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01-06-2014 ラインズ:線の文化史(書評)

[]『ラインズ:線の文化史

ティム・インゴルド[工藤晋訳]

(2014年6月30日刊行,左右社,東京,267+viii pp., 本体価格2,750円, ISBN:9784865281019目次版元ページ原書目次

【書評】※Copyright 2014 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved


ラインが結ぶラインの文化史


序論によれば,本書の軸足は「線(ライン)」をめぐる比較文化人類学からの考察にある.しかし,続く章を追って読み進むにつれ,議論の展開は書字・音声・身振りなどから,社会における血縁・系図へと広がり,民族固有の世界観や生命観へとラインがつながっていく.人類学・社会学・哲学・歴史学のさまざまな話題が次から次へと出てくるので,読んでいるとときどき目眩がする.おそらくそれが著者の意図するところなのだろう.


前半の3章はいずれも長大である:第1章「言語・音楽・表記法」は発話と音声をめぐるイントロである.ウォルター・オングやネルソン・グッドマンの論議を参照しつつ,著者は文字と音声のラインが意味するものを考察する.ワタクシ的にはかなり難解な章だったと正直に告白…….


第2章「軌跡・糸・表面」は,本書のキーワードである “ライン” の概念について解説する. “ライン” の下位分類として糸(thread)・軌跡(trace)・亀裂(crack)などいくつもの用語を設定する.著者がとくに着目するのは,静的な糸が “動く” ことにより動的な軌跡が “面” をもつようになるという点だ(p. 92).動的なラインが織りなす模様とテクスチュアをめぐって,著者は文化人類学的な実例を数多く挙げる.


第3章「上に向かう・横断する・沿って進む」では,前章で提起されたラインの “動き” に焦点を絞り,一次元的な「線」がどのようにして “動き” をもち,二次元的な「面」(地図やチャートの実例多数)を形成するのかが論じられる.オブジェクト可視化のテーマにつながる内容.


第4章「系譜的ライン」は,間奏曲として,血縁関係を表す系図・系譜におけるラインについて考察する.家系図・法の樹・エッサイの樹など,人間社会のなかに浸透する類縁を表示する「木」の概念は,生物学での「系統樹」につながる.著者はダーウィン『種の起源』の系統ダイアグラムを例に取り,世代間の伝達(transmission)と世代内の輸送(transport)との関連付けをする(pp. 181-184).


第5章「線描・記述・カリグラフィー」は,描画(drawing)と記述(writing)に話題を移す.身体運動を伴う描画(書道やカリグラフィーを実例とする)からいかにして記述という表記システムができたのか.著者は「ラインの線状化」(pp. 228-231)にその手がかりがあると考える.


最後の第6章「直線になったライン」では,ラインが “曲線” から “直線” へと変わっていった歴史的経緯を推論する.直線性のもつ「近代性のイコン」(p. 254)がその理由であると言う著者は,古今の建築物・絵画・楽譜などの実例とともに,長く連なる曲がりくねった “曲線” としてのラインが矯正されて,短く断片化された “直線” としてのラインへと変質していったと著者はみなしている.


著者は本書全体を総括して次のようにまとめている:

「私がこの本で示してきたのは,糸を束ねることは世界のなかにひとつの場所を築く方法であるということだけではなく,束ねられた糸はそれぞれが相変わらず伸び続ける先端をもち,それらが今度は別の糸とともに別の結び目をつくるということである.ラインとは無限なものである.そしてその無限性―生命,関係,思考プロセスの―こそ,その価値を感じて欲しい.人々が思いのままにそのあとを追いかけ,つかまえられるようなたくさんの緩やかなラインの端っこを,私は残すことができただろうか.私の望みは蓋を閉じることではなく,蓋をこじ開けることだ.」(p. 256)


確かに,本書を読了すると,想像力をかきたてられる.点と点を結ぶラインの構造は,さながら南方熊楠の「南方曼陀羅」,早田文蔵の「ネットワーク」,あるいは宮沢賢治の「インドラの網」を髣髴とさせる *1.単に知識が得られるのではなく,能動的に強く働きかけられる本.


これだけ話題が広い分野に散らばっている本なので,日本語への翻訳作業はさぞかしたいへんだったのではないかと推測される.訳文は読みやすく,各章ごとに内容を補足する訳注も付けられていて評価点が高い.今回の翻訳にただひとつ瑕疵があるとしたら,原書に付けられている詳細な索引が訳書では省略されていることだけだ.


三中信宏(2014年6月1日)

*1:三中信宏 2013. 南方曼陀羅:世界を体系化するある思惟の図像的背景.科学(岩波書店)2013年8月号, pp. 906-909 → pdf [881KB].

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