月曜日は私にとって、朝だったかな このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-05-22

眠れない夜は羊なんか数えない

正直言って何も書けなくなってしまったのです。書きたい欲求だけがからまわりして、何も言葉が出てこない。それは我慢していたからというのもあるし、言葉を紡ぎ出そうとする行為が自意識から遠く離れていったというのもある。尊厳をどこかに置いてきて、人を傷つけるだけの壊れた、あるいは治りかけの、器官に成りかわったとも言える。言葉によって救われる瞬間、言葉自体に宿る誠実さを、私は捨て去ってしまった気がしてずっと怖かったのだ。

毎日毎日、感情に負けた。生きていくには断片が必要だったのに。ほんの少しの欠片でいいから、それに色をつけたかった、そのための救いとしての言葉だった。どんなに小さな部屋でも、場所でもいいのだ、好きなように泳げれば。部屋全体の、あの低い位置に漂ってる温度。そっと息をしながら、寝ているのか起きているのか、わからないような、そんな空気が、安心で満たされるまで、私は自分の中身がぐちゃぐちゃになっていくのがわかったし、いちいち臓器が引っかかった。血だらけだ。しかしその血は外にはでない。なぜなら中身が血で染まっても、誰にも分かるはずないのだから。

言葉なんて、と忘れたふりをしていたら、つなぎ目にはどんどん亀裂が走っていく。ああ、どんどん進むのだなと思う。たまに忘れる。何があったかも覚えていない。壊れていくところは波のように繰り返して目の前に現れる、もう取り返しはつかないのだけれど。見ていることしか私にはできなかった。

そりゃ爪も割れる。指で触ると当たり前に痛い。

2010-10-20

話してよ、最悪なキミのこと

スクリーンから光が消えて、辺りが数秒間だけまっくらになる。固まった背中を前の方にそらして、腕と曲がった指を、口をつぐみながらうんと上まで伸ばすのがたまらなく好きだ。身体の中からみしみしって聞こえたら、最後にコキって小さく鳴る。息がもれるのを、細心の注意を払ってそおっと飲み込む。まだ声を出しちゃいけない。そんなもったいないことできない。だんだん明るくなった空間に目が慣れてくると、私はずっと自分の足下を見てしまうんだ。なぜなら私は映画を見るときは決まって靴を脱ぐから。靴を脱いで、膝を抱える。あるときは銃弾の音に肩がびくっとなる。つま先がタイツに食い込んで、気持ち悪い。あるときは、唇と唇が触れ合って、まとう音に胸が苦しくなる。荒野の中に吹きあれる紙切れのひとつひとつが、耳の穴をふさいで、仰々しく小刻みに震えるような気配を感じる。

人がアスファルトの上を歩く時の、靴と地面がこすれる音。靴と地面の隙間に吹いている重苦しさ。着ているズボンやシャツの衣と衣がこすれる音。ポケットから携帯電話を出して、ナイフみたいに急に開く時の音。もう短くなったタバコから漂うもやもやした煙が鼻の先をかすめていく時に、あなたの指を思い出したりね。

それでね、私は夜の街を、姿勢を正して歩いてみたんだ。耳を研ぎすましていると、言葉が意味を失う。意味なんてあるのだろうか。話し声よりも風の音の方がよく聞こえる。私の意思で、私の右足で蹴った地面のくもった音が、なんだか、とても、心地よくて私はひたすら前を見て歩いた。

みんなしあわせになりたいだけなんだって。そんなことわかってるんだけどさ。でも私はやっぱり、誰かに助けを求めている。いつもいつも、毎朝、毎晩、薄い膜がかかったような世界に投げ出されてる感じだ。お風呂に入るのだって勇気がいる。洗濯機のスイッチを押すのだってつらい。爪を切ったときに決まって悪夢を思い出す。顔のほくろが増えている。外に出たら、外に出たら、助けてって言わなきゃ。でもその膜は、とっても薄いから、私がはっと息をしただけで破れては、私の顔を被おって、窒息させようとする。

2010-10-18

百年後の

百年後のこと?

だって百年後は私じゃないでしょう。ううん、あなたには会いたいのだけど。そうね、百年後にも実体があれば、両手を広げてあなたを抱きしめるよ。というかさ、私やあなたが作ったものが、百年後、誰かの目に触れるかもしれないと思うとちょっとうれしいね。百年後の誰かに共感されたら、私たちは時空を越えられる。百年後、違う形で、たとえば途方もない宇宙みたいな網の中の、ある階層の中に私たち一緒に保存されるかしら?そうしたらずっと一緒でいられるね。

寝ている間に窓を開けていた事も忘れている。体温が上がってどんどん苦しくなって、身体に痛みのようなかゆみのような、そういうものが走ってゆくんだ。目を開けたいのに、瞼をぎゅっとしてくっつけている。痛みをやり過ごすわけではなく、ただ過ぎるのを待つ為に。喉の奥が乾いて、何度も唾を飲み込んでいたら、首のあたりがじれったくなって、まるで水中から光に向かって上がっていった瞬間みたいに、目を思いっきり見開いた。

さっき見た映像が反芻される。隣に寝ている人の、かわいらしく仕立てられたシャツの袖口からまっくろな数珠のような実体のないものが、わしゃわしゃ出てくる。あれこれ何かの動物かな。最初はお互い笑いころげる。ちょっとちょっと! あははは。かわいい。かわいい。なんだろう、このわしゃわしゃして丸っころいやつ? ねえなんだろうね。

でもね私はどんどん怖くなるんだ。多分1分もしないうちに。笑うように筋肉を使ってたのが全部溶けてほっぺたから唇がずるずるお腹の方まで垂れてきている気分になる。あれ? 自分のことを忘れてしまったらどうしよう、頭の中に身体ごと吸い込まれたらどうしよう。袖口から絶え間なく出続ける黒い物体が悪魔みたいに見える。どこか知らないところで大きくなった、誰かの悪意が口の中に入ってくる気がする。ああ、やめて!と私は精一杯叫ぶ。お願いだから、あなたの手首を、私に切らせないで! あの人は穏やかに笑っている。とても華奢な指を顔の方に持ってきて前髪を少し横にやる。そして私の伸びた前髪に触れてから、少し右に流して、そのまま頬にするーっと手の甲を滑らせて、また笑うんだ。首をかしげると、顔の丸さが際立って素敵だった。

私は何にも知らない。あなたのことも百年後のことも、何にも知らない。そのとき必要とされている実感というもののために、恐ろしいほど加担するだけだ。それでも、新しさという歴史は繰り返され、私はそれを見つけるために絶え間なく動き続けなくてはいけないんだ。でもそれだと、悲しみを増大していくだけなんじゃないか?悪意を生んでいるのは他ならぬ私なのではないか?わしゃわしゃした黒い物体は全部私の内側へ消えて行った。私は思う。あなたが悪いんじゃない。

隣にはその人が寝ていて、ちいさく口を開けている。空気が身体の中に満たされようとして入ってゆく音がした。百年後、私はあなたのことを、心の底から信じているだろうか。大事なものを壊しながらちゃんと、信じているだろうか。