Hatena::ブログ(Diary)

lmnopqrstuの日記

2009-10-27

memo091027

| 22:11 | memo091027を含むブックマーク

おひさしぶーりーねー。

あじゅんまにあうなんてー。

……

はい。

lmnopqrstuです。

引っ越し先はhttp://lmnopqrstu.blog103.fc2.com/です。

これからもよろしくお願いします。

2009-09-07

同化主義批判のためのノート2

| 01:44 | 同化主義批判のためのノート2を含むブックマーク

 日本が現在どれくらい多民族多文化社会になっているか(あるいはハイブリッド社会でもよい)と問うのではなく、日本人と非日本人*1の関係が現在どれくらい人間的になっているかを問うべきではないだろうか。日本が多民族多文化社会(あるいは端的に人間の多様性を認める社会)でありながら、同時に日本人と非日本人の関係が非人間的ということはありうる。たとえばアメリカのように。アメリカのように「人間の多様性を認める」内部世界を有しつつ、非アメリカ人に対して(人間としてきわめて)無責任ということは可能だ。しかし日本人と非日本人の関係が現在なおどれほど非人間的であるかという問いには日本人の責任が問われる。なぜなら日本人と非日本人の関係は、日本社会の多民族化多文化化(またはハイブリッド化等)によって内面化しえない外部に属するからである。

 自国、A国、B国のうちより進歩的な社会はどこかという問いと、自国人とA国人、B国人の関係が、現在なおどれほど非人間的なままであるかという問いには差異がある。前者は内部の問いであって、後者は他国人の前で責任が問われる問いである。たとえば自国人とA国人が「進歩的な社会」を目指して自民族の民族性を希薄化してゆく戦略(あるいは多民族化戦略でもよい)を採用することが、自国人とA国人の非人間的関係の克服と等置されるとき、この差異は消去される。つまり後者(他国人との関係がなお非人間的であることに対する自国人の責任)の問題が前者(「進歩的な社会」への各国の進化)の問題に還元されることで、差異が消去されている。後者を前者の次元に還元することで、両次元の差異を消去するという(しばしば半ば無意識の)この操作は、アジア的専制論などの停滞論がいわば「実際に機能する現場」でもよくみられる。その外装は「進歩的」であり「後進」国に同情的なときさえあるが、自国人と(当の)「後進」国人の関係がなおどれほど非人間的なままであるかという自国人の責任が問われる次元が消去されてしまう(か社会進化の(不)可能性論に最初から「併合」されている)。その内容の実証性は別に吟味すべきだとしても、差異を消去するその働きにおいて、それは往々イデオロギーとして機能する*2

 日本人と非日本人の対立(否定)する関係が日本社会の雑種化等によって内面的に「解決」しうるなら、根本的には、日本人と非日本人の間で(人間の)権利を定立(して物事を対等に解決)する必然性がなくなるから、対立(否定)を忌避する社会であればなおさら、日本人と非日本人の間で発生する問題は、結局のところ、日本人によるいわば仁政(良心)の問題に還元されてしまうだろう(「われらの内なる差別」)。逆に非日本人は仁政を待望する状態=無権利状態を強いられる。非日本人の隷属性を再生産するのはこの無権利状態だろう。こういった構造的隷属性を常態とみて疑わない非日本人知識人は、日本人との関係においては、実態としては、知識人というより(日本人から)仁政(良心)を引きだすテクニシャンと化すと思われる。そして構造的搾取をひきつづき不問にすることの(日本人への)シグナルとして、自己の魂(内面)の問題をときに語るだろう。つまり非日本人自身が、構造的隷属下にある自己自身を自己の内面に監禁して「内なる声」を外に向けてときに告白するというスタイルをとって(日本人を不安にさせない)「大人になる」。もしくはこのスタイルとの「内なる闘争(内戦)」を経なければまともに(社会に向けて)権利要求さえできない摩滅的日常に絡めとられる。そしてこのような過程の総体は、「過去の」植民地主義の暴力が自己相似的(フラクタル)に展開し続けて現在に至っていること自体を示唆すると思われる。

 かれらはすべての民族に、存続と引き換えに、ブルジョア階級の生産様式の採用を強制する。かれらはすべての民族に、いわゆる文明を自国に輸入することを、すなわち、ブルジョア階級になることを強制する。一言で言えば、ブルジョア階級は、かれら自身の姿に似せて世界を創造するのだ。*3

 ブルジョア階級は他者に興味を示す階級であるが、それは他者を自分に似せるためであって、他者と自分の関係には興味がない。いわんや他者と自分の歴史的関係の来し方行く末に対する自分の責任にはまったく興味がない。すべての民族を自分自身に似せてつくりかえることによって、各々の民族自身が自己の属する社会をブルジョアのように反省しブルジョア好みにつくりかえていくことを促すこの(自己相似的)暴力は、諸民族の関係を人間の権利の定立によって媒介された対等な関係へと変化させる暴力ではない。変化の必要性と責任を痛感させる種を世界中にまくとしても。


後記

はてなではこれを最後とします。

引越し先が決まり次第お知らせします。

短い間でしたが拙ブログを読んでくださりありがとうございました。


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*1:非日本人一般ではなく特定の。以下同様。

*2:日本の共和国に対する関係の不当さを批判すると、共和国支持者として罵倒されるという短絡もこれと(同一でないにしても)似たタイプの「論理」だろう。単独選挙反対派が李承晩共産主義者に対する関係の異常性を批判すると、李承晩から共産主義者として排除されるという短絡も同じだ。神とXの関係を批判的に捉えかえすと、Xの支持者として批判されるという「論理」と同じである。関係(「する」)が主体(「である」)に吸収される。この「論理」の愛好者たちが口をそろえて自分は独裁が許せませんと言うから恐れ入る。

*3マルクス共産主義者宣言』(太田出版)17頁。

2009-07-15

同化主義批判のためのノート

| 00:18 | 同化主義批判のためのノートを含むブックマーク

 梶村秀樹は「在日朝鮮人にとっての国籍戸籍・家族(上)」(『梶村秀樹著作集第6巻』253頁)において次のように述べている。

 在日朝鮮人とは、1910年日本帝国主義の朝鮮植民地化とともに好むと好まざるとにかかわらず、朝鮮(当時の呼称では大韓帝国)の国籍を奪われて日本国籍を強要され、1945年日本の敗戦後は、また自己の意志にかかわらず、日本に永年住んでいようとどうであろうと自動的に日本国籍をとりあげられた人々である。

 現在の在日朝鮮人1910年にはまだ形成されていなかったという理由によって、日本敗戦後の「日本国籍をとりあげられた」問題にこそ在日朝鮮人問題の急所があると思っている人がいるかもしれない。この立場にたつ日本人が(とりわけ在日朝鮮人に対して)植民地支配の責任を考えていると称する場合、それはおそらく次のようになるのではないか。

 きみたちもかつては日本人だったのに帝国の後裔である戦後の日本がきみたちの面倒をみずに外国人として放り出してしまって本当に申し訳ない。

 つまりこの立場の日本人(及びそれに賛同する人)が(とりわけ在日朝鮮人に対して考える)植民地支配の責任とは、「かつても今も日本人である私たち」の「かつて日本人であったきみたち」に対する責任(の論理)だろう。朝鮮人を「かつて日本人であった者」とみなし、本来なら今も「私たちと同じ日本人である者」とみなすために、朝鮮人との和解を求めながら行為遂行的に朝鮮人を否認する。肯定されているのは朝鮮系日本人であって朝鮮人ではない。と同時に1910年の出来事に対する責任も、その主観とは別に、行為遂行的に否認する。なぜなら1910年の併合=日本国籍の強要こそが、すべての朝鮮人を強制的に朝鮮系日本人へと転化したからである。無論その上で朝鮮人として差別したから問題は最初から二重になっている。形式論理の水準で、帝国ハト派的に日本系日本人と朝鮮系日本人の平等を呼びかける立場と、帝国タカ派的に日本系日本人と朝鮮系日本人の身分の違い(の維持)を主張する立場を想定できるが、どちらも帝国の暴力を不問にする。日本人が1910年の併合を間違いであると認め、朝鮮人に対して責任をとることを認める立場にたつ場合、その基軸をなす両者の関係が、「かつても今も日本人である私たち」と、「かつて日本人であったきみたち=本来なら今も私たちと同じ日本人であるきみたち」の関係になることはありえない。植民地支配の法的責任を基軸とする歴史的責任は、単に日本人が朝鮮人に対してとるべきである。

 要するに日本敗戦後の「日本国籍をとりあげられた」問題こそが在日朝鮮人問題の要点だと考え日本国籍の強要を無視ないし軽視する立場は、植民地支配の責任を主観的に認めているそのときに、朝鮮人朝鮮人である事を認めることができない。大雑把に言ってこの立場は、植民地支配に対する法的責任を真剣には考えておらず、(最良の場合で)植民地支配の政治的道義的責任のみを認める立場だろう。この立場の人は大日本帝国の朝鮮(人)政策から在日朝鮮人の存在だけを抽象して論じる方法に本質的には疑問をもっていないために、事実上次のようなことを言っているのである。

 1910年日本国籍の「強要」を強調する必要があるだろうか。たとえ「強要」だったとしてもそのとき現在のいわゆる「在日朝鮮人」は存在していなかったのだから、「強要」よりも戦後の喪失が問題だろう。つまり「在日朝鮮人」にとって日本国籍を取得して朝鮮系日本人になることは本来の姿に戻ることだ。この意味で本来「在日朝鮮人」問題など存在しない。問題の要点は日本が多文化主義的な社会になって朝鮮系日本人を寛容に認めることができるか否かにある。戦前を反省している戦後の私たち日本人にはそれができるはずだ*1

 朝鮮系日本人を認めることは(X系日本人を認めることと同様の文脈で)日本が「寛容」な社会になりたいのであれば単に(在日朝鮮人問題と無関係に)やればいい*2。だが日本が朝鮮系日本人を認めることと、日本が朝鮮人に対して植民地支配の責任をとることは全く別の事柄である。前者が後者の系の一つになることは(場合によっては)ありえても、前者によって後者を代替したり解消することはできないし決して解消すべきではない。在日朝鮮人問題を、日本系日本人が朝鮮系日本人を認めるか否かという視点から「理解」する言説*3は、朝鮮人を朝鮮系日本人へと強制的に転化させた暴力を不問にする点で、そしてその同じ暴力が45年まで朝鮮人を支配してきたことを不問にする点で、さらに同化の暴力が現在も続いていることを不問にする点で、間違っている。もちろん在日朝鮮人のミクロな家族史の集積は直接に1910年という節目をはじき出しはしない。だが1910年を画期とする帝国内への監禁状態(及びその上での支配)を抜きにして、(ミクロな家族史に還元できない)在日朝鮮人の歴史的存在形態を理解することは不可能である。私は素朴に疑問なのだが、1910年の暴力の責任(者)*4についていまだかつて処断しようとしたことさえない戦後日本が、隣国や隣人に対して平和的であると、人々は一体何を根拠に言っているのだろうか?*5

 天皇の名の下に他民族を併呑し同化・支配した罪を反省しない上にいまなお他民族を同化・支配している日本に対して、自己を天皇の名の下に服さない他民族として分離する権利を維持しつつ同時に人間の権利を要求するという行為は、歴史的に正当な「権利のための闘争」だろう。日本が(天皇を戴き天皇との近接性を重視した)同化を基軸に据える排外的な社会だという点を捨象して(たとえば)米国式のsegregation/integrationの構図をあてはめて在日朝鮮人国籍への「固執」として現れる抵抗形態を安易に裁断すべきではない。というより1910年以来「自然」視されている不正かつ不均衡な関係を一にも二にもまず正すべきであって社会統合の問題ではない*6。併合の正当化でも否認でも後悔でも止揚でもなく、併合を間違いであると認める併合の端的な否定(とそれに基づく朝鮮人との関係修復)があまりにも欠乏しているのである。日本の左派の共通了解は(甘く評価してようやく)併合の後悔であって併合の否定ではない。後悔だけであれば日本人の内面世界で完結しうる。「朝鮮系日本人」はまさに内面的表象である。


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*1:たしかに在特会朝鮮人観はむごい。だが在特会が人々の「良心」をさんざんふり回しているうちに、この手のなめた言説が社会の共通了解として堂々と居座る過程の総体を批判的に問題にすべきという意味において、在特会にふり回されるべきではない。

*2:「〜系日本人」を増やすことで寛容な「私たち日本人」のイメージをチープに満喫できるだろう。

*3:実際には理解の拒否。

*4:19世紀末以来の侵略戦争の結果としての併合の責任(者)。

*5在日朝鮮人が、朝鮮人もまたこの社会の構成員であるという単なる客観的事実の日本人による承認とひきかえに「過去」を不問にするとすれば、それは非合理的だろう。だがそれはいわば社会的交換であると考えることもできる。この非合理的な社会的交換は「防波堤」を形成しているのではないだろうか。なぜなら(真相究明は無論)植民地主義の解体を阻み陳腐な「和解」を演出する土台として機能しうるからである。この「防波堤」の形成は、植民地期一部の朝鮮人が、さしあたり日本帝国内に存在しているという単なる客観的事実の日本人による(仰々しい)承認(同じ皇国臣民として等)とひきかえに1910年(以前及び以来)の暴力を実質上不問にするという「交換」を行い、積極的に日帝に参与していった歴史を想起させる。もちろん監禁状態においた上で無視と暴力を交互に加え続ける関係が常態であればこそ、「日本人による承認」の価値がつりあがり「承認」されるや否や「何もかもゆるす」朝鮮人が構造的に生成してくる(からこの関係の解体が必要である)。(在日朝鮮人はみな)「朝鮮系日本人」(になればいい)論はこの「防波堤」に寄生し「防波堤」を強化することでしか成立しないと私は考える。この意味における「朝鮮系日本人」は(「防波堤」の人格化としては)「過去」にこだわり続ける朝鮮人だけは「ゆるす」ことができないだろう。

*6:「在日朝鮮人の実態はほとんど日本人であるにもかかわらず朝鮮系日本人を認めないお前は本質主義者である」と「批判」する人がいるかもしれない。(あらかじめ「答えて」おくと)「在日朝鮮人の実態はほとんど日本人である」という言説が実践している本質主義こそ解体すべきである。1910年以来「朝鮮人の実態はほとんど日本人である」という合唱と同化政策は止んだことがないが、反対に一人の朝鮮人が日本において「私は朝鮮人です」と単に言うこと、一人の朝鮮人として単に生きぬくことは今も困難である。

2009-06-22

memo090622

| 14:25 | memo090622を含むブックマーク

※23日お昼頃文末に追記しました。


 抗議のための座り込みに対する南部諸州当局の抑圧は、それが社会に対して実害を与えたとか実害を与えそうだとかいった事実にもとづいてではなくて、要するに、白人と黒人とは分離して坐わるのに決まっているという地方慣行があって、座り込みはその慣行に違反している、そのゆえに取り締まられるべきだという伝統思考にもとづくものであった。

――――奥平康弘『「表現の自由」を求めて』(1999)241頁


 外国人の権利がなぜクリティカルになるかといえば、外国人の権利が権利の限界にあるからだろう。以前「バックドロップ・クルディスタン」(http://www.back-drop-kurdistan.com/)をみたとき、何が面白かったかというと、日本語の意味が通じる限界で同時に権利の限界が問題になっていたからだった。「日本語の意味の通じる限界」というのはこの映画の主人公のクルド人家族のお父さん(アーメットさん)がもう目茶苦茶一生懸命に必死でしゃべるその日本語の「危うさ」のことだが、映画をみた人は、だいたい首肯してくれるように思う。とくに選挙の宣伝カーみたいなものの上に乗って必死にしゃべってるシーンでは。私は笑いながらしかし胸をうたれながら、なぜ私はこういう日本語を、一語一語物質であることを思い出させてくれるような日本語を、投げて投げて投げて投げつけて、話さないのだろう等々と考えていた。

 だが日本語が目茶苦茶ということは、日本語を「普通に」聴いて話す人あるいは自分で日本語を普通に聴いて話していると信じて疑わない人たちからすれば、単に「おかしい」ことである。なにしろこのオヤジは「おかしい」。とにかく「笑える」。だからここでは外国人の下手な日本語に対する笑いという反応はその起源を思い出せない身体的反応である。各人に身体化された日本語の「法」が、自分と異なるものを、自分に至らないものを、笑っている。私たちはそこで生起している笑いの意味が途方もなくわからない地点の住人である。そこで自動的に笑ってしまうからこそ言語共同体としての「私たち」が成立している。

 アーメットさんは表現に四苦八苦することによってかえって独自の表現を実践するのだが、これがほとんど反射的に自動的に笑えてしまう多くの「普通に」日本語を聴き話す人々は、その反応が機械的であることによって、自由に笑っていない。だが「表現の自由」はいつもこの人々に握られている。だから身体化された日本語の「法」によって反応しているに過ぎないときにも、常に主観的に反応している、主体的に考えているという自己信用、自己幻想を維持できる側に、「表現の自由」は奪取されている。日本の労働階級はすべて奪われてなお日本語をもつ。だが(たとえば)外国人労働者はそのような日本語をもたない。そういった自己信用、自己幻想を特定の言語に対してもてない人間が、特定の言語においてそれらが崩壊しかけている人間が、たとえば裁判で、その言語によって裁かれるというのは、ほとんどカフカの世界である。「判決」は身体に直接刻まれる。その言語において主体的でありうるという自己信用、自己幻想という「表皮」がないのだから。それは虎の唸り声がただもう直接人を畏怖させるのと似ている。だからその言語を駆使する「私たち」によってガイジンと判断されたものに加えられるヘイトスピーチカフカ裁判以上の暴力である。集団リンチなのだから。

 私たちがとにかく「おかしい」としか思えない外国人を笑うその場には、自動化した「私たち」の反応はあっても、表現の自由が生起していないことだけは確かである。ガイジンを笑い、ガイジンの口をふさぐ表現があふれているとき「そこ」に表現の自由はない。「私たち」の反応=表現が途方もなく集団的、体制的であるという不自由が、ガイジンと遭遇して恣に表現されているだけだ。反対にその言語の限界において、権利の限界に、「権利のための闘争」にひらかれたその場に、表現の自由は常にある。だがそれは表現の苦しみ(不自由)でもあるだろう。


追記

 念のため補足します。アーメットさんの日本語は「目茶苦茶」ではありません。いわゆる日本人の日本語になれきった耳を基準にすると相対的に奔放にきこえる場合があるだけで、上の拙文はあえて「奔放にきこえる」部分を強調する(ことから書き起こす)という構成をとっています。拙文は、アーメットさんがその言語を理由として被るであろう不利益に与するものではなく明確に反対であり、「日本人の日本語」を批判するために書かれたものです。

2009-06-08

イ・シンチョル「ニューライト教科書における北韓現代史認識」について少し

| 00:37 | イ・シンチョル「ニューライト教科書における北韓現代史認識」について少しを含むブックマーク

 まず前回(6月3日の)の拙記事中最後(6番目)の引用文にも出てきた「ニューライトの教科書」が何なのか、念のため確認しておこう。歴史教育連帯会議(역사교육연대회의)編『ニューライト 危険な教科書、正しく読む(뉴라이트 위험한 교과서, 바로읽기)』(2009)(の第四部のQ&A)は次のように述べている。訳は引用者(以下同様)。

1.教科書フォーラムはなぜ『代案教科書 韓国近・現代史』をだしたのですか?

 まず教科書フォーラム(교과서포럼)とは何か説明しましょう。2005年1月、ソウル大国民倫理学科教授パク・ヒョジョン(박효종)、経済学科教授イ・ヨンフン(이영훈)などが中心となって、現行教科書の問題点をただすという旗幟をかかげ出奔させた団体が教科書フォーラムです。参考としてこの団体には韓国近現代史の専門研究者がほとんどいないという事実を知っていただくとよいでしょう。

 教科書フォーラムは経済の教科書等にも問題を提起していますが、主に現行の韓国近現代史教科書に対する批判をしています。韓国近現代史の教科書のうち一部が、民衆、民主主義の観点にたっている「左派教科書」であるというのがかれらの主張の核心です。また教科書の歴史観が私たちの歴史を恥ずかしく考える自虐史観だと批判しました。つづいて『韓国近現代史の虚構と真実』、『解放前後史の再認識』などの書物を出版して、近現代史が大韓民国の正統の観点、反共・反北的観点、植民地近代化論の観点から叙述する必要があると主張しました。結局かれらは左派の教科書と対決するため新しい教科書の作成作業に着手し、2006年11月、自称「代案教科書」の試案を検討する学術大会を開き、李明博政府出奔後である2008年3月24日『代案教科書 韓国近・現代史』を出版しました。

 次にこの「ニューライト教科書」を批判する(いま私が参考にしている)本自体の紹介をかねて、同書に収められている論考のタイトルを順に訳出する。

1 イ・シンチョル「新政権と歴史教科書への揺さぶり」12−22頁

2 チュ・ジノ「教科書フォーラムの実体と意図」24−46頁

3 パク・キミ「ニューライト歴史認識」47−64頁

4 チュ・ジノ「「ニューライト」の植民史観復活プロジェクト:近代初期の叙述の問題点」66−97頁

5 パク・チャンスン「植民地近代化論に埋没した植民地時期の叙述」98−136頁

6 ホン・ソクリュル「「代案教科書」のたえ難い逆説:教科書フォーラム著『代案教科書 韓国近現代史』の現代史叙述」137−151頁

7 パク・ハニョン「ニューライト教科書の親日問題認識と問題点」152−188頁

8 イ・シンチョル「ニューライト教科書の北韓現代史認識」189−214頁

9 キム・ジョンフン「代案 教科書の条件とニューライト「代案 教科書」」215−242頁

10 ホン・ユンギ「ニューライト歴史書の民族観・国家観・人間観・価値観:憲法精神に反する自害史観と歪曲に露呈した韓国人像の自滅的大韓民国論」243−265頁 

 以上の論文で同書の1〜3部が構成されている(第1部に論文1、第2部に論文2と3、第3部に論文4〜10)。タイトルを見るだけでも何が論点になっているか大体わかるだろう。第4部は(最初に引用したように)Q&A方式になっていて「ニューライト教科書」問題の概観がつかめる(268−295頁)。巻末に付録として研究者集団や市民団体によるアピール文などが収められており、これも勉強になる(298−330頁)。巻頭には、成均館大学教授ソ・ジュンソク氏の書いた短い序文がある。


 以下同書に収められているイ・シンチョル(이신철)「ニューライトの教科書における北韓現代史認識(뉴라이트교과서의 북한 현대사 인식)」を少し紹介する。スラッシュは原文段落を省略した箇所。イ・シンチョル氏は「ニューライトの教科書の北韓認識」の「誰もが感じうるいくつかの特徴」を次のように指摘している(同上書191-7頁)。

 その第一は、北韓を失敗した国家として、普遍的な近代文明から抜け出た「文明の行き詰まりの道」として規定する点にある。その反対側に、成功した国家、大韓民国があるのは言うまでもない。ニューライトの教科書は、北韓がただ「国際社会から閉ざされた中で、抑圧、差別貧困、飢餓、疾病の沼でもがいている」社会という事実だけを紹介し強調する。…解放後38線以北において社会主義を選択したことについては「近代文明の行き詰まりの道」に入ったものとして評価し、それを普遍的な近代文明ではない「特殊な近代文明」としてみている。これは植民地時期を「近代文明を学習し実践することによって近代国民国家をたてうる社会的能力が分厚く蓄積された時期」として把握する観点とつながっている。ニューライトの教科書の初校(市民公聴会用)には「北韓が1946年2月、日帝が制定したすべての法律と機構を廃棄してしまうことによって、まっすぐ文明の袋小路に入ってしまったことと、大きな対照をなした」と述べ、親日残滓の清算さえ露骨に批判している。

 ……第二の特徴は、冷戦理念対立を基盤とした叙述を乱暴に露呈させることにおいて躊躇しない点である。ニューライトの教科書は、大韓民国が、失敗国家北韓が歩んだ道をついてゆく危険性に対する警戒心を高め、それに反対することをもう一つの目的としていると言っても過言ではない。この本の著者は「たがいに違う理念の国家と体制が衝突する以外ないとき、その勝敗の帰趨はどちらが人類普遍の基準において優越した理念を所持しているかによる」と述べ、理念対決を正当化している。/それゆえニューライトの教科書は、「現在北韓体制を支えている唯一の力は先軍政治の暴力」であり、「このような暴力国家は長期的に存続しえない」という暴言を躊躇しない。ひとつの近代国家を維持する力を暴力に単純化したことや、改革・開放路線の成功可能性に対する一蹴をおくとしても、相手を対話の相手として認定しない表現であることは間違いない。到底教科書に登場すべきでない、戦時において登場するような敵対的表現である。

 三番目に、ニューライトの教科書は「北韓現代史」を大韓民国近現代史の補論として配置する叙述体系をとった。かれらは「補論体制」を選択した二つの理由を説明している。その一つは、20世紀後半の世界史を米国中心の資本主義発達史として理解しつつ、社会主義的な道をその補論的水準として理解するのである。……かれらが北韓を補論として扱うもう一つの理由は「歴史叙述の単位は国家」だからである。だからこそ建国過程において各々独自な法的正当性と完結性をもった大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国は別個の歴史として叙述されねばならないと言うのである。……

 四番目に、ニューライトの教科書の筆者たちは同書において、北韓の「失敗した歴史」に対する記述にとどまらず、積極的な吸収統一を主張している。かれらは大韓民国憲法における「大韓民国は統一を志向し、自由民主主義的な基本秩序に立脚した平和的統一政策を樹立し、これを推進する(第4条)」(17頁)という条項を示しながら、大韓民国の憲法において規定された統一政策を守ることが重要であるという認識を強調する。/また「南韓は民主主義市場経済に立脚し、自由で平等で豊饒な社会を建設してきた。これに比して北韓同胞は、国際社会から閉ざされた中で抑圧、差別貧困、飢餓、疾病の沼でもがいている実情である。」「望ましい統一国家の姿に対する国民的同意の幅を広げていくことが、韓国近現代史を研究するもう一つの重要課題である。」(17頁)と述べ、吸収統一論の正当性を説いている。このような主張が資本主義体制と社会主義体制の現住所を比較して、資本主義市場経済の優秀性を学んで身につけるべきだという主張とつながっていることは言うまでもない。結局「北韓現代史」に対する歴史教育を、吸収統一の当為性という政治的、理念的目的の実現のための道具に転落させているのである。/この他にもニューライトの教科書には、冷戦的思考と関連した反ソ親米的視角が際立つ。……/このような認識と関連して事大主義歴史観があらわれている点もこの本のもうひとつの特徴である。たとえば、解放直後の以北政治状況をソ連中心で説明して行為の主体もまた大部分ソ連に設定することで、以北人たちの主体性をみとめない。ときおり金日成の役割をみとめはするが、それは独裁体制や否定的な説明と関連したものに限っている。このような視角は、解放の主役を連合軍において「解放当時、わが民族が自主独立国家を樹立する能力をもっていたかも疑問」であるとか、「すくなくとも解放後の民族の進路は、われわれ自ら決定できる与件ではなかった」と主張する大韓商工会議所側の現行教科書に対する検討意見と脈絡をともにしている。……

 おおよそ以上のように述べたうえでイ・シンチョル氏は問題点を五つ(の項目にわけて)提示している。

・脱冷戦の歴史的流れに逆行

・平和統一方案の不在

韓国人=韓国民族の論理から排除された「北韓」

平和主義的視角の不在

人道主義的視角の欠如

 たとえばイ・シンチョル氏は「平和統一方案の不在」で次のように述べている(199頁)。

 ニューライトの教科書は、「つづく脱北行列」、「国家主導の犯罪活動」、「崩壊する首領体制」等の項目で教科書末尾を飾ることによって、北韓崩壊による統一を志向していることを明確に示している。「このような暴力国家は長期的に存続することができない。」(301頁)と述べ、崩壊を予言までしている。このような観点を放棄しない限り、対話と和解を通じた平和統一を模索することは不可能に近い。

 「平和主義的視角の不在」では次のように述べている(200頁)。

 すでに指摘したように、北韓崩壊による統一だけを至上課題としている認識では、平和的対話や統一の過程において経なければならない相互理解や譲歩、妥協の糸口をみつけることは不可能である。ニューライトの教科書は2000年の南北首脳会談の成果や歴史的意義よりも問題点を重視することで、平和主義的視角の不在をみずから示している。離散家族の再会や南北経済交流等のもつ意味も縮小している。

 またイ・シンチョル氏は、ニューライトの教科書が(北朝鮮との)「現在の対立関係」を偏って記述した最も代表的なものとして「北核危機に対する一方的な叙述」の問題をあげている。「一口に北側の一方的責任を問い得ないということだ」(211頁)。5月25日以前に書かれているが今でもあてはまるだろう。


 韓国ニューライトの「北韓」認識と大半の日本のリベラル左派のそれは五十歩百歩ではないだろうか。ただ日本と異なり現実に分断の被害をうけている朝鮮においては、共和国に対する理解と日帝の植民地支配に対する理解が連動してしまうことがまさに親日派の支配体制、権力機構の存在そのものにおいて構造的に露呈する。ニューライトはこの権力機構のイデオローグとして機能している。北と南が(互いに)鏡像的に敵対しているような表象(イメージ)はまさに表象批判を経るべきで、重要なのは親日派の権力機構と朝鮮民衆の(自己決定権の)歴史的敵対関係である。


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