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lithosの日記

2018-11-10

アルジェリア、タッシリ・ナジェール岩絵撮影行・その3

日の出は6時半くらいだ。朝は寒く、ダウンジャケットを着る日も少なくなかった。

朝食はコーヒー、紅茶などに、バゲット、ジャムやはちみつ、チーズなど。

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朝食を済ませると、昨夕訪れた岩絵のあるシェルターに再び上がる。光線の具合で昨日はよく見えていた絵がみつけにくくなっていたりする。

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ところでアメリカ人のロバートはサンディエゴに住んでいるが、パリ経由のエールフランスでアルジェに来て、預け荷物をロストされてしまった。今日、ジャネットに届くことになっており、ツアー会社のスタッフに受け取りに行ってもらっている。まだ比較的町から近い場所にいたからよかったものの、初日から砂漠の奥に入ってしまっていたら荷物無しで10日過ごさなくてはならないところだ。荷物の受け渡し場所として、N3A線を少し戻った場所にあるTanaoutという、玄武岩の岩塊が山になっている場所に行く。初日に寄る予定だった場所だ。

玄武岩塊におびただしい数の彫り物がある。キリンや牛などの動物、同心円、らせん模様、具象と抽象が混じったもの──。なかなか見ごたえがあった。らせんや同心円の意味はわからないが、こうしたものが壁画ではほとんど見かけることがなく、ほぼ岩面への線刻に限られているということが面白い。

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ロバートの荷物も無事受け取り、さらに道路を南東に向かい、その後道を外れて東へ。Tadrartと呼ばれるタッシリの台地の東南側に広がる岩山の地域に入っていく。Tadrartは「外タッシリ」とも呼ばれる。私が参加する前半のツアーはほぼこのTadrart地域を巡る予定だ。砂の色がだんだん赤くなっていく。TadrartはTadrart Rouge=赤いタドラートと呼ばれている。

Oued el Beridjという枯川のエリアの入り口に向かい、「手の洞窟」と呼ばれる、手形のステンシルが壁面にたくさん残されたシェルターに入った。タッシリでは手形はあまり多くないようだが、ここはかなりの数の手形がおされている。年代はわからないようだ。

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さらにOued el Beridjを進む。写真を撮りたくなる奇岩があちこちにあるが、どうも他の人たちはあまり興味が無い(か、見慣れているのか)ようだし、アンドラスは早く次の岩絵サイトに行きたいので、なかなかいちいち停まってもらいにくい。絵や線刻のある小さなサイトを複数見る。二頭の馬を駆る人物像、長い槍を持つ戦士か狩人、シェルターの床の岩に彫られた象の線刻画──。時代、モチーフ、様式、全てが多種多様だ。

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陽も傾いてきて、大きな牛のレリーフのあるMarka Ouandiという場所の近くにキャンプ地を定める。

牛のレリーフは線が二重になっており、力強く彫り込まれたなかなか見事なものだが、残念ながら光線の具合が悪く、はっきりしない。イギリスでカップ・アンド・リングマークの彫られた岩など撮影したときも同様で、絵が彫られた岩に斜めから陽があたらないと鮮明に見えてこないのだ。明日の朝日が上手い具合にあたるかもしれないから、朝イチでもう一度来てみようということに。

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まだ日暮れには時間があるので、アンドラスは1993年に発見のリポートのあったイヘーレン様式の絵のある場所を探しに行くという。昨年のツアーでも探索したようだが、見つからなかったのだと。

彼は自らの探索行をかねて人を募り、人数をそろえることでコストを抑えている。古い資料にあたって、まだ行ったことのない場所を探し歩く。

アンドラス、私、ロバートでMarka Ouandiの北側のエリアのシェルターをひとつずつ見ていくが、それらしきものが無い。どうも探す場所が見込み違いだったようだということになり、戻ろうとしたとき、キャンプ地の方からレナータがやってきた。アンドラスが彼女の近くのシェルターに絵がないか見てくれと声をかけると、あると。急いで向かう。探していたものではない、簡単なものだった。皆がぞろぞろと帰りかけた時、なんとなく低いシェルターの天井を見上げると、絵がたくさん描かれているではないか。大声で呼び戻した。

それはやはり探していた絵ではなかったが、とてもユニークな絵で、おそらくどの記録にも残っていない、初めて見つかったものに違いないということだった。これはいい記念になった。私はオーストラリアで天井にかかれた絵をたくさん見てきたので、なんとなく上を見る習慣がついていたようだ。

おかしな絵だ。牛はわかるのだが、その他に書かれたものがよくわからない。なんだかサボテンのような、または男性器のように見えるものもあるが、どうだろうか。アンドラスもこういうものは見たことないという。キース・ヘリングの絵みたい、とレナータ。翌日見に来たヨナスに「ちょっとペニスみたいだけど」というと、「ちょっと便所の落書きみたいだなと思った」と。

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簡単に写真をとって、後は翌朝また来てみようとなったとき、レナータの乗った岩がぐらついて転び、彼女は足をくじいてしまった。痛みで歩けない。まだ2日目なのに、これは本当に気の毒なことになった。骨にヒビなど入っていなければいいのだが。

レナータを心配しつつも、エレーナが持ってきたアイリッシュ・ウイスキーを飲んで、辛くないチリシチューを食べて寝る。月は三日月で早く沈んだ後は星がきれいだ。