Spiral Fiction Notes このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-11-23 『ハード・コア』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20181126225022j:image

山下敦弘監督『ハード・コア』初日を鑑賞する。

政治活動を手伝っている、正しくない世界だから間違っていると言って何が悪いという兄の右近(山田孝之)と、商社マンで正しくない世の中だから妥協して生きているという弟の左近(佐藤健)、女性経験がなくほとんど話さない右近友達である牛山(荒川良々)と謎のロボットのロボオを中心に、家族もいない、あるいは頼ることもない彼らのコミュニティや関係性を描いていた。

山下さんの描くどうしようもない男たちの哀愁に似たもの、負け犬と呼ばれても仕方のない彼らの衝動やむなしさや人間関係はどうしてもなにかを掴まれたような気になる。きっと、どこにもいけない、なにものにもなれなかった者たちの鎮魂歌

途中で石橋けいさんが出てくるが、異様にエロい、それも監督や男性が求めてしまうある種都合のいい男性主観妄想的な女性像であったりもする。だけど、こういう女性はいることはいるのだと思う。映画の中ではすごい美人ではないがどこかエロティックであり、自分享楽のために男を誘い、彼らがハマって自らオチていくのをたのしんでしまうような、それがもしかしたら目的かもしれないような、昔だったら魔性の女って呼ばれていたのかもしれないそんな女性

この作品で出てくる女性って基本的に男性の性的な欲望の対象ではあるけど、メインキャラとそれを省いて関係を持つものがいない。そのためにホモソーシャルな関係は持続し、大切なものとして強固になる。

最後にスタッフロール見てたら、衣装伊賀大介さんだった! 

2018-11-10 『ボヘミアン・ラプソディ』『モダンライフ・イズ・ラビッシュ』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20181110163452j:image

 TOHOシネマズ新宿にてドルビーアトモスで『ボヘミアン・ラプソディ』を鑑賞。やはり予告編で観ていた時からこの作品を観るときには大画面でできるだけ音量のいい劇場で観ようと思っていたので、ここで正解だった。

 フレディ・マーキュリーがスターになって大衆を沸かすに沸かす最後のライブエイドまで。彼の人生バンドメンバー、妻だった彼女、やがて自分のセクシャルに気づき最後を共にすることになるパートナーとの出会い。彼の人生が、鳴らした素晴らしい音楽を、いや、彼らが鳴らした音楽時代を超えても届くことがわかる。最後の20分のライブエイドでのライブを完全再現したシーンは鳥肌と涙が止まらない。観るなら大画面で大音量で、家やPCスマホで観る映画なんかじゃない。

f:id:likeaswimmingangel:20181110163449j:image

 新宿から渋谷で、なんとか30分以内でヒューマントラスト渋谷に。『モダンライフ・イズ・ラビッシュ』鑑賞。こちらも10人とかそのぐらいか。

 ブラーリバティーンズレディオヘッドUKロック盛りだくさんで、ニルヴァーナスマパンソニックユースストロークスたちUSロック勢は出てこないっていうロックミュージシャン物語ではあるけど、ラブストーリーでした。僕の十代、二十代に聴いてた曲、レディオヘッド貶されたら萎えるよっていうね、あれすごくわかる。今日イギリス舞台にした音楽映画祭りでした。

2018-11-09 『生きてるだけで、愛。』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20181110162551j:image

 公開初日に、渋谷ヒューマックスシネマ仕事帰りに鑑賞。10人ぐらいのお客さんだったような気がする。小説自体はだいぶ前に読んでいるが、鬱になっている主人公趣里)と彼女の彼氏菅田将暉)、彼女のわがままに見える、不器用さやどうしようもなさ、人の優しさが染み込んでくると壊してしまいたくなるのは、自己肯定力のなさやそれに応えることがきっとしんどくなってくるからなのだろう。だが、一緒にいる彼氏、いや恋人や同居人だったら耐えれないとも思う。彼もまたゆっくりと溜まっていたものを最後には爆発させる。彼女の最後の疾走と踊りのような行動は憂鬱の鬱から抜け出す儀式だった。しかし、彼女の行動に胸糞が悪くなるところもある。きっと、今の所自分だったら迷惑をかける側だからだ。しかし、いつ自分が鬱になってしまうかは誰にもわからない。ただ、このメンヘラ的な自意識問題本谷有希子さんが演劇で世に出て、小説を書いていくことになるゼロ年代的なものでもあり、いまでもこのことに苦しんだりしている人が多いのも知っている。だが、どこか見慣れてしまった光景でもあるように思えてしまう。もっともっと早く映像化していた方が突き刺さり方は違ったのかもしれない、とは思う。

 本谷有希子原作『生きているだけで、愛。』と山戸結希監督おとぎ話みたい』の映画の主演が共に趣里が主演で、どちらも劇場で観たが、山戸監督呪いですらある作品に出てた印象には勝てない。というのが観た印象だ。

2018-11-01 『ビブリア古書堂の事件手帖』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20181101150851j:image

 メディアワークス文庫で三上延さんが書いた『ビブリア古書堂の事件手帖』の映画化。栞子を黒木華が演じた時点で勝ち、というか企画は成功したのではないかと思わなくもない。

 文庫一巻で書かれたものをうまく二時間にまとめている印象。祖母に怒られたことで活字恐怖症になった大輔を演じた野村周平もよい、小説ではもっとガタイのいいアメフトとかやってそうな長身のイメージだったが、黒木華とのバランスもよかったと思う。

 大輔の祖母の若い頃の絹子を演じた夏帆がかなりいい、色気もあるけど庶民的な感じもあり、彼女の秘めた恋がすべての発端ではあるし、現代に続く事件に繋がっているわけだが。ただ、文庫の最新刊を見ると主人公のふたりのその後を考えると絹子の残した本が彼らを結びつけるわけになるのだから、この作品がヒットするとシリーズで映画化していくのかもな、って思う。

 キーマンである稲垣を演じた成田凌が悪いわけではないが、なにせ登場人物が少ないせいでミステリー的な要素も早々にわかる人にはわかってしまう、声とかさ、でも、大事なのはそこではないのだろうが。

 大輔と稲垣というふたりの男と本のことになったら話すのが止まらない栞子という現代の三角形を形成するのが、過去の絹子と田中(東出昌大)の関係というのはいいなと思う。

2018-10-26 『あの頃、君を追いかけた』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20181027224017j:image

仕事帰りにヒューマントラスト渋谷に寄った。TCGカードで千円dayなので、『あの頃、君を追いかけた』をば。

監督の長谷川康夫さんって『つかこうへい正伝』書かれた方だよな。本が出た頃にラカグで水道橋博士×樋口毅宏×長谷川康夫のトークイベントに行って、そのまま打ち上げに参加したときにお話をさせていただいた記憶が。

『サニー』といい『あの頃、君を追いかけた』の日本版共に松本穂香出てるね。齋藤飛鳥って乃木坂の人なのね。『あの頃、君を追いかけた』観に行ったら高校生ぐらいの子がたくさんいたのは、そのファンなんだろうな。

台湾のオリジナル版見てないけど、こういう映画なのかなあ、随所随所でおっさんが撮ってるのがもろに出てるけど、アイドル関連は若手に撮らそうよ。オリジナル版はきっといいのだろう、たぶん。

『あの頃、君を追いかけた』を観て35歳問題が発動してる身としては青春まぶしっ!であり、過去のありえたかもしれない可能性に追いたてられ、なにものにもなれないままなら当然ながら鬱になるしかなく、いや、人は生まれながら死に至る病を発症してるから、あまり気にしなくていいのではと思わなくない。

2018-10-23 『世界で一番ゴッホを描いた男』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20181023160200j:image

シネマカリテで『世界で一番ゴッホを描いた男』鑑賞。

芸術家か職人か、オリジナルかコピー(orフェイク)かという自意識問題は僕が二十代の頃にはまだあったような気がする。『多重人格探偵サイコ』や西島さんの『アトモスフィア』はオリジナルとコピー(orフェイク)を巡る物語だった。

最近話題になった『ドラゴンボール』はじめて読んだけど的なネタも、伊藤剛さんのかつての漫画家を若い世代がまったく知らないというツイートは、オリジナルはもはや当たり前の風景になりすぎて認識すらされなくなった状況を認識させるものだと思う。

どんなジャンルにおいても、そう。

サンプリングとオマージュは元ネタという文脈をわかるからこそ、それをする者のセンスや個性を見いだした可能性の先には、インターネットとコピー&ペースト、教養は金がないと繋がらないという本質。それはこの三十年で一気に加速して軌道から逸れてこっぱみじんになった。

この映画主人公はオランダで本物のゴッホの絵を見る。ある意味彼は覚醒する。守破離の守を二十年以上生活のためにしていた男は、それまで培ってきたもので未来へ爪痕を残そうと破り始めていく。それだけで感動的だが、写真とかを学んでいたであろう監督たちのカメラワークも素晴らしい、一枚の絵画みたいな構図がある。

2018-10-13 『アンダー・ザ・シルバーレイク』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20181013202836j:image

f:id:likeaswimmingangel:20181013202832j:image

昨日、今年のワーストワンな映画を観てしまったので口直しとして『アンダー・ザ・シルバーレイク』をアップリンクで。

毎週『週刊ポスト』に書いてる連載「予告編妄想かわら版」で今週取り上げた『アンダー・ザ・シルバーレイク』を。書いた以上お金もらってるし観ないとなあ、とも思う。ただ、毎週予告編観てオチとか妄想してることの意味不明さはあるけど、来年の六月ぐらいまで続いたら百回になる。そのぐらいの固まりになると謎な映画コラム集の断片にはなるのかなあ。

作中にはLAに行った時に間違えてアスレチックコースを一時間以上かけて登ったグリフィス天文台(ララランドに出てくるあれね)も出てくるけど、アスレチックコースも出てきて親近感。天文台から「HOLLYWOOD」の文字が見えた。あの文字の後ろに隠された○○があるぞみたいな都市伝説みたいな話を聞いたことあるけど、そういう要素てんこ盛りだった。

すっげえわかりやすく言うとゼロ年代の『メフィスト』『ファウスト』出身の佐藤友哉、西尾維新、舞城王太郎が書いてきた世界観、ミステリーをハリウッド、LAに舞台を移してより都市伝説的な要素強めた作品って言えるんじゃないかなあ。

2018-10-08 『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』『アントマン&ワスプ』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20181008220418j:image

10月4日、イマジカの試写室でニコラス・ケイジ主演『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』内乱試写。世界が血まみれな復讐劇。

海外の映画祭でも評判がいいらしい。メタルバンドの曲が鳴り響き、カルト集団に妻を誘拐された男がひとりで戦いを挑むというもの。しかし、画面がだいたい赤い、80年代的な映画の雰囲気。

カルトムービーになりそうな感じがした。幅広くヒットはしないだろうが、一部の人にはぐっさり刺さるという趣。あと所々笑える。


f:id:likeaswimmingangel:20181008220416j:image

朝起きてからTOHOシネマズ渋谷に行って『アントマン&ワスプ』を鑑賞。

量子という単語に家族の話だから、東浩紀著『クォンタム・ファミリーズ』ですよ、ある意味。『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』とも繋がるわけね。来月は『ヴェノム』ですね。

2018-10-01 『愛と酒場と音楽と』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20181008220212j:image

f:id:likeaswimmingangel:20181008220210j:image

仕事終わりに、映画の日なので『きみの鳥はうたえる』二回目を観て、そのまま続けてユーロスペースで『愛と酒場と音楽と』を。三作品それぞれタイプの違うオムニバス作品

作品目はセリフがほぼなく、裸の人間の髪を切るところから意外な感じになるのだが、すげえシンプル。

作品目はワンシチュエーションもので、登場人物がかなり癖のある話し方をする。みんなが同じようなスピードで話すので、流れていくけどセリフは残りづらい。間とテンポ、対比になるような人物がいたほうがもっといいのだろうということを終わった後にご挨拶した海老澤さんに伝えた。

作品目はメルマ旬報執筆陣の小川紗良さんが監督主演しているもの。こちらはムーラボ作品だったので、音楽が主体でラップのリズムとMVのように映像を編集しているので観やすい、頑固な父親とのやりとりなど、大まかに省力したかカットしているのだと思う。イワシ屋の息子の高校生の男の子が『リリイ・シュシュのすべて』の頃の市川隼人っぽかった。

2018-09-27 『search』試写 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:likeaswimmingangel:20180927204611j:image

 『search』試写。ソニーピクチャーは事前に予約制、初めて来た。

予告編妄想かわら版」の公開週の月曜に出る 連載にも書いたけど、映画のすべてのシーンがPCスマホなどの画面で構成されていて、行方不明になった娘を探す父は、PCスマホを使い、娘のSNSにもログインして交遊関係を調べていく。ネット、SNS時代の安楽椅子探偵ものとして見ることができる。

 これが日本だと『スマホを落としただけなのに』になってしまう。いいか悪いかは別として。たぶん、このやり方はいろんな国で模倣されるだろうが、これがアメリカでヒットしている以上、二番煎じになる。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』からモキュメンタリーブームが来たみたいなことになるかなあ。

 若者のTwitterやFacebook離れも言われるが、リアリティーのあるものだとは思う。十代二十代の子供がいる親世代のほうが突き刺さるかも。子供たちはこんなことをして繋がりがあるのか、とか。

Facebookによく投稿してる人とかはそうだよね、と納得しながら話に引き込まれていく可能性も高いかなあ。公開したらヒットするとは思う。

 なにもかもデータで残せるということは辿れば隠されたものも暴けるかもしれない。それを古書をメインにしたのが『ビブリア古書堂』かもしれない。違うか。

 これも前に試写で観た『クワイエット・プレイス』もある種のワンアイデアでアメリカでヒットしてる。日本だと『カメラを止めるな!』がそれになる。もう、マーケティングして映画にしろなにか作品を作っても佳作か秀作程度しかならない。

 低予算だからいいんじゃない。作った人には金が入らないシステムはとりあえずクソだ、それは間違いなく。作る人が情念とかどうにもならない気持ちがあるもの、結局個人的なものにたどり着くんじゃないか、それをサポートする体制がオンラインなりクラファンできれば。ただ、みんなで作ることで無理な部分があるし、出てくる。

 インターネットで繋がりが簡単になると個人の概念みたいなものが簡単に浮き彫りになる、近代化する時に「私」という概念が入ってきたように、あれは個人をキャラクター化するものだった。そのキャラクターは傷つくし当然死ぬし、気持ちもある。

 キャラクター文芸とかいうけど、そもそも近代小説が自然主義を巻き込んでキャラクター小説だった。アトムの命題はのらくろというキャラクターが体現してる。その辺りのことは田河水泡と現在をつないで書いたら批評的な小説になるはず。