある文化的なコア(核)はあるのか?」と提起する.文化のさまざまなパーツ(パッケージ)の系統が推定できたとして,それらのパーツを取りまとめたときに,ひとつの“coherence”をもつコアがあると言えるのかどうか,という問題だ.この章では,この問題へのアプローチとして共進化の系統解析に用いられてきた手法を援用しようとする.部分を成すパッケージそれぞれの系統関係を推定した上で,それらの間の整合性をテストし,整合性の有無によって,高次の文化的コアの有無を推論しようという方針だ.tangled trees の理論で培われてきたいくつかの手法を文化現象に適用することが続く節での内容だ.

実例として挙げられているのは,カリフォルニア先住民族に関するデータだ.tree性については,consistency index やブーツストラップで確認する.文化的形質のサブセットごとに系統樹を推定し,それらの系統樹の間の整合性を Rod Page の〈COMPONENT〉に含まれている「Triplets」テスト(実際には random trees による triplets テスト)でチェックしようとする.パーフェクトな core は望むべくもないが,サブセット間の整合性は低くないので,cophylogeny による文化進化の説明が可能であると結論する.

Chapter 11:Jermer W. Eerkens, Robert L. Bettinger, and Richard McElreath「Cultural transmission, phylogenetics, and the archaeological record」は,いくつかの文化進化モデルに沿ったシミュレーションを行ない,得られた文化系統樹のパターンの特性を分岐図に関する一致指数を通じて考察しようという章.前半部分では,文化進化の三つのモデル:「guided variation」,「conformist transmission」,そして「indirectly biased transmission」を定義する.それぞれ文化伝達にともなう“模倣度”が異なる(“social-model”のもつ効力の大きさに比例する).この章では,ランダムな伝達ノイズとともに,上記の伝達モデルにしたがう文化進化のシミュレーションを Excel を用いて行なうという.そのフローチャートが示され,完全2分裂による6世代の文化系統樹(OTU数は32)を得る.

文化進化における伝達様式モデルにしたがって,形質データをシミュレーションによって生成し,PAUP* を用いた系統解析,そして樹長と一致指数を計算する.変異の生成率をランダムに増加させると,一般にホモプラジー頻度が高まって,一致指数は低下する.しかし,文化的模倣によって方向づけられた変異の率を上げると,子孫はしだいに同一の形質状態をホモプラジーとして共有することになり,結果として一致指数は再び高くなる.こんなことはシミュレーションするまでもなく自明のことではないか.実際の石器データの分析例も後半にはあるのだが,一致指数や樹長を調べただけでは,文化進化のモデル化にはほど遠い気がした.やるんだったら,パラメトリック・ブーツストラップとか,もっといいやり方があったのじゃあないか.

Chapter 12:John Darwent and Michael J. O'Brien「Using cladistics to construct lineages of projectile points from Northeastern Missouri」.文化系統の研究に分岐分析を利用しようとする著者たちのスタンスはすでにわかっている.この章では,鏃の形態データからの分岐分析に加えて,層序学の知見をどのように分岐図に組み込むかという問題提起がなされている.姉妹群が層序的につながっていない場合,地層的に欠落している部分を「ghost range extension」によって補う必要がある.このとき,共通祖先リネージは「ghost taxon」と呼ばれる.「ghost」が最小になるような stratigraphic cladogram を構築するまでが本章の前半だ.

層序データを付加した分岐図の上で,鏃の形状形質を最節約マッピングする.鏃のクレードごとに,「耐久性と再利用生を重視する方向への進化」とか「長持ちしないが殺傷力を高くする方向への進化」という傾向を見いだす.図が過度に圧縮されていてほとんど“視力検査“”的でとてもつらい(やむを得ずOED用の拡大鏡を使ってしまった).この研究では,もともと鏃の機能的形質(とくに根元のグリップ部分)を重点的に拾っているようなので,得られた最節約マッピングは,文化形質の進化に関するテストをしているのではなく,その形質進化のトレースをしていると考えられる.

Chapter 13:Marcel J. Harmon, Todd L. VanPool, Robert D. Leonard, Christine S. VanPool, and Laura A. Salter「Reconstructing the flow of information across time and space: A phylogenetic analysis of ceramic traditions from prehispanic Western and Northern Mexico and the American Southwest」では,文化系統を情報伝達の経路復元ととらえ,最節約法と最尤法での文化系統樹の推定を試みる.序論のところで,「中国の“マーシャル・アーツ”」の系統樹なるものに言及されていたのだが,いったい何なのだろう,これって.一瞬,『北斗の拳』の伝承系譜を連想してしまったのだが.文化系統樹の推定には最節約法(MP)と最尤法(ML)を使うという.もちろん,ここでの最尤法は Paul O. Lewis (2001) の形態形質確率モデルを仮定している.出土した陶器の模様を形質として,MP / ML で系統推定する.MP での重みづけの使い方がやや不明.なお,P. O. Lewis (2001) のモデルでは不十分ということで,文化系統樹を最尤推定するための新しいソフトウェアを新しく開発したと書かれている.

このセクションの最後の章 Chapter 14:Hector Neff「Archaeological-materials characterization as phylogenetic method: The case of copodor pottery from Southeastern Mesoamerica」は,メキシコ・オアハカのモンテ・アルバン遺跡およびマヤ遺跡から出土した陶器の系統関係を推定する話だ.

 2-5. Part 5〈Language〉

最近の言語系統樹の推定には,最先端の系統推定理論が適用されている(Q. D. Atkinson and R. D. Gray 2005の総説を参照).本論文集に所収されている以下の二つの論文はこのような研究動向の産物である.Chapter 15:Clare J. Holden「The spread of Bantu languages, farming, and pastoralism in Sub-equatorial Africa」は,アフリカ南部のバンツー語族の最節約言語系統樹を踏まえて,農耕の伝播を通してのヒト集団の時空的動態を考察している.さらに,文化的形質(父系社会/母系社会)の祖先状態復元を行って,系統樹上での相関関係を論じている.

続く Chapter 16:Quentin D. Atkinson and Russell D. Gray「Are accurate dates an intractable problem for historical linguistics?」では,言語進化の確率モデルを前提とする言語系統樹の最尤推定ならびにベイズ推定について論じられている.そして,印欧語族の分岐年代の推定に関わるいくつかの問題点を指摘する.

この分野の研究は急速に進んでおり,さらに最前線を知るためには,むしろ Peter Forster and Colin Renfrew (eds.) 『Phylogenetic Methods and the Prehistory of Languages』(2006年,The McDonald Institute for Archaeological Research,London)を参照した方がいいかもしれない.

3. 系統樹思考を個別科学に適用すること

本論文集の総括である Part 6〈Concluding Remarks〉の Chapter 17. Afterword (Carl P. Lipo, Michael J. O'Brien, Mark Collard, and Stephen J. Shennan) では,今後のヴィジョンと解決すべき問題点が述べられている.考古学や言語学のような人文社会科学に生物学で培われてきた理論や方法をそのまま当てはめていいのかという疑念はしばしば表明されてきたと編者らは言う.しかし,本論文集が対象としている考古学や先史学そして言語学は,「歴史」をターゲットとするという点で進化学と共通の目的をもっている.つまり,広義の進化プロセスに関する仮説と系統樹で図示される進化パターンに関する仮説を立てては検討するという繰り返しが,これらの歴史科学的研究を進めるための基本的なスタイルということだ.

Michael J. O'Brien, R. Lee Lyman, and Michael Brian Schiffer『Archaeology as a Process: Processualism and Its Progeny』(2005年,The University of Utah Press,Salt Lake City)に詳述されているように,かつての考古学史に及んだ文化相対主義の影響の大きさを考えるとき,20世紀前半の文化史考古学では遺物・民俗・文化など“非生物”の系譜を論じることそれ自体がきわめて困難だった.そして,その後に続くプロセス考古学やポストプロセス考古学の段階にいたっても,なお“文化系統”がまともに論議の対象とされてこなかった科学史的な経緯を知ることは,進化生物学で確立された系統樹思考を考古学や言語学のような個別科学に導入するときに生じるいくつかの興味深い問題を示してくれる.

学問分野を問わず,まず最初に〈系統樹〉という離散構造が導入され,その後で進化モデルの背景仮定や確率統計的な考察が追ってくるというのはほとんど確定したコースのように思える.その意味を“上空”から考えるのは大切なことだ.何もないところでは,認知化された最節約原理がきっと最初に要求されるのだろう.もろもろのことは,その後から上陸してくる.最初に上陸したものは背後に回るが,消滅することはない.バックグラウンドでじっと生き続けるだけだ.

1980〜90年代にかけて,歴史言語学と写本系譜学の学界に分岐学の理論が浸透していったのとまったく同じコースを考古学や言語学もきっとたどるのだろう.近年の分子系統学で広く用いられている最尤法やベイズ法が,言語や遺物の歴史推定にも積極的に用いられはじめている状況を見るとき,系譜推定に学問の「壁」はまったくないのだという事実をあらためて強く感じる.生物学的な理論や方法を人文社会科学に持ち込むことに対するさまざまな「壁」はいましばらくはハードルであり続けるのかもしれない.しかし,文化的現象の進化や文化的形質の伝承が歴史を紡ぎだす系譜であるという認識が共有されているかぎり,両者の間の密接な関係は今後も強まりこそすれ,希薄になることはないだろう.

引用文献

  1. Quentin D. Atkinson and Russell D. Gray 2005. Curious parallels and curious connections — Phylogenetic thinking in biology and historical linguistics. Systematic Biology, 54(4): 513-526.→アブストラクト.
  2. Peter Forster and Colin Renfrew (eds.) 2006. Phylogenetic Methods and the Prehistory of Languages. The McDonald Institute for Archaeological Research[McDonald Institute Monographs], ISBN:1902937333目次.
  3. Ruth Mace, Clare J. Holden, and Stephen Shennan (eds.) 2005. The Evolution of Cultural Diversity: A Phylogenetic Approach. UCL Press,ISBN:1844720659目次.
  4. Michael J. O'Brien and R. Lee Lyman 2003.Cladistics and Archaeology. The University of Utah Press, Salt Lake City, xxiv+280 pp., ISBN:0874807751書評・目次
  5. Michael J. O'Brien, R. Lee Lyman, and Michael Brian Schiffer 2005. Archaeology as a Process: Processualism and Its Progeny. The University of Utah Press, Salt Lake City, x+350 pp., ISBN:0874808170目次.

三中信宏(18 May 2007)


投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証