『イレズミと日本人』

山本芳美

(2016年6月15日刊行,平凡社平凡社新書・816],東京, 221 pp., ISBN:9784582858167目次版元ページ

これはかなりおもしろい本.歴史のオモテとウラを行き来してきた “イレズミ” が日本の現代社会でなぜこれほどまで忌避されるのかという疑問に対して,著者は “イレズミ” を実際に目にした経験がない層が増えてきたからではないかと推論する.実物を目撃していないから,偏見的イメージだけがかぎりなく膨れ上がった結果だろうと著者はみている.もちろん,ある世代以上の日本人にとって,かつての日本映画を席捲した「ヤクザもの」がもたらした “イレズミ” = “アウトロー” という反社会的印象の刷り込みがとても強かったという要因もあると著者は指摘する.日本社会全体にわたって “イレズミ” に関する「社会的記憶」の喪失とそれがもたらす「観念的」なイメージの増幅を著者は強調する(p. 168).見たこともないものをイメージだけで拒否する対応は,“イレズミ” だけにかぎったことではなく,もっと一般的にいえることかもしれない.

本書は,タイトルはけっしてキャッチーではないが,コンテンツがぎゅっと詰まっていて,読みでがある.かの HRAF データベースまで動員して世界中のイレズミ文化を調べるとはたいしたもの.ワタクシは映画ファンではないのでが,著者の映画(ヤクザ映画とイレズミ映画)へののめり込み方はタダゴトではない気がする.関心のある向きはどうぞ.

本書には,百年前の沖縄や南西諸島にあった「針突(ハジチ)」というイレズミ習俗の記述がある.そういえば,遺伝学者リヒアルト・ゴルトシュミットの紀行写真集:Richard Goldschmidt『Neu-Japan: Reisebilder aus Formosa den Ryukyuinseln ・ Bonininseln ・ Korea und dem südmandschurischen Pachtgebiet』(1927年刊行,Verlag von Julius Springer, Berlin, VIII+303 S mit 215 Abbildungen und 6 Karten → 目次)にも1920年琉球の針突について写真と文章があることを思い出した.また,この『Neu-Japan』の台湾の章には,先住民タイヤル族女性のイレズミについても写真入りでくわしく書かれている.ゴルトシュミット先生,よく書き留めてくれた.