バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

老舗人文系出版社のトンデモ農業本

京都にミネルヴァ書房という出版社があります。私は専門外なので詳しくありませんが、人文書の版元として有名なようです。
この出版社が最近『いま日本の「農」を問う』というシリーズ書籍を刊行していますので、注目しておりました。今月刊行された新刊がこちらです。

環境と共生する「農」

著者名に注目して下さい。農業に詳しい方ならば、見覚えのある名前があるはずです。
そう、株式会社 ナチュラル・ハーモニーの代表、河名秀郎氏です。この人物は非常にオカルトじみた主張、と言うよりはオカルトそのものの主張を常に行っており、はっきり言ってしまえば、農業書を書かせるべきではない人物です。トンデモ本を平気で刊行する出版社ではなく、伝統のある老舗出版社ならば、このような人物の著書を刊行してはいけません。版元としての格が下がります。農業と環境の共生、農業における環境問題ならば、日本全国にいくらでも適切な専門家がいます。なぜよりによってこのような人物に執筆させるのか、理解に苦しみます。農水省の傘下には、農業環境技術研究所というそのものズバリの研究法人があるぐらいなのに。

河名氏の執筆部分がいかに酷いかを引用します。全編に渡って学術的根拠は全くなく、ひたすら主観的な思い込みを語るのみです。

自然栽培にしても、マクロビオティックにしても、物理的理論や科学的根拠よりも感性や感覚、つまり自然観から生み出されたもので超自然科学の分野といえるかもしれない。(P221)

私は、長い間「宗教だ」「オカルトだ」「胡散臭い」といわれ続けてきた。肥料も農薬も使用せずに栽培できるという今の農学では到底ありえないことを主張し、実践しているのだから無理もない。(P224)

本書は専門書ではないので、理論・根拠、または現代農業の常識と言ったものをいったん横に置き、起きている事実を前提に自然栽培とはいかなるものなのかをつづっていきたい。(P226)

肥料を与えず育てた自然栽培の野菜は腐らずに枯れていくという話(P240)

学者によっては、腐敗も発酵も同じ現象だという。しかし、私の五感は、腐敗と発酵は全く別の現象だと認識しているのである。(P241)

仮説ではあるが、肥料のみならず農薬やその他の農業資材、または大気中の物質、現在では放射性物質なども含めたトータルな「反自然物」の含有量によって発酵の強弱のレベルに差が出てくるようにとらえている。不自然さの総量といってもよい。(P243)

肥料を使わないバイオダイナミック農法で作物ができるのは宇宙のエネルギーによって引き起こされる生体内元素転換なる働きの結果であるという。(P261)

現代農業の理論農学においては、畑でニンジンを栽培すればニンジンは畑の土の養分を吸収して生育するから土の養分は減少するので、毎年肥料を畑に投入しなければニンジンの収穫量は減少していく、という考え方である。しかし、土の養分とニンジンの成分の変化を正確に計算して成り立った実験データがあっての理論ではない。あくまでも推論なのだ。(P261)

理論農学では説明がつかないということは、その理論が正確ではないといえるのではなかろうか。自然栽培の現実から導かれる自然農学は実際に栽培できているという事実を認め、その事実を説明できる研究が求められる。畑に種を蒔いてニンジンが育つということは自然現象であるから、土の養分もニンジンの成分も刻一刻と変化していく。このような自然現象の変化を画一的な理論で計算して正確に表そうとすること自体無理なのだ。(P262)

シュタイナーのバイオダイナミック農法、岡田茂吉氏の自然栽培は、土が生きていれば必要な養分は供給せずとも作られると説いている。宇宙にはそのためのエネルギーが充満しているという。この説は、いまだ科学で証明されていないため非科学的なトンデモ話とされているが、私が自然栽培を通してこの目で見た植物の世界、自然のメカニズムは、まさに二人の説を体現していた。宇宙の起源も元素転換がなければ成り立たない。だとすると人体も土も作物も自然界のなかで元素転換が起きているとしてもあえて不可思議とはいえない。(P262)

フランスの科学者ルイ・ケルブランは1935年から「生物学的元素転換」と題し、研究と実験を続け、1960年代、動植物あるいは人体において生物学的元素転換という現象が起きているという理論を世に出した。(P263)

人は、動物性の食品に頼らずともコメや野菜からでも身体に必要なあらゆる物質を生み出し、生命を維持していけるだけの機能が本来備わっているというのがマクロビオティック思想の本質だと私は考える。その機能が働いていれば、栄養素などいちいち考えなくても良いということである。まさにルイ・ケルブランの提唱した生体内元素転換そのものである。(P263)

ともあれ肥料を入れなくてもニンジンが継続的にできているという動かせない事実を素直に認識し、それから理論を考える自然農学が真の科学と言えるのではないだろうか。元素転換論やエネルギー保存の法則エントロピーの概念から近い将来証明されていくことを期待する。(P264)

自然を育む土について自然栽培的にまとめてみよう。土とは、太陽(火素)月(水素)地球(土素)の融合されたエネルギーを植物の利用できるエネルギーに変えていく地下工場である。(P267-268)

岡田氏以外にも各種、自然農法なるものを唱えた方々がいるが、決定的な違いは、この「宇宙エネルギー論」である。エネルギー論を持ち合わせない自然農法は、本質的に現代一般農業と変わらない養分供給型の延長上にあるといわざるをえない。(P268)

農業に限らず、トンデモさんは既存の学問を机上の空論として嘲笑します。医学などでも同様です。
しかし言うまでもありませんが、既存の学問、例えば農学や医学は現場(農地や臨床)のデータを常にフィードバックしながら休むことなく進歩し続けています。農学も医学も現場で役に立つことが至上命題とされる実学なのですから当然のことです。机上の空論と呼ばれるべきは、トンデモさんの理論の方です。上に引用した部分からもそれは十分にうかがえます。自分は土壌学・肥料学を空理空論だと批判していながら、空理空論の極みである生物学的元素転換などというヨタ話を自説の根拠に用いているわけですから。定説は十分な根拠があるからこそ定説たり得るわけです。


今回このようなトンデモ農業書が刊行されてしまったことは非常に残念です。とは言いましても、実は農業書においてトンデモ本は全く珍しくありません。一昨年に私が批判した「奇跡のリンゴ」などはその典型です。河名氏もトンデモ本を多数執筆しています。
問題は、老舗の名門出版社がトンデモ本を刊行してしまったということです。人文系出版社の編集者には理系の素養がないのでしょうか。「元素転換」などという言葉が出た時点で、「この人物の著書を刊行してはいけない」と判断して欲しかったところです。


無肥料栽培がいかにデタラメであるかを解説した拙ブログ記事はこちらです。