補説というか補説。

 先日寄稿した『同人音楽.book-2009summer-』に関していろいろコメントをいただいたので、ちょこっとだけ補足しておきます。
 まぁ、このブログで書かんでもいいような気もするのですが、ネタもないので描いておこうと思うわけです。

ボイスドラマってなんぞ。

 まず簡単にいきさつから。
  
 前掲の雑誌において、私はボイスドラマ(紙面では同人演劇CDと書いてます。)と小劇場系演劇との類似について書いたんですね。ところが、その時に「ボイスドラマ」について明確な定義はしなかったことで、無用の混乱を招いた感があります。

 今回は、僕が取り上げたようなボイスドラマがどういう位相にあるのかについて簡単に整理しておこうと思うのです。


 ボイスドラマ、という言葉は「声のお芝居全般」を指すような広い定義では普通使われません。
 「声のお芝居」といった場合には「朗読」とか「披講」とか「詠唱」あるいは「オペラ」のような体の動きを伴ったパフォーミング・アーツさえも含むとしても構わないのだと思いますが、ボイスドラマはもっと限定的な製作=享受層が想定された、音声ONLYのプロダクトをまず示します。やや不完全な気もしますが、これについて実はWikipediaにも立項されているのですね。ちょこっと引用してみましょう。

概要 [編集]
ボイスドラマは、アニメ、特に声優に対する関心と密接に関連している。
1980年代以降アニメ人気が高まり、声優にあこがれるオタク層の間で「アフレコサークル」と呼ばれるサークル活動が広まっていた。彼らは仲間内のみで集まり、自作の台本、自作の録音機材でアニメ作品のドラマCDなどを模したボイスドラマ作品を製作していた。
1990年代の第3次声優ブームで声優人気はさらに高まり、インターネットという媒体が普及したため、きわめて手軽かつ自由にキャストを集め作品を製作できるようになり、「声優ごっこ」を楽しめるボイスドラマ活動は声優にあこがれるオタク層に急速に広がった。
製作される作品のジャンルは様々であるが、活動者は圧倒的に女性が多く、自然ボーイズラブなど女性向の作品が多い。
ボイスドラマの大きな特徴として、製作者とキャスト、聞き手の区別がほとんどないことが挙げられる。ボイスドラマを聞く人間はほとんど全てがネット声優であり、ボイスドラマ企画の製作者となる人間もほとんど全てネット声優である。そのためボイスドラマには他のジャンルにはない「内輪の親近感」のごときものがあり、即売会等においても売り手と買い手が親密に交流する独特の光景がある。

「ボイスドラマ」http://ja.wikipedia.org/wiki/ボイスドラマ

 80年代の「アフレコサークル」について語る準備はいまの僕にはありません。ただ、彼らのモデルとなった「アニメ作品のドラマCD」がボイスドラマの規範であったこと、それがインターネットを使ってゼロ年代に拡大したことは容易に想像がつくかと思います。もちろん、これらはMP3、ブログ、宅録同人活動、役者を集める携帯電話、SNSなどの普及、あるいはyoutubeニコニコ動画といった動画サービスの音声利用、ネットラジオの一般化といった音声活動環境の変化と軌を同じくした現象なのでしょう。
 
 ボイスドラマの親近感やボーイズラブのような作品ジャンルの多い点、「ボイドラONAIR」のようなリンクサイトを見れば一目瞭然であります。

ボイドラONAIR
http://onair.sakura.ne.jp/top.html

こうしたボイスドラマが「声優/同人/インターネット」という単位で動きながら、その多くがアニメのドラマCD的リアリティを基底に持っていることで、いわゆる「朗読劇」や「披講」といったパフォーミング・アーツとは異なった(あるいは、パフォーミング・アーツではやりづらい)作品を生み出していったことが僕にはとても面白いのです。パフォーミング・アーツであることと、アニメ・ゲーム的なリアリティを基底としてもっていることは相反しません。伝統的にはセーラームーンのミュージカルや近年の「テニミュ」やいわゆるジャンプ・白泉社系のミュージカルなどを例示する必要もないでしょう。
 けれども、こうした「パフォーミング・アーツとの異なり」は、ボイスドラマCDの作品分析とも関係してくることなのですが*1ボイスドラマにはため、ひきが多く、会話だけで終始し、とくに事件らしい事件も起こらず、あるいは事件そのものよりもキャラクター同士のやりとりが目立つ、といった特徴があるように思われます。

 いわば「空気」を楽しむように作られているものが多いのです。 

 これはボイスドラマの本が悪い、ということではなくて、ボイスドラマの眼目が出来事の想起よりもキャラクターのあり方やかけあいなどにあることを示しています、ボイスドラマは、キャラクターを通した声優の力量と登場人物同士のかけあいの面白さを追求しやすい演劇なのです。だからこそ、さまざまな「ネタ」と相性がよく、また「チラリズム*2が発生しやすいのかもしれません。それはアニメ的ドラマCDというものが、80〜90年代において、アニメ本編のスピアンウト的ラジオ番組の中で、販促的に行われていたことと関係するのではないかと考えていますが、それにはまた膨大なデータ収集が必要だと思うので別の方にまかせましょう。

 ともあれ、ボイスドラマの多くは、登場キャラクターの強度を音声によって把握する演劇だと言えるのではないでしょうか。

 だから、ボイスドラマは様々なレベル*3でハイコンテクストな演劇なのだといえるかもしれません。もちろん、上に書いたような規格から逸脱するようなサークルも多くありますが、それらもまたボイスドラマの享受者たちを「身内」の外側から呼び込むだけ力があるサークルは数えるほどしかないように思われます。

 とはいえ、もう一つの重要なボイスドラマの位相として、他のコンテンツの「幕間劇」という側面があります。これら、つまりボイスドラマの位相についてはまた他日に書き記しておこうと思います。

続く。

*1:暇があれば詳細にやってみたいと思うのですが

*2:過去や設定について踏み込んだ台詞をもらすこと。

*3:声優の力量を測るレベルや、キャラクターの性向を見極める慣れなど。