Hatena::ブログ(Diary)

たまスパ

20110117

moccur が delete-other-windows するのが嫌なので

ウインドウ分割しまくりなので、あの仕様はツラい。

別に elscreen-create してからでもいいけど、わりとストレスになってたので。

   (defvar my-moccur-cancel-delete-windows nil)

   (dolist (func '(moccur-search
                   moccur-search-files
                   moccur-grep-sync-kill-buffers
                   moccur-mode-goto-occurrence
                   search-buffer-goto))
     (eval `(defadvice ,func (around my-rc:moccur activate)
              (let ((my-moccur-cancel-delete-windows t))
                ad-do-it))))

   (defadvice delete-other-windows (around my-rc:moccur activate)
     (unless my-moccur-cancel-delete-windows
       ad-do-it))

ただ、これ、コマンド実行をキャンセルしたり、途中でエラー出た場合、しばらく delete-other-windows が使えなくなっちゃう諸刃の剣

いい方法ないものかな。

20101215

まぁいくらデフォルトの見栄えが好きといっても

さすがに見にくいので、とりあえず、公式のテーマを使うことにする。

id:antipop さんの Hatena::Let のための emacs 拡張を使って、hatena-let/edit を書く

Hatena::Let ちょー便利。でも、emacs で使いたいねって思ってたら、id:antipop さんが Hatena::LetのエディタをEmacsにする - delirious thoughts にて保存する手続きを公開されてたんで、define-derived-mode して作ったモードから呼び出せるようにするんと、deferred 使ってソースを取ってくるのと組み合わせたら、すぐにできた。

あと、 hatena-let/new とか出来るといいな。

     (defconst hatena-let-mode-map
       (let ((km (make-sparse-keymap)))
         (define-key km (kbd "C-x C-s") 'hatena-let/save-code)
         km))

     (define-derived-mode hatena-let-mode js2-mode "hatena-let" ""
       )

     (defun hatena-let/edit ()
       (interactive)
       (let ((buf (get-buffer-create "*hatena-let*")))
         (switch-to-buffer buf)
         (deferred:$
           (deferred:url-post 
             "http://let.hatelabo.jp/api/code"
             `(("api_key" . ,hatena-let/apikey)))
           (deferred:nextc it
             `(lambda (gbuf)
                (set-buffer ,buf)
                (goto-char (point-min))
                (insert
                 (save-excursion
                   (set-buffer gbuf)
                   (decode-coding-string
                    (buffer-substring-no-properties 
                     (point-min)(point-max))
                    'utf-8)))
                (hatena-let-mode)
                (goto-char (point-min)))))))

ありゃ、CSSが

さくらサーバCSS置いてたの忘れてた。

契約更新すべきかどーか迷ってる間に CSS が取れんくなったのね。

負け惜しみではないけど、実はCSSがない素の構造化だけの見栄えって結構好きだったりする。

20101205

ほにゃらら-hook ってないのかなーとか思ったときに

(let ((L ()))
  (mapatoms
   (lambda (atom)
     (let ((name (symbol-name atom)))
       (if (and (boundp atom)
                (string-match "-\\(hooks?\\|functions\\)\\'" name)
                (not (string-match "-mode-hook" name))
                (not (string-match "\\`ange-ftp-" name))
                (not (string-match "\\`bookmark-" name))
                (not (string-match "\\`comint-" name))
                (not (string-match "\\`custom-" name))
                (not (string-match "\\`cl-" name))
                (not (string-match "\\`byte-compile-" name))
                (not (string-match "\\`Info-" name))
                (not (string-match "\\`calendar-" name))
                (not (string-match "\\`cperl-" name))
                (not (string-match "\\`eieio-" name))
                (not (string-match "\\`tramp-" name))
                (not (string-match "\\`vc-" name))
                (not (string-match "\\`speedbar-" name))
                (not (string-match "\\`semanticdb-" name))
                (not (string-match "\\`semantic-" name))
                (not (string-match "\\`elscreen-" name))
                (not (string-match "\\`rmail-" name))
                (not (string-match "\\`dired-" name))
                (not (string-match "\\`url-" name))
                (not (string-match "\\`column-number-mode-" name))
                )
           (setq L (cons atom L))))))
  (dolist (a (sort L (lambda (a b) (string< (symbol-name a)(symbol-name b)))))
    (insert (format "%s\n" a)))
  (length L))

こんなのを書いて候補を絞り込みつつ探している私です。

想像で語る三行パンク
パンク
id:lieutar
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141029/20141029192901.jpg
今起きたことをありのままに話すと
炊き上がりのブザーを聞いて炊飯器を開けた。ピラフのスープを入れる前の状態の米が香ばしい香りを放っていた。水を入れ忘れていたようだ。
id:lieutar
人口オーナスの問題を「老害」として語る人は人権を何だと思っているのか。思考習慣の膠着を「老害」と言うならばまだわかるが、実際には思考力と言うものはヒトの資産のなかでも最も長持ちするもので、思考習慣の膠着ってのはもうものすごく若い間に起きるものなのよね。そーいや、件の大学を職業訓練校に 〜みたいの、提案書に教養への尊敬のようなものがあまり見られないわけで、あのまま通ってしまうのはものすごーく問題だとは思う。つか、教養が必要なものに「グローバル型文系」としてしまう言語センスに吐き気がするわけだが、「教養は万人の為にあらず」と言う立場をとるなら、参政権の制限とか必要になってくるんじゃないのかなと思え、その先にはろくな未来が見えない。結局のところ、即戦力養成に力を入れるならばそういった大学受講の無償化や、教養系ソフトの助成など教養に対しての施策をかなり周到にやらないととは思うのだけれど、結局そのへんを推進したい人々に単純に政策決定のプレイヤーを減らしたい欲望を読みとってしまってな。いやまぁ、話もどすけど今後老人が増えれば増えるほどに社会の底に教養と柔軟性がなければどんどん住み難くなるんじゃないのって事で、ふと件の提案書の事を思いだした。
id:lieutar
ここのところ急に文春が閣僚叩きに転じているのがどういうわけなのだろう?
ずしょさんへ
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141029/20141029093812.png
id:lieutar
[ぼんやり] 財務省の教師削減案がひどいのだが、その批判として「財務省に国家百年の計はない」と言うの、むしろ「行政と言うものはそういうものだ」と言う認識が欠けていて、その裏返しとして「政治家なんて誰を選んでも同じだよ」意識があるよーな気も…
意味不明なひとりごと
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e7/610happu.JPG/220px-610happu.JPG
id:lieutar
ワカメの味噌汁を作ろうとして、ワカメを戻しすぎて塩味がきつくなったので、除けておいたワカメと出汁を使ってピラフを作ったら、案外旨かった。いつもよりスープ多めになって、「もしかしたらリゾットになるかもしれない」と心配したが、いつもより上手くできた。この分量を覚えておかないと…「ひたひたより多め、一見リゾットになるぐらい」
id:lieutar
[スパム]韓国方面では、ワード出現数がSEO上優位になるサービスでもあるのかしら…?
「うちの子供を主役にしろ!」って親が増えてるせいで変更になった童話
山から巨大な桃が転がってきて、老夫妻の家の前で割れると、中から蜘蛛の子を散らすように、無数の太郎が…
「うちの子供を主役にしろ!」って親が増えてるせいで変更になった童話
白雪姫も7人の小人
春>夏>秋>冬を繰り返す
http://ecx.images-amazon.com/images/I/516N3C0QFJL.jpg
女子学生やOLさんに超オススメ!簡単かわいいマフラーの巻き方まとめ - M3Q - 女性のためのキュレーションメディア
[巻きシマムザホルモン]しまむらで購入したマフラーをつけて焼肉屋に通い、すっごい焼肉臭を放つマフラーにする。
女子学生やOLさんに超オススメ!簡単かわいいマフラーの巻き方まとめ - M3Q - 女性のためのキュレーションメディア
[カルーセル巻き]木馬柄のマフラーを普通に巻いて回転する。
id:lieutar
[はてブとか見返しつつ] 「ある欲望が存在してはならぬと考えるべきではない」ってのは「ある欲望の存在を否定したい欲望が存在してはならぬと考えるべきではない」ってものを含むのではないだろうかと言うことで、そういった指摘がある行為の背景にそういう欲望があると言うことに留まると、「だから何?」って問題にしかならないのだろうな。結局、どのような欲望を動機としていても、問題とされるべきはその抑制が適切に働いているかどうかであり、出力に至る理路をどの程度理解しているかと言うこと。いやね、CGを使った子供の性被害への囮捜査の話題とか、制服少女を用いたポルノに対する裁判の話題で、「ロリコンフォビアだ!」みたいな指摘ブコメにもやもやとしたものを感じたので。「ロリコンフォビア vs ロリコン」と言う構図そのものは良いのよ。問題は出力に至る理路をどれだけ丁寧に見て行こうとする態度で、脊髄反射的に「中世」とか言いたがる人々の素朴さってのは結構はずかしい感じが。
春>夏>秋>冬を繰り返す
http://pbs.twimg.com/media/BtdkpskCUAA79mW.jpg
こんなドラフト会議はイヤだ
太い列車砲についての会議
ブラジャー
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141023/20141023213158.png
何かを受信
キョクテイ・バキンズ
春>夏>秋>冬を繰り返す
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/08/08010317/11.gif
id:lieutar
濱田マリネタでヌードを思いだすのは、文字どおりヌードの彼女を描いた素描(濱田マリスケッチ)を見たことがあるからで、しかしグラビアモデルなどではなく、どちらかと言えば色物で売っている彼女のヌードとのニアミスをそれほどに印象に残っているってのは、一体何なのだろうかとかって気分になっていたり、先日ディスカバリチャンネルでみた、白人の男女ペアが全裸でアフリカでサバイバル生活をすると言う番組で、見ようによってはエロティックにも見えるだろう出演女性の裸体がまったくエロティックに見えず、ただ一向に骨と肉と言う風にしか見えないのが不思議だったりしたからだった。そんなことを思いながらなんとなくモダンチョキチョキズのビデオを検索してみると、横山ホットブラザーズとコラボをしていた頃の彼女は普通に可愛いらしく見え、あの素描のモデルが濱田マリだと教えられた当時は、単に有名人と言う以外の文脈もあったのだよなとか思った次第。
ひとりごと
http://www.mundharasteels.com/img/infrastructure/zinc-plating-tanks-500x500.jpg
絶対邪魔になるけど欲しくなるもの
http://tiwibzone.tiwib.netdna-cdn.com/images/aquarium-bed1.jpg
何の報告かわかりませんが
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141022/20141022124652.png
「日本語で言えよ」と思う言葉
http://folding.jp/blog/wp-content/uploads/126499784543.jpg
id:lieutar
レイプファンタジーの正当性を訴えるのに、殺人の描写が許されるのであれば、レイプの描写もまた許されるべきであると言う主張があるが、多分これは通らないと思う。多くの殺人の描写は、殺人を憎むべき犯罪として、あるいは恐怖すべき怪物の行為として描写しているか、戦闘を描き、殺人そののの快楽性を描くものはあったとして極めて少数派である。戦闘を描く場合であっても、一応戦闘に至る必然性が上手く描かれた作品ほど賛えられる批評空間が一般化していて、スポーツのように快楽的に戦闘を描くものは仮にヒット作となっても、賛えられるのは「B級」といった文脈ではなかろうか。一方、レイプファンタジーは、レイプそのものの快楽性を直接的に描き、その背景となる内面等を描写したものが、そうでない直接性の強いものがポルノの文脈で評価されることはほぼない。殺人の描写に対しては作品自体が社会的理性を内包しているか、そうでないものに対しても社会的理性の枠組みの中、害が拡大しないように出来ているのに対し、ポルノは社会的理性を倒錯させる事でしか成立しないが故に、別の仕組みを必要とする理路が用意できてしまうのではないだろうか?結局のところ、レイプファンタジーの正当性は成立できようと、幸福追求権としての性の自由、ズリネタの自由の文脈の中でしか成立しないのではないかと思う。そんなこんなでアダルトビデオは著作物ではなく性風俗だとする、台湾の判例なんかを思いだしつつ、「創作」とは何かと言うことを省みなきゃならんなと思う次第なのであった。
id:lieutar
裸体が美しく見えたり、性的に見えたり、ただの獣の身体として見えたりと言うことが何によって切り替わるのかがよくわからない。
モダンチョキチョキズ
「ヒトデとかアメフラシとかいっぱいいるんですよね」「それは磯だまり」
スパムがよく貼るサイトに現れるキャラクターの名前を勝手に決めよう
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141020/20141020225222.png
想像で語る閾値の調整
http://ecx.images-amazon.com/images/I/51NHXGSR3YL.jpg
id:lieutar
国家神道が鎮守の森を破壊してきた歴史を省みれば、「ファスト風土」化を高度経済成長以降のものとして見るのはちょいと視野が狭すぎるよなと。あと、実存の拠り所としての地域の崩壊と、官僚たちの&#34;高貴なる義務&#34;の崩壊ってのもやっぱり関係しているのじゃないか。つか、この手の発想はオカルト的な感じがするかもしれないが、文化政策と言うのは人々のオカルト的部分を制御する技術と言う側面もあるわけで。
id:lieutar
しかしまぁ、倒幕されずともそういった圧は働いていたわけで、明治を「やむなし」とするのは薩長英雄史観の中にあるんじゃないかって気がな。薩長を支援したイギリスとかの事を考えると、日本の内部だけではどうしようもない嵐の中にあった事はまぁ確かだとは思うけれど。そういう嵐を幕府体制の限界と捉えることもできなくはないわな。つか、国内イデオロギー対立ってのが、こういうより広い文脈をしばしば忘れてるって事もありそーな。
id:lieutar
日本の場合、そもそも現状の日本国の全身となる、国民国家としての日本、「海外」と言う意識が国民の中に明確に芽生えた最初は明治であり、それ自体が実験的な急進国家だったと言うことが、保守や革新といった言葉を混乱させていると思う。戦前回帰と言うのは、あくまで良心的に考えるのならば、そういった実験国家への回帰なのだが、戦前回帰の指向性を匂わせる多くの保守派を自称する人々は、実験国家と言うよりは実験国家の失敗の結果としての利権構造や、実存システムを指向していて、それらは単に反知性主義であり破滅指向でしかなく、国土を焼畑にする危険思想でしかない。また、戦前右翼、戦前的な実験体制を指向する人達がいたとしても、彼らは急進的、計画的、理性的にコトを進めようとしていて、保守的でなく、現に「無理な開戦、そして敗戦へ」と言う失敗をしたのだから、それ自体はバークのようなイギリス的保守が最も嫌うものではないか。故に、あまりバークバーク言いたがる保守派と言うのは、自分が何を言っているのかすらよくわからず、単にコトダマとして権威を振り翳す輩ではないかと思う。では、本当に伝統に根差した保守と言うものが作れないのかと言えば、そもそも明治と言うものが伝統的制度の限界を契機として生まれたものであり、そのままでは当時の列強に支配されていたかもしれないのだから、やはり無理だったのではないか。結局、イギリス保守がフランス革命の数々の悲劇への反省として生まれたように、戦前の反省として急進的奇策の数々を緩和し、既に実績のあるリベラリズムを一端教条的に受け入れると言う形が、むしろこの国の場合は皮肉にも保守的な態度となっており、「右翼急進」と「左翼保守」の対話と言うのが今日のこの国のあるべき姿となったのではないかと思うが、現状はその対話を反知性主義がぶち壊しに来ていたりとか、その反知性主義の一部が、かつての急進右翼の社会実験の落し子だったりと言う状況なのだと思っている。
id:lieutar
なんかこのへんは個々の作品の問題と言うよりは、立っているマーケットの問題と言う気もする。どのマーケットを支持するかと言うことが思想の表明に繋がるとか、そういうものかも。
id:lieutar
http://i4.ytimg.com/vi/cItHOl5LRWg/default.jpg
id:lieutar
「女装は客体化の手段ではない。仮にその成立の課程がどのようなものであれ、女装は女装者たちの為のものだ」と言うところかなとか。
id:lieutar
[ぼんやり] アニメ絵的な表現が性的な表現に向いていると言う発見や、商品展開と言うのは可成ものすごい事だとは思うけれど、その分野について80年代以降にどれほど新しい果実があったかと言えば、単にそういう市場が拡大して行くことと、その絵柄に流行の変化があったりとか、フレームワークが固まってきた以上のものは、「表現」の方にはなくて、むしろヒトの方がアニメ的なものになろうとして行くと言う課程がここ20年ほどのゆるやかな流れとしてある、やりすぎ美容整形とか自主制作コスプレAVとかな。それをどう評価すべきかってのがよくわからんよなとか思いつつ、ふと意識がそれてガガさんやマドンナの性の売り方と、エロコスプレイヤーの性の売り方ってどの程度違うのかなみたいな感じが。エロコスプレイヤーは「ドヤァ」感を極力抑え、まるで性的には客体になりたがっているように見えるが、明かにそれは能動的で、自分の身体を自分で楽しんでいるようにも見える。違いがあるとすれば「女」を客体として扱いたい者たちに対する挑発の有無?
1〜9を繰り返す
http://livedoor.blogimg.jp/the_world_slash-sachiko99/imgs/2/c/2c6a57dd.jpg
id:lieutar
それはそうと、国民国家と言う枠組みを棚に上げつつ省みると、「日本」と言うものもたかが明治時代にウェストファリア体制の枠組みを成すものとして宣言された領域に過ぎず、「最古の国」ってプロパガンダの虚構性が見えてくるよーな気もする。しかし、西欧的枠組みを相対化すると言うとき、日本の宗教右翼的枠組みってのはイスラム系に比べても、なんやかやと西欧的枠組みの中でしか思考できないのじゃないかとか、まぁ徹底的に理性の弱い国と言う感じはするわな。つか、そのへんを補強するための企画が国家神道じゃなかったのかと思うと、その失敗が今日まで尾を引いて逆方向にひっぱる勢力になってるような感じが本当に皮肉。
id:lieutar
んで、そーゆープロパガンダに乗っかって生まれたイスラム差別に、特定秘密保護法などをイケイケに推し進めたい人達(公安警察等)が乗っかって、「どうですキモいでしょ!だから!テロ対策が必要なんです!」ってな空気を作ろうとしているところが、ここのところのイスラム国関連の報道の周辺なのかもしれないねと、とりあえず全方位的に眉を唾液でボトボトにしておく必要がある。
id:lieutar
http://i4.ytimg.com/vi/hmMk9M2iy_g/default.jpg
J-POPによくある歌詞だらけのはてなハイク
乙女、スパムに感動
サイコロステーキ
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141018/20141018164628.png?1413618390
id:lieutar
まぁアニメ的なものが伝播して行くのは90年代末…つかwwwの一般普及と供になので驚くには値しないのかもしれないけれど。
id:lieutar
http://i4.ytimg.com/vi/GvE-vOV3o78/default.jpg
id:lieutar
http://i4.ytimg.com/vi/hX0OnbNFzC8/default.jpg
空耳ならぬ空目
フナフェに見えた。日本語+ハングルで、フナの刺身。イカフェ的な。
QBざまぁ
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141017/20141017150833.png
次はてなにグッズ化して欲しいもの(Tシャツとパーカー以外で)
新会長のぬいぐるみ。青い。
id:lieutar
なんだか今年はやたらと親戚に不幸が続く年なんだが、もう政治経済含めて全てが厄年といった感じ。それはそうとまた「尊厳死」関連の話題がちらほらと上がってきていて、やはりあまり他人事ではない話題だよなと。死を間近に感じると、口々に「延命治療はいらぬ」と言うのだが、そういうときに、どこからどこまでが延命治療かと言う線引きについての意識もなく、また「死んだ方が楽」と、死んだ後の認知能力の存在を前提にしているかのような台詞に、まぁ結局医師にお任せしてしまうのだろうなと。尊厳死と言うのは、死を自我の消滅と考える限り、生者の価値観において自身の生の彩をデザインすることにほかならない。死ぬべきと設定した先は、醜いと判断され剪定される庭木の枝のようなものだ。ならば死を望む人がその判断をした背景となる美意識についてどれほど同意できるかと言うことが問われてくる。たとえば「醜い生」とし、剪定する時間の選択の根拠が素朴で悪質な種類の差別によるものであった場合、そうやって選ばれる死に尊厳が伴うと信じる事はできない。とは言え残された時間と、生存がやっとと言う状況、すなわち殆ど思考の為の余裕のない人に、そういった思考を改めさせる事を試みる事は如何にも残酷だ。多分、自己所有の原則といったものがこの問題には絡んでくるのだろうけれど、それがどの程度の重要性のものかと言うことがよくわからないと言うのも迷いの背景にはある。
過剰なアクセス
http://livedoor.blogimg.jp/koume39/imgs/b/5/b5bd76b4.jpg?f7aba372
st
しんだとうちゃん
怒られそうなことを敢えて言う
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141016/20141016171744.png?1413447465
1〜9を繰り返す
http://math.ucr.edu/home/baez/dodecahedron/Tetrahedron.gif
1〜9を繰り返す
http://i4.ytimg.com/vi/BI3bO6-b0MY/default.jpg
id:lieutar
保守派を自称する人々が多く参照する西部邁氏等は「愛国心とは当然である。何故なら私達はナショナル・アイデンティティを持っているのだから。しかし、その様式は様々であってよく、国のマズいところを指摘するのも、愛情の表れである」みたいな事を言って、様式までを固定しようとする人々に対し牽制しよーとしているのを見て、喝采を送りたくもなるのだが、これよく考えると、「グッドコップ」でしかないんだよね。アイデンティティは多元的、多重的であって、そのうちのどれを注目するかと言うことは「当然」なんかでは決まってはこない。多元性のもとに個々のアイデンティティを従属させるものたちを相互に省みる姿勢こそが当然であり、恣意的にどれかを選べと言うのならば、その理由が必要になってくる。そこに意志がないのであれば、構造的理由でしかないわけで、結局のところ日本語のソフトがどの程度の領域で流通するかとか、どの程度の規模でなければ発信力を得るのに十分なものにならないかとかって事なんかは「当然」を形づくってしまっているようにも思う。
id:lieutar
世界のナベツネはなんかそういうところにも親和的な感じはしますが、アフィブログ的なカネの臭いに群がる愛国ポルノって風に思っています。低リテラシ層向けメディアと言う自負と、視聴率至上主義の生み出す魔物と言う感じがしますが、そういうところにどっぷりと身を沈めている人々は、自分自身が騙されてしまうこともありそうです。
id:lieutar
ああ、「世界一受けたい授業」か「日本の」は余計ね。しかし、当日のプログラムは、「日本人の知らない世界が賞賛する日本の偉人」「世界に誇る日本の御当地秋野菜」「本当はすごい日本の学校」と、愛国ポルノ成分大目で放送作家がどういった層を狙っているのかがわりとはっきりしていた感が。これな、単体だと臭みがそれほどないんだけれど、こう纏まるとな。
id:lieutar
屏風絵と言えば、先日メシを食いつつチラ見していた「世界一受けたい日本の授業」で風神雷神図屏風と「ALWAYS三丁目の夕日」がしれっと並んでしまう「日本の教育者に聞いた日本の名作」みたいなランキングに軽く眩暈を覚えたのだが、そのときに出てきたものが宗達のものではない劣化版に思え、さらにクラクラ感が増したりした記憶がありつつ、本当に宗達のものの撮影ゲキマズバージョンじゃないのか、そーでないとすれば光琳か抱一か、それとも美術さんのでっち上げかってのが気になって、検索してみたらそのランキングが出てきて、第一位 富嶽三十六景・神奈川沖浪裏、第2位 ドラえもん、第3位 アンパンマンとかってなんかいろいろとひどい。
ずぼんぼ
海苔
演出
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141015/20141015124141.png?1413344502
1〜9を繰り返す
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/41/d4942d561f7823f4678ac2755700d7e3.jpg
id:lieutar
寄生獣アニメ版の演出は寄生獣よりも「地獄先生ぬーべー」に向いている。
ばあちゃんの口癖「うがい・手洗い・…
大五郎
id:lieutar
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141015/20141015002600.png
フィルタリング
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/34/COSTCO_Amagasaki.JPG
1〜9を繰り返す
http://fsv-image.autoc-one.jp/images/1851138/009_o.jpg
id:lieutar
猫について思うのは、「ナショナルアイデンティティをそんなに軽々しく扱っていいの?」と言う問題だったりで、別に「そんなものは幻想だよ」とそこから自由になる人が個人としているのは構わないが、その表現型が他者のそれを傷つけ得るものだと感じ、やはりそれは遺憾だと言うことだ。しかし、そう考えるからにはオリンピックと言うものを、ナショナルアイデンティティと不可分なものと自分が考えている証左となりえるのではないかと。だとすれば、同国人のメダル数を数えるような行為とどのように線引きをするのかと言う問題がここで出てくる。まぁ、オリンピックの「各国代表が競う」と言うアーキテクチャは、単に選抜を地域単位でやることが効率的だからと言うことで「各国代表」の方は結果に過ぎないと言えなくはない。一応「平和」といった文言は憲章には登場するが、あくまであの憲章は世界市民と言う意識の上で作られたもののような作りになっていると思うし、オリンピックそのものをナショナリズムの祭典として考えるべきではないだろう。ならば、「猫を支持したくない」と言うのはオリンピック精神を立脚点とするなら「買収疑惑」を支持せざるをえず、ナショナル・アイデンティティは不問にすべきなのかと言うと、なんかもやもやする。
id:lieutar
国籍とナショナリズム、レイシズム周辺を考えるのに「私はなぜ猫ひろしを支持できないか」と言うことだったり「本当にオリンピックはナショナリズムの祭典ではないのか」と言うことについて考えてみるのは良いことのように思ったりもする。
さかなGUY
http://news-geinou100.com/wp-content/uploads/2013/12/eea0be60c172373ba20a3080d5a85ca9.jpg
傘ながい
http://www.coolkaboodle.com/wp-content/uploads/2013/07/long-designer-umbrella.jpg
踏み台としてのはてなハイク
踏みだいちゃん330としてのはてなハイク
id:lieutar
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141013/20141013141759.png
絵に描いた餅
http://f.st-hatena.com/images/fotolife/l/lieutar/20141013/20141013133725.png
id:lieutar
世俗化と言えば、高度経済成長期において、ムラが解体されるとともに会社がムラ化したって事も今日の状況を説明するのに重要な観点かもな。会社の業績悪化や終身雇用の崩壊は実存の不安に繋がるわけで。
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馬車の例えを持ち出すならば、御者は馬を愛するべきだと言うことかもね。それはそうと、ニーチェの馬のエピソードと馬車の例えが関連してたら面白いかなとか、いやニーチェさん狂ってたわけだから「面白い」とか生易しいものではないかもしらんが。
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なんつかね、ここでヤンキー的なエネルギーを上手く取り込めないかとか思うのだけどね。「伝統大事」って言いながら伝統まがいに走らないってのと、伝統と近代主義との確執の解決についての批評空間の構築とかね。
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日本会議問題つか、伝統的宗教問題が自分の推測通りに発生しているのであれば、彼らに同情できる点が皆無ではない。戦後の経済復興と高度経済成長は、戦後日本人精神の世俗化を推進し、結果的に伝統的宗教従事者の実存を揺がすものとなったのではないか。自身や自身のイエが担っているものが何か重要なものであったはずだと言う意識は持っていただろう。それが世間から忘れられて行くのを感じる事で自身の信念に疑念が生じるのと同時、その反動として「間違っているのは社会の方だ」と言う運動が発生してくる。しかし、その実体としてはむしろ世俗主義的迷信と政治権力に身を寄せる形となっていること、世間が世俗化して行くことに揺がされることなどを鑑みれば、宗教従事者の多くが実は世俗主義者に過ぎないのではないかと思え、で、あるならばこの国の宗教は元から内部崩壊をしていたのではないかとも思えてしまう。さて、宗教勢力が崩れているのならば「宗教革命だ」となるのが自然な流れであるように思えるが、プロテスタントのようなやりかたは、「新興宗教」として実存の受け皿にはなりえる事はできず、結局のところは現状の伝統宗教従事者達が参加する形で内部から変わっていってもらいたいし、外部の人間としてはどのような形で期待するかと言うことを意識すべきではないかなと思う。
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保守界隈の話題をなんとなく見てると、最近あまり気配を感じない呉智英氏が産経あたりで暗躍する残念知識人に成り下がっていたことを知って暗鬱たる気分に。高校時代、ちょっと有名だった教師がやっぱりその界隈でそこそこのポジションを得ている事を知った時程度のショックでもある。呉氏はマンガ批評に比較的新鮮な観点を持ち込む人という印象で、自身の血肉となった景色のなかで彩を与える存在だったからね。それほどマンガ批評とかにコミットしたわけじゃないけど、「アニメージュ」や「ニュータイプ」だけだとあまりに子供じみていていたたまれないって気分を紛らわすのに「COMIC BOX」を購読していた身としちゃ。そーいやそっち方面と言えば青林堂もトンデモウヨク出版社に成り下がったよな。つかそのへんの景色を遠めに見ている自分のようないち読者と違って、オーツカ某氏あたりは渦中でウンザリしまくっていたわけで、なんとなく彼のヤケクソがわからんくもない気分になるのだった。
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togatter → ブコメで批判 → togatter主がRT の流れで、どういうRTなんだかよくわからんかったりな。同感のRTで、「言葉足らずを補足するもの」であったり「気付かなかった事を気付かせてくれた」と言うことなら有り難いのだけど、問題は、トゥギャられ内容に対して表明した違和感を受け止めず、勘違いで同感RTだったりする場合だったり、自分の方が言葉足らずだったりする場合なんだが、まぁ精進するしかないやね。
空耳ならぬ空目
○ トマトソースのピザは野菜とか言い出さなければ…× トマスからスピノザは野菜とか言い出さなければ…
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ふと、togatterに「あなたがネトウヨにならなかったのは何故ですか?」みたいな問いと、それに答える tweet の纏めがあって、なんかもやもやとした気持になる。んで、回答が「自分の弱さを知っていたから」とか「差別が悪いことだと知っていたから」と言うのが並んでいるが、これらはそれだけでは「ネトウヨにならない理由」とはならない。自身がネトウヨ化する可能性の高い状況、あるいは一端ネトウヨ化した経験がある人が、なんらかの理由によってネトウヨ化する事を避けられたと言う描写であるならば、まだわからなくはないのだが、そういった経験が無く、単にネトウヨを「臭いもの」として自身から切断する為に、自身が持つなんらかの要素をその根拠に挙げると言うのは、基本差別的なので、そこに気付かないと言うのは危ういと言うか、ネトウヨ化し得る人々として見えてしまう。つか、不特定多数に問うには問いの設定が乱暴すぎやしないかねと、ほとんどこれは「貴方は何故風邪をひかなかったのですか」とか「貴方は何故鬱にならなかったのですか」みたいな問いと同じだ。
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自閉症の薬物治療と言うのはなんか引っ掛かるんだよな。自閉症を「障害」にしてしまうのはむしろ健常者の方と言うところもあるんじゃないかと思えるから。無論、選択肢が増える事は歓迎すべきことかもしれないのだけど、「治療可能な異常」としての評価が固まる事で、共感能力だ何だといって殆どの人はそれが何か答えられないんじゃないのって思うしな、これまでも一定数存在しただろう自閉者達からのフィードバックが社会から失われる事は結構怖いんじゃないかなって思う。
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あーあと、(4)社会は暴走するものだと言うことを肌で知っている戦中世代の減少な。
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右傾化の問題を単純にバカ可視化の問題と捉えるのは正直どうかと思う。んで、そーゆバカが日本において特別多いと考えるのも問題。問題は、バカの害を無害化するための仕組みが壊れたと言うことで、必要なことはそれが何かと言うことで幾つかアタリをつけておくと言うこと。んで、(1)グローバル化を背景とした地域密着型生産構造の解体による(1.a)経済的貧困(1.b)実存的不安、(2)都市化を背景とした地域の解体による(2.a)宗教産業の斜陽(2.b)実存的不安(3)タコツボ化しやすい今日的なメディアのアーキテクチャ あたりを頭に入れておく。「貧すれば鈍す」も間違ってはいないかもしれないけど、あまりにも世界モデルがシンプルすぎて、そういう態度は出来る限り棚に上げておくべき。問題は「何如にして貧すか」。あるいは「貧しても鈍しないありかたはないのか」
1〜9を繰り返す
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コックリさん、コックリさん
小さい頃ゲーセンのお金を入れてない筐体に腰かけて、デモ画面で必死にレバーを動かしていたことを思いだした。あの画面は「お試しプレイ」で、ある程度レバー操作が反映されていると本気で信じてたんだよな。作為を無作為と感じてしまうコックリさんとは逆パターンかもしれないが、唐突に思いだした事に共通点を感じたのでここに投下しとこ。
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中学、高校の公民とかで官僚制の逆機能を教えるべき。
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空目
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「反批判」への違和感も感じるが、あるヒット作を象徴とした文芸批評が、個々のプレイヤーの現実と噛み合わない事も確かである。個々のプレイヤーが楽しむ事そのものに問題があるわけではなく、批判者は直ちにプレイを止めよと言っているわけでもない。批判は描き切れないもの、忘れられたものを埋めようと言う試みであり、収集の対象になることはないが、それ自体が文芸的プロセスだ。
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「艦これ批判」に耳を傾けない「艦これを戦争を学ぶ入口にできる」と言って聞く耳を持つ必要がないと言う人々のどれほどが、「艦これ批判」をしなければならないような動機を戦争と言うものが内包している事に気付くことができるのだろうか。そして、「艦これ批判」と言うのは文芸批判である。文芸においての学びは、数値評価とも時系列の丸暗記でもなく、対象の触覚的、嗅覚的、味覚的な、ときに嘔吐を伴うような痛みへの回路を繋げて行くことだ。この種の困難に直面した事がある人はどの程度いるのだろうか?実のところ、「あたりまえ」の体験ではないように思えてならず、過剰に洗練され抽象されていく図像に世界が糊塗されて行く様は不気味でもある。おそらく、「艦これ批判」と言うものが、認知の死角から飛んできたものに気付く者もまるでいなくはないだろう。おそらく高々二割程度、ふつう1割いないぐらいに。そういった限られた人々にとっては確かに「入口」と言えるだろう。しかし、そこで学んだあと「戦争を学ぶ入口」としてあの強迫的に磨き上げられた質感を積極的に肯定する気になれるのだろうか。
唐突に思い出した言葉
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[ぼんやり] 任意の肉体を自由に手に入れる事が出来る時代の初期、不妊の美少女と化したオッサンがハイパー乱交パーティをする光景を妄想しつつ、ラディカル・フェミニズムの抗議の様式にも変質が迫られとか、人工子宮の登場により出産と生物的性が切り離されたりとかすると、かなり性意識は異次元のものにならざるをえないだろうなとか、どこまでヒトはヒトの肉体を欲望する事が可能なのだろうかとか、そのへんを精神分析的に考察したサイファイつかセクファイつか、とにかくSFみたいのを読みたい。
こんなのど飴はいやだ
ときどき小さなカニが混入している
1〜9を繰り返す
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こんなのど飴はいやだ
幸せな気分になる