『流言蜚語:うわさ話を読みとく作法』

佐藤健二

(1995年3月15日刊行,有信堂高文社,東京,xii+234+x pp., 本体価格2,300円, ISBN:4842065419目次版元ページ

イントロの第1章「民話の対抗力」(pp.1-37)と “件” 伝説を考察した第4章「クダンの誕生」(pp.147-209)を読了.「クダンの誕生をめぐって」という見開き図(「図版5」pp., 174-175)の分類図がとてもおもしろい.著者は言う:

  • 「クダンという「霊獣」の誕生には,民俗社会に浸透しはじめた文字や印刷物メディアが深くかかわっている.そのことをなぜに民俗学は軽視しつづけてきたのであろうか.」(p. 150)

  • 「クダンは《書かれたもの》がハナシの場に幾重にか入り込んだなかから形成されてきた.まさしく口承だけを特権化してきた研究にとって,方法論的な批判をつきつける.」(p. 199)

  • 「クダンの話の誕生の核となっているのは,「如件」という文書語であること.このフレーズがもっている力,あるいはこの決まり文句を組み入れた文書文化こそが,クダンの話をささえる基礎である.人面獣身の絵図は,その件という文字の絵解きである.この怪物の形象は,声の文化と文字の文化のはざまに誕生した.その点で,これまでの民俗学における口承イデオロギーを流動化させる問題提起の素材たりうるのである.」(p. 203)

「件」の出現を招いた「仍而如件」という当時の証文のエンディングは “言霊” だったのかなあ.

第2章「資料の形態分析」(pp. 39-112)は,第二次世界大戦中の流言蜚語に関する資料探索の話.戦時中の海軍技術研究所には「実験心理研究部」という200名もの心理学者を擁する部署があって,軍事に関わる応用心理研究(適性検査など)に携わっていたという指摘が興味を惹く.流言蜚語に関する憲兵隊資料もその目的で収集されたとのこと.南博,宮城音弥中野好夫らの名前が挙げられている.続く第3章「うわさ話研究の問題設定」(pp. 113-146)では,流言蜚語すなわち「うわさ話」がどのように時空的な変遷を遂げるかのメカニズムについての議論が中心.伝統的にこの種の研究には:

「うわさ話のコミュニケーションを,誤謬を含む伝達過程ととらえるところから出発した」(p. 119)

というスタイルがあったと書かれている.文字写本の系譜との類似点は多々ありそうだ.

—— 余談だが,著者のご実家は高崎市内にあった学陽書房という老舗書店.ワタクシが高崎に住んでいたときはよく利用させてもらった.