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バッタもん日記

2013-06-12

「奇跡のリンゴ」という幻想 −感動ではなく数字を−

1.はじめに

前回の記事は予想以上の反響を得ました。「奇跡のリンゴ」に対する関心の高さがうかがえます。今回も引き続き、「奇跡のリンゴ」の問題点を考えたいと思います。前回同様タイトルが全てですが。

なぜ私はこの物語が感動を強調していることを問題視するのか。
理由は簡単です。感動している人間は思考力が落ちて大事なことを色々と見落とし、判断を誤るからです。この物語に感動している方に、日本の農業の問題について冷静に考えることができるとは思えません。
この物語がフィクションであれば、さらに農業をテーマとしていなければ、私は何も言いません。感動を求める人がいて、感動を提供する人がいる。両者の希望が一致する。何の問題もありません。私とて他人の感動に水を差すような無粋な真似はしたくありません。
しかし、不幸なことにこの作品は実話と銘打たれており、農業をテーマとしております。ならば、農学関係者である私は、農学観点からこの作品を批判せざるを得ないのです。それが私の社会的使命だと(勝手に)思っているからです。マイナー匿名ブログに過ぎませんが。その際に、「感動」は邪魔なのです。私の判断基準は、「農学的に正しいか」だけです。他の基準はありません。
菅野美穂(私より年上ですが)が可愛いとか伊武雅刀ウルトラマンジョーニアス突然顔色が悪くなった総統ではなく)に見えて来るとかいうことはどうでもいいのです。

木村氏はこの作品を通じて、「自分は無農薬・無肥料でのリンゴの栽培技術を開発した」と非常に重要な提言を行っています。
無農薬・無肥料でのリンゴの栽培技術」は、純粋に科学的、経済的な問題です。ならば、木村氏の主張は科学的、経済的な評価を受けねばなりません。そして、科学的、経済的な評価に必要となる指標は数字のみです。感動はあくまで販売戦略上の付加価値に過ぎず、技術を評価する際の基準とはなり得ません。


2.木村氏の姿勢の問題点

奇跡のリンゴ」をはじめとする木村氏の書籍に共通している大きな特徴があります。それは、「リンゴに関する数字が出て来ない」ということです。
リンゴの栽培技術を評価する指標を列挙すると、「収量(面積当たりの収穫量)」「可販率(売り物になる割合)」「大きさ」「見た目(色・形・傷)」「食味(糖度や酸度)」「栄養価」「単価」などがあります。これらは全て数字で評価されます。(参考:社団法人 青森県りんご対策協議会
つまり、リンゴの栽培技術はこれらの指標で高い数字を出せるかどうかで評価されると言えます。ところが、木村氏の著作にはこれらの数字が全くと言っていいほど出て来ません。繰り返し語られるのは苦労話と自慢話、現代農法(農薬肥料)の否定、超常体験だけです。数字も出さずに「自分は無農薬・無肥料でのリンゴの栽培に成功した」と言われても、信じるわけにはいきません。

木村氏が数字を軽視しているとは思えません。なぜならば、著作の記述を信じる限り、木村氏は高校生時代に簿記検定一級の資格を取得しています。また、農業を始める以前には民間企業で経理を担当していたようです。つまり、数字には強いはずなのです。数字に強い人間が数字を出さないのは何か意図があるからではないかと推測します。つまり、出せないぐらい酷い数字なのではないかと。実際、水稲の収量は具体的な数字を出すのにリンゴの収量については全く触れない、という場合もあります。(出典:環境goo スローライフ談話室 第3話 第26話第47話
さらに、前回も引用した農業技術通信社のサイトでは、次のような記述があります。

「収量が少なすぎて、プロ向けではありません。剪定技術がデタラメでした。あまりおいしくない」

さらに推測するならば、数字を出して専門家を納得させることができないので、感動を前面に押し出して素人の感情に訴えるという戦略を採用しているのではないかと思います。「奇跡」という表現も戦略の一環でしょう。
前回引用した、「奇跡のリンゴ」の書籍の担当編集者の言葉を再度引用します。これを読む限りでは、私の推測は正しいのではないかと思えます。本人とマスメディア意向がどう違うかはわかりませんが。

「実は農業本として出しているつもりはないんです。この本のテーマは“困難にぶつかった時、人はどう乗り越えていくか”であり、その普遍性が共感を呼んだのではないでしょうか。またこの本は木村氏に対する賛否両論を取り上げて、業績をジャーナリスティックに検証する本でもありません。あくまでも木村氏という対象に寄り添って、成し遂げた部分にスポットライトを当てたかったんです」


3.メカニズムや理論は後回しでいい

誤解されている方が随分多いようですが、農業の世界は結果が全てです。「論より証拠」の極地です。農業技術は、理論、メカニズムの説明がどれほどデタラメであっても、上に挙げたような指標で優れた数字を誰がやっても確実に出すことができれば、それは正しい技術なのです。木村氏が批判される理由は、「無農薬・無肥料栽培のメカニズムが科学的に説明できないから」というだけではありません。結果の数字を出さないから批判されている面もあります。
極論すれば、数字さえ出せばどんなヨタ話でも認められます。その数字が信頼性と再現性を有している限りにおいて。例え以下の様なヨタ話であっても。これは私が仕事中に思い付いたネタですから本気にしないで下さいね。このネタを思い付いた時の私の顔は多分こんな感じだったと思います。

「私が歌えば病原体も害虫も雑草も逃げて行きます」(中華料理屋の娘)
「フッ… 奇跡のリンゴか… そのぐらいの事、俺にもできる。その木を治す秘孔はこれだ。ケンシロウ、無農薬はいいぞ」(世紀末の天才)

木村氏の言う「声を掛けたリンゴの木は育ったのに、声を掛けなかったリンゴの木は枯れた」というのはこのレベルのヨタ話です。


4.おわりに

私は大学の農学部で学びました。それを誇りに思っています。優秀な学生ではありませんでしたが。
農学部では、多くの教官からほぼ毎日のように「食料生産」という言葉を聞かされました。農業の鉄則は、「安定的に食料を供給すること」です。この観点から言うと、リンゴの生産量が安定せず、時々販売中止になっている木村氏の農法は評価に値しません。(少なくとも現状では。今後改善の可能性がないとは言えませんので)
農業は商売であり、産業であり、科学であります。数字が全てです。上にも書いた通り、感動は販売戦略上の付加価値としては意味があります。しかしそれは、技術の正しさを証明する根拠とはなり得ません。

前回の記事で、「この映画を見て感動している方々は、マスメディアの掌で踊らされているだけだ」と述べましたが、マスメディアに踊らされているのは実は一般市民ではなく、木村氏本人なのではないかと思います。有名になったおかげで講演や技術指導のため全国を飛び回っており、多忙のあまり本来の仕事であるリンゴ園の管理が疎かになっているのではないかと懸念している関係者もいます。
木村氏がどの程度数字を意識しているのかはわかりません。しかし、木村氏の周囲のマスメディア関係者は間違いなく数字を強く意識しています。「このユニークなリンゴ農家を祭り上げて、いくら儲けられるか」と。商売ですからそれが悪いとは言いませんが。

なむしなむし 2013/06/14 15:42 記事拝読しました。
要は商売の仕方が汚いのではないか、ということでしょうか。
農業でこのようなブランディングが行われたのを特に問題視されているんですね。

ブランディングする過程でストーリーを組み込むのは商売のセオリーですし、
個人的には目くじら立てるほどでもないような、という感想は変わりませんでした。
もちろん盲目的になっているような人が近くにいれば、注意は促すとは思いますが。
どんな与太話であれ、真に受けてしまう人は一定数いるわけで、
そういう意味でも警告を発していくということが大事なのでしょうね。

がっくりさんがっくりさん 2013/06/14 18:08 最近、どうして日本が戦争に走ったかわかってきました
パワーが落ちると、なにかにすがりたいんですね。科学や現実は冷酷ですから。
「自分を持て!」と強弁する人に依存してお布施しているのをみると、もう僕はどう啓蒙していいかわからない。

yugayuga 2013/06/15 08:36 ほんとうにその通りだと思います。自然の毒をもっていて、害虫に食べられない作物なら無農薬で育つし、無農薬でそだてて、害虫に食べられたりすると反応をおこして毒を生成するという話を聞いたことがあります。
それに無農薬と銘打った物のほとんどが正規の農薬以外のものを使っており、正規の農薬をつかったものより危険物質が多く入っていたりしますからね....

とほほとほほ 2013/06/17 23:54 擦りおろして煮詰めて、油脂混ぜてありがたくおフランス料理で頂く「生命力のある果実本来の味がするりんご」。
山でさるなしでも取ってきておなじことしてればいいのにね。と思います。

私は自称農家のオッサンも電通やらなんやらのプロモーションサイドも、なんなりと好きにやればいいと思うんです。
まともな農家さんたちは怒りも攻撃もせずに生暖かく見守って、いや、放置しているようですし。
頭にくるのは、イメージだけで自らの価値観を築き上げ、他人にも自分の価値観を強要する自称「良識のある消費者」ちゃんたち。
有機栽培の有機とはなにを意味しているのかを本当に理解している人間が何%いることやら。
りんごの品種や収穫時期も知らずに香りや味を愛でるようなガサツな人間に、果実本来の味なぞわかるものか。

このテの美談に感銘を覚えるか否か、そこで人となりの一部を判断できる、そういう判定薬的な存在意義はあるかもしれませんね。
しかし・・・菅野ちゃんもアベサダも好きな俳優さんだから、そこが一番のショックだったわ。

みはるみはる 2013/06/18 21:19 奇跡のリンゴは食べてもいないし、本を読んでもいません。locust0138さんが嫌っているらしい疑似科学やオカルトについて体験から書きます。友人にオーラが見えると言う鍼灸師がいます。胡散臭いと感じます。私も家族も友人も病気を治してもらいました。なので、効果があるんならいいんじゃないの、と思っています。

おやじおやじ 2013/06/19 15:16 フジ農家やってるいとこが、奇跡のリンゴは腐らないのはリンゴが自分で防腐剤を内包しているんじゃないかって言ってた。
奇跡の毒りんごなのかな?

よねよね 2013/06/19 19:48  木村秋則さんは、ひとりひとりの人間が、生命活動をするだけでなく、生活を営むだけでなく、「よりよく生きる」ことを望むことができる現代に、大きな影響を与えた人物だと思います。
そしてよりよく生きることが望まれるということは、現状において、環境、社会、経済、文化、それぞれに問題点を抱えているということでもあります。特に、化学物質の発展については人類史上初の展開です。
感動は、思索を産み、個々に新しい体験を与えることができます。
エンターテイメントを得るため、ビジネスとして成功するため、いろいろな理由は産まれるのでしょうが、
人が じぶんだけでなく 他人や、自然に対しても 不器用ながら よりよく在ろうとするために、
そして ドラマとしてでなく現実的に具体的に現状を生き抜くための、
力と智恵を与えてくれるものです。

このブログの著者の方は、現状を厳しく見ておられるのでしょう、
そして、わたしたちひとりひとりが、誰かの意見に対してあれこれいうのでなく、
共に わたしたちの糧となっている農業作物とはなにか、考え、調べ、話し合うときだと思います。

正しさの指摘、間違いの指摘より、
ともに 問題に取り組むとき、主張することを越えて、実際に前へ進みましょう。

まず、舌で味わってはどうですか?
作物は植物ですから、野草を調べて、きれいそうなのを摘んで、食べてみたりして、
味と、身体の変化や、感じ方などを。。。忙しくて出来ない方は、体験談を読んでみたりとか。

まっさらな自然を、食べられるんです、人間も生き物なんで。。。舌がグルメだから、なかなか難しいだけで。

TUZTUZ 2013/06/22 10:52 >正しさの指摘、間違いの指摘より、
>ともに 問題に取り組むとき、主張することを越えて、実際に前へ進みましょう。

そのためにもブログ主さんがおっしゃるようにまずは定量的な評価ができるよう、木村さんにも数字で成果を示して頂きたいものです。

>まず、舌で味わってはどうですか?
>作物は植物ですから、野草を調べて、きれいそうなのを摘んで、食べてみたりして、
>味と、身体の変化や、感じ方などを。。。忙しくて出来ない方は、体験談を読んでみたりとか。

体験や体験談は役に立ちませんね。
木村さんの手法が広めるに値するかは多くの人の手で再度検証された後に判断されるべきです。

まさかEM菌の某氏みたいに科学的な評価を拒否されていることもないでしょうし。

高丸高丸 2013/06/23 06:58 確かに体験だとか味というのは意外と当てにならないもので…
自然の中で食べれば美味しく感じるし、環境に左右される事は経験上多いです。
もう10年以上前の話ですが、宮城県で自然食品推進の消費者の集まりがあった際、会場側で通常栽培された野菜と無農薬栽培の野菜を取り違えて出してしまったという事件(?)がありました。
参加者は誰一人疑いを持たず、
「明らかに無農薬野菜が美味しい」
と評価してしまったという話です。
人間の感覚なんてそんなものなのかもしれません。

nobunobu 2013/06/23 15:51 >作物は植物ですから、野草を調べて、きれいそうなのを摘んで、食べてみたりして、

大抵の野草はおいしくないと思います。身近なところではスイバなんかが普通に手に入りますが、すっぱいだけでおいしくはないです。まあ多くの人間がおいしいと感じる野草であれば、農家が栽培して世の中に普通に出回ると思うので当たり前といえば当たり前ですが。それよりもあまり出回っていないような野草を安易に食べるのはむしろ危険なんじゃないでしょうか。食べるとアレルギー反応を引き起こすかなどの詳細が調べられていない恐れがあると思います。

おばQおばQ 2013/06/26 14:50 あなたの話を読んで感動しました。おっしゃる通りだと思います。奇跡のリンゴという言葉はあっても、現実にはないと思います。無農薬農業はそんなに簡単ではありません。私は農家ではありませんが、家内は農家の娘でリンゴを作っていました。

hw3uphw3up 2015/09/07 21:50 事実で気安く感動できればこの世に小説家はいりません。

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