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2008-12-24

求められているのは当たり前の誠実さではないだろうか

はてな匿名ダイアリーの「http://anond.hatelabo.jp/20081222202621」というエントリを読んだ。「池田信夫ってそんなに変なことばかり言ってるか?」を受けて書かれたエントリだ。

8.a.自分のよく知らないことについては発言せず妥当性が高いと思われることについてしか発言しない口数が少ないが誠実な学者と、b.自分のよく知らないことであっても果敢に思考し、学問間のネットワーキングを図り、啓蒙することに価値を見いだす学者 という二種類の学者がいるのだとすれば、池田さんは後者(b)の部類に属する。

もともとは池田信夫氏へ言及なのだが、学者云々とは関係なく、アルファブロガーと呼ばれる人の多くは「また○○か」といわれる傾向に有る。具体例をあげれば、畑違いの分野に言及した弾氏やfinalvent氏のようなパターンである。

匿名ダイアリーの言う8(b)の立場は必要なのだろうし、沢山いても構わないと思っている。しかし、視点の置き方についてはちょっと疑問である。そもそも問題は「間違ったことを言う」ことなのだろうか?「畑違いの分野に言及する」ことなのだろうか?違うと思うのだ。

自分が断言したことでも間違っていれば撤回する(必要に応じて訂正する)という誠実さ。自分が言及すること(したこと)をきちんと知ろうとしているか?という知的誠実さ。求められているのは、そんな当たり前の誠実さじゃないんだろうか。


追記(2008-12-24)

ブクマへ返信

id:titton 誠実さってそんなに大事なの?欠陥のある主張は他人によって検証され指摘されればいい。本人が認めたり撤回したりする必要などない。それとも誠実な人間の主張ならろくに検証せずに信じるのか?

誠実でない人は手厳しい批判を受ける場合が多いのではないでしょうか。誠実であれば単なる事実の指摘で終わる場合も多いでしょう。「また○○か」と言われる頻度は減るかと思います。

主張の信頼性は基本的に別問題です。といっても、誠実な人ならば「ろくに調べずにものを言っている」「無根拠の思いつきを言っている」「嘘をついている」という可能性は、不誠実な人に比べて相対的に低くなるので、関係がゼロだとは思いません。


追記(2008-12-25)

元記事の方の追記で言及いただいたので返信。

・「誠実さ」概念をめぐる指摘には同意するし、すばらしい指摘だとは思います。

・だけれども、「誠実さ」という変数だけで全部解決しようとしても、そこでもまた、ディスコミュニケーションは起こりうるのでは?

うーん。私はそれほど色々なことを考えてこのエントリを書いたわけではなく、誠実でなければ議論は成立しないし、誠実でない行為が繰り返されれば、議論をする能力のある人も「また○○か」で済ませるように動機付けられるのではないかと思っているだけです。

それから、誠実さは議論における必要条件であって、十分条件ではありません。また、誠実さの線引きについて考える必要はないと思います。誠実である(白)と誠実でない(黒)の間には、広大なグレーゾーンがあって構わないと考えています。もちろん、グレーゾーンがあるからといって、白と黒の区別がつかないわけではないというのが前提ですけれど。

それから、「誠実さ」という言葉が独り歩きしてしまうかもしれないので、念のため注記しておきます。ここで言っている誠実さは辞書的な意味より限定的です。

元記事のひと元記事のひと 2008/12/24 19:08 ご指摘ありがとうございました。ご指摘をうけて追記を末尾のほうに加えました。

tittontitton 2008/12/24 23:33 > 手厳しい批判を受ける場合が多いのではないでしょうか

別に池田信夫を批判すべきでないとは言ってない。俺も批判サイドだし。
しかしそれは発言の内容について「それは間違いだ」と批判するべきで、
人間的な誠実さを批判するのが有益だとは思わないってこと。
「批判されないこと」ってそんなに大事なのかな?

> 不誠実な人に比べて相対的に低くなるので、関係がゼロだとは思いません。

それは「謙虚に学問に望んだ方が正しい知識が身につきますよ」
という池田自身へのアドバイスだよね。
アドバイスに従うと得をするのは池田自身であって他の人間ではない。

でも肝心の本人は現状のような姿勢が自分にとってベストだと思ってるだろうし、
むしろ横柄に振る舞った方が自分のキャラが立って有利だと考えているだろう。

だから本人にとってあまり意味のあるアドバイスだとは思えない。
上述の通り本人以外は得も損もしないんだから、結果的に得をする人はいない。
ということで「誠実に振る舞うべき」というのは、無意味だといっている。

だいたい大の大人の人格に対していちいち批判してたらきりがないし、
批判して改まるとも思えない。社会にとって重要なのは主張の真偽であって、
論者の人格ではないはず。

社会に誠実な人間が増えた方がよい、というのは道徳とか宗教とかの領分だと思うね。
あまり科学以外の領分にまで進出すると、「疑似科学批判」自体が
宗教や現代思想じみて「疑似・疑似科学批判」になっちゃうんじゃないの?(w

tittontitton 2008/12/25 02:40 追記。謙虚さというのははなはだ主観的なものだ。人によってどう感じるかは様々であり、そういうものを判断の中に組み入れるというのは、水の決勝の形の美しさ(これも主観だ)で、物事を判断するのとたいして変わらない。どうしたって自分に都合よく見える。

lets_skepticlets_skeptic 2008/12/25 10:28  対抗言論としての批判は、指摘やアドバイスよりも強く突き放したものになるということです。なぜ、「また池田信夫か」のような言い方で一笑に付す人が多いのか?という問いに対して、誠実でなければそういう扱いを受けることも多いだろうと返していると考えていただければ。
 それ以上の意味を読み取られても困ります。

tittontitton 2008/12/25 12:03 「求められている」の求めている人たちの中にはあなた自身も入るというニュアンスで文章を書いてると読み取ったけどね。まあ、それはいいや。

で、あなたは「一笑にふす人が多い」のを是正する方法を書いているんだよね。あなたは「池田信夫が誠実に振る舞えば是正される」という方法を示した。一方俺は違う考え方で、「一笑に付す人たちの方が変わるべき」だと思うわけ。不誠実な人間の発言に対しても感情的に反発せずにきちんと検討する習慣をつけるべきだ、と。

繰り返しになるけれど、誠実か不誠実かなんて主観の固まりのようなもので、それを理由に検証するかしないかを決めるなどおよそ科学的な姿勢ではないと思うからね。

不誠実な相手とも必要と思うなら我慢して議論すべきだし、我慢しなくても議論できるように精神を鍛えるべき。不誠実な相手と議論するなんて不愉快だから嫌だ、というのは正直な人間の気持ちだろうが、科学というのはそういう人間の甘えとは対極にあるものだと思うのでね。科学的姿勢を貫こうとするなら、不愉快さにも我慢しなければならない。

ところがあなたは、不愉快なことは拒絶していいんだ、自分の感情に正直に振る舞っていいんだ、と悪魔の誘惑のような発言をしている。

tittontitton 2008/12/25 12:14 たとえばさ、俺の一連の話に対してあなたは「この人って曲解ばかりして揚げ足取りする人だ」とか感じない?こんな人間は誠実に相手する価値がない、と。でももし俺があなたの意見を擁護する側だったら、不愉快には感じないんじゃない?自分と違う意見の書き手に対する目というのはどうしたって厳しくなるものだよ。

人間は感情の動物であり、どうしたってそれに流されるものだ。だから感情が判断に影響する可能性を最小限にしなければならない。誠実さとはその堤防に穿たれた小さな穴だ。

lets_skepticlets_skeptic 2008/12/25 13:22  私のエントリの意識は、問題解決(是正しよう)ではなく現状認識(どうして?)ですね。

 tittonさんご指摘の点については、批判的思考のsecond waveを志す者としては、心がけておきたいところですね。私も過去エントリとして何回か書いてます。ただ、今回のエントリの話とは関係ない話かと思います。

tittontitton 2008/12/25 16:56 > 私のエントリの意識は、問題解決(是正しよう)ではなく現状認識(どうして?)ですね。

ふ〜む。「求められているのは〜ではないか」という文章を書いたら、普通は求めている人に論者も入ると解釈すると思うけどね。特に「ヨーロッパ社会に求められているのは」みたいに限定してなければ。現にブコメであなたに同意している人は、それがあなたの意見だと思うから同意しているんじゃない?それが自分は求めているわけではないとはちょっと恐れ入った(笑

俺にはあなたは詭弁を弄して自分の発言の責任回避をしているように見える。俺の"主観"は、あなたが不誠実な人間であると告げている。そんな不誠実な人間の他の主張も信用ならん。あなたの分析に従えばそう考える人間がいることは予測の範囲のはず。そしてそういうリスクは避けるのが賢いというのがあなたの認識のはずだったんじゃないのかな。

ま、この点はどうこう言っても埒があかなそうなのでもう触れないけれど、最後にもう一度だけいわせてもらう。「誠実さ」のような客観性が十分でない要素を安易に持ち込むと、どちらが疑似科学なのか分からなくなってしまう、と。本当にこの点は大事だから忘れずに心がけて欲しい。

lets_skepticlets_skeptic 2008/12/25 17:49 > 「求められているのは〜ではないか」という文章を書いたら、普通は求めている人に論者も入ると解釈すると思うけどね。

 いや、私がどう考えているのかは、もともとのエントリの話に「関係ない」ということです。私は「また○○か」と言ったりしてませんし。私の考えについては、追記(2008-12-25)に書いた通りです。
 tittonさんの言われる客観性については、論じてみたい話ではありますが、今回はパスします。もし論じるとしたら科学と疑似科学の線引き問題に似たような話になると思います。

元記事の人元記事の人 2008/12/25 18:11 了解です。短くて素敵な答えはlets_skepticさんの魅力ですね。

tittontitton 2008/12/25 20:26 あなたは

| 不誠実な人に比べて相対的に低くなるので、関係がゼロだとは思いません。

と言ってるよね。これは論者の誠実さによって発言の信憑性を判断するという点において「また○○か」と同じ系統の思考だと思うよ。

結局、あなたは「また○○か」と言う人を正しいと思っているのか、正しくないと思っているのかどっちなのかな?

正しいと思っているならあなたと彼らの考えは同じだよね。正しくないと思ってるなら、正しくない彼らの方の姿勢を改めるように働きかけるべきじゃないの?つまり俺が上の方で述べたように、嫌でも我慢して議論するように鍛錬してもらう。正しくない人が多いからといって、正しくない人はそのままにして、論者側に自重を求めるのは理屈に合わない。

客観性については論じたところで答えなんて出ないよ。誠実さに関して客観的な判断ができることなどあり得ない。仮にあり得たとしてもそれは人間の感情とは一致しないはず。

だからそれを示されても今「また○○か」といっている人たちはそれでは納得しないだろう。彼らにとっては客観性ではなく自分たちの感情こそが重要なんだから。そうでないなら現状でも感情的を抑えることが出来るはず。

議論というのは人間にとって苦痛なんだよ。科学的な思考というのは非人間的な思考だからね。人間はわざわざ人間に不向きな思考を無理しているわけ。苦痛を伴うが得るものも大きいから。

なので議論にともなう苦痛や苛立ち、不愉快さ、焦り、無力感、というのは取り除くことは出来ないわけ。慣れて克服するしかない。苦痛の伴わない議論などどこにもない。互いに誠実に振る舞えば苦痛のない議論ができるというのは幻想。

tittontitton 2008/12/25 20:53 たとえばさ、

「怒り」というのは議論の発端だ。社会への怒りとか。
「不愉快さ」というのは、「同じ意見になりたい」という願望の裏返しだ。
「苛立ちは」は結論を急ぎ議論をゴールまで推し進める原動力。
「焦り」は出来るだけ効率的に議論をしようとする方向に働く。
「無力感」は必要以上に議論をし続けないためのストッパーだ。

こうやって感情を昇華させて人間は"無理に"ロジカルな思考をしている。

もちろん中には希に心地よい快感だけの議論もあるだろうけれど、
それは例外だと思うよ。重要な議論ほど苦痛を伴う議論の比率が高い。

lets_skepticlets_skeptic 2008/12/26 10:51  いくつか異論はありますが(ひとつだけいえば「全ては程度問題なので、二分法は不適切な単純化です」といったところ)、基本的にtittonさんの言われることは、まっとうなことだと思います。私も他のエントリで似たようなことを色々と書いています。ただ、このエントリとは関係ないということです。いうべき相手、場所、タイミングが適当ではないと考えます。

 特定の話題の特定の側面について語ったひとつのエントリに全ての要素を盛り込むことはできません。もし、ここに書いていないことを読み取りたい場合は、他のエントリも読んでいただければと思います。このエントリのコメント欄でやるべきことだとは思いません。

tittontitton 2008/12/26 11:36 > いうべき相手、場所、タイミングが適当ではないと考えます。

つまりあなたに言うことが適切ではない、と?よくわかりませんな。たとえば池田信夫が同じ事を言ったらみんなどう思う。

彼がたとえば「求められているのはB-CASの廃止ではないか」という記事を書いたとしよう。ところが別な発言で「あれは国民がもとめていることを現状分析しただけで、私自身はB-CAS廃止を主張したことなど一度もない」と言ったらどういうことになるか。ネットでは鬼の首を取ったように大騒ぎになり「池田信夫は発言を翻した」「にもかかわらずそれを認めて撤回しない」「池田信夫は不誠実な人間だ」という声の嵐になると思うよ?

「求められているのは誠実さではないか」という記事を書いたにも関わらず「求めていない」というあなたの言動は俺から見ればそれと同じだ。やはり俺にはあなたは不誠実に見える。あなたにも言い分があるのかもしれないが、それをいうなら池田信夫にも彼なりの言い分はあるだろう。限られた時間ややりとりの中で分かり合えることは多くない。分かり合えない相手の部分は互いの目に「不誠実さ」に写るものだ。

あなたは客観性のある誠実さの判定という幻想を捨ててないようだけれど、あなた自身の誠実さを俺に納得させる方法なんてあるの?

人間同士はどうしたって分かり合えない部分が生じる。しかしそれは人間同士のコミュニケーション手段とそれにかけられる時間に制限があるからであって、主張の正しさとは別な問題。

> 二分法は不適切な単純化です」といったところ

それこそ場合によりけりで、今俺が述べていることについては不適切だとは思わないけどね。最初の話に戻るけど誠実さという主観的な要因が大きいものを判断の中に組み入れることの是非を「二分法は不適切だ」といい、ケースバイケースだというなら、「神」や「自分の主観(幸福のペンダントは私には確かに効果があった!)」を科学的な判断に組み入れることもケースバイケースで許されることになる。

ケースバイケースだというならばどういうケースが妥当なのかまで明示できて初めて科学となる。あなたは疑似科学を批判的な目で見ているつもりで、あなた自身が非常に疑似科学的だ。高じれば「誠実さこそが現代社会を救う」みたいなことを言い出しそうじゃん。それはもはや疑似科学批判でもなんでもない。宗教か思想だ。

lets_skepticlets_skeptic 2008/12/26 12:57  tittonさん。暴走が過ぎますよ。私がいってないことをさもいったかのように前提として議論を進めるのは一人語りに過ぎません。

tittontitton 2008/12/26 15:20 具体的に俺が「あなたが言った」と言っているあなたが言ってないことをってどれのこと?すべてあなたの理屈をそのまま適用していけば「最終的にこういうことになる」という話ばかりのはずだよ?

それとも「その前にちゃんと歯止めがかかる」という話なのかな?しかしあなたの話にはそういう「歯止め」の要素が全然見あたらないじゃん。あなたはその「歯止め」を自分の主観で臨機応変に適用するから大丈夫なんだ、と思っているのかもしれないが、主観で臨機応変などというのは論理的な思考でも科学的な思考でもない。

結局あなたはの考え方は科学的でも何でもなくて、むしろ宗教に近いと思うよ。宗教なら教祖様の独断ですべて物事が決定される。一般化された判断のルールが存在しない。あなたも自分の判断に一般化したルールが提示できないという意味で、宗教の教祖と同じだ。

lets_skepticlets_skeptic 2008/12/26 15:50  とうとう結論まで出してしまったのですか?憶測と滑り坂論法のあわせ技に見えます。私はこのエントリーとコメントでtittonさんが結論を下せる程の情報を提供していません。

tittontitton 2008/12/26 15:51 ああ、「(誠実さこそが現代社会を救うみたいなことを)言い出しそうだ」と書いたことをいってるのかな?しかし「言い出しそうだ」というのと「言っている」というのは全然違うわけで、それを「言ったかのように」というのは、あなたの方が俺が言ってないことを書いている。

tittontitton 2008/12/26 16:00 > 憶測と滑り坂論法のあわせ技に見えます

神ならぬ人間なのだから、誰もが得られた情報の範囲で判断を下すものだ。もちろん新たな情報が加われば判断を修正することはやぶさかではないけどね。人間のしこうとはそういうものじゃないの?

俺はこれまでの会話で十分あなたの思考の危うさを推量することが出来たと思うよ。あなたは自分の思考方法の危険性に気づいていない。逆に気づいているならそれほど危険ではない。

あなたは俺が懸念する部分に何一つ答えられないじゃないか。「そういう危険はある」と認めることもしない。それでは危険性を理解してないと見られてもやむを得ない。

だいたい「情報を出してない」なんて、「歴史を覆す古文書を発見した!」「でも誰にも鑑定させないぞ!」というオカルトさんと同じ。俺が判断を誤っていると主張するなら、むしろ正しく判断できる情報を進んで提供するのが「誠実」な姿勢だと思うけどね。

lets_skepticlets_skeptic 2008/12/26 17:41  必要ならば過去エントリを読んでください。特に「批判的思考」と「科学」に言及しているエントリがいいのではないでしょうか。もちろん、読むのは面倒ですし労力がかかります。読む「必要」はありません。
 tittonさんは、論理的思考も批判的思考もできるようですから、それを悪い方向に使わないように気をつけていただければいいのではないかと思います。

 ところで本当に詳細な返信が欲しいのでしょうか?

tittontitton 2008/12/26 19:09 わかんない人だな〜。あなたがいくら他のエントリで科学について語っていても、俺とのやりとりの中でそれを実践できてないんだから、それは机上の空論だって話。俺はあなたの「書いたもの」ではなく、あなたの自身の目の前の問題処理能力の方を重視している。

よい方向とか悪い方向とか、なんというか全然論理的じゃないんだよね。俺の言動が正しくないというならどこが間違っているかをきちんと指摘すべき。で、あなたが言いたいことは、たぶん相手に対して無礼だとか、相手を不愉快にするとか、そういうことなんじゃないの?それについては一番最初に言ったとおり、そういうものにとらわれると科学的な思考からむしろ遠のくというのが俺の持論。

> ところで本当に詳細な返信が欲しいのでしょうか?

簡潔で要領のよい返信がほしいね。むやみに長いのは読むのも書くのもお互い面倒だよね。疑似科学批判をしようという人なら、簡潔にまとめる能力はあるはず。

田部勝也田部勝也 2008/12/28 05:02 tittonさんのコメントを大変興味深く読ませていただいてました。
で、いろいろと感じた事を書いてみたのですけど、こちらのエントリ記事の内容・趣旨からは大きく逸脱した内容になってしまったので、自分のところにアップしてみました(↓)。
http://k-tabe.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1c3e.html

宣伝だけではなんですので、このコメント欄でのやりとりについては、
>tittonさん「科学的姿勢を貫こうとするなら、不愉快さにも我慢しなければならない」
科学的姿勢を貫く決意をした人が我慢しなければならない不愉快さは、事実を受け入れる事に対する不愉快さであって、他人の態度の不愉快さとは別のような気もするのですけど……。正しい事実ならば、誠実な人が誠実な態度で教えてくれるでしょうから、わざわざ不誠実な人から教えを請う必要もないと思うわけで。
――やっぱり甘すぎる姿勢でしょうかね。

lets_skepticlets_skeptic 2008/12/29 16:44 tittonさんの言われることは基本的にこのエントリと関係なく、田部さんのところが適切な状態になってしまいましたね。そちらでコメントします。

tittontitton 2008/12/29 17:16 関係ないという論拠はどこにあるのだろう。人は自分にとって都合の悪いことは「関係ない」と考えがちだ。もちろん個人の時間は有限だから、無制限に自分とは反対の意見を持つ人間(俺のことね)を相手する必要はないが、それは単に「この人と議論することに価値を感じなくなった」と述べればいいのであって、妙に自分を正当化してはいけないと思うよ。

「興味がない」というのは主観の主張だ。主観は主観として主張すべきで、主観的な主張をすることは何も悪いことではない。しかし主観を客観と偽ってはならない。 そもそも「関係ない」というなら、なぜあなたはここまで俺と議論したのだろう。

おそらく最初は相手に対して誠実に対応するのが正しいと考えて、俺に対して応答していたのだろう。しかしさすがにうんざりしてきて関係ないと言い出したのだろう。

つまり「どんな疑問にも真摯に答える」という自分の誠実さをアピールする時は主観を強調し、ともすれば議論を打ち切って不誠実さに見える場合は、むしろ「関係ない話である」と客観的な判断であることを強調する。

そういうのはずるく不誠実だと思うよ(笑

lets_skepticlets_skeptic 2008/12/29 17:26 > そもそも「関係ない」というなら、なぜあなたはここまで俺と議論したのだろう。

tittonさんは、一度私のエントリと返信だけを抜き出して読んでみるといいのではないでしょうか?

tittontitton 2008/12/29 19:41 そもそも俺のブコメにレスをつけたのはあなただよね?関係あるからそうしたんじゃないの?俺だったら関係ないコメントは無視するか削除するよ。なぜあなたはそうしないのかな。それこそが時間の無駄であり非合理だと思うけど。

結局ね、誠実さ云々の話も根本にあるのは一つなんだと思うよ。「自分は相手に誠実に対応している。それで議論が自分の思うとおりに決着しないのは相手が誠実でないからだ。自分は悪くない。落ち度は常に相手の側にある」こういう心理が根底にある。

A_lie_sunA_lie_sun 2008/12/29 23:37 はじめましてlets_skepticさん。
いつもROMさせてもらってます。

さて、挨拶も適当ですが、横レス失礼。

tittonさん>
>そもそも俺のブコメにレスをつけたのはあなただよね?関係あるからそうしたんじゃないの?俺だったら関係ないコメントは無視するか削除するよ。

1.そもそもの「俺のブコメ」は元エントリへの異議なので関係が有る。
2.コメントの方は元エントリとは関係ない。

1と2から此処での貴方がするべき正しい主張は『俺だったら関係のないブコメは無視するよ』だという事が分かります。

>俺だったら関係ないコメントは無視するか削除するよ。なぜあなたはそうしないのかな。それこそが時間の無駄であり非合理だと思うけど。

『そのコメントが関係が無いよ』という説明もなしに無視や削除するのは『不誠実』だと思います。
そしてlets_skepticさんは再三その説明をされてますね(>一度私のエントリと返信だけを抜き出して読んでみるといいのではないでしょうか?)
エントリ内容に合致した『誠実な対応』だと私は思いますけど。

>結局ね、誠実さ云々の話も根本にあるのは一つなんだと思うよ。「自分は相手に誠実に対応している。それで議論が自分の思うとおりに決着しないのは相手が誠実でないからだ。自分は悪くない。落ち度は常に相手の側にある」こういう心理が根底にある。

『程度判断』や『理由の検討』が出来ない『悪しき相対論』に近い物の考え方ですね。
『こういう心理』とやらが示唆されている所を具体的に、かつ極端な相対化をせずに指摘できないと単なる『藁人形論法』です。
こういうのは議論において相手に正対しておらず、『誠実ではない』と私は判断します。

tittontitton 2008/12/30 14:29 A_lie_sun さんへ

> エントリ内容に合致した『誠実な対応』だと私は思いますけど。

だからあくまで誠実な対応を続けるなら、俺が「なるほどその通りだった、関係がなかった」と納得するまで続けるべきじゃないの?でもそんなの無理だよね、俺だって無理だ。つまり誠実な対応をすべきだ、というこのエントリの主張への反証の実例となっているという意味で、俺の一連のコメントは「関係がある」ということ。

何度か述べているけれど程度の問題とするならば、客観性のある判断基準が示されなければならない。ここまではOKでこの先はダメだというなら、その理由も示されなければならない。それを示す責任はその判断を行使する側にあるはず。

あと多分ここのブログ主ももうこの話題をここでやって欲しくはないんだろう。もう一方の記事(田部勝也)のコメント欄も俺は読んでるので、そっちに書いた方がここのブログ主も助かるんじゃないの?

tittontitton 2008/12/30 14:44 ついでに書くけど、なんか「藁人形論法」をはじめとしてやたら用語を羅列するのが好きな人がいるけれど、用語は知っているだけでは意味がない。適切に使えなければ、ね。適切に使うというのは「これは○○だ」と説明も論証もなしに断言することではなく、きちんとその根拠を示して使うこと。

どうもそれが出来てない人が多いのは、多分生兵法の人が多いからなんじゃないの?よくしらないけどさ(笑

なんか唐突に「これは○○だ!」という発言が飛び交う光景って、どこかの宗教団体かうさんくさいセミナーみたいで、どっちが疑似科学なのか分からんよ。「疑似科学批判」教とか言われるのも無理ないんじゃない(苦笑

A_lie_sunA_lie_sun 2008/12/30 19:01 >tittonさん

長くなりましたので返答は私のブログに書きました。
お手数おかけしますが応答されるのでしたら
http://d.hatena.ne.jp/A_lie_sun/20081230/1230631008
こちらにお願いします。

>lets_skepticさん
殆ど終わっていた所への横槍、失礼しました。

apjapj 2009/01/03 02:01 池田に関しては、科学云々とは無関係に明確に敵だからな。私にとっては。

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