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2012-07-04

ヒッグス粒子のお話【第5回】

| 15:55 |

本日7月4日、ここCERNにおいて、ヒッグス粒子に関するセミナーが開かれます。この中では、今年2012年に取得したデータを用いて行ったヒッグス粒子探しの結果について報告がされる予定です。今年はまだ半分過ぎたばかりなのですが、実は既に去年一年間に貯められたデータと同じ分だけのデータが貯められています。

そこで、一度中間まとめとしてヒッグス粒子探しについての今年の結果を、皆さんに報告しておこうという趣旨で開かれるセミナーです。難しい数式こそないものの、一目見ただけではよくわからない図やグラフがたくさん出てきます。今のうちに少しでも見慣れておいて、本番に備えましょう。

さて、第三回まで、ヒッグス粒子ガンマ線2本に崩壊するような壊れ方を探す方法についてお話しました。その中で少しだけほのめかしましたが、ヒッグス粒子というのはガンマ線以外にもさまざまな崩壊の仕方をします。今は一刻を争ってヒッグス粒子を探している最中ですので、それらをみすみす見逃してしまうのはもったいないです。そこでそれぞれの崩壊の仕方について、きちんとヒッグス粒子痕跡を探すような解析が行われています。今回はその中でも、「ガンマ線2本」法に次いで簡単な、「レプトン4本」法についてお話したいと思います。

前回のエントリーで、素粒子というのは似た性質ごとに幾つかのグループに分けられるというお話をしました。例えば電子と似た性質を持った素粒子にはミューオンというものがあります。重さが違う以外はほとんど同じようなものですので、よく電子の兄貴分に例えられます。この兄弟をまとめて「レプトン」と呼びます。(実はこの上にさらに「タウ」という長男がいて三兄弟になっているのですが、このタウはあまりにも重すぎて、実験的な観点からは扱いが異なってきてしまいますので、ここでは単純に電子とミューオンのみを考えておきます。)

先ほどの「レプトン4本」法というのは、ヒッグス粒子が4本のレプトンへと崩壊する様子を捉えてヒッグス粒子を探してあげようというものなのですが、そこに行く前に、もう一つだけ素粒子のグループを紹介しておかなくてはいけません。

素粒子物理学は、文字通り素「粒子」を研究する学問です。そのため、ありとあらゆるものを「粒子」と考えて計算を行います。「力」でさえも例外ではありません。例えば電気を司る「電磁気力」も、光の粒が媒介して力を伝えていると考えます。この「力」を伝える粒子の一群を、「ゲージ粒子」と呼びます。この中には、「強い力」というものを伝える「グルーオン」という粒子や、「弱い力」というものを伝える「W粒子」や「Z粒子」といった粒子が含まれています。

「強い力」と「弱い力」というのは、別にこのブログ向けに簡単にした表現ではなくて、きちんと専門用語として定義されている言葉です。どちらも素粒子の世界くらい小さな範囲でしか働きません。なので私達が普段の生活の中で気にすることはありませんが、素粒子の世界ではむしろ主役になる力です。そしてその力は「W粒子」や「Z粒子」が飛ぶことによって運ばれていると考えています。力を媒介するのが「粒子」というのは感覚的には理解しづらいものだと思いますが、実際このような考え方で計算を行うとさまざまな現象が上手く説明できることが分かっていますので、おそらく極微の世界は本当に粒子達が飛び回る楽しい世界なのでしょう。

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さて、「レプトン4本」法の話に戻りましょう。

ヒッグス粒子の崩壊の仕方の一つに、「ヒッグス粒子がZ粒子2つへ崩壊する」というものがあります。 そしてそれぞれのZ粒子はすみやかにレプトン2本へと崩壊して、計4本のレプトンが生まれます。「ガンマ線二本」法と同じようにこれらのレプトンの向き・エネルギーを組み合わせてあげると、ヒッグス粒子の質量を計算することが出来ます。

陽子同士の衝突からは、ヒッグス粒子以外にもレプトンが4本出てくるようなことが起こりますが、これらバックグラウンドについては、4本のレプトンを組み合わせてもヒッグス粒子とは無関係の重さになってしまい、分布もなだらかに散らばりますので、ヒッグス粒子からのものと区別することが出来ます。つまり、レプトン4本から計算した質量の分布を作ってあげて、その中に「コブ」があれば、それがヒッグスだということになります。レプトン4本を使う以外は、すべて「ガンマ線2本」法と同じようなやり方です。

さて、去年の結果を見てみましょう。

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これがなかなかの難物です。ヒッグスが作る「コブ」というのはすぐには分かりません。黒丸が実際に測定したデータ点、赤で描かれているのは先ほど述べた「バックグラウンド」の形になります。(水色・オレンジ・ピンクはヒッグスのシグナルがもしあったらこのくらいになりますよ、という予想の絵です。)このバックグラウンドの上にこんもりと山のような形が見えたら、それがヒッグス粒子由来のものになるのですが、、、この図ではまだ黒丸がばらばらでよくわかりません。

ガンマ線2本」法では、125GeVのあたりにヒッグスの兆候が見えていました。この図でもそのあたりを見てあげると少しだけ黒丸がいるようですが、たまたまそうなっただけにも見えてしまいます。どうやらもっとデータを貯めて黒丸の数を増やしてあげないと、結論を出すことは出来なさそうです。もうすぐセミナーで明かされるであろう今年の結果に期待をしておきましょう。


もう一つ、とても大切なグラフを紹介しておきます。

去年ヒッグス粒子の兆候が見えた時、新聞・テレビ等で、「99.98%の確率で発見をした」という表現をしました。先ほどの図からも分かるように、データ点の数は限られていますので、必ず数のフラつきというのが存在します。コインを投げた時、裏が出る確率と表が出る確率は厳密に同じです。ところが例えば10回コインを投げたとすると、表が出る回数は4回だったり6回だったりまちまちにフラつきます。同じようにヒッグス粒子探しでも、予想では3個いるはずなのに、たまたま4個のデータ点がいたり、はたまた1個だけしかいなかったり、ということが起こります。

もし125GeVにデータ点が多めに出たりしてしまうと、それは偽物の山を作ってしまいます。このようなことが起こる確率を計算して、それを100%から引き算してあげたのが先ほどの数字です。つまり「たまたま」データ点のフラつきで125GeVに山が生まれてしまう確率は0.02%でした、ということになります。データのフラつきで出来た山は偽物ですので、この確率が小さければ小さいほど間違いの可能性は小さくなります。

素粒子物理学で「発見」を主張するためには、この「たまたま間違える確率」が0.00003%以下でなくてはいけないという取り決めがあります。この「たまたま間違える確率=0.00003%」の基準はとても大切なラインですので、研究者はこれを「5σ(しぐま)」と特別に名前をつけて呼んでいます。

さて、この「たまたま間違えている確率」を計算したものが以下のグラフです。

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縦軸がたまたま間違える確率、横軸がヒッグス粒子の重さを表しています。今は125GeVだけを考えればよいのでそこを見ておきましょう。右側の縦軸を見てください。ここには、先ほど述べた「σ」の数が書いてあります。去年の結果を表したこの図の中にはまだ「5σ」は現れていませんが、今年はきっとそのくらいまでグラフが伸びるはずです。もし図中のグラフ(実線)がそれよりも下に行けば「5σ」の基準をクリアしたことになり、晴れて「ヒッグス粒子発見」を主張することができます。もしそれに届かなければ、まだもう少しデータを貯めてフラつきを少なくしましょう、ということになります。この場合、「ヒッグス粒子発見」はまたしばらくお預けです。

さて、もうすぐセミナーが始まります。果たしてアトラス実験、そしてそのライバルであるCMS実験が、果たしてこの5σの基準を超えられるか、そこに注目して結果を待ちましょう。

それでは。

セミナーのwebcastはこちらから見れます。

今回引用した図・グラフは、こちらの論文から引用しました。

Phys.Lett. B710 (2012) 383-402

arXiv:1202.1415

ご意見ご感想はこちらまで

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佐々木・山口

2012-06-30

ヒッグス粒子のお話【第4回】

| 09:51 |

時間がだいぶあいてしまいましたが、ヒッグス粒子探しの続きです。前回は、ヒッグス粒子が2つのガンマ線に崩壊するような現象の説明でした。ガンマ線は目で見ることができませんので、電磁カロリメータの中で電子のシャワーに変換して、電気信号として検出してあげます。電気信号の大きさはガンマ線が持つエネルギーに比例しますので、そこから元のガンマ線エネルギーを知ることが出来るというお話でした。

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さて、この中に登場する素粒子はどれも身近なものでした。ガンマ線は光の仲間ですので言うに及ばず。電子だって、現在進行形で眼の前のパソコンや携帯電話の中を駆け巡っている存在ですので、生活に欠かせない親しみ深い存在です。

しかしこれらは素粒子のうちのまだまだ一部分にしか過ぎません。世の中にはもっとたくさんの素粒子が存在しています。似た性質ごとにそれらをまとめていくと、幾つかのグループに分けられます。

電子と同じグループに属するものの一つに、「ミューオン」という粒子があります。このミューオンは、電子の兄貴分に相当する素粒子です。ほぼ完全に電子と同じ性質をもっていて、唯一重さが違う程度しか差がない素粒子です。ところがその重さたるや実に電子の200倍と文字通り桁違いに重いですので、結果としてもろもろ電子とは異なる振る舞いをします。

電磁カロリメータのところで説明をしましたが、電子は原子核に引っ張られて、ガンマ線を出したり、それが対生成・対消滅をしたりします。電磁カロリメータはその性質を上手く使って電子を倍々ゲームで増やし、電気信号として検出するのでした。ところがミューオンは電子よりもはるかに重いので、原子核に多少引っ張られても全然気にしませんし、ガンマ線を出すこともありません。ガンマ線を出さないので、倍々ゲームをはじめることが出来ません。そしてほとんどエネルギーを失うこと無く電磁カロリメータを素通りしてしまいます。

さて困りました。とても分厚い電磁カロリメータを素通りしてしまうとなると、どうやってもミューオンを「捕まえる」ことは難しそうです。ミューオンが飛んだ向きを調べたり、エネルギーの大きさを測定したりすることが出来ません。そこで少し方針を変えて、「素通りしても構わないから、そのかわり何らかの痕跡を残していってもらう」という作戦に方針を転換してみましょう。

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物質の中には電子が満ちています。その中をミューオンが通ることを考えます。ミューオンは電子と同じ性質を持っていますので、当然電気を持っています。ゆえにミューオンが何らかの物質を通過すると、周囲の電子を引き付けたり反発したりしてドカドカと動かします。この電子を電気信号として捕まえてあげることで、「ミューオンが通りました」という痕跡を検出することが可能です。

ボーリングのピンが体育館の床一面にびっしりと立てられている様子を想像してください。この中にものすごく重いボールを投げ入れてみましょう。ボールが通った経路の周囲にあるピンはバタバタと倒れます。もし透明なボールだったとしても、ピンが倒れる様子から、ボールがどこを通ったか見当は付くでしょう。この場合、ボールがミューオン、ピンが物質中の電子に対応しているわけですが、重さの比はそれどころではなく、実に200倍。インディージョーンズと、その後ろを追いかける大岩の比と同じくらいあります。圧倒的な破壊力で、周囲のピンをなぎ倒しながらずんずん進んでいくわけです。通常のボーリングボールならある程度ピンを倒したところで止まってしまいますが、ミューオンは進行方向にあるすべてのピンを倒して、それでもさらに進み続けます。

何はともあれ、どこのピンが倒れたかを見ることで、ミューオンの動く方向を知ることは出来ます。ところが進行方向上のピンはすべて倒してしまうわけですから、エネルギーの大きさを知ることは出来ません。これは問題です。エネルギーを知るためにはさらに一工夫をしなくてはいけません。

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先ほどミューオンは電気を持っていると述べました。ゆえにミューオン磁石の近くを通ると、その磁場を感じて進む方向が曲がります。この曲がり具合というのは、ミューオンの速さに依存して大きさが変わります。ミューオンが速い、つまりミューオンエネルギーが大きいほど曲がりづらくて、ミューオンがゆっくり動いているときには簡単に曲がります。

この性質を利用すればミューオンエネルギーを知ることができそうです。先ほどの体育館の床下に強力な磁石をたくさん敷き詰めておきます。この中を電気を持っているミューオンが進んでいくと、磁場を感じて進む向きが変わっていきます。ミューオンが速ければ曲がり辛いので、ほぼ直線状にピンが倒れていきます。もしミューオンが遅ければ磁場によって曲げられやすいですので、ピンは弧を描くように倒れていきます。この違いを見ればミューオンエネルギーは一目瞭然に分かります。


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磁場中で曲がっていくミューオンの様子を上手くイラスト化したのが、アトラス検出器のライバルである、CMS(しーえむえす)検出器の人たちです。彼らのロゴを見ると、曲がった赤線が三本描いてあります。これがミューオンを表しています。下から、エネルギーの小さいミューオン、中くらいのミューオンエネルギーが大きいミューオンとなっていて、その順で曲がり具合がどんどん小さくなっている様子が分かると思います。とても教育的な絵柄です。

さて、我らがアトラス検出器を見てみましょう。

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右図は、アトラス検出器がまだ建設途中の頃の写真です。これを見るとまず目につくのは、外側に放射状に設置されている計8本のチューブです。これがミューオンを曲げるための磁石になります。このチューブの中にぐるりと線材が巻きつけられていて、超伝導磁石を形成しています。奥行き25mもある超巨大な磁石です。まだこの写真にはありませんが、この後、磁石の中にミューオンが通過した軌跡を記録するための検出器が設置されます。ガスを用いた検出器を始めとして様々なタイプの検出器が使われていますが、どれも原理は先ほど述べたのと同じで、ミューオンに跳ね飛ばされた電子を検出する仕組みです。

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アトラス検出器の内側の方にも特殊な磁石が設置されています。それが次の写真になります。この磁石は電磁カロリメータよりも更に内側に置かれるため、電子やガンマ線の邪魔にならないよう特別に薄く作ってあります。どこにコイルが巻いてあるのだろうというくらい薄いものですが、これも超伝導磁石になっていて、強力な磁場を作っています。当然この中にもミューオンの軌跡を調べる装置が設置されます。*1この内側、外側の2つの磁石・検出器でミューオンが飛んだ経路を調べることで、ミューオンエネルギーと運動方向を知ることが出来るのです。

さて、今回は私達にあまり馴染みのないミューオンという素粒子のお話でした。見たことも聞いたことも無い素粒子を検出しようというお話自体がどうにもしっくり来なかったかも知れません。ところが実はこのミューオンは、ヒッグス粒子探しにおいてはとても重要な役割を果たします。ゆえにどうしても一旦説明をしなくてはいけませんでした。このミューオンを使ったヒッグス粒子探しについてが、次回のお話になります。

前エントリーで告知しましたように、7月4日に今年取得したデータによるヒッグス粒子探索結果についてのセミナーが開催される予定です。それまでにもう一回更新できればと思っています。

それはまた。

*1:この検出器はミューオンのみならず、電子やその他電荷を持った粒子を検出するのにも使われます。

2012-05-16 ヒッグス粒子のお話【第3回】

ヒッグス粒子のお話【第3回】

| 04:52 |

さて前回の復習から入りましょう。

ヒッグス粒子はとても不安定で、生成されてもすぐに他の素粒子へ崩壊してしまいます。f:id:lhcatlasjapan:20120517040125p:image:w130:rightさまざまな壊れ方をするのですが、その中でも「ガンマ線2本」へと崩壊する壊れ方はシンプルかつ特徴的なので、一番の注目株となります。しかし、ヒッグス粒子から出てくるもの以外にも、一回の衝突から「ガンマ線が2本」が発生する反応はたくさん起こります。これを「バックグラウンド事象」と呼びます。

何とかして、ヒッグス粒子からの「ガンマ線2本」を、バックグラウンド事象からの「ガンマ線2本」と区別してあげなくてはいけません。そのために考えたのは「重さ」でした。止まったヒッグス粒子が壊れて出来る「ガンマ線2本」のエネルギーを足し合わせると、ちょうどヒッグス粒子の重さになります。一方で、バックグラウンド事象からの「ガンマ線2本」のエネルギーを足しあわせても、何か決まった重さになるわけではありません。この性質の差を使って、ヒッグス粒子を見つけてあげましょうということが、前回考えたことでした。

前回の最後に、こんな問題を出しました。

東京ドームいっぱいのお客さんの中にクローン人間が変装して混ざりこんでいます。彼らは変装の達人なので外見では区別がつきません。唯一の手がかりは、彼ら全員の体重が同じであることですが、残念ながらそれが何kgなのかはわかりません。

さて、どういう方法で彼らの体重を推定すれば良いでしょうか?また何人紛れ込んでいるか予想するにはどうすれば良いでしょうか?良い方法を考えてみてください。

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「クローン人間」を「ヒッグス粒子」、「クローン人間以外の一般のお客さん」を「バックグラウンド事象」に対応させて、ちょっとだけ話を身近にしてみたつもりです。どうでしょうか?色や形の無いものよりはずっとイメージしやすくなったのでは無いでしょうか?

ヒッグス粒子探しで一番難しいのは、「ヒッグス粒子の重さが分からない」ということです。ここではそれが「クローン人間の体重が分からない」ということに対応しています。片っ端から体重を訊いて回ったとしましょう。でもクローン人間の体重を事前に知っていないと、「体重XXkg・・・ではあなたはクローン人間ですね!」などと断言することは出来ません。

せっかくイメージしやすく擬人化したわけですし、実際にやってみることにしましょう。


あなた「ではみなさん、測定した体重を順番に教えてください。」

1人目「僕は59kgです」

2人目「私は67kgです」

3人目「みなさん軽いですね、私は71kgです」

4人目「僕は67kgです」

5人目「私は65kgです」

6人目「おや奇遇ですね、僕も同じく65kgです」

7人目「67kgです」

8人目「私は71kgです」

・・・


さて、誰がクローン人間だか分かったでしょうか?クローン人間は同じ体重ですので、その体重のところだけ人数が多くなるはずです。なんとなく67kgの人が多いような気がします・・・実際3人居ましたのでこの中で最多です。でも65kgも2人いますし、71kgの人もやっぱり2人います。どうもまだはっきりと断言できそうにはありません。

もうちょっと聞き込みを続けてみましょう。


ところが東京ドームにはお客さんがまだまだ一杯います。全員に体重を訊いて、いちいち覚えていたのでは大変です。はじめの方に聞いた体重なんか忘れてしまいます。もしお相撲さんなんか紛れ込んでいたりしたら、びっくりして記憶が全部飛んでしまうかもしれません。なにかもうすこし上手に整理する方法は無いでしょうか?

そうだ、せっかく広い場所なのですから、体重別に整列をしてもらいましょう。

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クローン人間は全員同じ体重でしたから、全員同じ列に並んでいるはずです。絵を見ると、67kgのところにたくさん人が並んでいます。他の列には1〜3人くらいしか人が居ないのに、その列だけ7人も並んでいます。みんな知らんぷりしているようですが、列の長さを見れば一目瞭然です。その列に並んでいるのがクローン人間たちに違いありません!

実は同じ方法がヒッグス粒子探しでも使われます。

「クローン人間」だったところを「ヒッグス粒子」、「一般のお客さん」を「バックグラウンド事象」に置き戻して考えてみてください。

・・・ヒッグス粒子の重さはまだわかりません。なので、単に「ガンマ線2本組」を次々に見ていっても、それがヒッグス粒子から出来たものなのか、それともバックグラウンド事象からのものなのかは分かりません。でも「ガンマ線2本組」たちに、同じ重さごとに整列をしてもらえれば、ヒッグス粒子の重さのところだけ飛び抜けた長さになるはずです。たくさんの「ガンマ線2本組」の中から、ヒッグス粒子の重さのところをくっきりと浮き上がらせることができるのです!

さて、もう必要知識は十分揃いました。いよいよ実学へと進みましょう。

その前に一つだけ注意をしておきたいのですが、現実世界で体重を測定しようとすると、必ず「誤差」がつきまといます。同じクローン人間でも着ている服は違いますし、変装のためにお面をつけているかもしれません。これでは体重が少し変わってしまいます。たまたま風が吹いていたり、落ち着きなく動き回っている人を測ろうとしても測定結果はふらつきます。こういった場合、クローン人間たちの体重が67kgから少しずれて、65kgだったり、69kgとして測定されるかもしれません。

先ほどの図では67kgの列『だけ』がすごく長くなっていましたが、こうなってしまってはもう、67kgの『あたり』がなんとなく長くなるくらいの見た目になってしまいます。これでは見つけやすさは半減です。よくよく見比べてあげれば、そのあたりがこんもりとしているはずなので見つけてあげることはきっと可能なのですが、一目瞭然というわけにはいかなくなります。現実は理想とは違うようです。へこたれずに「こんもりとした山」を見つけてあげるとしましょう。

さて、覚悟は出来たでしょうか?だいぶ長くお話をしてきましたが、ようやく本題に入ることが出来ます 

おまたせしました、この図が去年のヒッグス粒子探しの結果になります。

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いろいろな情報が書き込んであるので初めて見た人は面食らってしまうと思いますが、一つずつ見ていけば実はそんなに複雑にはなっていません。順番にゆっくりと見ていきましょう。

まずは右下を見て下さい。「mγγ(GeV)」と書いてあります。専門家向けの書き方なので難しいですが、これを日本語に訳すと「ガンマ線(γ線)2本から計算した重さ」ということになります。まさに先ほどまで私達が考えていたものと同じです。

ここでは、重さを「GeV(ジェブ)」という特殊な「重さの単位」で表してあげています。素粒子物理学はとても軽い素粒子を扱う学問です。なので重さを「キログラム」で書いたりしたらゼロがたくさん並んでかっこわるくなってしまいます*1。そこで使いやすい単位を選んで、ゼロを省略してあげています。でも単に書き方の問題なので、イメージとしては単に「キログラム」だと思っていても構いません。

さて、左側を見てみましょう。100, 200, …, 900と数字が書き込んであります。先ほどののクローン人間の例えで言えば、これは「列に並んだ人数」に対応します。

一番左端の黒点を見てみましょう。下の軸から数字を読み取ると、"101"。単位はGeVですので、重さが「101GeV」ということになります。左側の軸から数字を読み取ると、この黒点は"730"くらいのところにありますので、この黒点は、「101GeVの重さになるγ線2本組は、全部で730個くらいありました」ということを表しています。

黒点にくっ付いている縦線は、「このくらいの範囲で数が揺れ動くかもしれませんよ」という幅を表しています。クローン人間の例えを思い出してみましょう。67kg以外の列に並んだ一般のお客さんの人数は、1~3人くらいの間で揺れ動いていました。ガンマ線2本組の数も同じように揺れ動きます。この縦線はその目安を表してあげています。

さて、これで黒い点々の意味がようやくわかりました。絵柄が無機質になってしまっただけで、図の意味自体は「お客さんたちに体重別に整列してもらった絵」と全く同じです。

では黒い点々を左端からゆっくり眺めていきましょう。はじめ730個あたりにあった黒点は、右に行くに従ってだんだん低くなってきます。この滑らかな部分は「バックグラウンド事象」だと考えられます。バックグラウンド事象は特別な重さを持ったりしないので、滑らかな形になります。でも重さが軽いほうが生み出されやすいといった大まかな傾向はありますので、こういう右下がりの形になっています。

(先ほどは無視していましたが、人間の体重測定でも同じように大まかな傾向はありえます。後楽園遊園地でヒーローショーをやっていたら子供が多いはずですので、きっと軽いほうが人数が多くなるでしょう。)

赤の実線が、黒点に沿うように引いてあるのに気づいたでしょうか?これはコンピューターが描いた「滑らかな線」で、つまりバックグラウンド事象の形を表しています。大体黒点と付かず離れずに沿っています。・・・唯一、125GeVから127GeVくらいの間で、黒点が三回連続して赤線より上側に行っています。黒点のふらつきを表すはずの縦線も、赤線から大きく離れています。どうもこの黒点たちは、たまたまふらついて上側に行ってしまったのでは無いようです。では一体何なのでしょうか? 

ーーー ヒッグス粒子を探し求めている人たちは、「この山のなかにヒッグス粒子が隠れているかもしれない」とにらんでいます。これこそが、去年CERNが会見を開いて発表した「ヒッグス粒子によるもの『かもしれない』山」なのです。

ただし、正直な話をしてしまうと、これはあまりはっきりとした山ではありません。たまたま偶然が重なって、「すごくふらついただけ」の可能性も十分ありえます。ですので去年の段階では、「ヒッグス粒子が見つかった『かもしれない』」という、歯切れの悪い発表しか出来ませんでした。

今年は去年以上のペースで、さらにデータを貯めていきます。するとこの山がもっとはっきり見えるようになるかもしれませんーそうしたらヒッグス粒子の発見になります。もしかしたら山は消えてしまうかもしれませんーそうしたら今見えている山は単に「すごくふらついただけでした」ということになります。どちらにしても、今年のデータに乞うご期待、ということになります。

さて、下側の図の説明をまだしていませんでした。この図は、上の図の黒点から赤線を引き算した「差」を描いたものです。125GeVから127GeVの間を見ると、やっぱり黒点が赤線より高くなっています。125GeVの黒点は20個分くらい、126GeVの黒点は30個分くらい、127GeVの黒点は50個くらい、赤線よりも上に飛び出していますので、もしこの山の中にヒッグス粒子が潜んでいた場合、だいたい100個くらいいるのだろうと推測できます。

ヒッグス粒子は未発見の粒子です。f:id:lhcatlasjapan:20120517041604p:image:w300:right過去何十年にも渡って研究者が探し続けていたわけですが、ついぞ見つかること無く逃げおおせて来ました。もし上の図の山が本当にヒッグス粒子によって出来たものであるならば、私たちはついにその尻尾を捕まえたことになります。上手くバックグラウンドの人ごみの中に紛れ込んでいるつもりかも知れませんが、着々と包囲網は狭まりつつあります。

もちろんまだ断言は出来ません。でもこの山の下には、ヒッグス粒子が既に100個くらい作られて埋もれている、のかも知れません。・・・どうでしょう、少しわくわくしてきませんか?

さて、この山が本当にヒッグス粒子によるものなのかどうか、きちんと検証するためにはもっとデータが必要です。今年の中盤・後半にはきっと何かしらの続報があると思いますので、それまでぜひ期待してお待ち下さい。


(上の図は今年春に出版されたATLAS論文から引用しました。大学のキャンパス等からアクセスしている方はこちらから論文を見ることが出来ます:Phys. Rev. Lett. 108, 111803 (2012)。それ以外の方は、こちらからフリーで見ることも出来ます : arXiv:1202.1414。ぜひ御覧ください。)

( 佐々木・山口 : ご意見ご感想はmoreinteraction@gmail.comまでどうぞ )

*1:無理矢理kgで表してあげると、1GeVは、0.000000000000000000000000002kgに相当します。

2012-05-06

ヒッグス粒子のお話【第2回】

| 09:19 |

まずは前回の復習からはじめましょう。

CERNには、LHCという加速器があります。これは陽子同士をぶつけることで、高いエネルギー状態を作ることが出来る装置です。衝突点からは普段身近に存在しないような素粒子、例えばヒッグス粒子などが飛び出してくる可能性があります。でもヒッグス粒子はものすごく短い時間で他の素粒子へ崩壊してしまいますので、直接見たり捕まえたりすることは出来ません。きちんとヒッグス粒子が出来たかどうかを確認するためには、ヒッグス粒子が崩壊した後の素粒子を検出してあげて、そこから推測をしてあげるしか無いということでした。

ではヒッグス粒子は例えばどういう粒子に壊れてゆくのでしょうか?f:id:lhcatlasjapan:20120506074523p:image:w360:right

いろいろな崩壊の仕方が考えられますが、その中でもまず真っ先に挙げられるのは「ガンマ線」です。あまり聞きなれない言葉かと思いますが、ガンマ線というのは「光」の一種です。性質は普通の光とほぼ同じ。ただエネルギーがとても(10000000000倍くらい)高い光なので、特別に「ガンマ線」というかっこいい名前が与えられています。もちろん単に「光」と思っていても差し支えは無いので、研究者の中でもしばしば「フォトン(=光子)」と呼ばれていたりします。

ヒッグス粒子はこのガンマ線2本に崩壊します。特徴的な崩壊の仕方なので、ヒッグス粒子探しでは一番注目を浴びています。

ところがこの「ガンマ線を2本検出」してヒッグス粒子の証拠にする方法には少しだけ問題があります。LHCはものすごく高いエネルギーで陽子同士を衝突させる装置です。ヒッグス粒子由来でなくとも、高いエネルギーを持った光が何本か出てくるようなことはしょっちゅう起こります。もしくは、検出器が勘違いをしてしまって、本当はガンマ線でないものをガンマ線だと報告してしまうようなこともたまに起こります。

そのため、「一回の衝突から2本のガンマ線が検出される」ということだけでは、本当にそれがヒッグス粒子から生まれたものなのか自信をもって判別出来ないのです。(この「ヒッグス粒子を探すのに邪魔になる事象」のことを、一般的に「バックグラウンド」事象と呼びます。反対にヒッグス粒子が出来た事象のことを「シグナル」事象と呼んでいます。)

さて、ではもっと積極的にヒッグス粒子の特徴を捉えるようなことは出来ないでしょうか?

人間だったら顔つきや体つき、髪の色に眼の色、といった特徴がすぐに思いつきますが、残念ながら素粒子に「大きさ」はありません。なので見た目の特徴というのは存在しません。

でも重さはどうでしょう?素粒子にも重さはあります。もちろんヒッグス粒子にも重さはあります。これを手がかりに出来ないでしょうか?

都合の良いことに、「バックグラウンド事象」は何か特別な粒子から光が出ているわけではありませんので、特定の「重さ」というものはありません。重さを測ったとしても、きっとランダムな大きさになるでしょう。これはヒッグス粒子との大きな違いです!

では二本のガンマ線から、ヒッグス粒子の重さを計算する方法について考えてみましょう。

ガンマ線は光の一種だということでした ー 光には重さがありません。だから、単に壊れて出来た光の重さを足しあわせても0kg+0kg=0kgですのでヒッグス粒子の重さにはなりません。おや、さっそく躓いてしまいました。ヒッグス粒子の重さはどこへ行ってしまったのでしょう?

実はここが素粒子物理学の不思議なところです。

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アインシュタインが今から100年も前に提唱した「相対性理論」によれば、エネルギーが高い世界では「質量」と「エネルギー」が(条件さえ揃えば)入れ替わることが可能です。

あるとき突然、1gの重さのモノが消えて、それと同じ分のエネルギーに形を変えてしまうこともありえたりします。逆もまた然り。エネルギーを集めてきちんと条件を満たしてあげれば、新たに重さのあるモノを作り出すことが可能です。

質量を「金の延べ棒」、エネルギーを「円」だと思えばだいたいのイメージとしては正しいと思います。普段はそれぞれで流通していますが、きちんと手間をかければお互いに入れ替えることが可能です。変換レートもきちんと設定されていて、(エネルギー) =(質量)x(光の速さ)x(光の速さ)といった関係式があります。

(これを数式で表すとE=mc^2と書くのですが、これは少し物理に詳しい人や、SFが好きな人ならきっと聞いたことがあるのでは無いでしょうか?)

話を簡単にするため、ヒッグス粒子が止まった状態で生み出されたと考えましょう。このヒッグス粒子は、すぐに2本のガンマ線へと崩壊します。この時のガンマ線2本分のエネルギーを加え合わせると、ヒッグス粒子の質量をエネルギーに変換した分になっているはずです。つまり、(ガンマ線2本分のエネルギー)=(ヒッグス粒子の質量)x(光の速さ)x(光の速さ)となっています。実際のヒッグス粒子は動いた状態で生み出されますのでもう少し複雑な計算が必要になりますが、大まかには同じ方法で質量が計算できます。

すると私達がやらなくてはいけないことは、「ガンマ線エネルギーをきちんと測定してあげる」ことになります。そのためにアトラス検出器に設置されているのが「電磁カロリメータ」という装置です。f:id:lhcatlasjapan:20120506080510j:image:w260:rightアコーディオンのような構造になっていますが、これは鉛と液体アルゴンを交互に重ねて束ねたものです。これが ー 手巻き寿司で言うとごはんのあたりに ー ぐるり円筒状に配置されています。

f:id:lhcatlasjapan:20120506081050j:image:w260:right

この中にガンマ線が飛び込むと、まずは鉛にぶつかります。エネルギーが高いため普段は透過力がものすごく高いガンマ線ですが、さすがに分厚い鉛の板が相手では素通りは出来ません。対生成という反応が起こって、電子と陽電子に分かれてしまいます(陽電子というのは電子の反対の電気を持った粒子です)。この電子と陽電子は元のガンマ線の勢いを引き継いで、すごい速さで飛び去ろうとします。そうはさせるかと鉛の原子核が引きとめようとするのですが、すると今度は制動放射という反応が起こって、電子・陽電子からガンマ線が飛び出してきます。こうしてまたガンマ線が生まれて、はじめに戻ります。

f:id:lhcatlasjapan:20120506084817p:image:w200:rightこのループを繰り返すたびに、粒子の数はねずみ算式に増えていきます。いわゆる倍々ゲームですので、あっという間にものすごい粒子数になってしまいます。当然「1つあたりの粒子が持つエネルギー」はどんどん少なくなっていくので、最後に残るのは大量のひょろひょろ電子だけになります。末広がりに粒子が枝分かれしていくこの過程は、遠くから眺めるとさながらシャワーのようですので、「電磁シャワー」と呼ばれています。

液体アルゴンの中に漂うひょろひょろ電子は、両端に取り付けられた電極から電気信号として読み出されます。この電気信号の大きさを調べることで、元のガンマ線エネルギーを知ることが出来るという構造になっています。

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先程述べたように、このエネルギーを足しあわせてあげると、元の粒子の重さを計算してあげることが出来ます。もし元の粒子がヒッグス粒子なら重さは一定になりますが、「バックグラウンド事象」ならば決まった重さは無いので、ランダムな重さを指し示します。(エントリーの最後にこの件に関して一つだけ宿題を出しておきます。もし時間があったらぜひ考えてみてください。)

ここまでわかっていれば、もうほぼヒッグス粒子探索の全容を理解したと言ってもいいのではないかと思います。そろそろ実学へと進みましょう。

次回は「ヒストグラム」というものの読み方を少しだけ勉強して、それからいよいよ去年のヒッグス粒子探しの結果を見ていくことにしましょう。


宿題:

東京ドームいっぱいのお客さんの中にクローン人間が変装して混ざりこんでいます。彼らは変装の達人なので外見では区別がつきません。唯一の手がかりは、彼ら全員の体重が同じであることですが、残念ながらそれが何kgなのかはわかりません。さて、どういう方法で彼らの体重を推定すれば良いでしょうか?また何人紛れ込んでいるか予想するにはどうすれば良いでしょうか?良い方法を考えてみてください。


( 佐々木・山口 : ご意見ご感想はmoreinteraction@gmail.comまでどうぞ )

2012-04-29

ヒッグス粒子のお話【第1回】

| 04:53 |

2011年末、CERNヒッグス粒子発見か?ということで湧き上がりました。日本でも幾つかのメディアに取り上げられたのでご記憶の方もいらっしゃると思います。

その時の結論は、

ヒッグス粒子発見の兆候は見えました。でもまだ間違いの可能性が少し残っています。2012年にさらにデータを貯めるので、それを使って解析をもう一度やって、それから最終結論を出しましょう」

ということでした。ですので、今年のいつかには(少なくとも)去年見えた兆候が正しかったのかについて結論を出す予定です。もし正しければ、科学者たちが約半世紀も探し続けた粒子の発見になりますので、物理学界隈ではちょっとしたお祭り騒ぎになると思います。きっとテレビ・新聞等でもニュースにもなるでしょうから、みなさんもぜひその輪に加わっていただきたいと思います。そしてその時に、ヒッグス粒子とは何なのか、どうやって探したのか、という知識を持っていると、より一層深い味わい方が出来るのではないでしょうか?

そんなわけでこれからしばらく、回を分けて少しずつになりますが、出来るだけ簡単に(高校生くらいを対象に)ヒッグス粒子についての説明をしていきたいと思います。よろしくお付き合いお願いいたします。

さて、初回の今回は、実験自体のおおまかな全体像を説明いたします。

途中難しい語句が出てきますが、これらは後で回を改めて順々に説明をしていこうと思っているので、今はまだそういうものなのかと思っていただければ結構です。例えば私たちが研究しているのは素粒子物理学という、「素粒子」を対象にした学問なのですが、この「素粒子」をイメージしていただくことさえ中々に難しいのです。「素粒子とは物質の最も基本の構成要素で、つまり原子も分子も人間も地球もこの素粒子でできている」と言ってしまえば簡単なのですが、実はこの素粒子達は真空から生まれ、気がつくとまた崩壊していなくなってしまう、といったように、常識では考えられないような不思議な性質を持っています。「ヒッグス粒子」はその素粒子ファミリーの中でも特に変わりダネですので、みなさんにうまくお伝えできるよう頑張ります。

さてまず、私たちがいる研究所ですが、スイス・ジュネーブ郊外にある、「CERN(セルン)」というところになります。ダン・ブラウンの著書で映画にもなった「天使と悪魔」の冒頭で登場する研究所です。(詳しくは、早野先生のサイトを参考にしていただくのが良いかと思います。)南はモンブランを眺めて、北はジュラ山脈に囲まれた風光明媚な研究所です。何千人もの物理学者がここに集まって研究をしていますので、さながら物理学者の村のようなところになっています。

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その地下には、「LHC(エル・エイチ・シー)」と呼ばれる巨大加速器(右写真の赤線)が建設されて、すでに稼働を開始しています。写真から分かる通り、町一つが収まるほど巨大なリング状の装置です。この装置は、「とてつもなく速い陽子ビーム」を作ることを目的として建設されました。「陽子」というのは、水素原子から電子を剥ぎとって残った「核」のことなのですが、これをほぼ光の早さにまで加速してあげます。

そのままではせっかく加速した陽子はすぐにどこかに飛んでいってしまいますので、LHCのリング中でぐるぐる回してあげます。

それが終わったら次にもう一本、また別の陽子を用意してあげて、反対方向にぐるぐる回してあげます。

ものすごい速さでぐるぐる回る陽子が二本。すると次にやってみたくなるのは、その二つをぶつけることです。とても小さいとはいえ(むしろ小さいからこそなのですが)、衝突の際にはものすごいエネルギーが小さい領域に集中します。その領域は、ビッグバンで宇宙が誕生した直後に近い高エネルギー状態になっていまして、現在の宇宙ではほとんど起こり得ないようなことが起こる可能性があります。

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その中の一つに、「ヒッグス粒子が生まれる」というのがあります。「高エネルギー状態だとなんで粒子が生まれて、それが宇宙の誕生直後となんの関係があるの?そもそも高エネルギー状態ってなに??粒子が生まれるってどういうこと???」と頭上にはてなが飛び回るかもしれませんが、今はそういうものだと思っておいてください。とにかくエネルギーをつぎ込むためだけに、LHCはひたすら陽子を速く回すことに注力していて、現在のところ、そして今後何十年も引き続き、人類史上最高の高エネルギー状態を作る装置として活躍する予定です。

ヒッグス粒子についての説明はまた回を改めて書くことになりますが、私たちの身のまわりに転がってはいないヒッグス粒子というものがもしかしたらーそれだけ特殊な状況になったらーぽっと生み出されてしまったりするかもしれないわけです。

さて、ではそうやって生み出された(かもしれない)ヒッグス粒子を、どうやって「見る」のでしょうか?

実はヒッグス粒子というのはすごく不安定な粒子です。ごく短い間に他の粒子へ壊れていってしまいますので、例えば顕微鏡で見るなどということは出来ません。ですから、折角ヒッグス粒子ができたとしても、確かにできたとわかるのはとても難しいことなのです。

ではどうするかというと、「壊れた粒子」の方を見てあげて、その壊れ方の様子から「あ、ヒッグス粒子が壊れたようだな」と推定してあげます。

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花瓶を想像してみてください。

花瓶をハンマーで横から殴るとバラバラに割れてしまいます。でも割れた破片から、もとが花瓶だったということはなんとなく分かります。破片を残らず集めてあげると、もとの花瓶の重さも分かります。壊れる前が複雑な絵柄だったとしても、破片を根気よく組み上げていけば再現できますね。破片の散らかり方をみれば、どんなハンマーで、どれだけ勢い良く、どの方向から叩いたか、といったことすらも推定できるかもしれません。

ヒッグス粒子の見つけ方も同じです。直接は見れなくとも、壊れ方や壊れて出来た粒子の様子を見れば、ヒッグス粒子の手がかりが見つかるのです。

とはいえ残念ながら、実際にはものすごく手のかかる解析作業が必要になります。そしてその解析をはじめるためには、なによりもまず「壊れた破片を残さず見つけること」が必要です。もちろん単に見つけるだけではなく、その壊れた破片の情報(何が、どのくらいの速さで、どの方向に飛んでいったのか?)というのを正確に調べて記録しなければいけません。これがまず第一です。

そのために作られたのが、「ATLASアトラス)」と呼ばれる巨大な検出装置です。

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全長44m、太さ22m、重さ7000トンという、ビルのように大きなこの検出器は、陽子と陽子が衝突する点をぐるりと取り囲むように作られていて、衝突後に出来る粒子を捉えて記録していきます。極微の粒子を対象にした機械が逆に巨大になってしまうというのは、なんとも皮肉な話です。

ここでいう「粒子」というのは、どんな分子・原子よりも小さな「素粒子」のことを指すわけですが、そんなに小さいものを「目で見る」ことはまず不可能です。さらには崩壊して出来た粒子というのは通常光の速さと同じくらいの超高速で動いていますので、ゆっくり調べることも出来ません。

ではどうやって破片集めをしているのでしょうか?

ーーー人類の叡智が結集しているのはまさにこの点です!

「見えないものを見てやろう」というのは素粒子物理の発祥以来、最重要の課題の一つでした。そして百余年に渡る技術革新の末、様々な方法が編み出され、改良されてきました。素粒子物理学の歴史は、検出器の歴史といっても過言ではないでしょう。その集大成の一つが、私たちのATLAS検出器です。

この巨体には、様々な粒子を、その特性を生かして捉えてあげるような各種装置がぎっしりと詰まっています。

次回はまずその中の一つ、ガンマ(γ)線を捉える、電磁カロリメータから説明していきたいと思います。

(佐々木・山口)