『The Great Deluge : Hurricane Katrina, New Orleans, and the Mississippi Gulf Coast』

Douglas Brinkley

(2006年刊行, William Morrow, New York, xx+716 pp., ISBN:0061124230 [hbk]→目次



ニューオーリンズの街中を歩いていると,以前は店があったが,2005年夏の「Class 5」ハリケーン“Katrina”の襲来で,店を閉じてしまったと思しき店舗(跡)に出くわすことがある.ガイドブックにも「post-Katrina に開店しているかどうかは要チェック」という但し書きが付いたレストランも少なくない.

歴史学者 Brinkley がまとめた本書は,ニューオーリンズがなぜミシシッピー川の「零メートル地帯」に建設されることになったのか,なぜ「フランス語」なのか,これまでどのようなハリケーンの襲来を経験してきたのかなどルイジアナのこの地域のたどってきた歴史を詳細に振り返り,その文脈の上で迫り来る“Katrina”を日時を追って記述し,どのような要因が被害を増大させたのかを論じる.

もちろん,直撃したハリケーンが最大級の“perfect storm”だったという気象要因はもちろん大きい.しかし,この地域の立地条件,とくにミシシッピーの大湿地帯の中に建設された都市であるという条件が大きく効いている.ニューオーリンズは,オランダと同じく,防波堤でしっかり囲んで,しかもどんどん排水しなければ水没するという運命をもともと科せられていた.

しかし,それだけではない.著者は市当局や災害担当部署の危機認識と初期対応のまずさを繰り返し指摘する.貧富の差の大きなこの地域では,識字率が低くしかも移動手段をもたない階層(しかも老人の割合が高い)に対する避難命令とその実施が不可欠だったにもかかわらず,“Katrina”が上陸する直前まで有効な施策が取られなかったことが,堤防決壊による洪水の被害をさらに大きくしてしまったと述べる.

襲来数日前の前兆から始まり,体験者への取材を含めたディテールの積み上げ,「その日」にいたるまでの大きな流れの鳥瞰,そして複数の視点からの論究というスタイルは,たとえばサイモン・ウィンチェスター『クラカタウの大噴火』(早川書房)を想起させる.時間軸に沿ったストーリー展開は,この巨大ハリケーンの全体像をあらためて認識させてくれる.“Katrina”が通過した「後」に水位がじわじわと上昇してきたという時間差がこわい.

—— 厚さの割りには読みやすい本だったので,機内読書灯のもとで第4章まで150ページほど読み進んだ.まだまだ先がある.