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like a puppet

01-21-2018

z

直接的な表現をすると、自分に価値を見出せない
創作活動をする事で、少しでも気を紛らわそうとしてきた

曲を作るだけでは何も変わらない
それどころか自分自身を満たす事もできなくなってしまっていた
だからボカロPとしてニコニコ動画に曲を投稿し始めた
最初は再生数が伸びる事やコメントしてもらえる事がとても嬉しかった
新鮮味もあって、作った作品が評価される場をやっと見つけられた気がして、文字通り救われた様な気持ちになった

そんな錯覚をしていた

例えば、欲望に上限が無い事、新しいものにもやがて慣れてしまう事
まだ限界を迎えもしていなければ良い景色を見れた訳でも無い
発展途上のまま、放棄された
やがて、創作している時でも悪夢が散らつく
いや、現実が散らつく
着々と現実が世界を侵略している
此の世には憎しみが溢れかえっている
穢れた人間に塗れている
何処まで行っても逃れられない
何処まで行っても已に汚れた地

目を逸らした先にもいる
耳を塞いでも聞こえてくる
視野は狭くなっていくばかりで、何も良い方向にはいかない
変える為の行動を起こしているのに結果がこれだったらどうしようもねえ
先が見えない
滝本竜彦の作品が痛い程沁みる

どうすればよかった?
いつどこで何を選択していればこうならずにすんだ
やり直しはきかない、非可逆な時を遡る事はできない
希望は無いし、何にも期待していない
いつまでもこんな日々は続かない

01-19-2018

cc

近頃また高校の頃の夢を見るようになってきた
こうなってくると、何かよろしくない予兆な気がしてしまう
どれもめちゃくちゃ現実的で毎回疲弊して目が覚める
それに夢と現実の線が曖昧で、起きてからも、本当にあった出来事の様に錯覚してしまう
まるで夢の中の出来事が実は昨日、眠る前まで起きていた出来事だったかの様に
こういった夢を見る時は、現在の日常に高校の頃の人間が出てくる場合と、実際に場面が高校(または寮)である場合とがある
いずれにしても、高校の頃の人間しか夢に出てこない
潜在意識的に高校生活はクローズドサークルにでもなっているのだろうか
まぁ実際当時の状況はそれに近い状況ではあったけど

今は?何の価値も見出せない身軽になっておかないとヘタレが

01-16-2018

削除★

nononockのツイッターアカウントを消した
”嫌なら見るな”人間なのでアプリもスマホに入れてなかった
見たい情報もあったけど、見たくないものやどうでもいいことが嫌でも目に入ってくる場は要らない

人との関わりは最低限にしていくZE☆
身軽になっていく〜♪

01-12-2018

見えない振りをしていたら気持ちは楽になっていく
けど、"振りをしてる"だけだという事には気付いてる
鈍感な振りをしているだけじゃあ何も変わらない

他人の目に映るお前の姿はお前自身ではない
だから何を言われたってどう思われたって関係無い
お前の本質はまた別の所にあるのだから
何も恐れる事は無いし、傷付く必要も無い
"ガワ"を見てるだけの奴らの言葉には何の価値も無い
ただ、お前の本質に向けてかけられる言葉は受け止めなければならない

日に日に心が空っぽになっていく

電車に乗っていたら広告動画に坂本龍一が出てた
「自分の音楽が分かってもらいたい時は?」という問いに対して
「分かるという事は誤解だと思う。誤解で良いと思う」と仰っていた
本質を突いた言葉は響く

それを聴いた本人がどう咀嚼して、どういった解釈を生むか、という事であろう
美味いも不味いも、本人次第


私は自分を主張する事が非常に苦手だ(と主張する)
長くは無い人生の中、失敗に失敗を重ね押し潰され続け、そこから僅かに残った滓だけで生存している
曲を作る上でも沢山の迷いがあった
こうすればあの人のような曲になるのだろうか、とか
どうしてあの人が作る曲に近付けないのだろう、とか
けれど、ある時ふと思った
自分の曲は、自分にしか作れない
自分にはバックボーンも経験値も無いから、狭い視野の中で模索しているのは間違い無いのだが、それでも今自分が歩いている道は誰も歩いた事が無い道なのかもしれない
地図が無い場所を通っているのだから、迷いが生じてしまうのは当然だが、歩を進めていく中で私はその地図を書きあげていっているのかもしれない、と

既存の曲に似た曲を作る能力に長けている人もいるだろうが、自分にはそれが出来ない
というのも、その行為自体に意味を見出せないから
既にあるものの類似品は、元となったものの劣化版に過ぎないのでは無いかと、昔から思っていた
それなのに、どうして自分は誰かの作品に似せて作ろうとしていたのだろう?
これに気付いてから、少しずつ変な迷いや躊躇が減っていき、アクセルを踏み込める様になっていった

しかし、こうやって文章を書いていながらも、持ち前の自信の無さが「正当化乙!w」と嘲笑してくる
これが本当に厄介で、自分に自信を持つという事がどれだけ大切な事かを、毎回実感させられる
それを持っていないからこそね

それでも、曲を作り続けていく中で、自分が表現出来る事の幅は確実に広がっているのは確かだ
この事実は私の世界が広がっているという事に直結している
私の中の私だけの世界が、広がっているんだ


もう誰も信じないと決めたのだから、何とか自分を信じられる様にならなくては
本当は逆で、自分を信じられるから誰も信じない、という形が普通なのだろうけど
それも普通ではないか
自分を信じる事が出来ない奴に他人を信じる資格など無い!という事かな
これも偏った考えだなあ
けどそう思え続けていれば、いつか自分を信じる事が出来る様になった時、他人も信じられる様になるのかもしれない
ポジティブ〆

12-27-2017

こねこねこねくしょん

世の中人脈が全てだ
我々はロボットでは無く、人間である
だからこそ心象を気にする必要があるのだ
純粋な才能や実力のみが評価される訳では無い
人脈があればちょっとの才能やちょっとの実力でも評価を得る事が出来る

私はそれを妬んでいる訳でも僻んでいる訳でも無い
ごもっともだと思っているし、とても納得できるシステムだ
逆に言えば、人脈さえ確保し広げていく事が何事に対しても近道になる

ただ、そこまでわかっていても、自分にとって人間関係を築くという事は非常に困難なのだ
こうすればよいとわかっていても、出来ない
やるやらないではなく出来ない
これがわからない奴は関わらないでくれ
チャンスの神様は前髪しか生えていない
それがわかっていても、私はそれを手にする事が出来ないし、手にしてる人々がするすると先へ進んでいくのも見てきたっていうのに

もし音楽をやっていなかったら、今自分は何をしているだろう
高校で留年し、大学でも留年を重ね、遂に「退学」の二文字が目の前視界をジャックし始めた程、目の前に迫っている
とにかく勉強が出来ない
更に、成し遂げたい夢が無い
そして極め付けの、人脈が無い
もしかしたらそれはそれで、平凡でささやかな幸せの元暮らしているかもしれないし、そこらの路上で息絶えているかもしれない
やってようがやってまいが、生きてるか死んでるかなんてわからないか
それに生きてようが死んでようが変わらないじゃないか
というか、音楽をやっているから何なのだろう
ストレスを発散する以上のストレスを抱え、期待しては打ち破れ、先が見えない
まぁやらされてる訳でもないし、やりたいからやってるだけなんだけど

自己顕示欲に魂を入れた様な連中が蠅の様に群がるSNSが苦手だ
フォロワー数とかいいねの数とか、何の価値があるのだろう(こんな事を言ってる事自体がもの凄くさぶい)
情報過多
いらないものばかり
だから私は見ない
それでも、ただ生きているだけで知りたくない情報が入ってくる
勝手にやってていいから関わらないでくれ

なんて言ってたら孤独が恐ろしい速度で加速していった
情報社会の恐ろしさ
けどストレスは圧倒的に減った

知らない相手に対して暴言を吐けるシステム
ただ無機質な画面に向かって罵詈雑言浴びせてるつもりでも、その先にはあなたと同じ人間がいるという事をどうしてわからないのだろうね

この「不浄で、猥雑で、希望も価値も生きがいのかけらもない、汚濁に満ちた社会」(山本直樹の『ビリーバーズ』より一部抜粋)で私が健やかに生きていく為には、鈍感になる他ないのだろうか?
大衆に紛れてみんなと同じ方向を何も疑わずに見ていないといけないのだろうか?
ストレスをなるべく感じないでいられる為に、今年は意識的に色んな工夫を自分なりにした
結果、部屋に閉じこもって一日中パソコンに向かって何時間もギターを弾きながら曲を作り好きな実況者のゲーム実況動画を見る、という形式が一番だった
でもそれじゃあ社会では生きていけない
飯を食っていけない
何時間も曲を作る、というクリエイティブな事をやっている様に聞こえなくもない行為も、全く生産性が無いただの時間の浪費と捉えられても全く反論は出来ない
曲を作るという行為がどうすればお金になるのだろう
毎月一曲はニコニコ動画に投稿するのを最低限の目標にしている
自分を分析した結果、燃え尽き症候群になりがちなので、この目標を設定する事でそれを防ぐ事が出来た(今のところは)
幅を広げる為に活動の場を広げようとした
けどなかなか受け付けてくれる場所はない
こういった地道な事をコツコツと続けていった先に、私の未来があるとよいのだが

こねこねこねくしょん♪
この世は人脈が全てだよん♪

右目が曇る上に痛い
コンタクトがおかしいのかと思って外したけどそれでも症状は変わらない
肺が苦しい
姿勢を正すと痛む
ポケモンセンターに預けるみたいにして体が快復したら良いのにな
てんてんてろりん
出口の無いトンネルは、ある。
けど明けない夜は、無い。

滝本竜彦の「NHKにようこそ!」に出てくる岬ちゃんが、最高の幸せを手にした時にそれを捨てる事でどんな辛い事も乗り越える事が出来るはず、と言っておかしな行動を取っていた
その考えを咀嚼したら、幸せの絶頂の時に死ぬ、という形で消化された
気分が下がってたりどうしようもないテンションの時なんかは、あぁあの時死んでれば、なんて思ってしまう
なんて不孝行人間なのだろう
たまにある「生きていて良かった」と思う時なんかは、今死んでしまっても構わないと本気で思っているから怖い

まぁ「死んでしまっても構わない」っていう考えは、とても前向きだとは思うんだけどね

生きてても地獄、死んでも地獄、なんてのは嫌だからひっそり生きていたい
生きてようが、死んでようが、赤の他人に干渉されないのが良いなあ
自分が自分であるという事を隠しながら活動して、本当の自分はひっそりと暮らしている

お、良いね
今生まれたこの理想像、なかなか良いね
これを目標にしよう
夏だったらそろそろ明るくなってる時間帯だけど、もう年の瀬でした
おやすみ