Hatena::ブログ(Diary)

たまスパ

20110117

moccur が delete-other-windows するのが嫌なので

ウインドウ分割しまくりなので、あの仕様はツラい。

別に elscreen-create してからでもいいけど、わりとストレスになってたので。

   (defvar my-moccur-cancel-delete-windows nil)

   (dolist (func '(moccur-search
                   moccur-search-files
                   moccur-grep-sync-kill-buffers
                   moccur-mode-goto-occurrence
                   search-buffer-goto))
     (eval `(defadvice ,func (around my-rc:moccur activate)
              (let ((my-moccur-cancel-delete-windows t))
                ad-do-it))))

   (defadvice delete-other-windows (around my-rc:moccur activate)
     (unless my-moccur-cancel-delete-windows
       ad-do-it))

ただ、これ、コマンド実行をキャンセルしたり、途中でエラー出た場合、しばらく delete-other-windows が使えなくなっちゃう諸刃の剣

いい方法ないものかな。

20101215

まぁいくらデフォルトの見栄えが好きといっても

さすがに見にくいので、とりあえず、公式のテーマを使うことにする。

id:antipop さんの Hatena::Let のための emacs 拡張を使って、hatena-let/edit を書く

Hatena::Let ちょー便利。でも、emacs で使いたいねって思ってたら、id:antipop さんが Hatena::LetのエディタをEmacsにする - delirious thoughts にて保存する手続きを公開されてたんで、define-derived-mode して作ったモードから呼び出せるようにするんと、deferred 使ってソースを取ってくるのと組み合わせたら、すぐにできた。

あと、 hatena-let/new とか出来るといいな。

     (defconst hatena-let-mode-map
       (let ((km (make-sparse-keymap)))
         (define-key km (kbd "C-x C-s") 'hatena-let/save-code)
         km))

     (define-derived-mode hatena-let-mode js2-mode "hatena-let" ""
       )

     (defun hatena-let/edit ()
       (interactive)
       (let ((buf (get-buffer-create "*hatena-let*")))
         (switch-to-buffer buf)
         (deferred:$
           (deferred:url-post 
             "http://let.hatelabo.jp/api/code"
             `(("api_key" . ,hatena-let/apikey)))
           (deferred:nextc it
             `(lambda (gbuf)
                (set-buffer ,buf)
                (goto-char (point-min))
                (insert
                 (save-excursion
                   (set-buffer gbuf)
                   (decode-coding-string
                    (buffer-substring-no-properties 
                     (point-min)(point-max))
                    'utf-8)))
                (hatena-let-mode)
                (goto-char (point-min)))))))

ありゃ、CSSが

さくらサーバCSS置いてたの忘れてた。

契約更新すべきかどーか迷ってる間に CSS が取れんくなったのね。

負け惜しみではないけど、実はCSSがない素の構造化だけの見栄えって結構好きだったりする。

20101205

ほにゃらら-hook ってないのかなーとか思ったときに

(let ((L ()))
  (mapatoms
   (lambda (atom)
     (let ((name (symbol-name atom)))
       (if (and (boundp atom)
                (string-match "-\\(hooks?\\|functions\\)\\'" name)
                (not (string-match "-mode-hook" name))
                (not (string-match "\\`ange-ftp-" name))
                (not (string-match "\\`bookmark-" name))
                (not (string-match "\\`comint-" name))
                (not (string-match "\\`custom-" name))
                (not (string-match "\\`cl-" name))
                (not (string-match "\\`byte-compile-" name))
                (not (string-match "\\`Info-" name))
                (not (string-match "\\`calendar-" name))
                (not (string-match "\\`cperl-" name))
                (not (string-match "\\`eieio-" name))
                (not (string-match "\\`tramp-" name))
                (not (string-match "\\`vc-" name))
                (not (string-match "\\`speedbar-" name))
                (not (string-match "\\`semanticdb-" name))
                (not (string-match "\\`semantic-" name))
                (not (string-match "\\`elscreen-" name))
                (not (string-match "\\`rmail-" name))
                (not (string-match "\\`dired-" name))
                (not (string-match "\\`url-" name))
                (not (string-match "\\`column-number-mode-" name))
                )
           (setq L (cons atom L))))))
  (dolist (a (sort L (lambda (a b) (string< (symbol-name a)(symbol-name b)))))
    (insert (format "%s\n" a)))
  (length L))

こんなのを書いて候補を絞り込みつつ探している私です。

id:lieutar
適当なワードを検索して得られたページのLast-Modifiedとかそのへんを持ってくると、クローラがどういうサイトを重視しているかってのは集計可能なんじゃないかとか、スパム業者はそういうリスト持ってるんじゃないかなとか。
スパム
ハイクのホーム、新着順表示を廃止するか最小化して、数時間ごとの人気エントリを表示するようにするとスパム問題の大半は解決するような。
ひとりごと
「テケリ文鳥」とかいたらいあいあかもねとか思ったけど、手を見たらとりあえず蹴ってくる文鳥って普通にかわいいじゃないの。
ひとりごと
「アザトースト」なる語を受信したので、さっそくレシピを検索しようとGoogleで「クックパッド アザトースト」と検索したのですが、選ばれたのはハイクでした。
お題 (省略可能)
http://www.gamesdbase.com/Media/SYSTEM/Arcade/Title/big/Ordyne_-_1988_-_Namco.jpg
id:lieutar
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20140919/20140919225914.png
インターン
http://yukkurisine.sakura.ne.jp/nnaro/waha/upfile/untan0.gif
インターン
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/cb/Japanese_Rentan_with_FireStarter.JPG/200px-Japanese_Rentan_with_FireStarter.JPG
デザイン
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20140919/20140919221505.png
うちの近くで起きた事件事故
ふつうに殺人事件とか児童虐待とか起きます。
こんな惑星はいやだ
どう受け止めていいか戸惑わされるはてな星
しりとり※ただしシイタケに限る
http://agri-iwaki.com/wp-content/themes/aguri/img/topimg.jpg
id:lieutar
不気味の谷現象については、「谷」で例えられるあのグラフに問題があると思っている。別指向でのリアリティの追求の結果を同一軸に並べる事に問題があるのであって、おそらく表現の方法論ごとのグラフを作ることが出来るならば谷は出現しない。どちらかと言えば一つの軸に並べられると言う錯誤が生まれる心理現象の方が興味深い。
納得がいかないこと
スパム高い。
id:lieutar
自画撮りやら「歌ってみた」「踊ってみた」をイタいと言う心理はわからんでもないが、「あれってイタいよね」みたいな風に共通理解を作りだそうとする行為はイジメそのものなので、同調しない事が最も良い結果を導くように思う。ここにあるのは嫉妬なのだが、それは間違っても「あんなに可愛く自分を作れない」事に対しての嫉妬ではなく、自らが自らに禁じている行為を易々と乗り越えてしまう自由さに対しての嫉妬である。ネットでの承認収集活動の結果、ストーカーまがいの奴等を集めてしまうとか、承認渇望状態からとんでもない人物と深い関係をもってしまうとかと言うようなリスクはよく知られる事なので、そのように自身を律する事そのものはそれほど筋の悪いものではないとは思うが、それは「誰にでもあてはまる規範」と言うものではないのではないか。まぁそういう活動が差別の追認になるのではと言う筋もなくはない。しかし問題はその形は役割の固定に対する批判であるべきで、役割の存在の否定になってはならず、ある役割を望む人がいることそのもの批判の優先順位としては低いものではないだろうか?
しりとり※ただしシイタケに限る
桁石にしいたけ
スパム
スパムはティッシュ配りのバイトみたいなもんで、実行犯にとっちゃスパムの効果以上にばらまいたと言うアリバイが重要なんじゃないだろうかと妄想。あと、はてなってわりと秒速でクローラの来るところだし、被リンク数稼ぎとしては美味しいのかなと言う気もするけど、最近のSEOのトレンド的に被リンク数ってのがどの程度のものなのかよくわからない。
わたくしの主張
「加藤あい」を画像検索して現われる阿藤快は、 459枚目「阿藤快」を画像検索して現われる加藤あいは、33枚目みんな、均衡を保つべくもっと阿藤快の事を考えるんだ。
今脳内に流れてる曲は?(リアルでかかってなくてOK)
http://i4.ytimg.com/vi/QQK7UT8UPmY/default.jpg
しりとり※ただしシイタケに限る
賢帝しいたけ
id:lieutar
ご回答ありがとうございます。私の憲法というものについての解釈は、ソースが主にネットで試聴できる報道や社会現象についての解説の番組で、それら番組での宮崎哲弥や宮台真司、橋爪大三郎といった人々による解説を元にしているので、大元は小室直樹氏になります。小室氏の目立った活動と言うのは基本、近代を指向した国民啓蒙活動だと思います。憲法の解説書である「痛快!憲法学」にしても大衆誌であるプレイボーイの編集長が発行人です。そういった中で分かり易く、猶且つ問題のあまりない形に丸めているでしょう。宮台せんせや橋爪せんせといった学者は、仮にそれ以上の事を理解していようと、小室せんせの解説を使えるフレームワークとして利用し、やはり大衆向けメディアで解説をしているのだろうとも考えられます。それほどに支持され、実績のあるフレームワークであれば丸めたものであっても信用して良いのだろうと思っていますが、やはりきっちりとした理解との距離感みたいなものについては興味を持った方が良いのかなとも思っていまして。その解説は、近代憲法の起源として、アメリカ合衆国憲法を挙げ、合衆国独立時の物語とともに語るような形のものです。合衆国は英国王室からの独立を勝ち取るわけですが、独立を維持する為にはやはり軍隊等を含め大規模な社会の連携が必要であり、その為には統治権力が必要となる。しかし合衆国側で当時の英国王室のようなかたちの権力、王を抱いてしまえば、また英国王室が、彼らを新大陸においやってしまったような圧政をまた統治権力が行なってしまうかもしれない。そうなれば合衆国と言う国家が何の為に建設されたかと、国家の存在理由を危うくしてしまう。なので、国民は統治権力を樹立し、それを一部の人々に委ねはするが、あくまでそれは一時的なものであり、その権力は国民の意志に由来するものだ。それを忘れないように契約書の形で残したものが合衆国憲法であり、以降この形を用いたものが世界に拡がって行くと言うものです。契約書なので、権力は契約書に書かれていない事をやってはならないし、またその契約は国家を存在させようと言う意志の元になされたものであるから、存在意義をも定義するものであると。その線で解釈する限り、国民の義務を定義するかのように見える部分は、統治権力のように「そのように法整備せよ」と言うことであったり、基本的な価値、意志を述べているものだと解釈しています。「自分は間違うべき存在ではない。しかし自分は間違う存在である。即ち自分は宿命的に罪を背負っている」と言う脆さ、危うさを理解し、その害を最低限に食い止めるべく我々は理性を用いるのだと思います。数学が何度も直感を超えた真理を明かにしてきたように、論理はヒトが考えなくともそれ自体が道を示し、またヒトの誤ちを見付けだすものです。そういった技術を供え、尊重することにより、はじめてヒトは近代的人間たることができると思うわけですが、近代国家もまた誤ちを克服する為の技術を内包したものだと思うのです。法を含む制度と言うものは社会の理性です。それが有れば良いのかと言えば、それは免罪符ではなく技術なのだから、その身体にあったものを開発し続ける必要がある。ヴァイマル体制は一見理想的ながら、セキュリティホールを抱えていた、故にドイツはそういった障害の再発を防ぐべく対策を打ち、それが効果を上げているように見えます。翻ってわれわれの社会はどうかと言えば、そもそも前提となるべき自身への恐怖が、WW2のような筆舌に尽し難い悲劇を経験してですら、一代限りの揮発性のものとして残らないものです。そういった中で間違いを拡大しない仕組みを作る為には、実のところドイツ以上に細かな前提条件の意識化が必要なのではないかと思えるのですが、そういった高度な制度化の試行錯誤もあまり見られないまま、むしろ近代に背を向けている状況と言うのが恐しく感じられているのです。
しりとり※ただしシイタケに限る
消し炭と化したしいたけ
id:lieutar
腱髄師と言う当て字をすると、板垣恵介氏や、山口貴由氏方面の、独自のエロスを持った格闘ものの香りがする気が
しりとり※ただしシイタケに限る
ケミカルしいたけ
id:lieutar
ケントと名付けられた牛についての情報を検索し、「これが本当のケント牛やー」とか言おうとしたのだけど見つかったものは、名字が Bull の Kent さんと言う人の facebook で微妙すぎる。
それはしいたけではない
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20140918/20140918205125.jpg
id:lieutar
[○○ノミコンによればここに三本の矢がある] 一本目は評判の良い武器商から仕入れた扱いなれないが立派な矢だった。二本目は家に伝わる数々の戦場をくぐりぬけた矢だったが朽ちていた。三本目は最初から折れていて使いものにならないものだった。一本では簡単に折れる矢も三本束ねるとそうはいかないらしいが、実質あるのは一本だけだった。だけど、まだ三本あるつもりなので、そのままより過酷な戦地に赴くのだった。
尻の臭い動物と言えば?
http://www.fandompost.com/wp-content/uploads/2011/10/Squid-girl-Season-2-Episode-4.jpg
id:lieutar
夢をモノクロで見る人の方が多数派と言うのはずいぶんと奇妙な事だとは思っていたけど、その統計は近年おもいっきり逆転しているらしい。結局のところ夢なんてものは「見る」ものではなく、他の記憶と同じく思い起すものであり随時再構築していくものであり、構築のソースは睡眠時の身体の反応でしかない。オートマティズムの過程は夢の過程と等価であり、「何を見たか」と言うものはその人のボキャブラリの中から構築される。モノクロで見る人が多いと言う統計の頃は、カラー映像が乏しく、映像的体験として意識されるものがモノクロだったために、ボキャブラリがモノクロのものに偏っている事が多かったからではないかと言う解説を読んで、なるほどと思ったものの、ではモノクロ映像が一般化されるよりも前の時代はどうだったのかと言うことは気になる。
id:lieutar
確実にマウントをとることが出来、猶且つその行為を見せ付ける事が喝采を集めやすい相手を見付け、誰よりも早くマウントをとるような姿を見て、喝采を送りたくもなし、かと言ってマウントをとられている人を養護するだけの積極的な材料も見付かりにくそうでもんやりしている。
id:lieutar
たとえば、現状の政権中枢と反人権団体との関係を探る事などが「特定秘密」の要件などにあてはまると強弁される可能性はないか、一応注意しておいた方がよさげ。まぁおそらくあの法は実際に立件して訴訟リスクを招かないよう、単にガサ入れや、報道への脅しとしてのみ用いられるのではないかと思ってはいるのだけど。
id:lieutar
[しゃかいちょうこく] ふつういきものは適応さえできれば満足なもので、ヒトも例に漏れず。適応主義者が多いのは、それが自然だからであり、適応主義だけではマズいのはそれが文明的ではないからである。んで、ここに対立関係が生じてしまう段階と言うのは文明として未熟で、素朴な適応主義から脱する事が適応に繋がると言う状態を作るって事こそが重要なのだと思う。
id:lieutar
アナと雪の女王は見てないけど、とりあえずカラオケヒットチャートとかで出てくる「ありのままで」のPV見てると、ディズニーあいかわらずすげぇと。ああいうモデルに自然な芝居をさせるところと、音楽と映像の一体となった表現とかとってところなのだけど。ところで「ありのままで」みたいなことってのは、個性論争みたいなことのぶりかえしに過ぎず、結局のところは自分の身体からは逃がれられないし、自分の身体に留まっていてもダメって事で、(2)「ありのまま」から発展する為には(1)まず「ありのまま」の自分を認め、その上で発展の為の戦略と戦術をたてるってこと。んで、(1)の段階以前で躓くことってのはしばしばあって、それはあまりにマイナーで適応の技術のサンプルが無い身体をしているが為に、とりあえず自身の特性の引き起す問題を塞ぐ事に終始する以外に打つ手が無いと感じられる状態で、こういう人は「ありのまま」の自分を否認する事をまず乗り越えなきゃならんから「ありのままで」と歌うことができる。たぶん映画はそういうものだったのじゃないかしらと。んで、問題あるのは(1)の段階なんて乗り越えているのに「発展なんてしなくて良いよね」と言うナルシシズムが病的になっている場合。「ありのまま」や「個性」を叩く人と言うのはそれを叩くのはわかるけど、しばしば(1)以前にいる弱っている人にまで殴りに行くとか、自身が(1)以前にいる認識がないままだったりとかって事がしばしばあって、このへんの錯誤の禍根は、多分地上から消える事がない。消えないなら、人間社会の「あるある現象」として愛す道もあったりするのかなとかも思ったり。
id:lieutar
すみません、ちょっと一点だけ質問なのですが、憲法に国民への命令が無い事についておそらく多数説が「当たり前」としているのは憲法の位置を、国民を差出人とした、国民自身が樹立した代々の統治権力(公務員)に対しての契約書としている、故に定義上国民が守ると言うオペレーションが存在できないものとしているものだとは思うのですが、そうではない、少数説の方は憲法の定義が異なるのでしょうか?憲法学者の中にも、「憲法は国民から統治権力への契約書である」と言う立場をとらない人がいなくはないと言う事も聞いたことがありますが、それは単にそういった人々が少数派なのか、そうではなくて先の定義が私を含む専門的な法学的思考の枠組みを持たない者にわかりやすく丸められた解説に過ぎないのかがちょっと気になっています。
はてなハイカーあらぶれ!
http://www.designboom.com/contemporary/dubai/88.jpg
はてなハイカーあらぶれ!
うらぶれてます
id:lieutar
基本、アイドルは苦手なんだが、Dream5はツボに入った。女の子だけ、男の子だけアイドルってのにうんざりしていたのかもしれん。あと、ダンスが十分にハードな感じがするのも良い。「かわいい」ばっかりで100%埋め尽されたものは、なんか魅惑的な擬態で近付いた虫を殺してしまう食虫植物みたいな怖さがあるので、近寄り難い要素、「スゲェ」って要素がわかりやすくあるものでないと安心できん。
赤ちゃんはてなハイカーあばばぶー!
[今日のうんち]
フラゲ
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3b/Buckminsterfullerene_animated.gif
はてな
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20140916/20140916211733.png
あなたのキャラ設定を教えてください
死んだ魚のような目をした魚のような生き方をしている
大迷惑な存在なのだ
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20140916/20140916210732.png?1410869253
未来のはてなハイクを予想する
しりとりしてると思う
何かを受信
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/29/23d_Flying_Training_Squadron_UH-1.jpg/300px-23d_Flying_Training_Squadron_UH-1.jpg
魚っぽくする
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20140916/20140916134426.png?1410842667
id:lieutar
[ぼんやり] その主張はどうあれ、何かを攻撃するのに社会を表象するものを背負うことを禁止できたらいいのになと。日の丸やアニメ風のキャラ絵を背負ってヘイトスピーチとか言語道断だし、基本的になんらかの主張をすること、そしてその結果誰かから何かを奪おうとするのならば、その発言をする主体の強い責任感によって行われるべきだし、「私はこう思う」のではなく「この社会はこういうものだから私は従うのだ」と言う物言いの醜悪さは野放しにして良いものではない。
id:lieutar
ドイツがネオナチ的な動きに対して極めて厳しいのは、自分自身に対しての恐怖が極めて強いためだ。おそらく日本にも自身に対しての恐怖と言うものはあったと思うけれど、それはあくまで戦中、大人だった世代の、1世代限りの感情に過ぎず、その世代が引退して行くにつれどんどん社会からタガが外れて行っている。同じように全体主義的政治体制を生んで、その体制が悲劇を生んだと言うのになぜ日本はドイツのようになれなかったのかと言うことについては、以前、gstav5さんにも教えて頂いた通り、そもそもその体制を作った事に対しての責任感を共有しにくい歴史があったと言うことだけれど、さらにドイツの方はヴァイマル共和国が一見民主主義としては理想的な制度を作れたと言うこと、その上にナチスを作ってしまった事こそが責任感や緊張感の源泉となっていると言う解説が荻上チキ氏のsession23でされていた。と、なると、おそらく日本は今後このまま体制が崩れて行って誰の目にも明白な悲劇を生み、その反省をしても現状のドイツの足元にも及ぶことは出来ないのではないだろうか?戦後体制は自ら獲得したものではなく、GHQの保護の元ようやっと作った上で、しかも牽制など近代国家の仕組みの上での問題があろうとそれを改善するどころか、押し付け妄想の上さらに明後日の方向に破壊しようとしている社会が、悲劇的な結末を招いたとしても、それは何もやっていないが故の必然でしかなく、そもそもフェアな体制やその成長への意志が存在しないのではないだろうか。この国の状態はヴァイマル共和国を革命によって打ち立てた、やがてナチスを生んでしまう100年ちかく前のドイツにも追い付いていない。
今脳内に流れてる曲は?(リアルでかかってなくてOK)
http://i4.ytimg.com/vi/j6fIcnriH24/default.jpg
最後の一文字を書かないしりとり
ナム
もやもや
英語駄洒落として「親し気な湯呑み」と言うものを最近受信しまくるのだが、投下キーワードとして適切なのがなく、さりとてキーワードを作るのはなんか通じにくいだろうって事で憚られるとかで。
最後の一文字を書かないしりとり
ンドゥー
最後の一文字を書かないしりとり
アホロート
id:lieutar
まぁ正直なところ「再発防止」と言うのもちょっと問題かとも思ってる。そもそも報道にカネを払うと言うことは、なんらかの事象の細部を削ぎ落してもらうこと、偏向そのものにカネを払うと言うところがあるからだ。だから昔からより興味のある事象については様々な主体による記事を、その主体の性質を鑑みながら評価する必要があるとされていたわけで、まるで「朝日だけが影響力を持ち得る新聞だ」と言わんばかりの叩き方の方がむしろ異様なのよね。あと、それに加えマスコミへの信用度の国際比較みたいなところで比較的上位に来る社会ってのも、これマスコミ以前に文化の問題をマスコミに全部背負わせようって感もないわけではなく。
id:lieutar
マスコミのありかたの問題を特定の新聞社の問題に矮小化してしまう事の害の大きさを問題視する意見も、その矮小化されたフィールドに立つ限りにおいて、「養護」か「糾弾」かと言う形でしか見えない馬鹿馬鹿しさを見ると、なんかもう近寄りたくねぇみたいな感じなんだが、至るところ近寄りたくねぇ景色に絶望するとともに、それでも街の衛生状態等が半世紀ほどの時間をかけ向上している事と同じ事が言論空間にも起きる事を期待するのだった。さてジャーナリズムの件については矮小化せざるをえない主体というものもある、とくに当の朝日新聞社自身は最も「これはジャーナリズムの問題である」と言うことは自身の膿出しを終えた事を証明すべく、第三者機関など再発防止の仕組みを用意しない限りは最悪の欺瞞となるだろう。慰安婦問題で日本が「だって他の国だってやってたのに!」みたいな事を言えないのと同じで。だけどそれ以外の者が朝日さえ叩ければ良いのだと言う態度で、他にも同様の問題は無いのかを探らないのであれば、少なくともそのような態度は「マスコミのありかた」と言う問題意識においては有害でしかないし、こういう指摘を「バカにしている」と言うのであれば「私は確信犯である」と言う告白だろう。
id:lieutar
いかんな、ネット利用の形がろくでもなくなってきている。ニュースを見てストレスを受けて落ち込んで、少しでも気の晴れるニュースはないかとブラウズをしては落ち込んで、それを解消するニュースはないかとブラウズしては…みたいなろくでもなさ。
ランドェ・・・
http://hydra-media.cursecdn.com/minecraft.gamepedia.com/4/4f/EnderdragonFlying.gif
違う
http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/images/2012/03/30/yoshimoto.jpg
id:lieutar
あーそうそう、この方向での内需拡大ってのは当然アトム化完了の時点で終焉を迎えるわけで、んでまさに終焉を迎え、内需の伸び代がなくなった今種明し的に出てきた話かどうかってのは注意して見て行かんとダメなんじゃないかなーと思う。あと、従来型のセーフティネットが機能しなくなったあと、地域の再興とか、古き良きイエとかってのもいずれにせよムシが良いっていうか隣の芝生を永遠に追い掛けているものになりかねんよねと。結局今の路線のまま、よりフェアにって方向を願うばかりなのだが。
id:lieutar
ネオナチ代表との2S写真について、山田代表が「メモをとる程度のいちスタッフだった」と言うのであれば「しゃーないのかな」って気がするが、その雑誌が「嫌韓流」の作者や、在特会関連の人物が度々寄稿する「撃論」なる下品極まりない誌名のものだったとあれば、その対談の内容ってのがスゲー気になるのだが、あくまで穏当な内容に編集部側の意向でカムフラージュされたものか、過激な内容があるなら嗜めるようなものでなければ言い訳はできんのじゃないかと思う。と、言うか、あと献本を受け、事務所側から対談の掲載を断わる旨を打診すべき内容のものでなかったのかとか、そもそも献本すらないものだったのかとか、そのへん。
ひとりごと
「ディープブルー海底神話」「海底大戦争」などをマージャンゲームのタイトルだと言いはる
id:lieutar
そーいや浦島太郎的物語とか、不老不死を獲得したが愛しい人達が先に死んで行くのを見るのが辛いとか、その手のものが正直ピンと来ないことを思いだした。「そこからまた始めればいいじゃん」とか思うのだけど、まぁ問題は浦島太郎的だと周囲がそういう人物だという前提で、しかも好意的に接してこない場合は適応が難しく、場合によっては社会に殺されかねないって事はあるのかなとは思うけれど、不死身の身体の方はなんとでもなるだろうと思う。
id:lieutar
目に映るものの9割が気に入らないのは自分の抱えるストレスのせいなのか、それともやっぱりいろいろなものが酷くなっているのか、鬱陶しいものまでよく見えるよう観測の力が上がったのかよくわからない。
id:lieutar
核家族化によって何が変わったっての、いろいろあるのだけど、最近気がついたのは祝日の日の丸の掲揚がなくなって行くのは核家族化によるものではないだろうか。別に自分は日の丸に対して特別な思い入れがあるわけではなく、そのこと自体に肯定も否定もしたくはないが、核家族化することによって祭の空間としての性質を失い、生活の空間となっていったのではないかと。もしかすると、そういったことで宗教産業のインカムの減少はあるのではないかと。日本会議的バックラッシュはとても経済的力学によって起きているものではないかと思う。反市場主義が、反知性主義の形で現われているのだ。そのようなカルト化と言う表現型は精神的、文化的な貧しさを背景にしたものというようにも思えてしまう。
id:lieutar
「市場の要請としての核家族」と言う視点は、おそらく旧来の地域社会が抑圧していたものから開放するものとしての核家族と言う視点に対置されたものではないだろうか。その対置がなければ核家族型社会はそれまでの地域社会よりはよくなったと言う点しか見えなくなる。ここで重要な事はあるソリューションは常に銀の弾丸であるとは限らないと言うこと、そうではないのに銀の弾丸であるかのように喧伝する欲望があると言うことで、間違ってもソリューションそのものを否定したり、ソリューションが現われる以前をユートピアのように捉える短慮なのだろうな。
る動詞
頭脳戦艦ガる
る動詞
ナコルる
浦島太郎の新しいエンディングを考える
http://cdn.yourepeat.com/media/gif/000/840/571/ffbc89b667b8bc87437a1cbb87f7d9cc.gif
浦島太郎の新しいエンディングを考える
玉手箱を明けると、そこには箱庭のような砂浜があり、小指の先ほどの男が亀を救っているのを見た。
id:lieutar
いやまぁ病院での時間潰し程度のブラウズね。ヒマだろうからと抱えていったのだが、待合室に竹書房の4コマ雑誌があったのでパラパラとめくってみた。フリテン君的なオールドファッションなものはもはやなく、かといってまんがタイムきららのような形での垢抜けもなく、その中で異彩を放っていたのが「ぼのぼの」だったのだが、なんかスゲー荒れた絵に感じてしまった。それはそうと、最近マンガに触れる機会が減ったせいか、ほとんどマンガが読めない、どこが面白いかわからないって気分になった。そういう種類のものに触れない間に構築されたコンテクストが読めないのかなんなのかよくわからん。
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ひさーしぶりに精神分析学入門をブラウズしてたら、ドイツ語部分を模様のように読み飛ばしていたのが自然と読む気が起きてた。最近サボりっぱなしだけど、ちょっとは足しになっていたのだなと。
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&#34;Seriously?&#34; と言う台詞を聴くごとに、スリーアミーゴス的な構図のシリア人トリオ(とてもまじめ)みたいなものが脳裏を過るのだが、シリアは本当に駄洒落も寄せ付けない程に serious な状況で、むしろそういった中では、シリアスな人ほどジョークで励ましあったりするのではないかとか、ともかく国内はぐちゃぐちゃだけど、国際的にも退っ引きならん状況になっているのだなと、まぁそんな中で気をもんでも仕方がないじゃないかと言う意見もあるかもしれないが、気を揉むことこそが一介の市民の仕事と言う気もしたりしつつ、目に飛び込んだ読売の一面はものスゲーデカい字で朝日プギャーしていただけだった。それぞれの「ぼくのかんがえたさいきょうのいちめん」とかも想像しておくようなエクササイズも必要かとも思うが、まぁそんな段階をとっくに越えた世相ではある。いや、でも基本は大事。
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自分にとってふつーに聴きやすい新しい国産の歌に最近出会いやすい気がするのは、自分の状態の変化なのか、youtube のアルゴリズムの変化なのか、音楽業界の変化なのかよくわからない。全部変化するものなので、いやまぁ全部変化するものだし、その主要な要因って決められたとして何によって?
今聴いている音楽
http://i4.ytimg.com/vi/tcW4MKqg15c/default.jpg
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「報道の死」については、おそらく現状のドタバタによって起きたと見るよりは、とっくに死んでいたが、それでも辛うじて機能していたものもさらに機能不全に陥いって行くってところなのかなと言う気はする。多分それは一般の人々がなんだかんだと言いながら情報ソースとしてアテに出来るように思っていたと言うことだったり、思い思いの憶測からデマを流す事や、扇動されてしまう事に対しての慎重さを担保する安全弁としての権威の喪失ではないかと。無論、そのことについてマスコミ自身の責任は重いのだけど、放送法のありかたやマスコミの垂直統合っぷり等に声を上げて来なかったのは誰かと言うことを思い起すべきなのだろうな。
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悪質なツイートの数々を見て、「これが日本人の程度だ」と言うのはまぁいいのだが、そういった悪質な奴らの割合なんてものは定量化して表現できない以上、十分に多言語を血肉化しない限り比較できない事なのだった。んで、恐らくはそういう種類の人間の割合と言うのはそんなに文化的な差が無いのではないかとも思うけれど、そういったものの害をどのように減らす事が出来るかと言うものなのだよなと。んで、よく言われるように日本社会が階級が不可視化されていたり意識に登る事があまり無いため、「分相応」の意識が働きづらかったり、あるいは愚かな事をする奴らの行為に差別が少いが為により心を痛めてしまうと言うこともあるのじゃないかと、だとすると、それは良くもあり悪くもありと言ったところで、だけどその差別の無さ故に行動規範が定まらず、全体的に下に引っぱられて行く傾向もあるのではないかとも思う。
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「番頭はん、南を甲子園に連れていって」
どっちやねん!?
http://aomikamica.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_6b4/aomikamica/zokubantouhantodecchidon.jpg?c=a12
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学生時代、針金で適当な台を作って、上に100均で買ったゲーセンとかに置いてそうな金属製の灰皿を載せ、ポプリを盛って、下で蝋燭を燃やしていたのを唐突に思いだしたのだが、今から思えばあれは単に火遊びをしたかったのだなと。そういや当時購入した伽羅のお香、まだ使い切らない。いい香りなんだけどね。
そんな学研ひみつシリーズはない
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20140911/20140911162009.png?1410420011
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なんか育鵬社教科書のシェアの図を見てると、我が母校の中等部に採用疑惑が…別に母校に愛着は無いのだが、一応私学の進学校で採用ってどんだけなんだよと言う気持と、まぁもともと経営陣が自民や宗教右翼との関係が深い学校だったしなぁとか。
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あかん、「クマラスワミ」を「鳩摩羅什っぽい名前」で覚えようとして、今度こそうまく行くかと思えば「クマラワスミ」と…
今日wikipediaから得た知識
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20140911/20140911131919.png?1410409160
それはスピッツではない
http://dogbreedspictures.net/images/American-Eskimo-Dog1.jpg
カツオ人間
さかなクンさん的な衣装のサイズがものすごく合わなかった結果の姿
ひてりごと
それはそうと「ひてり」部分はわりと「にしこり」に近い気がするんだ。
ひてりごと
このキーワードがどのような経緯で作られたのか、qwerty 配列で、oとeはとても遠いが、dvorakでは隣接しているところから、dvorak配列ユーザの typo なのか、それとも手書き認識で「と」を「て」として認識された結果なのかと言うのが気になるところなのだが、それ以前に自分がなぜこのキーワードを掘り起したのかと言うことについての記憶がまるでなく、辛うじてハイクについて残っている直近の記憶と言えば、「天王洲アイル」の「ズアイル」部分とエグザイルを絡められないか、しかし出来たとしても相当に辛そうだし、投下するキーワードって何が適切かをすこし悩んでいたことぐらいなのだった。
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そんな学研ひみつシリーズはない
こっかのひみつ
今脳内に流れてる曲は?(リアルでかかってなくてOK)
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津田大介氏はネットなどで写真を見るとそれほどでもないのだけど、映像で見るとなかなかの巨漢で迫力があるように感じるのだが、一体どのぐらいの身長があるのかとか、どっかに情報が無いか調べてみると、マキシマム・ザ・ホルモンの人も「津田大輔」なのだと知ってなかなかの迫力もの揃いに驚くなど。
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daybeforeyesterdayさんの栄養バランスが気になって仕方がない
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正直、昔の自民党は今よりはマシだったんじゃないのと思っている方なので、出来る限り「今の自民党」「清和会一強の自民党」と言った言い方をしたいし、まぁ今の自民党に残っている人でも、河野太郎氏やら柴山昌彦氏ら等、折に触れマトモそうな事を漏らしている人々もいないことはないので、絶対に復旧の可能性が無いとは思わない。だから、「ネオナチ系出版社と自民がズブズブ」とかじゃなくて、「ネオナチ系出版社と今の自民の主要人物たちがズブズブ」とかもうすこし限定した言い方の方を好むのだが、それはそうと「ズブ」ってガンダムに出てきそうな感じがする。水陸両用。
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人口知能学会の表紙問題も、不和雷蔵さんのように結構な知的体力をお持ちに感じられるような人でもまるで理解しないままなんでもいいから論争そのものを馬鹿馬鹿しいものにしたいと言う態度を露わにしていたようで、あの論争自体の意義の高さを感じた次第。いやさー、あの論争においては差別が主な関心事で権利の問題なんてあったとして副次的なものでしょ?「当時あれだけ女性の権利云々と大騒ぎをしながら叩かれておられた方々は、この〆方を見てどのような感想を抱かれるのだろうか。」みたいな〆って全然わかってないなと言うことと、全然わかってないと言うことは、わかってない事もわかっていないって事を示すんだなと感心するってことと。そういった事で異議申し立てをした人々を自分は称えたいと思うのだが、その異議の申立の様式は「いい加減にしてくれ」であって、おそらくそういった運動が力づよくある事によって「良い加減」方向にすこしだけ修正されるところはあっても、運動があり続ける限りにおいてやっぱり「良い加減」からは遠い地平にあるのだなと。しかし正直これは表現や欲望の流通の問題であって、実のところ個々の欲望の形がある事そのものを問題にする人と言うのはいたとして少数派で、多分コンビニとかで今日日ウナギを安く販売するって看板をみて「いい加減にしてくれ」ってのに近いものだと思うのね。ウナギだって「売れる商品がある」「同業他社を出し抜くべきである」「出し抜く為には安く広く売るべきである」ってだけのゲームに乗ってて、その結果が食文化の持続性や、生物多様性に対しての意識がまるで無く、深刻な結果に繋がりそうなことが問題なのであって、商社のゲームそのものを否定するものではない。女性性の表現についても、イラストを描く方なら「女性性を消費する市場がある」「その中で同業他者を出し抜くべきである(より魅力的に表現できる力を持つべきである)」となったと言う事に対し、どういったものを提示するかと言う責任の問題。イラストを採用する方なら、女性性への欲望を含む表現を用いるとして、それが短絡的なものに過ぎないのであれば、出来るだけ必然性について考えると。んで、自分は学会誌の編集部に対しては批判へのリアクションとしては「不器用な形でもよく頑張ってるよね」って印象で、わりと好感はもってる。最初は多分SF文化への憧憬みたいなものしかなかったところに、物語の付加って形で答えようとした。採用したイラストレータの顔も立てようとした。そういった事の背後にある胃の痛さってのはやっぱり感じてしまうのよね。そんな感じで、あの騒動については双方お疲れ様って感じだった。
クロックノールって
Neverまとめされてたどうやらクロキノールで間違いない模様。オイラはクロキノールについて適当にそれっぽい綴りを試して Google先生のサジェストに任せて導きだしたわけなのだけど、ネットさえ用いれば比較的簡単に出る答なので、宮内庁の人はゆっくり調べて答えたのではなく、突然記者に質問されてテキトーに思い当たるフシを答えたのではなかろうか。しかし、そのような形であったとしても「クロッケット」とかマイナースポーツを答える宮内庁の人たちの生きてる世界が違うんだな感がすごい。
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再起下降パーサを関数型の実装からOOに変えようとしている。OOだと何が問題になるかと言えば、再帰的定義の文法で、無論、これが問題になるのは関数型の実装でもだ。関数型の実装の場合は、再帰的定義はパーサの実体を遅延評価する事で実現していた。すなわちvar lazy = function(build){var thunk=null; return function(){return (thunk ||(thunk=build())).apply(this,arguments);}}var g = lazy(function(){ return seq(union(empty, g)); });のような形。これが良いのは、Gの実体が promise であろうと、thunk であろうといずれにせよ関数であり、関数としてのインターフェイスをそのままに用いる事が出来ると言うこと。これを OO化するには、やはり同様のインターフェイスを持つ LazyParser オブジェクトみたいなものを作り、実体の計算プロセスを内包させることではないかと思う。ともかく関数型のときの lazy は使えん。
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富田ノートと言えば、靖国に昭和天皇が参らなかったと言う話をまず思いだすわけで、とりあえずそのへんについての小林よしのり等の、「天皇の意向なんて知らんもん」一派の言い分ってのは「天皇陛下がたまたま優れた人格者であったから良いかもしらないが、天皇陛下がヒドい奴だったらどうする。天皇の意向だからと言って従うのは危険だ」と言うのは一見もっともらしいけれど、一方でこの国の精神についてずっと直面させられ格闘したいち個人の意見としても黙殺すべしと言うのは、ひとつは天皇と言う身分の残酷さを全肯定し、人間をその座に押し込むことを際立たせるもんで、とりあえずいい加減そういうのやめようよって風にしか。それはそうと、明治天皇は田布施の大室寅之助説の人たちは、昭和天皇のこの振舞をどう説明しよーとしているのだろーか。「血縁は無い」みたいなものかしら。
クロックノールって
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7a/Crokinole_01.jpg/250px-Crokinole_01.jpg
クロックノールって
http://www.unileverfoodsolutions.co.uk/wu_cache/img/009/mis_50058770/Knorr_Blue_Dragon_Oriental_Black_Bean_RTU_0000x0000_0.jpg
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「倒閣しかない」←これはそうだと思うのだけれど、一方でそれを聞いてなびく人がいて大多数は「ここが政権をとったら財布が膨らむと思ったのに」的マインドから脱していないので、「とりあえず倒閣」の後によりひどい揺り戻しも呼びかねないわなと。なんつかダメな国の情無い国民として生きて行くしかないって地平に立てる人が少しでも多くなって、そこからマシにするために頑張ろうって運動にならないとなと思う。つーかね、ここでも「日本SUGEEE」の背後にある、「すごくない日本は否認する」の問題があったりな。「ありのーままでー」ってこの国に歌わせてあげて下さいな。カラオケ1位にするぐらいなら。
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現政権の体たらくをみていると「政権担当能力とは何だったのか」と言う印象しかない。政権担当能力とは民主党政権に無いとされ批判されたものだが、そもそも官僚主導脱却と言った近代国家としての異常事態を告げる公約すら立てられず、ズブズブに落ちて行く政権は能力どころか意志すら無い。おそらくは、安倍政権などを待たず、自民党の自己完結が崩壊した時点で戦後体制は「脱却」と言うよりは崩壊していて、国家の体制としてはもはや滅んでいたのではないだろうか。そこには無論、小泉政権の「自民党をぶっこわす」と言う運動があった事は間違いがないが、でもそれはあくまで象徴的出来事に過ぎなくて、単に戦後体制の老朽化による限界がその時期に来ていたと言うことで。経済的には再配分連盟の膠着、国民感情的には自分達自身を恐れる事が出来た、戦時の成人層の引退といった形で。民主党政権の「情けなさ」と言うのは実のところこの国が体制が崩壊したあと、健全な体制を再構するための文化的資源の乏しさの投影であり、現政権は崩壊後の混沌そのものでしかないのではと。いわゆる「モヒカン達のヒャッハー状態」とも言うべきか。いやね、はてな文脈での「モヒカン」ってのはそれ事態パロディじゃない?本物のモヒカンは、ああいうのね。