2008-04-23
■属性:果敢なカップル
■お言葉:赤ちゃんて、そこにいるだけでみんながうれしい
■これまでのあらまし:20代前半で結婚し、新婚生活もそこそこに約1年半カナダを放浪。帰国後着々と生活基盤を整え、第一子の誕生を迎える。一見パーフェクトな生活かと思いきや、夫は仕事を辞め、学生に。心穏やかに暮らしつつも、それぞれが自分の可能性にチャレンジし続ける。
<インタビュー>
■「子どもがいる生活」を選択した理由
●このタイミングで子どもを持とうと思ったのは、なにかきっかけがあったの?
H:やっぱり、カナダに行ってきたのが大きいね。向こうで生活してみて、自分なりのスタンスができた、というか「なんでもいいや」と思えた。今の日本だと、社会のペースと、子どもを育てるというペースが合ってないんだと思う。こっちで生活していると、どうしても社会のペースにひっぱられるから。
カナダから帰ってきて、地に足がついた=自分のペースがわかったってところで、世の流れからは一線を画して生きられるようになった。
A:私は、カナダから帰ってきて、日本での生活が落ち着いたから、かなあ。今までは自分の中が安定してなかったから。
●「親になるぞ」という覚悟とかは
H:俺はない。
A:ヒロは「いつでもいいよ」って言ってたよね。きっと、世間一般の男の人は、子ども=責任って感じで、すごく重く捉えているのかもしれない。ヒロはそれまったくないよね・・。子どもができたとたん会社を辞めたし。無責任とは違うんだけど、責任も無責任もない、というのかな。それを超えてしまった感じ。
●子どもができたことによって、「生きるも死ぬも私の勝手」ではなくなったわけだよね。
A:そこまで考えなかったなー。もう死ねない、ということか。でもなんとかなるな、とどっかで思ってた。うちのおばあちゃん曰く、「子どもはどんな状況でも育っちゃうものだ」って。
今は子を持つ事に恐れを抱かせるような情報が多すぎるのかもね。
●そもそもカナダはなんで行ったの?結構唐突な感じがしたんだけど。
A:そうお?ぜんぜん唐突じゃないけど。
H:わしには唐突だった。「私カナダに行くから、会社辞めて」って。
A:もともと、3年働いたら海外に行こう、と考えていたの。彼が一緒に来ようが来まいが。
20代の頃は、旅をしなかったら生きてる意味がない、くらいに思っていた。
日本人は恵まれているのに、旅をしないなんて、世界を見ないなんて、なんてもったいないんだろうって。世界を見たい、っていう渇望感みたいなのがあった。彼はそういうの全然なかったみたいね。
H:人間はどこに行っても一緒だ、というのが持論で。真理は、自分の部屋の畳の上にあるはずだ、という確信を持っていた。けど、そうでもないなって(笑)。カナダにいったら、ほんとに自分の常識が崩れた。
●毎日何してたん?けんかとかしなかった?
A:けんかはしなかったけど、めちゃめちゃ話し合ってたよね。時間だけはあったから。
「なんでそうなるわけ?」って感じで、耐久レースのように延々と長びいた時もあったよね。もし一人で行ってたら、ぜんせん違うことになってたね。一緒に行ってよかった。
H:日本の常識では考えられないような人にたくさん出会った。大人なのに、みんな銀行口座を持っていない。一緒に旅行いこう、って誘われたけど、誰も免許持ってなくて、俺が運転して、大の男が後部座席で酒飲んで寝てたり。
●そういう人々とつきあうことによって、考えが変わったりした?
A:それはそれでいいんだ、って(笑)。日本でそういう状況でいたら、罪悪感を感じてしまいそうだけど、カナダでは、それで全然みんな幸せそう。
あと、日本にいる時は、名前(肩書き)が自分にいっぱいついていた。肩書きがなくなると、主婦と呼ばれたり。それがあることで自分も周りも安心する。
だけどカナダに行ったら、本当に肩書きがなくなっちゃって。旅行者、ではあるけれど、住所も向こうに移しているし。
現地で出会う日本人はたいてい、留学です、とか駐在です、とか駐在の妻です、とか。
そういうのがない私たちって、なんだろうって。
何で自分を表せばいいのかよくわからなかった。
日本だったら、肩書きで自分の居場所とかつきあう人間が決まって行くわけだけど、そういうのがまったくない分、出会う人の幅がいっきに広がった感じ。
横断旅行した時は、ほんとに「誰でもあり」だったね。
肩書きなしで、放浪者みたいなカナダ生活を経験して、「どうやっても生きていける」と思った。日本に帰ってきたら、言葉も通じるし、労働ビザもいらないし、なんでもあり、どこにでも住めるな、北海道なんかもいいな、と。
けど結局、なんの変わりばえもしない(笑)。
人間ってどうしても自分の育ったところに引き寄せられるね。
●最近「リトル・チルドレン」という映画を見て、「子どもができたからといって、誰もが大人になれるわけではない」と思ったのだけれど、実際に親になってみて、どう?
A:子どもを産んでから、自分が子どもだった頃の記憶がやたらとよみがえってきた。
あと、うちの母親を見てて思うんだけど、孫ができてから、子育ての追体験をやっている。
クリスマスツリーを飾ったり、クリスマス用の特別なかまぼこを買ってきたり、やたら行事をやりたがる。ケーキとか作るようになる。
子どもを育てるってのは、子ども時代をもう1回やるってことなのかなあ。
●映画の中で主人公が、ベビーシートを嫌がる娘の言うなりになって、車の床に寝転がるように言うシーンがあるんだけど。「見つかったらママがつかまっちゃうのよ」と言いながら。自分がきちんとルールを守れてもないし、いい悪いの基準がぐらついてるから、娘に強く言えない。
A:同じことがうちでも起こるよ。ベビーシートをいやがって、泣きわめくんだけど、ここで泣いているのは私が原因か?こんな遅くに実家から帰る私が悪いのか、こんなに疲れさせるまで迎えにいかない自分のせいか、という負い目があるから、ベビーシートからおろしちゃったりする。
●自分が試されてる感じってあるんじゃない?
A:うん。だけど完璧な親になる必要なんてないし、なれないよ。
新聞の悩み相談で読んだ話なんだけど、「私には友達がいません」というような相談で、その回答が面白かった。「人間は年老いるにつれて、疎んじられるようになります。産まれた時は、何もしなくても周りが寄ってきます。学生時代から社会人になりたての頃も、若いというだけでみんなが可能性を感じ、良くしてくれます。ところが、年を取って中年になり、そこにいるだけで周りから疎んじられるようになります」というもので、納得。
赤ちゃんて、そこにいるだけでみんながうれしい。すごい存在だよね。
2007-09-04 sample#002 Sachiko 
2007-07-04
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■これまでのあらまし:
東京生まれ横浜育ち。大学卒業後、鹿児島のTV局に就職し報道ディレクターを数年間つとめる。その後、遠距離をしていたダンナと結婚、東京で新婚生活をスタート。3年後、長女を授かる。しかし仕事と育児の両立で悩み、思い切って全てをリセットし、東京にダンナ一人を残してダンナの実家である壱岐に移住。旅館という家業を生かしたネットショップ壱岐もの屋をオープンさせる。現在、双子を含め3人の子の母、社長業兼若女将としてバリバリ活動中。<インタビュー>
■いいことなんてない
H:どうしてダンナを置いて一人でネットショップを始めたんですか?
それに私は、大抵の場合、嫌なことから始めるから。
それには理由があって、
2、数年間、不登校を続けた兄の影響。
3、アイドルになりたかったけどなれなかった、頂点にたてない自分、
という自覚。
4、アウトロー的な友達に囲まれ、互いに影響を及ぼしあった経験。
この4つ。
父のおかげでいつも家計が苦しかったし、子供のころは不安でいっぱい。
最大の恐怖は、学校に行けない兄のことで、生きた心地がしなかった。
自分は勉強も普通中の普通、でコンプレックスの塊。
こういった負の遺産と、変人と呼ばれるような友達の、独特の精神世界を
共有したことが、今の私を形成していると思う。
よって得た教訓=
人生において、良い結果をもたらすことなんて、
最初は大体悪いことばかり。
だから、不利なカードをいつも手にして、そのカードをいつか
すばらしいものに変えてやろうとする根性とか、強さは、
家庭環境を乗り越えることで身についたものです。
■自分をかわいがる
H:嫌なことから始める、なんて・・・
自分は嫌なことからトコトン逃げて、
ここまできているので。
子どもの頃、算数の宿題をどうしてもやりたくなくて
吐いた思い出もあるくらい。
嫌なことに立ち向かえるエネルギーは一体どこから?
S:私は、自分自身がかわいいので、比較的自己中心的な発想で
生きてるよ。
でも、他人のことを常に考えて生きるのが、結果的には、
自分に返ってくるんだよね。
逆もしかりで、何もしなかったら人は何も関与してくれない。
まず、
悪い状況にいる他人(時には自分のこともある)のことを考える。
それで、
自分ができてないのに他人のことは言えないから、自分の悪いところを
どんどん洗い出して、徹底的に正すことから始めるね。
と同時に、自分も超かわいがる。
H:そこがポイントですね!
普通は、自分を客観的にみた時点で自己嫌悪に陥ると思うけど、
自分の悪いところを見つめながら、自分をかわいがれる、
ところが違う。
S:それができるのはねえ・・・
深い愛と勇気なんだろうねw。
私は、相当意識しながらチャレンジしてきたんだと思う。
だけど、主人と出会う前は、相当しんどかった。
他者を労わるということの大切さは壱岐に来て学んだ気がします。
■一生ニートでもいい
H: ところで以前、面と向かってズバリ「あなたはニートだよ」と言われて、
初めて「ああ、そうなんだ」と自覚したんですが。
S: ニートにニートだよと断言するには、私も相当勇気がいるのよ。
だって、ニートが増えたら困るでしょう。結婚しなければ、子供も増えないし。
フランスみたいに国が婚姻外でも嫡子として認めてくれれば、日本ももっと
子供が増えるかもしれないけど。
H: 日本ではニート=ひきこもりとか、まったく社会に関わっていない人
を指すこともあって、そういう意味では自分はニートではない、と
勝手に思っていました。
「高学歴なのに定職につかず、親の援助で食うに困らず」なので、
それをそのまま当てはめると、あなたはやっぱりニートだと思う。
ただ、 一生ニートでもいいけど、経済活動はしないといけない。
でも、見えない金=時間の価値を分かるニートであって欲しい。
今、ワークライフバランスって言われているけど、これは、
端的にいうと自己生産能力を高めていく行為なんだよね。
今までは「経済活動=お金で買う行為」で得ていたものを、
「自分でもできる何かを見つける=自分の力で生む」ようにする。
会社で働くという「サラリーマンの行為」として考えると、
ニートは、生産率を低下させる悪だろうけど、
「ニートが自給力を高めること」をすればGDPもあがる、というような
考え方をしたらどうだろう。
ニートがこれだけ増えたら、もう教育だけで解決しないぞ。
ニートには完全に2種類あると思う。
親子の関係性上できあがってしまった場合と、自ら選んだニート組と。
後者は、自給力や生産力を内包した存在かもしれないよ。
負の遺産とか言う人もいるけど、私はそれだけではない
潜在能力を秘めたものだと思う。
2007-05-27 ライフストーリー sample#001
■属性:自然人
■お言葉:いのちって1コ、2コとかじゃなくて、全部つながっている
■これまでのあらまし:
大学卒業後、2、3年ぶらぶらしていたところを、実家に呼び戻され、家業の手伝いのかたわら大阪にギャラリーカフェをオープンさせる。
カフェの改装がきっかけで大工の彼と知り合い、結婚。2006年10月第一子を自宅出産。京都の里山に居を構え(ダンナさんの手作り)、自然育児を満喫する日々だったが、放浪癖のあるダンナさんの希望により、2007年夏から南の島に移住→http://kazemakasepu.blog.shinobi.jp/Category/6/
■こんなにもゆる〜く自然体で、フツーじゃないことをやっている。
(Meg=M、聞き手=H)
H:最近、「半農半X」ていう言葉を知って、そういう暮らしにちょっと憧れてみたりするのよ。
M:へー。たとえば壱岐でそういうのって、どうなの?
H:壱岐の暮らしは自給自足が前提で、Iターン組には挫折した人が多いって聞くよ
M:農業とか生活の知恵を教えてくれる人はいるんだよね
H:うん。
M:そうは言っても、現金も少しは必要だし・・・やっぱネットビジネス?
H:両方やったらいいと思うんだけどね〜
M:最近、私の周りでは、みんなが畑のこと言い始めたよ
H:やっぱ食糧難がくるのかな(笑)
M:ほんまに来るんじゃない?来ない方がおかしい。異常気象やし。ただ、畑持ってても、ちゃんと
作れるかどうかやね、
H:私も今ささやかなプランター栽培をしてるけど、食べれる程かっていうと、なかなか難しいね。
M:今はまだ買えるからいいけど、そのうち野菜とか買えなくなるんじゃない?高くて。
H:そうなる前に、自己防衛が必要かもね。
なんとなく、みんなの意識がそういうシフトチェンジをしていく時期なのかな。
M:大阪のカフェも、「自然派」に移行していこうかな、と。今ついてるお客さんは、最初から「オーガニック」目当てで集まってきた人たちと違うから、逆に面白いかな、と思って。
H:東京だと、「オーガニック」って一種の流行、というか、もう当たり前みたいになってきてる。
流行に敏感な層が、「次はロハスだー」って一斉に動くから、分かりやすいよね。
M:環境的にいい方向へみんなが動くんだったら、いいことだね。
H:今回ばかりは流行にのっかるっていうのもいいね。
M:てゆうか、これからはそういう視点で物考えた方が、お金にもなると思うよ。
H:自分とお客さん、の2者の視点だけじゃなくて、そこに第3の視点が入ってくる、ということだね。
■ガラス張りのキッチンで料理している最中、ティッシュを食べている源ちゃんに気づく
M:源ちゃん、ティッシュ食べてるの?ティッシュ食べるとうんちで出てくるでー
H:いいねえ(笑)その余裕。一人目の子じゃないみたい。
M:なんで?
H:新米のお母さんて、子どもがちょっとでもなんかするとギーってなるでしょ
M:うーん。よう知らんけど、どうやら赤ちゃんってのはなんでもしてしまうらしい、という態度でいどんでるからかな。
■トイレを借りる。トイレは外にあって、隣3軒との共同。
H:ご近所さんってどんな人たち?
M:隣は、映画のカメラマンやってはるおじちゃん。料理が上手で、煮物のやり方とかよく教えてもらう。もう一人、変わった人がおって、猟師なんやけど、朝だけゴミ収集の仕事やって、あとイノシシとか、シカとか捕まえてる。農家出身のくせに本人は狩猟採集民族で、家に遊びにいくと、野草を摘んだお茶がでてくる。
H:野人。
M:そこんちも、彼女がもうすぐ子ども産むねん。
H:メグが自宅出産て聞いた時、「すごいな」と思ったけど、この暮らしぶりだと、それが当たり前みたいに思えてくるね。
M:ここに居てて、妊婦検診とかいくとお金も時間もかかるし、自宅で産む方が助産婦さん来てくれるから楽やった。
H:妊娠中て、一回も病院行かなかったの?
M:最後、臨月の時に1回だけ、問題ないか確認してもらうために行った。なんか病院て慣れてないからすごい変な感じやった。お医者さんが超音波みて「うわ、頭のおっきい子やなー。こりゃ絶対裂けますね」「失礼な〜(`m´#)そんなん言っていらんわ!」って。裂けへんかったけど。
H:はは。おかしい。赤ちゃんって、足から出てくるのを逆子、っていうんだっけ?
M:そう。昔は逆子でも自力で産んでたけど、今はすぐ帝王切開、ってなるんやて。そういう、自力で産ませる技術というのがどんどんなくなってるらしい。医者も、なんかあった時に責任とるの嫌やしな。
H:ちなみに、何時間くらいかけて産んだの?
M:ほんとに痛くなってからは4時間くらいかな。
H:安産だね。この部屋で産んだの?
M:うん。一応分娩コーナーと称して、布垂らしたりして。
■おやつを食べつつ
M:なんかさー、思ってるより早いじゃん?やりたいことは先延ばしにしないで、その時その時にやらんとさー。
H:メグは大学卒業して、すぐこっちに帰ってきたんだよね?
M:ううん、東京で1年半くらいぶらぶらしてて、アメリカになんとなく脱出してみたら、実家に呼び戻されて。大阪で結局5年くらい働いてた。カフェは2004年からやな。
H:あの場所で、ああいうカフェやって、儲け出ないとしても続けてられるのはすごいわ。
M:せっかくウチが不動産屋やってるし、誰も使わない物件やったらなんかに活かして、今までにない場所を作らんと。ほんまに大阪は「抜ける」場所がないから。東京と比べたら、公園とか緑とかゼロよ。
H:都心て意外と「抜け」あるよね、代々木公園とか。思ったけど、大阪って香港に似てる。前に香港で1ヶ月くらい生活したことあって、そん時は、ここで暮らすには東京以上にエネルギー必要だなー、と思った。みんなよく食べ、よくしゃべり、よく働き、休むなんてこと知らない。
M:うん、お金儲け好きやしね。大阪にいるとやっぱ「それなんぼになりますのん?」て発想になる。
■ハワイ移住計画について
H:ところで、ハワイ島といえば、私が前から好きな画家さんが、ジンジャーヒルっていうリトリートセンターをやっていてね。1週間くらい、農園で作業したり、絵を描いたり、まあ癒されにいく旅ね。
M:小田まゆみさんね、知ってる。うちらは、知り合いのツテでコーヒー農園に住むんだけど、コーヒー農園で食ってくわけにはいかないからね。だけど、やってみたいって人に短期間でも働いてもらって、ステイして自然とかと触れ合ったりできるし。そういう日本の若者の受け入れみたいなのを、いい感じでやってはるってのは聞いた。
H:メグ本人は気づいてないかもしれないけど、結構フツーじゃない人生送ってるよね。
M:気がついたら、こうなってたわ。
H:きっと源ちゃんも、どんな環境でも生きていける子に育つね。
M:そう。小さい頃から、いろんな大人に囲まれてるし、人見知りしないね。
H:自分以外に子どもを気にかけてくれる人が周りにいるのって、親にとってすごく安心なんじゃない?壱岐だと、自分の子の姿がみえなくても、「誰か面倒みてくれてるな」って思うって。
M:みんなで育てたらええねん。源ちゃん産んでから思うのは、いのちって1コとか2コとか数えるんじゃなくて、根っこは一緒というか、全部つながってるんだなーって。
H:今度源ちゃんに会う時は、もうすっかり男の子になってるね。
M:やだ。ずっと赤ちゃんでいて。
H:やりたい事いっぱいあるもんね、源ちゃん。大人になって女の子とデートしたり・・
M:イヤ、寂しいわ〜。