薫風に布団を干す

 今日から五月。薫風とは初夏の季語だろうか。気温が上がったがほどよい風がここちよい。窓を開けっぱなしにして風を入れ快適に過ごした。
 午前中は近くの特別支援学校に足を運んだ。途中で偶然遭った町内会の男性も珈琲が飲みたいというのでいっしょに入った。この方は80代前半だが活動的でほとんど毎日のように外出し、忙しくしている。
 校内のカフェには友だちがひとり、顔なじみの男性がひとり、はじめて会う人がふたりと先客がいた。その後、4〜5人お客さんが来てカフェはまあまあ盛況なほう。このカフェは実習授業として開いているのでお客さんが来ることで接客の仕方や飲み物の入れ方などを学ぶことができる。ほんとうにささやかなことだと思うがわたしのなかに実習授業の協力したいという気持ちがある。もちろん、ここに来る理由はそれだけだけでなく、友だちや知り合いに会えるし,入れたての珈琲は美味しいし、一昨年亡くなった老犬ももこがいたときの日々とどこかでつながっている、からである。
 店にいて友だちや知り合いがいるときは会話を楽しみ、いないときはももこを偲ぶこともある。カフェの常連の奥さんが作られた句集が一冊、カフェに置いてあり、これをひとりになったとき読むのも楽しみだ。原爆の体験や原爆で亡くなられた弟さんを詠まれた俳句がいくつかあり、読むたびに心を打たれる。
 友だちは愛犬が朝の散歩の後、朝ご飯を半分くらいしか食べず心配したがしばらくたって残りを食べたのでカフェに来たと言った。友だちの犬は柴犬で15歳の誕生日を3月に迎えた。高齢の犬が歩かなくなったり、食べなくなったりするとすごく心配するのはよくわかる。友だち自身も体調が不安定で、わたしには話さないが心配なことがあるのかもしれない。
 友だちは家に置いてきた犬が心配で早めに帰り、わたしはひとりで帰った。
 昨日から父母が使っていた羽根布団を干し始めて、今日はその続きでまた布団を干した。父の90歳の誕生祝いに買ってあげた羽根布団で6ヶ月ほど使ったがその後、半年も病院で入院生活を送ることになった。退院し、家で2か月ほど過ごしたたときこの布団を使ったが父がこの布団を掛けて寝るのはそれで終わりとなった。そんな布団をなぜ残してあるのかと問われると捨てられないから、と答えるしかない。
 日陰に干し風を通した布団はふっくらと大きくなり、軽くなったような気がした。しばらく畳の上にひろげておき、また仕舞い込むのであるが布団も1年に1〜2回は陽の目を見てうれしいのではないだろうか。父もどこかでいつかこの布団でゆっくりと寝たいなと思っているのではないだろうか。

 掛ける人のなき布団を干したれば希望のごとくふくらみてやさし

 われを見る犬のまなざし信頼と愛あきらかにひたと見てをり

 独り居の部屋に響ける鳥の声われをひとりにさせざる声が


特別支援学校で栽培した花苗を買ってきた
青と赤紫のロべリア

株分けをして2鉢に植え替えた芍薬がびっくりするほど
豊かな花を咲かせてくれた
肥料をたっぷりとやったのがこんなに成果をあげるとは!
ありがとうと声をかけたい