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26-01-2016 The Monkey’s Voyage(書評)

[]『The Monkey’s Voyage: How Improbable Journeys Shaped the History of Life

Alan de Queiroz

(2014年1月7日刊行,Basic Books, New York, viii+360 pp., ISBN:9780465020515 [hbk] → 目次版元ページ特設ページ|著者ブログ〈The Monkey's Voyage〉|書評リスト

【書評】※Copyright 2016 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved


Gary Was Not So Bad a Guy, or a Rape of History


本書の著者は,爬虫両生類学(herpetology)を専門とする進化学者の観点から,われわれの常識をはるかに越えた長距離分散能力を生物がもち,それが今日の地理的分布を形成してきた主たる要因であると主張する.本書にはさまざまな生物の驚異的な分散能力に関する研究とそれらに関わった研究者群像がいきいきと描き出されている.本書は,現代生物地理研究の最前線をたどる “物語” として読むかぎり,とても楽しい内容である.


まず全体の構成を見ていこう.最初の第1部「Earth and Life」(pp. 21-112)は,Charles Darwin や Alfred R. Wallace が活躍した19世紀前半の生物地理学の黎明期から説き起こす.20世紀に入り,Alfred Wegener の大陸移動説あるいは当時流行した陸橋(land bridge)説を経由して,1970年代以降に興隆した分断生物地理学(vicariance biogeography)と汎生物地理学(panbiogeography)とそれ以前の分散生物地理学(dispersal biogeography)に絡む生物体系学・生物地理学の論争へと進む.本書全体を通じて通奏低音として「分散 vs. 分断」(vicariance vs. dispersal)の論争が鳴り響く.著者は「ネオ分散主義(neo-dispersalism)」のスタンスを一貫して標榜する.


続く第2部「Trees and Time」(pp. 113-148)では,DNA塩基配列情報に基づく分子系統樹の年代推定の理論とその有用性が解説される.著者は,本書全体を通じて,分子データと化石較正による時間スケールが刻まれた「時間系統樹(timetree)」をよりどころとして議論を進める.確かに,多くの仮定を置かねばならないが,時間軸をもった系統樹を利用することにより,生物地理研究は格段に進んだことはまちがいないだろう.本書の後半ではその研究成果が取り上げられる.


本書の中核となるのは,次の第3部「The Improbable, the Rare, the Mysterious, and the Miraculous」(pp. 149-253)だ.マメ科やウリ科植物が海を越えて長距離分散してきたという研究事例(pp. 155 ff.),アフリカ西部の孤島サントメ・プリンシペに生息するカエルがコンゴ川から流出した浮島に乗って海流に流されて漂着したというケース(pp. 187 ff.),同様に,大西洋上の島に分布するアシナシイモリは距離的に近い南米からではなくもっと遠いアフリカから海流とともにやってきたという例(pp. 203 ff.),そして,南米のサル類はアフリカから島伝いに長距離分散してきたのではないかという仮説(pp. 207 ff.)などなど,分類群を問わず,生物が示す長距離分散のみごとな事例がいくつも示されている.


最後の第4部「Transformations」(pp. 255-304)では,さまざまな長距離分散の事例を踏まえて,歴史生物地理学の考え方の根幹を再考すべきだとの著者の主張が再確認される.すなわち,1970年代以降の「分散 vs. 分断」論争は分岐学(クラディスティクス)という邪悪な学説に毒された分断主義者の悪しき “ドグマ” が支配する暗黒時代の象徴であり,新ミレニアムに燦然と輝く分子データのもとでは長距離分散こそ新たな data-driven パラダイムにほかならない,と.


著者の滑舌が紡ぎだす “物語” に感銘を受ける読者はきっと少なくないだろう.実際,本書はいくつかの新聞,雑誌,ブログなどで書評紹介されている(→ 書評リスト)ところをみると,好意的に読まれているのかもしれない.


けれども,しごく雄弁な “物語” が根拠のある “歴史” であるとは必ずしもいえない.


著者は,最初から「分散 vs. 分断」論争を生物地理学的なプロセスの問題にすりかえている.分断主義が大陸移動のような地史的プロセスを重視したのに対し,分散主義は生物のもつ長距離移動という確率的プロセスを重視する.DNAデータに基づく分岐年代推定によれば,地史的イベントと系統発生とは必ずしも一致しないのだから,分断主義の主張には根拠がない.だから,分散主義に頼ろう ― このロジックのもとでは “奇跡” としての長距離分散プロセスがつねに要請されることになる.長距離分散の反証可能性? ワタクシが本書を読んだかぎり,著者はそういうめんどうくさいことはまったく念頭にないようだ.


しかし,ワタクシが理解する「分散 vs. 分断」論争は単にプロセスの問題ではなかった.同一の分布域をもつ複数の分類群の系統関係(種分岐図: species cladogram)が一致したとき,分断現象の存在が仮定できるのではないか.系統関係の分岐パターンが一致したときに構築できる地域分岐図(area cladogram)の上で,はじめて共通要因としての分断と個別要因としての分散が対置できるというのが,分岐学に基づく分断生物地理学の考え方の基本だった.もちろん,当時の分岐学には時間軸を導入しようという考えはなかったし,分子系統学が登場する前だったのでそのような推定をするためのしかるべき分子データがなかったという事情は勘案されるべきだろう.


幸いなことに,1970〜80年代の分断生物地理学の後継にあたる研究分野が1990年代直前に出現した.John C. Avise が確立した分子系統地理学(molecular phylogeography)の方法論である.ミトコンドリアDNAのデータに基づいて分布域を同じくする複数の生物群の分子系統樹を推定し,それらの種分岐図を同時に説明する分断現象あるいは分散現象を探るという系統地理学の考え方は分断生物地理学の直系子孫にあたると考えてもかまわないだろう.


ところが,驚くべきことに,本書には「phylogeography」という言葉はいっさいなく,索引にも載っていない.もちろん「John C. Avise」という名前も彼の先駆的な論文(Avise et al. 1987)ならびにそれに続く数々の著作もまったく引用されない.この選択バイアスはいったいどうしたことか.分子データに基づく生物地理学の最先端を論じたはずの本に分子系統地理学に関する記述がいっさいないというのは現代生物地理学の歴史記述としてありえないことである.それとも,著者の見解では「分子系統地理学」はすでに過去のもので取り上げる価値すらないということか.いやいや,Google Ngram Viewer でお手軽にチェックしただけでも,その主張はあっさり反証される.現実には,「phylogeography」は「long-distance dispersal」に比べればはるかにメジャーな言葉であり,多くの研究の蓄積がある.


この異様な科学史的バイアスは,著者がネオ分散主義(neo-dispersalism)のスタンスに立って本書を書いていることを考えれば十分に納得がいく.生物体系学や生物地理学の現代史をひもとけば,いささか極端な主張どうしが衝突する論争が少なからずあった.半世紀前の生物地理学論争でも「分断のみ」vs.「分散のみ」という対立が初期の頃はあったが,1990年代に入ると,共通要因としての分断に対して,個別要因としての分散を位置づけるという方向に議論は収束しつつあったようにワタクシは理解している.ところが,本書の著者はまたしても「分散のみ」という極端な反動主義(20世紀前半に回帰するという意味で)を持ちだそうとしているようだ.John C. Avise の分子系統地理学は分子データに基づく分断現象の検出を目指した点で,おそらくネオ分散主義にとってはつごうの悪い理論だったのだろう(だからといって無視していいわけがない).


科学史的に検討したとき,本書の欠点はほかにもある.たとえば,“悪役” として登場する Gary Nelson はかつての分断生物地理学の領袖だった.本書ではその彼がどういうわけだか汎生物地理学の Leon Croizat や Michael Heads と一緒くたにされて「分断主義者」と一括されている.ありえへんでしょ.分断生物地理学と汎生物地理学が反目し続けたことはわれわれの世代であれば当然の常識だ.また,本書のいたるところで挿入されるエピソードのいくつかは根拠があやしいうわさ話にすぎない(David L. Hull 1988『Science as a Process』を鵜呑みにするのはそろそろやめようよ).本書を書くにあたり,著者は Nelson や Haeds からも直接情報を得ているのだが,それがどうしてこういう歴史記述になるのか腑に落ちない.Gary ってそんなにワルいやつじゃないぞ.


また,著者は分断主義は theory-driven だったが,分散主義は data-driven だからすぐれていると言うのだが,そんなナイーヴな対比ですむわけがない.そもそも本書のよりどころである時間系統樹は分岐年代推定の精度に完全に依存している.その年代推定はほんとうに信頼していいのか.最尤法でもベイズ法でもいいけど,いったいどこが data-driven なのだろう.分子進化の確率モデルやパラメーターの事前分布までひっくるめればはるかに theory-driven ではないか.それとも,オッカムの剃刀を振り回す分岐学は悪しきドグマだから叩いてもかまわないというのか.ベイズ確証理論だっておなじくらい後ろ暗いドグマじゃなかったっけ?(裏声で言いたい)


著者が本書でどのような見解を示そうが,分断生物地理学の知的遺産は現在でも生き続けている.複数の系統樹の間の対応関係に基いて高次の進化的関連性を推測するという問題は,分断生物地理学だけでなく,host-parasite の共進化解析や gene tree と species tree の解析でも共通して出現する.視野狭窄な本書ではまったく触れられていないが,単にプロセスとしての「分散 vs. 分断」論議を越えたところで,歴史生物地理学の方法論は既存の研究分野をまたぐ広がりを見せている.


悪玉の分断主義者=クラディストを善玉の(ネオ)分散主義者が成敗するという「勧善懲悪物語」を心地よいと感じる読者はどこかにいるかもしれない.しかし,ワタクシが本書から読みとった顛末は,「“物語” イコール “歴史” ではなかった.以上」という身も蓋もない結論だった.これはどうやらワタクシの独断ではなさそうだ.専門誌でのいくつかの書評(たとえば Morrison 2014, Haeds 2014, あるいは Ebach 2014)のいずれもが本書の科学史的偏向を指摘している.本書を手にする読者は著者のうわべの雄弁さに惑わされることがないよう十分に気をつけていただきたい.


—— 原書は一昨年に出版されたにもかかわらず,読了したのがなんと昨年の師走で,書評を書いたのが年越しになってしまった.この遅延については個人的におおいに反省しなければならない.手にした本はさくさく読了して書評をさくさく書き記すべきだった.


[追記]本書は日本の某出版社がすでに翻訳権を取得しているので,そのうち日本語訳が出版されることになるだろう.実はワタクシは別の出版社から本書の翻訳監修を依頼されたのだが,その出版社が翻訳権を取り逃してくれたのは ま こ と に 幸 い な こ と だった.


[さらなる追記(2017年11月12日)]2017年初冬に日本語訳が刊行された:アラン・デケイロス[柴田裕之・林美佐子訳]『サルは大西洋を渡った:奇跡的な航海が生んだ進化史』(2017年11月10日刊行,みすず書房,東京, 本体価格3,800円, ISBN:9784622086499版元ページ ).早くも紹介記事が出ている:HONZ「『サルは大西洋を渡った──奇跡的な航海が生んだ進化史』 大海原という障壁を越えて進出する生物たち」(2017年11月12日).


三中信宏(2016年1月26日)

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