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2013-06-04

リード」をつけられて歩く子どもをはじめて見た 00:25 「リード」をつけられて歩く子どもをはじめて見たを含むブックマーク 「リード」をつけられて歩く子どもをはじめて見たのブックマークコメント

 先週末のことである。これまで子どもと関わる仕事を続けてきて、街なかでも子どもの姿にはよく注意を向けてきたつもりだったが、「リード」をつけられて歩く子どもをはじめて見た。

 リードとか「ハーネス」とか言うらしい。Amazonで調べてみると、幼児用にけっこうたくさんの商品が出てくるから、需要は高いのだろう。「迷子ひも」なんて呼び名もあるようだ。リュックサックにヒモがついたようなものもある。自分が見たのは、リュックなどがついていないために、もう本当に「ヒモでつながれている」感じが目立つものだった。ヒモ部分も1メートルぐらいはあり、親子の身長差を補うというレベルでもない。

 そのようなものを使うことがあるらしい、と聞いたことはあった。ネット上で調べると、実際に活用している親によるコメントも簡単に見つけられた。その内容はと言えば、想像通りで、「虐待だと説教された」「嫌味を言われた」など、周囲から否定的に見られることへの嘆きである。

 では、自分はどう思ったのか。正直に言って、まずびっくりした。それからしばらくは同じ空間に居合わせたので、子どもの様子も観察したが、今回の場合については必要性がぴんとこなかった。しかし、総合的な判断ができるほどの情報がそろうわけでもなく、ヒモがなかったらどうなる子なのかもわからない。これまでに親がどんな経験をしてきたのかもわからない。だから、必要だとか不要だとか言うつもりはない。

 それから考えたのは、その子にヒモが必要かどうか、というよりも、「なぜ我々はヒモにつながれている子ども(とその親)に対して、強い違和感を覚えてしまうのか」についてである。

 大人の手からヒモでつながれた子どもを見て、みんな直観的に「犬やペットのようだ」と思う。それは確かに他の喩えが浮かばないぐらいの光景だ。動き回ろうとした子どもは、ヒモの長さを超えて動けない。ヒモを片手に安心して誰かと話す親の姿は、「飼い主」を想起させてしまう。

 犬や猫やペットを育てることと、人の子どもを育てることを分かつものとはいったい何だろうか。人間の知的機能のほうが一般には高度たりうるとしても、発達には個人差があり、とりわけ行動面での発達の凸凹は幼児期の子育てにずいぶん工夫を求めることになる。「外出時に目が離すと危険である」ことへの合理的な手立てとして、「ずっと手をつないで自由に動けないようにしておく」ことは責められないのに、「ヒモでつなぐ」ことには批判的なまなざしが向けられる。そして、罪悪感までも湧く。

 人間の子を育てる原理と、動物をペットとして育てる原理はどう違うか。好ましいことをすれば褒められ、好ましくないことをすれば叱られる、という方法は広く共有されている。相手の行動を導くために様々な種類の報酬と罰が組み合わされる点では大差がない。好ましい行動をとったときにほめられたり好きなおやつが与えられたりするのも、テストでよい点をとったご褒美に何か買ってもらえるのも原理的には同じだ。「動物みたいに」という表現はとても印象がよろしくない。しかし、「みたいに」の意味が行動の原理レベルを指しているならば、それは一般的に人間の子どもにも(特に乳幼児期には)行われていることでもある。

 すると、原理レベルというよりも具体的な方法のレベルで選ばれている「文化」の違いが違和感のもとなのではないかと思う。子どもの行動を大人にとって都合よく制御するためにどんな方法を採用するのが「人間的」であるのかは、その方法が合理的であるかどうかよりも「文化」として許容される方法であるかどうかを問うている。しかし、それを普遍的な原理から異なるように人は錯覚しやすい。「人間扱いしていない」というように。

 さて、どうしてこんなことをわざわざ書こうと思ったのかと言えば、他人の子育てについて「心構え」ではなく「方法」のレベルに照準して理解しないと、多様化する子ども、多様化する親、多様化する子育ての中で、無駄な対立を生みかねないと思えたからだ。知的障害や発達障害をもつ子どもの子育ては、原理的には多くの子育てと違わないが、方法レベルで違う「文化」を示す部分も多い。言葉で話しかけずにカードでコミュニケーションをとることもあるし、日常的に大きなヘッドホンみたいなものを子どもの両耳にあてがっておくこともあるし、子どもが集中できる環境を作ろうとして、世間の目からは特異に見える部屋や机ができてしまったりもする。これらは原理的に考えれば、一般的な子育てと何も変わらない。が、親はもちろん、支援者の中にさえも違和感を覚えて、より一般に浸透している文化に合わせようとする者が出てくる。だから「文化の違い」を貫くことにどんな問題があるのか、と主張することがもっと必要なのだろうと思う。

 では「文化」ならば、どんな方法でもよい、と言えるのだろうか。原理的に妥当で方法として合理的ならば、いつでもリードをつけて子どもと歩けばよいだろうか。ここで我々はそれでも「手をつないで歩けるようになるならば、そのほうがいい」と思えてしまう。この気持ちがどこから来るのか、いまだに自分自身にもわからない。

 対人援助の世界で言うところの「当たり前の暮らし」は、こうして自問自答される。

turuturu 2013/06/05 13:03 いやいや。いろんな見方ができるけど、なんだかんだ欲の部分だと感じますね。
欲というのは親の欲。子供のためにリードを繋ぐのではなくて、自分のため。
自分の手を離れて勝手な行動をとられては困る、という不快さを予防するための楽な手段としてのリード。
 購入した人の理性の部分ではいろんな言い訳があるのだろうけど、結局何を優先させたかというところで、親の不快を解消したいという欲なのではないかな。

ひ 2013/06/05 13:14 ペットを紐で繋ぐ事の意義はなにですか?他者に危害を与えないため?ペットを行動範囲を限定して危険を回避するため?
リードの用途の違いは特にないでしょう。(ペットに関してはそれが利用を要求されるということはあるけど)

フラスコフラスコ 2013/06/05 13:16 双子の子育て中はすごく役に立つ場面があると先輩の妹さんが言ってた。いろいろな場面を想像してみると良いと思う。

岩ちゃん岩ちゃん 2013/06/05 13:40 「リード」を使うも「手をしっかり握る」もそこにある状況は同じだと思いますね。
ただ、前者はすぐには外せないけど後者はちょっとしたことで外れてしまう。
そういう親と子の距離感の違いがあるように感じます。
そして、どちらが良いと言うよりも、その先にある何かを考える必用があるように思います。
私の場合、出会って間もない多動の当事者のガイヘルでは、
ガチガチに手をつなぎ、本人の「安全確保」を優先します。
でも、それは彼が何処かに行ってしまうとか危険が伴うと言うよりも、
私が彼の行動を知らないし、知らない中で事が起こった時にその先の関係が閉ざされる。
そうならないための今の「あなたと私の距離」と思い手をつなぎます。
なので、本人を理解する事に努める中で、その手をゆるめ、手を外し、
距離を取り付き合う。
至らないのは本人の行動や障害ではなく、私の相手に対する理解度。
そんな事を想い描いてます。
ということでは、
多分私がそのような場面に遭遇したら、
「この状況からお母さんは次をどのように描いているのだろうか?」という風に興味をいだきますね。
(趣旨と違ったらごめんなさい)

3333 2013/06/05 13:45 大混雑する様なテーマパークでは割と見かけます。私は昔ながらの『迷子紐』に見えたのでそんなに違和感はありませんでした。そのような場所では有効かな?普段の場面ではちょっとね、やっぱり親のエゴ(自分が目を離さずにしていられない欲)かな。

まよまよ 2013/06/05 14:13 手をつないだ場合はリードより行動が制限されるのに「親の欲」とか言われないですよね。スキンシップがなくてもベビーカーは容認されているし。フェンスで囲った遊び場もそんな非難されない。犬でもリードにつながれてかわいそう、という人がいますね。ピンと紐が張った時に「ぐえっ」てなりそうかどうか、が境目なんじゃないかな。

hogehoge 2013/06/05 14:56 手をつなぐのと距離感がどうのってコメントがあるけど、リードを使ってる親だって、狭い道で車が接近するなどの危険があれば抱き上げたり手をつないだりするよ。
親だから一瞬たりとも油断せずに手をつなげ。それが愛情だ。と言いたい人が多いみたいだけど、手をつなぐしか安全を守れないのと、リードと手つなぎの両方が場面に応じて選択できるじゃ、リスク管理としては後者の方が絶対いいよね。
子供も安全な範囲で自由に動けた方が楽しいし、何が問題なのか理解できない。
少なくとも子育てしたことない人には、親の甘えとか言われたくないわ。

hogehoge 2013/06/05 14:59 リードは愛情がないっていう人は、愛情があるように見えれば、実際のリスクはどうでもいいって思ってる人だと思う。
もしくは水に話しかけるとおいしくなると思っちゃう人か。

asdfasdf 2013/06/05 15:06 二人のhoge氏に激しく同意。

nanunanu 2013/06/05 15:25 リードってかなり昔からありますよね。子どもって予想外な動きをたくさんして突然すごい力で手を振りほどいたりもします。手つなぎだけじゃ危険なときもあり(人が多いところ)歩き始めて抱っこが嫌になった年頃にはとても重宝しました。書いている方は子育てしたことがあるんですかね??

j_whiskeyj_whiskey 2013/06/05 15:40 そもそも何十年も前からこんなものはある。比較的伝統的な子育て道具だ。君が子供に全く無関心だったから気がつかなかっただけのことだ。猛省せよ。

ashash 2013/06/05 15:47 記憶の紐付け先の問題

A型は優柔不断

ヒモは犬

多数派になれば紐付け先が変わるかもしれない。

認知バイアスというのかな?

電池電池 2013/06/05 16:20 先日初めて見た、ってのは今まで全く育児に関心なかったてっことですよ。
ご自分が育児について何にも知らないことを自覚してください。
無知なのに色々妄想で語ることのバカらしさはご存知でしょう?
たかが一日数時間子供の面倒を見たくらいでもわからないことが沢山あるのもご存じでしょうに。
やらなきゃわからない、とまでは言わないので、せめて育児している人たちに話を聞くとかして学んでください。お願いします。

nakanaka 2013/06/05 16:23 子供ってね、本当に一瞬、信号を見た瞬間、スーパーで陳列棚を見た瞬間にいなくなったりするんですよ。二三歳は言っても聞かないし。すぐに躾がなってないとか、そういう風に言う人がいる世の中。他の方に迷惑をかけないように使っている方が大多数ですよ。

hatenahatena 2013/06/05 16:26 障害の話の前振りとしてリードの是非を持ってきて失敗?

monimoni 2013/06/05 16:37 リードに嫌悪感を持つ人は表面上だけで人を判断してしまう人なのかもしれませんね。
子供を確実に守るためにはリードの存在はとてもいいものだと思います。
100%子供から目をはなさない自信がある人なんていないとおもいます、事故が起こってからでは遅いですからね。

tsts 2013/06/05 16:41 >ご自分が育児について何にも知らないことを自覚してください。
>無知なのに色々妄想で語ることのバカらしさはご存知でしょう?

「育児について何も知らない人」から見て「犬のように見える」、
ひいてはそれが「かわいそうなこと」に見える事についての考察を述べているのに
それについて上から目線で「何も知らないからだ」と説教する頭の悪さをまずは自覚するべきかと。
この方は「手をつなぐよりは合理的」という観点に立てているだけでも論理的思考の持ち主だと思います。普通は本文にあるように虐待だと説教する、嫌味を言われる事も多々あるでしょう。もう少し読解力を身につけましょう。

ciaociao 2013/06/05 16:51 イメージの問題だと思います。
「手をつなぐ」には子供側からの意志を感じることができるので「制御している」という印象が薄れるのでしょう。

例えば衛生面から生まれて数ヶ月は赤ちゃんは雑菌に触れさせないように育てる必要があるのですが、
母親が手術用の手袋を身につけたりマスクを装着してから子育てしていたらきっと違和感を持つと思います。

ではアルコール消毒はどうでしょうか。赤ちゃんを触る前に必ずアルコール消毒をするお母さん。
多分、そんなに違和感はないと思います。それはなぜか。
一時期の鳥インフルエンザの一件から、街中のトイレやビルの玄関等、清潔を保ちたい場所にアルコールが置かれるのが日常茶飯時になり、アルコール消毒をすることに不自然さを感じなくなったからです。
これが30年前に子育て前にアルコール消毒なんて言ったらきっと潔癖症扱いされるところでしょう。

このように単純に慣れの問題、というのもあるかと思います。

kappakappa 2013/06/05 16:54 上の子が1歳で、下の子を妊娠中に私は使っていました。お買い物中は片方の手に買い物袋、もう片方で手を繋いでいました。ですがお財布を出すようなわずかに手を離した瞬間に「歩ける1歳児」は思いがけない方向へ走って行ってしまいます。妊婦は走れません。ハーネスは大事な子どもを守るために、手を離した隙の危険を守ってくれる安全ツールでした。・・・二人ぐらい産めばわかりますよ。

LALA 2013/06/05 17:06 なんというか、「欲(エゴ)」と「固定観念」のぶつかり合いですね。
「子どもの世話で手を抜ける所は楽したい」と思うのが親の欲なら、「子どもには手を変え品を変え、愛情を(私達にそう見えるように)注いで育ててほしい」と思うのは周囲の欲なんでしょう。そもそもが、子育てで手抜きしたいと思い実行することに何か問題があるのか?と子育て経験のない私は思うわけですが、「母とは子育てとはこうあるべし」な人が一定数いるんでしょうね。老若男女問わず。そもそも、ハーネスをつける理由が「楽をしたいから」一辺倒なわけありませんが、少しでも違う事、新しい事(ハーネスは新しくありませんが、その方にとってという意味で…)を取り入れようものなら「楽しようとしてないか!?」と普段から目を光らせている人達には、相手がどんな心がけで使っていようともそう見えてしまうんだろうな…と思う次第です。

ケースバイケースケースバイケース 2013/06/05 17:16 http://kikonboti.com/archives/25837615.html

hogehoge 2013/06/05 17:20 「楽をしたい」というのも語弊がありますけどね。
前にどっかで見かけた、駅や電車のベビーカー問題関連でもそうだけど、
人に迷惑だろうと思って、ベビーカーを使わずに出かけていた人が、先輩ママさんに
「あんたが倒れたり疲れて動けなくなったらこの子はどうすんの。子供のためにもベビーカー使いなさい」
と言われてハッとした、というエントリを思い出した。
俺も繁華街に行く時は、ベビーカーが邪魔くさいんで抱っこで頑張ってたけど、1歳過ぎると半日のお出かけでへとへとになるし、ましてや女性や妊婦ならなおさらで。
その上、手をつないで一瞬たりとも気を抜くなっていうのは無理じゃないにしても、気が抜ける瞬間が来ないとは保障できない。
ハーネスは危機管理。
根性論では子供は守れない。

bero2006bero2006 2013/06/05 17:52 「ペット リード かわいそう」
でgoogle検索すると
-ペットにリードはかわいそう
-外はいいけど室内はかわいそう
-犬はいいけど猫はかわいそう
とか様々な意見があるようです

> 犬や猫やペットを育てることと、人の子どもを育てることを分かつものとはいったい何だろうか。

というより、たまたまあなたがかわいそうと思う閾値がペットと人の間にあるだけじゃないですか

 2013/06/05 18:52 使うか使わないかは、親の管理能力(自己評価) の差。
自分に管理能力が足りないと感じれば使うだろうし、なくても何とかなるよと思っていれば使わない。

必要に迫られて使っているのだから、他人の目を気にする必要はないと思うよ。

気にしない気にしない 2013/06/05 19:47 衝動が強い子供には必要では無いでしょうか。命を落とす可能性があるのに【なにもしない】で居る方が不自然です。その子にはそれが命の綱。親が子の命を守るのは当然。世間体を気にして、子の命を守らない親より、立派な親ですよね。
衝動が強い子供は突然に飛び出したり、いくら手を繋いでも、振りほどいてしまいます。命の綱です。

こうままこうまま 2013/06/05 20:50 ハーネス。2歳〜5歳頃まで、めっちゃ愛用してました。
アメリカではフツーにみんな使ってたし。
帰国して「白い目」で見られるまで、それが「日本ではフツーじゃない」ことを知りませんでした。
バギーにハーネスで固定して外出してました(それ意外に方法がなかったので)
帰国後は幼児用は売ってなかったので、装具やさんにめっちゃハードな(すり抜けられない)ハーネスを制作してもらって使ってました。
12年たった今は、手もつながず、上手に白線の内側を歩いておりますが、あの頃は絶対必要なグッズでございました。

とくまるとくまる 2013/06/05 22:22 子育て文化を考えるのに、「リード」は意外といい題材かもしれませんね。lessorさんのリードに対する違和感は、僕の周りでは馴染み深いものです。
馴染み深いからこそ、いい題材になりえます。
lessorさんは、リードを否定してはいないし、謙虚にも「なぜ違和感を感じてしまうのか」と自らに問いかけています。
リードに限らず、「なぜ、あの親は、あんな子育てをしているのか」
どこかで違和感を感じつつも、すぐさま相手を否定するのではなく、自分の違和感の根拠を確認してみる。
子育てが多様化し、「えっ、何あれ!?」と思われる「方法」は多々あるでしょうが、「何かしら理由があるのだろう」と、ひとまずlessorさんのように考えてもらえると、非常にいい社会になると思います。
「リードつけることの、どこが間違ってるの!?」と思われるのと同様に、「コミュニケーションカードを使うことの、どこが間違っているの?」「大きなヘッドホンを寝るとき以外つけていることの、どこが間違っているの?」と、ひとまず考えていただけたらいいですね。
子どものためを想って…という心構えのレベルではきっと同じ。方法に照準を当てて、というのは、たしかに、文化(何が当たり前なのか)の問題です。
いいブログでした。

ちょぶんちょぶん 2013/06/06 01:44 2,3歳児が言うこときかないのは当然だけど、ヒモって昔からある? 昔からっていうなら、出歩くときには絶対に手をつなげっていうのなら言われてたけど。子供にも親にもね。
リュックにヒモがついてるやつは便利そうだなーとは思う。

ね 2013/06/06 01:51 ハーネスつけてても普通手ってつなぎますよね。手つなぐのって安全面での意味ももちろんあるけど、コミュニケーションでもあるでしょう。
ハーネスつけてるから手つながないってなるとそれは横着してるだけと思われても仕方ないと思います。
ハーネスつけてても手つないでたら、ペットみたいとはいわれないでしょうし。

ぱすたぱすた 2013/06/06 03:29 息子が小さい頃、リュックタイプの物を使っていました。
使い始めたきっかけは、片時も目を離せず息子が衝動的に動いてしまうのと、
脱臼防止の意味もありました。
基本的には、ハーネスをつけていても手をつなぐようにしていましたが、
私自身が幼い頃母の手を振りほどこうとして、脱臼を繰り返していたので
息子にはそんな思いをさせたくないと思い、手を繋いでも嫌がる時は
無理やり手を繋いだままにせず掴んだ手を緩めた時の防御策として
使っていました。
抱きあげればいいのではないか?と言われてしまうかもしれませんが
抱けばさらに状況は良くない事が多かったので、感覚過敏があったのかもしれません。
ベビーカーに乗せればいいじゃないかと言われてしまうかもしれませんが、
息子自ら、ベルトを外してしまうこでした。
使っていた時も、非難される声よりも、おじいちゃんおばあちゃん世代の方から
よく声をかけられました。
それはどこに売っているの?それがあれば孫と一緒に歩けるわと。
陰口ぽいのもTDLに行った時に、犬じゃないのにと面と言えない人ただ一人だけでした。
あとは聞こえてないのでわかりませんが。
まだ歩き始めたばかりそうなお子さんを、操り人形のように吊っていた
人を見かけた事があります。
同じような物を使っていても、それはないだろ〜と思いました。
ようは使い方次第だと思います。
親が楽したいとだけ思われるのは心外です。
lessorさんのように疑問に思われても、
何か理由があるのだろうと思ってくれる方は少ないのかもしれませんね。

身長100cmくらいの大人身長100cmくらいの大人 2013/06/06 10:08 私は障害があって、身長が100cmくらいしかありません。
ですので、幼児よりちょっと大きいくらいの大人です。
歩くのが苦手なので普段は車椅子ですが、
状況によっては手をつないでもらって歩くこともあります。

しっかり手をつないで歩く必要があるくらいの年齢の子だと、
手をつないでくれる人に対してあれこれ伝えられないと思うんだけど、
ぶっちゃけずっと手を上げっぱなしにさせられたうえ、
たまに無理な方向に引っ張られるのってしんどいんだよね。

と、幼児目線からのカキコミ。

ゆきゆき 2013/06/06 10:55 「赤ちゃんは動物と同じかそれ以下で適切な対処が必要」だという点と、しょせん大人側の感覚論であるという点に気づいている点でとてもいい考察だと思う。大人(と言いつつ不完全な)は、自由とか尊厳とかについてルサンチマン的な思い込みがあるので、すぐに「かわいそうだ」とか言うんだよね。動物園の動物がかわいそうだという理屈もそうだけど、よくもまあそんなつまらないこと言うなと思う。
ちなみに、多くの0〜1歳児教育のノウハウでは【両手を自由にした歩行】についてほぼ最優先に近いくらい重要だとしている。昨今流行りの脳科学でもしきりに言う。となるとそれは無責任な大人たちのつまらない感覚論などよりも圧倒的に優先順位が高く、下の人のコメントのように「楽」とか「親の思い通り」という話ではない。「手をつないで歩く」のは片手がふさがっているので要件的にアウト。とくに歩き始めからちゃんと歩けるまでの期間は。
さらに、「子供の歩行を促すには子供の興味がある方向に行くのを妨げるべきではない」が「危険」もしくは「きわめて汚い」であること、小さいので大人が入り込めないところに行く、はたまた自転車など急激に何かが飛び出してきたときに死なせないためのセーフティネットとか、重要かつ優先順位の高い合理的なツールの一つとして「リード」がある。
下のturuさんとかに言いたいのは、1歳児に「親の思い通りではない」ように歩かせて死なせたらどうする気ですか?とか、一歳児に自己の尊厳が存在していると思っていますか?とか、自由や意志というものがどうやって醸成されるか、むしろそれを適切に育てるまで守るのも親の役目だということがわかっていますか?などなど小一時間問いただしたい(笑)
リードが動物みたいである、なんていうつまらないコモンセンスを他人に押し付ける暇な大人たちは、むしろ子供のために自分たちの固定観念を崩してきちんと考えて判断するように、と言いたい。
子育てするなら情報はたくさん仕入れてやるべきだと思うが、子育てしていないなら勉強不足なのでつべこべ言うな、という点でも下のhogeさんに深く同意。

kayokayo 2013/06/06 12:20 あの道具に助けられた子供を持つ親は沢山居ると思いますよ。
多分「リード」とか「ハーネス」って言うから誤解を招くんですよね。
あれは他のコメントの方も言われてる様に「命綱」ですよ。
一部の母親には無くてはならない道具です。(切実)
あ、でも公園で使っていたらリードと呼んでもいいかもしれない。
実際自分は公園や安全が確保された場所で命綱は使った事はありません。

もう家の子供は命綱からは卒業しましたが、町中で使っている方を見かけると
日常生活の苦労を想像して、思わず心の中で頑張れとエールを送ってしまいますね。

kayokayo 2013/06/06 12:46 補足です。
もちろん命綱をつけていても手を繋いでいました。
では何故着けるのか?
買い物、乗り物など外出で一瞬たりとも手を離さないでいる事は不可能です。
命綱の必要のない子はその一瞬をお母さんのそばに居る事が出来る子です。

しかしうちの子はその一瞬の隙に猛ダッシュして側を離れるのです。
10ヶ月から歩きだしたので、1歳代中頃にはかなりの脚力を持っていました。
まだ1歳代言葉も通じません。

ある一場面です。
近所にあるスーパーはどこもかしこも幹線道路沿い。
ドアは買い物台のすぐ近く。
追いつけず外に出てしまったら…。

そういう切実な理由で使っている母親がいる事を
もっと知って欲しいと思います。

もももも 2013/06/06 14:42 うちは使ったことなかったけど使いたかったですよ。

というのも発達障害で、小さい頃は触覚過敏から手をつなぐことができなかったからです。

その上で、衝動多動の障害があり危険認知能力が健常児より劣っているので、たとえば道を歩いていて道の向こう側に気になるブツを見つけたりすると親の予測もできないタイミングで車道に飛び出したりするんです。手なんて握らせてもらえません。ご覧になった親御さんがどういう事情でハーネスをつけておられたのかわかりませんが、「ペットのよう」に見えるのは、むしろ見る側の問題のような気がしますね。まあ一般の健常児しか育てたことのない方とかだと知識もないんで仕方がないのでしょうけど…。

ハハハ。ハハハ。 2013/06/06 14:55 こういう人が多くの母親を苦しめる種になるのでしょうね。出生率低下も致し方ない。もっと優しい世の中になればいいのに。

育児の過酷さは育てた人にしか絶対に分からないですからね。

さおりさおり 2013/06/06 15:24 結構見かけるますよ。交通量とか治安の違いで地域性もあるのかな?実はウチも使ってます。道行く方たちもリュック部分の「クマサン可愛いね~」とか「便利な物があるのね~」とか寛大なお言葉をいただいてます。アメリカでは結構ポピュラーらしいです。話は反れますが10年保育士をしてた友人が子供を産んで育児ノイローゼになりかけてました。それぐらい子育てって大変です。

それで思い出したそれで思い出した 2013/06/06 16:08 昔小さい頃、親が忙しくてばーちゃんに面倒見てもらってた。
動き回って、ばーちゃんがなんも用を足せないから、柱に紐で縛られてた。わんこみたいに。
大きくなってから笑い話として聞いだけど何とも思わなかった。
むしろ何だか知らんがばーちゃんの愛情を感じた。

雪乃雪乃 2013/06/06 17:04 子供3人を持つ母です。長男がADHDで、次の子と一つ違い。下の子は手を繋いでくれる子でしたが、長男はとにかく手を振り解いてどこかへ行ってしまう子でとても大変でした。
リードの存在を知ったのは、長男が小学生になった頃でしたが「これがあれば便利だっただろうなぁ」と思いつつ「でも(人目が気になって)使えないなぁ」が第一印象でした。田舎なせいか、それを売っているデパートの中や周辺の道路で使用している方を殆ど見掛けません。一人くらいは見掛けた事もあるのですが、物凄く大変な子なんだろうな…なんて自分の経験から偏見を持ちそうになりました。
道具は使う人によって様々な理由や背景があって使われているのだから、外側から見る人が可否を決めつけるものではないという意味の事をlessorさんは言っているのだと思います。
ただ、人は見慣れないこと、自分には経験のないことについて偏見を持ちがちで、相手の都合も考えずに否定する場合が多いことについて考察されているだけです。

発達障害の子を育てていると、「普通は出来る」とか「こうするのが普通」とか周囲や自分の固定観念に苦しむことが良くあります。「子供本人にとっての普通」を周囲がもっと考えてあげなければならないのです。
手を繋ぐのが普通と思う人、リードを繋ぐのが普通と思う人。それぞれにその人なりの考え方や、そうせざるをえない背景があると、互いを理解しようとする姿勢が大事なのではないでしょうか。

見慣れない光景に出会っても、いきなり否定せず、lessorさんのように良く考えてくれる人が増えてくれたら人目を気にする事もなく、もっとのびのびと子育て出来るんですけどね……。

takanofumiotakanofumio 2013/06/06 20:07 どうでもいいけど「猛省せよ」とか言っちゃうかなあ。何様?

kanokekanoke 2013/06/06 23:05 ミルクでの育児もかつては「母乳で育ててもらえない可哀そうな子」
紙おむつでの育児も「布おむつを使わず楽をしようとするダメな親」
乳母車やおんぶですら「抱っこしてあげないとはなんて愛情の無い親か」
とレッテルを張られてました。

でも今では当然のように使われていますよね。
単なる「楽をする=手抜き」という偏見でしょう。

ハーネスでひっぱられて子供が泣いていて、それをあやそうともせず世間話に夢中。なんていう状況下ではない限り非難される筋合いはないでしょうし、そういう状況下であってもハーネスが悪いわけではないでしょう。

ペットみたいという話であれば、ベビーサークルは「囚人みたい」「モルモットみたい」ですが、あれを否定している人は見ないですね。

とおりすがりとおりすがり 2013/06/06 23:47 この文章の主旨は子育てにおけるリードの可否ではなかろうに、そんなコメントばっかりだな・・・

子育てにおけるリードなんてのはただの一例にすぎない。
その有用性を理解し、それを使うことに何ら批判的な立場ではなくとも、
それでもなお、その光景を見た時に好ましくない感情が浮かんでくる、そのことに対する理解が必要であり、考察し、対処して行かなければならない、というのが主旨だろうに。

「手をつないで歩けるようになるならば、そのほうがいい」というのは自分の分身を守り育てる本能的なものだとしても、それを否定する文化の中で価値観を形成すれば塗りつぶされる程度のものだと思うよ。つまるところ、それも文化なんだろう。

さらにとおりすがりさらにとおりすがり 2013/06/07 08:48 とおりすがりさん(と筆者の方)へ:おっしゃるとおり主旨はずれているのですが、みんなが言いたいのは、そもそも「リードに対して違和感を覚えるのは不理解であり、よろしくない」つまり好ましくない感情が浮かんで「くるな」という根本的な解決を求めているのだと思います。この文章は書き方に欠陥があって、ぶっちゃけ最後から二番目の段落でせっかく出した結論を最後の段落でもう一回混ぜ返してて、要するに手をつなげと言いたいのかこいつ?と思われてしまうのです。よって皆さん「リードは必要なんだよ!子育てしらないくせにうるせえ!」と言いたくなるわけです。
子育てのように切実な問題に直面している人々は、「それも文化」とかいうスノッブで無責任な考察はお呼びでない。けっこうデリケートな問題なのに精読を必要とする読みづらい文章で混乱させても欲しくない。わざわざ「なぜ不快な感情が芽生えてくるのか」などとブログに書いたりする前に、本質的な要・不要論を押さえてから、人間の錯覚について考察を述べてくれればいいのに、そうでないから皆さんムカッと来るのは当然です。

yuuyuu 2013/06/07 08:55 うちの息子には発達障害があり、体もすごく柔らかい幼児でした。
歩けるようになると車に乗った時にはチャイルドシートはもちろんのことベルトというベルトは体をくねらせて抜けてしまうような子でした。
手はつないで歩いても、何か興味があるものを見つけるとそちらへ走って行ってしまう、
(横断歩道とか信号とか赤でもです)
電車に乗る時は切符を買っている間、もしくは買い物してレジでお金を払っている間に消えてしまう、小学生になった今でも
そんな感じなのです。
今でもヒモ?があるならつけていたいくらいですが、男の子なのでもう力が強くて負けてしまいます。
ペットの方がまだ言うことを聞いてくれるかもしれませんね。
飼ったことが無いのでわからないですが・・・
親が手抜きしている訳でもないと思います。
その子の性格や能力によって違うだけだと思います。

霜月霜月 2013/06/07 14:16 発達障害がある小学生の息子がいます。
療育施設に通っていて、様々なタイプの発達障害の子どもたちと接しています。
ですが、今まで一度もリードを使用している子どもを見たことがありません。
偶々かもしれないし、地域差もあるのでしょうね。
ただ、見たことはないけど使わざるを得ない状況を読んだり聞いたりはしています。
必要性について、ある部分では納得しているのですが…
でも、実際に使用しているのを見たら正直びっくりすると思います。
lessorさんのブログを読み、改めて何故そう思うのだろう?と自問自答です…

RKRK 2013/06/08 01:13 さらにとおりすがり様へ
本質的な要・不要論を論ずる事がこの文章の目的では無いことは明白では?
むしろ絶対的に必要であるけど違和感を覚えることの正体を誠実かつ論理的に作者の方は考察していると思います。
この文章は育児用リードを使用するお母様方をなんら批難するものではないと考えます。

なななな 2013/06/08 02:12 迷子ハーネスですけど、約20年前に、既に
通販カタログに掲載されて、販売されてましたよ。
ふた昔も前から日本にも存在してるんですけどね…。
 
人間をペットのように扱って、という感覚も、分からないでもありません。
ペットを人間のように扱ってるのはいいの?という感覚も、私にはあります。
 
いろんな人がいるので、いろんな感性があって当然でしょうね。
 
母親をしている立場からすると、役立つときもあるし、必要な人もいる、と思います。
余談ですが、若い人は母乳を飲ませずに云々とよく言われますが、それこそ、20年前でも、
産院では母乳育児を勧めていて、マッサージ等の指導もありました。
産院を選ぶ基準にもしていました。
病院で生んで粉ミルクを飲ませて紙おむつを…、というのを始めたのは、核家族化が増えた世代から
でしょう。
紙おむつでも粉ミルクでも迷子ハーネスでも、愛情を持って、必要で使用している人もいます。
布オムツでも母乳でも、子供に付きっきりでも放任でも、同様です。
 
子供を育てるのに、苦言よりも手助けが多い世の中でありますように。
 
迷子ハーネスの違和感は、長すぎる犬のリードと同じくらい、違和感があるのは理解できます。

ゆきだるまゆきだるま 2015/06/04 09:32 権力を持ったバカな一部の団塊Jr.が、ない頭使って出した子供軽視のばか戦略。

それに踊らされるバカな一部の大人になりきれない親と、目新しいものに食いつくマスゴミども。

無視されるその他大勢の良識ある一般人はたまらんよ。


こんな変な国にしやがって!!

  2015/06/04 11:28 びっくりする感覚がわからない。
危ないからつなぐ、それの何がおかしいのだろうか?
多動で危険な子もいるだろうし、
元気が良すぎて手を振り払って駆け出す子もいるだろう。
そもそもペットの連想なんてするか?
安全のため、子供のため以外に何があるのか。

ふじこふじこ 2015/06/05 05:18 リード使用そのものを批判しようとは思わないが、リードを使い、さらに手もつないであげるのが標準であるべきでしょう。(よほど理由がない限りですが。)

そしてそういう使い方であればちっとも目立たないし、気もつかないし、見ても違和感もおきない。  目立つ、違和感があるというのはまさに写真で見るような光景です。 

子供の手をつなぐのが安全確保以上の価値がないと親が思ってるからそういう風景になるのだと思いますが、歩道を歩いていて、マナーの悪い自転車が接近してきた、大きな犬が来た、変な人がついてくる・・・。 その様なときに親の手が無意識に強くなって、強さによって子供はそれがリスクのあるものだと伝わるものなんだけれど、口で「危ないよ」と言うのとは違う次元お意味があるんですよね。 非言語の親から伝わる情報はやはり大事と思うから批判が起きるのでしょう。

だっこひも批判を、すべて無視していいなんて思ったら大間違いですよ。 批判の大半は使い方の問題なのです。

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